CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«ランバライの悩み | Main | ハンセン病回復者の子どもたちが学校に通えるようになるまで»
<< 2013年04月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
Google

ウェブ全体
インド滞在記
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
匿名
クレイアニメが映す「ハンセン病」に当事者から抗議の声 (02/12) awa→ちびすけさん
1年目の振り返り。 (12/23) ちびすけ
1年目の振り返り。 (12/15) awa→KUROさん
1年目の振り返り。 (12/15) KURO
1年目の振り返り。 (12/15) awa
1年目の振り返り。 (11/30) Hena
1年目の振り返り。 (11/28) もりりん
1年目の振り返り。 (11/27) awa→きょこさん
モチベーション (10/27) きょこ
モチベーション (10/27)
月別アーカイブ
「スバーシュ」という名の男 [2012年11月23日(Fri)]

DSC_4172_.jpg

マディヤ・プラデーシュ州の州リーダー、サラン氏のことは前にも紹介した。
笹川会長のブログでも紹介されている。

代表であるサラン氏と並んで、彼と同じインドールに居住する2人がハンセン病回復者の州組織の役員に就いている。

ケラーシュ・セン氏と、その息子だ。

ケラーシュ氏は自分から進んで前に立つタイプではないけれど、いつもサラン氏の隣で静かに耳を傾け、議事録を作ったりコーディネートをするなどの細かい仕事をこなす、働き者。

DSC_3220_.jpg

ケラーシュ氏の息子は、薬屋の会計士としてフルタイムで働いている。
給与は月額8,000ルピーと、平均からしても悪くない水準だ。
(大卒の初任給が約6,000ルピー)

仕事が11時から始まるため、州組織の会合があると仕事前に朝の一時間だけ顔を出し、10時頃になると礼儀正しく辞去する。

パソコン操作が得意で英語もできるため、州組織のメールのやりとりは彼が担っている。

DSC_4169_.jpg

コロニーの第二世代で、「12年生を卒業しても職につけない」という声をよく聞く。

成功している彼と、職に就けない人と、何が違うのか? と父親のケラーシュ氏に尋ねたら、間髪をおかずにこう答えた。

「あきらめないで努力するかどうかだよ」



第二世代の成功談は、苦労話でもある。



12年生(日本でいう高校)を卒業後、すぐには良い仕事は見つからなかった。

インドでは祭りや祝い事などの時に家をマリーゴールドの花で飾る習慣があるが、その仕事に就いた。給与は月たったの300ルピー。
もちろんそれだけでは食べていけず、かけもちで色んな仕事をした。日雇い労働、郵便配達。

そのうち、ミルク屋で夜の数時間だけ事務仕事を手伝うことになった。
給与は月額1,500ルピー。そこで夜働きながら、パソコンの操作を身につけた。

新聞の片隅に求人広告を見つけて、今の仕事に応募した。


現在25歳。
結婚して1歳の息子がいる。



コロニーに住む第二世代の多く(もしくはインドの若者の多くかもしれない)は、卒業後に最初から高い給与の事務職に就くことを期待する。
働くことは、エアコンの利いた部屋でパソコンに向かうことだと。
そしてそのような道が外部の支援によって開かれることを期待する。


彼が、安い給与もかっこ悪さも厭わずに、向上心を持ってこつこつと努力を積み上げられたのは、きっと父親の背中を見て育ったからだろう。
ケラーシュ氏を見ているとそう思う。

DSC_3290_.jpg

8月に笹川会長がマディヤ・プラデーシュ州を訪れた時のこと。
州首相との面談から戻ってきた州組織の役員にかける言葉を探して、笹川記念保健協力財団のヤマグチさんが尋ねた。

「“よくやった、えらい”ってヒンディー語で何て言うの?」

「スバーシュ」


その言葉は、苦労の末に今の地位を手に入れた彼の名前でもある。


(Photo by Natsuko Tominaga
トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント