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時の過ぎ行くままに [2008年12月31日(水)]
僕には 人力車に乗った記憶が 有る
いや 乗った記憶 と云うより
その中の記憶 人力車の中に居る記憶
の方が 正しいか

つまり 人力車が 走っている
その揺れとか そう云うものは
覚えていない

しかし 明らかに 人力車の中に居る記憶だ
勿論 走ってはいたのだろう
が 記憶は あくまでも 人力車の中だ

     

          大晦日の今日は少し冷えるがいい天気だった
          これは マンリョウ だったか
          センリョウ だったか
          そんな名前だったと思う


今 浅草辺りへ行けば 人力車に 乗れる
観光として 走っている

僕の言っているのは 浅草の今の人力車 ではない

紛れもない 昔の人力車だ
戦後 間も無くだろう
昭和二十一年の十二月に 僕は生まれているから
記憶は その後 数年の間のものだろう
小学校へ入る ずっと前だ

もしかして 生を受けて 
一番始めの方の記憶 かも知れない

人力車に乗っている記憶
・・・それは こよなく 暗い
毛布か布のようなものを 誰か掛けてくれた
その毛布のような物の 湿り気・・・
ある重さ・・・
それを 記憶している

その湿った感じが あまり心地よくない
いや むしろ 嫌だった
嫌だった ものとしての 記憶があるのだ

暗い と云うのは 人力車の傘を 開いていたのだろう
と思う

     

          梅ノ木
          早咲きの梅か ?
          蕾が随分膨らみ
          数個 咲いている梅がいた


もしかしたら 母の膝の上だったのかも知れない
それも 雨だったのかも知れない

僕の家は 裕福ではなかった
人力車と云えば 裕福な人が 乗る
そんなイメージがある
何か 人力車に乗らねばならない理由が
有ったのかも知れない

こう云った話は 母が生きている内に
聞いておくべきだったと 今 切に 思う

もしかして 
「えっ あの時の事を お前は
 かすかでも 記憶しているのかい ?」と
母は 驚いたかも知れない
それほど まだ小さい時だった ような気がする

汽車に乗って 母に連れられて 会津若松までよく行った
駅の脇に 人力車が 数台 止まっていた
その記憶は より鮮明だ
それは 少し僕が 大きくなってからの記憶だからだ

僕の住む村から 会津若松までは ひと駅だった

暮も押し詰まって 小学生・中学生の同窓生
Kさんと 飲んだ
二人きりの 忘年会 
僕が 唯一 今付き合っている同窓生だ
彼とは 時々 会って 飲む
芝居も ほとんど 見に来てくれる

飲みながら 彼に その人力車の話をした
彼は 会津若松の駅に 人力車が止まっている
その記憶は 無いな と言っていた

     

          何時もの場所
          富士山が 写っているのですが
          今日もまた 写真に写しても 分かりにくい


記憶の話を しようと思っている訳ではない

今 六十二歳
その 六十年余りの 時間の事を 
思ってみようと したのだ

時間には 切れ目が 無い

科学が 発達して 実は 時間にも
プツプツ 切れ目が 有って 
我々が 感じられないだけ なんて事に
なる日が 来るかも知れない
が 今は 時間に切れ目は 無いと言っていいだろう

大晦日だ
今日で 2008年が 終わる
明日から 2009年が 始まる訳だ
時間に 切れ目は 無いが
人は 地球と 太陽の廻りに 合わせて
一年と云う 区切りを 作った
その区切りの 一年が もう間も無く
終わろうとしている
同時に 次の 一年が 始まろう としている

こうやって 一年 一年 送って来て
六十二年 経った事を 改めて思ってみよう
としたのだけれど
それって どう云う事なのか
よく分からなくなってしまった

それで 限りなく 六十年前に近い
自分の記憶を 辿ってみたら
人力車の 記憶に 辿りついた
と云う訳だ

何の事は 無い
僕は また 生きて行く

     

          我が家のベランダに咲いたアロエの花
          これは 以前 紹介したかも知れません
          まだ 咲いています


この大晦日の感じ
お正月を迎えようとしている感じ
すっかり 変わってしまったと 思う

むしろ その変わり様が
六十年 と云うもの かも知れない

くるくる廻る人力車の車のように 時間も 廻る

はてさて 来年は どんな年に なるのだろう
今年 世の中は まさに混沌としていた
逃げ出したく なる ほどだ
しかし 逃げ出す訳には 行かない
おそらく 明日からやって来る 来年は
混沌の 深さが ますます 増すだろう

     

          はてさて 明日からは
          お正月です
          皆様 来年も よろしく

 
2009年と云う年から 逃げ出す訳には 行かない
せめて 元気で 空元気でもいいから
元気に 元気いっぱいに 自分らしく 
ちょっと のんびりと 
生きて行きたい


冬の水槽 [2008年12月25日(木)]

冬の水槽は 静かだ

冬は ほとんど ほおって置く
勿論 餌は やる
が 他の季節ほどは やらない

水槽の中の生き物は 冬を 比較的 静かにおくる
手長エビも 少しは食べるが
冬は 比較的 食べない

     

          この水草には根っこがありません
          一センチ以下の小さい水草が 絡まり合って
          離れずに 大きく なります
          始めは 網の中に 入れて置きます


実は ここまで 生き抜いてきた手長エビは
水槽の中では 少ない
残っているのは ほんの 数匹だ
脱皮で襲われたり 何かの理由で 
死んでしまうものも 多い

冬は 死なない
ほとんど ほおって置いても 死なない
水温が上がる夏が 本当は 危ない

水温の低い日々は 動きも活発ではないし
隠れている事も 多い
水槽を 掃除する時 
居ないなと 思っていたのが 
意外と 隠れて 居たりする

その代わり 冬に 育つ
大きくなる 水草が ある

夏に ドンドン 大きくなる水草も有るが
水温が 下がると同時に 
この僅かな 蛍光灯の明かりで
ドンドン 育つ 水草も 有る

これには 何時も 不思議さを 感じる

     

          始めは こんな形で 水面を漂い
          蛍光灯の明かりで 少しずつ 大きくなる


写真の水草
これは 数本が絡まり 水面に 浮かんでいる
一本 一本を見ると
長さは 一センチも 無い
根を つけない
それが 何時の間にか 固まり合って
親指の先ほどの 大きさになる
水槽の中を くるくる ゆっくり 廻りながら
浮かんでいる
ある大きさまで 増えると
ドンドン ドンドン 大きくなる
ほおって置けば 水面を 覆ってしまうだろう

僕のあみ出した方法は
有る程度増えた その水草を 金網の中に
閉じ込める
又は 網状のもので 袋を作り 石を一個と
その水草を 入れておく

すると どうだろう
一 二ヶ月 かかるが
網目をくぐって 水草が 湧き出るように 増える
網目も 袋も 見えなくなる
そして 最終的には 網の中から 袋の中から
数ヶ月すると
ほっかりと 大きな 水草の塊が 抜け出て 浮かぶ

これは 見事です

この水草の名前 原産地 ほとんど 知らない
多分 始めは 買った水草
ホテイアオイの様な物に くっ付いていたのだと 思う

     

          金網で 覆っていたものが こんなに大きくなる
          やがで 金網から抜け出て 浮かぶ
          もう間もなく 金網から 離れる


僕は 水草を ほとんど 買わない
水槽の中で 水草は 増えて行く
チヨキンと切って そのまま 水槽の底に
差し込んで置くと 根を張る 

ほとんどの水草が そうだ

増え過ぎた水草は ガバッと取って
バケツに水を入れ その中に入れ 
ベランダに ほおって置く
すると 水草は ひとりでに 増える
形は 良くない場合も 有る

曲がって育ったり 絡まり合って育ったりする
それでも そのまま ほおって置く
幾本かが 水面に出て 育つ
それは 真っ直ぐ 伸びる
それを ちぎって 又 水槽の中に 植える

何年も 水草は そうやって 増やし
水槽の中に 植えるやり方を して来た
今は 面白い水草が 売っていたりする が
結構 値段が 高い

そう云うものは 植えない

川から 取ってくる事が出来る水草も 有る
もの凄い速さで 増える
増え過ぎて 水槽の中が 
水草だらけになった事も有る

     

          増えて大きくなった水草
          上から写したものです
          こんなに大きくなります
          見事にくっ付き合って 離れない


水槽の中は 所詮 本当の自然とは違う
狭い 狭い 世界である

汚いコケも 生えるし
水カビも 生える
何だか訳の分からないような 虫も湧く

ガラスの面は 常に ミズゴケがつく
水草を 沢山 増やせば 増やすほど
ガラスの面は コケか カビで 曇る

水槽は 水を 循環させてはいるが
それも 限度が 有る
だから よく見て 掃除をしてやらなければ
いけない
そう言いながら 僕は あまり 掃除をしない

仮に 手長エビが 死んでいても
そのままにしておく事も 有る
勿論 全て そのままにしては 置かない
でも 結構 そのままにしておく

解けて 何時か みずの養分にする
が それは あまりいい事ではないかも知れない
やはり 死んでいたら 取り上げて
処分しなければ いけないと 思う

一度 循環器の中に 薬を 入れて置いた事がある
今は そう云うモノが売っているのだ

コケが生えない
そう云う 薬だった

確かに ガラスの面にも 中の石にも
むしろ コケが生えず 綺麗になった
それでいて 生き物は 死なない
が 一月もしない内に
水槽の中の 水草まで 
白くなって ・・・何時しか 消えた
水槽の中が 石だけに なってしまっのだ

僕は 怖くなった
注意書きを よく読んだが
怖い事が 書いてある

これは ダメだと 思った
しかし その水槽の水を 捨てていいものか・・・

メーカーへ問い合わせた

捨てて構わないと言う
国の認可は 取ってあるので 捨てて構わない
と言う
本当は これは 怖い

あれは あれから 二度と 使っていない

枯葉剤に近いものが 入っていたのでは
と今では 思っている
店の人に 聞いた
無責任な事に 店の人も よく知ってはいなかった

今は 水を綺麗に保つ 薬 機械・・・ 
思いもよらぬものが 売っている

これは 気をつけなければ いけないと 思っている

     

          これも金網で覆っているのですが
          すでに 金網は 見えません


水槽の中は 小さな 小さな世界だ
当然の事として 汚れもする
鑑賞する人間が 気を配ってやる 必要がある
薬を 循環機の中に 入れておけば
楽に違いない
その時は 掃除をする時
その水を 捨てる事をも 考慮に入れて
やらなければ いけないと思う

僕は 今 そう云ったものは 一切 使わないが
使う人は 充分 注意をする必要がある
最低限の ルールだと思う

冬の 水槽は 静かだ 

才能 この不可解なもの [2008年12月09日(火)]

才能とは 何だろう
近頃 思う

この歳になって ようやく 気付いている
才能の無いままに 役者を やっていた事に

若い頃は ただ闇雲に 芝居の学校に入り
劇団へ入る試験を受け 
その劇団では 十年以上 頑張り
劇団を 辞めてからは 小劇場で
役者として 頑張っては 来た
自分に 才能が有るのか 無いのか
そんな事を 考える事も無く 突き進んで来た

     

          森
          何時の間にか冬の様相
          この日は 日がさしていたが 風もあった


やっては来たのだ が
この歳になって ようやく気が着いたと 言っていいだろうか
才能が無い にもかかわらず
やり続けて来て しまった と・・・・・
やるぞ やるぞ と云う想いだけで やって来た訳ではないが
才能を 考える事は 無かった 

この歳 六十二 を 越せば もう このまま やり抜くより
無いのだけれども
そして それは それでいい と思うのだけれども
近頃になって 才能の無いままに やり続けてしまった事が
気になるのは 何故だろう

それは 後悔としてではない
僕は 自分の人生 後悔などしていない
事実として そう思うのだ
非常に 冷静に考えて そう思うのだ

若い人に 演技を教える 又は 伝える
四十代初め 或る方との 出会いが有り
その方の 紹介で 仕事として 演技の講師を 始めた

演技と云うのは 広範囲なものだ
教える事が出来る分野は 無数と言っていいほど 沢山有る
しかし 演技 その根幹は 教える事が 出来ないと思う
才能も 当然 教える事は 不可能だ

例えば 鋭利なピンセットのようなもので 役の最も重要なツボを
チョイスする力 ─ 掴み取る力 ─
ひとつのシーンを これ又 チョイスする力 ─ 掴み取る力 ─
・・・これも 教える事が出来ない と僕は思う

解釈を 説明して 理解してもらっても
演技をするのは 解釈する力 理解する力ではない
演技をするのは あくまでも
何処まで行っても 演技力によるしかない

微弱な 力でも持っていれば
その若い俳優志願者が 微弱でも その力を持っていれば
刺激して その微弱な力を 強くしてゆく事は
教える事が 出来るかも知れない
だが 持っていない人に その感覚を 教える事は
出来ないのではないだろうか
出来たとしても 至難の業だろう

     

          何処を歩いても 落ち葉が積もっている


何が 言いたいか
・・・今日は 才能の話である

例えに出した チョイスする力 その力を持っている事
それが 才能か・・・
それは 才能ではない・・・・・・・と 思う

才能とは もっと 別な事のような気がする

持ってない人の力を 持っているのだから
それも 才能の ひとつの側面では有るのかも知れないが・・・

役を シーンを チョイスする力を持たないまま 俳優になり
苦しみつつも その力を求め 続けている俳優は 沢山居る
それで 良い演技をするようになっている 俳優も 居る

名優と言われる人の 演技は真似しても ダメだ
真似をするのなら 才能を 真似しなければ
意味が無い とは よく言われる
だが 残念な事に 才能は 真似 出来ない

その 才能 とは 何なのだろうか

ひとつの芝居が 終わり
沢木耕太郎氏の 「旅する力」をようやく 
読み始める事が 出来 既に 読み終えたのだが
この人の書いた本を 僕は 何時も 何時も 
ブレーキをかけながら ブレーキをかけながら 読む
それでも 読むと云う至極の時間は すぐに 過ぎる
朝日新聞に載る ─ 銀の街から ─ も
ブレーキを かけながら 読む

     

          「旅する力」
          最も最近読んだ
          沢木耕太郎氏の 著書


「旅する力」は読み始めるとすぐ 
終わった芝居の事 そして 自分の才能の無い事を 
思い起させてくれた

自分には 才能が 無い
才能が無いままに 芝居を やり続けて来た事を
思い起させた

それは 決して 絶望的な想いではなく
非常に 自分を 冷静にしてくれる モノが
この本の中に 有った

これからも 芝居は続ける
僕は ハッキリ言って 死ぬるまで 続ける
今更 止める訳にはいかないとか
意地で やるとか そう云った事で 
やり続けようとしているのではない

それが 僕の 選んだ 生き方だからだ

今は 肩の力を 少し抜いて そう思う

この歳まで続け まだ先も続けようとしている時
才能が 自分には 無かった事を 知る
それは 不幸だろうか ?

その事を 自分に 問うているのだ

結論として 言えば 不幸とは思わない
やってきてしまったから あえて 
そう言っているのではない
芝居に相対して来た 過去の出来事 様々な役
それらを 振り返るように 思い出すと
決定的に 欠けていたものを 今 感じるのだ

     

          イチョウ並木の下


別な側面
人との出会い
この事は 芝居をやるのに 最も 重要な事だ
芝居だけではないな これは
しかし 芝居を 継続して行くためには
人との出会いが 不可欠だ

人との出会いは 才能と 関係が有る
と 僕は 思う
才能は 人によって 開花する事が 多いからだ
開花させてくれる人に出会う事
この事は 思っている以上に 重要で 人生を 左右する

才能の無い者にも 人との重要な 出会いは有る
出会いによって その後の 芝居人生は 変わる

沢木耕太郎氏の 「旅する力」を読むと
彼の努力が 人を呼び それによって才能が 開花する 
その才能が 又 人を呼ぶ
その人たちが 又 彼の才能を 大きくする

そう云った 人の 大きな人生の循環
稀な事と思えるほど 大きな素晴らしい循環
を感じる

沢木耕太郎氏の 生き様が 書くと云う仕事と
遊離していない

これは 凄い事だと思う

書く人は 皆 同じだ と言う人が居るかも知れない
僕は 皆 同じだとは思わない

生き様と 書く事が 同じ作家は 幾人も居る
だが そうではない 作家も沢山居る と僕は思う

芝居作りも 本当は 生き様と 
遊離してはいけないと 思っている

生き様と 才能は 
直結しているのではないだろうか

これは 結論ではない
分からないのだ

     

          森の写真を もう一枚
          フェンスが有っては 森とは云えないな


今回は 迷宮に 迷い込んだようだ
幾ら 書いても 書こうとしても
ピタッと来る言葉が 出て来ない

才能 この不可解なものは
また 考えようと思う


「ら抜きの殺意」 終わる [2008年12月01日(月)]

ひとつの芝居が 終わった
芝居作りの終わりは 
色々な想いが 錯綜する

     

          「ら抜きの殺意」 空舞台
          1場 やや 下手側から写したものです


若い頃は 芝居がひとつ終わると
必ず 激しい落ち込みに 襲われたものだ
かなり激しく
ひどい時は 数ヶ月 続く事もあった

今も 落ち込む事は 有る
が 落ち込みから 抜け出すのは 早くなった
抜け出す スベを 身につけた

寂しさ 虚脱感 何かが抜けてしまった 独特の感覚
そんな想いとの戦いは しばらく 続く

普通 仕事は リタイヤするか 定年を迎えるか
そう云う時間が 来ない限りは 続く

芝居も 終わると同時に 次の準備に入るから
続く事に 変わりはないのだけれども
作品が 一つ一つ 違うから
ひとつ終わる と云う実感は 
モノを作る仕事に 共通するものとして
独特の 感覚の様に 有るのかも知れない

今回の 「ら抜きの殺意」には
本当に 沢山の人々が 観に来て下さった
満員の日が 八ステージのうち 四ステージ も有った

これは 感謝 感謝 感謝
忘れてはいけない  感謝 感謝 

このブログを 読んで下さっている方も いらっしゃった

     

          稽古場 前の写真と同じ1場


そして 驚く事も 有った

およそ三十五年間 連絡も取れずに居た友人が
今回の 芝居に 京都から 来てくれた
彼が 酔っ払って しょっちゅう 高円寺の僕の四畳半に
泊りに 来ていたのは 
僕も 彼も まだ 二十代半ばの頃である

その彼が ひょっこりと 受付に 現れた
思わず 抱き合った
今や 二人とも 六十を越していた

僕も 彼の消息を 知りたかった
彼も 僕の消息を 知ろうとしていた
連絡が途絶え お互いに 引っ越して
又 引っ越して 又 引っ越して
そんな事をしているうちに 
電話番号も 住所も 分からなくなり
知る術も 無くなっていた
松江に住んでいるものと 僕は 思っていた
それが 彼の 最後の消息だった

その彼が 受付に ひょっこりと 立つ姿には
昔と変わらない 彼の空気が 確実に有って
お互い 歳を取ったが
瞬時に 彼と 分かり 二人にとって空白になっていた
三十年以上の歳月を これまた瞬時に 想った

彼は このブログを 読んだのである

それによって 下落合での 僕らの公演を 彼は 知った

劇場に 問い合わせる事でも 僕の住所 電話番号は 
知る事が出来た はず である
しかし 彼は 京都から わざわざ 来たのである
彼の性格を 物語る
ただただ 嬉しかった

公演の 成功も有るが
この事実には 違った 感動があり
ブログだけではなく
芝居を続けていた事 続ける事が出来た事に 感謝した

こう云う 事が 本当に 有るのである

     

          「ら抜きの殺意」 舞台
          この芝居の美術は 小さな事務所を
          ダンボールで囲んだ
          この写真は 上手側から 下手を写したものです


「ら抜きの殺意」と云う 今回 僕たちが上演した芝居は
どうだったのか
成功だったと 言ってしまったが
本当に 成功だったのか 
失敗ではなかったのか
何を残したのか
何が不足していたのか
具体的に 整理しなくてはいけないが
もう少し 時間が 経たないと 正確な事は 分からない

お客さんの反応から 察すると かなりの成功だった
と言える 
しかし 芝居の怖さは 見えない処にも 有る
見えない処は 実は どうやっても 見えないかも知れない
が 見ようと しなくてはいけない
しつこく 見ようと もがく事を しなくてはいけない
 
     

          「ら抜きの殺意」 空舞台
          この写真は 上手側を 写したものです
          今回 早川周がダンボール係を
          引き受けてくれた
          制作の 松岡がもの凄い数のダンボールを
          ひと月かけて 集めてくれた
          数百の集めたダンボールを一つ一つ見て 点検
          張ってあるシールは全て 作った
          そのまま いい加減にしてあるダンボールは
          一個たりとも無い


八回のステージ 全てが うまくいったのか ?
そうではないかも知れない

八回全てを 見て下さった方も 居た
(これは 有り難い事です)

が 大抵の人にとって 観るのは 一回である

芝居は 日によって 出来が違う
芝居の評価と云うのは 本当は 怖いものなのだ

自分たちの 評価は どうだったのか

どんなに 評判が良くても
自分としては ダメだった と思う事も有る
どんなに 評判が悪くとも
自分としては ダメじゃなかったんだ
と信じるように 思える事も有る
沢山の 観て下さった方々の評価
厳しい評価をしてくださる方
個々の俳優たちの お客様
その方々の 評価

全てが 良い
全てが 悪い

片一方だけ と云うのは 有り得ない

耳に入って来る 沢山の評価
それらが まとまり
この公演が 自分たちにとって どうだったのか
答えが出るのは まだ 先の事だろう

あまり時間が経つのも 良くない
有る時点で 今回は どうだったのか を まとめ
次の 公演の 糧に しなくてはいけない

     

          「ら抜きの殺意」 舞台
          全景を一枚の写真に収める事が出来なかった
          この劇場の間口は小劇場にしては広い
          

今回 有り難かったのは
予想以上に 沢山の方々が 観に来て下さった事だ
客席が 足りない日も有った
補助席が 何度も 出た
これは 本当に 感謝しなければいけないし
その方々の期待に 答えるべく 
これから 努力しなければならない

芝居作りの面白さを もっと もっと
今以上に 質の高い処へと 持っていくのだ

そう考えると 先なんて 全く見えない

潔く行きたいけれど・・・ [2008年11月20日(木)]

命には 終わりが有る

これは 絶対 である

物事に 絶対と云うのは あまり無いが
命に 終わりが有る 
これは 絶対である

     

          夜の満月
          一週間前に写したものです


六十歳を越した辺りから そんな事を
僕は 意識し始めた

早いかも知れない
 
でも 思ってしまうのだから 仕方が無い

それとは別の 話だが 
潔さ ─ イサギヨサ ─ 
と云う 言葉が有る
この潔さと云う言葉を 
潔く諦めるとか・・・ 滅びの美学として 
存在させているのは 日本だけらしい
日本以外の 国では
潔くは 前向きの意味にしか 通用しないらしい

今 稽古している「ら抜きの殺意」の中で
台詞として 出て来る

僕は 潔くありたい とは思うが
多分 無理だ

何時だって 喘いで へばり付いて 右往左往して
みっともない姿を さらけ出す
それは どう あがいても 仕方が無い
まあ それでいいや と思ってしまう

     

          中央 ビルの真上
          夕暮れ前の 満月
          すごく 大きく見えたのだけれど
          写真にすると それほどでもないな
          これも 一週間前に 写したものです


木々の葉っぱ
草花
時に 手長エビだって 潔いい

インパラが 大草原で ライオンに捕まり 喰われる
逃げるけれども 捕まってからの
強い動物の餌になる 弱い動物には
潔さを 感じる時がある
映像でしか 見た事はないが
ライオンに捕まって 噛まれているインパラが
かっこ良く見える事が ある

一瞬 凛として 空を 見上げる姿・・・

しかし その考え 感じ方は 時に 危険も孕む
特攻隊を かっこ良いと 感じる事に
繋がりかねない からだ
繋がらないかな・・・ ?

特攻隊 自爆テロ は かっこ良くない

僕は 少なくとも かっこ良い とは 思わない
かっこ悪い

はっきり言って 嫌いだ

     

          黄色に色づいたイチョウの木
          イチョウの語源は 水鳥の足跡の形を言う
          そうです


草花
木々 の葉っぱは 潔いい
一年中 緑の 木々も有るが
枯れて 散ってゆく 木々・・・
枯れて タネだけを 残してゆく 草花・・・

春に芽を出し 夏に繁り 秋に枯れ 冬に眠る
そのサイクルの中での 潔さ
真似が 出来ない

枯葉は 美しく見える
枯れ果てるとゴミのように 汚くもなるが
総じて 美しく見える

例えば イチョウの木が 金色の葉に包まれる
葉が 散る前に 黄色に 色づく
どうして あんなに 綺麗になるのだろう

紅葉(モミジ)もそうだ
あの真紅は 美しい

桜の葉 枯れてくると あまり綺麗ではない
でも 遠くから見える姿は やはり 茶色で
美しい・・・  風情が有る

まだ 子供の頃だが 僕の生まれ故郷は 雪国だから
中学など スキーを履いて 通った
通ったと云うのは 違うかも知れない
朝は スキーを担いで 学校へ行く
学校が 山の上の方に有るから 帰りは スキーをしながら
帰って来る と云う訳だ

その時 柿ノ木に 残り柿が ポツポツと有る
スキーを履いたまま もぎ取って食べる
実は 凍っている
熟した柿が 凍っているのだ
勿論 美味い
雪が積もっていると 何時もは 行く事が出来ない所へも
スーッと スキーで 行けてしまう
当時のスキーは 今のようではない
スキー靴なんて無い
長靴で引っ掛けて走る ボロッチイものだった
でも 充分 楽しかった

     

          色づいた 都会のモミジ
          よく見ると 下の方はまだ緑が残っている


カラスも 他の鳥たちも 食べる
本来は 渋柿なのだが その頃は 凄く甘くなっている
豆柿(マメガキ) と云って 一 二センチほどの 小さい柿も有った
これも 渋柿であるが 冬の頃は 甘い
豆柿は取るとすれば 枝ごと折って 取る
が ほとんどが 残って 凍っている
タネが大きく多く 実は少ないが それも又 食べた

柿の木に 残り柿と一緒に 茶色の葉っぱが
これも又 ポツリポツリ と残っていた
散らずに 葉っぱが 残っているのである

あの残っている葉っぱには 独特の風情があった
すでに 葉っぱそのものは 死んでしまっているのだろう
何かの加減で 木に 着いたまま 残り
冬をも 越す 

まだ冬ではないが こんな事を書いていると
忘れていた そんな 田舎の情景を思い出す

「ら抜きの殺意」の稽古も 終わりの終わりになった
今日は 最後の 休みだった
明日からは 小屋入り(劇場に入る事)に向かう
芝居の様相が キュッキュッと 変わって来る
ますます 面白くなってきた
この休みも 気を抜く事なんて 出来ないが
実は 休みも 重要なのだ

明日からの稽古は
前向きな意味を込めた 潔さが 必要になる
小躍りするほど 楽しみでもあるし
布団の中に 頭を埋めたくなる様に 不安でもある

     

          枯れ始めた サクラの葉っぱたち
          しかし もう半年もしない内に
          この木々は 桜の花を 満開にする


小屋入り前 舞台の仕込み・・・
舞台稽古・・・・・ 
本番前 もうひとあがき ふたあがき・・・

寒かったが 久々に今日は 晴天だった

明日から 又 頑張ろう


頑張れ・・よいしよっ・・ [2008年11月14日(金)]

久しぶり 川沿いを歩くと 僕の前を 
ご婦人が ひとり 歩いていた
右手に ステッキを持って
左手で 車の着いた 入れ物を持って

     

          この日 ビルの間に 富士山が見えた
          分かりにくいかも知れませんが
          V字型の間 左側に 見えるのですが・・・


僕は そのご婦人を 追い越した

その瞬間

 「 頑張れ・・ 頑張れ・・・
   ・・よいしょ・・ よいしょ・・・」

そのご婦人が ささやくように 言っているのが
聞こえた
その言葉を 発しながら 歩いているのだ

何か 言い知れぬ感情に 打たれ
心のうちが 震えた

 「頑張れ・・ 頑張れ・・・
  ・・よいしょ・・ よいしょ・・・」

その声は 静かで 深かった

僕は 歩く速度を 変えず
そのご婦人を 追い越し 離れていった
 
僕も 声には出さないが 
時に 頭の中で 心の中で 自分に声をかける
「 ・・なにくそ・・ なにくそ
  頑張れ・・ 頑張れ・・・ 」

     

          この日は 久々に 晴れだった
          このところ お天気は 曇りが多い
          が 以外に 雨は 少ない
          川が 白く 干上がっている


これは 何だろう
人生には ピンチがある
歳とは 関係なく 
ピンチは しかも突然やって来る事が多い
小さなピンチ
大きなピンチ
取り返しのつかないピンチ
 
それは色々有る
頭の中に 心の中に 
自分で自分に 声をかける余裕のない
のっぴきならないピンチも有る

しかし 人は 何とか ピンチを 切り抜けるものだ

近頃は 生活していて 何が有るでもないのに
その声を その言葉を 自分に 発している事が
多くなったような気がする
が 日々 ピンチに見舞われている訳ではない
それは やはり 歳だろうか
自分の歳に対して 言っているのだろうか

歳を 取る事は 悪い事ばかりではない
良い事も 沢山有るし・・・

     

          サギが 乾き始めた石の周りを 突っついている
          取り残されて 死んだ魚 ザリガニなんかが
          居るのかも知れない

 
僕は 自分を 不幸だと思った事が無い
いや むしろ 幸せな人間だと 思っているし
事実 僕は 幸せだ と 思う

勿論 それでも 大きなピンチ
小さなピンチ
のっぴきならないピンチは やって来るものだ

日々
自分に 自分で声をかけて
乗り切らなければならない 小さなピンチが
近頃は 多いのかも知れない

さてさて 
「ら抜きの殺意」の稽古も 終盤に入った

身体と云うか 頭と云うか 
疲れが てっぺんまで 来ている感じがする
が これは 元来 仕合せな疲れだ
好きな事を やっている結果の 疲れだから

     

          終盤に入った 稽古場
          これは 何処かの 事務所ではありません
          この散らかり具合・・・舞台美術です



本番が 始まると 演出は 居場所が無くなる
僕は 演出をした時 本番が始まると
あまり 楽屋に行かない
よく 受付にいらっしゃる方も居るが
僕は ダメだ
受付にも 居ない
居られないのだ
居る事に 躊躇してしまうのだ

劇場の何処かに ひっそりと身を隠し
本番を 観る

イヤイヤ まだまだ
稽古は 有る
本番の事を 考えている場合ではない

     

          これも 舞台美術
         

あと一踏ん張り これは ピンチではないが
ピンチに似た モノ作りの締め括りに 
全力を 傾けて 乗り越えなければ ならない

少し 肩の力を 抜く事を 忘れずに だ

「・・・頑張れ・・ 頑張れ・・・
    ・・・よいしょ・・ よいしょ・・・」


「ら抜きの殺意」稽古場から 2 [2008年11月08日(土)]
今回の作品の ほんのひとコマ
一つの断片である

春田純一さんが演じる 海老名俊彦が
子供の一太郎に 電話をかけようとするが
ふと 止める
立ち上がり 開けにくい窓を 開け 
冬の冷たい空気を 吸う 

     

         これ 倉庫ではありません
         舞台美術として 作っているものです
         


窓の外に 見えるのは ダンボールの海である
(本当に見える訳ではない
 客席が 窓の外に想定されているから)

今回の舞台は ダンボールに囲まれた 小さな事務所で 
ドラマが 展開する

永井 愛さんが お書きになった作品の ト書きでは
─ 倉庫も兼ねた事務所
  倉庫ビルの三階に位置し 小さなロフトがある
  ロフトにはダンボールに入った商品が積まれている
  ・・・・・ ─
とある

僕たちは 商品の入ったダンボールに着目した
美術として 事務所を おびただしいダンボールで
包んだ

ダンボールの隙間に見える 入り口から 人々は 入って来る
ダンボールに あまり意味を込めたくは無かったが
やはり 無意味では 情けない

ダンボールは 
ビルの林立であり
道を歩く人々 
自転車に乗って買い物籠を下げ走るおばさん
バギーを押して歩く 若いお母さん
二人で歩く 男女・・・
つまり 様々な 人々・・・
楽しみ 苦しみ 怒り をも含めて・・・
人間の 営み 世界 全ての もの
・・・人の世である

それに 囲まれ
その中から 人物たちは 登場する

     

         これも 舞台美術です
         伊藤俊が 悪戦苦闘


この芝居に 登場する人々全員が 
決して ばら色一色の人は 居ない
灰色一色でも 無いだろうが
人であれば 誰でも そうで有るように
傷も有れば 隠したい事も有る

みんな アンビバレントな本質を持つ

芝居において 出て来る人物が アンビバレントである
と云う事は 僕にとって 最も重要だ
つまり 善と悪 上と下 静と動 裏と表 プラスとマイナス
全てにおいて 一つの側面だけでは ない事が 重要だと思っている
一つの側面だけで 生きている人間は 居ないからだ

どんな 悪徳政治家でも 家に帰って 孫を抱けば
いいおじいちゃんかも知れない
善良に見える人でも 心の中に 悪の部分が有るに 違いない

稽古をしていて そのアンビバレントな側面が
何人かの 俳優たちに 見えて来た

一人一人 決して 人物をパターンとして 表現しない

それは 僕が何時も 稽古の初めの頃 言う事だ

出て来る人々を それぞれの俳優が その像
 (キャラクターと云う言葉が 僕は好きでない
 まして キャラ キャラなんて軽く 呼ぶのは 勘弁して欲しい
 古いと言われても 人物像と呼ぶ) 
その人物像の中に
例えば 自分と同じ資質を 見つけ 探し 探し 探し
自分の資質とは 違うものも 見つけ 探し 探し 探し  
(簡単な事ではないから) 苦しみ 苦しみ 
時に 楽しみ 喜び
ようやく 役として 表現し始める

表現していて 楽しくなるなんてのは 大変だ

しかし 早くも 楽しみ始めた 俳優も居る
楽しめるまで 自分の役を 深めた・・・掴んだ俳優も居る
これは 連鎖反応を 呼ぶ
見ていて 凄く 嬉しい 

     

          1場 
          べろ武田は 役作りで 悪戦苦闘している
          しかし 彼は 今回 今までの彼と違う
          一味違うものを 出してくれます


又 稽古場が 時に 笑いに包まれる事も有る
が 稽古場の笑い 実は 怖い

話が 集中せず ドンドン 違った方向に 行ってしまうが
稽古場の笑いには 騙される
本番で 同じところで 笑いが来る とは限らない
いや 笑いそのモノが 来るとは 限らない
演じていて そこで 笑いが来ない・・・アレッ ?  と思う
そうすると もういけない
演じている俳優の中に ? ? ? ? が ドンドン 広がる
芝居が 根っこから 崩れてゆく事も有る
勿論 誤魔化すのだが・・・

しかし 今回の芝居は 笑いを取る
笑いを取るところでは 必ず取る
取れなければ 失敗だ

そうなると 物凄い エネルギーが必要になる
稽古場で 笑われている場合ではない

もっと ! もっと ! もっとさ !  である

が この芝居は 必ず 面白くなる

     

          我が家の ベランダの アロエは
          蕾のようなものをつけていた
          稽古始まって そんな事も 知らなかった
  

稽古が 佳境に入ると つい外を見なくなる
家と 稽古場の往復 のみになる
それが いけない

休みの日 疲れていたが 歩いた
何時の間にか 季節は 秋も深まった
いやに 暖かい日も ある
これは 気持ちが悪いが 
もう 秋も随分と 深くなっている
 
あと二週間で 本番を 迎える
そうすると すぐ 十二月だ
ちょっと 信じられない

すぐにやって来る
芝居は あまり 頑張ってやるものではない
とは よく言われる
でも やっぱり 僕は 頑張る
これは 僕の口癖になった

     

          久しぶりに 川沿いを歩くと
          鳥たちが 陽だまりで ゆったりとしていた
          もうすぐ 冬が来る


SCARECROWSの ホームページに 稽古場の日記として
稽古場からの報告を 掲載しています
そちらの方も 訪問して 読んで下さると 嬉しいです

チケットの申し込みも
ホームページの申し込みコーナーで
上田ボッコのブログを読んでと言って下さると
チケット 手に入れる事が 出来ます

よろしく お願い致します


車・運転 [2008年10月27日(月)]

僕は 車を 運転する
移動はほとんどが 車だ
お金が有って 好き放題な車を 乗り回している
そんな身分ではない

     

          普通の道
          どんな道でも 運転は 安全運転がいい

 
電車に乗るのが 駄目なのだ
そう云う ヤマイ(病)だ
 
今 そのヤマイは あまり関係なく 電車に乗れる
でも 電車に乗るのが苦手である事に 変わりはない
どうしても 知っている人が 一人も居ない世界が
恐ろしいのだ
車だって と思うかも知れないが
車は 何時でも 何処ででも 止まって 下りる事が出来る
そんな 変な理屈が 僕を 安心させるのだ
・・・これは ヤマイ(病)なのだ 

車といっても 今は 安い軽自動車だ
今 軽自動車は 見直されていて 結構 高い
でも 僕が乗っている車は 安い
お金を 稼いでいる訳ではないから 
高い 車を 買える訳は ない

でも 車は 好きだ
 
かつて 高速を 思いっきり走った

     

          高速道路
          僕は 一般道路より 高速道路の方が好きだ
          歩いている人へ対しての 気を配る神経が
          高速の方が 無くて 好きだ


スピードは いけない

でも スピードに 魅せられた時期が有る
これは 既に 時効だから 話してもいいだろう

ある高速道路に 凄く長い 直線コースがある
何処とは 言えない
そこを 凄いスピードで 走った
既に 時効だから いいだろうが 何処とは 言えない

今は とても 考えられない
馬鹿な事を していたと 思う

     

          夜の高速道路
          白内障の手術をしてから
          夜の高速の運転は より慎重になった
          あと 何年 運転 できるだろうか
          ふと そんな事を 近頃は 思う


運転をしていて 正面を 見る
バックミラーを 見る
ダッシュボードを 見る

正面を見て ダッシュボードを見て 正面に 目を戻す

歳を取って この目の動く速さが 変わった
確実に 目の動きが 遅くなる
反応も 遅くなる

その事を 自分の身に 感じてから
僕は スピード狂から 解き放たれた

スピードを出す事が 怖くなった
ミラーを見て 正面を見る
この速さが 歳を取ると 遅くなるのだ
鈍くもなる

確実に 遅くなるのだ
実は これは 思っている以上に 怖い事なのだ

普通車は スピードメーターが 180 まで有る
振り切りたかった
嘘か本当か スピードメーターを 最高速度まで 振り切ると
エンジンが 止まる と聞いた事が ある
止まるまで 振り切りたかった

170 から 180 まで
いくら アクセルを踏んでも その間が 越せない
前の トラックの テールランプが 
あっと云う間に 近づく

馬鹿な事に 熱を上げていたと 今 反省している
プロのレーサーの人にとっては 遊びにもならないだろうし
軽蔑されていい 行為だろう

勿論 車が沢山走る シーズンは 無理だった
     
     

          夜の道


今は 穏やかな 運転に 心がけているが
どうも 運転をすると 人格が変わる人種に
僕は 入っている様だ
これは いけない
ダメだ 全く いけない人種だ

高速は 前に車がいて 追い越すと
すぐ又 前に 車がいる
それも又 追い越す
又 追い越す
マタマタ 追い越す

今思うと これは 一つの 終わりの無い 地獄だ
追い越し続ける 地獄だ
止めた方が いい
絶対 何処がで 手を打って やめた方がいい

近頃の僕は 決める
もう この速さでいい と決める
決めてしまえば 前に車がいようが 関係ない
僕は この速さで いいんだ
追い越したい車は どうぞ ってなものだ

どうして 若い頃 そう思えなかったのかと 反省する

細い道路も 若い頃は 我が物顔に ビュンビュン
走っていた
今は 違う 
脇を 走っている自転車が 自分の娘だったら・・・
歩いている子供が 自分の孫だったら・・・
と具体的に 思う事にしている
それと 大事な事は
「ここは 車の道ではない 
 車の道ではない 
 車の道ではない
 ここは この道の 持ち主は 人 なのだ 人の道なのだ
 ここは 車ではなく 人が 
 人が 
 人が 
 主役なのだ・・・」
と自分に言い聞かす
ゴンゴン 言い聞かす

本当に ゴンゴン ゴンゴン 自分に言い聞かす
・・・すると 不思議に スピードは 出せなくなる
運転が 慎重になる

これが 歳を取る と云う事なのだろうか

     

          赤信号 
          日本の道路は 信号が多すぎると 思う
          しかし 赤信号では 絶対に 止まらなければいけない
          本当に あと何年 運転出来るかと 
          近頃は 思う

僕は 自分が100%悪いと云う事故を 起こした事が無い
しかし 追突された事は 四回も有るし
正面衝突された事も 有る
側面に 当たられた事も 有る

だから この歳まで 40年以上運転して来て 記録上は 無事故だ

だが これは 運が良かっただけかもしれない
と思う

近頃は 年寄りらしく 慎重に 運転している



「ら抜きの殺意」 稽古場の移動 [2008年10月21日(火)]
ひばりヶ丘の施設を お借りしての稽古から
貸し稽古場 フォト・ワン に移って来た

     

          話とは関係ないのですが
          飛行機雲です
          子供の頃 これを見ると 胸が騒いだものだった


お金がかからないから その事は 何よりも 有り難いが
施設を お借りしての稽古では 机とか 置き道具を
運び込んで 稽古する事は出来ない
全て 施設の中のもので 間に合わせなければならない

フォト・ワンに来ると 道具を 実際の舞台の通りに 飾り
位置も 正確に 出して 稽古出来る
 
それだけではない
施設をお借りしての 稽古では 終わると 全て 元通り
当たり前の事だが 片付けて 受け渡さなければならない
しかも それは 毎日の事と してである
フォト・ワンに来ると
床から全て そのままに飾り そのまま帰っても 構わない

時間も 早く来て 自主稽古も可能だし
終わりも ギリギリまで稽古して そのままにして 帰る事も出来る

     

          施設を借りての稽古場
          色んなものを使って 置き道具の 代わりにする


だから 本当を言えば 自分たちの 稽古場が 欲しい
物凄く 欲しい
倉庫で構わない
誰か 提供して下さる方は 居ないだろうか

倉庫でいいのです
中は 幾らでも 工夫します
ちよっと広めの倉庫など お持ちで 持て余している方
いらしたら 是非 貸してください

     

          フォト・ワンの稽古場に飾りこまれた置き道具
          床も グループで作ったモノを 敷いている
          雑然としていますが 今回の 舞台です



稽古場は無いが SCARECROWSには 倉庫が 有る
関根大学さんの 庭を 占領して
去年の夏 作った

始め 僕の家の大家さんが 大工さんだったので
小さな倉庫を 作ってくれた
そこを 月々 払って 借りていた

僕が 引越し
貸しコンテナを借りた
これも 便利だったが 結構な お金がかかる
コンテナに払う 一年分のお金で 倉庫を作ろう
と云う事に なった
関根さんの家の 庭を 占領してである
始めは 僕が 簡単な図面を作って 作ろうとしたが
組み立て式の 倉庫のカタログを グループの松岡が
持って来た

何だ 色々 有るんじゃないか と分かった
まあ 今は 場所によって置けるように 様々な形 大きさの
倉庫が いっぱい有る
その中の一つを買って みんなで わいのわいの 言いながら 組み立てた

三畳 有るか 無いかの大きさである
でも 関根さんの家の庭は その倉庫で 占領されてしまった

そこから 必要な 幕や 床の板や もろもろ
レンタカーを借りて 積み
買った古い机 冷蔵庫 椅子・・・・・
置き道具を 運んで フォト・ワンに持ち込む

基本的に SCARECROWSは 小道具・置き道具を
道具屋さんに 借りる事を しない
何故なら これが 以外に 高いのである
ほとんど 古道具屋を回り 回って 探す
物凄く 安いのを 探す 探す 探す
有っても すぐは 買わない
それより 安いものが 無いかと 探す 探す
ある時点で 手を打つ
それらを 取りに来る日を 約束して 置いてもらう
この方が ずっと 安くつく

       

          これ 物置ではありません
          今回 こう云う舞台なのです
          白い部分も これから
           ダンボールにおおわれるはずです


フォト・ワンに入る時 古道具屋さんを回り まとめて 集め
運び込むのである
芝居が 終わったあと どう処分するかまでも 考えておく
小屋入り(劇場に入る日)の時 もう一度レンタカーを借りて運ぶ
それまでに コチョコチョ コチョコチョ と必要な小道具も
稽古場としての フォト・ワンに 運ぶ

本当に 驚くほど お金をかけない
ほとんど ケチ と言われても 仕方が無い やり方である
参加してくれる人々の 労力も又 
情け容赦なく 借りまくる

お金は 人にかかる
それは ケチらない

芝居は お金が かかる
どうしても かかる

知恵比べである

稽古が フォト・ワンに移って来て 床を敷き
道具を 正確な位置に 置く
俳優諸氏は ずっと やりやすくなる
この稽古場で これから ひと月 稽古するのだ

写真で見ても 分かるように 今回は舞台の上
モノが 多い
SCARECROWS始まって以来の 多さではないだろうか
実は 写真に写っている ダンボール箱 道具の一部です
この三倍 四倍のダンボールが 必要で 
これから ダンボールに 稽古場は 囲まれて行く

「ら抜きの殺意」
面白い 作品です

面白い と云うのには 色々な意味が 有る
笑いを誘う 面白さも 面白いだが
それだけではない
考えるも 面白さである
舞台から 喜びを受けたとしたら それも面白いと言っていいと 思う
勇気を与えてくれる芝居も 面白いと 僕は 言う
悔しさも
悲しさも
もしかしたら 怒りすら 
舞台は 提供する事はあるが
それすら 面白い と云う言葉で 言っていい場合が有る

僕にとっての 面白いとは
一言で言うと ─リアリティ─ が有るか どうかであるが
そのリアリティも又 正確に云うと 様々なリアリティがある

「ら抜きの殺意」は どう云う意味でも 面白い

     

          月です
          稽古が終わって 帰る頃は 夜 真っ盛り
          これから 飲みに行く俳優諸氏も 居ます
          結構 居ます


僕のブログを 読んで下さって
その芝居 観てみよう と思った方は 是非 劇場にお出で下さい
必ず ご期待に お答え 致します

ブログの はじめに有る リンクのコーナーで
SCARECROWSをクリックしていただければ 
SCARECROWSのホームページへ すぐ行けます
そこで 上田ボッコのブログを見て と申し込んで頂ければ
チケット ご用意致します

芝居を観るのも 時にいいものです


  
稽古の休みに考える [2008年10月15日(水)]
自分の生き様を 自分の演じる役に 投影する

それは お客様には 分からないかも知れない

その俳優の生き様が どんなものか 分かっていたとしても
お客様にも もしかしたら 相手役にも 稽古場の人々にも
分からない事かも知れない

いや 分からないだろう
いや 分からなくて いいのだろう
いや 分からせては いけないのかも知れない

     

          「はるかな国の童子たち」 冒頭シーン
          2005年 SCARECROWS・HAT上演 
          W・サローヤンの作品群より
          上田ボッコ 脚色


俳優は 何時も 違う役を 演じる
四苦八苦して 時に 産みの苦しみを 味わいながら
役を 作り 演じる

自分にそっくりだなど云う役は ほとんど 回っては来ない
仮に回って来たとしても 俳優は 素を出すのではなく 
演じるのだ
素を出すので良ければ 素人でもいい

自分の中に有る 資質 
自分の中に有る 幾つもの面
幾つもの 顔
この 面・資質と云う やや厄介なものと 役の面・資質
これを 探って 合わせ 利用する事も 勿論 有る

生き様 そのものとなると 少し違ってくる

自分の生き様を 演じる役に投影する
これは 覚悟が 要る

役を 役の中に生じる様々な事(事件)を 自分の事として
いかに 捉え得る か  
この重要性は 去年 一人芝居をして
否応無く 行き着いて 分かった
俳優の仕事は そう云う一面を合わせ持つと云う事が 分かった

その事は 残酷なほど 辛いものでもあった
生き様を通して 役を捉える
これは 恐ろしくも ある
捉えたかなと 確信に近い気持ちで 感じた時
裏腹に 不思議な 喜びも あった

言える事は
俳優の仕事には それなりの 覚悟が 要ると云う事だ

     

          上田ボッコ 一人芝居
          「夜叉神堂の男」 杉本苑子作
          2007年 12月 上演


芝居は所詮・・・所詮と云ってはいけないのかも知れないが
しかし やはり 所詮 芝居は 作り事だ
つまり 嘘だ
どんなに 優れた作品でも 想像の産物で
全部 嘘の上に成り立っている

しかし 嘘に嘘を塗りたくったモノなど 誰も 観たくはない
だから 芝居の作り手は 本物のモノを お客様には 
提供しなければならない

お客様に 提供する 本物のモノとは じゃあ 一体 何なのだ

美も その中に 入るかも知れない
普通の人には 出来ない特殊な動きなども 入るかも知れない
つまり 形の美しさ 深さ 怪しさ 悲しさ 楽しさ・・・
そう行ったモノだ

     

          「愚者には見えないラ・マンチャの王様の裸」
          2004年 SCARECROWS 第8回公演


今日 取り上げたいのは そう云う事とは別の
俳優にとっての 側面・・・ 
本物 とは何かだ

☆ 芝居の中の その時々の 役の感情 はどうだろう
・・・これが 嘘っぽかったら 観てはいられないだろう
が 残念ながら この嘘が 平気で 劇場を闊歩している

イヤイヤ イヤイヤ 人の事はいい
自分は どうなのだ !? 

感情は 説明するものではない
本物の感情を 見せなければならない
同時に お客様にも 感じてもらう

ところが 感情を説明しているのに 気づかない俳優が
何と 多い事か
感情を説明しているだけなのに その感情を演じていると
勘違いしているのだ

(演技論の違いから来る 場合も有る その場合
その演技論が正しければ それはそれなりの 感動は有る) 

     

          「山女魚」 
          山本周五郎作 上田ボッコ脚色
          SCARECROWS 第11回公演

          

☆ 芝居の中での 役と役との 言葉のやり取り
  つまり 台詞は どうだろう
・・・台詞を覚え 出し合っても それだけでは 嘘だ

普段 人は人の話を聞き 又は様子を見 それに答えて話す
これが 芝居になると 簡単には 出来ないのだ 

何度も 何度も 稽古を繰り返す
特に舞台は ふた月近くも 稽古をする

芝居は どんな言葉を話すか 
自分の事も 相手役の事も 分かっている
・・・これが 厄介なのだ
しかも その言葉は 作られたもので 自分の言葉ではない

普通 現実の生活では 話をしていて 
人は その先 どんな言葉で どんな様子で 話すか 
分かっていない
しかし 芝居の中で 俳優は 分かっている

極端に言うと 
相手の言う事を 聞いていなくとも 答えとしての
自分の台詞を 言おうと思えば 言う事が出来るのだ
これが いけない・・・
それをしていると 芝居は 嘘になる

その先 何を言うか 分かっていない状態を 
どうすれば作る事が 出来るのか
分かっているのだから 作るも何も 分かっていない状態など
作る事は出来ない

しかし 俳優は その言葉を その時初めて 相手に対して言うのだ

それは術(すべ)として 獲得しなければならない
   
・・・よく言われる事は
自分の台詞をどう話すか ではなく
相手の言葉を どう聞くか・・・

相手の言葉をキチンと 聞いて それに反応して
自分の言葉を 台詞として 言うのだ
これは 言葉のキャッチボールと云われている
誰がつけたか うまい言葉を見つけたと思う
俳優が台詞を言葉として話す 
それは この言葉のキャッチボールに始まり
言葉のキャッチボールに 終わると よく言われる

これが出来ていない芝居は 嘘を嘘で固めた芝居になる

俳優が 役を演じる 
本気で演ったら 殺人者の役は 
本当に殺人を犯さねばならない事になる
しかし そんな事は 馬鹿馬鹿しいし 有り得ない

では 見ている人々 お客様に 何を信じさせるのだろう
お客様は 芝居である事を 承知で見ている

     

          「夜叉神堂の男」
          空舞台


優れた芝居に 出会えば
涙を流し 共に喜び 恐怖を感じ 不安を感じ 一喜一憂する
僕ら 芝居を仕事としている 人間でも
全く同じように いい作品に出会うと 感動する

嘘の塊では 気持ちが 引いてしまって 感動する事は出来ない

今日の話は 中途半端で 終わる
芝居の中で 何が 本当か
これは 膨大な 話だ
一回で 話せるような事ではない

今月の始め 
緒形拳と云う 名優が 亡くなった
ショックだった

静かに 心から ご冥福を お祈り致します




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