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SCARECROWSからのお知らせ [2012年01月16日(Mon)]

SCARECROWS から
ワークショップの お知らせです

今年(2012年)SCARECROWS では

12月1日(土)〜 9日(日)

大塚 萬劇場にて

井上ひさし 作

『 雨 』 

を上演します

初めての経験なのですが

配役の幾人かを 公募 することになりました

その為の ワークショップを 開催します

日時

2月4日(土) 13:00〜17:00    
   5日(日) 18:00〜21:00

   8日(水) 13:00〜17:00
   9日(木) 13:00〜17:00

の四日間です

場所 赤羽・北赤羽駅下車(徒歩5分)
    尚 参加をご希望の方には 電話でキチンとお知らせします

参加費用は 無料です

ただし 着物・浴衣等を着て稽古します
それらは 個人個人で ご用意下さい 

参加ご希望の方は 下記へ 封書にて
お名前 ご住所 お電話番号 をご記入
また 簡単な ご自分の プロフィル をそえてお送り下さい

(お電話番号は 必ず ご記入下さい
 ワークショップの日時が 変更になる場合も有りますので
 個人情報は しっかり管理していますので ご安心下さい) 

あて先 〒189-0013 東京都東村山市栄町2-33 1-301
      上田方 SCARECROWS
         ワークショップ係

締め切り 1月29日(日)まで届くようお送り下さい 


SCARECROWS からのお知らせでした


井上ひさし 作
『 雨 』と云う作品は 
グループに取ってこれまでにない大作です
SCARECROWS では 去年から 上演の許可をいただき
準備を 進めていました

12月と云うと 正月が 過ぎたばかりで
まだ十一ヶ月も有る と 思いがちですが
この作品に向けて ひとつ ひとつ 
確実に 成功させるため 準備を 進めています

このブログの リンクの欄にも SCARECROWS が
入っています
そこを クリックすれば ブログ形式のホームページへ
入る事が出来ます

SCARECROWS をもっとお知りになりたい方は 
ホームページへも お越し下さい

ページ 上部にある ページを お開きください
ギャラリーでは これまで上演して来た作品の写真を
観る事も出来ます

参加してみようと云うお方は 
是非 応募してみてください

歓迎致します


乾燥 [2012年01月15日(Sun)]

乾燥した日々が 続く

東京の冬は 乾燥注意報が 当たり前になっている
ここ何年も 何年も 何年も 冬は乾燥する

     

            雨が降らず 乾き切った 川


気象図が 冬型になると 
日本海側は 雪が降ったり と 寒さが増す
アルプスのこっち側 関東 東京は 乾燥する

解っていても 雨の少なくなった町を歩くと
何処も かしこも 乾燥の形が見える
冷たい 乾燥した風が 吹く
歩いていると 耳が ジンジン 痛くなる
手袋をしていても 指先が ジンジンする

自然界だけではなく 人間の身体も 乾燥する

今シーズンは 皮膚科へ行って薬を貰って来た
痒くなったのだ

「保湿ですね
 保湿しましょう 
 身体の表面に ワックスかけをしましょう」
なんて 言われて 
もらって来た 薬(クリーム)を塗りたくる
まあ 体中 塗りたくる
気持ち悪いったら ありゃしない
これは どうも 好きになれないが
痒みには 勝てない
仕方なく 風呂上りに 塗りたくった

なるほど 痒みが 無くなった

     

            シクラメン
            水を忘れると この花は倒れてしまう
            この花は 乾燥させてはいけない
            毎年 暮に姉が送ってくれる
            この花は 場所を 選ぶらしい
            この場所は 良い らしい
            よく 咲く
            ベランダに 姉に送ってもらったものが並ぶ
            これは 送ってもらったばかりのもの



枯れるのは 肉体だけではない
頭の中も 精神も 心も 枯れる事が 有る

頭が 枯渇するとか
すっかり 乾き切ってしまったとか
そんな言い方も 有る

書いたり 創ったり そう云う人の 
頭が 乾く 枯れた状態だと 困るだろう

頭の乾き 心の渇きは 厄介だが
治る 
復活する
時に 大変だが 必ず 治る
僕は 何時も そう信じる事にしている

河童のお皿は 乾くと 死んでしまう
河童のお皿の 濡れ具合は どんなものなのだろう
犬の鼻 みたいなものなのか

子供の頃からの 河童の皿の水は 
もっと 水が 皿の中に 溢れるほどに有る
そんな イメージを 持っていた
だが それだと 動き回った時 こぼれてしまう
どんな風に こぼれないように 出来ているのだろう
結構 それが 不思議だった

今思うのは やはり 犬の鼻のように
濡れているのかな と 思ったり する

     

            同じシクラメン
            水を上げれば この通り
            シャキッと立つ
            下の方に 蕾が 沢山隠れている



治ると 信じているが
心の乾燥は 厄介な事も 有る
心に潤いを 蘇らせるのが 難しい事も 有る

僕は 結構 枯れる

イヤ 誰でもそうなのかも 知れない
人知れず 心が 枯れて 辛い時期を向かえ
人知れず 直して 潤いを 復活させて
人前では 元気に 振舞う

実際に 元気を復活させている時は いい

内側に こもってしまい
表面だけ 潤っている様に 装う
内側は 乾いて カラッカラッ だ
・・・これは 辛い

出来る限り 乾いた様も 
表に 出してしまった方が 良い
そんな事は 決まっているか

辛い時は 表に 出せない
表に出せないから 辛い のだ

イヤイヤ そんな事を あれこれ思っていると
僕なんぞは 何時も 開けっぴろげの方かも知れない
ホントウに そう 思う

歳を取ると云う事のひとつに
乾き始めた自分を そのまま 受け入れる 
術(すべ)を身に付ける
少し 分かって 来る
と云う コトが 有るかも知れない

乾いていたって いいさ
・・・なんて ふっと 思う事が出来る時が 有る
ふっと 楽になる
なかなか そう思えない時が 辛いのだが・・・

乾いた心持に 潤いを 呼び戻す多少の術(すべ)も
覚える
が 歳を取ることによって生まれる
回復できない 乾きも 有る
保湿クリームを塗っても ダメなものも 有る

薬だったら 多少のステロイド剤を医者にもらって
塗る 方法も 有る

心の枯れは 全く 厄介なものだ

     

            同じ川だが ここは水が枯れない
            深いのだろうか
            川の曲がり具合からだろうか
            暖かくなると 釣り人が 居る



はてさて 町の川沿いを 歩いていて
渇きについて 考えていたのだが
心の乾きの コトなんぞ 考え始めてしまった
心の乾きについて考えるのは もう止めよう

乾燥 と言えば 聞こえはいいが
もう東京は どの位 乾燥が続いているのだろう
つまり 雨が降らない状態が続いているのだろう

砂漠化している と 言う 人も居る

まあ 僕は 砂漠にはなっていないと思うが
雨の少なさから 言ったら 解らない
砂漠化 しているのかも 知れない

もういいヨ と 云うほど雨が降り続いたり
ちよっと お湿りが欲しい
と思っても 雨は 降らずに と
自然は いずれも 人間の思う通りには
行かない
行かないのが 自然だ

ここのところ 何年も 何年も 
人間は 何でも 出来る
と 思い過ぎて来たのではないだろうか
去年と云う年は そのコトを 思い知らされた
・・・そんな気がする

と 同時に
今年に入って イヤ 以前から
思っていたのだが
ある種の緊張感が 緩んでいる
そんな気もする

誤解を招くのは イヤだ

緊張している時代が 良い とは 思っていない

大きな豪華客船が横倒しになったり
その船長は 早々 逃げ出したり
刑務所から 出てはいけない人を 出してしまったり
電車の運転をしていて 居眠りしたり
そう云った 緩みのコトだ
政治の世界は 緩みっぱなしだが・・・・・

今年は ちよっと 気を引き締めよう 
と 思ったりしている
言葉は 悪いが
フンドシの紐をちょっと 締めなおす
(フンドシはしていないが)
生活して行く中で ちよっと そんな事を
心がけよう なんて 思ってみたのだった

     

            チョイと 踏み切りで一枚



変に緊張した ピリピリした世の中は 良くない
決して 良くない
僕は そう云う世界 ・・・時代は ごめんだ

ほどよく あくまでも ほどよい開放感を失わず
ちょっと 心持ちを 引き閉める  
  
そんな風に 思ったりも する

はてさて 今年は どんな年に なるだろう
ホントウに どんな年に なるだろう





高峰秀子と云う人を追う [2012年01月03日(Tue)]

昨年は 一年間 
高峰秀子という人を 追っかけていた

一昨年になってしまうのだが
大晦日 高峰秀子の
「二十四の瞳」
「喜びも悲しみも幾年月」
のDVDを借りて来て 年の過ぎていく中
その作品を テレヴィで観て 過ごした

そして 去年の正月 
(つまり 作品を観た次の日)
高峰秀子の 訃報を 新聞で 知った

     

            高峰秀子について書かれた本 の 一部
            高峰秀子自信の著書も 有る
            本の紹介みたいになっちまいました
            ま いいか



これは 前にも ブログで書いている

何故 大晦日に それらの作品を見たかったのか
今考えても よく解らない
ただ その偶然に 何かを 感じずには
居られなかった

斉藤明美の著書
「高峰秀子の流儀」
「高峰秀子との仕事」
「高峰秀子の捨てられない荷物」

これらを読み 
高峰秀子が 五十歳ですっぱりと女優を引退
本を 二十五冊も出版している事を 知った

また 映画には 子役から入れると
三百本もの作品に 出演していて
現在 見る事の出来る作品は その一部でしかない事
も 知った

     

            今年の正月はそれなりに寒い
            川が凍っている
            氷の上を 小鳥が 二羽
            セキレイだろうか


去年は 3月11日の大震災が 有り
原子力発電所の事故が有り その後の日本を変えることに
なるだろうと思える 重大な年になった

その中で 四本の芝居に 携わり
やや ぼくの歳にしては ハードな年と云えた

が 個人的には
高峰秀子を 追っかけていた年だった
元日の 訃報が そのきっかけになったのだと思う

とにかく 時間を盗んで
高峰秀子の著書を 読んだ
高峰秀子に関して 書かれたモノを 漁っていた

僕の住む町の本屋さんは 
ろくな本が 無い

かなり 探さなくてはならなかった
いまだに 読みたくても 読んでいないモノもある

DVDもそうだ
何と沢山の 優れた 作品
高峰秀子の優れた作品を 去年は 観た事か
それでも まだ まだ 一部だ
もっと もっと もっと 有る

「カルメン故郷へ帰る」は 
日本で始めての カラー映画である事は有名
このDVDは買い求めた

そう云った作品ではなく
僕が ほとんど知らなかった作品
まだまだ 有る
が それらを 多少は 見る事が 出来た

     

            「カルメン故郷に帰る」
            これは有名な作品 
            高峰秀子は かなりぶっ飛んだ芝居をする
            その事に 驚く


そして 一作 一作 僕は 驚いていた
高峰秀子は 大スター だった
今も 大スターと言われている人は居るが
当時の大スターは スケールが違う

演技は 大スターと言われるに相応しい
イヤ 僕に言わせると 凄い演技をしている作品が有る
モノクロの 初めて見る作品の中の
高峰秀子の 凄さに 驚く

僕は ホントウに良いものを観ていない
・・・と
ショックも 大きかった

が ぼくが一年間 追っかけていたのは
女優・高峰秀子ではなかった ような 気がする

高峰秀子と云う人 を 追っかけていたのだと思う

斉藤明美の書く高峰秀子を読んだとしても
高峰秀子自信の書いた本を読んだとしても
DVDを観たとしても
その人間を知る なんて ことは 出来ない
そんな事は ゴーマンですら ある
しかし ぼくは まだまだ 追っかけると思う

新聞に 朝 ざっと目を通す
ぼくの追っている作家が 本を出す
ぼくにとって その事の情報は 新聞が
一番速い

沢木耕太郎が 昨年
『ポーカー・フェース』と云う本を出した

『バーボン・ストリート』
『チェーン・スモーキング』
これらを含めて 三部作 としているようだ

『ポーカー・フェース』は珠玉だった
こう云う本は わざと時間をかけ
ゆっくり 味わって読む

この本の中に 高峰秀子の事が書かれていた
と云うよりぼくには
沢木耕太郎と高峰秀子の接点を感じた

高峰秀子は 既に沢木耕太郎のことを 書いている

沢木耕太郎と云う作家の作品を ぼくは尊敬している

作品を尊敬していると云うのは多少変かも知れない

     

            別に本の紹介ではないが
            この「ポーカー・フェース」は
            もの凄く 良い


その作家と 作品を 同じと考えるのに
ぼくは 危険を感じる
が 単に 沢木耕太郎の作品が好きだ と云うだけでは
ちょっと なにか すっきり来ない
勿論 作品は好きだが 
そう云うとこを 越しているのだ
でも 作品と 人間しとてのその作家
は 違うのだと ぼくは 思っている

あまりにも尊敬していて
大江健三郎に 会いに行った事が 有る
この人は 会いに行って 後悔しなかった
その人となりから感じるものが 素晴らしかった
「同時代ゲーム」にサインをもらって 帰って来たものだ

しかし ここには書かないが
会いに行って ガッカリした作家も居る
ホントウは 作品を読み 映画を見
その本人に会う事は しな方がいいのかも知れない

何処まで知ろうとしても
高峰秀子と云う人を ぼくが知る事は
不可能なのかも 知れない
たぶん 不可能なのだろう

作品を 見ればいい
書かれた本を 読めばいい
とは 思っても ぼくは その人を知りたくなる

これは 悪い癖かも 知れない

斉藤明美の高峰秀子像は クッキリとしている
次の出版を 楽しみにしている

何故 高峰秀子と云う人を 
これほどまでに 知りたいのだろう

解らない
まだ 解らない

子供の頃 「二十四の瞳」を観て
高峰秀子演じる 大石先生に
子供心に 恋をした
もう小学生の頃だ

そのことが どこかで尾を引いているのだろうか

・・・解らない

はっきりしているのは
年が新しくなっても 引き続き
高峰秀子と云う人を知ろうとする行為は
やめないだろう と云うことだ

     

             また 空の写真を一枚
             2012年 正月の空 です
             皆々様 今年もよろしくお願い致します


まだ まだ 見つけてなくてならない 
読んでいない 高峰秀子の著書も 有るし
観ていない 映画に関しては 
まだ まだ まだ 沢山 有る

今年も 高峰秀子を 追っかける

(書かれている人の敬称は 
 省略させていただきました) 


SCARECROWS・LEG 公演終る [2011年12月24日(Sat)]


SCARECROWS・LEG 四回公演
「可児君の面会日」
「動員挿話」 
が終った

     

           LEG4回公演 カーテンコール


二つ共 厄介な作品だった

選んだのは 僕自身だが
よくもまあ 今時 こんな厄介な作品を選んだ
と思う方も おいでの様だった

作って行く日々 四苦八苦していた事は 事実だった

今の若い人たちに 解っただろうか・・・? 

特に 「可児君の面会日」・・は・・・? 

面白い と 云う 言葉には
色々な 意味がある
例えば
ゲラゲラ笑う 面白おかしい お笑いも 
面白い と云う言葉で 言い表す

観て 考えるさせられる モノ も
面白い と 言い表す 場合も 有る

笑うのではなく 泣かされるのも
面白い と 言い表す場合が 有る

感動した作品も 当然 
面白かった と言い表す 

考えさせられた を 面白かった 
と 感じる場合も 有る

面白い には 色々なものが 有る

同じように つまらないにも
いろいろな つまらない が 有る

一体 「可児君の面会日」は どうだったのだろうか

     

            今回 着物に関しては徹底して
            キチンと着る
            その事に こだわった
            大変だったが 女性は 
            着物を着られるようになった と 思う


・・・よく 解らない・・

と云うのが 大方の 見方かも知れない

しかし 面白かった 
と 言って下さった方も いらっしゃった

若い方ではなかった

今時の 若い人たちは どう思ったろう

芝居は 百人の見物が居れば 百の見方が有る
けれども 上演した側が それを云ってしまっては
話が そこで 終る

僕は 或る人の芝居を観て
批判めいた事を言って 反論(?)された事が有る
「芝居には 色々の見方があります
 それは 当然の事
 あなたのような 見方も
 有っていい でしょう・・・」
と 強く 言われた事が 有る
(メールでの やり取りだったが) 
そう言われてしまうと もう 言葉は返せない
話が そこで 終ってしまう

至極 当たり前 の 事だからだ

芝居の見方は 観た人の数だけ 有る
これは 当たり前の事だ
当たり前の事を 言って 回避しようとするのは
傲慢に 感じる
芝居の作り手が 傲慢では いけない

芝居には 色んな見方が有る
その言葉は 時に 芝居を作った側にとっては 
禁句 の事も有ると 僕は 思っている

色んな見方をしたお客様の言葉を 
作った側は 聞く必要が 有る

分析して 聴く必要が 有るのだ

勿論 反論しても 構わないと思う
しかし 「芝居には色んな見方が有って当然」
と 釘を刺すように 言ってしまうのは 
少し 違う気がするのだ
開き直っているように 聞こえる

もう 聞きたくない と云う思いを感じてしまう
イヤ その時 そう言われて そう感じたのだ

だから 僕らは 作った側の人間は
これから 謙虚に 観てくださった方々の感想を
聞く必要が 有る 

     

            開演前
            男性も 着物は大変だった
            着終わったあと お互いに 確認


自分たちの作った芝居が どうだったのか
何時も 云う事だが
有る時間が過ぎないと 解らない場合が有る

ただ 感触 と云うモノは 確実に有る

感動してもらえた時は 終って 
劇場をあとにする様子で 分かる

SCARECROWS・LEG は 四回目である

公演の様相に ひとつの形が出来て来た事は確かだ
その確かな 感触が 今回 有った
これから 回を重ねるに従って
ますます 内容の充実が 要求される

「動員挿話」は
岸田國士氏の 作品の中では 異色だと考えていた
稽古が進む中 いやいや いやいや
やはり 岸田國士氏の作品だと 思った

岸田國士氏の描く女性像は 絶品である

または 岸田國士は 女性を描く事に
まっこと 優れている とも云える

優れた文学作品は 女性を描けているかどうかだ
なんて 言う人の言葉を聞いた事が有るが
ひとつの真実 だと思う
逆に 女性が描けていない作品はダメだ とも
聞いた事が有る

岸田國士氏は どうして これほど鮮やかに
しかも深く 時に生臭く 時にさらりと
女性を 描く
その才は 素晴らしいに つきる

「動員挿話」の主人公 数代は
ある意味 もの凄いと云える女性像だと思う

そう云う像に出会えた俳優・女優は 幸せである
何せ その人物を 演じるのである
演じるチャンスに恵まれるのである

そう云った事が 若い俳優諸氏の中には
全く 解らない諸氏も居た
が 今回 その事に気が付いた諸氏も 居た
実は 気が付いた人が居たと云う事が
この公演をやった側から 言えば
やった甲斐が 有った と云う事になるのだと
思う

実は それが これから役に立つ
四回目にして ようやく そこまで来たのだと思う

     

            「動員挿話」ひとつのシーン


今年 レッグは 四月と十二月 二回 上演した
かなり きつかったが
上演して 良かったと つくづく思う

来年は 6月に レッグの公演を予定している

若い人たちは 理屈無く ドンドン芝居作りを
しなくては 力が つかない

終ってみると 僕が一番 叩かれ 鍛えられた

何時も そうだ

もう 来年の公演に向かっての準備は
始っている

     

            SCARECROWS・LEG 4回公演
            空舞台
            今回 なかなか良い舞台美術だった
            と 思う



SCARECROWS・LEG 四回公演 [2011年12月06日(Tue)]


演技塾 SCARECROWS・LEG の稽古がいよいよ
終盤に入った

間もなく ギャラーへ行く

実は 何時もよりギャラリーへ入るのが
若干 遅い
ギャラリーでの稽古が 若干 少ないと云う事になる

     

            今回稽古場では時間があっという間に過ぎる
            稽古風景を写真に写している暇が無い
            全く関係ない ススキの写真
            先日 会津で 写してきたものです



終盤の稽古は 何時もながら
最も重要である
と云っても その人にとっての これまでの稽古への 
向き合い方の結果が 出て来るに過ぎない

芝居の稽古は 苦しめばいい と云うものでもないし
また 苦しんだとして その結果が 今度の芝居で
出てくるとも 限らない
しかし 苦しんだだけのものは 必ず出て来る
何時か 必ず 出て来る

今回は リマックスの
八百屋杏さん 中村徳也くん 松重 慎くんの参加が
大きかった
レッグの若者は 刺激された
今までの かかわり方が モノを云って来る
いくら刺激を受けても 受けるだけと云う事も 有る
日々のレッスン 今までの公演 毎日の心積もり
それらのなかで 確実に自分のスタンスを守り 
自分の演技を求めるべく努力していた人には 
その刺激が 結果につながる

不思議なもので 確実に つながり
びっくりするほどの 力を 見せる

現に 今回は 感触を掴み 現れている人が居る

そう云う人が 現れた時
僕は 嬉しいし LEG を続けていて 良かった
と 心底 思う
無駄ではなかったと 心底 思う

     

            これは近くの川沿いの枯れススキ
            ここら辺りは 一面セイタカアワダチソウに
            覆われて ススキは 少ししか出ていなかった
            数年前から 市の委託だろう
            造園の人たちが きれいにした
            今は ススキも 大分 増えた


     

僕達のしている事は 学生の文化祭ではない
プロとは決して 云えないが
素人芝居を作っているのでもない
限りなく プロに近づくよう 作っているのだ

どうしても 楽な方に 楽な方に 流れていく人も居る

ここまでの稽古で 先が いまだに見えない人も居る
が 分からない
本番の幕が開くまで 千秋楽の幕が閉じるまで
芝居は 分からない

今年は 3月11日の 大震災が有り
これからの先行きを これほど考えた年は無かった
タフになるしかない
そんな想いに至った事は もう既に このブログに
書いたけれども
そう 簡単に タフには なれない

でも 心も 身体も タフに ならなければダメだ
その想いは 変わらない
タフにならないと 立ち向かって行けない現実も 
変わらない

今回 若者たちと 岸田國士の作品に挑戦して
若者たちに その タフ が 欠けいる事に
気がついた
著しく 欠けている
ひ弱さが 見え隠れして
既に年老いた僕に比べても タフさが 無い

芝居作りの様々な困難
それらに立ち向かうには ひ弱だ
まさに タフになるしかないのだ

     

            ススキの写真をもう一枚



僕は 二十歳前後 芝居の学校で
上野球と云う先生に
「お前達は 二十歳の老人だ」
と 言われた事がある

若いある時期 自信もまだ持てなく
ただ ウロウロと 思い惑う時期が有る事は 確かだ

それとは ちよっと 違うものを
今の 若者たちには 感じる
それとも 同じなのだろうか・・・・・

若者たちにとって 今の時代は 非常だ
バイトを しても しても お金は貯まらない
お金がないと 芝居は 出来ない

ここは 知恵比べ だ

僕は 若い頃 時間給のバイトをあまりしなかった

やればやるだけ お金になるバイト
仕事を 選んだ
古紙が不足していて ちり紙交換が儲かる時は
すぐ 安い軽自動車を購入して
ちり紙交換をやった
面白かったし 儲かった 
自由に休む事が出来て 芝居をする事に
支障は 無かった

路上で 物売りもした
看板屋の仕事を 受けで やったりもした

バイトの数は 人に 負けないほど やっている
自慢になる事ではないが
とにかく 金になる仕事 好きな時に休める仕事
そればかりを 選んだ

芝居の出来る状況が 僕にとっては
最も 重要だったからだ

今は そう云った仕事が 少ない
確かに 芝居をしようと思っている若者にとって
いい時代とは 言えない
が それでも 知恵を絞って
仕事を 選び タフさを身につけないと
時代の波に 飲み込まれてしまう
流されてしまう

自分を鍛えるのに 芝居作りほど 格好なものは
あまり無いだろう
勿論 普通の仕事だって 
就職すれば 甘くは無い

     

            雪を待つ 山 田んぼのあぜ道



どうすれば タフになる事が 出来るのか

理屈は 無い と 思う

芝居作りの場を 出来るだけ沢山 獲得する

それに尽きるかも知れない

出来る限り 数多く 芝居作りに参加する
その為には 知恵を絞るのだ

言葉で こう 言えるだけで
その先は 個人個人の 努力しか 無い
個人個人の 方法を取るより 無い

どちらを向いても 厳しい現実ばかりだ

芝居作りの時間は 苦しくも有るが
楽しさも 苦しさの数倍 有るはずだ
芝居作りをしているこの時間を
大切に送らなければならない

若者たちに エールを送りながら
歳に負けないよう 僕も 頑張る

     



SCARECROWS・LEG 第四回公演

岸田國士作

「可児君の面会日」
「動員挿話」

日時 2011年 12月15日(木)〜 18日(日)
場所 ギャラリーTSUKASA (西武新宿線・東伏見駅徒歩5分)
料金 前売り・当日 2000円

   15日(木)    19:00
16日(金)14:00 19:00
17日(土)14:00 19:00     
   18日(日)13:00 
5ステージ

     開場は開演の30分前です


演出    上田ボッコ
  照明・音響 水谷彰利
  照明操作  保科由佳
  音響操作  堀川恭子
  宣伝美術  岡見文克
  題字    うえだみずえ
  制作    SCARECROWS・LEG 制作部
  
  協力 ギャラリー・TSUKASA
   SCARECROWS
  株式会社リマックス
  東京演劇アンサンブル
   飯島孝太郎
  早川 周

  出演 高安有紀(レッグ)
     小玉知弘(レッグ)
     萩原圭吾(レッグ)
     八百屋杏(リマックス)
     中村徳也(リマックス)
     松重 慎(リマックス)
     伊藤和恵
     佐藤昭太
     黒田祥一郎(ひまわり)
     佐藤みのり

  チケット申し込み
     TEL・FAX 042-392-4812
090-3003-5419

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  ご期待下さい ! ! !        




SCARECROWS・LEGから [2011年11月27日(Sun)]


SCARECROWS・LEG 第四回公演のお知らせ

     

            SCARECROWS・LEG 第四回公演
            チラシ 表


四月に引き続き LEGでは 岸田國士の作品を
二題選び 上演する事になりました

「可児君の面会日」
「動員挿話」

の二作品です

稽古は中盤から 後半に向かっています

今年は 3月11日の大震災が有り
原子力発電所の事故による 放射能の不安は
いまだに 何一つと言っていいくらい 
拭い切れてはいません

そのような時 芝居を やります

生きて行く上で 様々な選択肢が有る中
私は 芝居をして行く事を 選んで生きています

今も昔も 等しく 政治などは 当てに出来ません
(かと言って 私は 選挙を 棄権したコトは
 今だかつて 一度も 無いのですが・・・)
 
今 心も 身体も タフ になる
それを目標にして 居るのですが
なかなか どうして タフになるコトは難しい
しかし これからの時代 タフになる事を
より強くなる事が 求められている

そんな風に 思うのです

私には 芝居を し続けて 生きるより
方法が 無いようです

そんな想いを込めて また 芝居をします

     

            LEG 稽古風景
            松重 慎(リマックス) 高安有紀(レッグ)
  

今回は LEG の若者に
リマックスの若者が 参加してくれています
彼らの芝居に対するスタンスの確かさに
LEG の若者は 刺激されっぱなしです

頑張らなければなりません

やっぱり 頑張らなければなりません
若いうちは 特に・・・・・

     

            チラシ 裏面

岸田國士作

「可児君の面会日」
「動員挿話」

日時 2011年 12月15日(木)〜 18日(日)
場所 ギャラリーTSUKASA (西武新宿線・東伏見駅徒歩5分)
料金 前売り・当日 2000円

    15日(木)      19:00
    16日(金)14:00 19:00
    17日(土)14:00 19:00     
    18日(日)13:00 
5ステージ

     開場は開演の30分前です


  演出     上田ボッコ
  照明・音響 水谷彰利
  照明操作  保科由佳
  音響操作  堀川恭子
  宣伝美術  岡見文克
  題字     うえだみずえ
  制作     SCARECROWS・LEG 制作部
  
  協力 ギャラリー・TSUKASA
     SCARECROWS
    株式会社リマックス
     東京演劇アンサンブル
     飯島孝太郎
     早川 周

  出演 高安有紀(レッグ)
      小玉知弘(レッグ)
      萩原圭吾(レッグ)
      八百屋杏(リマックス)
      中村徳也(リマックス)
      松重 慎(リマックス)
      伊藤和恵
      佐藤昭太
      黒田祥一郎(ひまわり)
      佐藤みのり

  チケット申し込み
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           チラシに使用した写真を一枚       

     

会津へ [2011年11月14日(Mon)]

3月11日 あの大震災が有って 原発の事故が有って
以来初めて 生まれ故郷の 会津へ行って来た

東北自動車道は 西那須野の辺り
まだ 工事をしている場所が 結構 有った

浜通りの方へは 時間も無く 行けなかった
車も 乗せていってもらったので 楽だったが
自由には ならなかった

     

            裏磐梯
            遠くに見えるのが裏磐梯
            磐梯山は裏が二つに割れている
            噴火したのだ
            表磐梯に向かうに従って 
            山がひとつに見えるようになる


会津は 晩秋 だった

まだ 雪は降らないが 秋は終わりに近く 
冬へと 移りかけていた

あの震災で お墓が 倒れてしまい
新しく 作り直したと云う事で 兄弟が集まった
このせわしない2011年と云う年の 混沌の中で
きょうだい達は みな 歳を取っていた
僕は末っ子だが 僕も 充分歳を 取っていた
まあ 年寄り達が 集まって賑やかだった
楽しい 時間を 過ごして来た

会津の四季の中で 晩秋が最も好きだった
しかし この季節に帰省したのは 何年ぶりか
・・・思い出せない
もう十年とか 二十年とか
この季節は 帰っていなかったと 思う

母が 他界したのは この季節だが
既に 二十七年が たつ
あの時から この季節は 帰らなかったのか
思い出せない

法事は この季節を ずらしていたから
ホントウに 随分と 会津の晩秋を見るのは
久しぶりだった

     

            裏磐梯
            てっぺんに雲がかかっていた
            雲間から頭が見えると 雪が見えた


何処も しんしんと 静かだった

実家のお墓は 山の傾斜にある
と云っても すぐ近くに 駐車場の沢山有る 
お城のようなパチンコ屋は出来ているし
道路は 何処もかしこも 立派になって
昔の面影は 探さないと 見つからない

お墓から 会津若松の町の灯が キラキラ 見えたものだ
商売をしているから 昼間 墓参りなど 出来ない
ようやく 墓参りの頃は 日が落ちる頃になった
キラキラ光る 若松の灯が 綺麗だったのを 思い出した

あの地震で その斜面のお墓は 結構 倒れたと言う
ところが そこから見える田んぼの向こうに有るお墓は
ほとんど 倒れなかったと言う
五百メートルも 離れてはいない

地震の揺れの 複雑さを見た思いがした
ほんのわずかの距離で ズレが・・ ゆれが・・
微妙に 違うのだと 思った

     

            遠くに盆地の山々が連なる
            夕方になると チカチカ 明かりが見える
            それが 会津若松の町の灯


僕のデジカメで 車の中から写した写真では
分かりにくいが
紅葉は 既に 終わりだ
が 紅葉が終わり 雪を待つ時期が
何故か 僕は 最も好きだった
雪はまだで ホントウの そんな時期までには 
あとほんの数日が必要だが
季節の実感と 空気の変化を感じるには充分だった

晩秋と云っても 小刻みに 変わる

行った日は 磐梯山のてっぺんに雲がかかって
すっきりとは 見えなかった
次の日 ようやく 姿を見せてくれたが
てっぺんに 雪が 見えた

この磐梯山が 冬には 真っ白に・・
と云うより 銀色になる
銀色の磐梯山に 夕焼けが当たる
その夕映えの美しさは 何ものにも例えがたい

僕は 生まれた土地が好きで 16 7歳の頃か
高校を卒業して 東京に出て来るのが イヤだった
ホントウに イヤだった

あの時は 辛かったな と 今も 思う

生まれた土地 そのものが 好きだった
離れたくなかった
要するに 僕は 根っからの田舎モノ なのだ

太陽の光が 雲間から現れ しばらくすると
陽だまりは 暖かさで包まれる
まだ 暖かい

磐梯山は 雪で真っ白になっても
我が家のある辺りに 雪が降るのは 年末か 正月過ぎ
年末に降る事が 多かったような気がする

根雪になると 白一色の世界が しばらくは続いた
生活するには 厄介な事が 沢山有ったが
雪の中の生活も 嫌いではなかった
とにかく 美しい

     

            紅葉は 終っていた
            晩秋は しんしんと 静かだ


晩秋の様相も 変わったと思った
その原因の ほとんどが 道路だ
昔の話をしても 仕方が無いが
昔は こんなに どこもかしこも 道路ではなかった

昔は 道と云った方が 相応しい気がする
・・・道 道 
・・・そうだ道だった

今は まさに 道路だ
ひとつの地点に行くまで 行く通りもの道路が有る
しかも みな 立派だ
何処へ行くにも 近くなった
便利には なった

会津盆地を見渡せる場所がある
土地全体の形状は 変わってはいないだろう
ただ 我が家から見える磐梯山の前は 変わった
すっかり変わった

表磐梯が 何ものにも妨げられず 見えたものだ
今は 建物が 多くなり すっきりとは 見えない

毎朝 毎晩 この山を見て過ごしたコトを
思わずには 居られなかった

ま 帰るのも 高速が出来て 速くなった
当時は 十一時間かけて 東京へ行ったものだ

今 車だと 三時間半で 自宅まで着く
仮に 新幹線で郡山から乗ったとしても
同じぐらいの時間で 着いてしまう

いつでも 帰る事が出来る はずなのに
これが 今 なかなか 帰る事が 出来ない
こちらには こちらの生活も 有る
そんな事実が ながーい 年月・・・
時間の流れ去ったコトを 実感させる

     

            表磐梯


はてさて 次は いつ 帰省出来るだろうか
元気で 居ようと 思った 





めまい 再び [2011年11月07日(Mon)]



            近頃の空
            SCARECROWS・LEGのチラシのため
            近頃の空を かなり写した


僕のブログをさかのぼると めまい についても
耳鳴り についても 既に 書いている

2008年 4月 だから 既に3年半前も めまい を
起こしている     

朝 起きた瞬間 頭の重さが 違う
メッチャ メッチャ 重い
頭を 右に 左に 下へ 向けようものなら そのまま
頭が 向けた方へ 行ってしまう

実は これは 話しているより ずっと 辛い
もの凄く 辛い
何よりも もの凄い不安を伴う

起きる事が 出来ない
イヤ その日 ようやく起きた
布団も上げた
歯も磨き 顔も洗った
・・・そこまで ・・限界だった
ソファに 横になろうとした
当然 腰を下ろし 頭を後ろへ 横になろうとした
吐き気も する
だが 吐かなかった

首をソファのひじ宛に 持って行くと 
もう 世界が 後ろへ ひっくり返る
嫌な 汗 が出る

もう 我慢できなくて 携帯で家内の会社へ電話

これは してはいけないのだが もうどうしょうも無かった
彼女は 忙しい

隣の医者に 彼女の方から 電話してもらった
 
僕は 着替えて ナントカ 隣の医者へ行った
既に 待っている人たちが居たが すぐ見てくれた
と云っても 血圧を測って 話を するだけ
先生は すぐ 紹介状を書いて下さって
大きな 病院へ 行った

これが 嫌いなのだ
ナントカ 隣の先生の所で ならないかと思った
が 今回は ダメだった
「とにかく キチンと 頭を 見てもらいなさい」
と 言われた

     

            川沿いを歩く
            この写真の中に 亀が二匹居る
            残念ながら どちらも ミドリガメのタグイだ
            日本古来の ドロガメとか クサガメは
            もう見るコトが 難しくなってしまった
            ミドリがメを 川に放しては ダメだ
            数年前なら 既に 亀は冬眠に入る頃
            いまだに 甲羅干しをしている



大きな 病院は まるで満員電車だ
しかし すぐ 神経内科へ
ここも 満員 
もう お年寄りばかり
若い方がいるかと思うと 付き添いの方

イヤイヤ 何を言っている
僕だって もう既に 立派なお年寄りだ

三時間 松 イヤ 待つ

MRI で まず調べてから診察しますと なり
エレベーターで 地下へ 行った
ここも 松 イヤ 待つ
急患の人が 多いと言う

「水を買って来ます」と言いながら
ふらふらと エレベーターに乗る
一階で 出ようとすると 白い征服の技師さんだろう
若い男性 エレベーターの前で 待っていた
「今 調度 空きました
 水を買っていると また 待たなければなりません
 どうでしょうか」
と 言ってくる

「ハイ お願いします」
と 二人で エレベーターで地下へ 戻る
「私を追いかけて 階段で来て待っててくれたのですか」
聞くと
「そうです」
「ありがとうございます」

なんてコトを 言いながら МRIの部屋へ

でも ふらふらしながら 僕は ありがたかった

若い技師の方だった

МRIは 初めてだった

嫌も何も 無い
ふらふら しながら 言われるままに着替え
何か 宇宙船のようなモノの上に 横になる
終始 僕は 力を抜いて 目を閉じていた

終って 再び 神経内科の前で 待つ

これは 間もなくだった
呼ばれた
女医さんだった
キビキビした先生だった

     

            チラシにはこの写真を使ったはず・・・
            デザインの岡見文克氏が直してくれて使った
            近いウチに キチンと掲載します


もう既に 僕の脳の中味は先生の前のパソコンの中だ

一つ一つ 説明して下さった

テレビでよく見るような 写真だ
血管だけの写真もあった
・・・あれは 写真とは 言わないのだろうか

「64歳にしては 大変 見事な 脳です」

これが 先生の発した最初の一言だった

その後 色々 写真を見て説明を受ける

結局 脳には 何一つ問題が 無かった
血管に 動脈硬化も見られない とのことだった
古い脳 隠れ脳梗塞 とかも全く無かった

めまい と云うのは 厄介だ
なかなかハッキリとした原因は つかめない

以前の時は 耳鼻科へ 行ったのだが
やはり 耳鼻科の領域かも 知れない

「あまり 気にしない事ですね
 寝ていると 良いのであれば 寝る事です」
と云うのが その場の 結論だった

この 世界のグルグルと巡る状態を 
気にしないでは 居られない
しかし 不思議なもので そう言われると
ふらふらしながらも これは 今 仕方ないんだ
と 思うだけで 少なくとも 不安は 無くなった

トナリの先生に 報告に行く
この先生は 我がことのように 喜んでくれる

家に帰って 寝た
一時間位 グッスリと 寝た
それで 治りはしなかったが 夕方から
稽古へ 行った

     

            鷺が四羽居る
            鷺が数羽で居るのを この川では
            初めて見る
            親子だろうか
            それとも繁殖の季節か・・・
            定かではない


病院へは さすがに バスを使ったが
稽古には 何時も通り 車を運転して行った

前のめまい時も そうだったのだが
車の運転は ワリと 平気なのだ
目線が ひとつに 定まるからだろうか
イヤ バックミラーだって チヨクチョク見るしな

とにかく あんまり考えない事にした
トナリの先生が 言ったように
急速に 首を 動かしたりせず 極端な動きを抑え
それからの一週間をおくった

頭の重さは 元々 有る
めまい に 似た状況がすっかり取れた訳ではないが
普通に生活できる状況には なった

僕は 自律神経が すぐ 失調する

自分の身体ながら 全く 厄介な身体だと何時も思う

耳鳴りもそうだ 
二十四時間 僕は 耳鳴りがしている
エッ ウソッ と思うかも知れないが 
ホントウです

夜中に起きても している
昼間静かにすると 聞こえる
と云うより 気が着く
気にしだすと どんどん 大きくなる

これが耳鳴りだと 知ったのも 実は最近の事だ
耳鼻科の先生に
「あ それ 耳鳴り」
と あっけなく言われたものだ
「あまり気にしないことですね」
耳鳴りも そう言われた
この耳鳴りは キーンと来るあの耳鳴りとは違う
言葉で言い表しにくいのだが
シーンと常に 音が しているのだ
誰の耳にも 聞こえていると僕はずっと思っていた

家内に聞くと そんな音 していない
と あっけなく言われた
それで これは 僕の耳にだけ聞こえている事を知った

耳鳴りで 苦しんでいる人は 意外と多い

自律神経 の 失調で苦しんでいる人も 結構多い
これは 様々な症状が出る

心臓の鼓動 
汗 ・・・逆にゾクゾクしたり
頭の重さ
胃の重さ
・・・・・・・・
特に辛いのは ユエ知れぬ不安感
この不安感が 僕は 最も 辛い

自律神経は 自分の力では どうにもならない
しかし 日常の送り方で 多少は
自律神経失調症を 防げる事 軽くやり過ごす 
スベを この歳になって 知った
多少では有るが・・・・・

朝起きた時から 分かる事も ある
アッ 今日 ダメってな具合にである
その時は 分かった瞬間から 全てをスローにする
僕は そうする
モノを考えるのも 突き詰めると 好くない
頭の中が グチャグチャに なる
だから 考えない
考えまいとして 考える
これも 辞めるのだ
難しいが そうする
そう云う悪い状態に 気づいた時は で ある

動きも 考える事も スローにする

良くない時は 午前中が 特に 注意だ
午後や 夜は・・・特に夜は 比較的 調子が良い

厄介な身体だと 思う

     

            今日は 空の写真をもう一枚


神経内科の先生の言葉を 思い出す

「64歳の脳にしては 大変 見事な脳です」

見事な脳
・・・・・・しかし 問題はその中味だな
MRIに映し出された脳は 
脳の中味 脳の思考回路 では ない

ン ン ン 
問題は 脳の 中味だ

最大の 課題だ

それにしても 厄介な 頭だ
もし を 思う [2011年10月31日(Mon)]

・・・もし・・

電話の もしもし ではない

・・・・・たら  ・・・・・れば

もし

もし あの時 ああして いなかったら
もし その時 そうして いたら

その ・・もし・・・ である

     

            ちよっと川のある処へ行って来た
            頭が疲れると 時々 行く


誰でも 考えるコトだと 思う
イヤ もし と云う考え 想いは一切持たない
そう云う人も 居るかも 知れない

実際 僕は あまり もし・・・だったら 
と 考えたり 思ったり しない方だった
そう云う意味では モノゴトに対して 
後悔しない方だと思っていた

処が 近頃 過去を振り返り もし あの時・・・・・
なんてコトを 考えている自分に ハッと気付く

例えば 二十代の頃 三十代の頃 を 思って・・

そんな時 
─ あれっ 俺 年取ったのかな ─ なんて 思う
そう思うコトで 自分を 誤魔化してきたのだ

掘り起こせば 幾らでも 出て来る─ もし ─を
考えられるだけ と云っても
この歳になると 無限に有るから
考えるのは ほんの一部でしかないだろう が
考えられるだけ 考えてみる
考えて その先 今の様相ではなく もし・・
の方向を 追っかけてみた

想像するのである
始めは 多少の 楽しさも 有った

十代 東京に出て来ないで 会津に居たら・・・

芝居なんか していなかったら・・・

もし あの人と 出会っていなかったら・・・

もし あの出来事が 無かったら・・・

もし 僕の身長が あと 十センチ 高かったら・・・

・・・・・これは もう きりが無い
日常的な小さなコトから 探ったりすると
際限なく 出て来て 目が回る

が そのひとつを 追っかけてみると
様々な 想像が 浮かんで来て 面白かった

     

            小学校では運動会をやっていた
            近頃はやたらにカメラを向けられない
            怪しい人に 間違えられる
            こっそり写しているから あまりよく撮れてないが
            凄い熱気だった
            これも気持ちが良い


処が 
処が である 夜 車を運転して帰る道
全く突然に その無意味さに 気付き 愕然とした

俺 何やっているんだろう
俺の考えている もし は 意味が無い

人間に 生まれて 生きて
・・もし・・・は 絶対に無い のだ !
幾つもの選択肢が有って 自分の意志で選んだとしても
自分の意志とは 無関係に そう云う風に
時間が 流れたとしても
流れた方向が 必然であって・・もし・・・は 有り得ない

絶対と云う言葉を 僕は あまり使わないようにしている
が 
・・もし・・・は ・・もし・・・であって
現実ではない
・・もし・・・は 人間の想像の産物で
実際は 絶対に 無い
無かった コト なのだ

何故 夜 車を運転していて そんな当たり前の事に
気が着いたのか 
よく 解らない
窓外を流れて行く 町の明かりが 気付かせたのか

気付いて 愕然としたのだ
驚いたのだ
かなり ショックだったのだ

自分を 幼稚だとさえ 思った 
 
     

            川原のコスモスの陰に居た子供と大人
    

タイムマシンが出来て 過去に戻れたら
その ・・もし・・・を 変えるコトが
出来る世の中が 来るのかも 知れない

ついこの前 光よりも速い 物質が発見・・
と云うより 発見された かも知れない
と云うような事が 報道された
もし その物質の存在が 明らかになったとしたら
アインシュタインの相対性理論は 崩れ
タイムマシンも出来るかも知れない
とのコトだが 僕が生きている間は まず ムリ
従って 関係 無い事 だろう

そのことを思うなら むしろ 原発のことを
考えなければ いけない

・・もし・・・に戻る
考えるコトは 自由だし 楽しい事もある
しかし それは あくまで 遊びとしてのみ有効だ

想いを 広げると
・・もし・・・は 過去ばかりではない
未来に対しての ・・もし・・・ も有る

これは 楽しい

タイムマシンは出来たとして 未来へは行けるとして
過去に行くのは 難しい
なんて 話も 聞いた事が ある
そのホントウの理屈は 僕には 全く解っていない

唐突だが
人間以外の生き物に ・・もし・・・の発想は
有るのだろうか

誰にも 解らないが 僕は 無いと思う

インパラが ライオンに捕まり
自分の身体に ライオンの牙が突き刺さる瞬間
─ ああ この木陰ではなく 
  あっちの木陰に居ればよかった
  もし あっちに居れば こんな事にはならなかった ─
なんて 思うとは 考えられない

ライオンに噛みつかれて 倒れたインパラが一瞬
頭を 上げ 上空を見る

映像でしか 見たコトはないが
ああ云った瞬間の姿 特に目の輝きには 
インパラの潔さを 見る想いがし 頭がさがり
僕は 食べられる弱い動物の 言葉に出来ない
かっこ良さを 感じる

あの瞬間 ・・もし・・・なんて考えているとは 思えない

     

            もう一枚 川沿いの写真を


鳥にも 魚にも サルにも 昆虫にも
人間以外の生き物に ・・もし・・・を考えるモノは
居ない と 僕は 思う

だから 確かに ・・もし・・・を 思うことが出来るのは
人間だけなのだ

全ての生き物は 本能に従って 生きる

はてさて 方向を変えて考えてみると
もし を考える事が 決して幼稚な事ではない
と 思えて来た

・・もし こう云う事が出来たら これは こうなる

・・もし の ネガティブな部分だけを言って来たが
この ・・もし によって 科学の発展は 
有ったのではないか
イヤ そうに違いない
そうなると もし は 方向を変えて考えると
人間にとって こよなく 大切なポイントではないのか
なんて 思えて来た

社会が 発展して来たのも 果ては文化でさえ
もし の恩恵が 有るのではないだろうか

細かく 細かく 考えてみると 
人間が発展して来た陰には ・・もし・・・の発想が
有ったのではないか

もし は 想像を かき立てる面も かなり 有る
だから もしを考える事が出来る人間だけが 
進化 と言って良いだろう を して来た
と 考える事も 出来るのではないだろうか

ちょっと 頭が 混乱してきたが
この・・もし・・・の効用は 
もっと もっと 考える価値が 有りそうだ

想いが 今日は 変転する

     

            SCARECROWS・LEG第四回公演のチラシ
            改めて これは また 掲載します




十月も半ば [2011年10月15日(Sat)]


十月も半ばになってしまった

     

             近頃の空


季節の巡りが 早い
つい先日 金木犀の下を通ると
緑色の粒々が 現れ始めた
と 思ったら 金色の小さな花になり
あたり一面 香りが 凄かった
が それもアッと云う間に 終わり
小さな花は 地面に散らばった

空を見ると 何故か シラッパしい
白っぽいのだ
SCARECROWS・LEG 十二月公演のチラシの為に写真を
と デジカメを 空に向けるのだが 
青さが 足りない
もう少し 寒くならないと 空は澄まないのか

そうかも 知れない

季節の巡りは 色んな事を 感じさせる

     

            台風の風で根っこから倒れる桑の木
            今年は アチコチの桑の木が
            風の影響で 倒れている
            桑の木は 根が浅いのだろうか


春 桜が咲けば 
来年も 元気で 桜が見られるだろうか
初夏 桑の実を取って 桑の実酒を作れば
来年も 元気で 桑の実酒を作れるだろうか
この頃は ギンナンの実を 拾う
来年も 元気で ギンナンの実を 拾えるだろうか

季節の巡りの中で ここ数年は そんな事を考える

僕も そう云う歳になった

しかし 今年はそう云う想いに 天災の事が
現実問題として 割り込んで来る
今年と云う年は 日本に住む人々には 
忘れられない

イヤ 戦後 戦前 を 含め
人間が生きて行く中には ずうっと 昔 昔 から
この 天変地異への畏敬の念が 有ったのだと
改めて 思うのだ

忘れていただけなのかも 知れない

天災は 忘れた頃に やって来る
と云う意味を 身を持って 知る

原発の事故は 人災だ
大震災に 全く 余計なものとして
のっぴきならない事実として 起こった人災
おそらく 僕が生きているうちには
解決しないだろう 人災
ただ ただ 呆然とする

     

            また 別の日の空
            すっきりと蒼くない
            何となく 白っぽい


人間は もっと もっと もっと
天変地異に対して 恐れの念を持つべき
かも知れない
恐れの念 畏敬の念 を 忘れてはいけない
ような気がする
そのために 備えの心を持たなければ
・・・なんて 思ったりも する

季節の巡りに対する想いは 
また 別なもののはずなのだが
どうしても 話が 天災の方に行ってしまう

そこここに 彼岸花が咲いていたのに
これもまた もう 見当たらない

十月になっても 手長エビ釣りには 行く
もう 二度行った

さすがに シーズン中のようには 釣れない
大物も釣れなくなる
釣れるのは 比較的 小さい
シーズンがドンドン 遠のくと
もう 小さいモノしか 釣れなくなる

特に 台風の後は 全く 釣れない
川の水が 白く濁り 水かさが 増している
そう云う時は 釣れない
一 二匹は 釣れる が 釣れなくなる

台風が去って 十日ぐらいはかかるだろうか
何時ものようになるには
手長エビにしても 魚にしても
台風で 川の水が増し 急流に変化した時
何処に居るのだろう と 何時も 思う

流されるモノも 居るのだろうが
二週間もすれば ほとんど何時もに 戻る
大災害になれば やはり 変わってしまうだろう
あれ以来 釣れなくなった とか
あれ以来 釣れる様になった とか
自然は 何時も 流動的なはずだ

     

            SCARECROWS・LEG 或る日の稽古
            まだ読み稽古
            今回は 春に引き続き
            岸田國士に挑戦している
            十人の若者でチームを組む
            読み稽古は その場に出ている人が
            机に行き 読むようにしている
            この写真の次の日から
            和服での読み稽古になった


穏やかが 一番
とは 思うが なかなか そうは行かない

SCARECROWS・LEG 12月公演の稽古が 始っている
今回は 塾生の他 初めての若者が 多い

岸田國士の作品を 二題 上演する

「動員挿話」
「可児君の面会日」

この二題だ

もう少ししたら 委細を掲載したいと思っている

     

            どなたがお作りになったのだろう
            稽古場に借りている施設のロビーに
            飾ってあった
            こう云うモノは 人の心を 和ましてくれる