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虹の夢

生き難さを抱えている人たちの幸せな未来を願っている「お節介おばさん」の徒然日記です。

自閉症/発達障害のある方など生き難さを抱えスペシャル・ニーズを持つ方々の「未来を創りたい」…そんな大きな夢を叶えるために、「楽しく・嬉しく・明るい」情報発信をしていきます。

2017年度「放課後等デイサービス 事業評価アンケート」の結果を2017.10.12の記事に掲載しています。
併せてご覧ください。


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放デイ「事業評価アンケート」公開 [2017年10月12日(Thu)]
随分と久しぶりのアップになりました。
「Schale」や「しゃ〜れ」の素敵な毎日や福祉関連情報に関しての記事は、伊藤の個人FBにアップすることが多くなっている上に、スタッフが毎日一生懸命過ぎて日々の事業をまとめるエネルギーが残っていないみたいです。
2011年からの開設当時のようにこまめにお伝えできるようにしていくのは自己責任だな…って、思い切って書き始めました。

リスタートの第一弾は何をお伝えしようか…と考えた時、やはり今の実態を知っていただくことからと思いました。
そこで、「公開」を義務付けられている「放デイ事業評価アンケート」の公開の場としてふさわしいのはこのブログだと思い、本日アップさせていただきます。
ぜひ読み取っていただけましたら嬉しいです。
たくさん褒めてもいただきましたが、「保護者の方とのコミュニケーション」に課題が見えました。
そんなことも、気持ちを改めて臨んでいきます。
保護者向け事業所評価アンケート集計結果表@.pdf
保護者向け事業所評価アンケート集計結果表A.pdf

ず〜っとアップしていなくても、毎日訪れてくださっていることに感謝して。
これからも宜しくお願い致します。

Posted by 伊藤 あづさ at 12:15 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
有難うございました [2016年05月01日(Sun)]
おはようございます。

GW、どんな風にお過ごしでしょうか?
Schaleは「いつも通り」の開所です。

さて、3/12にスタートさせていただきました「チャレンジスター」への挑戦が終わりました。
お陰様で総数160件、総額145万円のご支援をいただきました。

本当に有難うございます。

「マムズランチでオフィスランチと社会を変える」
一歩ずつ叶えてまいります。

私たちのこどもの「未来」を諦めずに、これからも「親切に・丁寧に・大切に・誠実に」、私たちのミッションと向き合います。

取り急ぎの御礼です。

これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
Posted by 伊藤 あづさ at 07:09 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
たくさんのご支援に感謝しています。 [2016年04月05日(Tue)]
本日挑戦していた「チャレンジ・スター」の目標を達成いたしました。

ご支援いただきました皆様、本当に有難うございます。

そして
大きなご褒美もいただきました。
この度の「チャレンジ・スター」の挑戦は、日本政策金融公庫さんとMAKOTOさんの「チャレンジスタート☆応援融資」制度の第1号挑戦者として臨ませていただいていました。
20160405.jpg

クラウドファンディングの挑戦で、社会の多くの方々に認めていただき目標が達成したその先に、通常では市民活動団体では叶いにくい「融資」の道が拓かれているというもの。
ウチのような小さな団体では、新しい事業を興すに当たって、一番頭の痛い「お金」」の課題。
そこにもご支援が叶ったのです。
もちろん「融資」ですからお返ししなければなりません。
お返しするためには、きちんと売上を上げ利益も生み出さなければなりません。
「お金を借りる」決断にも大きな勇気がいることでした。
それでもMAKOTOのご担当の方に付き添っていただき申請のご相談に伺った際、過去三年分の決算書をご覧になった融資ご担当の方が「普通に真面目に事業を行っていますね。」って言ってくださったことにも励まされた思いでした。
たくさんのブロックを外して踏み出します。
キッチンのスタッフが毎日工夫を凝らして丁寧に作り出すお惣菜。
もちろん完全手作り。手間と愛情をタップリ籠めて。
その先に拓かれる未来のために、「たからもの」になる「虹のおかずやさん」とその仕組みの「マムズデリカ」。
この先もどうぞよろしくお願い申し上げます。

なお、このプロジェクトの募集期間はまだ1ヶ月残っています!
オフィスランチ「マムズデリカ」を通して働く方へ健康的なランチを届けながら、ハンディを持つ方へ就労の現状を変えたいという想いが込められたこのプロジェクト。
この事業でハンディを持つ方が経済的に自立出来る仕組みを作るため、そして、食を通して、多くの方に健康と幸せを届けるために。
ぜひ、皆様、応援をよろしくお願いいたします。 
こちらからプロジェクト本文をぜひご覧になってください!
http://www.challengestar.jp/project/s/project_id/60
Posted by 伊藤 あづさ at 22:10 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
大きな挑戦 [2016年03月14日(Mon)]
こんにちは。伊藤です。

私自身が書くのは本当に久しぶりになってしまいました。
ご心配なく「元気」です!

昨年12月からはこの法人も5期目を迎え、また「Schaleおおまち」は前の法人から無償譲渡をいただくまえの運営期間も含めて2月末で丸五年になりました。

いろ〜〜〜んなことがありました。
感謝の足りなさを自覚し新たなスタートを切り、スタッフが丁寧に利用してくださるご本人たちやそのご家族に向き合ってくれて…12から14人のスタッフを抱える組織になりました。

4月からは宮城野区のNPOプラザさん1階のレストランスペースの委託も受けました。
「からだ想い・こころ想い」で地道にファンを増やしてきた「Cafe Schaleおおまち」のブランチです。
直前まで受託されていた「シャロームの会」さんが丁寧に運営をしてくださっていたおかげで、日に40〜50人の来客がある繁盛店になっていた場所を引き継ぎます。
「ランチ難民」の多い宮城野の地で、三年間の期限付きですが役割を果たしていけたら幸せです。

そして、3月12日から大きな大きな挑戦を始めています。
「クラウンドファンディング」ってご存知ですか?
ウィキペディアには
「不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。ソーシャルファンディングとも呼ばれる。」
とあります。
簡単に言い換えれば「広く世の中の人々に、自分たちの行っている行動や事業の価値を伝え、寄付や投資をしてもらう」仕組みとも言えるでしょうか。

私は、亡くなった加藤哲夫さんから、「市民活動とはなんぞや?」ということを教えていただき、今でも非営利型の法人を続けています。
加藤さんは
「市民自らが自分たちの手で自分たちの課題に取組み、うねりある社会変革を起こす」それが市民活動であるということを良く仰っていました。

自閉症の息子を授かったことで、それまで私が「当たり前」だと思って何気なく叶っていた日常のことが、息子たちには全然当たり前にならない現実に、ただ待っていたのでは世の中は変わらないこと。
「あったらいいな」と思う仕組みは自分たちで創り上げていかない限り、「何も変わらない」のだ観念した時「自分がやる」と決めたのです。

とは言え、典Bで超わがままだし、協調性はないし、共感力も乏しいし…裸の王様のように独りよがりでジタバタしていた時期も長く続きました。
この間、多くの人を傷つけることもありました。
それでも「志」を共にする親としての当事者性のある方々や、他人ごとではあるけれど、社会的に弱い立場の人たちに観て見ぬ振りが出来ない方々が集ってくれて、今日・ここまで、何とか続けることが出来ました。

ふと思ったんです。
だけど、これまでって、やっぱり既に「理解ある」人たちの支えが大きかったこと。
この先の「うねり」を巻き起こすのは、そんな「わかってる」人たちだけの力では足りないこと。
私たちの子どものことも、親の葛藤も、そんなことにまるで縁のなかった方々に「動き出す」きっかけになるか働きかけをしなくちゃ、いつまで経っても「未来を創る」ことなんて叶い難いんだって…

で、決心したんです。

震災以降起業家支援で活躍してくださっている一般社団法人MAKOTOさんの運営されている「チャレンジ・スター」に挑戦して、こどもたちの未来のために事業化を考えているプロジェクト
【マムズデリカでオフィスランチと社会を変えるプロジェクト】
への審判を仰ごうと。
これまで社会起業家としていろんな方や組織の応援をいただいてきたけど、それは「裸の王様」で終わるのか、「価値ある」事業として感動を呼び、共感の「ポチッ」としていただく行動に人を動かすことが出来るのか。

覚悟をしてノミネートです。

見ず知らずの方々にも「お願い」するのってシンドイことです。
クラウドファンディングって、刻々と状況がネット上に公開されるので、心臓に良くありません。
何より
❝成立しなかったらカッコ悪い…❞
今まではそんな風に自分にブロック掛けて身を守ってきました。

それもこれもぜ〜んぶかなぐり捨てて。

ダメだったら自分の力が足りないってこと。
まだまだ応援へと導く状況を創れていないってこと。
それ以上失うものなんてないですものね。

もちろん成立したら、「こういう社会的事業に共感して応援してくださる方が世の中にはたくさんいる」という事実は、きっとたくさんの親御さんたちには嬉しいことだし、こどもたちの未来を諦めない励みになると思うから。
「リターン」と呼ばれる御礼も一生懸命考えました。
応援していただいた方に直接お目にかかってお礼を伝えたいと「会食」付のもあります。
はい。
❝何様?❞
って怒られそう。
でも、お目にかかってお礼を言って、そこに集ってくださった方々が新しい出会いも出来たら、それも一つの「役割」かなって…

すっごいプレッシャーを感じています。
それでも日々の事業運営に手を抜くことは出来ません。
それが私の「役割」だから。

突然復活したブログ書込みです。
「伝えたい」ことばかりですが、最後に
今回の挑戦に当たって、震災復興でご縁をいただいた日本財団先遣隊のお一人川崎克寛さんが寄せてくださったメッセージを添えます。

どうか私たちの子どもの未来創生の一歩が踏み出せますように。
よろしくお願いいたします。

2011年3月。
桜満開の四国からまだ春というにはほど遠い東北へ、居ても立ってもいられず入った。
つなプロという団体に所属し、毎日朝早くから夜遅くまで自衛隊や消防の車に紛れ
仙台から石巻にかけて、原型を留めない街の様相を確かめ、避難所を巡回し状況把握に務めていた。
のちに大規模な避難所巡回アセスメントを実施するための先遣隊としての任務だった。
その頃の両市では完全にインフラは絶たれ、一切の商品がコンビニエンスストアから消えていた。
そんな中で口にするものといえば、四国から持ってきていた携行食くらいだった。
20代の若者を中心に集められた組織ではあったが連日の任務に体力・気力ともに疲弊し
それでも誰もが自らの意志で活動を止めることはなかった。
当時外から入ってきた私たちは、この事態に臨んで自分たちに何ができるかを問い
できることを精一杯にしようと励んでいたが
動けば動くほどに、言葉を失い自分達の無力さを感じていた。
気持ちだけで動いていた。
その気持ちすら壊れそうになったのは、連日目の当たりにする光景のせいばかりではなかった。

ある夜
いつものように重い身体を引きずるように宿舎に戻ってきたとき、
そこには山のように盛られた稲荷寿司と温かいスープが用意されていた。

あるスタッフが、『地元の方からのご厚意ですから食べてください』…と。
その言葉も終わらないうちに気がつけば両手に稲荷寿司を持って頬張っていた。
ひとしきり無言でいくつかの稲荷寿司を胃の中に押し込み、
カップに入ったスープで喉のつまりを解したとき、何故か涙が出てきたのを覚えている。
inarizusi.jpg

その夜はそのまま寝袋に入り身体を休めた。
現地に来て初めてぐっすりと深く眠ることができた。

翌朝、誰からの差し入れかと聞いたら『あの方です』と指し示された手のひらの向こうに
炊飯器を手にした女性の姿があった。


伊藤あづささんとの出会いでした。


以降…伊藤さんは私たちが拠点としていた仙台に物流が戻るまでの間
ご自身の状況を顧みることなく見知らぬ私たちのために毎日毎日、食事を届けて下さいました。

被災した地元の方からあの状況下であれほどのご厚意をいただいたことは
“飢えていた”私たちの心身を癒し勇気づけ現場へ向かう足取りを強いものにした。

あの震災から5年。

既に東北を離れた今でもあのときの稲荷寿司を頬張ったときの感触は鮮明に覚えている。
思い出すたび、いつしか社会の中での今の自分自身のあり方や価値観を意識するようになった。

その指標は今なお
当時の志のままに仙台で活動を続けておられる伊藤さんの背中にある。
彼女を中心に集ったメンバーの方々が積み重ねてきたものが大きな輪郭を帯びてきた。
今、新しい挑戦を始めようとしていると聞いた。
Schaleという舞台で
生きにくさを抱える人たちが、食を通じて幸せを運び、
社会に尽くすことで自らを立てていくための仕組みを創造するという。

自立のための第一歩は自分一人では生きていけないことを知り、
身を立て、自身の存在価値を創りだすということは周囲の役に立つこと以外に無いことを
改めてその背中で教えていただいた。

伊藤さんをはじめとするschaleの新たな挑戦は、
これまでのマイナスをゼロにするということに力点を置いた、
必然的に支援する側とされる側という視点とは質を異にする、
一歩踏み込んで新しい未来を創造するもの。

新たな挑戦に踏み出すことを決意した方々の意識がさらに進化し、
新しい東北、日本が生まれる契機にしなければならない。
そのことこそが犠牲になった方々への今を生きている私たちの責任であると思わずにいられない。





Posted by 伊藤 あづさ at 13:19 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
自閉症者の語る自閉症者の世界-1- [2015年03月13日(Fri)]
2009年5月23日(土)於:東京大学医学部鉄門記念講堂で開催されたシンポジウムの記録から。


ミニ講演(日本語原文)
by 東田直樹
 こんにちは、東田直樹です。僕は、現在、通信制高校の2年生です。自宅で勉強しながら、創作活動に取り組んでいます。朝は父とランニングを行い、時々ヘルパーさんとボーリングや、買い物、図書館に行く生活を送っています。
 僕は、重度の自閉症です。自分の気持ちを伝えられなかった頃、泣いて叫んで騒いでも、誰も僕の気持ちを分かってくれず、町をさ迷う一羽のカラスみたいに僕はとても孤独でした。重度の自閉症というと、話せない、人の気持ちが分からない、想像力が乏しい、などと言われるかも知れません。
 その僕がこんな風に、みなさんにメッセージを伝えられる日が来るなんて、僕自身思ってもいませんでした。
 僕は話せませんが、筆談ができる前から、みんなと同じような言葉を心の中に持っていました。壊れたロボットのような僕の体の中から、誰かが本当の僕を救い出してくれるのを、ずっと待っていたのです。
 自閉症の人たちが、言葉を話せなくても色々なことを分かっていることに気づいていらっしゃる方は大勢います。気持ちを理解するために、絵カードでスケジュールを提示したり、行きたい場所をカードで選択したりすることは、よく知られていることです。
 その時、絵カードの意味や使い方を教えるために、最初は教える人が手を添えて一緒にやると思います。
 僕がやっていた筆談も同じことです。それまで、字が書けなかったわけではありません。援助者に手を添えてもらって一緒に書く筆談は、自分の内面を表現する方法として、どんなふうに気持ちを動かし、それを書き表せばいいかということを学ぶことなのです。
 カードを取る練習も、慣れてくれば、手を添えている援助者と一緒にやっていても、本人の意思で手を動かしているのが分かると思います。
 ただ、筆談の場合、字を書くので動かす範囲が複雑なこと、また、気持ちに触れる内容だと、苦しくなったり悲しくなったりすると思いがあふれてしまい、とてもひとりで書ける状況ではなくなります。そのため、一緒に書いてくれる援助者の精神的な支えが必要になります。
 僕の場合、まずは、援助者が僕の手の甲を握って、僕の思いを一緒に書くという方法から始めました。次に援助者の手の平を紙の代わりに、僕の右手の人差し指を鉛筆代わりにして書く指筆談という方法を、母が考えてくれました。指筆談は道具もいらないし、筆談より書きやすいため、母とはものすごいスピードで会話できるようになりました。
 しかし、母と行う指筆談では僕が書いていることを他の人に信じてもらえません。そこで、自分の力だけでコミュニケーションを取れるようになりたいと、強く思うようになりました。
 手を添えてもらわずに鉛筆で書く練習もしましたが、文字をひとつ書いている間に、口でしゃべる時と同じように、頭の中が真っ白になってしまい、自分の言いたいことが書けませんでした。
 言おうとする文字を忘れる前に、次の文字につなげるため、8才の時、キーボードと同じ配列でアルファベットを書いた文字盤の文字を指差す方法に、たどりつきました。この文字盤は、母が作ってくれました。外国にも同じようなコミュニケーション方法を行っている人がいるのを知り、勇気がわきました。それから、少しずつ援助してもらう部分を手から肘、肩、背中へと離していったのです。そして、12才の時、自分の力だけで、文字盤の文字を指せるようになり、パソコンでも創作活動を行うようになりました。
 きっと僕の他にも、僕のような内面を持っている自閉症の人はたくさんいると思います。みんな自分の心の中を表現する手段がないのです。
 僕たちは、皆さんが思われている以上に繊細です。考えてもみてください。生まれて一度も人に本当の自分の言葉を伝えたことのない人間が、どんなに不安を抱えながら、自分の言葉を伝えているのかを。ですから、筆談やタイピングの援助は、本人が心から信頼していて、それらの援助に慣れている人でなければ難しいかも知れません。
 僕は、今でも、少しの刺激や精神的な不安が混乱を招いて、うまくタイピングできない状態になることもあります。信頼できる人が側にいてくれるだけで、落ち着いてタイピングすることができるのです。
 会話のできない僕が社会とつながるために、言葉を文章にして読んでもらうことで、僕のことをもっと理解してもらえるのではないかと思い、僕は作家になりました。
 重度の自閉症なので、何も分からないと思われているかも知れませんが、僕は、いつもみんなの話を聞いています。テレビも見ますし、音楽も楽しみます。少しですが、本も読みます。僕は、ずっと普通になりたいと思っていたので、みんなのことを観察してきました。みんなのようには振舞えないけれど、僕にとっては、とても不思議な普通の人々の世界を、別次元の宇宙映画を鑑賞するように見ていたのです。文章が書けるようになると、自分の思いを詩などに書くだけでなく、僕は物語の主人公になって、普通といわれるみんなの世界に登場しました。自分が物語の主人公になることで、みんなの世界を自由に旅していたのです。
 自閉症である僕は、ある意味、普通の人の行動や気持ちは理解できていないかも知れません。
 僕は、今でも普通の人が僕の作品の意図を分かってくれるのか、僕が想像するみんなの世界とのずれがないかを気にしながら作品を書いています。だから、たくさんの人が僕の本を読んでくださったり、感想を書いてくださったりすると、みんなの世界に近づけたような気がして、とても嬉しいのです。
 これまで僕は、普通ではない自分が嫌でした。いつも迷惑をかけてばかりで、人の役に立つことなどできなかったからです。
 この社会で生きるために、僕はみんなのようになろうとしました。でも、努力すればできることもあるけれど、どんなに頑張ってもできないことがあることに気づきました。それに、自分の好きなものや大切にしたいものなどが、みんなと違うものもあります。みんなの価値観や考え方に違和感を持つようになったのです。
 僕は、自閉症者の語る自閉症の世界は、まだこれから明らかにされてくるものだと思っています。
 例えば、僕が感じる感覚の違いでは、こんなことがあります。僕は、雨が降ると、まず音に驚きます。みんなは雨の音がすぐに分かるみたいですが、僕は雨だねと言われるまで、この音が何でどこから聞こえてくるのか、不安になるのです。だから、雨が降ると、音と雨を結びつけようと、じっと雨を見るのです。雨を見ると、雨粒に見とれてしまい、自分がどこにいるのかも忘れてしまいます。次々と降り続く雨粒が、まるで僕の体をすり抜けて地面に落ちているかのような感覚に陥るからです。このように自閉症の世界には、自閉症者本人でないと、説明できない感覚や考え方があります。
 自閉症の全てがいけないのだろうか、と僕は疑問に思っています。自閉症である僕が僕なのです。僕は、僕を愛してくれる人たちを心から愛しています。僕たちにしか分からない自閉症の世界には、とても素敵なものもあると思うのです。ひとりひとりが大切な人であるように、僕が自閉症として生まれてきたことには、きっと意味があります。
 思いに共感してもらうことで、僕たちの気持ちもずいぶん楽になります。ですから、今日の講演会で、僕の気持ちを伝えられるということは、とても貴重なことです。お互いを理解し合うことが、明日への希望に繋がる第一歩だと思います。僕たち自閉症者の未来は、みんなと同じところにあると、僕は信じたいのです。
Posted by 伊藤 あづさ at 22:55 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
杉山登志郎先生から学ぶ [2015年03月10日(Tue)]
sugiyama.png
少し前の記事になりますが、今改めて「大切」なメッセージを受け取っていただきたくて転載します


「気づかれない発達障害」が児童虐待につながる:杉山登志郎さんに聞く

(2009年11月1日発売のビッグイシュー日本版130号より転載)

自閉症児たちが見ている世界はどのようなものだろう。当事者たちが綴った本を読むと、その豊かな体験世界に驚かされ、同時にそこから接し方のヒントを得ることができる。そもそも自閉症とはどのような障害であるのか? また、新たにクローズアップされてきた虐待や不登校との関係などをあいち小児保健医療総合センターの児童精神科医の杉山登志郎さんに聞いた。

<発達障害の有無や種類、明確には分けられない>
一時期、新規患者の待機期間が3年という状態だった「あいち小児保健医療総合センター」の心療科。地域の医院との連携を図ったことで4ヵ月待ちにまで短縮されたが、心療科部長を務める杉山登志郎さんの忙しさは変わらない。多い日には1日で70人の子どもたちに向き合い、取材に訪れたこの日もすでに40人を診療したあとだという。取材中にも、ポケットに忍ばせたPHSが何度も鳴っていた。

「自閉症というのは社会性の障害、コミュニケーションの苦手さ、こだわり行動という3つをもち合わせた先天性の発達障害のこと。複数の障害が重なり合うこともあり、軽度から重度まで状態もさまざまです。一般的に罹病率は1〜2パーセントといわれますが、診断がつかない軽度の人まで含めるとその5〜10倍になるのではないでしょうか」

自閉症を代表とする社会性の障害を中心に持つ発達障害は、正式名を「広汎性発達障害」と言い、また「自閉症スペクトラム障害」とも呼ばれる。知的な遅れのない群を高機能広汎性発達障害と呼ぶ。自閉症スペクトラム障害とは、自閉症、アスペルガー症候群(コミュニケーション障害を伴わないタイプ)、その他の広汎性発達障害、あるいは非定型自閉症と呼ばれる明確な診断がつけにくいケースまでを一連の連続体としてとらえる考え方である。

「診断のつけにくいケースを、私は広汎性発達凸凹と呼んでいます。発達障害とは社会的な適応障害を伴うものを指すため、そうでない場合は発達の凸凹というほうがしっくりくる。障害の有無は明確に線引きできるものでもないし、障害の種類も明確に区別できるものではありません。診断名にとらわれすぎず、一人ひとりの状態に応じて働きかけをしていくことが大切です」

これまで、しつけや性格の問題だと誤解されることも多かった自閉症だが、生まれつきの脳の中枢神経の障害に由来するものであることが一般にも知られるようになってきた。さらに、自閉症の人がつづった書物を読むことで、彼らの体験世界≠フ一端を知ることができ、そこからつき合い方や接し方のヒントも見えてくる。

「たとえば、『砂の一粒一粒が見飽きず、おもしろい』『まわり中が一定のリズムで動いていると幸福感がある』『幼児期は耐え難い騒音と異臭に満ちていた』『触られると痛かった』など、健常者の感覚とは大きく異なる世界の中にいることがわかります。ぜひ彼らが書いた自伝を読んでみてほしい」

<気づかれない発達障害 子どもの虐待につながる>
虐待と自閉症との関係についても、注目すべき点があると杉山さんは言う。 

「このセンターには虐待の専門外来があるのですが、そこを受診する子どもたちの中に広汎性発達障害と診断されるケースがとても多いんです。特に、知的な遅れのない高機能群と呼ばれるグループが、虐待を招く危険因子になりやすいと思われます」

知的障害がないことで診断がつきにくく、「身勝手な子」と誤解され、養育者の側に欲求不満を生む。そしてそれが虐待へとつながることがある。

「広汎性発達障害と診断された被虐待児の男女比は3対1で、これは一般的な広汎性発達障害の男女比と同じ。これを逆に、虐待がニワトリで、広汎性発達障害を卵だとすると、この男女差がもっと縮まるはずです」

また、杉山さんが行った調査で、知的な遅れのない高機能自閉症児は約12パーセントが不登校になっているという結果が出た。さらに、同センターの「不登校外来」を訪れる子どもたちの中にも、広汎性発達障害と診断される割合が増えている。

「開設当初の03年、約4割の子に広汎性発達障害という診断がついて驚いたのですが、07年の調査では67パーセントと、なんと7割弱の子どもが高機能広汎性発達障害だとわかりました」

コミュニケーションが苦手なために友人との関係を築けなかったり、学習につまづいたりと、「学校に行きたくないから行かない」というパターンが多く、対応を誤ると引きこもりに進行してしまう可能性もあるという。

また、思春期に「自分は何かがおかしい」と意識しはじめ、その違いの理由を短絡的に性別に結びつけてしまった場合、性同一性障害につながることがある。「男だからダメ」「女だからダメ」と思い込んでしまうのだ。実のところ、性同一性障害だというケースの中に、発達障害が基盤にある場合は少なくない。 

日本には1歳半健診、3歳健診という乳幼児健診システムがあり、そこで発達についてのスクリーニングが行われる。ここで発達の遅れを指摘されれば、早期に療育をスタートすることができる。しかし知的な遅れがない場合は見落とされてしまいがちだ。

「スクリーニングの精度を上げることと、軽度の発達障害児を視野に入れた新たなシステムをつくる必要があります。児童精神科医は絶対数が少ないので、そこに患者が押し寄せるとパンクしてしまう。小児科医も発達障害にもっと向き合うという態勢をつくるしかありません」

「小学校年代に診断を受けたグループと中学校年代以降に診断を受けたグループを比べたところ、少なくとも小学校年代までに受診をしたほうが、18歳以上になった際の社会的な適応がよいという結果が出ました。先天性の障害であっても、子どもの脳には高い代償性があるので、ある部位が機能しにくくても別の部位がカバーしようとしてくれる。また、問題を起こしやすい行動パターンも、繰り返し練習することで修復できることもある。早期に気づき、早い段階から治療教育を受けることが大切です」

<凹の部分をサポートしながら 凸を伸ばす>

どこで授業を受けるか? 選択肢は大きく分けて、特別支援学校、通常学校の通常クラス、通常学校の特別支援クラスという3つがある。

「学校へ行くことが目的ではなく、大事なのは学校で何を学ぶかということ。だから、選択の基準は、授業に無理なく参加できるかどうか。以前に比べると情報が行き渡り、保護者も『何が何でも通常クラス』と無理させないようになってきています」

いつか社会に出る。そう考えると、在学中に人とのつき合い方や社会のルールを学ばなければならない。アルバイトをするのもよいと杉山さんは言う。


「このたびの不況の影響で、私がずっと診てきた子の中で、知的な遅れのない高機能自閉症の子が何人か失職したんですが、その全員が通常高校、大学、大学院を卒業した子でした。逆に養護学校を卒業して障害者枠で雇用された子は一人も失職がないんです」

学校で社会に適応するための訓練を受け、理解のある企業へ就職したケースでは比較的長く勤続する傾向にあるという。また、自閉症の凸(長所)の部分を活かした職に就き、健常者よりも効率よく仕事をこなしている人も少なくない。

実は発達障害である天才・偉人は多いのだ。有名な例としては物理学者のアインシュタインだろう。「海外の先進国では凸凹の凸の部分を伸ばすための特別教育が実施されているんですが、日本ではその考え方は根づいていない。凹の部分をサポートしながら、長所を伸ばしていく。そんな教育体制が望まれます」

仲間の存在やコミュニティは大事であると、杉山さんは1992年に「アスペ・エルデの会」の設立にかかわり、軽度発達障害の子どもたちが集まれる場をつくった。

「子どもの頃から会に参加していた子が、今は会社でしっかりと働き、自分で収入を得ています。先日、その彼らが宿泊費などを全部負担してくれて、『先生、来てください』と私を宴会に招待してくれたんです」

私は半分、保護者のようなもの――。子どもたちの成長を見ることは何よりもうれしいと、その顔は一段と優しくなった。
(松岡理絵)

(プロフィール)

すぎやま・としろう
1951年、静岡市生まれ。専門は児童青年期精神医学。久留米大学医学部卒業後、愛知県心身障害者コロニー精神科医長、静岡大学教授などを経て、あいち小児保健医療総合センター保健センター長兼心療科部長。日本小児精神神経学会常務理事。著書に『発達障害の豊かな世界』(日本評論社)、『子ども虐待という第四の発達障害』(学習研究社)、『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書)、編著書に『講座子どもの心療科』(講談社)などがある。
Posted by 伊藤 あづさ at 18:44 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
静かに受け止め正しい理解を [2015年01月28日(Wed)]
昨日から正直、心がザワザワしていました。
ニュースで話題になっている名古屋の出来事。
被疑者の出身地に関する情報が、より穏やかではいられなくなった原因かもしれません。
"あ〜またか…"
そんな気持ちから敢えてこの話題に触れないようにしていました。
でも、それは違うのだと気づかせていただく投稿記事を拝見しました。

知ってください。
正しく。
そして静かに正しくご判断いただけたら幸せです。

(以下転載)

 2000年5月に、愛知県豊川市で高校生が主婦を刺殺する事件があり、動機として「人を殺してみたかった」と言ったことから、この言葉が独り歩きして、少年の心について、いろんな評論家がいろんなことを言いました。大半は的外れな論評でした。
 少年は精神鑑定の末、診断されていないアスペルガー症候群だとわかりました。それは、少年の動機を理解するうえで不可欠のことでしたが、同時に「アスペルガー症候群は怖い障害だ」という偏見、中傷を広げることにもなりました。

 今回、名古屋で「人を殺してみたかった」という動機の殺人事件が起こり、豊川事件とからめて、19歳少女の「心の闇」がまたいろいろ騒がれそう。

この少女がどんな問題をかかえていたのか、どんな背景があるのか、捜査はこれからで、直後にわかることはほとんどないんだと思います。

まずは、このメッセージを読んでいただきたいです。 安藤 明夫
:::::::::::::::::::::::::::::::::

◇報道関係の方々へのお願い

[ 豊川市の17才少年が「アスペルガー障害」との報道に関して ]

 12月23日に各新聞等報道機関で愛知県豊川市の事件の少年が「アスペルガー障害」との記事が掲載されました。私達親は今回の事件の被害に遭われた方に対し深く哀悼の意を表すとともにこのような犯罪を心から憎むものです。
ただ私達アスペルガー症候群の親達はその報道がもたらす影響について大変 心を痛めて、心配しております。

私達はこの事件の報道にあたられる方々に次のことを配慮してくださいます ようお願い致したいと思います。

(1)アスペルガー症候群は真面目な子が多く、ほとんど犯罪とは結びつか ないと思います。健常者の犯罪率から考えて、少ないと言えるのでは ないでしょうか。

(2)今、アスペルガー症候群がどのような障害であるかということは社会 的にほとんど知られてはおりません。今回の報道ではアスペルガー症候群の一面しか伝えていないと感じられる記事もあり「アスペルガー症候群」=「危険」というイメージを与えかねない危惧を感じます。
障害特性を理解されていない一般の方々にアスペルガー症候群という言葉だけが、悪いイメージを持って一人歩きしてしまわないかという懸念を禁じ得ません。

(3)アスペルガー症候群児・者は言語の理解能力を普通に持っている人達です。非常に感じやすい面もあり、今回の記事が本人達に与える影響が心配されます。本人達が不安を増大させないように、報道への配慮を切にお願いします。特に視覚刺激を強く受けることから「アスペル ガー」という人目を引く見出しは避けて頂きたたいと思います。

(4)親達は日頃、アスペルガー症候群の障害特性を社会に理解してもらえずに、悩み傷ついています。この報道で親達はさらに社会の正しい理解が得られにくくなるのではないかとの心配を増しております。
皆様にもアスペルガー症候群児・者を理解してくださるよう心からお願いいたします。

(5)アスペルガー症候群児・者の中には成人になるまで障害と知らずにいた者も多く見受けられます。かれらは周囲から理解されずに非常に孤独な生活を送っていることが想像されます。これは一つはアスペルガー症候群に対応する医療機関が非常に少なく診断までなかなかたどり着かないため、また教育や福祉に関係する方々でも彼らを理解している方は限られているためです。医療、教育、福祉関係者の方がもっと理解を深め、連携して彼らを支えるなら、彼らはより柔軟に社会に適
応し、安定して生活できるものと思います。

以上のことをご理解頂いて今回の報道にあたられますよう私達親は皆様にお願いしたいと思っております。

2000年12月26日

日本自閉症協会東京都支部
アスペルガー部会
(高機能自閉症・アスペルガー症候群児者親の会)
Posted by 伊藤 あづさ at 18:05 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
サンタさんは自閉症?! [2014年12月05日(Fri)]
ほ〜っ!!

なかなか素敵。
サンタさんは自閉症だという説。
その根拠とは。
santa.bmp
Posted by 伊藤 あづさ at 21:59 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
国際障害者デー [2014年12月03日(Wed)]
今日は「国際障害者デー」
事務総長さんからのメッセージです。

今年の「国際障害者デー」は「sustainable development: the promise of technology(持続可能な開発にテクノロジーの活用を)」というテーマに焦点を当てています。

テクノロジーは、知識を手の届く所にまで近づけ、機会の範囲を拡大することで、世界を一変させました。障害者はテクノロジーの進歩から多くの恩恵を得ることができますが、あまりにも多くの人々は、こうした必須のツールを利用できないでいます。

国際社会が、“誰も置き去りにしない”という野心的で意欲的な、ポスト2015年開発アジェンダの策定に取り組む中で、私たちは、テクノロジーの力をすべての人のための開発に活用していかなければなりません。

障害者は適応性、支援性、包摂性を兼ね備えたテクノロジーを用いることにより、コミュニティでも職場でも、その潜在能力をいかんなく発揮することができます。雇用主はテクノロジーを活用し、障害者が生産的な雇用を見つけ、そのスキルと能力を十分に発揮できる環境を整備することができます。

自然災害の際も、テクノロジーは不可欠な情報を確実に伝えることにより、障害を持つ被災者を支援できます。同様に、防災や災害対応においても、障害者が抱える特殊なニーズに配慮するという点で、テクノロジーは私たちを助ける重要な役割を果たすことができます。

政策やプログラム、ガイドライン、そして21世紀のテクノロジーが確実に障害者の手に届き、かつ、その観点や経験に配慮するものとなるよう、全力を尽くそうではありませんか。誰にとっても包摂的で公平、持続可能なよりよい未来を実現できるよう、ともに努めようではありませんか。
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そして
障害のある人々は、強いビジネスづくりに貢献できる未開拓の技能をもっています。

しかし、物理的な障壁のみならず、固定観念や間違った思い込みなど、世界人口に大きな-割合を占める障害者が、働くことを通して経済に貢献することを阻む障壁が多くあります-。

このビデオは、 国際労働機関:International Labour Organization (ILO) の「ビジネスと障害グローバル・ネットワーク」及びILO/IFCの「ベター・ワーク-」のパートナーシップにより共同制作されました。

詳細は、以下のウェブサイトまで。
http://www.businessanddisability.org/


Schaleも“私たちのこどもの「価値」を届けられる支援機関にならなくちゃ”と思うのです。
Posted by 伊藤 あづさ at 20:32 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
企業が求めるコミュニケーション能力 [2014年11月26日(Wed)]
保護者の方からのお問い合わせをいただくと,良く尋ねられます。
「SSTはやっていただけますか?」と。
そんな時、私たちは、私たちの学びの中で得た感覚で「SSTを推奨しない理由」をお伝えします。
SSTよりもライフスキルトレーニング。それが「しゃ〜れ」流です。

「特定の場面での望ましいふるまい方を教えるだけのSSTだけでは企業が求めるコミュニケーション能力を身につけてもらうには不十分」こんなことを明確に示してくださった方がいます。
読んでいただけたら、なぜ私たちがSSTを熱心に導入しないのかを少しは理解していただけるかもしれません。
私たちがSSTに心動かない理由を明確に代弁していただきました。
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ある大手企業の人事部長さんから「ウチで今度、精神や発達の障害のある人に向けた合同面談会をやるから、来てみるかい?」とお誘いをいただき、面接場面に同席させていただいた時のことです。


面接は、人事部長さんと障害のある求職者の方5人が向かい合うグループ面接形式で進められました。

 合同面接会に自発的に参加する障害者の方は、就労意欲が高い傾向にあります。今回参加した方々も自己PRや質問に対する受け答えが驚くほどしっかりしており、綿密な準備をしてきていることがわかりました。

何も知らない人が面接の様子をみたら、候補者の人たちが精神や発達の障害を持っているとはまず気づかないでしょう。


ところが、面接会の後人事部長さんが「今日は20人くらいと会ったけど、採ってもいいと思ったのは2人だけだったな」とつぶやいたのです。

驚いた私がその理由を聞くと、こう説明してくれました。

「今日は5人のグループ面接だったよね。私は1人の候補者と話しながら、残りの4人を見ていたんだ。私と他の候補者が話しているとき、そのやりとりをちゃんと聞いていたのが20人中2人だけだった。残りの人は、自分が何を喋るか必死に考えるか、単にボーっとしていた。就職後はチームで働いていくわけだから、自分のことばかり考えていたり、自分の番じゃない時ボーっとしちゃう人は、申し訳ないけど、難しいんだよ。」


「そこですかぁ・・・」と私は思わずうなりました。
そこを見られては、発達障害のある方には、キビシイ、と思ったのが私の正直な感想でした。


その私の様子を見て、人事部長さんが苦笑しながらこう付け加えました。

「彼らが周囲を気にして行動するのが難しいのはもちろんわかっているよ。特に発達障害の人たちはね。そして、自分の得意な分野ならすごく高い能力を発揮できることも知っている。
問題はね、『意識』なんだ。自分一人で働いているわけじゃない、周囲の人と一つのチームで働いているんだ、という意識。その意識さえあれば、周囲が見えなくなる傾向があったとしても働いているうちに少しずつ改善されてくる。その上で得意なことで会社に貢献すればいいんだ。だけど、そもそも意識がない人、周囲は気にせず自分がやりたいようにやるという人は、どんなに素晴らしい能力があっても会社は雇えない」

人事部長さんが言う「意識」はどうやったら身につくのだろうか?
少なくとも、働く直前になって急いで訓練すれば身につくというものではなさそうです。

企業が、発達障害のある人に求める「コミュニケーション能力」について、もう一つエピソードを紹介します。

発達障害のある人を特に多く雇っている特例子会社の面接に立ち会ったときのことです。

※特例子会社とは、従業員50名以上の企業は障害者を従業員の2.0%以上雇用することが義務付けられているが、特例として会社の事業主が特別な子会社を設立する場合は、そこに雇用されている障害者を企業グループ全体で雇用されているものとして算定できる制度



特例子会社の人事担当者の方から、
「働く上で、会社にどんな配慮を求めますか?」という質問がでました。

それに対し、ADHDのある人は「口頭の指示では忘れやすいので、メモでいただけるとありがたいです」と答えました。

自閉傾向のある方は「一度にたくさんの指示をうけるとパニックになるので、一つずつ指示をください」と答えていました。


「どんな配慮を求めるか」という質問は障害のある方の雇用の面接では100%聞かれますので、求職者の方は当然事前に答えを用意しているのです。
さて、これまで何百人もの障害のある方を面接してできたであろう人事担当者の方は、これらの答えを受けて以下のような質問を重ねてきました。


「では、みなさんが今言われた配慮を、上司や同僚が忙しそうにしているときでもお願いすることができますか?」


大変鋭い問いです。

「みなさんに迷惑をかけないためにも障害への配慮はしっかりとお願いします」、
「口頭では言いにくいのでメールでお願いします」
など具体的に答えられる人がいる一方で、頭が真っ白になって何も答えられない人がたくさん見受けられました。


この質問によって、先に求職者の方が答えた「会社に求める配慮」が、職場で障害をオープンにして働く自分をしっかりイメージした上での答えなのか、それとも面接対策としてマニュアルに従って答えただけなのかが、一発で明らかになってしまいました。


前回の記事で書いた「グループ面接で、自分の順番でないときの求職者の態度をみる」ケースと、今回の「上司や同僚が忙しくても配慮をおねがいできるか?」という質問。

この二つを通じて、企業が「コミュニケーション能力」という言葉で具体的に何を求めてきているのかがやっと理解できてきました。


それは従来のコミュニケーション指導が目指していた「特定の場面で望ましい振る舞いができること」ではなく、


「相手や周囲の状況に正確に把握し、状況の変化に合わせて自分の行動(言動)を適切に調整できること」


ではないかと思います。


ただし、発達障害のある方の場合、そのことが障害特性上難しいということも、企業は理解しています。

ここで、前回のエピソードで人事部長さんが語った内容をもう一度載せます。


“彼らが周囲を気にして行動するのが難しいのはもちろんわかっているよ。特に発達障害の人たちはね。そして、自分の得意な分野ならすごく高い能力を発揮できることも知っている。

問題はね、『意識』なんだ。自分一人で働いているわけじゃない、周囲の人と一つのチームで働いているんだ、という意識。その意識さえあれば、周囲が見えなくなる傾向があったとしても働いているうちに少しずつ改善されてくる。その上で得意なことで会社に貢献すればいいんだ。だけど、そもそも意識がない人、周囲は気にせず自分がやりたいようにやるという人は、どんなに素晴らしい能力があっても会社は雇えない”


つまり、「『相手や周囲の状況に正確に把握しようとする意識、その状況の変化に合わせて自分の行動(言動)を適切に調整しようとする意識』は最低限持っておいてくれ」というのが雇う企業側の要請ではないかと考えます。


発達障害のある人がコミュニケーションに困難を抱えているとはいえ、この「意識」を持ってもらうこと自体は決して不可能ではないように思われます。

他方で、それは特定の場面での望ましい振舞い方を教えるだけのトレーニングでは身につかないことも、私がこれまでおこなってきた研究や指導の経験上、明らかでした。

どうやればこの「意識」を身に着けてもらえるか?

悩みに悩んだ末、私が注目したのは、発達障害のあるお子さんの多くがゲーム好きであることでした。

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さて、どう受け取っていただけたでしょう?
この続きも楽しみです。
これからも私たちらしい「しゃ〜れ」であれたら嬉しいです。
Posted by 伊藤 あづさ at 22:00 | Autism awareness | この記事のURL | コメント(0)
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