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「それでもまだ人生を愛していたし、人間であることを信じる」 [2012年07月18日(Wed)]

2ヶ月に一度発行している、WHOハンセン病制圧特別大使のニューズレター。
2003年4月から欠かすことなく、地道にこつこつと9年間続いている。
(奥ゆかしくて敏腕な編集者のジョナサンは、いつの日かその功績を表彰されるべきだと思う)


第56号(2012年6月号)が届いた。

今月号から印象に残った言葉。


「私はハンセン病に罹ったけれど、それでもまだ人生を愛していたし、人間であることを信じることにした。
常に、自分の中にある劣等感を消すことを第一に心がけた。
だから治療やさらなる障害を防ぐための訓練に精一杯励んだ」


“Although I contracted leprosy, I still loved life and kept my faith in human beings.
"I always acted first to try and erase any feelings of inferiority. I tried my best in having treatment and in practicing to avoid disability."

-Mr. Ngyuen Duc Thin, Teacher, poet and activist in Vietnam
(ニュエン・ドゥック・ティン氏/ベトナム)

教員、詩人、活動家であるティン氏。1979年にハンセン病と診断され、ハンセン病病院で4年間の治療を終えた後、教員として復職した。

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「もしハンセン病のような新たな感染病が発生し、治療薬がなかったら、私たちはどうするのか? 
今となっては強く非難される隔離政策を受け入れて、また歴史上の同じ過ちを繰り返してしまうのか?
それとも、より良い選択肢を選べるのか?
この問いに対する答えは、私たちの歴史認識、個人として生きる患者たちへの態度に表れる」


“If another infectious disease similar to leprosy emerges with no cure, how should we handle it? Should we repeat the mistake in history and accept the policy of segregation that is now bombarded with criticisms?
Or do we have better choices?
This may eventually boil down to our reflection of history and our respect for patients as living individuals.”

―Loh Choy Mun, Compiler of the book "A Valley Where Birds and Insects Sing for Hope: Stories of Sungai Buloh Leprosy Settlement, Malaysia
(ロー・チョイ・ムン氏/マレーシア)

かつて英植民地時代にハンセン病患者を隔離するために建てられたスンゲイ・ブロー・ハンセン病療養所。
開発によって取り壊しの危機にあった施設を歴史的な場所として残そうと、学者や大学生、アーティスト、記者などが「聞き書き」によるオラル・ヒストリーの保存に取り組んだ。
今もそこに暮らす300人の住人の体験談を集めた書籍「希望の谷」の共同編集者であるムン氏の言葉。

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「ハンセン病の治癒率はとても高いのに、ブラジルは世界で最も蔓延率(※人口における患者の割合)が高い。
この残念な事実には、社会的偏見の影響が大きい。
偏見が、患者を診断や保健施設から遠ざけている。
だからこそ、情報が一番の治療薬なんだ」


”Although Hansen's disease has a high cure rate, Brazil ranks first in the world in terms of disease prevalance.
"This sad reality is strongly influenced by stigma, which excludes patients from diagnosis and health facilities. Therefore, information is the best medicine.”

―Artur Custodio, MORHAN's National Coordinator, Brazil

ブラジルでミレニアム開発目標賞の表彰20団体に選ばれたMORHANが、自分たちの活動の意義を振り返って。
MORHANはハンセン病に関する正しい知識を広め、相談に乗るフリーダイヤル「テレハンセン」の活動を日本財団の支援を受けて継続して行っている。
授賞式にはジルマ・ルセフ大統領も出席した。

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「差別についていえば、9割は減ったといっていい。
しかしまだ差別が残る地域もあり、ハンセン病と診断された人が村から追い出される可能性もある」


“With regard to stigma, I would say it has decreased by 90%. However, it still exists in some locations, and may result in a person diagnosed with leprosy being forced out of his or her village.”

-Dr. Laxman Karmi, Jharsuguda District Leprosy Officer, Orissa, India.
(ラクスマン・カルミ医師/インド)

オリッサ州ジャルスグダ県のハンセン病担当官として、コロニーの生活改善に取り組むカルミ医師が、現在の自分が担当する県の状況について語った言葉。

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全文(※英語)のPDFは、こちらからご覧いただけます↓
http://www.smhf.or.jp/e/newsletter/index.html
クレイアニメが映す「ハンセン病」に当事者から抗議の声 [2012年01月19日(Thu)]

3月公開予定のアニメーション映画が議論を巻き起こしている。


ウォレスとグルミット」シリーズで人気のAardman AnimationsSony Pictures Animationが制作したストップモーション・アニメ映画「ザ・パイレーツ!(The Pirates! Band of Misfits)」の予告編に含まれるシーンが、ハンセン病に対する間違った認識を助長するものと抗議の声があがっている。



(以下、日本財団ブログマガジン1/19記事より抜粋)
---------------
 
同映画はアードマン・アニメーションズ(本社・英国)とソニー・ピクチャーズ・アニメーション(同・米国)の共同製作で、3月にも米国のコロンビア・ピクチャーズから世界に配給される予定。予告編はウエブに公開されており約2分。

メインキャラクターの海賊が船に乗り込み、乗組員に対して金(GOLD)を要求すると、
「金なんてない。この船は“らい病患者(LEPER)”の船だから」
と答え、
「ほらね」の一言とともに乗組員の左腕が落ちるシーンが盛り込まれている。

---------------

ハンセン病患者の「腕が落下する」ということは、ありえない。

「ありえない」と、ハンセン病について一定の知識を持っている人は断言できるけれど、

「あるのかもしれない」と、ハンセン病について知らない人は受け取るかもしれない。


また、「LEPER」という言葉自体が、差別用語として国連で定められたガイドラインにおいて使用が禁じられている。


基礎知識について説明すると、

・ ハンセン病は、らい菌(Mycobacterium Leprae)によって起こる細菌感染症。

・ 感染力が弱く、感染しても99%以上の人は自然免疫をもっているため、めったに発病することはない。
免疫の弱い人が、治療を始めていない有菌状態の患者と緊密で頻繁な接触を続けた場合には、感染する可能性がある。

主に皮膚や神経に、斑紋、感覚がなくなるなどの初期症状が表れる

・ リファンピシン、ダプソン、クロファジミンを同時併用する多剤併用療法(MDT)によって、ほぼ半年〜1年の期間で完治する。(MDTはWHOを通じて全世界で無償で提供されている)

適切な治療がなされないと、顔面、四肢等の変形や、眼等様々な組織に障害が起き、後遺症が残る可能性がある

・ 後遺症があっても、治療が完了し無菌状態となっていれば、緊密な接触を続けても病気に感染することはない



(→ より詳しく知りたい方は笹川記念保健協力財団ウェブサイトモグネット等をご参照ください)


・・・


もし、母親が、兄妹が同じ病気を患ったことがあったなら、このような描写ができるだろうか。

もし肉親が同じ立場の場合、このような発言ができるか。
このような行動がとれるか。
政策がとれるか。

ハンセン病の問題に限らず、すべての人権問題の根本には、この問いが自問できるかどうかにかかっていると思う。



現在も世界で年間約23万人の新規患者がいる。
世界には推定約110万人の回復者(病気が治った人たち)が暮らしている。

このシーンが病気を経験した人たちに、その家族に、どのようなショックを与えるか。

その意識と想像力の低さに愕然とする。



問題となるシーンの削除と謝罪を求める声が、回復者の中からも挙がってきている。

アメリカ在住のホセ・ラミレズ氏

インド南部のアンドラ・プラデーシュ州のハンセン病回復者組織SLAP代表者、ナルサッパ氏


このような問題が起きた時に、ハンセン病回復者自身が抗議の声をあげることは、最も説得力がある。

当事者の声を社会に反映させるためには、問題に気付く「感覚の鋭さ」と、立ち上がって「公的に発言する自信」を備えた当事者を奨励していく必要がある。



イギリスにあるレプラ(英国救らい協会)が抗議キャンペーンを展開し、英国メディアを中心に取り上げられている。

WHOハンセン病制圧特別大使、日本政府ハンセン病人権啓発大使でもある笹川陽平日本財団会長も、アニメ制作会社二社および配給会社宛に抗議文書を出した。



この問題のシーンが予告版および本編から削除されることを望むと同時に、
今回の一件が、ハンセン病についての正しい知識を広めるためのきっかけになればと願う。
新聞記事 [2011年08月08日(Mon)]

今回はデリー滞在中、7社とのメディアインタビューを行った。

特に8月4日に行われた保健次官会議について、いくつかのメディアで取り上げていただきました。


Hindustan Times 8月5日付
Truant leprosy patients, infection in kids worrying

Gazette 8月6日付
WHO warns leprosy spreading in India

Health Destination 8月6日付
India needs urgent attention to address leprosy spread –WHO

AFP通信 8月7日付
WHO warns leprosy spreading in India



限られた短時間の中で、記者の関心を惹きつけ、こちらの意図を伝えるのは難しい。

WHO側の優秀なコーディネーターのおかげもあり、良い記事が多かったのは有難い。

一方で、記事に並んで重度障害のハンセン病回復者の写真が掲載されるのは、残念。

手足や顔の変形につながるのは、治療薬がまだなかった80年代に発症した、30年以上前の時代の話。

MDTが広まった80年代以降の「今」のハンセン病回復者は、多少治療が遅れて指先に感覚障害が残ったとしても、外見からはほぼ判別つかない。

それでも、いまだにハンセン病の記事の隣には、重度障害者の写真が載る。
それは、「ハンセン病=(イコール、即)手足の変形、障害」という間違ったメッセージを社会に広めることにもなる。
『隔離の記憶』 [2011年02月03日(Thu)]

朝日新聞の人脈記で1月27日よりハンセン病特集のシリーズが掲載されています。

(写真はAsahi.comより拝借)

http://www.asahi.com/jinmyakuki/TKY201101270223.html


昨年の6月にWHOの会議でフィリピンに行った際、英語から日本語への現地通訳を断られた話を思い出す。

インドやアフリカや途上国だけの話では決してなく、日本でのハンセン病問題も解決したわけではない、と痛感させられることは、未だにあります。


こういう苦労を乗り越えてきた人の笑顔は、強いなぁと思う。


ウェブで第1話しか読んでいませんが、琴線に触れる内容です。
よかったら読んでみてください
彼女は生を授け、死んでいった [2010年08月29日(Sun)]


2010年8月29日 ヒンドゥスタン・タイムズより:

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彼女は生を授け、そして死んでいった。デリーは通り過ぎるだけ。


She gave birth, died. Delhi walked by.
SUNDAY hindustan times, Aug 29th, 2010

冷淡な首都:妊婦の貧窮者、人ごみの市場で主産後、死亡―赤ん坊を助けたよきサマリア人

Nivedita Khandekar
ニューデリー:

 彼女は野良犬に囲まれ、蝿にたかられながら、汚れた雨水の中で妊娠9ヶ月の身体を横たえ続けた。チュンニ(訳注:インドの民族衣装 薄布?)を身にまとった彼女は、まるで人通りの多い道の脇に捨てられたぼろ布のようで、人々は脇目もやらずに通り過ぎていく。
 そこは実際人通りの多い道だった。コンノート・プレースのシャンカー・マーケット。幾千の人たちが、通勤や買い物に通う。
 7月26日に女性が出産したのも、この汚い道脇だった。新生児は茫然とした母親の傍らで泣き叫んだ。露店の主人がその泣き声に気付き、市場で衣料品店を営むリトゥ・アーサー・フレドリックに助けを求めた。
 フレドリックは生後数日の赤ん坊の周りを野良犬が囲んでいるのを見て驚愕した。「犬は今にも赤ちゃんに襲いかかりそうだった」
「母親は、自分ひとりで赤ん坊を産み、無理やり赤ん坊を引っ張ってへその緒をちぎったと私に話した」
 フレドリックは店の女性販売員の手助けのもとで、赤ん坊の面倒を見た。母親は不潔で、フレドリックは彼女が授乳しようとするのを拒んだ。貧窮した母親は、身を清めるのを嫌がり、医療的支援も拒んだ。4日後、フレドリックに赤ん坊の世話を頼んで、母親は息を引き取った。
 しかし、フレドリックと、彼女がカリシュマ(奇跡)と名づけた赤ん坊には、まだ試練が待ち受けていた。遺体を運ぶために警察が呼ばれ、赤ん坊の件を話すと、警察官はカリシュマをゴル・マーケットの養育施設に連れて行った。
 フレドリックは赤ん坊を引き取ることをあきらめていない。まだ独身の彼女は、自分では養育権を得られないかもしれないと、彼女の兄と義理の姉にカリシュマを養子にするよう説き伏せた。しかし孤児院の運営者は協力的ではない。
 この冷淡なデリーの町で、彼女とカリシュマは、また別の奇跡を必要としている。

■誰が彼女を助けられたのか?
あなたも、私も:100番(警察管理室)、1091番(警察の女性専用ヘルプライン)、1098番(チャイルドライン:0〜18歳の子どものためのヘルプライン)への通報によって、通行人でも貧窮者を助けることができる。救急車が駆けつけ、直近の国営病院へ貧窮者を運ぶ。

デリー政府 女性・子ども開発局:ショートステイ・ホームと、ナリ・ニケタン(女性のためのシェルター)を運営。他にも多数のNGOが女性と子どものための類似のシェルターを運営している。が、アウトリーチはなく、通報や相談があった時に介入する。

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