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犬山城 (01/22)
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三浦半島で海岸踏査をおこないました [2011年01月29日(Sat)]
今日(1月29日)、三浦半島で海岸踏査をおこないました.
三浦半島では、3回目の調査となります。
今回もJR逗子駅からレンタサイクルでの移動でした。

今回は、横須賀市域の相模湾沿岸域
佐島港周辺、天神島、芦名海岸、秋谷・立石海岸、久留和海岸
を巡りました。

              佐島港付近での踏査風景


 芦名海岸(後方の丘陵上には、相模国分寺への瓦供給遺跡の乗越遺跡がある)

いずれの海岸でも採集遺物料は、多くはありませんでしたが、
沈没船にかかわるような遺物採集情報を得ることができました。
また、現地を巡ることで、海岸のようすとともに,
「海の難所」の理由でもある、遠浅で暗礁の多い海域を再確認できました。

          秋谷・立石海岸(中央に見えるのが立石)


           秋谷・立石海岸での採集陶磁器類

天気予報では、寒い,ということでしたが、
日中は天気も良く、それほど寒さは感じませんでした。

移動距離もあり、アップダウンもある行程でしたので、
筋肉痛がでるかもしれませんが、
参加者の皆さん、お疲れさまでした。


今日は「文化財防火デー」です [2011年01月26日(Wed)]
今日は、「文化財防火デー」でした。

今から、60年前の今日(1949・昭和24年1月26日)
現存する世界最古の木造建造物であった法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂が火災により、
焼損してしまいました

この事件を契機に、文化財保護の普及啓発事業がおこなわれるようになり、
この事件がおこった1月26日は、
文化財を守る意識を高めるための記念日として、
文化財防火デー」と定められました。

文化財を守るための法律である「文化財保護法」の制定もこの事件が契機となっています。

今年も各地で文化財の防火訓練がおこなわれました。
テレビの影響!! [2011年01月22日(Sat)]
このblogでも紹介した、
明治初期に横須賀・観音寺沖で沈没したアメリカ軍艦・オネイダ号について、
先日、ネット検索をしました。

          東京湾で沈没するオネイダ号(Wikipediaより)

その結果ですが、びっくりです。
blogやtwitterなど、個人の方の記事がたくさんヒットしました。

その内容の大半は,昨年11月のテレビ放映にたいするもので、
時価100億円の財宝が本当にあるのか、
その後の調査?はいつおこなわれるのか、などなど。

テレビ放映前は、このような記事は数件で、
ネット上でのオネイダ号に関する情報は、非常に限られたものでした。
むしろ、1920年代にアメリカで起こったトーマス・インス事件の舞台となった
豪華客船・オネイダ号の情報のほうが多い状況でした。

それが....です。雲泥の差です。

テレビ放映、恐るべしです。

この種の情報に興味をもっている人が多い、ということを再確認するとともに、
先日のblogでも書きましたが、
正確な情報の発信が必要だ、ということもあらためて感じました。
平成22年度金沢大学公開講座「日本海の水中考古学」 [2011年01月20日(Thu)]
平成22年度金沢大学公開講座「日本海の水中考古学」
が、以下の内容で開催されます。

日 時: 2011年1月22日(土)10:30−16:00
場 所: 金沢大学サテライト・プラザ
内 容: ・佐々木 達夫 「日本海に沈む歴史と水中考古学」
      ・小川 光彦   「沈没船と積荷の海底調査風景」
      ・酒井   中   「能登半島の海岸から歴史を探る」
      ・垣内 光次郎  「日本海から引き揚げられた珠洲焼」
      ・佐々木 花江  「海揚がり陶磁器と金沢城下町の発掘品」

直前のお知らせとなってしまいましたが、
まだ,受付中とのこです。
詳しくは、金沢大学のホームページをご覧ください。
http://www.kanazawa-u.ac.jp/faculty/kaiho_c/kouza.htm
Posted by T.Hayashibara at 22:11 | セミナー | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
の、ように見えるもの [2011年01月18日(Tue)]
先日、あるテレビ番組で沖縄の海底遺跡を取り上げていました。
本島の海底に人工建造物があり、
それが2000年前のものであるということでした。

それが、人工建造物であるという大きな理由が、グスクに似ているということでした。
また、〜のように見える、という表現で建造物?全体や各部分を言い表していました。

たしかに、映し出された映像を見ると、グスクに似ています。

ただし、グスクと結びつけるのは、いかがなものでしょうか?

紹介された建造物?は、2000前のもの、
それにたいして、グスクは古くみても今から1000年ほど前の11世紀にならないとつくられ始められません。

単純に計算して、1000年ほどのひらきがあります。

考古学では、わからないものがみつかると、まず似たものを探します。
みつかれば、そのものとの関係を調べます。
この関係は、かたちだけではありません
時間的な関係も重要です。
文化というものは、通常は徐々に発展してゆくものですから。

今回のように1000年という時間のひらきがあると、
同じものと考えることは難しいですね

たまたま、似ている。
そのように見える。


それだけで、人工物であるということやそのものの性格・機能を決めることは、
モノを吟味して人の歴史を復元する考古学ではできません

水中にあるものは、わずか数m下にあるものでも普通は直接に見ることはできません。
ですので、水中遺跡の評価には、陸上の遺跡以上に慎重な姿勢が必要となります。
通常、水中で人間が生活をすることはできませんから、なおさらです。
何なのか、どのような構造をしているのか、何で水中にあるのか、などなど、
その証明のためには、より綿密な調査、学際的な研究が必要です。

今回のような安易な評価は、
ある意味、わかりやすいので、多くの方の興味は引くでしょうが、
水中遺跡にたいして、誤った見方を導きかねません。
数年前に一世を風靡した与那国海底遺跡のときがそうでした。

正しい水中遺跡の理解のためにも
皆さんもこのことを頭の片隅に置いて、
この種の映像を観るようにしてください。
三浦半島で海岸踏査と関連遺物の調査をおこないました [2011年01月17日(Mon)]
今日(1月16日)に、三浦半島(神奈川県)で海岸踏査と関連遺物調査をおこないました.

三浦半島の踏査は、昨年末におこなったものに引き続き、2回目の調査となります。
今回も相模湾側で、三浦市と横須賀市を巡りました。

今回まわった場所等は、以下のとおりです。
1.白髭神社(三浦市小網代)
2.三戸浜海岸(三浦市初声町)
3.和田長浜海岸(わだなはまかいがん.三浦市初声町・横須賀市長井)

白髭神社境内には、かんかん石と呼ばれる江戸時代の和船タイプの碇石が置かれています。
長さ約155cm,幅・高さ約25cmのものとその半分くらいのもの(折れているようです)、2点が置かれています。
九州・沖縄以外で、碇石と認識されている数少ない碇石です。
由来は、はっきりとしませんが、三崎港の避難港とされていた小網代湾に停泊した西国の船が置いていった(奉納した)ものと伝えられています。
名前のかんかん石の由来は、敲くと金属的な高い音が「かんかん」と鳴ることだそうです。
石材は、サヌカイト(讃岐岩)で「西国の船が置いていったもの」との言い伝えを裏付けてもいます。

         白髭神社境内に置かれたかんかん石・2点

三戸浜海岸には、サンコロ石と天神丸と呼ばれる大きな石が、波打ち際と海岸に見ることができます。
サンコロ石天神丸ともに、3個体の石があったとのことですが、
今回の踏査では、天神丸は3個体を確認しましたが、サンコロ石は1個体しか確認できませんでした。
確認できたものもいずれも砂下に半分以上が埋まった状態でしたので、
確認できなかったものも砂に埋もれてしまっているのでしょう。

この石ですが、1996(平成8年)に調査がおこなわれいます。
その際に計測できたものは、規模は長さ3m以上、幅・高さ130〜150cm前後で、形状は直方体をなすものです。
これらの石も由来ははっきりとはしませんが、
石質やその規模・形状から江戸時代に江戸城築城用の石材(石垣用)として、伊豆方面から切り出されたものが、
何らかの要因(運搬船の沈没あるいは座礁等)で放棄され
海岸に流れ着いたのではないかと、考えられています。

      天神丸と呼ばれる直方体の石(半分以上が埋まっています)

白髭神社のかんかん石と三戸浜海岸のサンコロ石・天神丸ともに、
江戸時代の相模湾での船舶の往来をしめす数少ない実物資料です。


このほか、三戸浜海岸とその南側の和田長浜海岸でのその他の漂着遺物の確認をしましたが、
土器・陶磁器片が少量採取できたのみでした。

                和田長浜海岸

今日は、天気は良かったものの、風も強く非常に寒い一日でした(とくに午後)。
寒いなか、調査に参加された皆さま、お疲れさまでした。

小田原市石橋沖の調査の記事が新聞に掲載されました [2011年01月15日(Sat)]
昨年末に小田原市石橋沖で実施した潜水確認調査の記事が,
今日(1月15日)の読売新聞・夕刊に掲載されました.
web版にも掲載されるとのことです.

水中考古学や水中文化遺産,およびARIUAの活動は,
より多くの方に知ってもらうことが重要です.
ですので,このような記事が掲載されることは,
意味のあることと思いますし,励みにもなります.

なお,石橋沖については今年度中にスキューバによる詳細確認調査を実施します.
「黒ひげ」の剣?発見?? [2011年01月14日(Fri)]
18世紀にカリブ海で活躍?した海賊「黒ひげ」のフラッグ・シップであった「クイーン・アンズ・リベンジ号」と考えられる難破船から引き揚げられた金箔が施された剣の柄が修復され、公開されたという記事が、
昨日(13日付)のNational Geographic Newsに掲載されています。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2011011306&expand#title

「クイーン・アンズ・リベンジ号」は、イギリス軍に追われた「黒ひげ」が。
ノースカロライナ州・ビューフォート沖で座礁させ、放棄した船です。

略奪した「財宝」の多くは持ち出したとされたとされていますが、
今回、引き揚げ・修復され剣の柄は、持ち出されなっった財宝?のひとつなのでしょうか?
それとも「黒ひげ」の持ち物だったのでそしょうか?
想像がふくらみます。

この船は、1996年に発見され、翌1997年から継続して考古学的手法による調査がおこなわれています。
現在も進行中です。

「財宝」の多くは、持ち出されたとされていますが、
調査では船体とともに、多くの遺物が確認され、
軍船とも商船とも違う海賊船の実態をかいま見ることができる成果が得られています

この「黒ひげ」びこと、
先日、紹介したランディ・ササキさんの
『沈没船が教える世界史』にも取り上げられていました。
エルトゥールル号調査の記事 [2011年01月13日(Thu)]
今日(1月13日)の読売新聞に、エルトゥールル号の調査に関する記事が掲載されていいます。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20110113-OYT8T00534.htm

2006年から5カ年計画で始まった調査の最終年の今回は、
現地調査はおこなわず、これまでに引揚げた遺物の整理(分類や保存処理等)を
2月上旬までの予定でおこなうとのことです。
調査の主体は、トルコの海洋考古学者らでつくる調査団です。

引揚げた遺物は、昨年の9月からトルコ各地を巡回展で公開されており、
今後、大阪や和歌山での公開も予定されているとのことです。
興津海浜遺跡調査報告書 [2011年01月12日(Wed)]
『千葉県勝浦市 興津海浜遺跡調査報告書』が刊行されましたので、ご紹介します。

この報告書は、地元の収集家、デビッド・M・ギルフォイル氏が長年にわたり、
千葉県勝浦市の興津浜で収集した資料を整理調査してまとめたものです。

デビッド氏収集資料は、縄文時代から近世にわたる陶磁器・ガラス・玩具・古銭・瓦など2万点以上におよぶものです。
土器・陶磁器類だけでも、縄文土器・土師器・須恵器・中世陶器・近世陶磁器など多期・多種にわたるものがあります。

報告には、専門家により組織された興津海浜遺跡調査会が担当し、遺物の観察・実測・写真撮影・原稿執筆をおこなっています。

全国をみても数少ない海岸収集資料の報告書です。
このような報告がなされることは、
海岸や海底の遺物に目を向けさせる(注目させる)きっかけともなり、
さらには同様な資料の保存・活用を考えさせるものでもあります。

以下、書誌情報です。
書 名:『千葉県勝浦市 興津海浜遺跡調査報告書−デビッド・M・ギルフォイル氏蒐集資料−』
体 裁:A4版・本文49ページ・カラー図版あり
編 集:興津海浜遺跡調査会
発 行:有限会社わらしべ
発行日:2010年10月10日

Posted by T.Hayashibara at 23:53 | 本のこと | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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