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COLOR PIECE
こんにちは (05/25)
日本財団CANPAN 山田
第9回自立支援協議会 (11/23)
ヘッドホン購入計画[2012年04月07日(Sat)]
去年の秋頃からオール・イン・ワンでオーディオを楽しんで
おりますが、最近もうひとつヘッドホンが欲しいかなと思う
ようになりました。色々試してみた当方の耳では少なくとも
3〜5万円の違いがないと「イイ音になった!?」と自覚が
できないので、音質そのものではない別な付加価値を求めた
方が満足度が高いかなと思っています。

というワケで、現在気になっているのが発売されて間もない
BOSE社の折りたたみ式ヘッドホンです。そのモデルは、
「OE2」という小型・軽量・着け心地をウリにした一品。
その構造からオンイヤーヘッドホンと名付けられています。

普通のヘッドホンのように、耳にあてる部分が耳全体を覆う
のではなく、その部分が耳とほぼ同じ大きさで、スピーカー
全体が耳に密着する構造になっているそうです。

BOSE社の製品はどれもスタイリッシュなデザインと原音
に独特な味付けをする(特定の音域を強調したり抑えたり)
コトで有名ですが、長時間にわたり聞いていても聞き疲れが
しないという特徴がある有機的な音質は、決してキライでは
ありません。

当方のようにテレビもネットも音楽もヘッドホンを使う者に
とって悪い選択ではなく、持ち運びに便利なモデルをひとつ
増やしてもムダな投資にはならないかな、と思っています。
試聴ありきで購入するのがスジなのですが、物欲に負け衝動
買いをしてしまうかも知れません。もちろん購入後の感想は
ブログで綴ります。

by とれっく
断捨離、完了[2012年04月05日(Thu)]
とても4月の景色とは思えない窓の外を眺めながら、去年の
今頃はとっくに自転車通勤をしていたのに、と雪解けを待ち
こがれているのは当方だけではないと思います。

新年度を迎えるにあたり、年末あたりから絶不調だった相談
支援記録の管理ソフトを導入しました。これまで自前で作成
した表計算ソフトや文書ソフトに便宜的に入力してきました
が、その不自由さとムダな労力は筆舌に尽くしがたいものが
ありました(ちょっと大げさですがホントの話です)。

プライベートでも変化がありまして、以前にも綴りましたが
先週末に引越しをしました。住所変更に伴う手続きも昨日で
ようやく終わり、快適そのものの新生活を満喫しています。

旭川でのライフスタイルが確定したので、いろいろと不要な
ものが出てきたので、廃棄&リサイクルで部屋を片付けした
ところですが、あれだけ処分したハズなのに、意外と色々な
不用品があるものだというのが実感です。今回の住まいは、
押入れが1つもないワンルームなので、これまで漫然と保管
していたものが大変わずらわしくなってしまいまして、これ
を良い機会にスッキリできました。

手放す基準は「この1年間で一度も使わなかったもの」で、
例えばクルマを手放し自転車生活になった現在、リュックと
キャリーバック以外のバック類は一切使わなくなったので、
まとめてリサイクルショップにて買い取ってもらいました。
何となく保管してあった大学時代のレポート類も、就職して
一度も開いたコトもなく、まとめてシュレッダー行き。

保管スペースがなかったコトを逆手に取って、一斉処分を
断行(ただし段ボールだけは当方の性格上、いずれ再利用
となる見込みなので一応保管)。生活に必要となる最低限の
持ち物だけを残す。掃除もラクだし、遅い春ではありますが
気持ちだけでも衣替えするコトができたかなと思います。

by とれっく
ハッピーエンドを迎えて[2012年03月28日(Wed)]
仲介業と呼ばれる仕事があります。ザックリいえば、誰かと
誰かをつなぐお仕事です。

当方が所属する「あそーと」は、個別の相談支援を行うのが
主な業務なのですが、「コレって変則的な仲介業?」と思える
仕事を手がける機会が最近とみに多くなりました。他の相談
員はどうなのか分かりませんが、当方は相談支援より仲介業
らしきコトばかりしている気がします。

最近、数ヶ月にわたり艱難を強いられてきた案件がひとつ、
関係各位のご協力により解決しました。当方の独力ではどう
しようもなかった案件でしたが、相談者の希望を叶えるため
の応援団ができあがり、従来の既成概念を飛び越えたカタチ
でハッピーエンドを迎えるコトができたのです。

これがもし福祉関係者だけで解決を図ろうとしていたなら、
偏見と既成概念の分厚い壁に一蹴され、話は終わっていた
コトでしょう。ところが今回は福祉関係以外からの協力を
取り付けるコトができ、それが解決の決め手になりました。

差しさわりのない範囲で綴ると、地域で暮らしたいと願う
相談者の願いを叶えるために、福祉分野以外からも支援者
を募るコトにより解決できたといったところでしょうか。
とはいえ、当方に何かできたのかと聞かれても、なんにも
できていません。仲介業に徹し、相談者と支援者をつなぐ
役割を四苦八苦しながらこなしてきたに過ぎません。

夢が叶うコトを告げられたその表情は、長すぎた紆余曲折
のためか、不審と当惑のそれしか見受けられませんでした。
ところが後日、新たな住まいへ下見に訪れたその表情には、
まぎれもない歓喜が浮かんでいました。嬉しそうな表情を
横目に、当方が密かに職員冥利に尽きる喜びをかみしめて
いたのはいうまでもありません。

もちろんハッピーエンドを迎えたからといって、これで話
が終わりだというワケではありません。その方の新生活は
この春から始まります。

この若者の前途が、幸せと喜びで満ち溢れるコトを祈って。

byとれっく
安全の愉悦を味わうには[2012年03月27日(Tue)]
機会さえあれば今でも視聴するのですが、SF映画で好んで
観てきたのはホラー映画、しかも追われる者の恐怖を描いた
SFモノでした。その点でいえば、例えば「ターミネーター」
シリーズで最も好きなのは、ジェームズ・キャメロン監督が
撮影したシリーズ第1作です。映像世界だけなら次作の方が
はるか上を行っていますが(敵の新型ターミネーターの映像
は今でも鮮烈)、ストーリー展開なら第1作を推します。

「タイタニック」や「アバター」といった衝撃的な映像世界を
描き切ってみせるのが最近の作品の傾向ですが、この監督の
最大の魅力は、そうしたモノ珍しさではなく、追われる者が
味わう恐怖と戦慄を映像化できるところにあると思います。
アーノルド・シュワルツェネッガー演じるターミネーターも、
エイリアン2に登場するエイリアンの群れも(特に今作品で
初登場となるクイーン・エイリアンとの攻防は)、主人公を
極限まで追い詰める恐怖と戦慄の具現化そのものです。

ホラー小説でその世界観に迫るスリリングなストーリー展開
を披露してみせるのは角川ホラー文庫でおなじみの貴志祐介
氏でしょう。ここでは、その強烈な世界観のあまり、絶対に
映像化はなされないであろう最高傑作「天使の囀り」を推薦
したいと思います。過去に数百冊の小説を読破してきた記憶
を辿ってみても、あれほどまでの恐怖と戦慄と薄気味悪さを
書き切った小説はありません。ただし、あまりにグロテスク
な描写が多い作品でもあるので、純粋に追われる者の恐怖と
戦慄を味わいたいのであれば、同じく貴志氏の「クリムゾン
の迷宮」をオススメします。

この「クリムゾンの迷宮」は、「天使の囀り」に比べて作品の
完成度や緻密さでは後れを取るものの、追われる者の恐怖と
戦慄の描写はこちらが上回っています。

もちろん、これらの作品は空想上の物語をスリリングに書き
切った小説ですが、「読者の側で本当に良かった」と思わせて
くれる、一流のエンターテインメント小説です。

byとれっく
すべてのムダを削ぎ落とせ[2012年03月26日(Mon)]
孫子の兵法であまりに有名な孫武の活躍を描き切った海音寺
潮五郎氏の小説に心酔しすぎたあまり、その後の人生に劇的
な意識変化をもたらしました。というのも、その小説の一節
「(中略)できるだけ世間との接触面を小さくして、自らの生
をつなぐだけの接触に限りたいと思っているのです」という
この一節に傾倒しすぎたあまり、隠者的生き方を含めて一切
のムダを削ぎ落とすことを追求する生き方を選ばせる結果と
なりました。

隠者的生き方といっても、その現状はヒトそれぞれでしょう。
ただの人間ギライを標榜し、親切にしてくれる周囲を完全に
シャットアウトする生き方もあるし、ヒト付き合いは大切に
はしつつ、一切の甘えを排除したストイックな生き方を選ぶ
隠者もいるコトでしょう。

当方もそうしたストイックな生き方を貫きたいと思っている
自称「隠者」です。その割には厚かましくもふてぶてしいと
思われる方も多分におられると思いますが、それはあくまで
業務上求められてそう振舞っているだけの話でして、願わく
は静かに人生を全うしたいと切に願っているのです。

若かりし頃は物質至上主義で、所有物を選ぶ感覚こそが己の
価値を決めるといった考えにとらわれておりました。ですが、
こうした考えこそが狭量で窮屈な生き方を己に強要する元凶
となっていたコトに気付いたのは、転職してロードバイクと
出会ってからでした。ロードバイクの存在意義というのは、
F1やサラブレッドたちの存在意義に通じるものがあります。
利便性や経済性など、まったく考慮されていない。速く走る、
ただそれだけを追求するために生まれた。すなわち、目的を
達成を阻害し得るすべて削ぎ落とした存在の具現化です。

ムダなものを一切削ぎ落とした生き方。それを実践すると、
当方の場合、隠者的生き方そしてロードバイクに乗り続ける
生き方になります。ロードバイクに乗りさえすれば、ムダな
脂肪もムダなストレスも当方の心身から削ぎ落ちていくので。
しかもロードバイクは独走スポーツでもあるので、まさしく
隠者的生き方に相応しい相棒でもあるのです。

byとれっく
バガボンドの如く[2012年03月23日(Fri)]
当方が転職組であるコトは以前も綴ってきたところですが、
それ以上に住まいを転々と変えてきた経歴は意外と知られて
いません。とはいえ、若かりし頃は好んで引越を繰り返した
ワケではなく、仕方なかったというのが正しいところです。

でも、現在は引越が悪いコトばかりだとは思っていません。
気分転換や心機一転など、精神的なリフレッシュを図る上で
大変有効な通過儀礼という位置付けになっています。

当方の亡父は故郷を遠く離れて生活する気は一切なく(念願
のマイホームも慣れ親しんだ地元に建てました)、故郷から
遠く離れた、見知らぬ土地で就職する決心をした当方を理解
できなかったようでした。別に理解されなくても良い話では
あるのですが、逆に当方からすれば、一か所に留まり続ける
生活というのは、ちょっと耐えがたい気がします。

今にして思えば、当方の本質はバガボンド(放浪者)です。
これが転職を決意した理由のひとつになったのでしょう。

旭川で就職して良かったと思うのは、住まいを自由に選べる
コトです。もちろん地獄の沙汰もカネ次第ではありますが、
選択肢を与えられているだけでも人生の満足度が違います。

一方、田舎で暮らす場合は、土地がべらぼうに安い代わりに
賃貸住宅の選択肢はなきに等しい。言葉は悪いですが「不満
があるなら自分で建てろ」というのが暗黙の了解です。その
代わり、夢のマイホームに手が届くという意味で一国一城の
主になれる喜びがある。

ところが、当方は流浪の人生が性に合っているので、新たな
場所に住むコトによって得られる利潤をひたすら追求したい。
そんなワケで今春、人生8度目の引越をする予定です。

引越先の住み心地については、後ほどお知らせしたいと思い
ます。ちなみに新居は駅にも職場に近い、少々年季の入った
ワンルームマンションです。

byとれっく
春風が吹く日まで[2012年03月17日(Sat)]
この一週間、ようやく春の息吹を感じる季節の訪れを感じる
ようになりました。卒業式を迎えてホッと一息、という方も
多くおられると思います。本当におめでとうございます。

まだまだ寒風が吹き荒れる日々が続きますが、来月を迎える
頃には、ようやく待ちに待った自転車通勤を再開するコトが
できます。我が家の2台の自転車にとっても本当に長い冬眠
期間だったコトでしょう。ハンドルをガッチリ握り、ペダルを
ガンガン踏み倒そうと思うのですが、すでに、もう自転車に
乗っておられる方もチラホラ見かけます。

当方の自転車にはフェンダー(泥除け)が装着されておらず、
チェーンもむき出しなので汚れるのはイヤだなと思い、今は
まだ乗っていないのですが、徒歩通勤の毎日がそんなに悪い
ものではない、と今さらながら思うところがあります。自転車
なら一瞬で通り過ぎる景色やヒトの流れを(といっても徒歩で
街を行き交うヒトよりも自動車の方が圧倒的に多いですが)
視界に入れながら道を行くのも悪くないからです。

バイクにまたがっていた頃と同様に、自転車に乗っていると
前と後ろ(ときどき、バックミラーで視認)しか視界に入って
きません。危険を察知するコトに意識が集中するからです。
それはそれで悪くないのですが、目的地へ急ぐだけの生き方
とそうではない生き方を選べるようになったのは年齢を経て
得られた貴重なメリットでしょう。

…などと、悟ったようなコトを抜かしておきながら、春以降は
雨天を除き、徒歩移動をしないであろうと思われる点だけは、
今からあらかじめ断っておきます。

いずれにせよ、自転車に乗れる季節の到来はもうすぐです。

byとれっく
合言葉は「感謝と礼節」[2012年03月10日(Sat)]
これは当方の持論ですが、障害者の手帳を持っているか否か
で相手を推し量るのは全くの愚行と固く信じています。同じ
人間なのだから、手帳の種別によって基本的な向き合い方を
変えるコトもありません。

わが業界のウラ話ではないですが、身体・知的・精神と障害
種別ごとに歴然とした歴史と特性があるのです。残念ながら、
それぞれの特性に具体的に触れるコトは差し障りがあるので
差し控えますが(まるで判に押したかのような、業種ごとの
特色があるのです)、相談支援の業務をこなしている中で、
「ところで、とれっくさんはどっち向きで仕事をしているん
だい?」といった問いを受ける機会があります。

過去のブログでも綴りましたが、当方は障害者福祉とは全く
縁のない仕事をしてきました。あそーとのスタッフの中では
ひとり異彩を放つ存在でしょう。いつまでもこのようなコト
を口にするのは無責任と思われるので自称シロウト的な話は
しませんが、前歴がないだけに当方の立ち位置といいますか、
どれかの種別のエキスパートにもなれないので、当方の立ち
位置について問われた際には次のような返答をしています。

「ぼくは手帳の有無や種別によって態度を変えるコトはしま
せん。相手を『人間』として見ていますから、向き合い方は
いつも一緒です。特に礼節をわきまえない、人の道を外れた
言動を目の当りにしたら、本気で怒りを覚えます。そういう
思いが業務の中で態度に出るコトはあるでしょうが、差別や
偏見は自分の中には全くありません」

人の道を外れた言動を目の当たりにしたとき、仁徳あふれた
支援者ならば「それも仕方ない、止むを得ない」と許すコト
ができるでしょうし、障害がある方への差別や偏見がある方
なら「しょうがないだろ、障害者なんだから」と思うコトも
あるでしょう。でも当方はどちらの想いにも賛同できません。

差別や偏見で見下すのも論外ですが、それを許すのもどうか
と思っています。知・情・意を兼ね揃えた人間同士なのです
から、礼節には徹底してこだわりたい。支援そっちのけで、
特に若い相談者に対しては「世話になった方には直接、感謝
の気持ちを伝えるように」とか「メールとはいえ、さっきの
言葉遣いは失礼になるので○○と書くと良い」といった助言
にばかりばかり熱が入ってしまいます。

なんか相談支援のプロというより体育会系の口うるさいOB
みたいな振る舞いをしているな、と最近の自分を振り返り、
これが仮にも相談支援のプロとしての相応しい対応なのかと
真剣に悩む夜があります。当方ごときが言うまでもない話を
ここですべきなのか? 当方が感じる憤りは単なる私憤で、
憤りを感じるコトそのものが誤りなのか?

専門性を持ち合わせてはいませんが、人間としての真っ当な
感性だけは持ち得ていると自負しながら、地域の一員として
幸せに生きるためには地域の方々の信頼を得るための礼節が
必要と考え、迷いや不安をあらわにするコトなく日々の業務
に向き合っていこうというのが現時点における信念です。

       byとれっく
勝負の醍醐味とは[2012年03月06日(Tue)]
スポーツに限った話ではありませんが、勝負で最も興奮する
のは2パターンあります。ひとつ目は両者の実力が均衡して
おり、最後の最後まで展開が読めないという緊迫したゲーム
展開です。ふたつ目は、圧倒的大差がついているにもかかわ
らず(勝負の結末が分かり切っているハズなのに)、大方の
予想を裏切るような逆転劇を目の当たりした瞬間です。

野球でイメージしてみてください。ひとつ目のパターンなら
圧倒的点差がつかない展開のまま、9回までなだれ込む試合
展開。実力は互角と互角。どちらが勝つのか。試合の顛末は
誰にも読めない。延長戦の末にどちらかが勝つ。あるいは、
勝者なきままで同点で試合終了。高校野球なら翌日の再戦で
雌雄を決する。

ふたつ目のパターンであれば、初回で二ケタもの点差をつけ
られ、点数を取られたチームがそのまま負けるだろ、と思っ
ていたのに回を重ねるごとにジワジワと点数を稼ぎ、9回
ウラの攻撃の末に二死満塁、一発あれば逆転サヨナラという
ドラマのような試合展開。バッテリーとバッターの駆け引き
の末、最後の一球でバッターが奇跡の一打を放ち…。

さて、いかがでしょうか。どちらかを応援している立場で
あれば、どちらのパターンも寿命と心臓によろしくない展開
でしょうが、どちらがより興奮するでしょうか? ちなみに、
当方の半生を振り返っても、ふたつ目の勝利パターンを経験
した記憶が全然ありません(その逆ならばウンザリするほど
あるのですが)。

これといった才覚も持ち合わせない、凡庸な人間として生ま
れた以上、ハデさや奇抜なプレイで勝負を決めるなどという
人生を送るつもりは毛頭ありません(一度やってみたいもの
ですが)。全力で疾走し続け、どこかに必ず転がっている
ハズの、わずかなチャンスを確実に拾うのみです。

                   byとれっく
祝リニューアルに際して[2012年03月02日(Fri)]
ブログの管理サイトがリニューアルを迎えるというコトで、しばらく
更新をご無沙汰しておりました。その間(といっても数日間の話です
が)、劇的な忙しさのあまり、一瞬で一日が終わるという毎日を過ご
しております。

個人情報の関係上、詳しい話ができないのでどこまで伝わるか自信が
ありませんが、障害者の手帳を持っているというだけの違いのために
健常者なら考えられないような「遠回り」をせざるを得ない、そんな
支援課題を抱えてときに悩み、ときに激しい憤りに苛まれる、そんな
毎日を送っています。

障害者の手帳を持っている方に対する根拠なき偏見がもたらす弊害、
あるいは、同じ障害者であっても、その手帳の種別によって世間の
認知が変わる。当方ごときがどんなに説明したところで聞き入れて
もらえない。

仕事で大変お世話になっている職業法律家の方と以上に挙げたお話
をさせていただいたことがありましたが、返答は「それはとれっく
さんが闘わなければならないところですよ」とのご指摘でした。

「偏見」というと語弊があるのでここでは「誤解」と置き換えます
が、その誤解が生まれる原因は何か。その答えは「無知」からくる
ものだと思います。知らないものに対して根拠のない怖れを抱く
コトがある。薄気味悪いと思うコトもある。ところが、いちど知っ
てしまえば何というコトはない。これは大学時代、長期実習で得た
貴重な教訓です。

「あそーと」の本業は、当事者やその家族の個別相談に応じるコト
ですが、高齢者福祉であれば、それに特化した活動だけで充分通用
します。ところが障害者福祉の分野では通用しない。地域住民の
皆様の理解と協力をいただくには、障害を持った方の理解や、その
接し方を知っていただく機会を積極的に持たなければならない。

障害がある方々が、あらぬ誤解や偏見から解き放たれるためには
何をすべきか? そのアクションを起こさなければなりません。
そして、その機運は旭川市のあちこちで日増しに高まっています。

                      byとれっく
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