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「当事者参画」の実情と裏側 [2012年05月14日(Mon)]

「当事者主体」という考え方がある。

"Nothing about us without us"(自分たちに関することは、自分たちで決める)

障害者の問題を議論するなら、その問題を最もよく理解している当事者が議論の場に入るべき。

障害者運動の中では既に定着しているこの考え方を、ハンセン病の世界でも根づかせようとしている。



WHOでハンセン病対策への当事者の参画を強化するためのガイドラインが発表されたのは、2010年のこと。
同じく2010年の8月に国連人権理事会で、12月に国連総会で採択された「ハンセン病差別撤廃のための決議・原則ガイドライン」の中にも当事者の参画が謳われていることもあり、ハンセン病に関する会議の場には、当事者であるハンセン病回復者を入れることを、ことあるごとに推奨している。

WHO主催の会議では、担当官の熱意もあり、ほぼ100%実現されている。(国際会議において。各国レベルは各国担当官の意識と、当該国の回復者リーダーの存在有無によって左右されるので一概にはいえないけど)

でもそれ以外の各国および州政府、NGOなどが主催する会議の場合は、実情は実現されているとは言い難い。


政府主催の会議の場合、そもそも関係者に会議の招待メールが届くのは、数日前。
先週のデリー政府主催の会議なんて、案内が届いたのは過去最短の前日の朝でした。
(中核の関係者はもっと前から知らされているけど、一回り外の外部の招待者に連絡がいくのは常にギリギリ)
それについてはインドの役所仕事だから、どうこういっても仕方ない。

デリー市内に在住して比較的予定に余裕がある私などは、スケジュールを調整して部分的に参加することはできるけれど、デリー以外の州から数日前からチケットを手配して参加することは難しい。

特に経済的に余裕のない大多数の当事者やNGOにとっては、高額の飛行機なら数日前でも手配できるけれど、手が出る価格の列車の切符は数日前に予約できる可能性は低い。

結果的に、当事者不在のまま会議が進むことの方が多い。

誰かがプラスαで尽力しない限り。



今回、デリーの会議は、朝、別の予定のため少し遅れて会議場に着くと、運営者のLEPRAの方より、
「デリーの当事者の電話番号を教えて欲しい」
「教えてもらった人がつながらないが、誰か他に来られる人はいないか?」
と、切迫した顔で訊かれた。

そもそも、当日の朝よりも前に余裕をもって招待の根回しをしておくべきで、そこは運営者(メインの主催者はデリー政府)の落ち度ではある。

でも他の人であればそのまま知らんぷりして会議が進行するのをゆるすであろうところを、間に合わせでもいいから当事者を入れようとする彼らの真剣さと熱意がわかったから、心当たりのデリーのカディル氏に電話をかけて、午後からかけつけてもらった。

翌日には、旅先のパトナから戻ったナショナル・フォーラムの理事の一員でもあるヴェヌゴパール氏も参加した。

コロニーから会議場までの往復のオートリキシャ代2日分、600ルピーは、一瞬ためらったが財布から出して渡した。



同時進行で、来週開催予定のジャルカンド州のワークショップの話もあった。

こちらの方は余裕をもって、2週間前に案内が届いた。

NGO関係者に招待が届いていたが、回復者(ナショナル・フォーラム)には招待が届いていなかったため、上述2つのガイドラインを紹介し、「ナショナル・フォーラムにも招待を出してはいかがか」とメールしたが、返信はない。

主催者に電話して再度説得したところ、「来たい人は来るのはかまわない、参加者が決まったら名前を教えてくれ」との返答に、ナショナル・フォーラム側と相談して参加者を確定し、名前を伝える。

会議の場にはジャルカンド州のハンセン病回復者組織から、2人のリーダーが参加する予定となった。



先月、日本帰国中に催した報告会で、数少ない「1年半の赴任期間で見えてきた変化」のひとつとして、「政府のハンセン病関連会議に当事者が招かれるようになったこと」を挙げた。

でも実際は、自負するつもりはないけれど、私がいなかったら二つの会議に当事者の参画はなかっただろう。

もちろん、会議への招待が送られることすらなかった以前に比較したら、大きな進歩ではある。

でもそれだけじゃいけなくて、私がいなくなった後も、当事者が参画できるようにならなければ意味がない。

もっというと、当事者が飾りとして会議の場にいるのではなく、議論に参加できるようになることが目指すべき姿だ。


誰がこのプラスαの部分をやるのか。

情報が回復者まで届いていない時に、誰が届けるのか。

届いた情報を、参加者を確定し、必要に応じてチケットや宿泊手配までは誰がやるのか。

参加する当事者に、事前のブリーフィングは誰が行うのか。

知識が足りない部分を補い、かつ彼らの意見を引き出す補佐役を、誰が担うのか。


「うん、必要だ」「うん、やるべきだ」の他人事でなく、「うん、やるよ」とのうわべだけの口約束だけでなく、
誰が当事者の参画を実現させるために使命感をもって動いてくれるだろうか。


本気で当事者の参画を実現しようとしている人が、何人いるだろうか。

IMG_1267_.jpg


今回の会議中、ポストイットで現状の問題点を書いていくプロセスがあった。

壁に貼られたポストイットの中で目に留まった一枚。

「ハンセン病回復者を参画させるといっても、うわべだけでは?」


本音が出た、と思った。

本音が出て初めて、現状を変えるために話し合いが始まる。

(残念ながら今回の会議中にこのポストイットが取り上げられて議論が掘り下げられることはなかったけれど)



「当事者参画」と、文字にしてみればただ5文字の言葉だ。

でもそれを現実に実現するのは、双方向で難しい。


まず、主催者側。

当事者を同じ議論のテーブルに着かせる価値、重要性を認識している主催者は、残念ながら少ない。

例え主催者がそのような意識に立っていたとしても、
公式な会議の場に出る経験も、知識も、語学力も劣る回復者を会議に参画させようと思うと、事前にある程度時間と労力を割いてブリーフィングを行う必要がある(もちろん背景知識や語学力が劣るからといって、それで彼らの当事者としての専門性の価値が損なわれるわけではないけれど)。
場合によってはそのために通訳の手配や、全資料の現地語への翻訳も必要になるかもしれない。

当事者を招くことで、準備の手間が増えることは確かだ。



一方で、当事者側の課題も多くある。

セルフ・スティグマ(自己偏見)が強い回復者が、いわゆる「専門家」と呼ばれる人たち、政府の有力者と、同じ議論のテーブルに着くには、またそこで口を開き発言するためには、相当の覚悟と勇気がいる。

勇気は、成功体験の積み重ねによってしか得られない。


加えて、当事者のネットワークと謳う団体の事務局に、対応の迅速さとコーディネート力が欠如していること(こちらの方が火急の課題)。



これらの課題をクリアして、本当の意味で「当事者参画」が根付くのには、まだまだ数年はかかるだろう。

数年後に根付くように祈りながら、一段一段を埋めていく。
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