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本の居ずまい [2010年02月28日(Sun)]

人は 本を 読む

僕も 本を 読む
沢山の 本を 読む

     

             東京の雪景色
             今年 二月始め
             雪が 降った


これまで 本当に 沢山の本を 読んで来た
これからも 沢山の本を 読むだろう

本が 無かったら 本が読めなかったら
本を読む事は 生きる事と同じ だから
読めなかったら 大変な事になる

本を読む 
この行為は 習慣の奴隷
僕にとって ほとんど そう言っていい
・・・習慣の奴隷だ

しかも 僕は 本の読み方が 遅い
本を読み続ける為の 集中力が 短い
おそらく 一時間が その限度かも知れない

休憩が 要るのだ

読み出して 止められなくなって 朝まで
読み切ってしまう
そう云う時が 無い訳ではないが
稀である

面白い本 で あれば あるほど
僕は・・・ 何と云えば 良いのだろう
・・・ブレーキを かけながら 
そう ブレーキをかけながら 読む
そう云う 本の読み方は 僕の 癖かも知れない

ブレーキなんぞ !  要らない !
この本は この本の持っている勢いで 読まなければ
この本の 面白さが 解らないではないか !

そう云った 考えが 無い訳ではない
でも ブレーキをかける
忘れかけて グングン 読んでる時
オッと ブレーキってな 具合に・・・ 

その本の面白さを 出来るだけ 長く 味わう
そんな 想いが 働くのかも知れない

読み終えて 又読んでも ダメだ
ブレーキが いい

ただし 例外も 有る
村上春樹氏の本は なかなか そのブレーキが
利かない事が 多い

     

             もう二月も今日で終わり
             春一番が吹く時に
             雪景色でも あるまいに・・・


でも やっぱり ブレーキは 重要
僕にとって 重要な 本読みの要素だ

勿論 ブレーキではなく 二度 三度と 
読む本は 有る
誰にでも 有るものだと 思う
それは 別な 面白さだ

一時に 三冊くらいの本を 同時に 読んでる事も ある
ひとつ 読んでいるところに 
読まねばならない本が 現れる
同時に 新聞に 追っている作家が 新しい本を 出した
なんて 載っていると 買わずには 居られなくなる

結局 三冊を 交互に 読む事になる

しかし これは 一日か二日で 絞られてくる
その中で 僕にとって だ が 一番面白い本が 勝つ
まず その本を 読み終えて 次へ
そんな具合に 絞られて くるのだ
結局 と云う事は 一冊ずつ 読んでいく事になるのかな

五木寛之と云う作家は 一日に 何冊も何冊も 本を読む
と 何かで 読んだ
本を開くと 二つのページが 姿を 現す
その二つのページを 絵として 一瞬で 捉えてしまう
だから 次々と ページをめくって行く
それで 読める と云うのだ
文字の全てが 絵として 残る と 云う

そう云う 読書方法も 実際 有るらしい

が あまり 人に勧められる方法ではない
と書いて居られたような 気がする
そんな事 出来る人と 出来ない人が居て 当たり前だ

やっぱり 本は 一冊一冊 一ページ一ページ
奪われる時間は 奪われながら 読むものだと
僕などは 思う

それでも 若い頃
本屋さんに入った時や 図書館に入った時
頭に スッポリかぶって かぶったものから出ている
コードの先っちょで 本棚を ツンツンと 突っ付く
そうすると その本棚に入っている本の 全てが
一瞬にして 僕の頭に 入ってしまう

そんな機械が 出来ないだろうか
なんて 馬鹿な事を 思っていた頃があった

     

             しつこく 雪景色
             木の周りは 丸く
             早く 融けていく
             生きているから 暖かいのかな


僕は 作家を 追う

そう云う 読み方をする
同じような 読み方をする人は 多いだろう

ある時 初めての作家を 読む
ひとつの 出会い だと思う
面白いと思ったら その作家の本だけを探して 読む
何らかの方法で その作家の本を調べ
その作家の 本を 読み尽くしたくなる
今 現役で書いている作家なら 追いかける事に なる

二 三冊読んで もうこの作家は いいや
と思う時が 無い訳ではない
一冊読んで 嫌になる作家の 本も有る 

だから 自分の求める 傾向は
当然 偏って来る 
それは 誰でもそうなのではないか
とも 思う
それでも尚 傾向から 外れたものを 読む時は
それなりの 理由に よるだろう

本は 世界だ

本を読む事が 喜び だと 知ったのは
小学校 二 三年の時だった
ハッキリと 覚えているな あれは
あの体験は 素晴らしかったな
「十五少年漂流記」 だった
子供向けに 書かれた ものだ

もの凄く 本当に もの凄く 面白かった
ワクワク ドキドキ したものだった

     

             ここも 綺麗に 丸く 
             融けている
             融ける様子も 雪は綺麗だ


次に 「次郎物語」を 読んだ
これも 子供向けに 書かれたものだった

その後 「次郎物語」は子供向けではないもの
下村湖人の書いた「次郎物語」 を 
繰り返し 繰り返し 読む時期が 有った
あの作品は 次郎が 子供の頃の話は
映画にもなっているが
一部から 七部まで 有って
文庫本にして 七冊 有る
が 「次郎物語」と云う作品は 
未完成で 終っている

一から 七まで 何度 読んだだろうか
事有るごとに 繰り返し 繰り返し 読んだものだ
同じ本を 何回も 読む
僕にとって その事に それほどの意味は無い
ただ 読みたいから 読む
面白いから 読む
あんなに 何度も 読むと云うのは
「次郎物語」には 当時の僕にとって必要な
エキスのようなもの が 有ったのかも 知れない

家に 本が 沢山 有った
何せ 二十人 以上の 大家族だった
叔母や 叔母の子供たち つまり従妹 叔父
みんな一緒に 暮していた

叔父や 叔母たち 長兄 次兄 姉たちの 読んだ本が
我が家には 結構 有ったのだ

今思うと それは 仕合せな事だったと思う

様々な作家の全集も 有ったが
それは 本が大きくて 字も 小さいので
ほとんど 読まなかった
文庫本が 結構 沢山 有った
大人の読むような本まで 読んだ

「ガリバー旅行記」
ガリバーは 漂流し 小人の世界に 流れ着く
これは 子供のために 書き直された「ガリバー」の
ほんの 一部だった

スウィフトの「ガリバー旅行記」を 読んだのは
随分 大人になって からだ
これは 凄く 長い
僕は 長く 感じた 
哲学的でもある 本だ

子供のために 書き直された 作品を 
子供の頃を思い出しながら 元の本を読む
これも又 面白いし 驚く事も 多い 

     

             足跡 子供達かな?
             話の内容とは 関係なく
             二月始めに降った
             東京の 雪景色でした


優れた本には その本の 居ずまい 
みたいなもの が 有るように 思う

そして その中には ひとつの世界 が 有る

僕は その世界を その本を読む事で 旅をする