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虹の夢

生き難さを抱えている人たちの幸せな未来を願っている「お節介おばさん」の徒然日記です。

自閉症/発達障害のある方など生き難さを抱えスペシャル・ニーズを持つ方々の「未来を創りたい」…そんな大きな夢を叶えるために、「楽しく・嬉しく・明るい」情報発信をしていきます。

2017年度「放課後等デイサービス 事業評価アンケート」の結果を2017.10.12の記事に掲載しています。
併せてご覧ください。


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2013年に感謝をこめて [2013年12月31日(Tue)]
2013年も後1時間余りで終わろうとしています。

今年もテキトーに力を抜きながらも、毎日毎日良く頑張ったと思います。
たくさんの方と新しく知り合い、息子を通して私たちのこどものファンタスティックさをお伝えし、みなさんからの応援に支えられての日々でした。

本当に有難うございます。

賽の河原に石を積むような営みかもしれませんが、もっともっと学び、感度を上げ、みんなで見る夢の先の幸せを願い続けていきます。
来年は、今年から少しずつ準備してきた具体的な「働くステージ」を創ります。
「工賃」と呼ばれる世界からの脱却を目指して。
私たちのこどもが、経済的にも自立できるような仕組みを模索しながら。

2014年も「ぶれいん・ゆに〜くす」を
活動のステージであるSchaleの各事業を
どうぞよろしくお願いいたします。

良い年をお迎えください。


Posted by 伊藤 あづさ at 22:52 | 今日の感慨 | この記事のURL | コメント(0)
笑顔のための [2013年12月30日(Mon)]
今日も、明日の「厳選お節」(黒森洋司さん監修)お引渡しの時に、一緒に販売させていただく「口福」の仕度。

「虹のおかずやさん」からは11種類。それぞれ限定数個ずつ。
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「虹のおかしやさん」からは、セレクトセットが二種類。
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ご用意させていただきました。
黒森さんのお料理と共に、お楽しみいただけましたら幸いです。

明日は10時〜15時まで、販売のみの営業です。
お車でお越しの際は、近隣の100円パーキングをご利用下さいませ。
Posted by 伊藤 あづさ at 19:00 | 今日の活動 | この記事のURL | コメント(0)
「他人事」ではないのです。 [2013年12月29日(Sun)]
多くの会社や学校が「仕事納め」になり、街も新しい年を迎える準備で華やいでいます。
そんな中、先般千葉で起きた福祉施設での出来事について、やはりこのブログを読んでくださる皆様と共有したいと、強く感じる記事がありましたので転載させていただきます。
私の息子が通う支援学校からは、年に1回、「いじめに関するアンケート」が配られます。
天邪鬼の私はいつも思います。
“相手は物言えぬ子らだよね。どこまで質問の意味を理解して答えられるのかな?
それに、体に何か痣でも残るようなことがなければ、言葉の暴力も含めて、こどこたちが受けている扱いを親が気付くことは難しいんじゃない?”
って。
そして、ほんの瞬間でも、こどもたちの尊厳が守られていないと感じる場面を経験しています。
だけど、口をつぐんでいる自分もいます。
“言っても変わらない”
“面倒な親だと思われることで、息子にも影響があるのはゴメン”
だから、私には偉そうに言う資格はありません。
だけど、ぜひ読んでみてください。
そして…
私たちのこどもの尊厳が守られる社会の本質を問い続けていただけましたら幸いです。


袖ヶ浦福祉センター養育園利用者への虐待についての考え
 僕は千葉県総合支援協議会の権利擁護専門部会の委員をしています。しかしこの事件についての情報はマスコミで発表されている以上には知りません。あとは噂で聞こえてきたことや、人から伝え聴いた情報だけです。したがって、これから書くことは事件の全貌を深く知る立場での考えではないことを断っておきます。

なぜ虐待されていた利用者は、自分が虐待されていた現場に住まわされ続けているのか
 事件発覚からそろそろ一カ月になろうとしています。この間、僕がとても気になっていることの一つは、虐待を受けた人たちは、今どうしているのだろうか。と言うことです。
 この事件は養育園という入所型施設で起きたことですが、これと同様のことが家庭でおきたら、はたしてどうなるでしょうか。
 想像してみましょう。子どもが病院に救急搬送されてきて、その病院で死亡した。警察が検視したところ虐待の疑義が生じて、その子の親に事情聴取。親はその子を含む実子たちへの暴行、虐待を認めた。この場合、当然の事として、暴行されていた子どもたちは保護されるのだろうと思うのです。
 しかし養育園から、死亡には至っていないけれど虐待、暴行を受けていた利用者さんたちが保護されたという話は聞きません。どうやら今でもその園で暮らしているようなのです。
 なぜ、保護されないのか。この一点をずっと考え続けています。
 理由はいろいろ浮かんでくるのですが、どれも理由として成立するものではありません。
 いくつか並べてみると・・・。
『養育園そのものが、家庭で虐待を受けたような人達の保護をする場であるから』
 制度上はそうなのでしょうが、実態としては虐待をしていた場なのですから保護施設とは言えないだろうと思います。こうした場合には制度上よりも実態を優先して判断すべきでしょうし、虐待された障害児者が保護される施設は他にもあるのですから、この理由に説得力は無いように思えます。
『虐待されていた利用者及び、その保護者が同園にいることを望んでいるから』
 現在の障害者福祉の制度は契約ですから、通常なら本人サイドの意向は重視されるものと思います。しかし明らかな暴行が発覚している状態においては、利用者の安全をはかるために、行政は措置としての保護を行うべきだろうと思います。
『養育園を管理、運営する千葉県社会福祉事業団側が、もう暴行は行いませんといっているから』
 これはまったく理由にならないだろうと思います。現在は千葉県社会福祉事業団側の内部調査によって、虐待の内容が明らかにされていますが、それが正しい情報なのか、他に何も隠してはいないのか、というようなことはまだ精査されてはいないのです。複数の職員が恒常的に虐待をしていたことと、それについて知っていた他の職員たちが、一人の利用者の死亡という切っ掛けからの発覚があるまで、そのことを黙っていたということは、少なくとも事実のようです。だとしたなら、千葉県社会福祉事業団そのものが丸ごと加害者だとも言えるわけで、さらに警察の捜査が進めば、もっと酷い状況も出てきかねません。その千葉県社会福祉事業団が、もう虐待は行いませんと言ったから、もう大丈夫だろうと判断するというのは、常識としてあり得ないことだろうと思います。
『加害職員は養育園にはもういないから』
 加害職員とされる人たちは辞めさせられたりで、もう養育園にはいないから大丈夫というのも、納得できる理由ではありません。一つは、まだ全貌が明らかになっているわけではないので、他にも隠れている加害職員がいないとはいえないのですから。でも、それよりももっと考えなければならないのは、暴行を受けていた利用者の心の問題です。たとえ暴行していた職員が園を辞めたとしても、それを見ていて助けなかった職員たちは残っているのです。自分が暴行を受けていたとして想像してみてください。自分が殴られている時に、それを見て見ぬふりをして通りすぎる他の職員たち。助けてくれ、という視線を送った時に目を反らした職員たちと一緒に、今後どうして心穏やかに暮らして行けると考えるのでしょうか。暴行した職員はいなくなっても、自分が殴られた部屋や、もしも箒で叩かれることがあったとしたならその自分を叩いた箒がそこにある環境の中で、相変わらず暮らさなければならないということを、どうして行政は強要するのでしょうか。虐待からの直接の保護ではないにしても、自分が暴行を受けた記憶が刻み込まれている環境から保護することは、虐待からその人を守る行為の一つであるのだろうと考えます。
 等々、いろいろな理由を考えてみたのですが、どうしても納得できる理由が見つからないのです。
 虐待されていた人たちが、事件発覚後もその虐待現場を離れることが許されないという状況が異常であることに、まず僕らは気がつくべきではないでしょうか。

強度行動障害は養育園へ、という迷信
 なぜ、虐待を受けていた利用者が保護されないのか。
 ゲットーに閉じ込められて虐待をされていた人たちに対して、「ナチスはやっつけたからもう虐待されることはありません。安心してそこで暮らし続けてください」というに等しいことが、なぜ障害を持つ人たちに対しては平然と行われているのか。
 理由を考え続けていて、最後に一つの理由が残りました。何人かの人に尋ねてみても、みんながこの理由をあげたのです。おそらくこれが、虐待を受けていた利用者を保護しない理由なのだろうと推測されます。
『虐待を受けていた人たちは強度行動障害と言われる、対応の難しい人たちだ。そして養育園は強度行動障害に対応する、一種特別な施設なのだ。だから他の施設に保護するよりも、本人のためにはこのまま養育園にいることが幸せなのだ』
「本人のために・・・」などと言われると、一瞬そうなのか、と納得してしまいそうになりますが、この理由にも根拠はまったくありません。
 これが理由として成立するためには、虐待されていた利用者たちが、他の施設では対応が不可能な人たちであるということの論理的な説明が必要になります。しかしそんなものは欠片もありません。あるのは、この説明のほころびばかりなのです。
 まず、強度行動障害であるということが、他の施設での対応が難しいほどの困難者であるということは正しい認識なのでしょうか。本当に強度行動障害と言われる人たちと真剣に向き合って時間を過ごした経験のある人なら、この嘘に気がつくはずです。
 たとえば僕は、四半世紀にわたって「ばおばぶ」を行っています。そこでは多くの障害を持つ人たちをお預かりしてきました。特に初期の頃は、まだ今のような生活支援が福祉制度には薄く、障害者の面倒は家族がみるものだという迷信が蔓延っていました。そんな時代だったので、今で言うところの強度行動障害の人などは、施設での支援を断られる事も多く、集中的に「ばおばぶ」に集まってきていました。やがて強度行動障害と言われる人たちへの支援に対して補助金めいたものが出るようになって、施設も対応をするようになっていき、今はそうした人たちの「ばおばぶ」利用は大分減ってきています。ここ2、3年、いくつかの入所型の施設を見学に行く機会がありました。その先々で強度行動障害です、と説明される人たちを見るのですが、その中にはむかし「ばおばぶ」にきていた人たちが何人もいるのです。つまり今まで「ばおばぶ」は強度行動障害の人たちと関わってきていると言えます。この経験をふまえて言うと、強度行動障害者について一般的な障害福祉施設では対応できないというようなことはない、そう断言できます。さらに付け加えるなら、強度行動障害と一口に括っても、実際には一人ひとり異なるので、逆に他の施設の方が合っているような場合も想定できます。
 強度行動障害だからといって対応が出来ないというような考えは、一種の迷信に近い思い込みに過ぎないのです。
 虐待を受けていた利用者の氏名等についてはプライバシーの観点から明かされていないのですが、いったい誰が、彼らについて他の施設では対応が困難だと判断したのでしょうか。もし虐待を行った施設の関係者(職員だったとしたならその人自身が虐待について見て見ぬふりをしていた可能性があるわけですが)がその判断、もしくは判断をくだす行政に助言をしていたのだとしたなら、それは滑稽極まりない話です。事件の加害者の立場にあるかもしれない人たちが、被害者の有り様について判断、助言をするなどということが常識として通るはずがありません。
 いいですか、これが問題なのです。いったいなぜ、彼らは強度行動障害という理由で保護をされないのか。
 保護したくても保護先の施設が無いという理屈も考えられます。もちろん、それも論理が破綻していることなのですが。
 その場合には、まず何よりも、少なくとも県内のすべての入所型の施設を行政の担当者が訪れて、事情を説明し、保護としての措置入所(ショートスティでもかまわないのです)が可能かどうかを打診することが必要でしょう。かりに保護が必要な利用者の一人ひとりについて熟知した人物が他の施設での保護が不可能と判断したのだとしても、その人物は他の施設の状況をすべて知っているわけではないのでしょうから、それは正確な判断とは言えません。そしてどうやら、一つひとつの施設に打診するという作業をした形跡はないのです。そうした努力をしないまま「強度行動障害者は難しい→一般の施設では無理→養育園にいるのが本人のため」というような判断になったと推測されます。これはもはや論理や正義ではなく、面倒なことを避ける方向で思い込んだ結果だとしか思えないのです。
 他の施設を使えない理由が、強度行動障害への補助金の問題だったり、あるいは定員の問題だったとしても、それらはもともと県立の施設である養育園を、虐待事件を起こした千葉県社会福祉事業団に指定管理に出した千葉県が本気になれば解決できる問題です。
 さらに言うなら、保護先は入所施設に限らないのです。これは虐待事件ですから、被害者の保護という公的責任を考えた場合、そこら辺に暮らす一般の人たちの家に緊急避難させるということは無理でしょう。しかしグループホームやケアホームという制度上にある施設であれば、保護させることは可能です。実際のところ、家庭での虐待があった場合の緊急受け入れ先として、グループホームやケアホームは数えられているのですから。そして特に千葉県の場合には、どんなに障害の重い人でもグループホーム等で暮らせるようにと障害者計画で謳い、そのための施策も打っているのです。ですから、千葉県が強度行動障害を理由に、虐待を受けた人の保護先からグループホーム等を外すことはあり得ないことなのです。
 しかし、虐待を受けた利用者は、どこにも保護されていないという現実。
 このことはもう、理性の働きでは証明できない行為です。考えることを停止し、あるいは考えないようにして、最初から「強度行動障害の人は養育園」という暗黙の決まり事ありきで、思い込んでいることにすぎないのです。
 千葉県内に多くの障害者施設がありながらも、強度行動障害者については養育園だとみんなが思い込み、それを不思議に思わないようにしているこの構図は、実は現在の障害者の置かれている差別の構造と、まったく同じなのです。「福祉のことは行政の仕事だ」とか「障害者は福祉の専門家に任せておけばいい」みたいな国民全体に蔓延している差別の空気と同じものが、差別内差別のように障害福祉の中で起こっているのです。「強度行動障害者のことは養育園に任せておけばいい」と。
 障害者の暮らす場としてこの地域社会が想定されていないように、強度行動障害者の暮らす場として一般的な障害福祉施設は想定されていないのです。
 そしてこのことは、何もなかった地域社会に福祉施設や制度が充実していくことで起きてきた差別であり、福祉制度の中に強度行動障害者のための支援が進んできたために生じた差別なのです。

 今回の事件が明るみに出てから、多くの人が、他の施設でも同じようなことは起きているに違いない、と言っています。この同じようなこと、という言葉の定義にもよりますが、僕は同じようなことが他の施設でも起こっているかどうかについては懐疑的です。単に虐待が、ということであれば他の施設でも起きているような想像ができます。しかし養育園には養育園ならではの特別な闇があると思うのです。
 養育園と他の施設との関係は、一昔前の障害福祉施設と地域社会の関係に似ています。一昔前の障害福祉施設では、今では考えられないような、それこそ命の危険にも繋がるような虐待が行われていました。そのころの虐待の姿に、養育園の虐待の姿が重なるのです。それはつまり他に行き場の無い人たちに対して行われた虐待だということです。その虐待は、障害の重さを理由としているのではなく、他に行き先が無いというその人たちの、社会から、あるいは一般の福祉施設から棄てられた度合いによる虐待なのです。他に行き場が無い利用者だということが、職員の頭と心の中からその利用者の人間性を薄めさせていくのです。
 暴行をすれば、嫌になって他の施設に移っていく人に対する虐待ではなく、どんなに暴行をしても他に行くところが無い人に対する虐待はどんどんエスカレートしていきます。他に行き場のない人の方が、人間としての価値が低いような、人間性が希薄なような錯覚が、職員を残忍にさせていくのです。
 こうした古い時代の障害福祉施設での虐待は、地域移行が進む現在は無くなりつつあると思います。虐待されたなら他に行くぞ、という権利と自由の獲得が、障害者の人間性を回復させているからです。職員は目の前に立つ利用者が人間としての尊厳に溢れていたなら、虐待などできないのです。
 虐待ができるということ。しかもそれが残忍であり、恒常的であり、場合によっては死に至るほどにエスカレートするということの根底には、対象者の人間としての尊厳が失われているという状況があるのでしょう。つまりそれが、虐待をされても、暴行を受けても他の場所に保護されることの無い養育園に暮らす強度行動障害者の置かれている状況なのです。
 他の障害福祉施設の場合とは異なって、一昔前のどこにも行き場が無いという尊厳の失われた状態が続く養育園においては、虐待を行った職員や管理職へのペナルティを科したとしても本質的な解決にはならないだろうと思います。さらに組織を変革させたとしても同様です。もちろん、そうしたことは必要だし、仮に効果がゼロだったとしても、行うべきです。しかし本当にこうした虐待を無くしたいと考えるならば、何よりも大切なことは、養育園に暮らすすべての利用者について、強度行動障害であったとしても、人間としての尊厳を取り戻させることです。尊厳に満ちあふれた人間として、職員の前に立たせることです。職員の殴ろうとする拳や、日頃のストレスをぶつけるような汚い罵る言葉を止めるのは、目の前に立つ利用者が胸を張って立つ、権利と自由を獲得した人間であるということなのです。
 そのためにもっとも有効であり、必要なことが、つまり強度行動障害であったとしても養育園を出て行くことができる自由の回復。すなわちそれは施設職員や管理者、行政など、福祉に関わるすべての人たちが、「強度行動障害者は養育園だ」という無知蒙昧を棄てることなのだろうと思います。そしてそれは、当然のことながらすべての日本人が、強度行動障害であったとしても、自分の住む社会に、暮らす街に、この家庭に迎え入れることに繋がるのですが。

養育園における虐待を無くすために必要なこと
 養育園での、古典的な狂気に支配された虐待を防ぐために、最初にやらなければならないこと。それは虐待の被害者でありながら保護されない人たちを、保護すること。つまり彼らの人間としての尊厳を取り戻させるということです。職員への研修や「障害者の人権を大切にしましょう」みたいな言葉によるものではなく、その人たちが養育園から出て行くことができる人であることを実践して証明すること。
 養育園て虐待された人たちを本気で護りたいと考える人たちが、彼らに「君は行き場の無い人ではないんだ、僕のところに来てくれ」と叫び、それを実践すること。このことをおいて他に、彼らの人間としての尊厳を回復させる手段は無いと思います。
 有志で裁判でも起こせば、保護という手続きをとらなくても彼らを養育園から出して、支援者が自分の家に住まわせることだって可能だろうと思います。しかしそれには時間がかかります。かといって無理やり連れてくることは、違法な行為にもなりかねません。もっとも早く、スムーズに彼らを虐待された場から立ち去ることができる自由な人とする方法は、やはり行政による保護なのでしょう。
 そのためにできること。入所施設でもグループホームでも、あるいは個人でもかまいません。本気で彼らを護りたいと思っているのなら、彼らが尊厳を持つ人間であることを意地でも証明したいと願っているのなら、「私の施設を保護先として使ってください」「僕のグループホームで、一人だったら受け入れ可能です」「私の家に来させてください」ということを、行政の担当課に対して、そして広く社会全体に対して表明することです。
 もちろん、それによって本当に保護されることがベストです。しかし仮に保護がされなかったとしても、彼らが行き場のない人だという嘘を暴いて、国民全体の思い込みを覆す力にはなっていくはずです。

 繰り返します。
 加害職員や、管理者を糾弾することを否定するわけではありません。千葉県社会福祉事業団を指定管理から外したり、法人組織の根本的な改革をしたりということも意味がないとは思いません。しかし、それだけでは根本的な解決にはならないのです。かりに虐待が無くなったとしても、養育園から出られない人たちという尊厳の失われた暮らしは続くのです。虐待が無くなったとしても、差別は残る。それで本当にいいのでしょうか。
 職員や組織へのペナルティだけではなく、「もうひとつ」が必要なのです。
 支援者が行うべきことは、職員にちゃんとした対応をさせたり、行政にちゃんと監督義務を行使させたりというような「誰々に何々をさせる」という運動だけではないのです。支援者自身が直接「私はこれをする」という行為の実践が必要であり、それがこの事件においては「私のところに来てください」ということなのだと、僕は考えます。

 亡くなった利用者の方のご冥福をお祈りしています。
 そして、願っています。
 一日も早く、虐待を受けていた人たちが、それを助けもせずに見て見ぬふりをしていた職員たちから離れられるように。
 虐待をされた現場である部屋や建物の中で眠りにつかなければならない夜が少しでも早く無くなるように。
 自分を叩いた箒で部屋の掃除をさせられる屈辱と悲しみから解放されるように。
Posted by 伊藤 あづさ at 19:02 | 今日の感慨 | この記事のURL | コメント(0)
無事に仕事を納めることが出来ました [2013年12月27日(Fri)]
2013年の就労移行支援事業と放課後等デイサービス事業の仕事を納めさせていただきました。
午前中は皆で大掃除。
蛍光灯も白熱色の暖か味のあるものに替えました。

Cafeは31日にお節とお年取のご馳走の販売を10:00〜15:00までさせていただき、年内の営業がお休みとなります。

今年もたくさんの出来事がありました。
職員の入れ替わりも、また利用者の皆様の卒業や仲間入りも。
「虹のおかしやさん」・「虹のおかずやさん」も動き出しました。
少しずつですが、ミッションを共有し合い「未来」を描くことも出来るようになりました。

7月
「究極のコンサルタント養成講座」を受講するため東京に三ヶ月通い通せました。
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留守を守ってくれたスタッフと家族。
背中を押して下さった先輩メンターの皆さん。
本当に有難うございました。

「当たり前を諦めない」…そんな「未来」を、皆さんと共に必ず創ります!...
これからも「感謝」を忘れずに、一瞬一瞬を大切に生きていきます。
そんな決意をしました。

8月
2か月間。法人皆で力を合わせて取り組んだ「前例のない」ことへの挑戦。

実りました!

大英断をしてくださった行政の皆様にも深く感謝です。

諦めなければ道は拓かれる…素敵な一日となりました。
http://blog.canpan.info/brain-uniques/archive/576?1377089313

10月
初めて出店した「福祉フェア」で成果を上げることが出来ました。
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11月
Cafeのメニューが増えていきました。
今では大人気のスコーンが誕生しました。
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12月
「宮城カルテ食堂」認定です!
忙しい中、講座に通い続け、電卓片手にカロリーと塩分計算をしながらメニュー提案に挑んだショコラマダムとゆりさんに感謝。
「口の中から広がる幸せと健康」にお役に立てたらと新たな目標が出来ました。
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来る年もたくさんの幸せに包まれますように。
Posted by 伊藤 あづさ at 21:34 | 今日の活動 | この記事のURL | コメント(0)
「お年始」もSchaleでいかが? [2013年12月26日(Thu)]
Cafeの通常営業は本日で終了。
たくさんのお客様に愛していただけるようになりました。
本当に有難うございます。

4月〜本格的に始動した「虹のおかしやさん」も、アイテムが増え、お年始用のセレクトセットも準備されました。
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ぜひご利用ください。

明日はお菓子をお買い求めいただきます。
また31日は10:00〜15:00まで、黒森洋司さんの「お節」と共に、お年取用のご馳走とお菓子もお買い求めいただけるようにCafeは開いています。
ご近所の大型百貨店でのお買い物も素敵ですが、心を込めて一つ一つ手作りされたお料理も活用していただけましたら幸いです。

Posted by 伊藤 あづさ at 22:20 | 今日の「素敵」 | この記事のURL | コメント(0)
12月のノットワークカフェご報告 [2013年12月25日(Wed)]
12月のノットワークカフェは成人の方の親御さんがご参加くださいました。

初めてのご参加だったので、自己紹介を兼ねて家の子はこんな子でしたということを私が話し、おしゃべりがスタート。

大人になってから発達障害と分かった為、ご家族も勉強を始めた所とのことで、私が感じていることやお勧めの本の紹介なども致しました。

紹介しましたなんていうとエラそうですが、当事者の方が書かれているご本は本当にいろいろな事を教えてくれます。

時にはわが子の苦しみや、不思議な行動の説明とも思える文章に出会えることもあり、私たちの支えになっています。知識が入ると、説明や自分の気持ちを話す事が苦手な発達障害の人たちが話す言葉も、大分受け取りやすくなります。

ご家族が発達障害を理解しようとし、応援してくれる人は幸せだなと思います。
ご本人にとってもご家族にとっても、家がホッとできる場所でありますように。

同じ親同士、素敵な親御さんとおしゃべりできて嬉しいひと時になりました。

「大丈夫だよ。応援しているよ。」というメッセージを伝え続けられる家族であり、Schaleでありたいなと思いました。 スニフ
Posted by 伊藤 あづさ at 15:06 | ノットワークカフェ | この記事のURL | コメント(0)
心のコンパス [2013年12月23日(Mon)]
昨日から「夢の国」に息子と来ています。

アトラクションの幅が広がりませんが、ょうやくディズニーシーにも行ってくれるようになりました。
ちょっとトラブルもあって一度は諦めた「アラジン」に再挑戦。
アトラクション自体は、船に乗ってアラジンの冒険を辿るというものですが、
「コンパス・オブ・ユア・ハート」という一節がとても心に響きました、

青い空高く帆を上げて 水平線の彼方を目指せ
夢のように光煌めく 宝物が君を待つ

荒波が船を揺さぶり 嵐が行くてはばんでも
恐れずに進めば友達が手を差し伸べてくれるさ

風に吹かれ旅は続く 舵を取れ希望を胸に
進めみんなを助けながら 優しさと勇気忘れず

人生は冒険だ 地図は無いけれど
宝物を探そう 信じてコンパス・オブ・ユア・ハート

何よりも大切な 心の贈り物

ついに見つけたよ宝物 宝石や黄金じゃなく
旅の中で巡り合った 素晴らしい僕の友達

人生は冒険だ 地図は無いけれど
宝物を探そう 信じてコンパス・オブ・ユア・ハート

間も無く社会に出て行く息子にも「心のコンパス」があるはず。
“自分で決めることが出来るように”
と願います。
Posted by 伊藤 あづさ at 22:06 | 今日の「素敵」 | この記事のURL | コメント(2)
国の見解 [2013年12月22日(Sun)]
政府広報室からの「発達障害」解説頁です。
http://www.gov-online.go.jp/featured/201104/index.html

国はどう規定しているのか、興味深い内容です。
Posted by 伊藤 あづさ at 23:55 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
学んで、気づいて、変えてみる [2013年12月21日(Sat)]
今日は、今年度、TEACCHアプローチの「いろは」から学び直し、支援に活かすことを目的にお願いしてきた中山清司先生の研修でした。
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昨夜遅くに横浜から仙台にお入りいただき、寒い寒い仙台へ。
感謝です。

今日はSchaleのスタッフだけで、みっちりと事例を通して学びました。
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知的な高さを持ち、普通高校を出てきていても「自分で見取って」動くために必要な工夫・配慮。
私たちの都合ではなく、ご本人の「未来」を想い描いた時、今必要なこと。
中山先生はいつも下手くそな支援であっても、丁寧に何が足りないのか、視点をどこに持つのかは導いてくださいます。
贅沢な時間だと思います。

もっともっと励み合い学び合って、成長し続けます。
Posted by 伊藤 あづさ at 20:10 | 今日の学び合い | この記事のURL | コメント(0)
長いタイトルですが… [2013年12月20日(Fri)]

私には、全国に数人「ASD48」なんて名づけている、障害のある子を持つ素敵なお母さんたちの仲間がいます。
先日愛知の「むそう」を見学させていただくにあたって、尽力くださっが永田尚子さんが、ご自身のお子さんの自立に向けた日々を知らせてくださいました。
わが家でも、来年4月に向けて、今「外」へ出してみようかと模索中。
本人の望む「専門学校(みたいな雰囲気の事業所)」と、暮らしの場をセットで探すのはなかなか大変です。
3月中に決まるのかな…と不安もよぎりますが、まぁ、最悪(?)の選択肢もすでに計画の中には入っています。

いつかは親とは離れて暮らすことになるわが子との親離れ・子離れのタイミングは、本当に戦略と方略の両方が必要なのだと痛感する日々。
永田さんの想いが胸に響きます。

(以下転載)
「グループホームという名でも、そこに至るプロセスによっては、入所と変わらなかったりして・・・.」

なんて、長いタイトルですが…。

長女がグループホームを利用し始めて、一か月が過ぎた。

前にもFBで書いていたけれど、帰ってきたときの我が家は、淡々としていていつもと変わらない。

変わったことは、彼女の持ち物が少しずつ、ホームに移動していることぐらい。

こんな風に少しずつ、ホームの部屋は彼女仕様に、好きなものに囲まれて、

暮らしやすくなっていくんだなあと思う。

去年の五月に認知症の母が腰を痛め、その介護のために、長女は緊急でショートに行くことになった。

元々、うちの場合はグループホームを早く利用させたいという親の思いもあり、

たまたまグループホームのお試し用の部屋が空いていたので、

そのまま、お試しからグループホームの利用もありかなと考えていた。

着替えのこともあり、母のことも一息ついたので、長女を迎えに行った。

彼女は家に帰りたそうだった。

グループホーム利用に向けて、それからも月に一回ずつぐらいショートを利用した。

そのたびに、いろいろ彼女が好きそうな物を持たせようとしたが、

着替えと洗面用具しか持っていかなかった。

そのうちショート先でいろいろなことが起きた。

そして、ショートに行かなくなった。

「おかあさんが用事で遅くなると一人で困るでしょ?」と聞く。

「だいじょうぶ!ひとりで・・・。」と言う。

ひとりで、生のソーセージやキュウリやトマトをいれた加熱してない味噌汁を作り、

帰ってきた私に、よそおってくれた。

真っ暗な中で、大きな声で歌を歌っていた。

おバカな私はようやく気が付いた。

彼女は、私の都合でショートに行くぐらいなら、お家でひとりで頑張りたかったのだ。

いくら帰りが遅くても、高校生の次女を人に預けたりはしない。

知的に障害があるとはいえ、彼女はお姉さんなのだ。お姉さんのプライドがあるのだ。

長女は人が大好きだから、お泊りは嫌いじゃない。

でも、ショートにしても、グループホームにしても、

親の都合だったり、親の想いだけだったら、NOなんだ。

あくまで、彼女が主体でなきゃダメなんだと思った。

たとえ、形態がグループホームであっても、

たとえば本人のために一生懸命考えても、

親と事業者だけで話し合って準備してしまえば、

それは彼女にとっては自分事ではない。

彼女の中に、自分のことを尊重してもらったという思いがあって、

自分事として感じられるようなプロセスをたどって、

ようやくホームはホームとして受け入れられるんだろう。

彼女が生きてきた22年を知ろうとしてくれ、

今の彼女を尊重し、一緒に生きていこうとしてくれるスタッフに巡り合え、

彼女は最重度の知的障害がありながら、

山あり谷ありの人生を、当たり前に暮らしていくんだろうなあ・・・。

お母さんも、自分の人生、精一杯頑張りますね。

Posted by 伊藤 あづさ at 17:14 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(1)
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