【増加する大人の発達障害】引用です。
ー大人になって発達障害が判明 ・職場復帰と就労支援の現場 ー
子どもの頃から成績優秀だったのに、仕事ではトラブル続き。その原因は「発達障害」にあった──。いま、“大人の発達障害”が急増している。週刊ダイヤモンド9月27日号の第2特集「増加する大人の発達障害職場はどう向き合うか」に連動した特別レポートをお送りする。
「過労死はしなかったが、激務のために鬱になってしまって……」
大手電機メーカーに勤める片山泰さん(50歳)が、統合失調症と躁鬱病を患い休職を余儀なくされたのは、2011年のことだった。精神を病んでしまったのは、1987年の入社以来、働き詰めの生活が祟ったのだろう。
意外だったのは、通っていた心療内科で発達障害(アスペルガー症候群)の可能性を指摘されたことだ。
週刊ダイヤモンド9月27日号の第2特集「増加する大人の発達障害職場はどう向き合うか」
発達障害とは、生まれつき脳機能の発達に不揃いが生じているというもので、社会性、コミュニケーション力、想像力の欠如など、さまざまな特性が際立ってしまうという特徴を持つ。
代表的なものに、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)がある。
これらは先天性のものであるから、激務から精神疾患が引き起こされるのとは“別物”といえる。
発達障害の発生率は、全人口の2〜6%と言われているが、障害としては軽度のため、見た目では気づきにくく、本人にも自覚がないことがほとんどだ。特に知的障害を伴わない場合は、子どものころから周囲には「ちょっと個性的な子」という印象は持たれながらも、そのまま大人になる可能性がある。
ところが、大学、就職、結婚……と社会と接する機会が増えるにつれ、発達障害特有の社会性のなさが一気に顕在化してくる。
職場の同僚や上司、や取引先から「変わり者だ」「常識がない」「不注意でミスが多い」などと疎ましがられ、職場の“トラブルメーカー”“困った人”となっている人たちが、実は発達障害だったと診断されるケースは思いのほか多い。そんな「大人の発達障害」が今、社会問題のひとつになっている。
ー50歳を前に判明した発達障害 戸惑いと共に安心感もー
片山さんも通っている昭和大学附属烏山病院で行われている大人の発達障害者向けのデイケア(日帰りの通所リハビリテーション)。同じ境遇の人たちとの対話を通じて、自らと向き合う
片山さんも、50歳間近になって発達障害と診断され、最初は戸惑うしかなかった。
昔から頭は良いほうだと信じていたし、実際、IQを調べたところ120あった。対人コミュニケーションは苦手だったが、むしろ頭が切れすぎるせいで周りに嫌がられ、仕事に差し支えるのだと思っていた。
運動はからっきしダメだが、音楽の才能もあると自負していた。子供の頃から絶対音感があり、世の中の音をすべてドレミで表現することができた。誰もができると思っていたのに、友人たちが驚くのを見て特技なのだと知ったのだ。オーケストラの演奏では、すべての楽器のメロディーが聞き分けられる。ふと耳にした曲がどこで流れていたかを思い出すのも得意だ。
よもや自分に脳機能の障害があったとは……。困惑しつつも、一方でホッとする気持ちもあった。
アスペルガー症候群の場合だと、相手がどう感じるか理解し難いために意識せず失礼なことを言ってしまったり、一方的に話し続けるといった社会性やコミュニケーションの障害が見られたり、こだわりが強く、予定外の事態が起こると混乱したり、自分なりのルールややり方に固執してしまう傾向がある。そうした特徴から、仕事でトラブルが生じ、自分では理由がわからないまま責められたり、努力不足だと言われて苦しんでいることが多い。そういう人々にとっては、自分が感じてきた“生きづらさ”の原因が発達障害にあったことがはっきりすることで、その安心感が次へのステップ、原動力になることが多いと、多くの専門家が指摘する。
片山さんの場合は、昭和大学附属烏山病院(東京都世田谷区)の成人発達障害専門のリハビリテーションセンターと、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構に通いながら、復職を目指してきた。
「3年間の休職を経て、2ヶ月前に復職しました。この間、発達障害に向き合ってきて、私の特性からは数字を転記したりする細かい仕事が適していることがわかり、それを会社に伝え、自分に向いている仕事をもらっています。9月末の半期の〆に向けて、目標管理や人事査定の書類を作っているところです。今までと違って、やっていて充実感があります」(片山さん)
ー発達障害を職場で隠すか公表するかという分岐点ー
現在、都道府県・政令指定都市ごとに、発達障害者への支援を総合的に行う発達障害者支援センターが設置されている。それぞれの地域の医療や福祉、労働関連などの関係機関と連携しながら、発達障害者とその家族の相談や支援の窓口となっている。
神奈川県発達障害支援センターの地域・発達障害支援班の松浦俊之主査は、「発達障害であることがわかったとき、それを“受容”するのに、本人も家族も時間がかかることが多い。『普通に大学を出て就職もしたのに、これから障害者としてレッテルを貼られるのか』と、なかなか受容できない。ただ、最初はショックを受けても、最終的には自分の特性がわかって安心したという人が多いのも事実です」と説明する。
相談を受けたセンターは、相談者の特性に沿って就労や復職の支援をしていくわけだが、その際には、職場にそれを隠して就労するか、障害をオープンにして障害者枠で就労するかという問題が大きな分岐点になる。
オープンにすれば、周りの配慮も得られるし、障害者自立支援法に基づき職場適応援助者(ジョブコーチ)の協力を得て雇用主との調整などをしてもらうこともできる。ただし、障害者雇用の場合は最低賃金の減額が認められているという背景もあり、障害者枠では給与面で不利であることは否めない。
しかし、「皆さん、いちばんの望みは長く続けられること。そうすると結果的に障害枠を選ぶ人が多い。障害を隠して一般枠で就労しても、傷ついて鬱病になるなど二次疾患を誘発することもあります」と松浦主査は話す。
現在、企業や在宅で就労や起業を希望する65歳未満の人は、障害者自立支援法に基づく就労移行支援制度を利用できる。このサービスを受けるには、医師の診断書が必要だが、多くの場合は無料で、最長2年間の支援を受けることができる。
また、11年の障害者基本法の一部改正により、発達障害も障害の定義に含まれるようになって以来、様々な就労移行支援事業所で、発達障害者に対応したプログラムが用意されている。
多くは、オフィスの様な空間を再現した事業所に“通勤”するというスタイルだ。座学やワークショップ、 “仕事”を模した作業で職業訓練を積んで、業務に必要なビジネスマナーやスキル、生活リズム等を身に着けてから、職場体験を経て、支援を受けながら就職活動を行うというものだ。事業所によっては、生活困窮者に対して、交通費の補助を出すところもある。
ー海賊たちのような凸凹集団が それぞれの強みを発揮しあう社会ー
全国各地の都市部を中心に44拠点を持つ株式会社LITALICO(東京都目黒区)の就労支援サービス「ウィングル」は、常時1300人が利用する。利用者のうち約20パーセントが発達障害だという。多くが、ADHDとアスペルガー症候群で、その年齢層は10代から40代と幅広い。
LITALICOの広報担当・本谷沙織さんによると、特別支援学級やフリースクール、大学を卒業してすぐに利用し始める人がいる一方で、「就労したものの、組織内でうまくやって行けず、挫折してからこちらに来る」パターンも多いという。
ウィングルのプログラムは3段階。第1段階は、働くことについて学び、自分の得手・不得手の傾向をつかんだ“説明書”作りだ。第2段階は、自分のそうした傾向に合いそうな環境に近い企業の現場で、半日くらいから2週間ほどの実習をしてみる。そして最後は、実際の就職活動のステージに移る。
求人で最も多いのは、ウィングルの卒業生が就職した企業から、トレーニングを受けた人をまた採用したいと声がかかる場合だという。
13年の就職実績は854人。そのうち、発達障害傾向にあるといわれる人は約120人。ほとんどが障害者枠だが、一部は一般枠で就職した。
本谷さんは、利用者の働く意欲は「すごく高い」と強調する。
「“働いて何をしたいか”と訊ねると、生活保護を受けていた方だと、“税金を納めたい”。ひきこもっていた方は、“人に認めてもらいたい”とか“居場所を見つけたい”という答えが返ってくる。通常通り働いてきた人とモチベーションの持ち所が違っていて、採用された会社で、長く真摯に働きたいと願っている方が多いのです」
一方で、こうした状況を鑑みると、受け入れ側の職場にも、発達障害への理解が必要であることは言うまでもない。職場の発達障害に対する無理解や誤った対応によって、無用なトラブルや人間関係の悪化を招いているケースも多く見受けられるからだ。
発達障害は「発達凸凹」と呼ばれることもある。認知(知覚、理解、記憶、推論、問題解決などの知的行動)の能力に凸凹が大きいという意味だ。苦手なこともあるが、得意なこともある。確かに、障害と呼ぶより能力の凸凹と見たほうが、実態に則していると言える。
当事者側が特性を理解したり、周囲に適応するための訓練を行うだけでなく、発達の凸凹をうまく生かせるような対応力を、企業や組織の現場リーダーたちが身に着けることも重要だ。
大人の発達障害に特化した就労移行支援事業を行う民間企業、Kaienの鈴木慶太氏代表は、尾田栄一郎氏の人気漫画『One Piece』の登場人物たちに例えてこう話す。
「色んな得意分野を持った海賊たちのような凸凹集団が、いかに気分を高めながら、人・物・金・知恵といったリソースを分配しつつ、できることとできないことを分けて1つの目標に向かって進んでいくか。それがいま企業に必要なリーダー像ではないでしょうか」