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季節の変わりめ [2011年02月25日(Fri)]

12月、1月の寒い時期が終わり、暖かくなってきました。
日中は晴れていれば暑いくらい。

ここ数日で、蚊が増えた。
蚊取りランプをつけていても、1〜2匹ふわふわと飛んでいる。

これから4,5月の一番暑い時期になると、暑すぎて蚊も少なくなるそうです。
未体験の世界。

東京のメールとデリーの電話 [2011年02月25日(Fri)]

役員出張のアレンジ。

今までは東京から「よろしくお願いします」とメールを送れば現地の人が動いてアレンジしてくれていたけれど、
今は東京からのメールを受けて自分が動かなきゃいけない立場になったことを痛感。

東京からのメールは人を動かせるけれど、
デリーからの電話では人を動かせない。
重みが違う。

自社の出張なので、本来は自分でアレンジするのが基本。
これまで送ってきたメールの先にどれだけの人の時間と苦労があったか、いかに本来無関係な人たちの厚意の上に成り立っていたのかを、骨身に染みて感じます。
SOW その2 [2011年02月24日(Thu)]

ワークショップの冒頭で必ずやる、アイスブレークの(場を和ます)ためのゲーム。



1) 14人ほど参加者からピックアップし、2チームに分ける。
2) 各チーム一列に並び、手をつなぎ、先頭の人を除いて目をつむる。
3) 進行役がコインをトスし、裏が出たら手を握って隣の人に伝えていく。
4) 「手を握る」サインが伝わったら、列の最後の人は椅子の上にあるペンを取る。
  先にペンを取ったチームの勝ち。


SILFスタッフ、アトゥールの十八番。

事業実施に不可欠な「情報伝達、チームワークの大切さ」を伝えるためのゲームでもあります。



ずっと座学で話を聞くのは苦痛。

特に決して高学歴でない参加者を集めてのことなので、飽きさせないよう、参加者を巻き込みながら、笑いの要素も含めながら進行していく。

そのSILFスタッフの手腕はさすがだなぁ、と仲間内ながら思います。

チャッティスガールの参加者と州リーダー、ビジェイ氏。




グループワーク。
こちらはウッタル・プラデーシュ州からの参加者。




経験談を語るのは、マハラシュトラ州カラヤンのフィルガネ氏。
第1回SILFライジング・ディグニティー賞の受賞者でもある。




中には小さい子連れの参加者も。
眠いよね。うん。
SOW [2011年02月24日(Thu)]

現在デリーでは、ササカワ・インド・ハンセン病財団のStakeholders Orientation Workshop(SOW)が行われています。




先月末、事業選考委員会で採択され、新しくプロジェクトを開始する人たち向けのオリエンテーション・ワークショップ。


22日〜23日の2日間、会場はデリーの三つ星ホテル。

全国から列車を乗り継いで、採択22事業を実施するコロニーから約50人が参加。


プログラムは、こんな感じです(※意訳)。

・SILFの融資事業の目的〜経済的自立を目指して〜
・SILF融資事業の仕組みと事業実施の流れ
・経験談の発表〜成功例とケーススタディ〜
・原資の管理、公/私的な支援をどう受けるか
・ビジネス、事業立ち上げのスキル
・SILF事業の成功例
・SWOT 強みと弱み、マーケティング、広告、値段のつけ方
・評価の指標づくり

・ビジネスプランづくり(1日目夜の宿題)

・FCRA(外国からの資金提供を受けるための資格)について
・会計処理の仕方
・ビジネスプランの作成
・ビジネスプランの発表
・事業計画ビジネスプランについての批評と修正
・Q&A、まとめ


プラス、最終日の24日は、対象となる州の州リーダー会議。

SILF事業実施に当たっての州リーダーの役割などが説明されます。


挨拶する事務局長のVineeta


ところで、

説明の中でプロジェクトを行うための利害関係者について説明するセッションがあるのですが、そこで進行役であるSILFのスタッフが必ず会場に呼びかける質問。

「National Forumとは何か?」


これまで私が出た数あるワークショップでは、ここで「しーん」としていたのが、今回はにょきっと手が挙がる。

答えたのはビハール州のリーダー、ラン・バライ・シャー。



さすがラン・バライ!キラキラ

ちなみに新生ナショナル・フォーラムの理事メンバーのひとりでもあります。


ちょっと嬉しくなる瞬間でした。



真剣!!


女性の参加者もいます。
おにぎり [2011年02月24日(Thu)]

を、つくってみました。



先週末は用事があったり気力がなかったり雨が降ったりで買い出しに行きそびれたおかげで、やや荒んだ食生活でしたが、今日仕事帰りに語学学校の手前で野菜販売のワゴンに出会ったおかげで、久しぶりにちゃんとご飯をつくった。

(いや、買おうと思えば買いに行ける状況ではあるんだけど。
買おう、という気合いを入れればいいだけの話で。)

里芋とオクラのお味噌汁と、レンコンの煮物と、おにぎり。

昆布から出汁をとって。お味噌をといて。

やっぱりちゃんとしたものを食べるって、大事だ。


今までで一番うまく、焦がさずにお米を炊けました。

ちなみにおにぎりの中味は、鮭フレークと、ゆかり(梅入り)。
小千谷の空へ [2011年02月23日(Wed)]

6年前に仕事をきっかけに出会って以来、個人的にずっとよくしてくれたおばあちゃんが亡くなりました。

まだお元気だった頃に、「あんたらの分もあるから食べて」と山の上でじいちゃんにわけてもらった、新聞紙にくるまれたおにぎりの味を思い出す。


御冥福を心よりお祈りします。

歴史的瞬間? [2011年02月21日(Mon)]


2011年2月21日午後3時50分、ナショナル・フォーラムの団体登録が完了しました。

ゴパール氏からのテキストメッセージ。

「ナショナル・フォーラム」という幻想と現実 [2011年02月18日(Fri)]

ナショナル・フォーラムを説明する時に、「インドのハンセン病回復者組織」という前置詞を付ける。
インド国内に700〜1,000ヶ所あるといわれているハンセン病コロニーの代表者による全国ネットワーク、と。




9月末に参加したジャルカンド州ランチでのナショナル・フォーラム主催のワークショップに参加した際、昔からいるフォーラムの中核メンバーのひとりから“It's either G or G”という言葉を耳にした。

「それは、神かゴパールが決めること」。


ゴパール氏というのは、ナショナル・フォーラムの代表。


次のニュースレターがいつ出るのか。
次回のワークショップは誰が運営責任者になるのか。
その時の交通手段は飛行機か、列車か。
今後のナショナル・フォーラムがどうなっていくのか。

大小すべての質問に対して、答えは彼らの口から返ってくることはなく、「それは、神かゴパールが決めること」。



その頃から薄々感じていた疑問。

「ナショナル・フォーラム」は日本側でつくりあげてしまった幻想なんじゃないか?


コロニーの代表者どころか、州リーダーの間でさえ、ナショナル・フォーラムが「自分たちの組織だ」という意識は皆無に等しい。

彼らが「ナショナル・フォーラム」といわれて思い浮かべるのは、いつもワークショップや集会の時にササカワ会長の隣に座る、中核メンバーであるゴパール氏をはじめとした5,6人の人たちの顔。



60歳を超えたゴパール氏の気力か体力かどちらかがぷつんと切れた時に、ナショナル・フォーラム自体が消滅してしまう。
砂上の楼閣のように、泥の船のように。

そしてその時がくるのは、おそらくそう遠くない。


そうなれば、これまで5年以上かけてきた苦労も、ボートレースの資金をもとに出してきた日本財団の助成金も、すべて水の泡だ。

そんなのくだらないし、悲しすぎる。

せめて今後10年間持続できる、インド国内外に誇れる健全な組織をつくりたい。



ゴパール氏を雲の上に押し上げてしまったのは、ドナーである私たち日本側の責任だと思う。

彼を雲の上から引きずり下ろすのではなく、地上から見上げている州リーダーたちに、視界を妨げている雲を晴らして、ハシゴをかけて「あなたもそこに行くことができるんだよ」と示すことができれば。



途上国の当事者組織の実態なんてそんなもんだ、という割り切りも多少は必要かもしれないけれど。

「ハンセン病患者」という特権 [2011年02月17日(Thu)]


チェンナイから飛行機でコインバトールまで移動し、8〜9日は2日間をかけて、タミルナドゥ州コインバトールのコロニーと、エロード周辺のIDEA INDIAの事業現場を案内してもらい回った。


エロード周辺には、コロニーは存在せず、ハンセン病患者とその家族は、地域に溶け込んで生活している。


水を汲み上げるためのポンプ。

コンクリート建てのトイレとバスルーム。

子どもたちが大学を卒業するまでの奨学金。

一家の稼ぎ手である父親が収入を得るための機織り機やミシン。
はたまた、その機械を収容するための建物まで。











トイレとバスルームは自分たちの家族で使うためのもので、隣近所の小屋に住む非回復者の家族は使うことはできない。

必要性を疑問視するわけではない。ニーズがあるのは確かだろう。
でも、生活の向上を必要とする人はその地域にハンセン病回復者に限らず大勢暮らしていて、外国からの支援を受けられるのは、ほんの一部の人のみだ。

「ハンセン病患者」というタイトルが、人並み以上の生活を手に入れるための切符になる州もある。
信号待ち [2011年02月17日(Thu)]

家から事務所までの通勤は、徒歩。

交通量の多い道路を一本渡らなければいけない。

いつもは信号機を頼りに渡るのだけど、今日はその頼りの綱の信号がなんと故障。



5分くらい待って、途中何度か文字通り立ち往生しつつ、つんざくクラクションを鳴らされつつ、心やさしいドライバーに止まってもらってなんとか渡り切りました。


信号の故障は死活問題。


明日には直ってるといいけど・・・・・・・
・・・・・期待できないだろうな。
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