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12月公演無事終る [2018年12月17日(Mon)]


SCARECROWS・LEG 11回公演
「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
は 無事 千秋楽を迎え 終った

忙しい中 観に来て下さった方々には
心から お礼申し上げます

ありがとうございました

i-19.JPG

            「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
             カーテンコール

初めての 三人芝居 
僕は 大成功 だったと思っている

制作的なことには 多少 問題も残ったが
それも たいしたことではない

出演した三人の若い俳優諸氏にも
心から感謝したい

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          マーフィを演じた半野 雅
          この作品で 彼の演技は飛躍的に伸びだ
 

この芝居には 好き嫌いが 有ると思う

好き嫌いの無い芝居は 無い と思うけれども
特に こう云った芝居は 
好き嫌いがハッキリしていると思う

が こう云う芝居は どうも嫌いだ
となれば 話は そこで 終ってしまう

ただ 年末にあたって 心温まる芝居でなかった事は
確かかもしれない

もっと心の和む芝居を望んで ギャラリーに
足を運んでくださった方々には 申し訳ないと思う

今の世情を考えた時 せめて芝居ぐらいは
心の和むものを と 思う気持ちは分かるし
そう云う芝居を やろうという選択肢も
無かったわけではない
でも 「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
という作品に ぶち当たってしまい
取り組む事になった

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              インド人を演じた南雲康司
              彼は 読み稽古の二日目だったか
              いきなり 台詞をヒンズー語に代えて来た
              台本は英語(翻訳された日本語だが
              上演された時 ヒンズー語だったと有る)
              それで かれはヒンズー語をマスターした
              そのエネルギーは賞賛に与えする

僕は この芝居をやって良かったと思っている

今年の五月 暑さがやって来るちょっと前
予定の作品は
「オイディプス」だった

「オイディプス」は ギリシャ悲劇であるが
現代風に戯曲にしてあるものは 僕の知る限り 無い

映画は
「アポロンの地獄」と題された
名画が 有る

上演されている記録を調べると
ほとんどが ソポクレス作 ギリシャ悲劇
として 上演されている
僕達も そうしようと思った

僕が ほんの少し 言葉を変えたり 加えたりして
実は 我々の公演用として 台本も作った

その頃は すでに 暑い夏だった

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          「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
          ひとつのシーン


オイディプスの妻(母でも有るわけだが)
イオカステを演じてくれる人が 居なかった

いつの時も 参加者を募る・・・その事には
かなりのエネルギーを費やす

僕は そのエネルギーを費やす事に疲れていたのか
いや そうではないと 今になってみると分かる

人を募ることへのエネルギーには 
随分前から 疑問を感じていたのだ

人を集められない 

それは 力の無さでも 有る
その事は 認めなければならない
ハッキリしている
情けないと時に思うが これはハッキリしているのだ

我々の芝居に出たい人が 居れば集まるはずだ

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             「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
             ひとつのシーン


大きな問題は ギャラが払えない事にも有る

40人入れば 満席になる
そのお客様の人数で やるのだから
どんなやり方をしても 低予算になる

LEG の公演は 俳優諸氏の 
演技を鍛えるための 場でもある
これは ご都合主義で言っているのではない

お金を頂いて 観てもらう以上 甘えは許されない

しかし 実験的な意味や 
俳優諸氏の それぞれの抱えている問題を解決するため
そう云った方向性で 公演をしている事も否めない

今まで LEG の公演に だからと言って
甘えの構造が有ったとは 決して 思っていない

我々は いつも 必死の想いで上演をしていた
何よりも ギャラリー 
あの空間が 演劇空間になった処が 好きなのだ

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             「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
             ひとつのシーン


LEG の作品が好きだと言って下さる方も
少しでは有るが 増えている
また 一度だけではなく 二度観て下さる方も出て来た
今回も 二度 観に来て下さったも居る

今回 参加者を募るというエネルギーを 捨てたのだ
エネルギーをもっと 真中に集めたかったのだ
ちょっと 抽象的な言い方になってしまいましたが・・・

始めから集まっていた三人で出来る事はないか

そう思ってウツウツしていると 僕が まだまだ若い頃
やりたくても やれなかった作品が
幾つか フウッと 現れて来たのだ

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            「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
            ひとつのシーン


それは まるで 向こうからやって来るように
浮かんで来た

「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
は その最も強い想いと共にやって来た作品だった

急遽 「オイディプス」から 
乗り換える事にした

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            「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
            ひとつのシーン


いきなり 稽古場で 作り変えた台本を渡した
いきなり 読み稽古をした
若い三人は 「これ 面白い」
と 三人とも 言ってくれたのだ

上演してみて良かったと 思っている

一見すると まるで救いの無い世界に見える
観終わった後 心が 重くなった方々も多かったと
思う

今 日本と云うこの国も 
この芝居のような世界になっていて 無縁では無い
そして その世界から逃げる事は出来ない

おそらく 世界の何処へ行っても
逃れる事は出来ないだろう
ならば どうすれば 世界が良くなるか
その事に向かう
良くなる方向に 向かう
毅然として向かう 
そして 努力する

どんな努力をすればいい ? ? ? 

・・難しい
・・・・・厄介だ
・・・・・・・・・確かにそうだ

しかし
それしかないような気がする

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             「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
             ひとつのシーン

個として 個の考えをしっかりと持つ
人間は 個であることを決して 忘れない
(これは 僕 個人の考えでしかないのですが)
それがまず出発であり
それを肝に銘じ 全ての モノゴトの始まりを
それを忘れずに 大切に動く 

何を今更 と言われそうで オタオタしている

それでも尚 どこか 心が救われるような
そう云った芝居を これからは 探そうと
思ってはいるのです

何はともあれ
「インド人はブロンクスへ行きたがっている」は
終った

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             「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
             ひとつのシーン

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              「インド人はブロンクスへ行きたがっている」
              空舞台





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コメント
FUKUROUKUN へ

コメント ありがとうございます
「インド人はブロンクスへ行きたがっている」は
僕はよく知らないのですが ユーチューブと云うシロモノで
アメリカで上演されていたものを 観る事が出来るそうです
僕は 観ていません
僕らの上演は1時間12分だったのですが
ユーチューブで観ることの出来る上演は わずか45分で終る
と云う事です
駆け抜けるような作りのお芝居なのだと思います
オフオフで上演されたときは オビー賞と云う
その年一番の作品に与えられるモノを もらっているようです

確かに暴力がグイグイ踏み込んできますね
芝居の始まりは喜劇として作られているのだと思います
我々は あえて そうは創りませんでした
台本には ハッキリと ト書きとして ここから芝居は変わる
と 書かれている場所が あります

アメリカの人々の感じ方 今の日本人の感じ方
おそらく 芝居を観たあとの感じ方は 違うと僕は思います
稽古をしていて この芝居自体は 
それほど難しい作りの芝居とは 思いませんでした
ただ 演ずる俳優諸氏は かなり厄介だったようです

これから 機会が有ったらブログにも書いて行きたいと思います
今年も よろしくお願い致します

               上田Bokko
Posted by: bokko  at 2019年01月04日(Fri) 12:46

全然年末な感じがしないのに、仕事だけは年末仕様でバタバタ。
気がつけばもう3週間も経ってしまいました。

「インド人はブロンクスに行きたがっている」公演お疲れさまでした。
タイトルなどから、勝手に比較的軽めのお話なのかなと思っていましたが、実際は心がザラザラするような重たさで、正直観ていてきついなあとも感じました。
役者さんは3人とも素晴らしくて、だからこそ伝わってくるものがより重たかったのだろうと思います。
きれいごとにすぎないのでしょうが、私はあまりにもストレートな「暴力的なコトバ、性的なコトバ」が投げつけられる様をみたり聞いたりするのがツライので、つかこうへいさんの作品などでもちょっと遠慮したくなってしまったりするのです。
コトバだけに囚われることは、きっとコミュニケーションの本当に大事な部分を見逃してしまうことにつながってしまうのでしょうね。言葉の通じないアメリカ人とインド人のように。
でも、
言葉がわからなくても少し通じ合ったように見えた時もあった。
同じ言葉を使う2人でもわかりあうことはできていなかった。

このお芝居が、オフオフブロードウェイで上演されたとき、(おそらく多くはアメリカ人の)観客は笑ったのでしょうか?怒ったのでしょうか?考え込んだのでしょうか?
Posted by: FUKUROU-KUN  at 2018年12月29日(Sat) 16:34