インド投資ビジネスミッションに参加して−その2−[2006年02月17日(金)]
本ミッションの行動計画は、インドの投資・ビジネスに関し、政府・地方政府・産業団体から説明を受け、企業を訪問し、商談会を実施することなどで構成されている。
訪問先はデリー、バンガロール、チェンナイ及びコルコタの4箇所だが、最後の2つは二手に分かれて訪問した。また日本側のメンバーは、その関心対象により3班に区分された。すなわち、自動車・同部品班、エレクトロニクス班、IT・R&D班である。
私は、IT・R&D班に属し、チェンナイコースを選んだ。なお、JETROから、ミッションの顧問を委嘱され、時折、班を代表したり、コースチームを代表して挨拶などを行った。
ニューデリーで開催された説明会では、カマル・ナート商工大臣の基調講演、及びアシワル・クマール産業担当国務大臣のスピーチがあった。両大臣がそろって1つの会議に出ることは非常に珍しいことだという。
カマル・ナート大臣は講演で、インドは人口が多く若い人が多いこと、民主主義国家であること、世界のパラダイムが大西洋から(アジアをバックとした)インド洋へ移りつつあること、日印関係は戦前から古い歴史があること、インド経済はサービス部門のみならず製造部門でも世界のハブになろうとしていること、日本の協力が必要なことなどを述べた。
さらに、商工業省の担当局長、各産業部門代表、デリー周辺の5つの州代表から投資受け入れ促進政策、ビジネス環境などについて説明があった。また、手続きの迅速化、インフラの整備、人口構成、実際の進出企業、輸出などの状況などについて、それぞれから説明があった。
全てを書くことはできないが、デリー周辺のノイダ市に立地するDVD・CD世界第3位の生産を誇るモザベア、IT関連日系企業のグレープ・シティーを訪問。
後者のトップは、全くITの専門家ではなく民芸品バイヤーであったが、25年インドで仕事をしているという筋金入りのインド通であった。
バンガロールでは、この10年間に急成長したインド最大のバイオ企業たるバイオコン、ITサービス・コンサルタントではインド第2位の企業インフォシス・テクノロジー、多くのIT関連企業が入居しているインターナショナル・テク・パーク(写真)を訪問。

チェンナイでは、シンガポール企業が開発しているマヒンドラ工業団地、小糸製作所の現地法人インディア・ジャパン・ライティングを見学。広大な工業団地は造成したところが片端から売れていくという状況を見て、インドの経済発展を実感した。
この間、各地で商談会が実施された。その性格上私は見学程度であったが、インド側の売込みがすごかった。
バンガロールでは日本側55企業に対して、インド側からは200前後の面談希望があって、各企業同士の商談は自己紹介5分、商談5分といった状況だったと聞く。名刺交換をして、可能性のあるものはこれからメールでやり取りをするということになるそうである。
私の関係で言えば、海事関係、すなわち造船、海運、港湾、海洋構造物、海洋資源、海洋調査などに関して、民間レベルで日印経済協力をどのように進めていったらいいかを考える、とてもよい機会となった。
すなわち、海事産業における日本からの技術提供、ODAをも活用した港湾整備、河川交通関連整備、海洋資源の共同開発、さらには海洋調査に関する可能な協力など、いろいろなシーズを見つけることができそうだと思った次第である。
インドへのフライトは、いま満席状態だ。直行便は日に2本という状況は、日中関係と比較するとあまりにも貧弱であり、今後こういった面でも急速な変化が到来するであろう。(完)
訪問先はデリー、バンガロール、チェンナイ及びコルコタの4箇所だが、最後の2つは二手に分かれて訪問した。また日本側のメンバーは、その関心対象により3班に区分された。すなわち、自動車・同部品班、エレクトロニクス班、IT・R&D班である。
私は、IT・R&D班に属し、チェンナイコースを選んだ。なお、JETROから、ミッションの顧問を委嘱され、時折、班を代表したり、コースチームを代表して挨拶などを行った。
ニューデリーで開催された説明会では、カマル・ナート商工大臣の基調講演、及びアシワル・クマール産業担当国務大臣のスピーチがあった。両大臣がそろって1つの会議に出ることは非常に珍しいことだという。
カマル・ナート大臣は講演で、インドは人口が多く若い人が多いこと、民主主義国家であること、世界のパラダイムが大西洋から(アジアをバックとした)インド洋へ移りつつあること、日印関係は戦前から古い歴史があること、インド経済はサービス部門のみならず製造部門でも世界のハブになろうとしていること、日本の協力が必要なことなどを述べた。
さらに、商工業省の担当局長、各産業部門代表、デリー周辺の5つの州代表から投資受け入れ促進政策、ビジネス環境などについて説明があった。また、手続きの迅速化、インフラの整備、人口構成、実際の進出企業、輸出などの状況などについて、それぞれから説明があった。
全てを書くことはできないが、デリー周辺のノイダ市に立地するDVD・CD世界第3位の生産を誇るモザベア、IT関連日系企業のグレープ・シティーを訪問。
後者のトップは、全くITの専門家ではなく民芸品バイヤーであったが、25年インドで仕事をしているという筋金入りのインド通であった。
バンガロールでは、この10年間に急成長したインド最大のバイオ企業たるバイオコン、ITサービス・コンサルタントではインド第2位の企業インフォシス・テクノロジー、多くのIT関連企業が入居しているインターナショナル・テク・パーク(写真)を訪問。

チェンナイでは、シンガポール企業が開発しているマヒンドラ工業団地、小糸製作所の現地法人インディア・ジャパン・ライティングを見学。広大な工業団地は造成したところが片端から売れていくという状況を見て、インドの経済発展を実感した。
この間、各地で商談会が実施された。その性格上私は見学程度であったが、インド側の売込みがすごかった。
バンガロールでは日本側55企業に対して、インド側からは200前後の面談希望があって、各企業同士の商談は自己紹介5分、商談5分といった状況だったと聞く。名刺交換をして、可能性のあるものはこれからメールでやり取りをするということになるそうである。
私の関係で言えば、海事関係、すなわち造船、海運、港湾、海洋構造物、海洋資源、海洋調査などに関して、民間レベルで日印経済協力をどのように進めていったらいいかを考える、とてもよい機会となった。
すなわち、海事産業における日本からの技術提供、ODAをも活用した港湾整備、河川交通関連整備、海洋資源の共同開発、さらには海洋調査に関する可能な協力など、いろいろなシーズを見つけることができそうだと思った次第である。
インドへのフライトは、いま満席状態だ。直行便は日に2本という状況は、日中関係と比較するとあまりにも貧弱であり、今後こういった面でも急速な変化が到来するであろう。(完)
Posted by 秋山昌廣 at 17:00 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)




