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インド、ハンセン病界の先人たちの訃報 [2011年12月23日(Fri)]

2011年は、インドのハンセン病の世界で著名な方々の訃報が相次いだ年だった。

彼らが文字通り「ライフワーク」として長年手がけてきた事業の、一瞬のわずかな部分だけでも交差して、知ることができたのは光栄に思う。

考え方や手法のすべてに同感するわけではないけれど、
彼らが築き上げた功績に敬意を表し、ここに記しておきたい。

改めて、ご冥福を心からお祈りします。

・・・・・・・

クリストダス神父
ビハール州 リトル・フラワー設立代表者

Father Christudas
Head, Little Flower, Bihar

(2011年7月27日没)


1937年生まれ、南部ケララ州Kottayam県出身。

1970年代に東部西ベンガル州コルカタのマザーテレサのハンセン病センターでディレクターを務める。

1981年に、北部ビハール州、ネパール国境近くのラクソールに「リトル・フラワー病院(Little Flower Hospital)」を設立。
設立にはムザファプールの教師の支援があった。

病院の周辺にはハンセン病回復者とその家族たちが暮らす大きなコミュニティーが形成されている。
回復者の社会参画を目的とし、機織りの工場もある。
シルクを原料としたリトルフラワーのストールには、デザイン性、質とともに定評がある。
ヨーロッパからのドナーやボランティアとの結びつきも強い。

(リトル・フラワーはナショナル・フォーラム理事の一員、ラン・バライ氏が住むコロニーでもある)







(2011年4月ビハール訪問時。右から2番目がクリストダス神父)

ハンセン病患者・回復者を支援するうち、彼自身も羅患した。足のくるぶしにパッチが出るが、やがて治癒。

2009年にインドの週刊誌WEEKの”Man of the Year”受賞。

心臓病で亡くなった。
享年74歳。


電球 参照リンク>

ucanews.comの追悼記事
http://www.cathnewsindia.com/2011/07/28/leprosy-patients-lose-their-%E2%80%98messiah%E2%80%99/

Little Flowerのウェブサイト
http://am000104.host.inode.at/english/index.php?navigation=leader
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