4月20日、日テレに出ました。番組は「スッキリ!“褒める”
徹底検証」でした。「ほめる」ことの効果が企業でも保育園でも
着目されています。「褒め」を生かした経営が進み、やる気や人
間関係、更に売り上げまで伸ばしています。

褒められると、お金をもらった時のようにドーバミンが出て嬉し
くなります。報酬回路が作動するのです。「ぶたも褒めれば木に
登る」などという言葉まで世間にはあるのです。特に主婦層では
かなり言われているようです。褒める効果が如何に強力か言い当
てています。

脳の中では、「褒められた時」と「お金をもらった時」同じ領域
が働いています。お金は広い場所で、褒めは狭い場所で働いてい
ます。重なっていることがミソです。お金は誰からもらっても、
何時もらっても、どこでもらっても嬉しいのです。不正がらみの
お金でも同じく反応します。しかし、褒められるのは違います。
せまく限定されるのです。「自分も嬉しい・相手も嬉しい・お母
さんも嬉しい」時だけ反応します。他者を喜ばせた時だけです。
領野が狭くとも価値が高いのです。

「明日テストだ!」というとねじり鉢巻きで勉強します。勉強は
すればするほど良い結果がでます。“100点だ!”となると、嬉
しくなります。嬉しくなると、「もっとやろう。」となります。
また100点とります。もっと嬉しくなります。「よし!もっと
やろう」となります。勢いづくと「簡単だとつまらない。今度は
難問に挑戦しよう!」となっていきます。

小学生や中学生は効果てき面です。「90点、オッ!やればでき
るな。」「もっと・もっと・もう一息」「クラスで一番とるぞ!
」となります。お母さんが喜んでくれるともっと調子が上がりま
す。喜びが増幅します。意欲が増幅します。快感回路がフル回転
します。努力回路が生まれていくのです。
優れた教師は“褒めの効用”をよく知って活用しています。

報酬を与えて学習を促進する強化学習アレゴリズムが提案され
たのは、1980年代でした。それが現在の強化学習の研究へと
つながっているのです。学問の成果を生かすこと。具体化するこ
と。学者・研究者からテクノロジー・技術者へ、テクノロジー・
技術者から臨床・現場へとつなげること。「褒めの効用」へと具
体化されなければなりません。原理が発見されたら、臨床や教育
の現場で実践・検証すること。方法は「仮説・実験・検証・修正
・再仮説・実験・検証・・・」とスパイラル的に進めます。
それにしても社会に活かされるのに時間がかかり過ぎます。教
育現場の鈍さにはほとほと閉口してしまいます。学者の責任も重
いと思います。多額の国税をつかっているのです。社会貢献を軽
視してはいけないのです。積極的に情報を提供しなければなりま
せん。論文を書いて学会で発表して終わりではいけません。「国
民のため」を常に念頭においてほしいです。
政治も経済も教育も生きものです。停滞は許されません。停滞
したら死ぬのです。“ほんもの” “真理や正義” “国民の幸せ”を
求めて活動しなければならないのです。いのちは「ほんもの」を
求めて動いています。
私は既に「脳の原則8カ条」を発表しています。脳ニューロン
は本来の行き場(標的ニューロン)を失った場合、自分が死ぬか、
誤った相手と結びついてしまいます。誤った回路つくります。
それが「嫉みやっかみウソツキ回路」「ケチつけ・誹謗中傷・相
手たたき回路」「嫉みやっかみ回路」などを形成してしまいます。
良いことをしなければ悪いことをするのです。脳には空白はあ
りません。だからこそ、今の今が大事なのです。報償回路を生か
すことは極めて重要なのです。
○哀しいこと。
ある先生が「ほめてモチベーションをあげ学習効率をあげ幸せ
になる」と自己申告書に書き、管理職と面接したそうです。その
上司は「ほめる教育」に懐疑的で数週間後、「ほめればいいのか
」というタイトルで学校便りを発行したそうです。
内容は、
「中学生は未成熟であるがゆえ、大人が厳しく監視し、叱る必要
がある」
先生も保護者もその内容に失望し、一時は意欲を失ったそうです。
人間不信から良い教育は生まれません。当然のことながら学校経
営はトップダウンのみ、先生を監視し、保護者を監視し、「問題
のない学校」をつくろうとしているのでしょう。
校長先生はすぐ、指導室に転勤し各学校を指導しているのです。
敏腕を奮って出世していくのでしょう。
東京都の公立学校は一体どうなっていくのでしょうか。
お母さんがたは真剣です。良く勉強しているのです。
「強化学習」だって知っています。
研究成果を無視した教育は通用しません。
脳科学的には、褒める:叱る=7:1 です。
先ずは褒めること・褒めまくること・・7倍も褒めてください。
褒められて子どもは育ち、
叱られてしっかりした子になっていきます。
ヒトはやったとおりになります。
「褒めない教育」はいけません。