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彼女は生を授け、死んでいった [2010年08月29日(Sun)]


2010年8月29日 ヒンドゥスタン・タイムズより:

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彼女は生を授け、そして死んでいった。デリーは通り過ぎるだけ。


She gave birth, died. Delhi walked by.
SUNDAY hindustan times, Aug 29th, 2010

冷淡な首都:妊婦の貧窮者、人ごみの市場で主産後、死亡―赤ん坊を助けたよきサマリア人

Nivedita Khandekar
ニューデリー:

 彼女は野良犬に囲まれ、蝿にたかられながら、汚れた雨水の中で妊娠9ヶ月の身体を横たえ続けた。チュンニ(訳注:インドの民族衣装 薄布?)を身にまとった彼女は、まるで人通りの多い道の脇に捨てられたぼろ布のようで、人々は脇目もやらずに通り過ぎていく。
 そこは実際人通りの多い道だった。コンノート・プレースのシャンカー・マーケット。幾千の人たちが、通勤や買い物に通う。
 7月26日に女性が出産したのも、この汚い道脇だった。新生児は茫然とした母親の傍らで泣き叫んだ。露店の主人がその泣き声に気付き、市場で衣料品店を営むリトゥ・アーサー・フレドリックに助けを求めた。
 フレドリックは生後数日の赤ん坊の周りを野良犬が囲んでいるのを見て驚愕した。「犬は今にも赤ちゃんに襲いかかりそうだった」
「母親は、自分ひとりで赤ん坊を産み、無理やり赤ん坊を引っ張ってへその緒をちぎったと私に話した」
 フレドリックは店の女性販売員の手助けのもとで、赤ん坊の面倒を見た。母親は不潔で、フレドリックは彼女が授乳しようとするのを拒んだ。貧窮した母親は、身を清めるのを嫌がり、医療的支援も拒んだ。4日後、フレドリックに赤ん坊の世話を頼んで、母親は息を引き取った。
 しかし、フレドリックと、彼女がカリシュマ(奇跡)と名づけた赤ん坊には、まだ試練が待ち受けていた。遺体を運ぶために警察が呼ばれ、赤ん坊の件を話すと、警察官はカリシュマをゴル・マーケットの養育施設に連れて行った。
 フレドリックは赤ん坊を引き取ることをあきらめていない。まだ独身の彼女は、自分では養育権を得られないかもしれないと、彼女の兄と義理の姉にカリシュマを養子にするよう説き伏せた。しかし孤児院の運営者は協力的ではない。
 この冷淡なデリーの町で、彼女とカリシュマは、また別の奇跡を必要としている。

■誰が彼女を助けられたのか?
あなたも、私も:100番(警察管理室)、1091番(警察の女性専用ヘルプライン)、1098番(チャイルドライン:0〜18歳の子どものためのヘルプライン)への通報によって、通行人でも貧窮者を助けることができる。救急車が駆けつけ、直近の国営病院へ貧窮者を運ぶ。

デリー政府 女性・子ども開発局:ショートステイ・ホームと、ナリ・ニケタン(女性のためのシェルター)を運営。他にも多数のNGOが女性と子どものための類似のシェルターを運営している。が、アウトリーチはなく、通報や相談があった時に介入する。

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自分を指す3本の指 [2010年08月28日(Sat)]

30年来、草の根のコロニーの人々のために働いてきたVenugopal氏。

彼には、草の根の人々の心情を一番理解しているのは自分だ、という気高い自負がある。

それでも、ある特定の人物や事象に関して、自分の意見を呈示することに対して、非常に慎重だ。



デリーのホテルまで足を運んでもらい、色々な懸念材料を抱えた北部事務所の状況について2時間半、膝を突き合わせて話してもらった。


その中で出てきた言葉。

他の人を非難するようなことは言いたくない。
人を指すとき、1本の指が相手を向いているなら、残り3本の指は自分に向いている。
自分は間違いを犯していないか、自分は相手にものを言う立場にあるかどうか、自問する。
それらの自問に答えられないなら、相手を批判する権利はない




National Forumのメンバーでありながらも、National Forumとも、SILFとも、どこか一線を画して、独自の哲学に沿って動く人。

一緒に働くのは、正直いって難しい。

でも、彼の心が離れるということは、背後にいる30年間培ってきたコロニーの草の根の人々の心が離れるということではないか、という不安がある。

どうやってお互いの信頼関係を継続していけるか。
かつ、活動を円滑に推進していけるか。


今日の話が、つなぎとめるために必要な複数のフックのひとつになればいい、と願う。

デリーでの立ち位置 [2010年08月28日(Sat)]


土曜日。主要なオフィスが閉まっているので、生活環境を実際見て回ることに時間を使ってみる。
訪れたのは、外国食品を扱う地元のマーケットと、日本食を扱っているコンビニ(値段は高めだけど必要なものは一通りそろう)。


「貧富の差が激しい」という言葉がさすもの。

居住地が違う、
買い物に行くところが違う、
職業が違う、
とどのつまり、上流階級は食べ物を買わない。
使用人がつくった料理を食べるから、食べ物を売っている市場は使用人向けで、小奇麗なところにはない(んじゃないかと思う、たぶん)。


この4日間の作業は、自分がニューデリーの中のどこの位置で生活するかを定めるための期間。

住むところ、生活のレベル。


会長随行出張で行く場所がいかに生活水準の高いところだけを撫でていたか、を、肌で感じた。
今まで12回来て、初めて見るニューデリーの顔。
空港と五つ星ホテルの往復では見られない顔。

ここで暮らすことになるんだ。


ハエが飛び交う市場で売られている食材と、ホテルで出される食事との間が乖離し過ぎている感じがする。
どれくらい過ぎれば、そのふたつが結びつくようになるだろう。
不安 [2010年08月24日(Tue)]

不安がない、といったら嘘になる。
時々、とめどない不安が襲いかかる。

この業務量をこなせるだろうか。
監督者がいないところで適切に動けるだろうか。
これまでこの国で築いてきた信頼を裏切らないだろうか。
異国の地で一人でやっていけるだろうか。


求められている期待に応えられるだけの能力が今の私に備わっているかどうかといえば、備わっていない。

でも、だからこそ、行きたい。

すべてに100%応えられなくても、初めは精一杯で50%だったとしても、頑張れば80%の合格点には近づけるかもしれない。
少なくとも今の自分に足りないものが何なのかの見極めはつくだろう。

そうしたら、きっと今より1年後に少しは成長できるような気がする。