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アジア水中考古学研究所では、随時会員を募集しております。
入会をご希望の方は、研究所のH.P.よりお問い合わせください。


《情報提供のお願い》
 水中文化遺産、特に沈没船や沈没した人工遺物は、底引き漁や潜水漁などの漁業、仕事や趣味でのダイビングなど、水中考古学とは違う活動中に偶然に発見された例が多いのです。
 もし、海から遺物が引き上げられたり、海底で遺物を発見したり、あるいは海岸に遺物が漂着したという情報がありましたら、当研究所までご一報ください。
第1回 水中文化遺産委員会 [2009年11月09日(月)]
昨日の11月8日(日)に、
福岡市内で、第1回水中文化遺産委員会が開催されました。


           開会の挨拶をする林田理事長

この委員会は、水中文化遺産に関して専門的見地から議論をおこない、
広く意見を集約し、水中文化遺産にたいする具体的な取り組みの方向性をしめすこと目的としています。

今回の委員会には、
青柳洋治 先生(上智大学名誉教授)
岩淵聡文 先生(東京海洋大学教授)
佐々木達夫 先生(金沢大学教授)
西谷正 先生(九州歴史資料館館長・九州大学名誉教授)
と,オブザーバーとして
禰宜田佳男 文化庁文化財調査官
に出席していただきました。


           出席された先生方

委員会では、今年度の各海域での調査報告をおこない
それに基づいて、
各先生方に、水中文化遺産調査の方針と内容の検討をしていただきました。

とくに、データベースの公開方法・活用方法や
水中文化遺産の周知方法については、
今後の方針をしめす多くのご意見をいただきました。


           海域ごとの報告

また、文化庁からは、研究所の活動を評価していただきました。
瀬戸内海での調査のようす [2009年11月05日(木)]
「海の文化遺産総合調査プロジェクト」にともなう瀬戸内海沿岸海域での調査状況について,報告します。
(情報提供:NPO法人水中考古学研究所)

9月16日・10月29日に、
事前のアンケート調査で情報提供をいただいた
岡山県備前市久々井(くぐい)沖で、
引き揚げられた備前焼甕・壷の調査をおこないました。


いずれも地元の漁師さんが
以前に引き揚げたものだそうで、
現在、引き揚げられた漁師さん宅と地元の小学校に保管されています。

時期は,近世初期のものと考えられるもので、
複数ありますが、いずれも完形品であることから、
沈没船の積荷にともなうものでしょうか。



             引き揚げられた備前焼壷


             引き揚げられた備前焼甕(小学校所蔵)


             調査(実測)状況
碇石−いかりいし− 2 [2009年10月31日(土)]
「碇石」が考古資料としての認知度が低いのはなぜでしょうか?

いろいろな理由はあるのでしょうが、
前回も書いたように、
実際に見ることのできる資料が少ない
しかも、九州・沖縄以外では見ることがほとんどできないということは、
大きな理由のひとつでしょう。

また、「碇石」の出土地の多くが海底であること、
陸上でもかつて海であった場所のように、
通常は遺跡としてあつかわれないところからの出土であること、
そして、現在知られている碇石の多くが、
発掘調査で出土したものではない
ということも無関係ではないでしょう。

大型の石製品なので、
石垣や縁石など他の用途に再利用されている可能性も否定はできません。
ですので、もしかしたらこれまでに陸上の発掘調査で出土しているのかもしれません

ただし、完全な形で出土したのならば、
認識も可能かもしれませんが、
再加工され、完全な形でない状態での出土となると、
碇石」を知っていないと、わからないでしょう。
あたりまえのことですが、
見たことがない人(知らない)には、判断はできません

碇石」は、海を介した交易・交流のようすを知るための重要な考古資料になることは、
前回もご紹介しました。
このことを語るには、陸上に残された遺物(土器・陶磁器など)からでも可能で、
実際にこれら遺物から、海を介した交易・交流のようすが語られています。

しかし、どのような船がそれらを運んできたのかは、
陸上に残された遺物のみからはわかりません。
船の装備品である「碇石」は、海を介した交易・交流のようすとともに
それらを運んできた船の実態に迫ることができる考古資料でもあります。

ですから、考古資料としてもっと注目されて良い遺物だと思います。
注目されれば、「碇石」の出土・引揚げ例も増えるものと思いますし、
海を介した交易・交流のようすも、より鮮明に語られるかもしれません。

そのためにも、多くの方(とくに研究者)に「碇石」を知ってもらいたいですね。

「碇石」を理解するための参考文献を以下にあげておきます。
碇石」がどのようなものであるのかがわかりますので、一度、読んでみてください。

・松岡史 1981「碇石の研究」『松浦党研究』No.2 松浦党研究連合会
・石原渉 2000「中世碇石考」『大塚初重先生頌寿記念考古論集』東京堂出版
・小川光彦 2008「第1章 海域アジアの碇石航路誌」『モノから見た海域アジア史』(九大アジア叢書11)九州大学出版会
碇石−いかりいし− [2009年10月30日(金)]
碇石」(いかりいし)という石製品をご存知でしょうか?
このblogでも取り上げたことがありますので,ここに来られる方はご存知の方も多いと思います.

碇石」は,船の「いかり」の部材のひとつで,
今のような金属製の「いかり」が使われるようになる以前の
木製の「いかり」に使われたもの
です.


     復元された中世交易船の碇(福岡市埋蔵文化財センター)

これまでに,海底からのみならず,地中からもみつかっています
地中からといっても,その場所は,
かつて海であり,埋め立てなどで陸化してしまったところが多いようです.

大きさや形は,さまざまですが,
日本では,おおむね長さ1〜3m前後の方柱状のものが知られています.

時代は,工事中や漁中に偶然に発見されたために,特定できないものもありますが,
これまでの研究から中〜近世のものが多いようです

碇石」は船の装備品のひとつですので,これをを調べることにより,
船体自体がなくても
碇石」を積んでいた船がどのようなものだったのか
その船が何のためにどこから来たのかを知るためのヒントを得ることができます.

多くの情報をもっている石製品なのです.

福岡や長崎などの北部九州や沖縄では,
神社の境内や公園などに置かれ,見ることができます.
博物館に置かれているものもあります.
ARIUAが調査に携わった鷹島,小値賀や坊津の海底遺跡からも多くがみつかっています


        承天寺の境内に置かれた碇石(福岡市博多区)

しかし,九州以外ではほとんど見ることのできない,ということもあり,
知名度の低い資料でもあります.
一般の方はもとより,考古学の研究者でも知らない方は多いようです.
企画展「海揚がりの有田焼」 [2009年10月27日(火)]
「海の文化遺産総合調査プロジェクト」の企画展
『海揚がりの有田焼−岡垣浜採集陶磁器(添田コレクション)−』が、
有田町歴史民俗資料館
(佐賀県有田町)で開催されます。
11月1日から30日までです。



福岡県遠賀郡岡垣町三里松原海岸(岡垣浜)で、
地元の添田征止さんが長年にわたって採集された肥前磁器が多数展示されます。



               〈添田コレクション〉から  野上建紀・撮影

三里松原海岸(岡垣浜)の海揚がり陶磁器の詳細については、
ARIUAが公開している水中文化遺産データベース
http://www.ariua.org/database/id1758/
および.添田さんのH.P.
http://soedase.hp.infoseek.co.jp/
をご覧ください。

Posted by T.Hayashibara at 00:15 | 展覧会 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
ETV特集「日本と朝鮮半島2000年」 [2009年10月25日(日)]
今日放映された
ETV特集「日本と朝鮮半島2000年」(NHK教育)で、
倭冦を介した東シナ海交易についての話題が取り上げられていました。

この番組は、日本と朝鮮半島の古代から現代まで2000年の交流史について、
毎月1回、ひとつのテーマを選んで解説するものです。

今回は7回目の放送で、
前半に、韓国の奉安沖海底発掘調査
木浦にある国立海洋文化財研究所に展示されている新安沖沈没船のようす
放映されました

時間としては、短いものでしたが、
観られた方には、
水中での調査のようす、
沈没船展示の実際がおわかりになったことと思います。

国レベルで調査がなされ、
国立の研究・展示施設があることは、
日本の現状を考えると、うらやましい限りです。

ちなみに先月は、元寇をテーマとして、鷹島海底遺跡(長崎県松浦市)の調査映像が放映されています。
「陸の道と海の道の交差点 江戸時代の神奈川」 [2009年10月18日(日)]
展覧会のご案内です。

横浜市歴史博物館
(神奈川県横浜市都筑区中川中央 1-18-1)で、
横浜開港150周年記念特別展として
「陸の道と海の道の交差点 江戸時代の神奈川」
が、昨日より開催されています。

詳細は、以下のとおりです。

開催内容
「横浜開港以前における、横浜市域の中心地であった神奈川地域(神奈川宿・神奈川湊)の繁栄の一端を、御殿・陣屋の所在地をいった政治的側面と、東海道と神奈川道といった陸上交通および海上・河川交通の結節点という経済的側面から紹介します。」
(横浜市歴史博物館のH.P.より)

開催期間
2009年10月17日(土)〜2009年11月29日(日)

開港以前の横浜のようすを知るこのできる展覧会です。
関連の催し物(講座・講演会等)も多く予定されており、
図書閲覧室では展示関連図書コーナーも設置れされているようです。

詳細は、博物館のH.P.でご確認ください.
http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/kikak/detail.php?ak_seq=94

なお、横浜市歴史博物館は、
横浜の歴史に関する資料を展示・収蔵している博物館で、
隣接して弥生時代中期の大規模環濠集落跡とその墓域(方形周溝墓群)が
完全な状態で発見された全国的に珍しい遺跡として国史跡に指定されている
大塚・歳勝土(おおつか・さいかちど)遺跡が公園として公開されています。
Posted by T.Hayashibara at 16:47 | 展覧会 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
『横浜港の七不思議−象の鼻・大桟橋・新港埠頭』 [2009年10月14日(水)]
本の紹介です。
今回紹介するのは、
田中祥夫著
『横浜港の七不思議−象の鼻・大桟橋・新港埠頭』

有隣新書65(9月2007年、有隣堂刊行)
です。

1859(安政6)年に開港した横浜港の関東大震災までの歩み(発展)を7つの関連施設・事柄にスポットを当てて、紹介したものです。
横浜港の変遷(歴史)が、平易な文で、わかりやすく解説されています。

7つの関連施設・事柄は、
そのまま章となっているので、
目次を書き出してみます。

まえがき
第一章 「象の鼻」−なぜ突堤が曲がっているのか−
第二章 横浜築港−なぜ三十五年間も船がつけない港だったか−
第三章 大桟橋−なぜアメリカは下関賠償金を返してきたか−
第四章 「メリケン波止場」−なぜそう呼ばれたか−
第五章 石造ドック−なぜ佐世保で設計図がつくられたか−
第六章 新港埠頭−なぜ大蔵省が土木工事を行ったか−
第七章 「横浜市歌」−なぜ鴎外が作詞することになったか−
終 章 横浜港の遺産を生かす

いずれも副題にあるように、
つくられた理由やその過程をさまざまな資料やエピソードを用いて明らかにしています。
現状についての説明もあり、
挿図や写真も多く掲載されています。

巻末には、
地形図でたどる横浜港・参考文献・横浜港関連年表などの
資料も掲載されています。

横浜港の変遷(歴史)を知るための良書と思います。

なお、本書であつかわれている以下の4つの横浜港関連施設は、
水中文化遺産といえるものでもあります。
象の鼻」:開港時(1895年)につくられた波止場
大桟橋」:1894年に完成した大型船が直接横づけできた鉄桟橋
石造ドック」:現存最古の石造ドック.第1号(1899年開渠).第2号(1897年開渠).
新港埠頭」:1914年につくられた陸上施設(倉庫群)をともなう埠頭.

これら関連施設は、現在も現役施設として機能しているもの
文化財として保存されているものとがあります。

これら関連施設を巡るのも
横浜港の変遷を目で確認する良い機会になることと思います。
それとともに、身近にある水中文化遺産を見ることにもなりますので、
ぜひ,本書を片手に出かけてみてください。

新書判、本文241ページで、定価1,050円です。
Posted by T.Hayashibara at 20:48 | 本のこと | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
【CANPANペイメント】のバナーを貼りました [2009年10月09日(金)]
多くの可能性を秘める「水中文化遺産」の保護・活用、
「水中考古学」の発展のためにも、
アジア水中考古学研究所の趣旨をご理解いただき、
ご支援いただけますよう、お願いいたします。

https://www.canpan.biz/products/detail.php?product_id=116&PHPSESSID=f59254bb27fec039efe6a29764d15182

なお、会員の募集も随時受け付けています。
入会をご希望の方は、研究所のH.P.
http://www.ariua.org/
あるいは、下記連絡先にお問い合わせください。

特定非営利活動法人 アジア水中考古学研究所
〒812-0041
福岡県福岡市博多区吉塚6-10-12-308
Tel&Fax : 092-611-4404
Email : kosuwa@f4.dion.ne.jp
高知県現地調査 [2009年10月07日(水)]
9月22〜24日におこなった高知県での現地調査では、
事前の情報が非常に限られていたこともあり、
現地での「水中文化遺産」に関連した情報収集
関連する現地・現物を直接に見ることを、
主題にしました。


   山田堰跡(香美市):江戸初期につくられた堰

もちろん、今回の日程で、
高知県すべてを回ることはできませんでしたが、
有効な情報を得られるなど、
今後につながる調査であったと思います。


  手結港(ていこう.香南市):江戸初期につくられた現存最古の掘り込み湾港

関係機関に対しておこなった事前のアンケート調査では,
地震により水没した集落の伝説
漂着・漂流船の情報も複数寄せられました。
しかし、そのほとんどは、事例の特定ができないものでした。

高知県が古来より大地震にたびたび見舞われていることは事実です。
また、紀貫之の『土佐日記』にも記されているように、
旧くから都への航路も開かれており、旧い港も多く残されています。

ですから、アンケート調査で寄せられた事例を否定はできませんし、
記録に残らない事例も多くあるものと思われます。
今後、「水中文化遺産」を周知してもらうことで,
隠れている情報が表に出て,
情報量が増える可能性は多いにあるものと思います。

今後も情報の収集に努めます。


   柏島石堤(大月町):江戸初期につくられた防波堤跡