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■ブログ開設にあたって■

このブログは、
1994年秋(24才の時)に、初診の段階で血管肉腫と診断され(主治医は乳腺専門医)、すぐに手術、その直後に免疫療法(インターロイキン−2)の予防的治療を経て、再発もなく、今現在、普通に過ごしている者が作成しています。

”血管肉腫”は、非常に稀な病名で、発病及び予防的治療を行っている当時、ネット検索しても、ヒットするのは、ペットの病名ばかりでした。そのような状態が長らく続いていましたが、最近はネットツールの発展により、何人かの方々が情報発信するようになってきました。

しかし。
あくまでも私の印象ですが、良好な結果に至った記述が少ないようです。

そこで。
昔の私のように、「残念ながら、悪性の腫瘍です。具体的には、”血管肉腫”と言って・・・」といった医師の説明の後半部分が、ショックのあまり頭に入らず、辛うじて、耳にとまった、”血管肉腫”という病名を頼りに、ネット検索してみた方に、
こうして20年以上経って再発もせずに、
元気に過ごしている人間もいますよ!!!


と、明るい情報を、一つ増やしたくて、開設しました。

といいつつ、渦中の方には大変申し訳ないのですが、もうすっかり過去のことになっているため、ほとんど更新がありません。
そのあたりは、何卒、ご容赦いただきたいのですが、もし、個人的にお問い合わせいただければ、できる範囲でお力にはなりたいと思っています(自分の体験をお伝えするくらいしかできませんが)。
こちらまで、メールを下さいませ。

なお、あくまで私の場合は、ですが、治療としては、外科手術の後、前述のように、インターロイキン−2という、免疫療法を受けました。
それ以外の、いわゆる代替療法・民間療法には、いっさい、手を出しておりません。その辺の情報を求められても(またそういった情報を押し売りされても)、困りますので、あしからず。

■2007年6月3日;2014年9月28日修正■
--------------------
文献検索をしていたら、自分が症例報告をされている論文を発見しました。

乳房原発血管肉腫の1例
館花 明彦, 福間 英祐, 宇井 義典, 加納 宣康, 山川 達郎
日本臨床外科医学会雑誌
Vol. 57 (1996) No. 3

正直、あまり気分の良いものではありませんが、ご参考まで。

記:2011年6月26日
--------------------



【お願い】携帯メールからのお問い合わせについて[2012年01月19日(Thu)]
携帯メールからお問い合わせをいただいた場合、
まれに、返信を送っても、受信拒否をされる事態が生じます。
大変、お手数ですが、受信の設定をご確認ください。
生きております![2011年06月26日(Sun)]
3年も更新を放置しておりました。
現在進行形でUPする情報が全くないと、ついつい、放りっぱなしにしてしまうのですが、あまりに更新がないので、「このブログの主は生きているのだろうか?」という不安を感じた、同病の診断を受けた方をご家族にお持ちの方からご指摘をいただきました。

もっともだ、と思いました。
ブログ記事更新の見込みもあまりないので、生存確認のために、twitterを貼りつけました。
(・・・忙しそうにみせかけて、実は怠けている・遊んでいるじゃねえか、ということがバレてしまうのですが・・・)
「生きる」とキューブラー・ロス[2007年09月07日(Fri)]
【追記 2007.9.10.】

松本幸四郎版「生きる」。
録画したものを部分的にしか観ていないのですが。
大筋、ほとんど、原作の通りのようでしたが、主人公の病気の設定が違っていました。
志村喬版「生きる」では、主人公は胃がんで、告知もされませんでしたが、
(告知しない理由を、医師が医局の仲間内で話している場面もあり、
 それがまた、考察するに興味深い点ですが)
松本幸四郎版「生きる」では、膵臓がんで、余命も告知されたようです。
この辺は、医学の状況変化を反映したようですね。

がしかし。
それ以外は、ほっとんど、原作と同じ(のよう)。
つまり、人間の感情や、「生きる」ことについては、
医学がどう変わろうが、共通するものがある、ということですね。

――――――――――――――――――――――――――
黒澤明の名作「生きる」が、テレビドドラマとしてリメイクされます。
放映日は、9月9日(日)。

黒澤明の名作「生きる」は、Myベスト3から落ちたことないくらい、
大好きな映画です。

また、「生きる」って、まぁ、なんと、キューブラー・ロスが『死ぬ瞬間』で書いている、
「死の過程の諸段階」に、ぴったりハマっているのでしょう!!、です。
これは、おそらく、意図的に、というわけではなく、
黒澤監督が何かのインタビュー記事に述べていたように、
”追い詰められた(だったか、死に直面した、だったか)人間を描きたかった”ために、”偶然”、そうなったのだと思われます。

有名な「死の過程の諸段階」は、”死の”と名づけられているので、
まぁ、ちょっと、アレですが、
患者の心理状態の変動としては、とても共感のできるものだと思います。
(もっとも、具体例の解釈には、私はちょっと違和感がありますが。)

しかし、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』よりも、断然、良い!と思うのが、
「生きる」なんです。
ちなみに、「生きる」現代版が、
最近(といっても、数年前か?)、草なぎ剛の名優振りがいかんなく発揮された、
傑作ドラマ「僕の生きる道」だと、私は思う。

「生きる」、おススメの映画です。









よくある誤解[2007年07月02日(Mon)]
リアル知り合いによく受ける誤解。

「まるさと さんって、乳がんなんだと思っていた(聞いていた)」
・・・いえ、あの、違うのです。
確かに、原発場所は、乳房で、外科手術は乳がんと同様ですし、主治医は乳腺専門医でした。

が、
私の病名は、血管肉腫であって、
乳がんと血管肉腫は、
そもそも、癌の種類
(というのか?)が違います。

よって、治療法も違います。
なにより、非常に患者を不安にさせるのが、例が少ないために、予後などの説明など、医師の説明の歯切れが悪いように感じ、そういったことが、さらにまた不安を増幅させるのです。
(予後の説明などについては、その後、”論理的”に考えてみたら、どういう癌あるいは病気になろうとも、同じじゃん!、と、思い至りましたが、その話しは、また、後日)

病を甘く見すぎるのもいかがなものかと思いますが(←自分がそうだったことは、まぁ、おいておいて)、
過度に不安が増大するのは、もっと、いかがなものか、と思います。

ので、過度な不安に陥らないような手助けが、このブログでできれば、嬉しいです。

IL-2の治療期間について[2007年07月01日(Sun)]
Kangarooさん からも質問をいただいていた
「インターロイキン2はどれくらいの期間どのようなタイミングで続けましたか?」
については、同様の質問を個メールでもいただきました。
おそらく、このページに辿り着いた方も、関心のあるところだと思いますし、
そもそも、そういった具体的な情報を載せるために、このブログを作ったわけです。

私の場合は、次のような治療時期・期間でした。

1994年8月18日、通院開始
1994年9月28日、手術
1994年11月24日〜11月27日、IL−2の試験的投与
1995年2月6日〜2月19日、IL−2の第1回入院
1995年7月31日〜8月16日、IL−2の第2回入院
1996年1月17日〜1月30日、IL−2の第3回入院
1996年7月31日〜8月15日、IL−2の第4回入院
1996年12月4日〜12月10日、IL−2の第5−1回入院
1997年2月3日〜2月11日、IL−2の第5−2回入院
1997年8月8日〜8月19日、IL−2の第6回入院

治療を始めるにあたって、医師から説明があった治療時期・期間は、
半年に1回に2週間程度の入院による投与で、それを1クールとして、6クール必要、
ということでした。
上記の中で、1996-97年冬が、5-1回、5-2回、と分かれているのは、
その時期は、諸般の事情により、2週間も入院なんてしてられなかったので、
主治医に相談したら、1週間投与〜インターバル〜1週間投与のクールでもいい、
ということだったので、こうなりました。

皆さんの最近の例を拝見すると、通院治療をなさっているようですね。
これは全くの私の”邪推”なのですが、(1)症例が積み重なって治療法が少しづつわかってきた、(2)昨今の医療制度改正により、病院側に入院治療のインセンティブが働かない、といった理由から、通院治療になっているのかもしれません。
(調べて書いているわけではないので、”邪推”です。ですが、私の母も、1年ほど前に子宮がんの手術・治療を受けた際、手術後は通院だったので、そんなに間違ったカンではないと思いますが)

・・・いや、待てよ。
書きながら、思い出してきましたが、
そういえば、通院バージョンの治療(投薬クール)もあるような話しを、
当時から、主治医から聞いたような記憶がうっすらと・・・

が、事実としては、私のIL−2(インターロイキン−2)の治療は、上記の期間でした。
そして、投与しているときは、副作用として、血圧異常が心配されるので(下がると危険、だったのかな?)、投薬中は、15分間隔(だったか?)でバイタル(体温、血圧)を測る厳戒体制で、投薬終わってからも、水分?点滴を24時間ずっとつけている、なんだか、すごいことになっていました。
(外出・外泊するときも、液で固めて、点滴管は包帯でグルグル巻きにしてつけっぱなし。この状態をみると、他の人はビビりますが、本人は、もう慣れた風景なので、針を刺しなおすより、限界までつけっぱなしの方が、よほど痛くないのでした。)

という、厳戒態勢だったのですが、本人は、さほど、副作用にも苦しまずに(全く、ないわけではありませんが)、ケロっとしていたので、大変だったのは、むしろ、看護師さん達じゃないか、と(^^ゞ
(副作用でむくれるかもしれないからと、体重も測りなさい命令もでていましたが・・・三食昼寝付で、単純に太りました・・・)

なお、「自己細胞を増殖させてIL-2と共に体内に点滴で戻す免疫療法」もあると聞いていますが(ちらっと、そんな文章を読んだ記憶もありますが)、
たぶん、その方法ではなく、IL-2の投与だけ、だったと思います。

副作用や、入院乗り切り豆知識、については、後日、また。
開設はしたものの[2007年06月03日(Sun)]
人もすなるブログに手を出した最大の理由は(個人的なページとして)、
実は、このブログを作りたい/作るべきだと思ったからなのですが、
はっきり言って、この次の更新をいつするのか、さっぱり、わかりません。
(だいたい、今日やろうとも思っていなかったので、
 どうすんだよ、この書類・・・が、そのままになっている、恐ろしい日曜の夜・・・)
そのため、「開設のご挨拶」を、少し、丁寧にトップに掲示しておいたのですが、
それだけだと、コメントがつけられない模様です。

ということで、コメントをつけることを可能にするためだけに、
このような”言い訳”を書き込んでおります。
・・・みっともないなぁ、と、我ながら思いますが、
まぁ、構想半年?で、とりあえず、開設したことで、良しとさせてください。