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天体ショーの日に [2012年05月21日(Mon)]
今朝の日食、感動。美しかった。
金色、そしてオレンジ色の輪ができていた。
この天体ショーをこの時間、同じ瞬間に日本中の人々とともに共有している、と感動。また町のあちらこちらから、「うわー」と嬉しそうな感動の声が聞こえてくる。
宇宙の中に生かされていることを実感。
でも太陽が輪を残して隠れた瞬間、さみしくなった。
このまま暗くなったら怖い、嫌だな・・・、と感じた。
太陽が日々、すべてを照らし、生命を育んでくださっていることのありがたさを実感できた時間だった。

今日は久しぶりにほぼ一日通訳。工場見学もありタフな一日だった。
何と、女性が月に一度トーンダウンする日とバッティング。
周りは男性ばかりなので口にできなくて少し辛かったが、無事乗り切れた。

集中力を要する仕事、難しい仕事がこのような日にバッティングしても、仕事のクオリティが落ちないよう体力をつけなくては、と思って水泳を始めたのが7,8年前。
現在、ほとんどコンディションがぶれなくなった。続けてきて良かった!

体力、実力、気力を鍛えることは日々の積み重ねだ。




Posted by 由美子 at 19:40 | この記事のURL
映画「ファイナル・ジャッジメント」, "The Final Judgement" [2012年05月20日(Sun)]
「目を覚ませ、日本」

2000年年末私は熱帯地域のアマゾンから真冬のニューヨークに飛んだ。
雪降る寒いニューヨークの街中のYWCAに滞在、新年のカウントダウンをニューヨーカーたちと迎えた。

2001年、ニューヨークにいながら私は胸騒ぎを感じた。
「今年何か起こる・・・」ふと町から逃げ出したい衝動にかられたことを覚えている。
とにかく何かやらなければ・・・と、当時活動していたNGOでNY国際プロジェクトを始めた。
結果は周りを振り回す形になったけれど・・・。
そしてその年の9月、あのNY同時多発テロが起きた。

何か起こる、と感じていたが、まさかあのような事件が起こるとは想像していなかった。
優しかったニューヨークの人達のことを思い、心痛んだ。
テロは許せない。

同時に、今日本に対して非常に危機感を感じている。
ニューヨークの時以上に。

私なりに掴み、実感している世界の動き、情勢の中で、日本はあまりにも平和ボケしており、情報が偏っているので恐ろしい。
皆目を覚ましてほしい。

その中で、一番リアルで重要な情報発信をしている映画がある。
幸福の科学制作の映画、『ファイナル・ジャッジメント』
http://www.fj2012.com
だ。キャッチフレーズは、「知らなかったとは言わせない」
文字通り、日本にとっては最後の重要なチャンスのひとつになるだろう。

日本のマスコミはなぜか全然報道しないけれど、当団体のメッセージは今、海外で急速に大きく広がっている。世界に通じるメッセージだから。
政治活動もされているが、日本の中で現状、総合的に唯一、世界の動きをにらみ、まっとうなメッセージを発信している政党だと思う。

この映画の企画の大川宏洋氏は以前、「仏陀再誕」企画脚本に携わった。
http://www.buddha-saitan.jp/wb/index.html
この映画を見に行った帰り道、周りの人にとても温かく優しい気持ちが湧いてきたのを覚えている。(いつもこのような状態でいられればいいのだけど・・・)

その映画にはたくさんの重要なメッセージが含まれていた。
映像もきれいだった。天使の描写が過去のものと違い、ユニークだな、と思った。
映画には津波のシーンもあった。今思えば、その後に起こった大地震に対する予言的な内容も含まれていたのかもしれない。

私は関東で仕事をしているとき、ほぼ毎日のように電車が停止した。異常なほどだった。周りの人が冷静なのがとても不思議だった。異常な数の人身事故・・・。
それについても映画は描写しており、納得ができた。
学校の同級生の本音が見えるシーンなど、私自身の体験もあり、とても共感できた。

これらの映画が日本でメジャーになってきたら、日本も大きく変わるだろう。






Posted by 由美子 at 13:16 | この記事のURL
伝えるとき [2012年05月20日(Sun)]
私は30代の頃、地球環境をテーマに講演活動をしていた。
今でこそ、地球環境はマスメディアでも頻繁に取り上げられ、企業の取り組みも積極的だ。しかし当時はかなり風当たりが強かった。

地域主催の会合、企業、教育関係、経営者の集まり、宗教団体など様々なところから呼んでいただいた。
マイナスの反応があることもあった。
「環境が大事なことはわかっているけれど、経済はどうなるのか・・・」という反応だ。

私の伝え方も不十分だった部分がある。
その後の私の研究、学びを通して、当時の話の内容については大きく修正が必要な部分があることに気付いた。
これも緊急課題のひとつ。別の機会にしっかり伝えてゆきたい。
ただ当時の活動を通して学んだこと、貴重な体験は私の財産になっている。
今改めて、それらを見直し、生かしてゆく必要があると感じている。

学んだことのひとつが、伝え方。
「これは大事なこと、相手のため、みんなのためにぜひ伝えなくちゃ」ということであっても、こちらが良かれと思っていても、伝え方がまずかったりすると、相手は心を閉ざす。ブロックされることもある。

ある電気連合の集まりに呼ばれたときのこと。
会場は綺麗なホテルのホールだった。いつも通りに講演。しかし何となく会場から難しい空気を感じていた。

案の定、後の懇親会の席で、ある男性が私に近付いてきた。そして、いきなり「そんなことを言ってもねえ・・・」と議論をふっかけてきたのだ。

私はその時、相手の心の動きを感じた。
その人が、ビジネスマンとして環境と経済の両立に対してもつジレンマを感じたのだ。

私は話の内容については一旦横に置き、「そうですね・・・」とその人の感情を理解し、受け止めた。するとその人は急にホッとした様子を見せ、空気が変わった。それからいろいろ話ができたことを覚えている。

相手に何かを伝え理解してもらうとき、相手の立場、心情、心の動きを見ることが必要だ。その人は何にひっ掛っているのか、それを理解し、受け止める。すると相手は安心して心を開いてくれる。
それから大事なことをしっかり伝えていくことが必要だ、と気付いた。

「あなたが見える」 [2012年05月17日(Thu)]
映画「Avatar」の中で、”I see you” (あなたが見える)という言葉があった。
とても好きなフレーズだった。
映画の中での意味は、あなたの心、本音が見える、という意味で使われていたようだ。

私が日本での環境活動に疲れ、心身ともボロボロになってアマゾンのジャングルに逃げ込んだのは、10年ほど前。何度もアマゾンの奥地に入っていった。
純粋で心優しい、くったくのないインディオたちの笑い声に囲まれて、人間の原点の美しさに触れたようだった。
厳しくも雄大なアマゾンの大自然に抱かれ、心身とも深く癒された。

日本に帰国後、私は優しい気持ちに満たされていた。
そして自分の変化に気付いた。周りの人を見る時、その人の本音の部分を見ようとしている自分がいた。
「この人、今顔は笑っているけど、心から幸せなのかな」
「あの学生たち、大声で楽しそうにしゃべっているけど、乾いた笑いに見える。心からハッピーなのかな」
テレビで人気歌手が出ていても、
「この人、笑っているけど、本音は今どういう気持ちなのかな?」

自分が心から癒され、幸せでいる時、周りの人も心からハッピーであってほしい、と望んでいることに気付く。
周りの人のやりとりを聞いていて、キツイやりとり、心ない言葉が耳に入ると、それを受けた人のことが気になる。
「ああ、あの人、今笑ってごまかしているけど、傷ついているな。この思い引きずるだろうな」と気づかっている。

自分が心身共ボロボロなときは、周りのことはなかなか見えない。周りの人どころではなくなる。
でも自分の心が満たされ、幸せでいるとき、周りの人もみな幸せであってほしい、と願っている自分がいる。
まず自分が、心の底から幸せであることが大事だ。その時、周りの人々にも心の底から幸せであってほしい、と願う心が自然と生まれてくる。
自分がまず心から幸せになること、それが周りを幸せにしていく第一歩かもしれない。
Posted by 由美子 at 20:24 | この記事のURL
五感を研ぎ澄ます [2012年05月15日(Tue)]
五感を研ぎ澄ます

私は子供の頃は、割とボーッとしていたように思う。
17歳のとき英語の面白さに目覚め、それから勉強するようになった。
そしてだんだんと活動的になり、国内海外を飛び回るようになった。
そして、10年ほど前、アマゾンジャングルに飛び込んだことは、私の人生の大きな転機となった。生まれ変わる経験をした。

アマゾンのジャングルには電気、ガス、水道、トイレなど、それまで身の回りに当たり前のようにあったものが、ほとんどない。
未知の世界に飛び込んだ。
頭の中に蓄えてきた知識がほとんど役に立たない未知の環境、熱帯ジャングルに身をおいたとき、自分の五感がだんだんと研ぎ澄まされていくのを感じた。
その時、「ああ、生きてるなあ!」という実感があった。

朝の澄んだ空気の中、ジャングルに囲まれた川で泳いだとき、さらさらの砂を踏みしめ、小鳥のさえずりを聞き、風が運ぶ緑の香りを味わいながら、清涼な水を体いっぱいで感じていた。
五感が喜びで全開。「今ここにいるだけで幸せ!」という感覚だった。
人間の五感は、神様が与えてくださった素晴らしい宝物。
生きる喜びを実感するために、生命を守るために与えてくださったギフトなのだ。

判断をひとつ誤れば死にいたるかもしれない環境に身を置いていた。
インディオたちは、頼りになりそうで、頼りきれなかった。彼らが大丈夫でも、私には危ないからだ。
そんな中に身を置くと、体中の感覚がむくむく目を覚ます。
そして、「ここから先は危ない!」というのがわかる気がした。

五感が全開してくると、インスピレーションが冴えてくる。

アマゾンのジャングルまで行かなくても、普段生活している場所とまったく異なる場所、海外の未知の環境に入った時、同様の体験する人は多いと思う。


Posted by 由美子 at 21:35 | この記事のURL
愛しき母国、日本 [2012年05月13日(Sun)]

日本の町中を歩いていると、人々がボーッと歩いている印象を受けることがある。
外国人からも言われたことがあるし、海外の、特に危険な場所や気を張り詰める場所に滞在したことのある人は、同じ感覚をもっておられるかもしれない。

日本は海外の情報が足りない。情報は溢れているけれど、日本のマスコミの情報は限られている上に偏っている。日本のテレビや新聞だけに依存していては、世の中は、世界は見えない。

私は日本に帰国するたびに世界から取り残されるような感じがするので、海外のニュースをラジオや英字新聞で日々入手している。
日本の新聞は、産経新聞か経済新聞を少し読む。
テレビの報道番組は偏っている感じがすることが多い。
でも日本のマスメディアは、本気で取り組んだら、非常に丁寧で見ごたえのある番組を生み出す力をもっている。

現在インターネットが急速に広がり、その技術もさらに高まっている中、若い人々、学生は次々に学び、どんどん適応してゆく。若い世代は日本のマスメディアだけに飽き足らず、外のものも入手している、と聞いた。

日本の、特に若い世代には全員に、英語力を身につけてほしい。
単なる旅行のための英会話でなく、日本のこと、自分の考え、世界の動きに対する意見などをはっきりと言える人々が育たないといけない。
外の動きに敏感になってほしい。そうしないと日本は生きていけない。
世界の中での日本の役割はとても大きい。

世界のどこにいっても、一対一で相手に対してしっかり意見が言え、しっかり議論できる、論理的思考、知識、そして知恵を身につけてほしい。
私にとっても大きなテーマだ。

日本人が血の汗流し、満員電車でギュウギュウ詰めの中毎日通勤し、夜はフラフラになるまで働いている。
私は東京で仕事をしていた時、仕事がきつく、倒れる寸前の感じの人もよく見た。
その人々が納めた血税で、日本は海外にたくさんの援助、貢献をしているのではないか。
にも関わらず、日本のリーダーはなぜ海外でヘコヘコするのか。
ドジョウ総理大臣はもういらない。いい加減にしてほしい。

国民が死にそうになりながら仕事をし、支えているその経済力で世界に貢献しているのだ。その代表で海外のリーダーと話をするとき、堂々と胸張って言うべきことを言わなくてはならない。
日本に対してミサイルを向けている失礼な国に対して、なぜ何もいわないのか。なめられているではないか。
ある程度、力を見せて、物申していかないといけない。
今のリーダーたちは見ていられない。

市民のことを真に考え、日本の未来を思うリーダーよ、出でよ!
若き爽やかなリーダーよ、出でよ、
世界情勢をよくつかみ、その中で、日本の進路を舵取りできるリーダーよ、出でよ!
そのようなリーダーたちを生み出し、支えていかなくては、この国に未来はない。

私は日本が大好き。この国がなくなってほしくない。
国を失う人々の苦しみや惨めさは、想像を絶するだろう。
そんな未来が今、チラチラ見え隠れする。
あまりにも平和ボケしている。
国をとられる怒り、恐ろしさを実際味わわないとわからないような、愚かな国民ではないと思う。

私も、自分の役割を思い切り生きていきたい。
未来を良い方向に変えるために。
最後のチャンス。今まさに、カウントダウンだ。

By アマゾン・パラダイス 小濱由美子 

Posted by 由美子 at 12:16 | この記事のURL
心に灯ったビジョン [2012年05月13日(Sun)]
心に灯ったビジョン

先日会社の同僚といろいろ話をした。有能な彼女のこと、将来のことをいろいろ考え悩む時期だろうな、ときになっていた。
ある日二人でゆっくりお話する機会をもてた。
何と気がついたら、ランチをしながら5時間ほど話をしていた。
彼女は本当に聞き上手だ。また私が今まで辿ってきた道が、彼女にとって非常に興味深かったことが多かったのかもしれない。私はランチのスパゲッティを口に入れるのももどかしいほど、いろんな話をした。
こういう時いつも、食べる口と話す口と2つあったらいいのに、とよく思う。(不気味かな?)

彼女が非常に共感し、私も改めて原点だと感じたことがある。
私が20歳の頃、まだ将来のことがよく見えない時期。
キリスト教のプロテスタントのカレッジの学生だった。私はクリスチャンではないが、イエス様の愛の教えは、心に響き、なぜかとても懐かしく感じていた。
讃美歌が大好きで、日本語英語で大いに歌った。
毎日チャペルアワーには欠かさずに出席。
ボランティアでオルガニストをしており、またコーラス部(元聖歌隊)の部長もしていた。
カレッジの空気にどっぶりつかり、味わっていた。

ある日学生すべてが集うアッセンブリーで、学長さんが、ある歌手のことを話された。それ以来、彼女のことが気になっていた。そんなある日、雑誌で彼女のインタビューを目にした。
「愛と光を世界中に広げたい・・・」その言葉を目にした瞬間、私はハッとした。
「思い出した!」という感覚だった。
魂の奥底の記憶が起こされた感覚だった。
それから心の中にはっきりと、光で包まれる地球のビジョンが灯った。

しかしその頃がまだ、自分が具体的にどのような道を歩むのか、何もわからなかった。
ただ、常にそのビジョンを心にもちながら、自分やすべての生命の幸せ、真に平和な世界が実現することを願っていた。すると、心の奥底から湧いてくる思いがある。
誰が何と言おうと、どうしてもやり遂げたい、という思い、心の奥底から溢れてくる思いがあった。
それに正直に、素直に従うようにしてきた。そのひとつが英語の猛勉強だった。

たくさんの人々の恩恵、助けのおかげでここまでくることができた。
そして自分の未来が明確になってきたとき、今までの経験や学びのすべてが生きてくることを実感して震えた。
辛い経験もたくさんあったけど、その何一つ無駄なものはなかったのだ。

私の人生、これからが本番だ。




Posted by 由美子 at 11:49 | この記事のURL
継続は喜びなり [2012年05月11日(Fri)]
 書きたいことが山ほどある。様々な事柄の内容、事実をつかみ、よく理解し、きちんと伝えるため、たくさんの本を読みたい。時間がほしい。
 時間を作り出すのは自分次第。努力、工夫が必要だ。どんなに忙しくても、読んだり書いたりしている人はたくさんいる。私もがんばろー。私は日本語と英語と両方でinputとoutputをしてゆきたいのでなかなかハードだが、慣れてくるととても楽しい。
 何事も、やり始めはエネルギーがいる。でも一度エンジンがかかり、走り出したら、楽にできるようになる。
 
 英語のブログも、こちらとあわせて書いている。もっと深く書いてゆきたいな。
 完璧を求めず、でも、より良いものを目指しながら、続けてゆきたい。

 英語ブログ  http://yumikoamazonparadise.wordpress.com/
   アマゾンパラダイス 小濱由美子
 
 
Posted by 由美子 at 20:33 | この記事のURL
体力をつける [2012年05月10日(Thu)]
体力をつける

良い仕事をするため、あるいは学習能力を増すためには、体力をつけることが必要だ。オフィスワークを初めてから、このことを痛感している。

7年ほど前、東京で翻訳の仕事をしていた。
一日7,8時間パソコンに向かい、集中し考えながらパソコンを打ち続ける。目が疲れ、肩が凝り、腰が痛くなる。
もともと私は携帯電話もあまり好きではなくて、パソコンも長時間使用していると非常に疲れる。しかしそんなことは言っていられない。
でも木曜日、金曜日くらいになると、辛くてたまらなくなってきた。

そんな時、心の奥底で「水泳だ、水泳だ!」という声が聞こえてきた。

至近距離にコナミスポーツクラブがあった。会社の後走っていける。
思い切ってスタートした。
正直、プールに行くまでは面倒だった。仕事で疲れた日など、「ああ、今日はこのまま帰ってのんびりしたいなあ〜」と感じることはしょっちゅう。
でも、自分を内側からプッシュして何とかプールまで連れていき、プールまで飛び込ませると、後は気持ちよくて、毎回泳いだ後必ず「来て良かった!」と思う。

最初は背泳でスタートした。今はクロールが主流だ。
背泳は息がしやすく楽だったからだ。
25mプールを往復する。最初の3、4往復が一番しんどい。
そこを乗り切ると、だんだん体が水になじんでくる。体温が上がるためかとても楽になってくる。500mを超えると楽しくなり、700mくらいになると至福感!
気持ちがよくて、そのまま1kmほど泳ぐと、翌日疲れが出て仕事に支障がでそうになったのでストップ。
500mから700mが、今の私にとっては定期的に泳ぐ適正な長さだ、と判断した。

泳いだ後の爽快感!この感覚を知ると、もう止められない。

水泳を始めてからしばらくして気がついた。目の疲れ、肩こり、腰の痛みはほぼ解消。
私は当時、夜中にひどく咳き込むことがよくあった。一度始まると、激しく咳き込むまで止まらない。寝不足になるし、喉は辛いし、何か持病があるのかな・・・と気になっていた。
水泳を継続しているうちに、これが完全になくなったのだ。体質が変わっていくのを感じた。
夜、ぐっすり眠れるようになり、寝付きがよくなった。睡眠は非常に重要なエネルギー源である。一日のクオリティを決定する重要な要素だ。良く眠れるようになったことは嬉しかった。
当時通訳もスタートしていたが、会議などで日中激しく頭を使うと、夜疲れているのに頭が興奮して眠れない。疲れは翌日にもちこされる。
水泳を始めると、体が良い状態で疲れるので、夜ぐっすり眠れる。
しかし、かなり疲労が激しいときに無理に泳ぐと逆効果になり、疲れ過ぎて眠れないことがあるので、体調管理は重要だ。



Posted by 由美子 at 20:15 | この記事のURL
時間泥棒 [2012年05月07日(Mon)]
私たちは絶えず目覚めていないといけない。目を覚ましていないといけない。
溢れんばかりの情報、非常に便利なツールや技術に囲まれている。その恩恵に浴している。それを享受し、感謝しながらも、たえず冷静に、客観的に考えながら使用し、購入していく必要がある。

私は、携帯電話をもつのを最後まで粘っていた方だった。
しかし一度持ち始めたら、すっかり仲良し。
携帯は急速に普及し、気がつくと電車の中でほとんど皆、携帯電話を見つめながら操作している光景が当たり前になった。でも何か不気味・・・
自分のしっかりその一人になっている。
電車の中で本を読む人が少なくなってはいないかな。

パソコンもスマートフォンもとても便利。でもこの便利さが怖くなることがある。
セキュリティの問題、このやりとりは誰からも覗かれていないのか、個人情報は大丈夫だろうか、と心配になる。

あまりにもインターネット技術に依存し過ぎてしまうと、もしある日、異常事態が起こり、電気やエネルギーなどがストップするようなことが起こったら、どうなるのだろうか。
電気が止まれば、日本では多くの機能がストップする。
海外のシーレーンについて、日本人はまだまだ無関心。私たちの生命のライフレーンでもあるのだが、ここが国際情勢の異常事態などでブロックされたりしたら、石油はストップ、電気もストップ、自家発電などでの供給量が尽きたら、ほぼ全面ストップとなるだろう。

インターネットは広く浅く情報を得て、調べ物をするのにとても役に立つ。でもこれはあくまで入口だと思う。これだけに頼り過ぎると、知識は浅くなる。
また、パソコンをもつことで、逆に関連、待機やメンテナンス作業などで時間とお金をかなり使っていることに気付いている人も多いと思う。

便利になっているはずが、知らず知らずの間に、貴重な時間を奪われているのかもしれない。
パソコンや携帯は、あくまで人間側が「使う主体」であって、人間が使われたりしてはならない。

私もパソコンを使い始めてから、作業速度がぐっと上がったのは確かだ。しかし、ふと手で文書を書こうとすると、漢字がすらすら出てこないことに気がついた。漢字変換機能に依存している自分に気がついた。

英語の翻訳機能について。
驚いたことは、企業などでグーグルなどの「機械翻訳」に依存しきっている人が結構いることだ。これは非常に危険だ。
機械は幅広く単語などを拾ってきてはくれるが、最終の文書内容については責任を負わない。とんでもない訳文をよく目にしてきた。
文は生き物。言葉は生き物であり、その場面に応じて用語の使い方も変わる。単語だけを安易に当てはめて、そのまま使うなんてとんでもない。
最後は必ず人間のチェックが必要だ。プロでも機械翻訳に依存している人がいるようで、エージェントが警告していたのを目にして驚いたことがある。

あくまで人間が主体。人間が主役。人間が時間も使用方法も管理しないといけない。
頭も心も使わずに、ただ機械に依存しきったときに、人間は機械の奴隷となる。
SF映画に描かれていたような状況が、現実味を帯びてくることだけは避けたい。





Posted by 由美子 at 19:39 | この記事のURL
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