田子の遺跡 [2009年01月09日(金)]
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前回、ご紹介した静岡県西伊豆町の田子は、リアス式海岸地形ですので、平坦地はあまりあまりません。
限られた平坦部分に密集するように家屋が建てられています。 このような田子の陸上からは、これまでに土器や石器といった古代人が使った道具が出土しています。 道具が出土したということは、それを使っていた「人」がいたとうことです。 出土した道具は,縄文時代・弥生時代・古墳時代・古代のものです。 多くは,発掘調査で出土したものではなく、工事中や耕作中に出土したものなので、どのような遺構(住居跡など)にともなっていたのなのかは,残念ながらわかりません。 しかし、平坦地が限られ、決して住環境としては良いとはいえない地に、少なくとも縄文時代から「人」が生活の痕跡を残していることは確かなことです。 とくに、弥生時代(後期)の痕跡が残っている(土器が出土しています)ことは、興味深いことといえます。 この時期は、日本で稲作が始まった時期ですので、人びとの多くは稲作に適した土地に住みます。 田子は,初めにも紹介しましたが、平坦地が少なく、稲作ができる場所ではありません。 現状では、住居跡などの生活遺構がみつかっていませんので、どの程度の生活をしていたのかはわかりませんが、そのような場所に、なぜ弥生時代の人がいたのでしょうか? しかも、周辺からは、これまでに弥生時代後期の遺跡は、ほかにはみつかっていません(調査例がないということですが)。 また,田子の海岸部には古墳時代後期の埋葬遺跡もみつかっています。 辰ヶ口岩陰遺跡(町指定史跡)です。 海岸にせまっている岩盤が造りだした空間(岩陰)を利用した埋葬施設(墓)で、1997(平成9)年の調査で、頭蓋骨や須恵器・鉄製品(鉄鏃・釣針・太刀等)・銅製品・貝などの副葬品が出土しています。 古墳時代後期の集落跡も周辺ではみつかっていませんが、墓があるということは、近くにその墓をつくった人びとが住んでいた集落があるのでしょう(おそらく、田子のどこかに)。 辰ヶ口岩陰遺跡へは、陸上からは行きにくい場所なので、当時の人びとは海から入っていったものと思われます。 また、副葬品に釣針や貝があることは、当時の人びとの生活のようすを物語っているようにも思えます。 このような遺跡や遺物の在り方から、少なくとも古墳時代後期には田子に人が住みついていたものと考えられます。 直接的な痕跡は残されてはいませんが、弥生時代後期の人びとも生活の糧を眼前の海に求めて、住みついていたのかもしれません。 |




