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「大切なものってなに?」東北地方太平洋沖地震によせて [2015年10月27日(Tue)]
「大切なものってなに?」東北地方太平洋沖地震によせて

〜当たり前の日常が当たり前でなくなる時:津波てんでんこ〜


*『津波てんでんこ』
家族の安否を確認したため亡くなられた方もたくさんあるそうです。
災害が発生した時には、それぞれに(てんでんこ)自分たちの命は守ろうという事だそうです。

鳥取県鳥取市佐治海洋センター担当者の田中寿彦氏は、
平成7年1月17日に発生した「阪神淡路大震災」の時、神戸市長田区の避難所に2回の炊き出しに参加や、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に鳥取県の「避難所応援要員」として宮城県石巻市に行かれ、また鳥取に帰ってからは佐治中学校で「大切なもの」をテーマに講演をするなど積極的に活動をしています。(そのあとも、石巻の避難所の仲間に会いに数回出かけておられます。)


カメラ 今回は、田中さんが平成27年7月18日から22日の4日間、石巻市・(南三陸町)・岩手県(陸前高田市)を訪問した際のレポートをご紹介します。 

 
石巻の旧北上川沿が一望できる日和山公園

CIMG1475_1437636365.jpg


朝の散歩に来ておられた地元の方から「僕の友達も被災し亡くなったんです。」など、被災当時の厳しい状況のお話をお聴きすることが出来ました。
その後、避難所で一緒に勤務させていただいた、石巻市の宮城(宮城県の宮城さん)さんと4年ぶりの再会を果たす事が出来ました。4年たっているのに、ほんのこの前まで一緒に避難所で頑張っていたような気になったのは何か不思議な気持ちでした・・・。本当に仲間っていいですね。
国道を南三陸町に進みながら、ここでも目に入ってくるのは津波による爪痕のすごさでした。

南三陸町に到着。海岸の被災地を想像していましたが、嵩上げ工事により高く積み上げられた小高い山になっていました。(本当に以前の町の姿を想像することが出来ないほど沢山、そして高く積まれていました。)


南三陸町防災対策庁舎

CIMG1605_1437636365.jpg

防災対策庁舎は、その山たちの中にひっそりと、そしてさみしそうに建っているように感じました。
写真や映像では何度も見た「防災庁舎」。
いざ自分の目の前にある、茶色くさび、津波により崩壊した無残な防災庁舎を見た時、自分の命と引き換えに本当にたくさんの命を救った多くの職員みなさんの思いを考えると何とも言えない気持ちになりました。
この多くのみなさんの思いを無駄にすることなく、一日も早い南三陸町の復興を願いました。


奇跡の一本松と被災の状況を見たい!との思いから、国道を陸前高田市に北上しました。
その途中で目に入ってくるのは、いたるところで寸断され列車が走っていない鉄道の施設など津波による爪痕のすごさでした。


鉄道施設.jpg

陸前高田市に到着。一見「橋」?と思いましたがよく見てみると橋じゃない?
復興の仮設のお店でお尋ねすると、15メートルを超す津波が陸前高田の町を襲い町が壊滅したとのこと。

南三陸町と同様に、復興に向け海岸線を嵩上げする為に近くの山を削り嵩上げに必要な土砂を運ぶための巨大な「ベルトコンベヤー」とのことでした。 
嵩上げされた小高い山を横に見ながら、テレビでも話題になった「奇跡の一本松」を目指しました。
ベルトコンベヤーが立ち並ぶ道を片道20分くらい歩いたでしょうか?

陸前高田の「奇跡の一本松」

CIMG1720_1437636365.jpg

本当暑い日で往復大変でしたが、奇跡の木を目の前にし、津波の激しさと怖さを感じました。
多くの方が奇跡の一本松を訪れていましたが、どのような思いで松を見たのでしょうか。


ちょうどお昼となりお腹がすいてきたので、復興のお手伝いになればと、がんばろうラーメンをいただきました。

頑張ろうラーメン.jpg

お世辞抜きでとても美味しかったです!!!


その後大船渡まで足を延ばし、今回の東北復興支援の旅は終了しました。


3年ぶりに石巻市の避難所、そして初めて南三陸町(防災対策庁舎)・陸前高田市・大船渡市を訪問させていただき、町は徐々にですが復興に向け動いていることを感じました。
そして、被災地の現状に触れ、改めて一日も早い復興を願う気持ちでいっぱいになりました。これからも、『23.3.11』を忘れることなく生きていきたいと思いました。

地球環境の変化?によると思われる、大小さまざまな災害が全国のいたるところで発生しています。
私たちは、災害発生を「他所の事」で済ませるのではなく、いつ何時身近で起こるかわからない災害に対応できるよう、そして、災害が発生した時は「津波てんでんこ(岩手県で出会った言葉)」を忘れることなく日々生きていきたいと感じました。



最後に震災当時の避難所で2週間を共に過ごした中学生(当時)の作文の一部を紹介します。

『東日本大震災で感じた事』

 私は、東日本大震災を体験して人と人とが協力しあうことがどれだけ大切なことなのかが分かりました。
・・・・・・・略・・・・・・・
 この頃になると、亡くなった人と行方不明の人が分かるようになってきました。私達家族は全員無事で安否確認が出来ましたが、幼馴染のお兄ちゃんが行方不明でした。そのお兄ちゃんとは、兄弟の様に育ったのでとても悲しかったです。
 そのお兄ちゃんは、地震の発生前に友達と女川(おながわ)町に遊びに行っていて、一緒にいた友達は遺体で発見されました。一ヶ月経過した今でもお兄ちゃんはみつかっていません。たった一回の地震でたくさんの人達の大切な家族がお亡くなりになり、または行方不明になり今回の地震、そして津波の恐ろしさがあらためて分かりました。
 元の宮城に戻るには相当の時間が掛かります。でも今も復興に向けてたくさんの人達が頑張ってくれています。
 私も自分の出来ることがあれば精一杯頑張っていきたいと思います。一日も早く元の賑やかな宮城県に戻ることができるように皆様のご協力よろしくお願い致します。
 


情報提供   鳥取市佐治町B&G海洋センター   田中寿彦氏
編集    中国ブロック特派員 松江市宍道B&G海洋センター  吉川 周治




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