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2013年05月17日

【新著連載】Q12.人から笑われるのが怖いんです

Q.人から笑われるのが怖いんです

→A.人から笑われてこそ一人前、笑われる事業が未来を変える

 起業家が夢を実現するプロセスは、人から笑われることから始まるといっても過言ではありません。起業家は、自分の夢を誰かに語るたびに、「そんな夢みたいなこと」「そんな馬鹿げたこと」と笑われることになるからです。
「昔から誰もが挑戦してできなかった」「お金や手間がかかりすぎる」などと、できない理由を並べられて、やめるように言われるはずです。仲間になってほしい人、仲間だと思っていた人から、理解を得られないことは辛いものです。お客様のために新しい商品とサービスをと思っていても、最初は、肝心のお客様から支持されるどころか、反対に笑われることも少なくありません。理解してくださる人は、人から笑われるような人だけかもしれません。だから、ここで挫折してしまう人も多いでしょう。
 しかし、人から笑われてこそ起業家として一人前、笑われるような事業こそ未来を変えるインパクトを持つものなのです
 例えば、私が、これまで何を始めて、どれだけ笑われてきたか、今はどうなっているかを列挙してみましましょう。10年、20年と立てば、状況が変わって、笑う人もいなくなるとご理解いただけるはずです。

●大学の友人に笑われ、同僚に笑われ、お客様にも笑われた

 まずは就職です。多くの友人が一流の大企業に就職を決めていました。その中で、私はゲーム制作の創業ベンチャー「イマジニア」に新卒第一期として就職しました。内定を決めていたコンサルティング会社の役員にお詫びに行った時には、正気とは思えないと笑われました。もちろん大学の友人たちも、同じ気持ちだったでしょう。
 そして、おもちゃ屋さんへの飛び込み営業。私たちが創作した「株のファミコンゲーム」も「売れっこない」と笑われ続けました。銀座博品館で子供たちの前でデモをしては、「わけわかんない」と笑われ、八重洲ブックセンターの前でデモをしてチラシを配っては、ビジネスパーソンに無視され「株のゲーム?」と鼻で笑われました。
 しかし、おかげさまで「松本享の株式必勝学」は売れ、その後、ヒット作を続けたイマジニアは株式店頭公開をして、今も立派に事業を続けています。そして、私は、飛び込み営業や、公衆の面前でのデモをしても恥ずかしくない度胸が身に付きました。
 日興證券(当時)に転職した時も、みんなから笑われました。バブル真っ盛りなのに、証券会社は「株屋」のイメージで、どこか低く見られていたのでしょう。たしかに社内も「株屋」体質だったので、ファイナンシャルプランニングが必要という私たちの社内起業は半ば無視され、現場の担当者からは「現実をわかっていない」と笑われました。しかし、バブルが崩壊し、お客様も学習を重ねて、今や、ファイナンシャルプランナー=FPという職種も知れ渡るようになりました。私が真っ先に取ったFP資格を、金融機関の人が取るのは当たり前になったのです。

●ネットでの商売、環境に配慮したTシャツも笑われた

 そして、父の会社に戻る時も「Tシャツ屋になるのか」とみんなから笑われました。証券会社の敏腕常務から「糸へん(構造不況業種の繊維産業)に戻るって」と驚かれました。しかし、久米繊維は「失われた20年のデフレ期」を独立を守りながら生き抜き、私が務めた証券会社は外資に買収された後、都市銀行の傘下に入っています。
 父の会社に戻り、アップルのマッキントッシュに出会って「誰もがデザイナーになる」、インターネットに出会って「誰もネットでモノを売り買いするようになる」と直観して、新事業を始めた時にも、誰も相手にはしてくれませんでした。しかし、スマホやインターネット無しで、今、私たちは生きていられるでしょうか?
 再生可能エネルギー=グリーン電力証書を使い、オーガニックコットンで高価格高付加価値のTシャツを創ると言った時も、海外生産やファーストファッション当たり前の業界関係者から笑われました。しかし、福島第一原発の事故もあって、誰もが地球環境問題に関心を持つ時代になって、私たちの評価も高まっています。
 そして、人生の収穫期になった今、私が大学の同窓会などで友人に逢うと驚きます。一流企業につとめながら夢の無い人、愚痴をこぼす人が多いからです。
 あなたは「今は笑われるけれど、未来に心から笑う人生」を選びますか?
 それとも「今は笑うけれど、将来は愚痴をこぼすような人生」を選びますか?

A.人から笑われてこそ一人前、笑われる事業が未来を変える

【バックナンバー】
Q01.起業家にとって一番大切なことは?
Q02.そもそもリスクとはどういうものでしょうか?
Q03.「リスク」をとったらどんな変化がありますか?
Q04.「リスク」と「リターン」を見極めるコツは?
Q05.「リスク」をとって得られる最大の学びは?
Q06.「リスク」をとると人間関係はどう変わる?
Q07.なんのために「リスク」を背負うのですか?
Q08.若くて経験も知識もなく不安です
Q09.失敗するのが怖い
Q10.部下がいないうちは大きなことに挑戦できない?

Q11.力不足をさらけ出すのが怖い

2013年05月14日

【新著連載】Q11.力不足をさらけ出すのが怖い

Q.力不足をさらけ出すのが怖い

→A.現実とのギャップの向こうに、自分の成長と周囲の支援がある

 誰しも自分の「力不足をさらけだす」のは「怖い」ものです。そして、もっと「怖い」のは、「若くして大きな夢を語る」こと、それを「笑われる」ことでしょう。
 自ら、実力以上の高い目標を公言してしまうことは、それ自体が、大きなリスクに見えるかもしれません。しかし、充実した人生を生き抜くことができるかどうかは、若いころの「夢と現実のギャップ」の大きさにあると言っても過言ではありません。20代、30代に知識や経験がないことは当たり前。問題は、大きな夢とのギャップを、どうやって埋めて行くかという、前向きな「心のベクトル」なのです。

●夢を抱くのに遅すぎることはない

 例えば、私たち久米繊維の中で、最も壮大な夢を描いて公言しているのは、NPO法人やCSR企業担当の竹内裕さんです。竹内さんは私よりも年上ですが、50代にさしかかった時に、3.11東日本大震災を体験して人生が変わりました。被災地の厳しい現実を見て回って、人生が変わったのです。夢を抱くのに遅すぎることはないのです。
 竹内さんの夢は、「復興支援で活躍する東北のNPOを、Tシャツで応援すること」です。東北各地のNPOのためのオリジナルTシャツを作って、その販売収益を寄付し続けるプロジェクトを始めています。その事業を通じて、竹内さんは10年後に壮大な夢を描いています。「岩手〜宮城〜福島の海岸線を、各地の復興支援Tシャツを着た人で埋め尽くし、手をつないで一列に並ぼう」というのです。そして、ギネスブックに登録しようとまで考えているのです。これは、言い換えれば、10年がかりで、数十万枚のTシャツを販売して、数億円単位の寄付をすることを意味します。

●プロジェクトへの熱い思いとその意義を伝える

 しかし、竹内さんは、Tシャツ製造の知識こそあれ、現地のNPOとのネットワークも、独自にTシャツ販売をする仕組みも持っていませんでした。被災地の惨状を見て「なんとかしたい」という熱い想いだけがすべてでした。そこで、竹内さんは、自分よりも大きな知恵や力がある人たちと共に夢を見て、協業するしかないと思いました。
 まずは、被災地のNPOを支援する強力なネットワークを持つ日本財団に協力を仰ぐことにしました。幸いにして、日本財団とは、JMAAチャリティTシャツアート展を毎年共催していて友好関係がありました。そこで、竹内さんは、日本財団のご担当者に、復興支援Tシャツプロジェクトの意義を熱く語りました。同時に、Tシャツのスペシャリストではあっても、復興支援の知識やNPOとのネットワークがないことも正直に伝えました。その大きな夢と誠実な姿勢が共感を生んだのでしょう。日本財団から、応援するNPOのみなさんをご紹介いただくことができたのです。

●夢を語りつつ、自分に足りないものをさらけ出す

 さらに、3.11復興支援Tシャツを広めるためには、メディアの協力も欠かせません。しかし、多くのマスメディアは、いずれ3.11のことを報道しなくなるでしょう。被災地支援にずっと関心をもつ人が定期購読するような「心あるメディア」の協力を仰ぐことが必要でした。
 そこで、竹内さんは、社会貢献に熱心な企業やNPOの経営者愛読する雑誌「オルタナ」に、復興支援Tシャツの構想を話そうと思い立ちました。
 竹内さんは、もともとオルタナの編集方針に共感し、個人で購読し応援していたので、担当者に耳を傾けていただけました。まず、久米繊維や自分の力だけでは、この壮大な構想を実現できないと告白しました。その上で、オルタナ読者の企業経営者と被災地のNPOを結んで、10年がかりの末永い復興支援を進めたいと熱く語ったのです。
 さらに、ネットで多くの人に知ってもらい、Tシャツを数多く販売をするためには、インターネットで力を持つ会社との協業も必要でした。そこで、3.11以降、真剣に被災地支援をしていたヤフーにプロジェクトを提案しました。当初は、ヤフーにネットショップを開くだけの小さなスタートでした。しかし、これからは、復興支援Tシャツに限らず、様々な社会貢献Tシャツを通じて社会を変えて行こうと話は進んでいます。
 こうして、竹内さんは、大きな夢を語りつつ、自分に足りないものもさらけ出すことで、日本財団、オルタナ、ヤフーという素晴らしい企業との協業を実現したのです。実際に起業する時に重要なのは、自分自身のノウハウ(Know How)ではなく、自分より力のある人を見つけて協業する力(Know Who)なのです。

A.現実とのギャップの向こうに、自分の成長と周囲の支援がある

【バックナンバー】
Q01.起業家にとって一番大切なことは?
Q02.そもそもリスクとはどういうものでしょうか?
Q03.「リスク」をとったらどんな変化がありますか?
Q04.「リスク」と「リターン」を見極めるコツは?
Q05.「リスク」をとって得られる最大の学びは?
Q06.「リスク」をとると人間関係はどう変わる?
Q07.なんのために「リスク」を背負うのですか?
Q08.若くて経験も知識もなく不安です
Q09.失敗するのが怖い
Q10.部下がいないうちは大きなことに挑戦できない?

2013年05月13日

【新著連載】Q10.部下がいないうちは大きなことに挑戦できない?

Q.部下がいないうちは大きなことに挑戦できないのでしょうか?

→A.社外イベントやNPO活動にチャンスがある!

 そんなことはありません。今はソーシャル時代です。インターネットを活用して、社外の心ある仲間たちとネットワークでつながることで、大きなチームを作って、新しい事業を起こすこともできるのです。たしかに、これまでの「企業内自己完結時代」には、若いうちにできる挑戦は限られていました。今でも「企業内起業」は、ハードルが高いものです。ですから、まずは仕事を離れ、NPOのイベントなどにスタッフとして参加して経験を積んでから、リーダーとして自主企画に挑戦してみましょう。

●「行列のできるイベント」を主催した社内起業家

 たとえば、私たち久米繊維が誇る若き社内起業家に、村上典弘さんという優秀な幹部社員がいます。高校を卒業して、すぐにグループのプリント工場で修行して、その後、本社で営業の要として活躍しています。
 村上さんは、まだ30代の若者です。直属の部下もいません。しかし「すみだ日本の技と酒めぐり」という「行列のできるイベント」を2012年に主催し大成功を収めました。
 このイベントでは、全国の日本酒の蔵元に墨田区に集まっていただき、自慢のお酒の数々を楽しむ大試飲会を開催したのです。同時に、墨田区が誇る和菓子などの銘品名店や、伝統工芸・町工場の経営者のみなさんにもご参加いただきました。会場は熱気に包まれて、これまでにない出逢いや賑わいを創り出したのです。

●2つのソーシャルをフル活用すれば応援が集まる

 いったいどうやって、村上さんは、若くて知識も経験も乏しいのに、部下もいなければ、使える事業予算もないのに、このイベントを成功に導いたのでしょうか?
 それは、2つのソーシャルを活用したからです。
 1つめのソーシャルは、ソーシャルメディアです。インターネットの検索エンジン、メールはもちろんのこと、Twitter、Facebook、ブログなどのソーシャルメディアを、村上さんはフル活用したのです。
 村上さんは、5年がかりで、全国の名酒づくりの蔵元との関係作りを続けてきました。美味しいお酒をネットで調べ、自腹で買い求めては、ブログやメルマガなどでお酒の紹介記事を書くことから始めました。その上で、「日本酒を世界に広めるTシャツを作りたい。墨田区を日本酒の聖地にするイベントを開きたい」と熱いメールを出し続けました。とはいえ、日本酒の蔵元と言えば、百年単位の歴史と伝統を誇る老舗のオーナー経営者で、多忙な地元の名士でもあります。100通メールを出すと、10通返信が返ってきて、3社がTシャツを作ってくださるような塩梅でした。
 それでも、村上さんは、10社集まれば、小さな社内イベントを開くということを、地道に続けて行きました。もちろん、集客や販売の告知も、お金がかけられないので、自分自身でソーシャルメディアで発信しました。少しずつですが、イベントに参加してくださった酒好きのお客様からクチコミ・ネットコミが広がりました。その結果、村上さんを応援しようという、蔵元と日本酒ファンが増えていったのです。

●会社の同僚だけでは実現できないことをやってのける

 もう1つのソーシャルは、社会起業家のソーシャルなネットワークです。村上さんは、3.11後に縁あって、復興支援チャリティの日本酒イベントの実行委員をつとめました。もちろんボランティアです。そこで、村上さんは、100名近いボランティアのスタッフをとりまとめるリーダーとして、イベントの成功に積極的に関わることができました。そのイベントでの成功体験が、村上さんの自信につながり、自主開催イベントの大きなヒントになりました。「社会的に意味がある楽しいことには、多くの心あるボランティアが集まって、大きなことが実現できる」という確信を得たのです。
 そこで、「すみだ日本の技と酒めぐり」では、有志を募って数十名の実行委員会を作りました。そこには、それぞれの分野のエキスパートもいらっしゃいました。会社の同僚数名だけでは、とても実現できないことを、村上さんはやってのけたのです。
 ですから、社内でチャンスが見いだせない場合は、ぜひNPOのスタッフとして活躍の場を探してみてください。そこで経験を積んだら、自らリーダーとなって、イベントの開催などにチャレンジしてみてください。きっと、将来、リーダーになるための大きな自信と気づきが得られ、信頼できる仲間やパートナーにも恵まれるでしょう。ソーシャルなネットワークを活用すれば、ローリスク×ハイリターン起業を体得できるはずです。

→社外イベントやNPO活動にチャンスがある!

【バックナンバー】
Q01.起業家にとって一番大切なことは?
Q02.そもそもリスクとはどういうものでしょうか?
Q03.「リスク」をとったらどんな変化がありますか?
Q04.「リスク」と「リターン」を見極めるコツは?
Q05.「リスク」をとって得られる最大の学びは?
Q06.「リスク」をとると人間関係はどう変わる?
Q07.なんのために「リスク」を背負うのですか?
Q08.若くて経験も知識もなく不安です
Q09.失敗するのが怖い

2013年05月10日

【新著連載】Q09.失敗するのが怖い

Q.失敗するのが怖い

→A.若いうちの失敗は「準備運動」と心得る

 今、振り返ると、若い頃に恐れていた「リスク」の数々は、「リスク」のうちにも入らぬ「小さなリスク」にすぎなかったと気づきます。「リスク」を乗り切る力を持っているのに、それに気づかずビビっていた自分に、思わず微笑んでしまいます。
 だからこそ、若いうちに数々のリスクに挑戦していて良かったとつくづく思います。その結果として得られた貴重な経験や人との出会いの数々に深く感謝したくなります。
 
●会社を倒産させる日に集金に行くという修羅場

 私は、バブル崩壊後に、家業の久米繊維に戻り、まずは集金係をしながら、与信管理と債権回収の担当となりました。企業倒産が急増すると予想された時期です。そこで、数百社の企業経営者やキーパーソンとお会いしながら、「どの企業にどれだけ商品を掛売りしてもいいか」決める重要な仕事を任されたのです。危険を感じたら、商品の販売を中止して売掛金を回収するという「嫌われ者」の仕事でもあります。
 しかし、恥ずかしながら、いくつもの失敗をしました。例えば、集金を重ねるうちに親しくなり深く尊敬していた先輩経営者が、まさに会社を倒産させる日に集金に行くという修羅場に出くわしました。今考えれば、そんな日に会えて話が聴けたのも奇縁ですが、「リストラされ、うちに来ないかと声をかけた後輩にしてやられた」とのことでした。事の真偽はともかくとして、心やさしき文化人経営者が、ビジネス上は必ずしも信用できるわけではないということを知りショックを受けました。
 その失敗を知った父は、「会ってみて誰からも信頼されそうな人は、経営が甘くなりがちで、信用すると痛い目を見る。むしろ外見では信頼されない人のほうが、厳しく経営をしているので信用できる場合がある」と私に教えてくれました。
 それ以降、経営者と会う前に、帝国データバンクのデータベースの決算情報や評価を必ず見てから、客観的に企業経営の良し悪しを判断するようになったのです。
 調べれば、私が敬愛する優れた経営者や指導者ほど、「若さゆえの失敗談」にはことかきません。だからこそ、自らの経験をふまえて「若いうちに積極的に挑戦をして欲しい。前向きな失敗をして欲しい」と願っているのです。若いうちの失敗は、本人には大きな経験でも、組織にとっては痛手にならない損失で収まるからです。むしろ前途ある若者に対する、生きた「研修費」だと考えることでしょう。そして、心ある若者なら、自分の失敗を許してくれた経営者や組織に、感謝と愛着もわくはずです。

●失敗しても粘り強く実行すれば達人が応援してくれる

 若いうちに「リスク」に挑戦するメリットは、まだあります。知識や経験が足りなくとも、夢と情熱を抱く若者は、人生の達人たちに歓迎されて教えを請えるのです。
 私自身、大学などの起業論講師として、夢を熱く語り、素直に教えを請いにくる若者と出逢うことが最大の喜びなのです。たとえ、失敗しようとも、素直に教えに耳を傾けて、粘り強く実行し、報告・連絡・相談を欠かさない若者が大好きなのです。
 しかし、残念なことに、そんな若者に出逢うことは、ほとんどありません。若き起業家は、いまや日本における希少資源なのです。だからこそ、自分の能力や経験をはかりにかけて、できない理由ばかり列挙するのはやめましょう。例えば、目の前に、新規事業や海外異動など、みんなが二の足を踏むような「リスクに満ちた挑戦」があれば、大きなリターンを得る「絶好のチャンス」です。みんなが顔色をうかがっている時こそ、「見る前に跳ぶ」勇気を持って、ひとりきりであっても手をあげましょう。今は大きなリスクに見えても、将来、もっと大きな起業に挑戦する時には、軽い準備運動だったと思うはずです。しかし、若いうちに準備運動をしておくことが大切です。リスクに立ち向かう基礎体力を磨くことで、未来を楽しく楽に迎えられるからです。

A.若いうちの失敗は「準備運動」と心得る

【バックナンバー】
Q01.起業家にとって一番大切なことは?
Q02.そもそもリスクとはどういうものでしょうか?
Q03.「リスク」をとったらどんな変化がありますか?
Q04.「リスク」と「リターン」を見極めるコツは?
Q05.「リスク」をとって得られる最大の学びは?
Q06.「リスク」をとると人間関係はどう変わる?
Q07.なんのために「リスク」を背負うのですか?
Q08.若くて経験も知識もなく不安です

2013年05月09日

【新著連載】Q08.若くて経験も知識もなく不安です

Q.若くて経験もなく不安です

→若ければ若いほど、知識も経験も乏しいほどチャンス!

 多くの人は、「若いうちは知識も経験もないから失敗する。だから、もっと実力をつけてからリスクを取ろう」と、ついつい挑戦を先延ばしにしがちです。しかし、「リスク回避力」や「リスク突破力」を身につけるのに一番よく効くトレーニングは、実際に「リスクを取って『失敗』する」ことなのです。一度、身をもって痛い目に合えば、次は、直感的に「リスク」を感じ取り、本能的に「リスク」を回避し、知恵を使って「リスク」を乗り越えようとするからです。
 リスクをとって挑戦するなら、若ければ若いほど、知識も経験も乏しい時ほど、良いのです。意外に思われましょうが、若い時の挑戦のほうが、たとえ失敗しても失うものが少ないからです。救いの手も差し伸べられ、むしろ得るものが大きいのです。

●サラリーマンがとるリスクはほとんどない!?

 私は、入社1年目、それも会社が存亡の危機にある時に、ファミコンの株式ゲームソフトの企画・販売というリスキーな新規事業に関わりました。しかし、今考えれば、私がとるリスクは、ほとんどありませんでした
 会社の厳しい資金繰りを日々目にしているわけでもなく、株主でもないので「自分のお金」という意識もありません。お気楽なサラリーマン感覚で仕事をしていました。ゲームの開発といっても、優秀な常務をリーダーにしたアシスタントです。ただ、常務が考えた「幹」に、面白いアイディアを「枝葉」のように付け加えればよかったのです。営業や広報が難しいといっても、もともとブランド力が乏しい会社の「飛び込み営業」で社会人デビューしましたから、無関心や誹謗中傷にも慣れています。むしろ、新しい挑戦を、「会社や自分を育てるゲーム」のように楽しんでいた気がします。
 しかし、株主であり連帯保証人でもある社長は、きっと気が気でなかったでしょう。おそらく夜も眠れなかったはずです。経営者の立場ですから、私のように現場を楽しむわけではなく、実作業の大半はマネージャーやスタッフに任せなければなりません。細かいことに口を挟み過ぎると、社員のモラルが下がって、魅力の無い「無責任なものづくり」につながるかもしれないからです。
 その時の社長のプレッシャーや、辛さ・もどかしさは、莫大な負債を抱えた「構造不況業種のオーナー経営者」になって、はじめて実感しました。まさに「10年後は我が身」だったのですが、その時は気づきませんでした。

●「つらさがわからない」「他人のふんどし」だからこそ、思い切れる

 逆に、経営者のつらさがわからないからこそ、他人のふんどしで相撲ととっている若造だからこそ、思い切ったゲームを作り、斬新な営業や広報もできたと思います。もともと給料が安い新入社員ですから、減給も降格も怖くありません。会社の台所事情にも、業界のしがらみにも無頓着な新人ですから、怖いものなしだったのです。責任あるリーダーになる前に、失敗を重ねながらリスクをとる練習ができました。リスクを楽しみながら、予想を超える実績を味わう経験ができて、本当に良かったのです。
 ゲーム会社から証券会社に転職すると、あろうことか、まだ20代半ばなのに、相続診断システム開発の、実質上リーダーを任されることになりました。上司もずいぶん思い切ったことをしたものです。まさに「有り難いチャンス」をいただきました。  
 でも、ゲームデザイナー時代の自分は「気楽なアシスタント」に過ぎなかったことをすぐに痛感しました。リーダーになると、自分の頭で考え、自分で判断し、自分で行動しなければなりません。ところが、私は、システムの知識も相続税対策の知識も、基礎知識レベルしかなかったのです。もちろん税務相談の知識もありません。

●知識や経験のないからこそ、年上のプロの教えを受けられる

 しかし、いざやってみれば「案ずるより産むが易し」でした。知識が足りなくとも、専門書を10冊も読めば、システム開発や税務監修のパートナーと話ができるぐらいにはなれるものです。知識や経験より大切なのは「これまでに無い新しい良いものを作りたい」「その情熱だけは負けない」ことを、言葉と態度で示すことでした。心意気に共感してくだされば、はるかに年上のプロの方々が、貴重な経験談やノウハウも提供してくださるのです。もし、私が同世代の専門家だったら、馬鹿にされるか、ライバル視されるかして、教えを受けることは難しかったでしょう。また、意識していたわけではありませんが、「常識の無いシロウトゆえの斬新なアイディア」も、いくつか提案できました。プロの達人ほど「非常識」な提案を面白がってくださったのです。
 ですから、若くて知識が乏しいからと、ためらう必要はありません。若い時は思い切って飛び込んでも「崖」は想像より低いものです。崖が低いうちに勇気と知恵を磨きましょう。年を重ねて知識を積んでからリスクをとろうとしても、飛び込む「崖」は高くなっています。高い崖から飛べるのは、若い頃から飛び込んできた人だけです。

A.若ければ若いほど、知識も経験も乏しいほどチャンス!

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Q02.そもそもリスクとはどういうものでしょうか?
Q03.「リスク」をとったらどんな変化がありますか?
Q04.「リスク」と「リターン」を見極めるコツは?
Q05.「リスク」をとって得られる最大の学びは?
Q06.「リスク」をとると人間関係はどう変わる?
Q07.なんのために「リスク」を背負うのですか?