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小値賀島前方湾海底遺跡見学会の様子の動画を公開しました [2010年04月14日(Wed)]
2007年8月に行われた長崎県・小値賀島前方湾海底遺跡見学会の様子の動画を
ARIUAのホームページで公開しました。

(http://www.ariua.org/)

小値賀島前方湾海底遺跡のようすと
見学会がどのようにおこなわれたのかが,おわかりになると思います。

ぜひ,ご覧ください。

この見学会は、ARIUAが掲げている「海底遺跡ミュージアム構想」を実現したものです。
(このブログの題名にもなっています)
とにかく何もかもが初めてのことでしたので、計画段階から試行錯誤の連続だったことを思い出します。
(事業は、日本財団の助成でおこないました)

「海底遺跡ミュージアム構想」は、現在も進行中です。
今後も条件がそろえば、見学会を実施したいと考えています。
下蒲刈島と上蒲刈島へ行ってきました [2009年05月01日(Fri)]
広島県呉市下蒲刈島(しもかまがりじま)上蒲刈町島(かみかまがりじま)に行ってきました。



両島とも瀬戸内海に浮かぶ小島で、下蒲刈島は、面積約8km2で、本土とは安芸灘大橋によって結ばれています。
上蒲刈島は、下蒲刈島と蒲刈大橋によって結ばれており、面積は約19km2です。

かつては、下蒲刈島が安芸郡下蒲刈町上蒲刈島が安芸郡蒲刈町として行政上、それぞれ独立していましたが、現在は合併によって呉市に編入されています。

訪れた日は、天気が良かったこもあり、両島とも海の青と山肌の緑が美しく、名産品のみかんの黄がそれに色をそえていました。

下蒲刈島古くから瀬戸内海交通の要衝と栄えた歴史があり、江戸時代には朝鮮通信使も立ち寄っています
それを物語るように朝鮮通信使に関連した遺構も複数残っています

この下蒲刈島には、蘭島閣美術館、蘭島閣美術館別館、松濤園、三之瀬御本陣芸術文化館、白雪楼、昆虫の家(頑愚庵)、貝と海藻の家など多くの文化施設があります

これは,豊かな自然と日本古来の風習を生かした全島庭園文化事業(ガーデンアイランド構想)の一環として整備されたものです。
(詳細は、財団法人蘭島文化振興財団のH.P. http://www.shimokamagari.jp/ で確認できます)

この文化施設の中心をなしている松濤園(しょうとうえん)は、陶磁器館、朝鮮通信使資料館、あかりの館、御番所の4館からなり、このうち朝鮮通信使資料館『御馳走一番館』には、全国的にも珍しい縮尺1/10の朝鮮通信使船が復元・展示されています



東対岸にある上蒲刈島には、海岸整備工事時に発見された古代製塩遺跡(沖浦遺跡)を復元展示をした展示館があります
展示館は、発見された海岸に接して建っており、隣接する施設では古代製塩(藻塩作り)が体験できる施設もあります。



このほかにも両島には旧石器時代以降、各時代の遺跡・遺構が残されています
そのなかには、島という地理的な特徴から海に関連するものも多くあります
海底の文化遺産についての調査例はありませんが,残されている可能性は多いにあると思います
(それも陸上の遺跡の在り方をみると,各時代にわたっている可能性があります。)

調査をしてみたいと思うとともに、
美しい海を見ていると、「海底遺跡ミュージアム構想」の有力な候補地にもと考えてしまいます。
陸上にも多くの歴史遺産や文化施設があるなど、条件はそろっています。
残るは、海の中だけです。
坊津の海で [2008年11月30日(Sun)]
坊津の海は,ダイビングでも人気のポイントにもなっています.

これまでに紹介してきたように,透明度は高く,非常にきれいでした.
それに加えて,魚影も濃かったですね.
黒潮が入り込んでいるので,熱帯系のカラフルな魚も多くいました.
ポイントにもよりますが,ハゼなどのミクロ系から,カンパチなどの回遊魚までと多彩でした.

調査中にも,キラキラ光るキビナゴの大群のなかをエントリーしたり,頭上をカンパチの集団が通り過ぎたり,遺物の計測中にクマノミに攻撃されたりと,.....



今回の調査では,ダイビングポイントになっていない,通常は人が潜ることのないポイントにもエントリーしたのですが,そこでは魚が人なれしていないというのか,私たちが近づいてもすぐには逃げない,という光景も目にしました.


写真はウマズラのアップです.
私が遺物の写真を撮っているときに,近づいてきましたときのようすです.
邪魔なので,手ではらっても,ふたたび寄ってきました.


また,チョウチョウウオなどは,通常では近づくとすぐに逃げてしまうので,デジカメで撮ることは難しいのですが,これもなかなか逃げず,私のデジカメでも撮影することができました..

こんな坊津の海へ、今度はファンダイビングで潜ってみたいものです.

坊津での調査のようす [2008年11月28日(Fri)]
坊津での調査のようすです。


二人一組で、確認した遺物(碇石)の出土位置と大きさ・形状を記録しています。
[写真は、山本祐司氏撮影]


遺物(碇石)の確認(検出)状況の写真撮影をしています。


船上でのテレビ、新聞の取材のようすです。
調査員が遺物の沈んでいる海へ入るようすを記者の方々が取材しているところです。
坊津の調査で使ったもの [2008年11月23日(Sun)]
坊津の調査で使った器材は、潜水器材以外ですと、みつけた遺物(碇石や陶磁器類など)の記録をとるための道具です。
今回は、発掘はおこなわなかったので、掘る道具は使いませんでした。

記録をとるための道具は、測るための道具としてナイロンメジャーコンベックス水準器,位置をしめす道具としてピンポール耐水荷札などで、私たちがこれまで水中調査で使ってきたものです。
また、これらの道具は,水中調査専用の道具ではなく、普通に陸上の測量などで用いるものです。

これは、陸上の遺跡調査でも同じなのですが、発掘専用の道具というものはほとんどありません
今でこそ、発掘用に工夫された道具も商品として購入できるようになりましたが、発掘調査に携わる多くのひとは、普通に購入できる道具を各自が使いやすいように加工したりして使っています

水中でも同じです。
さすがに、記録記載用の紙類は、耐水用のものをついかますが、多くは陸上用のものの転用品です。
ただし、とくに海での使用後には、水洗いなどの十分なメンテナンスは必要でです。

そのなかで、今回の調査では、遺物の位置をしめす道具として、ピンポールのほかに、梱包用に使うエアキャップ−プチプチのことです−を使ってみました
エアーキャップを幅10cm、長さ1mぐらいに切り、その先端に固定用の竹箸をつけたものです。
透明だとわかりにくいので、赤色のものを使いました。


写真は、作っているところで、携帯しやすいように丸めています。

それを水中にもってゆき、遺物をみつけたら、目印として近くにつけました。

結果として、非常に有効でした
それまでは、ピンポールを使っていたのですが、かさばり、多くなるとそれなりの重量にもなり、水中での持ち運びに難点がありました。
その点、エアーキャップは、小さくまとめることができ、さらに軽いので,扱いやすかったですね。
よく目立ちもし、3日間水中に置きましたが、若干エアー抜けがあったほかは、問題はありませんでした。
ただし、浮力があるので、持ち損ねると浮かしてしまうという難点はありましたが。

このように、発掘の道具というのは、水中に限らず、陸上でも工夫しています。

ちなみに、このエアキャップの利用は、宮武理事の発案でした。
坊津の調査を終えて [2008年11月22日(Sat)]
お知らせしたように、坊津の調査では予想以上の成果を得ることができました
たくさんの遺物(碇石や陶磁器類など)を海底で目にしました。



遺跡全体の評価は、今後のより詳細な調査が必要ですが、海況も安定しており、透明度も抜群ですので、「海底遺跡ミュージアム構想」の有力な候補地のひとつと考えています。
夏には、海底を見せるグラスボートも就航しているので、これを使えば船上からの見学も可能です。

また、調査対象となった坊浦を臨む場所には、坊津の歴史・民俗資料を展示している「南さつま市坊津歴史資料センター・輝津館(きしんかん)」があり、周辺には旧跡・史跡も多くあります
地形的にもリアス式海岸という、海に山が入り組んだ風光明媚な町です。
海域は、スキューバダイビングのフィールドとしても開放されています



写真は、名勝「双剣岩(そうけんいわ)」です。

こんな坊津で、近い将来、「海底遺跡見学」を開催してみたいですね
坊津の調査が終了しました [2008年11月18日(Tue)]
坊津の調査が、事故も無く無事に終わりました。
最終日の昨日は、地元の新聞社とテレビ局の取材もあり、忙しい一日でした。

調査では、複数の碇石(いかりいし)が発見されるなど、これまで文献資料でしか語られることの無かった坊津の近世以前のようすを示す具体的な資料が得られたと考えています。


写真は,林原利明撮影.

調査成果の検討は、これからですが、今後につながる調査だったとも考えています。

今回の調査では、多くの方々にご協力をいただきました
ラ・ホンバの皆さん、寺田屋旅館の皆さん、漁協の皆さん、輝津館の皆さん、そして、坊の皆さん、ありがとうございました。
鹿児島県 坊津海底文化財調査 [2008年11月16日(Sun)]
先日、お知らせしました鹿児島県坊津での海底文化財調査が始まりました
今日で、3日目です。
調査は、順調に進み、成果もでています。
昨日は雨が降りましたが、今日は晴れています。

鹿児島県・坊津で潜水調査をおこないます [2008年11月13日(Thu)]
明日、14日(金)から17日(月)の予定で、鹿児島県南さつま市・坊津(ぼうのつ)で、水中文化遺産のデータベース情報収集のための潜水調査をおこないます

坊津は、九州の南西部にある薩摩半島の南西端付近に位置する古代から海上交通の要所として栄えた港です。
中世には、安濃津(現在の三重県津市)、博多津(現在の福岡市)と並ぶ主要港として「日本三津」とも称されていました。
海岸や海底から中国陶磁器が採集されており、清代の中国船が沈んでいるとの話も伝わっています



このように、歴史的に評価されている地であるにもかかわらず、これまでに、海底の本格的な調査はおこなわれていません。

今回の調査は、遺物がどのように分布しているのかを把握するための、潜水目視調査です。

透明度も良好であることから、「海底遺跡ミュージアム」の有力な候補地です。
調査成果にはおおいに期待しています。

調査の成果は、このブログでお知らせします。
水中文化遺産データベース作成作業・第3回準備会 [2008年07月20日(Sun)]
水中文化遺産データベース作成作業・第3回準備会が、7月19日(土)に福岡県福岡市で開催されました。



当日は,メンバー14名のほかにアドバイザーの先生にも出席していただき、以下の内容が報告・検討されました。
1.海底遺跡データベース
 ・「海底遺跡データベース」作成のための情報収集のためのアンケート発送の報告:7月11日に九 州のダイビング・漁協関係および関係教育委員会に発送
 ・調査分担の確認
2.潜水調査
 ・潜水調査の候補地の日程の検討:(予定地)佐賀県池尻海底遺跡・鹿児島県坊津
3.海底遺跡ミュージアム構想
 (昨年、海底遺跡見学会を実施した長崎県小値賀島海底遺跡の今後の活用について)
 ・地元のネイチャープログラムへの組み込みの検討
 ・グラスボード使用の検討
 ・海底案内説明板設置の検討
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