徳三宝って誰なんだろう?と思われた方も多いと思います。
僕もあまりよく知りませんし、先日徳之島に行くまで知りませんでした。
(生)1887(明治20)年 徳之島町
(死)1945(昭和20)年 東京
講道館四天王以後、長く実力ナンバーワンの柔道家として講道館を支えた「柔道の鬼」徳三宝九段の生涯を描く。
著者は、甥に当たる指宿英造氏。
徳三宝は鹿児島県徳之島に生まれ、本土鹿児島に渡り全九州柔道大会で優勝。
講道館入門後わずか四年で四段となり実力最強を謳われるが道場破りに現れたブラジル海軍水兵15人を稽古で叩き伏せたことが原因で講道館を事実上破門。
放浪の末四国の山野でサンカの一族と共同生活し彼らの武術を学ぶなどの修行を積み、復帰を許される。
講道館復帰後も後進を育てるのみならず、「徳三宝に膝をつかせたら「一本」相当」という「膝つき一本」の異名を取り、実力最強の柔道家として稽古の一線に立ち続けた。
昭和20年、東京大空襲の際に隅田川に逃れたところ、女子どもが壮漢の徳にすがりついたが心優しい彼はこれを払いのけることができずそのまま水中に没したと伝えられる。
戦前戦後、雑誌の連載ものや伝記小説などで大いに語られた徳三宝の生涯であるが、この本では極力伝記小説的な誇張を避け、贅肉を削って比較的淡々と彼の生涯を追っている。
にも関わらずこのエピソードの豊かさ。今更ながらに、彼の人生の波乱万丈ぶりに感嘆させられる。
著者の指宿氏は昭和八年に、当時江戸川区で町道場「研道館」を運営していた徳九段宅に寄宿しており、徳三宝氏に直接接した貴重な経験を持つ。
鬼、と呼ばれた超人的な柔道の強さのみならず、東京の下町で今でも人気の、その優しさ、後進に慕われる人柄も感じられる一冊である。
※銅像は天城町 天城中学校にあります。
コレはどうかと思うが。
上司に柔道家がいるので、あえて表題には、 先生 とつけさせていただきました。
知っている方も多いと思いますが、写真で水色のTシャツを着ている人ではありません。