時の過ぎ行くままに [2008年12月31日(水)]
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僕には 人力車に乗った記憶が 有る
いや 乗った記憶 と云うより その中の記憶 人力車の中に居る記憶 の方が 正しいか つまり 人力車が 走っている その揺れとか そう云うものは 覚えていない しかし 明らかに 人力車の中に居る記憶だ 勿論 走ってはいたのだろう が 記憶は あくまでも 人力車の中だ ![]() 大晦日の今日は少し冷えるがいい天気だった これは マンリョウ だったか センリョウ だったか そんな名前だったと思う 今 浅草辺りへ行けば 人力車に 乗れる 観光として 走っている 僕の言っているのは 浅草の今の人力車 ではない 紛れもない 昔の人力車だ 戦後 間も無くだろう 昭和二十一年の十二月に 僕は生まれているから 記憶は その後 数年の間のものだろう 小学校へ入る ずっと前だ もしかして 生を受けて 一番始めの方の記憶 かも知れない 人力車に乗っている記憶 ・・・それは こよなく 暗い 毛布か布のようなものを 誰か掛けてくれた その毛布のような物の 湿り気・・・ ある重さ・・・ それを 記憶している その湿った感じが あまり心地よくない いや むしろ 嫌だった 嫌だった ものとしての 記憶があるのだ 暗い と云うのは 人力車の傘を 開いていたのだろう と思う ![]() 梅ノ木 早咲きの梅か ? 蕾が随分膨らみ 数個 咲いている梅がいた もしかしたら 母の膝の上だったのかも知れない それも 雨だったのかも知れない 僕の家は 裕福ではなかった 人力車と云えば 裕福な人が 乗る そんなイメージがある 何か 人力車に乗らねばならない理由が 有ったのかも知れない こう云った話は 母が生きている内に 聞いておくべきだったと 今 切に 思う もしかして 「えっ あの時の事を お前は かすかでも 記憶しているのかい ?」と 母は 驚いたかも知れない それほど まだ小さい時だった ような気がする 汽車に乗って 母に連れられて 会津若松までよく行った 駅の脇に 人力車が 数台 止まっていた その記憶は より鮮明だ それは 少し僕が 大きくなってからの記憶だからだ 僕の住む村から 会津若松までは ひと駅だった 暮も押し詰まって 小学生・中学生の同窓生 Kさんと 飲んだ 二人きりの 忘年会 僕が 唯一 今付き合っている同窓生だ 彼とは 時々 会って 飲む 芝居も ほとんど 見に来てくれる 飲みながら 彼に その人力車の話をした 彼は 会津若松の駅に 人力車が止まっている その記憶は 無いな と言っていた ![]() 何時もの場所 富士山が 写っているのですが 今日もまた 写真に写しても 分かりにくい 記憶の話を しようと思っている訳ではない 今 六十二歳 その 六十年余りの 時間の事を 思ってみようと したのだ 時間には 切れ目が 無い 科学が 発達して 実は 時間にも プツプツ 切れ目が 有って 我々が 感じられないだけ なんて事に なる日が 来るかも知れない が 今は 時間に切れ目は 無いと言っていいだろう 大晦日だ 今日で 2008年が 終わる 明日から 2009年が 始まる訳だ 時間に 切れ目は 無いが 人は 地球と 太陽の廻りに 合わせて 一年と云う 区切りを 作った その区切りの 一年が もう間も無く 終わろうとしている 同時に 次の 一年が 始まろう としている こうやって 一年 一年 送って来て 六十二年 経った事を 改めて思ってみよう としたのだけれど それって どう云う事なのか よく分からなくなってしまった それで 限りなく 六十年前に近い 自分の記憶を 辿ってみたら 人力車の 記憶に 辿りついた と云う訳だ 何の事は 無い 僕は また 生きて行く ![]() 我が家のベランダに咲いたアロエの花 これは 以前 紹介したかも知れません まだ 咲いています この大晦日の感じ お正月を迎えようとしている感じ すっかり 変わってしまったと 思う むしろ その変わり様が 六十年 と云うもの かも知れない くるくる廻る人力車の車のように 時間も 廻る はてさて 来年は どんな年に なるのだろう 今年 世の中は まさに混沌としていた 逃げ出したく なる ほどだ しかし 逃げ出す訳には 行かない おそらく 明日からやって来る 来年は 混沌の 深さが ますます 増すだろう ![]() はてさて 明日からは お正月です 皆様 来年も よろしく 2009年と云う年から 逃げ出す訳には 行かない せめて 元気で 空元気でもいいから 元気に 元気いっぱいに 自分らしく ちょっと のんびりと 生きて行きたい |






















































