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東南アジア考古学会研究大会「東南アジア水中考古学最前線」 から(2) [2012年11月25日(Sun)]
先日の東南アジア考古学会研究大会の総合討論で,
沈没船からの引き揚げ遺物の取り扱いがトピックとして取り上げられました.

沈没船からの引き揚げ遺物は,一括性の高い,一括遺物と考えることができる事例です.
ですので,考古学的情報としては,レベルの高いものです.
「陸上」からの成果では得にくい,
「水中」からならでは情報でもあります.

ただし,その取り上げ方次第では,
一括遺物として扱うことができない,
考古学的情報として不十分なもの
にも成り兼ねない,ことも孕んでいます.

たとえば,沈没船引き揚げ資料でも,
複数の船が同じ地区に沈んでいるとすれば,
どの船に,どの積荷がともなうのかを明確に把握してから引揚げることが必要です.
それをしなければ,一括性という資料価値は認められません.

調査の仕方が問題なのです.

水中での考古学的調査といっても
あくまでも「考古学的調査」ですので,
陸上の方法と基本的はかわりはありません.
「水中」という環境にあるので,
「水中」では使えない道具(素材)はありますが,

「水中」は何度も指摘していますが,
通常は「見えない」「見にくい」環境にあるので,
より慎重かつ,正確な調査が必要です


それでなくても「水中」ということで,その調査精度に疑問をもつ研究者は多いのですから.
今なお,「水中考古学」=「サルベージ」≠「考古学」
という捉えられかかたが,学会内あるこことも確かです.


ですので,私たちの調査では,当たり前なことなのですが,
水中での調査方法は,陸上と同じ方法でおこなっています.

ただし,先日の研究大会で他国事例を聞くと,
十分な調査がなされているかと,そうではない事例もあるとのこと,
しかも国家間の格差もあると感じました.

十分な図面がない,出土記録ない,など.

前にも触れたように,「水中」は「見えない」「見にくい」環境にあるので,
調査成果の検証は,調査記録がとくに重要視されます.
それが十分でない,のであるならば,
考古学的に疑義をもたれるのが仕方がないことですし,
その資料を「考古学研究」に無批判に使用することは,認められないでしょう.

とくに,現地を見ていない研究者(多くが見ていないと思いますが)が,
そのような資料を使用するには,調査方法にたいする十分な検討が必要
でしょうし,
疑問のある資料は,区別して使用する必要があるでしょう..

その点も踏まえて報告および討論時には,考古学研究者に文句を言われない(疑義をもたれない)調査方法による成果の公開を強調して指摘したつもりです.

2月に東京海洋大学で開催したARIUA主催の企画展時に,
海底での遺物出土状況図を参考資料として掲示したところ,ある研究者から,
「こんなに詳細な図をとっているんだ」
「陸上と変わらないですね」
との感想をもらいました.

また,先日の研究大会時にも,私の「陸上と同じ調査方法」という指摘にたいして,
沈没船引き揚げ遺物を考古遺物として扱えるのか疑問をもった,という感想もいただいています.

このように「考古学」では当たり前の,
「何が」「どこから」「どのように」「どれと一緒に」出土したのかを検証できるような調査が,
「水中」ではなされていない(忘れられている)現状があることを,再認識しました.

それとともに,このことをない成し得ない限り,
「水中考古学」が学会内で認められず,
単に「サルベージ」「お宝探し」という,
一般の興味以上のものには成り得ないことも再確認,再認識しました.