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チャンスを逃さない [2011年06月06日(Mon)]

Ram Barai Shah
ラン・バライ・シャー



ビハール州、ネパールとの国境に位置するラクソールのコロニー出身。
200人近くが暮らす大規模なコロニーだ。
リトル・フラワーというNGOが運営するコロニーで、ハンセン病病院もすぐ側にあり、支援が隅々まで行き届いている。
「ビハール1のコロニー」と、彼も胸を張る。

その活動に賛否両論はあるものの、リトル・フラワーの存在がなければ、彼が成功することは無かっただろう。



彼の最大の強みは、向上心と人懐こさにあると思う。

リトル・フラワーが運営する病院で働いていた彼は、英語を習得した。

運営者との意見の違いでクビになり、半年間リキシャを漕いでいたという。


ある日、リトルフラワーを訪れたイギリス人の訪問者が、ネパールのカトマンズとアナンダバン・ハンセン病病院を訪れる旅のガイドに、英語が話せる彼を雇った。
その旅には奥さんと2人の息子も同行し、初めての家族(すぐ隣だけど海外)旅行になっただけでなく、旅の最後にガイドの礼にと2000ルピーを渡された。

このお金を元手に、小さな商店を始めた。

もともとビジネスの才能はあったのだろう。愛想がいいから接客業も向いている。

こつこつとお金を貯め、長男をデリーの大学に行かせ、次男も大学まで入れ、コロニーの敷地外に1軒の家も購入した。


そんな身の上話をしながらも、子どもからお年寄りまでひっきりなしに店を訪れ次々と物を買い求めていく。


(ラン・バライが営む雑貨屋に飾られたニューズレターの写真。
2010年5月、ビハール州副首長と面談した時のもの)


州組織をまとめあげる全国組織、ナショナル・フォーラムの新理事の1員でもある。

理事会の時、「自分がナショナル・フォーラムの理事になるなんて、物乞いをしていた頃から考えると信じられない」と、顔全体で興奮を表して、少し目を潤ませながら話していた。


唯一欠点は、要人と会う時でも、なぜかシャツのボタンを3つ目くらいまで外したままなこと。
こっそり「閉めた方がいいよ」というと、「Oh, thank you」といってその場では閉めるものの、面談が終わって外に出るとまたすぐ元の状態に戻っている。


(ラクソールのコロニー)


自宅で見せてもらったアルバムの最後に、閉じられていない印象的な写真が一枚あった。
最初の息子が生まれた時だろうか。

藁の上に横たわり、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている奥さんの傍らで、(今は立派な体格だけど)まだ細いラン・バライが、奥さんをいたわり髪をなでている写真。

そのような写真が残っているのは、もともとの状況もコロニーの中でもわりと恵まれた方だったということもあるだろうけれど、
そこから苦労を重ねて、今の成功を手にしたんだと思う。
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