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脳科学ブログ(教育への架橋)

脳科学の知見を生かし、実践現場との架橋・融合をめざす。仮説・実践・検証により、教育のエビデンスを生みだし、揺るぎなき教育の一端を担いたい。“教育は愛、愛こそ教育” 願いは子どもの幸せである。


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臓器法A案通過に強い危惧・・??!!! [2009年06月21日(日)]
臓器法案A案が衆議院を通過した。過ちを犯さないでほしい。法案は法遵守の基本的枠組みとなる。国家の方向付けとなる。否応なく国民一人一人の行動・価値規制となる。目先優先・利害得失・一時的な考えで決めてはならない。自重自制・慎重審議をしてほしい。

 「脳死」=「大脳・小脳・脳幹 全ての機能が失われた状態」と定義するという。しかし、最先端の脳科学研究によると大脳・小脳・脳幹のニューロンが一気に死ぬことはなく、ニューロン死が進み、ネットワークが破れ、病変が大きくなり、欠損が生じる。死は徐々に進行することがわかっている。生きているニューロンとニューロン群は協力・連携し、死んで欠損したニューロンとその領野を必死に補完していることが分かっている。従って、「全ての機能が失われた状態」などありえない。

 従って、どの時点で脳死と判定するかは専門の研究者・専門医・近親者の総合的な判断による以外にない。少なくとも「完全死」ではないのだから。特に子どもの脳は強い復元力をもつという。加藤博士の本論文はそのことを実証している。早まってはならない。死んでいないのに「死んだこと」にしてはならない。参議院は早急に加藤博士の見解を聞いたらどうだろうか。日本ではわずかにしかいない専門の研究者だから・・・。是非是非聞いてほしい。

加藤博士のブログ「脳番地日記」
http://nonogakko.air-nifty.com/blog/

 植物状態といっても死んでいるわけではない。眠っている状態の我が子にメスを入れるかどうか、臓器を取り出せるかどうか、本人にとっても親にとっても判断は難しい。法律の力で「死んだ」「死体として扱う」と言いきれるであろうか。国民全体に受け入れられるであろうか。

 多様な意見・判断が出ることは当然であろう。いのちを救いたい親の気持ち、快復を願う親の気持ち、自分の身体だったらOKでも我が子だったらどうするか難しい。 

 法律としてA案に賛成するなら、少なくともドナー登録はしてほしい。他人事と考えてはならない。特に法律を作る国会議員には・・・。我が身・我が家族のこととして判断・決断してほしい。合意形成に全力を尽くしてほしい。

 A案が通るとは、夢にも思わなかった。参議院議員の皆さん本当に本当に慎重審議をしてください。お願いいたします。
  
   加藤俊徳博士の見解(ブログより転載) 
 COEの発見で目の当たりにした事実は、「植物状態はいない」という事実です。MRI(1万人)をみても、大脳のすべてを失っているケースとはまだ出会っていません。必ずどこかが残っています。その場所をCOEで確かめると、確かにその場所が酸素を使っているのです。
 外界にそれを伝えられないだけで、音が聞こえているか、光を受け取っているか、体の感覚が残っていたり、中には言葉を理解したり、前頭葉が活動している例を多く見てきました。
 植物状態と思えば、周りの人が積極的に本人に働きかける意欲を失いがちです。でも言葉を聞いているという事実が分かれば周りが積極的に話しかけ始めるのです。
 脳に情報が入れば、脳は成長します。脳の死は事実としてありますが、脳は生きていれば酸素を使って成長し続けることも、また事実です。
 このような事実が、医療や教育界で常識になれば最期まで脳を使って積極的に生きることができる社会になると信じています。
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