相模国分寺の瓦の生産地 [2009年11月23日(月)]
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神奈川県海老名市にある
相模国分寺跡・創建期(奈良時代中ごろ)の瓦が、 横須賀市の乗越遺跡(のりごしいせき)でつくられたことが、 わかったとの発表がありました。 http://news.kanaloco.jp/localnews/article/0911120049/ http://www.yokosuka-benri.jp/db/nagekomi/n100003460.html 乗越遺跡は、横須賀市の相模湾側の秋谷にあり、 奈良時代の須恵器・瓦をつくった窯跡が8基確認されています。 相模国分寺跡(僧寺)の瓦については、 これまでにその生産地がはっきりとしておらず、 神奈川県内外の数ヶ所の窯跡がその候補地として考えられていました。 今回の乗越遺跡もそのひとつで、 2007(平成19)年の調査時に出土した軒丸瓦(軒先に使われる文様がある瓦)の破片が、 これまでに相模国分寺跡でみつかっていたものと同じものと判明したことから、 乗越遺跡が相模国分寺の瓦の生産(供給)地であったことが証明されたのです。 そして、今回の調査成果の発表の意義として、 遺跡が乗越遺跡が相模国分寺跡の瓦生産(供給)地であることが明らかとなったとともに、 相模湾に面した入り江をのぞむ斜面地に立地していることと、 相模国分寺と約41km離れていること、 から船運で瓦を運ぶことを前提につくられた生産地であったことがあげられます。 ![]() 乗越遺跡の位置(矢印) 相模国分寺跡は、海岸線からは約16km内陸に所在しています。 近くには旧相模国最大河川の相模川が流れており、 相模川の支流から分水する相模国分寺のためにつくられたと考えられる「逆川」(さかさがわ)と呼ばれる運河跡もみつかっています。 これまでの調査では、船着き場と考えられる遺構もみつかっています。 このように、相模国分寺も船運を意識してつくられています。 ![]() 乗越遺跡と相模国分寺跡 今回の調査成果の発表は、 これまで、不明確であった相模国分寺の瓦の生産(供給)地を明らかにしたものですが、 古代から相模湾や相模川が物資輸送のために積極的に利用されていたことを間接的に証明したことにもなりました。 古代の相模湾には、どのような舟・船が行き来していたのでしょうか? 相模湾岸での古代の船舶資料は、葉山町で出土した丸木舟が1隻あるだけです。 こちらのほうは、まだまだ、よくわかってはいません。 |






