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群れる [2009年07月09日(木)]

とかく メダカは 群れたがる

そんな言葉が 有る
小物は 単独行動を避けて 群れたがる
と云った 意味だろう

     

          書いているテーマとは関係ないのですが
          微かな 夕焼け


果たして そうだろうか ? 

群れたがるのは 小物だろうか ? 

と云う意味で 疑問に思うのだが・・・

二十代 三十代の始め 劇団に居た頃は
確かに 群れの中に居る 感じがした
何せ 劇団員が 制作 演出部も含めると
百二三十人は 居たのではないだろうか
しかし あれは 群れだったのだろうか ? 

劇団は 群れだろうか ? 

近頃 そうは 思わなくなった

僕らのグループ SCARECROWS も 群れではない
メンバーは今 六人 だけである
人数の問題 だけで 云っているのではない
メンバーは 何時も 程よい距離を 取る
四六時中 一緒に 居る訳でもない

人は 本能として 群れに居たい 願望が 
有るのではないだろうか
人は 弱い
群れに 入りたい ── その願望は 当たり前の
願望ではないだろうか

今時は 一人 山に こもったり
田舎に行って 土地を手に入れ ひっそりと 暮す
・・・そんな事も 流行っている
流行っている と云ったら 実行している人は 
怒るかも 知れないが

それでも 人は 一人では 生きていけないと思う

りゅうりぇんれん は 北海道の地を たった一人
十年以上 彷徨った
それも 基本的には 一人で生きて行ける 証ではなかった

僕は 群れに 入りたくない
と 何時も 思っている
しかし 一人では やっぱり 生きて行けない 

こうして 一つの町で 生きている以上
人の中に 居る 以上
まぎれも無く 僕は 群れの中に 居る 
と 言えるのではないだろうか

     

          ひとつの大きなボールのように
          固まった イワシの 群れ


魚が 群れを 作る

話は 少し変わるのかも知れない

その映像は テレビなどで よく見る
何時も 凄い と 思う
一糸乱れぬ 魚の動き これが 僕には 謎だ
大いなる 謎だ

カジキマグロが イワシの群れを 襲う
イワシの群れが 壊れた時 それは 
その群れの 最後を 意味する

ほんの僅かな 隙間でも カジキマグロに見せたら
そこから 襲われ その群れのイワシは 一匹残らず
食われてしまう

カジキマグロは 群れを 壊す
壊そうとする 
何匹かで チームを作り ついには 壊す
そして イワシは 一匹残らず食べられて 
あとには 小さな ウロコが キラキラ 光って
海底へ 沈んで行く

しかし カジキマグロ 一匹で 群れを 壊す事は出来ない
これが 凄い

     

          見事に 一斉に 方向を変える 群れ


イワシの群れは 何故 塊のまま 方向を変える事が出来るのか
つまり 右へ 左へ 下へ 上へ
あの群れの中の どのイワシが 引っ張っているのか
仮に 引っ張っているとして(リーダーは居ないと 僕は思う) 
瞬間 瞬間 一匹として 違う方向を 目指すものは 居ない
キラッ キラッ と身体を光らせ 向きを 総てのイワシが 変える
勿論 群れから 出た瞬間 食われてしまう

それが 僕には ずっと 謎だった
大いなる 謎だった

実は 今でも それは 謎らしい

何が 伝わって イワシたちを 一つにしているか
何故 同じ方向に 一糸乱れずに 行けるのか
ハッキリした事は 分かっていない と 聞いた

これもまた 少し話が 違う方向に 行くが
水槽に 違った魚を 入れると
同じ種類の魚が まとまる
あれも 僕には 謎だ

魚は 鏡で 自分を 見ていない
何故 同じ仲間が まとまるのか
何で 自分の仲間が 分かるのか
・・・・・これが 分からない

     

          形を変えずに 見事に突き進む 群れ


臭いか
何か 僕らには分からない 感覚が有るのか

魚は もしかして 自分の姿を 見るスベを持っているのか
自分と 他の魚とを 見分ける スベを 持っているのか

一匹だけ 他から 持って来て 水槽に入れても
その一匹は 何時しか 同じ種類の魚のところに 行く

これも 謎だ 
大いなる 謎だ

本当は 酸素ボンベで 海へ潜りたい
出来ない
水族館が 好きだ
大きな 水族館で 群れを 見る事が 出来る

僕の 抱いている謎は 既に 解けているのかも 知れない
科学的に その謎を 解いている人が 居るのかも知れない

しかし 群れを作るのは 本能だと 思う
この事は 哲学的な意味でも 科学的な意味でも
やっぱり 謎だ
本能そのものが 僕には 大いなる謎なのだ

     

          これは群れでは有りません
          面白いので ちよっと 失敬して 写して来ました
  




今年も 手長エビ ! [2009年07月03日(金)]
手長エビの季節は 今 盛りだ
正確に言うと 手長エビ釣りの 季節

     

          今年の四月に釣り上げた大物
          写真では分かりにくいが かなり大きい
          当然 これは オスです


今年は 四月の終わりに 既に 行った
そこそこ釣れた

手長エビを釣る シーズンは かつて 五月の末から
と云われていた
五月の末から 九月くらい まで

去年は 十月末に行ったが 釣れた
釣っていた小父さんに聞くと 
「いや・・・ 一年中 釣れるよ」
と 事も無げに 言う

数は 少ないだろう 大物は 釣れないだろう
しかし 今や 一年中 釣れる と云うのは 
本当かも知れない

四月の末に そこそこ 釣れたのは 事実だ
しかも それほど 小さくも ない

五月は 一回も 行けなかった

六月に 三回 行った

どの日も 偶然 引き潮だった

二時間掛けて 軽自動車で トコトコと 行く
二時間掛けて トコトコと 帰って来る

釣り場に居るのは 三時間 長くて 四時間
引き潮の時も 釣り始めて 1 2 時間経つと
何時も 潮が 満ちて来る

丁度 手長エビが 餌に食い付き始める頃 
僕は 帰り支度を 始める事になる
それでも そこそこ 釣れて
何時も 満足だ

     

          こんな所で 釣る
          この場所は あまり人が 居ない
          分かり難い所では有る


普通は 食べる為に 釣る
だから 沢山 釣れた方がいい
が 僕は 違う
飼うために 釣る
水槽が 満杯になってしまう
それでも 釣りに行く

釣り上げる喜びは 又 別だ

潮が 満ちる 引く と言っても
海で 釣る訳ではない
多摩川が 海に その流れを 任せる 
ちよっと前の 辺り
海に近い 川で釣る
だから 潮の 満ち引きが 影響してくる

一度として 釣り場が 同じ条件だった事は ない
潮の引き具合も 何時も違う
満ちている時も 何時も 違う

始めは 戸惑った
今は 満ちていても 引いていても それなりの釣りが
出来るように なった

     

          亀 20センチくらいかな
          残念ながら これは 緑亀です
          一度 大きな(30センチ以上有った)亀を釣った
          口に 針が 引っかかってただけだったので
          釣り上げる事は 出来なかった
          その亀は クサガメか ドロガメだった
          日本古来からの亀
          あの時は とても 安心した
 

手長エビは 浅瀬に居る
満ちて来ると 浅瀬に 移動して来る

深い所に居る 手長エビも 居る
大きいのは 比較的 深い所に居る ようだ
しかし 分からない

偏光サングラスで 晴れている時 見ると
手長エビが 見える
ただし 大きいのは 隠れている
交尾の季節は 浅瀬にも 大物が 居る
エビの姿が 見える所へ 仕掛けを 投げる
見ながら 釣れる訳だ
実は これも 又 面白い

僕の 釣る場所は テトラ帯の上
少し 危ない
テトラの形が 丸いから バケツやモノを 置くのも
気をつけないと 転がってしまう

テトラに付着する 藻を 手長エビは 食べている
引き潮の時は テトラは 乾いているが
満ちて来ると 藻が付着しているのが 分かる
気をつけないと 藻の付着しているテトラは ツルッツルッ
滑る

手長エビは テトラの裏に 居るのだ

     

          これは 中型の オス
          これから脱皮して 大きくなる
          ハサミだけは 大きい


今まで 毎年 手長エビについては 書いて来た
手長エビの 手は 何故 長いのか・・・とか
手長エビの 脱皮は 命がけ・・・とか
手長エビの ひげは 何本有るのか・・・とか
手長エビの オスと メスについて・・・とか
手長エビの 捕食・・・とか

まあ 随分と 書いて来たが
又 同じ事を 繰り返して 書く事に なりそうだ

手長エビの手が長いのは オスだけだ
メスの手は 小さい
卵を抱いたメスは 釣っても 放して来る
でも 卵を抱いていなければ 持って来る
水槽の中で オスは メスに 卵を 抱かせてしまう
つまり 孕ませて しまう

水槽の中のメスは みな 孕んでいる

オスは メスを 追いかける

手長エビの眼は 夜 水槽の中でも 
オレンジ色に ギラリと 光る
が ほとんど 見えてはいない ようだ
餌が 目の前を 通っても 気が着かない
ただし ヒゲに 触れたり
ヒゲで 匂いを感じたりした時は 鋭く反応する

ヒゲが 触れ合っただけで お互いの 大きさを 察知する
ヒゲが 触れ合っただけで オス・メスを 見分ける
ヒゲは 後ろにも 向いている
イセエビの映像なんか見ると 立派なヒゲが
クキッと 後ろを向いている のが分かるでしょう
普段 あのヒゲは 前後 横 自由に 動く
自分の尻尾より 長い

手長エビは 脱皮をした時 襲われると やられてしまう
脱皮をして 一日 二日は ただ ジッとしている
その時に ヒゲを やられたりする
手が 片方しかない手長エビも よく釣れる
あれは 脱皮の後 取られてしまうのだ

     

          これは メス
          卵を 孕んでいる
          ごらんのように ハサミは 分からないくらい
          小さい


手長エビの話は 際限が 無い
今日は ここまで


SCARECROWSからのお知らせ [2009年06月30日(火)]

SCARECROWS からの お知らせです

ホームページが 移行 しました

新しい 住所は

http://scarecrows.sitemix.jp/blog/ です

もし 行き着けないようでしたら
私の このブログの リンク の SCARECROWS を
クリックして いただければ 行き着けます

特に ギャラリー (フォト・ギャラリー)は
面白いですよ

ページの 上部に 

HOME お知らせ 活動履歴 プロフィル メンバー ギャラリー

と しました

それぞれ 面白いです

まずは 始まりとして これから 工夫していきます

よろしくお願い致します 

ツバメたちよ [2009年06月22日(月)]
始めに お知らせです
SCARECROWS 13 「罠」のタイトルが
変わりました

「鶏の足」
ロベール・トマ作 ─ 罠 ─より

となりました

タイトルが 変わるには 当然 それなりの
理由が有るのですが 
理由を書くと 内容を 公開する事になってしまいます
だから 変わった事だけの お知らせです

書き直しをして 
集まり 読み 
又 書き直し
ようやく 決まって来ました
決まって来た と云うより

ここまで変わった その ここを 始まりとして
決定稿として 台本を 作る
本格的な稽古に 入っても 尚 変わるかも知れない
が ここで 稽古場に集まって来た人たちの
共有物としての 台本を 
まあ 回りくどい 言い方になってしまいましたが
台本を 作ります

となると つまり ここまで 変えて来ると
オリジナルに 近いのではないか
と言う 話が出て来ました

しかし 話の 骨子は やはり ロバート・トマ
の作品を 生かしてます
が が が です もう一つの骨子は 我々だけのものです

んっもう んっ もう 今回 内容の公開 出来ない
具体的に 言えない まどろっこしいさが 
辛い あぁぁぁぁ 辛い

 「鶏の足」に 変わりました

皆さん ! ! ! 
ご期待ください ! ! ! ! ! 

     

          ツバメの巣
          巣の上の方 まだ乾いていない
          何度も 往復して 巣を作っていた


さて 今日は ツバメの話だ
燕 ── 漢字で書くと そうなる

僕にとって ツバメには 幾つかのイメージが 有る

今年 初めて ツバメを見たのは 五月一日だった
すうっーと あの飛び方で 目の前を 横切った
ツバメ返し の あの飛び方
「あっ ツバメ ! 」
と思う 間もなく 或るビルの中に 入って行った

そこは 駐車場だった
僕は 覗いた
監視カメラが 有る
でも 構わず 覗いた

ツバメは 巣を 作っていた

すぐに 又 外へ すうっーと 飛び立った

ツバメのイメージは まず 清清しい
僕には すがすがしい

その年に ツバメを見た日は ほっとする
毎年 ほっとする
今年も 来たぞ
来てくれたぞ
と思う

今の時代 ツバメが 来なくなった日本 なんて
事に なるかも知れない
嫌だけれども 
そうならない様に しなければならないけれども
分からない
だから ツバメを見た日は ほっとする

     

          前の写真と同じようですが
          よく見ると 頭が ちょこんと見えている
          卵を 抱いているのだ
          オスか メスかは 分からない
          作り直した巣の部分は 乾いている


ツバメは 巣を作っていた
前の年にも ここに 来たのだろう
巣を 補強している

去年までか その前の日か 
その日作っていた部分と 色が違う
まだ 乾いていないのだ

オスとメスが 一緒に 作っているのだ
その日から ビルの前を通るたびに 写真を撮った
その数は おびただしい枚数になった
今は デジカメ なんてのが有るから 撮っておける
昔のカメラだったら こうは行かない

オスとメスが 交代したところにも 出会った
その瞬間を 写す事は 出来なかった
すでに 卵を産んで 交代で 抱いていたのだ

卵が 孵って 雛が ピーピー 言い出すまで
写真を 撮って
ブログに 乗っけようなんて 考えていたのだが
もう 六月も 終わりに近づいた
まだ 雛が孵った様子は ない

何時も 何時も 卵を抱いているツバメ
これも 交代で しているのだろう
写真で 写すと 何時も 同じ様子にしか
写らない

雛の誕生を 待たずに
思い切って ツバメの事を 書こうと 思った
雛が 孵ったら ツバメ・パート2を 書けばいい 
  
昔から ツバメの巣を 日本人は 大切にした

農耕民族だったから 稲にたかる害虫を
食べてくれるツバメを 大切にしたのだ
ツバメも 人を 恐れない

いや 恐れているのかも知れない
今は 特に 恐れている かも 知れない

でも ニンゲンの家の 軒下に 巣を作る
何故だろう
父の生まれ故郷に行くと 玄関の中に 巣を作っていた
子供の頃の 話である
玄関と言っても 土間が広く
奥には 馬屋も有った
わらぶき屋根だった
囲炉裏も 有った

ツバメの居る季節は 玄関を どうしていたのだろう
その日 ツバメが 帰ったかどうか
確かめて 玄関を 閉めていたような 気もする

でも 朝は どうしたのだろう
ニンゲンも 朝 早かったのかも知れない
そう云えば 玄関を開けた瞬間 ツバメが すうっーっと
外へ 飛んで行った 記憶が 微かに有る

ツバメを 玄関のカマチに座って 見る事が出来るのが
嬉しかった 
家に帰って来ると 何故 うちの玄関には
ツバメが 来ないのだろう
何時も 思った
友達の家には ツバメの巣が有った
羨ましかった
ついに 僕の家に ツバメが巣を作る事は 無かった
スズメは よく 屋根に 巣を作ったが・・・

     

          こう云う瞬間は なかなか 写せない
          オスと メスが 交代した直後だと思う
          この後 このツバメは 卵を 抱き始める

 
ガリガリと ツバメの巣を 削り取ってしまう
今は そんな所も 有るらしい
落ちてくる糞 
雛の声
そう云ったモノに 絶えられない
・・・その理由らしい

巣を削り取られたツバメは どうするのだろう
ニンゲンに対して 不信感は 持たない のだろうか

そうされても ニンゲンに 巣を壊される不信感を 
ツバメが持つ事は 無いような 気がする

何代も 世代を超えて
ガリガリ やったら
DNAそのものに 記憶が残り
不信感と云うより 人の傍に 巣を作る事は
何時しか しなくなるかも知れない 

そう云えば スズメが 日本では
激減 している
と聞いた
以前の 二割 三割 しか 今 居ない らしい
八割 から 七割 居なくなった
居なくなってしまったのである 七割 八割が
これも凄い
由々しい事 だと 僕は 思う

ツバメの数も 減っているのではないだろうか
誰か 知っている人
調べている人が居たら
そう云う事は 新聞の一面で 発表すべきだ
と 僕は 考える

     

          巣が 一部 破損している
          修理の最中  乾いていない処は 黒っぽい
          次の日 見たら すでに 全部修理されていた


藤沢周平氏の 作品の中にも ツバメが出て来て
家の門に 作られたツバメの巣を 
削り取ってしまう亭主を 悲しく思う妻
・・・・・なんて云う のが有った様な 記憶が有る
時代劇 である

昔の人でも ツバメの巣を 削り取った人が居たのだろうか
居たのかも知れない

針金の ハンガーで巣を作る カラス
これだって たくましさを 僕は 感じる
それが 電柱に作られ 停電になった
この前の新聞に 出ていた

停電は 困るけれども ツバメにしても
スズメにしても カラスにしても
自然に生きる 動物
それも 人の傍に 生きる動物たち

これらには 何時も 感心する

ツバメの雛が 孵ったら 写真に写し
ツバメ・パート2 を 是非 書きたい

     

          すでに 巣は 修理されている
          今回の写真は どれも 似ている
          しかし 写した日が 全て違う
          ツバメの顔が 巣からのぞいている日がある
          小さい眼で こちらを しっかり 見ているのが分かる


幸福の王子のツバメは どうして 仲間と
暖かい エジプトへ 帰らなかったのか
なんて事も その時は 書こう



SCARECROWS 13 のお知らせ [2009年06月11日(木)]

     

          ギャラリー TSUKASA を借りて
          本作り 時間があっと云う間に 過ぎてしまう


SCARECROWS 13「罠」の 脚本作り が 
ようやく 終わりに近づいた

脚本作り と言っても 本を綴じる作業ではない

作品の 内容である

六月に入って ようやく 読み稽古が 出来た
撮影の人 他の芝居の稽古の人
何人か NGの人が 居た
全員そろっての 読みではなかったが 代役を立てて
出来た

それまでは 四月 五月 
作品 そのモノを 作ってゆく
大変 貴重な 体験であった

春田純一さんの 作品に食い込んで来る 力
それは 強烈だった
脚本・演出 上田ボッコ とは なっているが
今回 脚本が出来上がる その過程において 
春田さんの力は 大きかった


          春田純一さん
          今回の作品作り(本作り) は 春田さんの力が
          無ければ ここまで 来なかった
          あとは 何時も通り これからの稽古が 勝負


本格的な サスペンス劇である
だから 内容を 一切 公開 出来ない

もう 喉まで 出掛かっているが 11月まで・・・
いや 考えてみれば 本番に入っても・・・
だから 11月 終わってからでないと 内容は
言えない・・・
って事は ずっと 言えないって事だ・・・

いやはや 観てもらうしか 方法は 無い訳だ

それでも 公演の概要を 紹介します
時期的に 早いかも知れませんが・・・・・

早いな

近くなったら 又 お知らせします
出演者の 写真 
稽古の様子 なども 紹介して行きます

     

          関根大学さん
          関根さんは 今 もう一つの芝居の
          稽古中です


あっ そうだ
SCARECROWS の ホームページは 
今 新しく 工事中です
こちらでは ── 稽古場からの報告 ──
と云う コーナーを作っているので
そっちと ダブるかも知れませんが
お知らせします

SCARECROWS 13 「 罠 」
原作 ロベール・トマ
(原作とは かなり 違ったものに なりました)  

日時 2009年 11月3日(火)〜 8日(日)
場所 TACCS1179 (西武新宿線 下落合)
料金 前売り 3500円  当日 3800円   

3日(火)  15:00 19:00
4日(水)      19:00
5日(木)      19:00
6日(金) 14:00 19:00
7日(土) 14:00 19:00
8日(日) 14:00    

出演者  春田純一
     関根大学
     べろ武田
     岩崎雄一
     MIWA 
     福地冷緒
     山田慶子
     北方 拓
      その他

脚本・演出  上田ボッコ
照明・音響  水谷彰利
照明操作   保科由佳
音響操作   堀川恭子
美術     水谷・上田
題字     うえだみずえ
宣伝美術   岡見文克
舞台監督   藤森綾佳
 
制作     中山静子

協力     ギャラリー TSUKASA
       Deem Factory


体勢は出来上がりました

     

          べろ武田さん
          武ちゃんも 忙しい


SCARECROWSは 劇団ではなく 事務所 稽古場も
無いので
この 始めの 土俵作り と言いましょうか
体勢作りが とても 大切なのです

さあ 始りました ! ! ! 

     

          世界は 梅雨に入りました
          次は 客演として 参加して下さる
          方々を 紹介します


これから 稽古の中で 出来上がっていく
様々な事
お知らせして行きます




記憶の果て [2009年06月05日(金)]
     

          今回のテーマとは関係ないのですが
          空 雲


── 僕の両脇に 大人が 居る
  多分 いや 間違いなく 父と母だ
  幅が広い 石の階段を 下りている
  どちらかに 手を引かれていた 気もする
  周りは 木が繁っている
  
  金色の バッヂ
  象さんの形を している
  薄いブリキで 型を抜いて作ったバッヂ
  それに 金メッキが 施されていたのだと
  思う
  
  ふっくらと象さんの形をした その 光るバッヂが 
  僕は 気に入っている
  胸に 着けていたか
  手に 持っていたか
  
  そこは ハッキリしない
  ただ そのバッヂが お気に入りだった
  
  周りの情景の 薄ぼんやりした記憶と 違い
  その金色の 象さんのバッヂは
  かなり 明確に 記憶している ──

この記憶は 二歳か 三歳・・・ 
四歳には なっていなかった と思う
田舎から 長い時間をかけて 
東京の 上野動物園に 行った のだと思う
父と母に 連れられて

前に 人力車に乗った記憶が有る と書いた
上野動物園の 記憶が
その後だったか 前だったか
そこまでは 記憶が 明確ではない

人力車に乗った記憶の方が
もっと 小さい時だった かも知れない

何せ 金色の象さんのバッヂの記憶は 明確なのだ

人力車の あの薄暗さは
かなり小さい時 の 記憶のような 気がする

     

          これも 雲 空


── 父と母と 温泉に 入っている
  かなり大きな 温泉だった
  父が 温泉の中を 泳いで見せてくれた
  それを見て 母が 笑った ──

この記憶も かなり 小さい時だ
そして 記憶のツナガリが無い 
かなり断片的だ

これらの記憶は 何故か 薄暗い
暗い記憶ではないはずだが 情景や像が
薄暗い
小さい時の記憶と云うのは 薄暗いのかも知れない

いや 僕にとっては 薄暗い と云う事か・・・

── 母が 瀬戸物で出来た 達磨さんを
  買って来てくれた
  後ろに お金が入る 細長い穴が有る
  貯金箱だ
  箱ではないが 達磨さんの貯金箱だ
  これは よく有る
  今でも よく見る
  
  赤い色 その光沢
  気に入った
  布団の中に 入っても 仰向けになって
  両手で持って 見ていた
  手のひらが どうなったのか
  瞬間 達磨が 僕の額に 落ちて来て
  その貯金箱は 割れてしまった

  僕は 泣き声を 上げた
  母が 来て 笑って
  又 買って来てやる と 言った

  その後 買ってはもらったが 
  何か 光沢が 違うような気がして
  最初の 感動は 無かった ──

この記憶なんかは 笑える記憶だ
よくよく気に入って 布団の中で 見ていたら
手が滑って 額に落ちて来て 割れてしまった
・・・これは 自分で思い出して 笑ってしまう

     

          田んぼ
          近頃 畑はよく見るが 田んぼを見なくなった
          テーマとは関係ないのですが
          久々に見た田んぼです


遠い記憶の事を 父や母が 生きている間に
どうして もっとキチンと 聞いておかなかったかと 
僕は 時々 後悔する
父や母は あんな時を 覚えているのか !
と 驚いたかも知れない
その事で 喜んだかも 知れない

又 自分も もっと聞く事で 
記憶の糸が もっともっと 出て来たかも知れない

そんな事を 僕は よく思う

聞いた話だが 生まれた瞬間を 記憶している
そう云う人が 居ると
パッと 明るくなった時の 記憶とか
パチパチと 拍手のような 音を 記憶しているとか
そして その事を お母さんに 話すと
確かに お前が生まれた時 皆 拍手をした
と言ったとか

それだけではない
お腹の中に居た時の 記憶が有る人が 居る
とか 聞いた事もある

僕には そこまでの記憶は 無い

眉唾だろう
とは 言えない気がする
例えば 形のある像として 記憶がなくとも
感覚としての 言葉に出来ない 映像に 結びつかない
そう云った形の記憶が あるのかも知れない 
潜在的に 胎内の記憶などは
誰にでも 有るのかも 知れない

風呂に入った時の 快感なんかは
それに通じる 気が しないでもない

     

          これもテーマとは無関係です
          少し 小ぶりの サクランボ


淀川長冶さんは 一歳とか その前の記憶が
有ると 本の中に 書いておられた

雨戸の 小さな隙間や 節穴から 外の光が 家の中に
入ってくる
(それが 何と云う現象かは 忘れたが)
光の当たった処に 外の像が 写る事が 有る
人が歩いていたり 車が 通ったり
動いている像が 微かに 写るのである

一歳になるかならない時 淀長さんは
その写った像を 布団の中から 見ていた
と言うのだ
それが 楽しくて 楽しくて
自分が 映画に 人以上に 興味を持ち
映画の評論家になった 原点が 
その生まれて間もない頃見た 家の中に写った 外の様子 
その映像を見る 楽しさ だったかも 知れない 
と 書いておられる

又 初めて見た映画を 覚えていて
大人になって その映画を探して 見た
ほとんど 記憶と 違っていなかった
とも 書いておられた

僕の 体験では 記憶の 前 後が 違っていたり
とかは 有る
記憶している像 そのものは
確かなものしか 記憶出来ないのかも 知れない
とも 思う

     

          鷺
          鳥達にも 本能とは違う
          そんな記憶が何処かに
          残っているのだろうか


記憶されている事は 以前に 時を経ているが 
確実に 有った事 でもある 
その事が 僕にとっては 考えれば 考えるほど
想ってみれば 想ってみるほど
掴み 切れなくて 
不思議な気さえ して来る
桑の実 [2009年05月29日(金)]

桑の実にも 桑の葉にも 思い出がある
両方とも 母に つながる
子供の頃の 思い出だ
しかも どちらも 叱られた 思い出だ

今年は 川沿いを歩いていて 桑の実が 目立つ
もの凄く 沢山 実っている
果物を たわわに実る と云うが
桑の実は たわわと云う言い方が しっくり来ない
枝に ビッシリと くっ付いて 実っている
ちょっと 情緒的な言い方ではないが
見ると やっぱり ビッシリの方が しっくり来る

     

         枝に桑の実が ビッシリと実っている
         手を伸ばせば 幾らでも 取れる
         ただし 黒光りしているものを・・・


去年は 気が着かなかった
こんなに 実っていたんだろうか
チラ ホラとは 気が着いてはいた
今年は違う
見ようとしなくても 見えてしまう

川沿いに こんなに 桑の木が多かった事も
今年 初めて 知った

川の流れに近づいて 桑の実を 取っている人が居た
男の人と 女の人
歳は 若くはない
多分 ご夫婦 だったのではないだろうか

川沿いの フェンスを越えて 桑の葉が 伸びている
歩いている 道に 伸びているのだ
その枝に ビッシリと 桑の実が 実っているのだ
その日は 袋を 持って行かなかった
次の日 袋を持って行って 取った

フェンスから 道に 伸びているから
何の苦も無く 取れるのだ
見て行く人は 居るが 取っていく人は 少ない
いや ほとんど居ない

自然の恵みだ

ギンナンもそうだが 
僕は 卑しいのか こう云うの黙って 見過ごせない
必ず 取る
自然の恵みを 取るのは 楽しい
限りなく取ってしまう 癖が 有る
とにかく 楽しいのだ

写真には 紅い実が よく写っているが
実は その間に 紫を越して 黒いのが実っている
これが いいのだ

よく見ると 黒く 光っている
小さなブドウのような 桑の実

もう子供の頃は 食べて 食べて 食べて
限りなく 食べて 
食べ過ぎて 気持ちが悪くなった事も 有った
それほどに 好きだった

一升ビンに入れて 棒で 突っつき
ジュースにして 飲む 方法もあった
僕は 何故か 桑の実は そのまま食べるのが
好きだった

何十年ぶりだろう
食べてみると 懐かしい味が した
お菓子の 甘さとは 全く 違う
ちょっと生臭いような 僅かな甘さ
そして この甘さは 後を引く
止められなくなる

ちょっと 紅い部分が有ると もう すっぱい
凄く すっぱい
黒光りした 小さくとも ふっくら感を
感じるものが 甘い

     

          この日は雨がずっと降らなくて川が干上がっている
          川のヘリに緑なしているのが 桑の木です


木から取る時 もぎ取るのではなく
ふっと 手を触れたとたん 落ちる
熟した桑の実は そうなっている

触れただけで ポロリと取れる

フェンスを乗り越えて 道に垂れている枝
二 三分も取ると もう 結構 取れた

フェンスから 下を覗くと 黒光りした桑の実が
もう ビッシリ
でも 僕は 下へは 降りなかった
我慢した
僕にしては 我慢した

桑の実の頃は 真夏だったように記憶しているが
今頃か・・・ 初夏 だったんだな
と 改めて 思い返す

それとも やっぱり 暖かくなっているせいか

     

         取って来た 桑の実です
         かなり 食べました


小学校の時 真っ白なシャツを 母が
買って来て くれた
僕は もうすでに 半ズボンだった
あの頃は 初夏から 秋まで
ずうっと 子供達は 半ズボンだった

田舎モノの僕は 当時 夏中 長いズボンを
はいて通している人に ナニカ不思議な 
畏敬の念を 持った
あの感情は 何だったんだろう
今でも 分からない

言ってみれば パンツ(サルマタのような) だった
それでも 紺色の 半ズボンを 僕は 一つ 持っていた
イッチョウラ と云うヤツだ

何か 学校で 催し物が有った日だったんだと思う
母の買って来た 白いシャツ 紺の半ズボン
そんな キチンとした 格好など 普段は しない
させて もらえない
だから きっと 何か 学校で 有った日なんだ
その日 学校の帰り クワゴ取りに そのまま
行ってしまったのだ
桑の実を 僕らは クワゴ と呼んでいた

ご存知の通り 桑の実は 汁が出る
紫色の 汁が 出る
木から もいで そのまま 口に ほおばる
口の中が みんな オハグロのように 
紫色になったものだ

口の中なら 幾ら 紫色になっても
その内 消える
白い 新しいシャツには アチコチ 紫色の汁が
飛び散った
これは 消えない

帰って 母に 凄く 叱られた

     

          今年は 桑の実の 豊作なのかも知れません


あとは 桑の葉 
学校で カイコを飼う
これは 何年生かの 課題だったのだと 思う
これは 今でも やる学校がある

カイコを作る蛾を 農家から もらって来て
蛾の 交尾から 卵を産む
全てを 観察する訳だ
その時 蛾が産んだ卵を 少し みんなに
分けてくれる
生んだ卵 全部を育てたら 
大変な 量になってしまう

僕も 少し もらって来た
すぐに 生まれる
青虫は 青いが カイコは 白っぽい
始めは 数ミリ 二ミリとか 三ミリとか
そんな大きさだ
そのカイコに 桑の葉を 与えるのだ
生まれたカイコの上に 桑の葉を かぶせておけば
独りでに 登って来て 桑の葉を食べる

もらって来た カイコに
桑の葉を 取って来るのは 僕の役目だった
それを すると云う約束で 飼ったのだった

カイコの食欲は もの凄い
アッと言う間に 食べ尽くす
桑の葉を とぎらせては いけない
忙しい時は 沢山 桑の葉を取って来ておいて
食い尽くしたら 又 与える

何日かすると 案の定 僕は 飽きていた
その日 桑の葉が 途切れていた

母は 叱った
雨の中 夜 僕は 桑の葉を 取りに行かされた
取りに行かされた と 云う言い方は 間違いだろう
母は あえて 許す事をせず
夜 雨の中 僕を 行かせたのだ
泣きながら 雨にぬれ 僕は 桑の葉を 取って来た

ほんの 二 三ミリのカイコが 
桑の葉だけを 食べ続け 五センチを 越す
もうそうなると 桑の葉を食べる 音がする
ザクザク ザクザク と音を立てて 
桑の葉を 食い尽くす
やがて 藁屑を縛って 置くと
その間に 繭を作り 中に入って
蛾の幼虫になり 眠りに着く

飼っていると カイコが 口から銀色の糸を吐いて
繭を作る様子も 見る事が 出来る
あの時 何個の 繭が 出来たか
覚えていない
母は 繭を煮詰めて 座布団 一枚位は 作れる 
真綿に してくれた

繭は やりようによっては 絹糸をも作れる

     

          昨日 今日と雨が降った
          かなり 降ったが 恵みの雨かも知れない
          川は 久しぶりに 増水した


あの真綿は 両手で持って 引っ張っても 切れない
引っ張ると キュッ キュッと 音がしたような
記憶が有る
真綿を 引っ張り 広げて 普通の綿の上を覆うと
布団の綿が 崩れないのだ

真綿にして 干した その様子が 思い出される

あの真綿は 絹だ
カイコは 絹を 吐き出すのだ

銀色に輝き 美しいものだった
 



おたまじゃくしはカエルの子 [2009年05月25日(月)]

♪ 〜 お〜たまじゃくしは〜 カエルの子 〜
〜 ナマズの孫ではないわいな 〜
それが 何より証拠には 〜
やがて 手が出る 足が出る 〜 〜 ♪

てな 歌がある

今年は おたまじゃくしを 飼った

     

         取って来た時は 真っ黒で頭は五ミリくらいだった
         水草の根っこも こんなに有った


・・・えっ ホント ? ?
ホントに おたまじゃくし ? ? ?

六十過ぎた男が・・・ ?
・・・ ?  おたまじゃくし ?

飼ってるの ?

そりぁ 誰だって そう 思うわ

しかし 
ああ しかし ! そうです ! ! !
飼っていたのです

六十過ぎの 男が おたまじゃくしを 
飼っていたのです ! !

手長エビとか 沢ガニとか ではなくて
・・・おたまじゃくし です

あの おたまじゃくし です

まあ そう云う事に なってしまったのですが・・・

今年 四月の半ば 孫と 秋川へ 行った訳です
本流の部分は 子供には 危ない事も有る
だがら ちょっと 外れた 流れ
その傍に 溜まり水のように 流れの ゆるい
まるで 流れていないような ところが 
幾つも有るわけです

そう云ったところは 水温も暖かく
安全です

秋川の 支流には 沢蟹も まだまだ
沢山居ます
支流でなくても 居ます
でも 何処かは 教えません

誰も彼も 沢蟹を 取りに行って
すっかり 居なくなってしまった処を
僕は 知っています

バーベーキューはいいのですが
沢蟹を沢山 捕って 鉄板の上で 炒めて
つまみに 食べていた ビール飲みながらです
・・・・・そんな光景を 何年か前に 見ました
もう ソコに 沢蟹は 居ません
居なくなりました

     

         もの凄く 食う
         数日のうちに 水草の根は 無くなった
         この写真では まだ 白く残っているが・・・


話を 戻しましょう
その日 僕は ハゼの稚魚を 捕まえていたのですが
・・・これが 実は なかなか 捕まらないのだ
その間
彼は 一人 せっせと ナニカ 捕っていました
帰り際 見ると おたまじゃくし が わんさと
入っているのです
彼が 捕まえた訳で
一応 そう云う時 僕は 聞く訳です

「おたまじゃくしは 放して 行こうよ」
「ダメッ」
「何時も 困るじゃないか」
「ダメッ」

その日は ちよっと 彼の語気に 押されて
持って 帰る事に なり 
帰ると 今度は 娘の 一喝
「ダメッ ダメッ」
彼は 泣き出して 
結局 僕が 家に持ち帰り 育て 
カエルになったら 彼のところへ 持って行く 
と云う 厄介な 約束で
一件落着 ・・・ ?  となった訳です

僕は 元来 生き物が 育つ
又は 育つに従って 変わって行く
その様子を見る事が 実は たまらなく
好きなのです が

家に 持って帰った けど
・・・妻は 冷たかった

何せ 数が 凄いのと ただの おたまじゃくし
ですから・・・・・

おたまじゃくしは 簡単です
えら呼吸ではないから ブクブクは 要りません
水槽に入れて ほっとけば いいのです
外で いいです
勿論 餌は 要ります

ただ 水草をかなり 一緒に 取って来ました
根っこの ふさふさした奴です

まず おたまじゃくしの 食欲 には 驚きました
凄い 何でも 食べます
結局 水草も 根っこから 食べ
何時しか 何にも なくなっていました
繊維質の スジも 残っていません

メダカの 餌を かなり 大量に
日々 与えていました

始め 五ミリぐらいで 真っ黒だった 姿かたちが
あっと云う間に 頭は 一センチくらいになり
黒ではなく 何と云えばいいのだろう
写真のような 色合いに なって来ました

     

         いっぱい居るから
         一匹だけ写すのは 厄介でした
         ほら 足が 出てきましたよ
         白く浮いているのは メダカにやっていた餌
         この餌で 育った


目は ホントに 小さい
口も まあ ホントに 小さい
しかし 食べます

メダカの餌をやると 裏返しになっても 食べている
見ると 黒かった腹の部分は すでに白く 
何となく 縞模様なんかが 出て来て
カエルの腹に 似て来ました

そのうち 尻尾も ヒョロヒョロではなく
立派に なって来ましたよ

数日で 又 変化です
まず 頭が ナニか 変わって来ました
丸っこかったのが 筋張ってきたと云うか
角ばって来た と 云うか
要するに カエルの 形に近くなってくる
そう云えば カエルの口は 大きい

でも よく見ると 全部の おたまじゃくしが
同じように 変わって来るのでは なく
遅れているのも かなり 居るようでした

その時 よくよく見ると
尻尾の 付け根に カエルの足が 
小さく 出て来ているモノが 居る
その足が 日に日に 大きくなって
もう 足で 蹴って 泳いでいる 奴なんかが 居る
キユッキュッと 生意気に 蹴って 泳ぐのです

おたまじゃくしのくせに カエルのように 泳ぐ
しかも 尻尾は まだ 有る

ついに 前足が 出て来るところは 分かりませんでした
もう 彼のところへ 持って 行かなくては と
水槽から ビクに 入れていると
ほとんど 前足が 出ているのです

どうやって 出てくるのだろうか ?
見逃しました
実に 不思議です

     

          ほら 足だけではなく
          頭も カエルに 近づいてきた


カエルのような 形になった モノ達は
とにかく 痩せている
そこで 気が着きました

そうだ カエルは 生きている虫を 食うんだ

実は ペットショップには カエルの餌 売っています
小さな 小さな コオロギとか
あれは 外来種です
あんな小さな コオロギは 日本には 居ない
だから 絶対 買って来ません
やるなら 羽虫を 捕まえて 与えるしかない

それは ちよっと 厄介です

それで あきる野へ 向かいました

まだ 尻尾は 着いているけど 仕方が無い
まだ 前足の 出でいないモノも 居ます
彼に見せると もう 目を輝かして 
「飼う 飼う」
でも そこは 言い聞かせて
二人で 捕った川へ 放して来ました
変わりに 沢蟹を 数匹 捕まえて・・・

     

          入れ物が白いから よく分かる
          カエルの形になった モノは 小さくやせている
          来年は もっと細かく 写してみたい
          この状態で 元の川に放してきた


正直 言うと 僕は もっと 準備をして
来年は もっと 細かく 見てみよう 
・・・・・なんて
思ったのでした

おたまじゃくしから カエルに 変わる
見ていると これは 思っている以上に
不思議を 感じさせてくれました

 


高速バスに乗って [2009年05月18日(月)]

連休も 終わって
バスは ガラガラ だった
最も 僕は 混んだところが 全て嫌だから
この前 この高速バスに乗った時も
ガラガラだった

     

          ごらんのように ガラガラ
          ゆったり 座れる
          

「今日は 赤字 だな」
なんて バスの車掌さんも のん気なものだった

今回は 車掌さんは 同乗していなかった
この不景気で 乗る人も 少なかったら
それも 仕方が無いと 思う

他の人たちは 飛行機で 行った
僕は 言った様に 飛行機がダメ
妻が 僕に合わせて バスで同行

金も無い
飛行機 一人の 片道料金で
二人 行って来られる
今 バスが 良い

義母の 米寿のお祝いである

飛行機以外の 乗り物は 好きだ
昔は 上野から 急行列車で 行ったものだ
寝台車で行った事も 有る

特に 寝台車は 好きだった

バスの窓から 見える景色を
バシャバシャ バシャバシャ 撮っていたら
着いた時には バッテリーが無くなって
肝心の お祝いは 写せなかった

充電器 充電器 と思ったが
充電器を 忘れていた
他の人が 写している
ま いいかって事で 僕は 撮らなかった

      

          行きのバス
          左側には 日本アルプスが見える場所が有る
          山頂には 雲が かかっていた
    

バスに乗っている間
あまりいい天気ではない
しかも 走っているから 写したものは
ぶれているのが 多い

が 全く 飽きる事の無い 時間だった

関越自動車道から 入って行く

車窓を流れる 景色を ただ ただ 見る
モノを 考えるのには 持ってこいだ
これでも 考えなければならない事が 今
有る・・・
二 三日ではあるが 
東京を 離れて 考える
ちょっと 整理してみる
 
そのための時間 として 
行きと 帰りの バスでの数時間は
良かった

行きは 左側に 遠く 
日本アルプスと呼ばれる山々が見える
右側は 日本海
静かな 海だった

かつて と言っても ほんの数年前まで
この高速道路を
自分で 運転して 往復していた
結構 飛ばして 

せいぜい 六時間
休みを 長くとっても 七時間 で 着く
速さの最高記録は 自宅から 五時間
これは 今 思うと なんの自慢にも ならない

もっと 若い時は
東名高速を 下って 米原あたりで
日本海の方に 向かい 目的地まで 行った

金沢である

帰りは 逆に 新潟を回って 
途中 手作りのテントで 子供も一緒に 一晩して
会津 まで行ったりした
帰りは 東北自動車道
千五百キロくらい 走っただろうか

今は 運転が 疲れる様になった
車も 軽自動車になってしまったから
自分で 運転して行くのは 難しい

     

          右側には 日本海
          風力発電の プロペラが見えた
          走っているので 多少ピンぽけ


が バスは 良い
自分で 運転をしていた頃
こんなに 景色を 堪能する事は 当然
出来なかった
わき見運転で 何キロも 走る事は 出来ない
バスだと 出発から 到着まで
ずうっと わき見だ

シートを 目一杯 倒して
足元のパネルを 出して 靴も脱いで
すっかり 横になった状態で 外を見続けられる
初めてバスで行った時 思っている以上に
心地良いのに 驚いたものだ

本を 読んでも 良い
寝ても 良い
音楽を 聴いても 良い

一時間半 ないしは 二時間おきに 
サービスエリアに 入る

走っている間 トイレに行きたくなったら
バスの中には トイレも 有る

バスの事ではないが 驚いた事が 二つ有る

一つは サービスエリアのトイレだ
何処も ウォシュレット完備 だった
これには 驚いた

     

          これも ピンぼけで すいません
          藤の花です
          ちょっと 盛りは 過ぎたのかも知れません
          もっと 凄い 藤の花の 群生があったのですが
          写せなかった


それと もう一つ
金沢の 町中で 自動販売機が
あまり と云うより ほとんど 見られなかった
無い訳ではない
でも 少ない
町の景観を 大切にしようと 町ぐるみで
そうしたのだろうか
店が有るから 欲しければ 店で買えば良い
あれは 素晴らしい
良いと 思った

町なか から 外れていくに従って
自動販売機は 増えていった

東京の街は 自動販売機が 佃煮にするほど
有る 有る 
これでもか これでもか と言うほど 有る
僕も つい買ってしまう
しかし 思ってみると もの凄い電気の量だと思う
店が隣に有るのに 自動販売機が 有る 有る

帰りは 激しい 雨だった
座席が 一番前だった
帰りも ガラガラで 
「何処に 座っても いいですよ」
運転手の方が 言った
でも そのまま 一番前に 僕は 座っていた

今の高速バスは 座席が 高い
運転手の上に 運転手が見るのとは違う
もっと大きな 窓が 別に 有る
その窓に 雨粒が 当たる
コロコロと 雨粒は 車の上に向かって 走る
その様が 実に 綺麗だった
映画を 見るようだった

一番前だと そんな様子も 見る事が出来る

     

          こんな 岩山も 
          至る所で 見える 場所が 有る


東京に着くと 雨は 上がっていた
気温も 上がっていた
何だが あまり 気持ちのいい 暖かさではなかった

今日から 又 その東京の生活に 戻り
この 妙な暖かさも 気にならなくなってしまうのか
そんな風に 思った



ヒコーキ雲・鯉のぼり・・・ [2009年05月06日(水)]

ヒコーキ雲には 憧れた
子供の頃 やけに 憧れた

     

          ある日の ヒコーキ雲


今 僕は 飛行機に乗るのが 嫌いだ
何度か 乗ってはいるが
もう 何時も 決死の覚悟で 乗る

あの デッカイ物体が 空を飛ぶ事が
しっくりと こない
理屈では 分かっていても 怖い

だから 飛行機には 乗らない
乗りたくない
時間が 長くてもいい 高速バスでいい

子供の頃は 飛行機に 憧れた
飛行機乗りに なりたいと 思った事もあった
今 その心理が 理解できない
・・・・・ことはないか・・
子供の時 飛行機乗りになりたい と思ったり
するのは 極 普通かもしれない
ただ 大人になって 何故 飛行機が 怖くなったのか
そこの処は よく分からない

さてさて ゴールデン・ウイークも終わりだ
次の日曜まで休みで 長い連休の人も居る

僕なんぞは すでに 何時だって 連休か・・・

稽古が 本格的になるまでは 準備 準備 準備だしな

話は変わって 近頃 鯉のぼりを あまり 見ない

最も 僕は 子供の頃 鯉のぼりなんて 
買っては もらえなかった
兄が 二人居るが 家にも 無かった
でも 周りでは よく見た

矢車が クルクル クルクル 周り
鯉のぼりが 空を 泳ぐ
その空の向こうを ヒコーキ雲

探したけれど そう云う 景色は 無かった

     

          この鯉のぼりは 近くの川に毎年 泳ぐ
          確か 去年も このブログに載せた
          子供達は 喜ぶ


連休は 結局 ゴロゴロしてしまう
体重が 増えている

普段は 一人で居る事が 多いから
歩く
連休になると 人が居る
人の家に 行く

金もないし 車は 混んでるので 嫌だ
ETC・・・あんなものは 要らない
何だか解らない 怪しい空気に 乗せられて 
買うのは 馬鹿馬鹿しい
でも 車は好きだ
一時間弱 走って あきる野へ 行く
泊って来る
一人 歩く訳には 行かない
と云うより それを理由に 歩かない
本当は 失礼して 歩けばいいのだ

せいぜい 釣り・・・
孫なんかを連れて 釣りに行くと
釣っている 余裕なんて 無い
浮きを 見てるより 子供を見てなきゃ
ってなもんだ

それでも それは それなりに
気持ちが 休まる
休まり過ぎて 飲んで 食う
結果 1キロか 1.5キロ 位 太っている
この太り方は なかなか 減らない

     

          これも よく見ると 鯉のぼり
          娘が 子供達のために 作る
          むしろ 僕が ガツガツ 食べた


それでなくとも 体重はオーバーしている
見た目では そう見えないらしいが
僕は メタボリック・シンドローム そのもの
だと思う

連休が 終わると SCARECROWS の本作り
作品作りが 最終段階に 入る

競馬の馬は 走り出す時 
走りたくて 走りたくて 走りたくて
口から 泡を 吹き出して 走ろうとする
それを 騎手が タズナを引いて 止めている
ゲートが 開かれた時 タズナを 緩めるのだろう
一斉に 走り出す

僕は 競馬をやらない
でも その様子は 分かるような気がする
映画の撮影で 走りたい馬を 乗っている人が 止めている
その激しい 様子を 一度 見た事が あるからだ
あれは 凄いものだった

あれほど 凄くは ないが
一つの 芝居の 稽古が始るまでの
準備の日々は あの馬に 似ているかも知れない
スタートして 始ってしまうと 
もう 止まっている訳には行かない

迷う事 迷宮に入ってしまう事は
当然 しょっちゅう 有る
でも 止まるのとは 違う

準備期間も 止まっている訳ではないが
具体的に 稽古場へ通わないから
スタート前の馬だ
稽古場に 通う日々になると
走っている馬のような日々に なる

     

          これも よく見ると 鯉のぼり


それまでは 鯉のぼりでも見て ボーっと
していたら いい 
と思うかも知れないが
・・・ダメ ! ! !  ダメ !

この歳になると ボーっとしていると ダメ !
そのまま ボーっと しっぱなしに なりかねない
いや ホント
一日二十四時間 キンキン しているのもダメだけど
一日のうち 何時間かは キンキンする時間を
作らないと ボーッとした モードに
脳が 勝手に 行ってしまう

脳が 活性化する と よく言う
歳を取ると 活性化している時 していない時
この違いが 自分の内側から よく 分かる

二年前 一人芝居を やった

一時間 喋りっぱなし だった

あの稽古の間 本番の間・・・・・

本番の前は 眠れない
寝ると 全身 汗でびっしょり
冬なのに 夜中に起きて タオルで身体を
拭いて パンツまで はき変えた
自律神経が おかしくなるのだろう

でも 脳は もの凄く働いていた

その事が よく 解った
「あれっ 俺 何をしに 部屋へ来たんだっけ」
ってな 物忘れが 稽古の間 本番中 無かった
終わって ひと月もすると 戻ってしまう
だから 意識的に ナニカ していないと
僕の脳は 常に 休みたがる

ま だからと言って キリキリするのは
これまた 良くない

     

          これは 何時もの場所から見た富士山


この季節を超えると アッと言う間に 夏が来る
時間の早さに 引きずられないよう
準備 準備

そして 始ったら また 走ろう




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