由布島
[2009年01月08日(木)]

西表島に隣接する由布島(ゆぶじま)は、海流によって堆積した砂だけでできている。
海抜1.5m、周囲2.15kmという小さな島だ。
昼間は観光客で賑わうが、島には住民がほとんどおらず、人口は十数人ほどだということである。

由布島と西表島の間の海は、満潮時でも1mほどの深さにしかならない。
そのため、観光用の移動手段として水牛車が利用され、島の重要な観光資源になっている。

丑年の今年は、さらに人気を集めそうである。
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由布島
![]() 西表島に隣接する由布島(ゆぶじま)は、海流によって堆積した砂だけでできている。 海抜1.5m、周囲2.15kmという小さな島だ。 昼間は観光客で賑わうが、島には住民がほとんどおらず、人口は十数人ほどだということである。 ![]() 由布島と西表島の間の海は、満潮時でも1mほどの深さにしかならない。 そのため、観光用の移動手段として水牛車が利用され、島の重要な観光資源になっている。 ![]() 丑年の今年は、さらに人気を集めそうである。
西表島
![]() 旅行3日目は、石垣港から船で西表島へ到着。 バスに乗って島内観光。 マングローブの様子が見える。 ![]() 島の名所の一つであるマリュウドゥの滝。 ![]() さらに上流にあるカンピレーの滝。 ![]() 通称・星砂の浜。 その名のとおり、海岸全体が星砂でできている。 ![]() バス停の屋根も沖縄風だ。
牛車観光
![]() 石垣島から船に乗って隣の竹富島へ。 この島の名物は、水牛が引く牛車に乗っての島内観光だ。 ![]() 台風に備えて、どの家も石垣で守られている。 ![]() 左側に見える2本の円筒は、雨水を蓄える水瓶である。 川がないこの島では、最近まで雨水が飲料水や生活用水になっていたそうだ。 ・・・といったことを一軒一軒の民家の内部を紹介しながら説明してくれる。 「プライバシー」とか、そういった類のことにはうるさくないようだ。 ![]() 都会では、Googleストリート・ビューに自宅の画像が掲載されているだけで大騒ぎになるが、この島ではそんなこともないのだろう。 ![]() のどかですな〜。
リスザル
![]() 石垣やいま村(八重山民俗園)の人気者はリスザル。 村の一角で放し飼いにされている。 ![]() もともとは中南米から連れて来られのだが、よほど沖縄の風土が合っていたらしく、どんどん繁殖したようだ。 人間用のベンチでも、ご覧のようなリラックスぶりである。 ![]() バッグの中の食べ物を勝手に取ろうとしている。 油断できない。 ![]() エサをやろうとすると、アッという間に集まってくる。 ![]() ゴミ箱の中からティッシュを探し、食べ物の残りが包まれていないか確認しているところだ。 ・・・・・・昨今、人間の子どもは「行動力がない」「たくましさが足りない」といわれている。 少しはこのリスザルたちを見習わせたい気もする。
沖縄の女性
![]() 石垣やいま村(八重山民俗園)でマングローブの植物について説明してくれたお姐さんは、沖縄の伝統的な髪形と着物姿だった。 ・・・はっきり言って、この姿はかなりイイ ![]() ![]() 近くの部屋では、おばさんが頭の上に一升瓶を乗せて踊っておられた。 ・・・はっきり言って、この姿はどうでもイイ
グラスボート
![]() 旅行2日目は、午前中に飛行機で石垣島へ移動。 早速、石垣港からグラスボートに乗船する。 ![]() グラスボートは、その名のとおりに船底がガラス張りになっており、そこから珊瑚礁の海の中を観察することができるのだ。 ![]() 熱帯魚の姿も(ちょっとピンボケだけど・・・)。 まさに天然の水族館ですな。
シーサー
明けましておめでとうございます
![]() 竹富島の牛車(丑年にちなんで) 明けましておめでとうございます。 9ヶ月前、諸事情により旧ブログを閉鎖し、この「ゆるブログ」を立ち上げましたが、今年は硬派の内容も増やしていきたいと思っております。 本年もよろしくお願いいたします。
ひめゆりの塔
![]() 次にひめゆりの塔と、隣接するひめゆり平和祈念資料館を訪問した。 ・・・「ひめゆり」の愛称で親しまれていた沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校。 1945年3月23日、米軍の沖縄上陸作戦が開始されると、両校から240名の生徒が戦場へ動員された。 日本軍の敗北が決定的となった同年6月18日夜、「解散命令」が出され、軍の総司令官は自決。生徒たちは米軍が包囲する戦場に放り出された。 その後の数日間で、100余名の「ひめゆり学徒」が死亡したという。 「戦争を始めるのは老人。 犠牲になるのは若者」 という言葉を思い出す。 ![]()
首里城
![]() 羽田から約3時間のフライトで那覇空港へ到着。 観光のスタートは首里城である。 ここは2000年に開催された沖縄サミットでもおなじみの場所だ。 そういえば、沖縄サミットのイメージ・ソングを作ったのは人気絶頂期の小室哲哉だった。 人生、先のことはわからないものである。 ![]() 横では屋根瓦の補修中だ。 台風に備えて、瓦を漆喰で固定するのが沖縄流である。 ![]() こちらは精巧にできたミニチュア模型である。 王の前に家来たちが座っている様子が忠実に再現されている。 ・・・と、そのとき、後ろから肩を叩かれた。 振り返ると、そこにはかつての同僚であるK氏が立っていた。 職場の慰安旅行で昨日から沖縄に来ているのだという。 見ると、一行の中には知っている顔がいくつかあった。 せっかく仕事を忘れて旅行に来ているのに、地元から何千キロも離れた場所で知り合いに出会うとは・・・。 勘弁してほしいよな〜。
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