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パプアニューギニアに行きたい理由 [2008年07月10日(Thu)]
パプアニューギニア最高!

フリ族最高!脳を刺激されます。



パプアニューギニアのタリ村です。
頭飾り(かつら?)は彼らの髪で作られていて、出来上がるのに何年もかかります。
ベルトに入れられてる沢山の草はarsegrasといって、直訳すると「尻草」という名前の飾り物です。
一人のフリ族がエアードラムをしているのに気づきました?笑


アステカの人に魂を洗礼される!? [2008年02月29日(Fri)]


前回の記事に続き、Youtubeで載せたビデオを紹介しようと思います。笑顔

ソカロ広場の中心でアステカの血を引くメキシコ人に伝統的なアステカの洗礼をしてもらいました。彼はシャーマンで、あらゆる薬草や液体を持ち歩いていました。
お金は取らないが、チップを置くお皿がありましたのでやってみました。

「今年の目標を集中して考えてみて」と言われた後、ビデオに出ている儀式が始まりました。

「伝統的な」儀式と先ほど言いましたが、シャーマンも現代化してきて「聖水スプレー」というのをかけられました。匂いは石鹸っぽかった。笑

本物、偽者はさておき、儀式が終わったらかなりいい気分になりました。何かスッキリした感じで、方の重みが取れたような感じがしました。

次行ったらまたやってもらおうと思います。笑顔

ひさしぶりのチリ [2008年02月14日(Thu)]


Hola!
チリから帰ってきました飛行機
1年ぶりのチリでしたが、僕が住むVina del Marはどんどん
開発されていて、新しいショップがたくさんできていました。

得に驚いたのが和食レストランの数!
3年前、そこで住んでいたころ、1店舗しか
なかったのが、3年で6店舗にも登りました。
レストランはこちら;
SushiHome: http://www.sushihome.cl/
↑一番のお気に入りですね。

Wok and Roll: http://www.wokandroll.cl/
↑和食と中華をまぜた変な店。でも中の雰囲気はなかなか

Haiku: http://uk.holidaysguide.yahoo.com/p-travelguide-97328-haiku_sushi_bar_restaurant_vina_del_mar-i
↑友達の店だったのだけど違う人に売られていた。。。

ほかのレストランは名前わすれた。笑




家族もみんな元気でうれしかった。
ひさしぶりにアサード(チリ風バーベキュー)をして
かなり癒されました。



チリを発つ前の晩、友達から「非売品」の特別ワイン
をもらいました。Tarapacaワインブランドの政府用の
ワインでしたが、なんとスーツケースの中で割れてしまいました。。。
くやしいいい!悲しい
カナリア諸島 Part2 [2006年11月07日(Tue)]
カナリア諸島はどういうところ?ここをクリック

>カナリア諸島Part1はこちら


インヘニオ旧市街にある教会


食事後、みんな(自分も含めて)眠そうだった〜〜!なにせパエリヤに、
ワインに、プリンにとみんな満腹だったせいかその後は何もしたくなかっ
た。ゆっくり海を眺めながらカナリア諸島のおじさんたちと会話がしたか
った。でもその後もスケジュールが立ってあるので次のコースに向かいました。

次の「経験」はインヘニオの旧市街(Casco Viejo de Ingenio)散策です。
この狭い道路は僕が住んでいたバルパライソの旧市街にすごくにていま
した。ふと道路の間に写る空と海を見てドキッとしました。またチリが
恋しくなってしまった。
この狭い道路に車も人も通るのだけど、両方ともインヘニオでは少ないので問題ありません。この町は風車や水やでとうもろこしの粉をひいていたこと有名な場所です。水が貴重だったため「水源を開けて水を供給する店」があったり水車や働く女性の銅像がたくさんあったりと文化的に発展しているまちです。


インヘニオ旧市街


その後、とても興味深いカナリア諸島のアーティストの家を訪れた。
Blas Sanchez、彼はカナリア諸島いや、世界でも知られているギター
とハープを合体して新しい楽器、ギターハープ(Guitarrarpa)を
発明した人だ。彼の家の中には世界中から集めたいろんな種類の
ギターがあり、全部弾けるという。作曲も2000曲以上といった
すばらしいおじさん!


Blas Sanchezさんと彼のギター・ハープ


彼のお話を聞いた後、約30分のみにコンサートを開いてくれた。
本音はというとこの人の話は半分しか信じていなかったのだけど
ギター、バイオリン、ピアノ、ギターハープを順番にプロ並みに
引き始めたときはぶったまげた!本当にすごかった。
得に最後に聞いたギターハープの音色は格別なものがあった。
カナリア諸島の人たちがここまで彼を好きでいる理由がわかって
きた気がする。彼のホームページ(www.blassanchez.com)に入って
このリンク(http://www.blassanchez.com/cddisco.html)に入ると
彼の作曲した曲のイントロが聴けるのでぜひ視聴してみてください。
彼の人柄と音楽、芸術に対する情熱には頭が下がります。
チリの超有名な詩人、パブロ・ネルーダにちなんでアルバムも作ったの
でチリ人ハーフの僕にとっても、大変気が合います。笑

ウァヤデーケの渓谷

何人かは涙を漏らしながらBlasさんにさよならを告げ、私たちは旅を続けなければなりません。どのツアーもそうだけど、今回のツアーは得に満喫ツアーって感じがした。こんなに良いコンサートの後、私たちはヴァンチェというカナリア諸島の先住民族が住んでいたという洞窟に向かいました。

また映画の例えを使わせてもらいますが雰囲気はもう「風の谷のナウシカ」に出てくる風の谷です。まっすぐ空に向かってそびえたつ二つの山の間の道(幅は車一台程度)を崖ぎりぎりにバスを飛ばします。そこに
見える景色が一瞬時間を忘れさせます。言葉では表せないって言うのは
ちょっとずるいかもしれないけどそんな気持ちになる場所だった。
時間が40分しかないのにちょっと残念だった。


ウァヤデーケの渓谷
左に見えるのがうちらが通った道


このウァヤデーケの渓谷の中央部に大きな洞窟があった。周りにも
たくさんの洞窟があり中には先住民の痕跡があるいわれていますが
私たちが行った洞窟はその中でも大きいやつでした。

なんとこの洞窟の中はレストラン+売店なのです。ちょっと湿った空気だ
ったけどその中にれっきとしたスペイン風レストランがあり、美味しそ
うなチョリソがたくさんつるしてあった。みんなポストカードを買っ
たり、カフェ・コルタード(カフェオレみたいな感じでもコーヒーがもっと濃い)を飲んだりして洞窟の中や外の景色を満喫していた。
僕は通訳を4時間ぶっ続けでやったのでちょっとだけみんなから離れて
カフェコルタードを飲んでいたのですが、おばさまたちが近づいてきて
僕と一緒に写って記念撮影を永遠に取りまくる。。。僕も観光スポットに
なっていた気分だった。僕はあまりムッとこないのだけど美味しい
コーヒーの邪魔をされて冷たくなってしまえばちょっと機嫌がわるく
なる。


洞窟内のレストラン
真ん中にあるのが多産の神です


その後、バスはそのまま船までもどりました。しか〜し!スペイン語
通訳の人たちはもう一つの面白いイベントが待っていたのです。
荷物を下ろして一緒にツアーをしたパッセンジャーたちと挨拶を交わしたのち、僕は近くのサッカー場に向かった。そこでは一日中サッカーツアーが行われていて、そのアフターパーティーに呼ばれていきました。

まだサッカーの試合が終わっていなくて僕はイベントホールのほうで
通訳するよう言われた。今日は大きなパエリアを見たと思ったけど
この会場のはその2倍の大きさだった!ちゃんと現地の音楽バンドも
いて、インターネットからダウンロードした日本の人気の歌も練習していた。カナリア諸島の人たちはとってもパーティー好きでやっぱりラテンの香がしてくる。スペインの植民地なのにも関わらず方言やイントネーションはベネズエラ人そっくり!みんな踊りもうまいしとにかく温かい。
そのパーティーも残念ながら2時間で終わってしまった。3時間後に船が出向するのでもし遅れたら次の寄港地で船と合流することになる。
最後にお世話になったひとたちとハグをし、目を赤くして、また
次のアドベンチャーに旅たつ。

カナリア諸島からゆっくりと離れていった。この島の港は得に綺麗だった。
住んでみたい国がもう一つ増えてしまった。

港を立ってから、真っ黒の夜とその真っ黒の海をボーっと見ていたら急に水が光りだした!錯覚かと思って近くにいる人に聞いたら彼も同じ光を見た。もうちょっと目を凝らしてみたら、これはなんと、何百匹ものトビウオがジャンプをしている光景だった。船の光がこの魚たちのうろこに反射して海が光っているように見えていた。カナリア諸島の最後の贈り物だったと僕は信じている。ありがとう。
カナリア諸島 Part1 [2006年10月28日(Sat)]

カサデポスタスの中

モロッコから一泊二日の船旅後、カナリア諸島に着きました!
小さいころからこの島のいいこといっぱい聞いていたのでウキウキ
しながら朝6時に起きて遠くから近づいてくるラスパルマスの港を見て
いました。

港に着く朝はかならずスタッフミーティングがあるのでそれに出ました。
その前の夜は大きいパーティーがあったせいか、何人かパンダみたいな顔をしていた。笑

この日の僕のツアーは「カナリア文化をたずねて」です。
市内観光したり、クッキングしたり、工芸品を見たり、最後には有名な
音楽アーティストの家に行きます。

9:45分に船から下りてバスでインヘニオ市へ向かった。
普通はピースボートとの関係が長いツアーガイドがついていた
みたいなんだけど今日は新人のカリーナさんが着いてくれた。
ガイドは初めてらしく、すこし緊張していた。
僕はというとやっと初めてのスペイン語ガイド通訳だったから
嬉しかった。なぜかというと母国語だし、、、ずばり間違えても誰もわから
ない!笑。いままではモロッコでも英語通訳したときに聞き逃したことは
他の英語の分かる観光客に突っ込みなどもされていたからね。

海沿いにバスを走り「カサ・デ・ポスタス」というインヘニオ市の観光局
に着きました。ここでは現地のアーティストやおばさんたちが集まってい
ろんな民芸品を作っていました。この建物の色使いがとても綺麗でした。


カサ・デ・ポスタス
ガイドのカリーナさんと通訳のメグ

45人のパッセンジャーがここで、パン作りグループ、カナリアクッキン
グのグループ、そしてカナリア刺繍ワークショップに分かれました。僕は
もちろんカナリアクッキングに挑戦!ぼくの25名のグループで地元の老人集会場のレストランで料理を行いました。



早速みんな地元のエプロンを付けて作業にかかりました。
作るメニューはMojo Canario(カナリア風モホソース)と
Gofio(ゴフィオ、とうもろこしの実の粉で作った料理)でした。
実はこの場所、現地の老人たちを活性化させるための施設でレストラン
も一つの家族が運営している場所でした。亭主のペペさんと奥さんのマリアさんは快く私たちを受け入れました。

マリアさんが昨夜から下準備をしていたらしく、うちらは彼女の支持にし
たがって調味料や野菜などを入れていきました。Mojo Canarioにはこだ
わりがあるみたいで、作っている間、マリアさんとぺぺさんは作り方に関して夫婦喧嘩をしていました。笑

なんか久しぶりに夫婦喧嘩をみたのでちょっと親が恋しくなりました。
南米やこのカナリア諸島のひとたちでもそうなのですが、夫婦喧嘩は
一種のじゃれあいなのです。夫婦喧嘩しながらも二人でニコニコして
いるところがなんとも幸せそうで夫婦らしい感じがしました。


ペペさんと僕


料理は無事おわり、みんなで自分たちの料理を味見した後、席に着きました。かなりの量を作ったものの私たちはぺぺさんとマリアさんが作った料理が待っていたのです。うちらが作ったものは後で老人たちが食べたそうです。

どでかいカナリア風パエリアが登場してみんなは大盛り上がり!
そのほかにもパパス・アルガダス(しわしわポテト)、カナリアンチーズ
(めちゃうま!)、スペイン風オムレツ、そしてデザートにフランカセー
ロ(濃度の高いプリン)。もういま思い出してもお腹がいっぱいになります。この日はなんとワインも飲み放題だったので午後の通訳が大変でした。笑


どでかいパエリア!


ワインを飲まない人のために、ナランハーダがありました。これはスペイ
ンで良く飲まれてるドリンクで、オレンジジュースと炭酸水をまぜたもの
です。みんなは最初、抵抗があったもののすっかりナランハーダファンになった人が多かった。

>カナリア諸島Part2へ
ピースボート4日目:カサブランカ、モロッコ! 2日目 9月13日 [2006年10月15日(Sun)]
注:もう日本に帰りましたが、旅中に投稿できなかった日記を載せます。

朝7時に起きて、部屋を一緒にしていたツアーリーダーのみっちゃん(男)とちょっと会話を交わして、朝ごはんを食べに行った。さすがおじちゃんたち、もう40人のうちほとんどが朝ごはんをすんで、ホテル周辺を散歩していた。そのおかげでゆっくり朝ごはんを食べれた。ウェーターも昨日の人と同じだったので彼らとすこし仲良くなったせいか楽
しく会話ができた。モロッコ人が言語に達者なのかな、ほとんどのウェーターやガイドさんたちは片以上の日本語や英語、スペイン語が話せる。僕もアラブ語をちょっと教えてもらったのだけどなんと!アラブ語で「すみません」のことを「スンマヘンナ」というらしい。僕は最初、バカにされているのかと思ったけど、他のモロッコ人に聞いても同じ答えが返ってくる。

9:00 さて、今日もとても興味深いところに向いました。ムハマド5世の霊廟(れいびょう)、ハッサンの塔そしてウダイヤのカスバ。この三つの建物も王家に関連していて、得にムハマド5世の霊廟は美しかった。海のすぐ隣に、モロッコに愛された元国王のお墓がある。彼と弟、そして今の国王の弟がこの霊廟にある。外からは真っ白な建物で、中が金や緑色のきれいな石でまとっている(ちなみにモロッコでは緑は平和を表す色です)。


ムハマド5世の霊廟(手前)とハッサンの塔(奥)


ハッサンの塔も霊廟の目の前にあった。これは80メートルの高さにしようとした塔で、半分の40メートルで国王が亡くなったため工事が中止された。すこしギリシャの神殿の遺跡を連想させられるところだった。海の風景ととてもマッチした場所だった。


ハッサンの塔


このモロッコめぐりで一番僕が気に入ったのはお城みたいなウダイヤのカスバでした。ここは敵から守るために作られた要塞です。しかし、その中はもうそんな雰囲気はなくなり綺麗な庭園になっていた。ヤシやアロエがいっぱいあって、とても和む場所でした。このカスバの奥に行くとコーヒーの売られているテラスについた。そこで一息をしたんだけどなぜか僕だけお菓子とドリンクは無料だった。モロッコではガイドはとても大事にされているみたいで、コーヒーショップなどに行くと無料で食べられる。


ウダイヤのカスバ(入り口)



モロッコのお菓子


このカスバのまた奥へ行くともういっかい驚いた。急にモロッコからギリシャの町に飛ばされた気がした。目の前にはソフトな角を持つ輝く真っ白な家がたくさん並んでいた。壁の半分は海色でその上半分は真っ白。こうやることで壁に反射した太陽光線がまぶしくなくなるとガイドさんが言っていた。もうここでゆっくり一日を過ごしたい気分だった。



これがこのツアーの終了点でいまから港に戻ります。

まだ船が出発するまで時間があるから、カサブランカの周りをちょっと回ってきました。とは言っても船から歩いて15分のところに港の入り口があり、そこからはタクシーで市場に向った。
観光客用の店がたくさん並ぶ通りについて早速まわってみた。店ひとつずつがぎっしり品物で埋まっていてほしいものが見つかるまで大変だった。
買いたいものはひとつだけ、いや二つだけ。彼女のためのモロッコ風な服と自分のためのモロッコの思い出の何か。
思ったよりも値段が高くてビックリした。モロッコ人が着いている値段の2倍の値段で売っている。必ず値段を交渉して下げてもらわなければならない。
僕はラテンののりで値段を下げようとしたのですがあまり聞かない。「もう帰ります」っという魔法の言葉を彼らに言うと見事に値段が半分になる。笑

彼女にかなりいい服装をみつけ、僕はチェスのボードを買った。
もう帰船リミットまで時間がなくなったので船に帰ります。
帰国! [2006年10月14日(Sat)]

あとちょっとで一週間gaたつのですが、ピースボートの旅から無事戻りました!笑顔
船の上での生活を毎日ブログに載せるつもりだったのだけど、船からのインターネット
はかなり遅く、港に着いても現地のパソコンは日本語が読めない書けない!
ということで今日まで至りました。

でも、パソコンには日記のようにワードで書いていたのでそれをこの何日間か載せようかなと思います。

中南米にいたのでかなり暑かったので帰国したらとってもすずしい〜。
帰ってきて一番思ったのは、世界ってどんどん小さくなっていくんだな〜ということでした。こんなにも安全で早く世界一周できるのは現代の技術を持たないとできない。

写真をい〜っぱい撮ったのでその一部をこのリンクで紹介します。
もしよかったら見て行ってください。
http://www.flickr.com/photos/akirau/sets/72157594324383835/


ピースボート3日目:スペインからモロッコへDay2 [2006年09月12日(Tue)]
6:00AM今朝は6時に目が覚めた。部屋の中には窓がないから何時なのか分からないのに体が「起きよう」って叫んでいた。もう船の中を散策したくてたまらなかった。
早速日の出を見るために8階にあるデックに上がったんだけどめ〜っちゃ暗い。満月がまだ見えていた。ん〜どうもおかしいなと思いながら船のあらゆるところを探検していたらおなかがすっごく減ってしまった。

7:00AMこの時間に唯一朝ごはんを出すのはTopazRoomという場所なのだけどなぜか準備中だった。担当者に「あの〜もう7時なんですけど朝ごはんはまだですか?」って聞いたら、
「明さん、私たちは東に向って走っているのですがタイムラインを昨日通過したんですよ。時計を1時間遅らせてください。今はまだ6時です。」ガーーーーン、たしかにそうだった。
説明会でも言われていたんだけどこういう世界一周する船などは何回も時間を直さなければならない。肝心なところで時間の修正をわすれていた。でも、この優しい船のスタッフはコーヒーを出してくれた。僕は船の後方にあるテラスで日の出を待つことにした。
7時近くになったら雲の底から太陽が出てきました。朝の太陽はカニよりも真っ赤に染まっていて、「あ、やっぱり太陽は赤が一番きれいだな」とつぶやいていました。



そのとき!テラスを眺めていた人たちが一声に「オーッ!!イルカだ!」と叫びだした。
すかさずカメラを持ってテラスの先端に近づいて見てみた。
約5頭の鼻の丸い黒イルカが体を横にしながら海の上に上がってきた。船が作った波でくつろいでいたかのようだ。もう、ほんの一瞬ですぐにイルカは遠くに行ってしまったけど運よく一枚だけ写真に収めることができました!写真をごらんください。イルカというよりミニクジラって感じですよね?だれか名前が分かったら教えてください。



10:00 毎朝恒例のCCミーティングが始まりました。さっそくみんなにイルカのことを話したら、けっこう驚かれてた。CCの仲間たちはもう2ヶ月もこのピースボートに乗っているのですがほとんどの人がイルカを見ていない。見れたのがとってもラッキーだったらしい。
イルカのほかにもクジラが見られるみたいなので楽しみです。

11:45~12:30 友達でもあるスペイン語の先生、セサルのスペイン語講座の通訳をしました。
彼の授業はちょ〜面白くて(死後?笑)NHKのスペイン語講座を見ているようでした。
単語やフレーズを体で覚えさせていました。例えばスペイン語の前、後ろ、右、左を教えるのに、生徒を立たせてその方向へ動くよう指示していた。生徒たちも遊びながら覚えているような感じでニコニコしながら授業に出ていた。

15:30 今日は9・11日なのでそれにちなんだセミナーがありました。前田哲男さんという有名な軍事ジャーナリスト(東京国際大学教授でもある)が彼の視点からテロリストやブッシュ政権、日本国憲法、憲法9条などについて述べていた。カナとシュラッダの2人の通訳者と一緒になって彼のスピーチを同時通訳しました。かなり難しかったけど勉強になる講演会だった。もうちょっと議論の場がほしかったけどこれはこれでOKかな。いまごろアメリカでは何が起きているのだろうか。今年の9・11は何も起こりませんように。

18:00 今夜もとても面白いイベントがありました。船内に乗客しているプロのフラメンコの先生が生徒と一緒にショーをしました。フラメンコの美しさ、優雅さを見せたすばらしいプレゼンテーションでした。彼女の生徒たちは2日間だけ短期間の練習を受けたにもかかわらずうまい踊りを見せてくれた。ちょっとだけフラメンコをやりたいかも。笑



22:30 この時間にフラメンコの先生のお別れ会があるはずだったのに爆睡をしてしまった。。。明日の朝に挨拶をしなければ。
ピースボート2日目:スペインからモロッコへ [2006年09月12日(Tue)]
朝起きて一番最初に感じたのは筋肉痛通通!昨日は久しぶりのサッカーなのにぶっ続けで3時間もやったから足がモモが〜〜〜〜〜〜
10:00am:
今日は朝のCC(Communication Coordinator,これが僕の仕事の名前です)ミーティングに出ました。4ヶ月ぶりに一緒に仕事をするボランティア通訳者たちと会った。
僕は黄色いポロシャツを着ていたのですがちょっと派手すぎてみんなに笑われてしまった。あはは。。。。今日の役割分担を教えてもらいながら朝ごはんを食べた。もう本当にわくわくしている自分が見える。

11:00am
スペインゴCCを一緒にするメキシコ人ハーフのミノルと一緒にボートを一周する。
船の中はでっかい迷路のようでたぶん一週間ぐらいは迷うかもしれない。ミノルが丁寧に場所の説明をしてくれた。
その後30分の「船内運動会ミーティング」に出た。そう!船の中で運動会が開かれます!僕は綱引きと障害物競走に出ます

12:00pm
初のボートでの昼食!これもまたブッフェスタイルで太陽と永遠に広がる海の風景を見ながら牛丼を食べた。しかし食べ放題というのはちょっと心配してきた。これから一ヶ月バイキングを食べていたら体重が倍になるのかな?ははは みなさん心配しないでね、お代わりはしていません。

15:30pm
船内の初仕事!
船にはネブチェンカさんというブルガリア人のフラメンコの先生が乗っていて午後2時からフラメンコについての講演会を行います。彼女の通訳をするため、ミーティングをしました。大体の内容と見せるビデオの確認をした。
2時からの講演会はうまく行った!Juaquin Cortezという世界でもっともうまいフラメンコダンサーの踊りを見た。ちょっと学びたくなった。

17:30pm
フラメンコの通訳はけっこう簡単だったけどいまからかなり難しい内容の講演会の打ち合わせを行う。講演会のテーマは「この時代に異議あり!」というテーマで靖国神社や次の首相になるであろう安部晋三(ちなみに晋三はうちの父と同じ名前)についてのお話です。
僕を合わせて4人の通訳者で公演者と打ち合わせをし、使われるであろう難しい単語の英和リストを作っていった。しかしま〜難しい言葉ばかり!講演会で頭がパンクしぞうになった。言葉の難しさより、年配方が使う古い言い回しを訳すのが大変だった。
講演会事態についてはよく聞く批判などだったけどすこし皮肉に思えたのが、日本の世代交代について話していて「若者の力が必要!」など言われていたのだけど年配方が難しい言葉などを使いすぎて参加していた若い人たちは途中講演会から抜け出すか、寝ている人が大半だった。



22:30pm
僕のウェルカム・パーティー!
通訳者CC、英語やスペイン語の先生、船のスタッフなどがたくさん集まって僕のためにに歓迎パーティーを開いた!もう感動いっぱいです。みんなと違って僕は船に2ヶ月遅く乗っているのでみんなと打ち解けにくいのかなと思っていたけどぜんぜん逆だった。
みんなはもう僕をすぐに受け入れて緊張も顔見知りもなく暖かく接してくれている。
久しぶりに見るみんなの顔が光って見える、みんな目が輝いていた。

もう体の電池が切れたので充電してきます。おやすみなさいz z z z z z z……
ピースボート1日目:バルセロナ、スペイン [2006年09月12日(Tue)]
今日一日を一言で表すとしたら「混乱」という言葉がでるでしょう。
朝6時に起きてシャワーした後、タクシーで港に向かい、
船を向かえに行ったのだけど港で感じ悪い警備員が通してくれなかった。
どうしても僕らが乗る地点まで通してくれなくってこまってしまった。
とおったかと思えばピースボートはもう港についていた。
そのでっかい船を見たときは言葉も出なかった。圧倒された。
いよいよピースボートでのアドベンチャーが始まるんだな。

荷物を置いたらすぐに僕が通訳担当となった「サッカーツアー」にでかけた。
このツアーの内容というのは約20人の参加者と一緒にFCバルセロナのスタジオと博物館を訪問しその後、スペインに在住するパラグアイ人、グアテマラ人、モロッコ人移民と一緒にサッカー交流(フットサル)をすることだった。
国別対抗だったからまるでミニオリンピックのようで面白かった。
ゴールの数で順位が決まったのかな?うちら日本代表は5チーム中2位!!やった〜!
オシムジャパンもこれぐらいの成績を残してほしい。笑



バルセロナはちょうど今日祭日だったのでサッカーの後、近くのスペイン風「屋台」に行ってきた。野外レストランでTapas(スペイン風のおつまみ)を食べながら歩いていく人たちを見ていた。周りから聞こえる言語がスペイン語だったのでとても新鮮で懐かしく思えた。早く南米にいきたくなっちゃった。

食べ終わったら、こんどはまたバスで港に向った。
気づけばもう夜の10時で体に溜まっていた疲労と時差ぼけでど〜んと疲れがのしかかってきた。でも一日目だからほかの通訳者と一緒に一杯、いや二杯飲んでいろいろ船のことを教えてくれた。

この120メートルの船ではすぐに迷ってしまう。レストランから部屋までやく5分はかかってしまう。でもほんと、ホテル気分です。ご飯もブッフェスタイル、部屋は4人で使うのだけど、ちゃんとルームサービスなどがついている。いつの間にか船に対しての心配が全部消えていた。写真が僕のベッドから撮りました。すこし狭いけれどほとんど部屋にいないからぜんぜんOK。



新しいルームメイトもまた面白くて、カナダ人1人とアメリカ人2人は船の中の英語の先生をやっています。

オウ!書いてる途中で寝てしまった!パソコンの画面がNNNNNNNNNNNNNNでいっぱいになっていた。笑
それでは今日はここでお休みなさい。いまからモロッコに向います。
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