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よろづ屋日記
介護支援専門員から事務職に異動となり、ついに究極のよろづ屋たる施設長となった男の能書き、ぼやき、その他ぶつぶつ・・・
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愛ちゃん号のこと[2008年10月15日(水)]
以前にも2回ほどこのブログに登場したホンダの軽バン、通称’’愛ちゃん号’は今や走行150000kmを超えました。つい先日はサーモスタットというエンジンの冷却水温を一定に保つ部品が故障してオーバーヒートしてしまいましたが2日の入院で帰ってきました。正に不死身ですね。僕がこのクルマの維持にこんなにこだわっているのは自分の施設の縮図のように思えるからです。このクルマは平成10年に共同募金会からの受配でいただきました。しかし、現在もはや我々介護保険事業所に対して共同募金会からの受配はありません。共同募金会は我々を見捨てました。翻って施設本体のおかれている状況をみれば、報酬切り下げと補助金カットの嵐です。だからこそ、老朽化が危険な領域に差し掛かるまでは維持していかねばなりません。経理上の耐用年数は40年といわれる建物を知恵をしぼって50年、60年持たせることでしか事業を継続しえない。そのシミュレーションがこの愛ちゃん号ではないか?そんな思いも知らぬ涼しい顔で何事もなかったように愛ちゃん号は200000kmに向かって淡々と走ってくれています。
すごい!(ひどい!)[2008年09月26日(金)]
ブログを立ち上げておきながら1年近く塩漬けにしてしまいました。本当にごめんなさい。実はサボっている間に施設長なんぞになってしまいまして。ますます、よろず屋の品揃えが増えました。現在はご多分に漏れず、もっぱら人集めに奔走しておりますが人材難で難儀してします。そもそも私が施設長なんて人材難の極みですねヤレヤレまぁ、これも運命と受け入れて(受容の姿勢が肝心)究極のケアマネジメントと思い直し、日々の仕事に勤しんでおります。今後ともよろしく。PSとにかく一緒に汗を流してくれる人を探しています。リンク集の求人広告を御覧いただき、お気軽にお電話ください。
0595-83-1294安全の里 藤本まで
今日は乗務員[2007年10月06日(土)]
最近は人手不足で通所の送迎の添乗をしばしばしています。今日もそれを頼まれていたのですが。

特養の外出イベント(大正琴の鑑賞)も送迎役がいないとのことで’出動’しまして。

その少し後に短期入所利用中の方が体調不良で家族が待っているかかりつけの病院に移送することになりまして。

イベントの帰りと通所の送りと上記の移送が重なる恐れもあり。

当施設が保有するすべてのリフト車(予備になっているポンコツ含む)を総動員して臨む羽目に。

しかし、いきなり叩き起こされても全く問題なく働いてくれるウチのポンコツはたいしたものです。(リフトはギイギイ言ってますが。)

以前にこのブログに出てきた共同募金会さんの助成でいただいたホンダの軽バンは14.2万キロに達して元気に働いています。

更新車両が入ってきても何とか使いたいなぁ、と運営経費との狭間で思い悩む今日この頃です。
すいません[2007年09月26日(水)]
特別忙しかったのではありませんが長いことブログを放ったらかしにしてしまいました。

久しぶりに書こうとしたら、IDは忘れる、PWは無効になるであたふたしました。ハハ
実は4月に異動になり(退職はしていない)ケアマネから事務へ変わりました。副業が本業になtってしまった感じです。

事務と言っても古い小さな施設なのでやることはいっぱいあります。これもひとつのケアマネジメントかな?と気持ちを切り替えて、慣れない仕事に精をだしています。

今後ともよろしく

あっ、財団さんの車両助成にも応募させていただきました。こちらもほうも何卒よろしく。
雨と無知[2007年02月20日(火)]
昨日の読売と今日の中日に介護保険での特殊寝台についてのいわゆる'貸し剥がし’を緩和する構成老同省の考えが載って言いました。それと、介護保険と医療保険の自己負担を合算して負担上限額を超えた分を還付する制度のことも。

個々にはいいことだと思いますが平成17年10月の改訂以来、食事の自己負担化やベッドの貸し剥がしであれだけ締め上げておいて、柳沢発言で選挙が不利とみるや’これ’ですわ。

一体、我々は何をよりどころに活動していけばいいのでしょうか?制度は役人や為政者のおもちゃではありません。一体どれだけの高齢者が制度に翻弄され、また、それを支えるためにどれだけの労働者が安月給にあえぎながら身を削り、心を痛めて奮闘していると思っているのか

選挙が近ずいたら国民に媚をうり、終われば締め付ける。しかし、介護はゲームの材料ではありません。個々の人間の人生そのものです。振り回される方の生活を少しは実感しろといいたい。

役人は年寄りの家の前まで行って、草むらの犬の糞を踏む経験を積め!!!
柳沢発言のこと[2007年02月14日(水)]
一ヵ月半もサボっておいて、今頃この話題は何だ!と叱られそうですが誰も言わないようなので私見を述べてみたいと思います。

機械、装置発言への非難が集中しているようですが、私が注目したのはその後の”一人頭で云々”の部分です。つまり、国民、県民、市民、人民の個々の事象を統計数値でしか感じていない行政の習性が現れている、典型的な役人発言であると感じます。

介護支援専門員の研修に行くと行政関係のエライさんがいつも”高齢化率”とか"要介護認定率”とかのデータを振り回して説明をしていますが、あんなものは現場のケアマネにとっては無意味です。なぜなら要介護認定済みの高齢者だけを対象に活動する者にとっては高齢化率は100%であり、要介護認定率も100%だからです。

私は基本的に研修での行政関係の人の話hなんか聞いていません。何の得るところもなく、落語でも聴いているほうがずっと含蓄があり居宅介護支援に役立つからです。

たぶん統計の話しか話題がないから、あんな話になるのでしょうが、個別化を叫びながら実は拾把一絡げから脱却できていないのは行政の方であり、柳沢発言は出るべくして出たこの国の行政の態度そのものであると感じます。

俺達はただの数字とは違うぞ
ゆきかう人々[2006年12月24日(日)]
この時期になると来年のことが少し見えてくるせいか、異動のことなどが聞こえてきます。知ってる人が所属する法人は大抵の場合、組織は小さいので’異動’する人は大抵が自己決定による、つまりは転職ですね。

介護支援専門員の収入は理屈からいえば1件あたりの報酬×上限件数で頭打ちですから、家族を背負っているひとが一生やるべき仕事ではないのは明白です。

この事態を”有識者”の方々はどう考えていらっしゃるのだろうか?と思いつつ去っていく仲間の幸が多からんことを祈るのみであります。

人ごとやないぞ!
冬支度[2006年12月08日(金)]
ムーミン谷(古いね〜)のように冬の間は眠って過ごせれば、冬仕度も楽しいでしょうが世間一般で冬支度と言えばストーブを出したり衣類の交換であったりすると思います。中でも自動車のタイヤを冬用に交換するのは現代では見慣れた風景ですが施設の数台に行うのはかなりの重労働です。

今年は電動インパクトレンチ(私品)が不調で殆ど手締めになり、しんどかったです。でも、お年寄りと職員の命を乗せているのですから確実な作業が必要です。今年はトルクレンチ(これも私品です。)を使用して、より完全な作業を心がけました。

やたらに私品が出てきますが、少し前の記事に出てきたホンダの軽バンに取り付けたのは、これも不要になった私品のアルミホイール付で凄くかっこよくなりました。ますます愛着が湧いてきました。

聞けば介護保険事業所には今後は共同募金会からの車両助成は期待できないとのこと。なおさら大切に有効に使いたいと腰を伸ばしながら感じた次第です。
山狩り[2006年12月04日(月)]
行方不明者の方の捜索、通称山狩りにボランティア参加しました。

子供の頃、遊び回った山ですが、今となっては勝手が違い、歳のせいもあって自由自在には動けないものです。実際、元の位置が分からなくなり不安に襲われることも何度かありました。でも不明から2週間、ご家族の方の思いはいかばかりかと考えつつ、また我々の発見は悲劇を意味することを意識し、しかし地区の知り合いと声を掛け合って気持ちを切り替えつつ一日、地域を歩き回りました。

参加60余名、結局なんの手がかりも得られませんでしたが、ご家族は「山の中に居なかったことが分かっただけでも幸いです。」と挨拶されました。どこかで生きていてくれるのかもしれないとほのかに希望を感じた次第です。

元気で居てください。そして、ご家族も。
法事[2006年11月24日(金)]
いきなり私的な話題ですが、先日は祖母の一周忌でした。

ここ数年はねたきりに近く、認知症もあり、親戚の顔も分からない状態でしたが、
’この人が居るのだから、父母やまして自分はまだまだ・・’という不思議な安心感があったものです。

死が年齢の順に訪れるなどということは何の根拠もないことです。しかし、祖母の存在自体が漠然とした安らぎを醸し出していたように思います。

自分の存在理由を深刻に考えたあげくに、それを見つけられないと悩む人がいますけど、誰かが、その人を心の拠りどころにしているかも知れない。

存在自体が存在理由なのでは?と、禅問答のような文章になってしまいました。
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