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犬山城 (01/22)
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米海軍横須賀基地内の水中文化遺産 [2012年01月12日(Thu)]
神奈川県横須賀市にあるアメリカ海軍横須賀基地は、
旧日本海軍横須賀海軍工廠であった施設を日本の敗戦後、
そのままアメリカ軍が利用しているものです。

旧日本海軍施設と使用される以前は、
幕末に横須賀製鉄所として開設され、
その後、明治政府によって完成された横須賀造船所であったこともあり、
基地内には、100年以上経つ施設が多く残っています
そして、その多くは今も現役の施設として稼働しています。

たとえば、基地内には6基のドライドックがありますが、
このうち1〜4号ドックは明治年間に造られた石積みのもので、
現在もほぼ原形をとどめたままの状態で、現役の施設として活用されています。

なお、1号ドックは,1871(明治4)年に完成した石積みドックとしては、
現存最古のもの
です。

                                  1号ドック

これらのドックをふくめた旧日本軍関連施設は、いずれも米軍基地内にありますので、
通常は直接に見ることはできません

ただし、年数回ある基地開放日やベース歴史ツアーなどでみることができます。

箱根駅伝 [2012年01月05日(Thu)]
正月休みも終わり、すでに通常の生活に戻られた方も多いことと思います。

皆さんは正月休みは、ゆっくりと過ごせましたでしょうか?
私は、2・3日は箱根駅伝をテレビ観戦しました。
今年は、母校が大活躍で、
うれしく思うとともに、後輩から多くの力をもらいました

正月早々、力強いメッセージをもらい、
後輩に負けないよう、がんばらなくてはと、力がはいりました。

今年最初の水中文化遺産関連遺物を紹介します。
写真は、年末に訪れた靖国神社境内に展示・保管されている
幕末に駿河湾に沈没したロシア艦船ディアナ号のものとされる
「鋼製30ポンドキャノン砲」
です。
(全長2.57m、口径160mm)
境内にあり,いつでも見られる状態ですので,
興味がある方は見に行ってください。
本物は、写真より迫力もありますので。
久々の講義 [2011年07月24日(Sun)]
一昨日からある講習のために、
3日間連続で、講義を受けてきました。

連日、9時〜18時まで講義漬けでした。
こんなに、まとまった講義を受けたのは、久しぶりでした。
学生時代以来でしょうか。
疲れました。

最近は講義する側にいることが多かったので、
久しぶりに講義を受ける立場にいたことで、
教えるということにたいして考えることも多くありました。

また、講義の内容は、自身ではよく理解しているつもりのものもありましたが、
あらためて講義を受けると、
新知見があったり、誤った理解などを確認することができました。

疲れましたが、いろいろな面で良い経験をさせていただきました。

碇石−いかりいし− 2 [2009年10月31日(Sat)]
「碇石」が考古資料としての認知度が低いのはなぜでしょうか?

いろいろな理由はあるのでしょうが、
前回も書いたように、
実際に見ることのできる資料が少ない
しかも、九州・沖縄以外では見ることがほとんどできないということは、
大きな理由のひとつでしょう。

また、「碇石」の出土地の多くが海底であること、
陸上でもかつて海であった場所のように、
通常は遺跡としてあつかわれないところからの出土であること、
そして、現在知られている碇石の多くが、
発掘調査で出土したものではない
ということも無関係ではないでしょう。

大型の石製品なので、
石垣や縁石など他の用途に再利用されている可能性も否定はできません。
ですので、もしかしたらこれまでに陸上の発掘調査で出土しているのかもしれません

ただし、完全な形で出土したのならば、
認識も可能かもしれませんが、
再加工され、完全な形でない状態での出土となると、
碇石」を知っていないと、わからないでしょう。
あたりまえのことですが、
見たことがない人(知らない)には、判断はできません

碇石」は、海を介した交易・交流のようすを知るための重要な考古資料になることは、
前回もご紹介しました。
このことを語るには、陸上に残された遺物(土器・陶磁器など)からでも可能で、
実際にこれら遺物から、海を介した交易・交流のようすが語られています。

しかし、どのような船がそれらを運んできたのかは、
陸上に残された遺物のみからはわかりません。
船の装備品である「碇石」は、海を介した交易・交流のようすとともに
それらを運んできた船の実態に迫ることができる考古資料でもあります。

ですから、考古資料としてもっと注目されて良い遺物だと思います。
注目されれば、「碇石」の出土・引揚げ例も増えるものと思いますし、
海を介した交易・交流のようすも、より鮮明に語られるかもしれません。

そのためにも、多くの方(とくに研究者)に「碇石」を知ってもらいたいですね。

「碇石」を理解するための参考文献を以下にあげておきます。
碇石」がどのようなものであるのかがわかりますので、一度、読んでみてください。

・松岡史 1981「碇石の研究」『松浦党研究』No.2 松浦党研究連合会
・石原渉 2000「中世碇石考」『大塚初重先生頌寿記念考古論集』東京堂出版
・小川光彦 2008「第1章 海域アジアの碇石航路誌」『モノから見た海域アジア史』(九大アジア叢書11)九州大学出版会
碇石−いかりいし− [2009年10月30日(Fri)]
碇石」(いかりいし)という石製品をご存知でしょうか?
このblogでも取り上げたことがありますので,ここに来られる方はご存知の方も多いと思います.

碇石」は,船の「いかり」の部材のひとつで,
今のような金属製の「いかり」が使われるようになる以前の
木製の「いかり」に使われたもの
です.


     復元された中世交易船の碇(福岡市埋蔵文化財センター)

これまでに,海底からのみならず,地中からもみつかっています
地中からといっても,その場所は,
かつて海であり,埋め立てなどで陸化してしまったところが多いようです.

大きさや形は,さまざまですが,
日本では,おおむね長さ1〜3m前後の方柱状のものが知られています.

時代は,工事中や漁中に偶然に発見されたために,特定できないものもありますが,
これまでの研究から中〜近世のものが多いようです

碇石」は船の装備品のひとつですので,これをを調べることにより,
船体自体がなくても
碇石」を積んでいた船がどのようなものだったのか
その船が何のためにどこから来たのかを知るためのヒントを得ることができます.

多くの情報をもっている石製品なのです.

福岡や長崎などの北部九州や沖縄では,
神社の境内や公園などに置かれ,見ることができます.
博物館に置かれているものもあります.
ARIUAが調査に携わった鷹島,小値賀や坊津の海底遺跡からも多くがみつかっています


        承天寺の境内に置かれた碇石(福岡市博多区)

しかし,九州以外ではほとんど見ることのできない,ということもあり,
知名度の低い資料でもあります.
一般の方はもとより,考古学の研究者でも知らない方は多いようです.