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2010年08月08日

帰国の日

パラグアイに「帰国」したのに、今度は日本に「帰国」って、なんか変な感じだけど、とにかく帰路につきました飛行機

…大変だった。

行きよりも帰りがはるかに大変だった。

諒仁が飛行機の音を覚えたらしく、滑走路を走り始めると大泣きして、何しても泣きやまない困った

落ち着いたと思った咳も、やっぱり飛行機が原因だったのか、即ぶり返し。

咳しすぎてミルク吐きまくり。

行きの便ではおしりふきを使っていたからおむつかぶれしちゃったかな、と思って、お尻はガーゼで拭くようにしたけど、どんどんかぶれていく。

嫌なことがありすぎる諒仁は、ずーっとぐずりまくりで、他の乗客の迷惑にならないようにトイレに引きこもることの繰り返しでした〓

怒涛のフライトを経て、出発から43時間、ようやく日本に到着です。

成田空港で乗ったエレベーターに、スケートの高橋大輔くんが乗っていたけど、なんか疲れすぎててどうでもいい。

家に帰って横になったら、もう起きられなかったZZZ

やっぱり発熱していたどんちゃんと、くしゃみと咳で疲れた諒仁と、なんか色んな事に疲れた私が寝込んでしまい、一家全員ダウンです。

翌日はどんちゃんが回復して、諒仁の世話をしてくれていたらしく、私が目覚めたらすでに夜だった…月

2010年08月05日

パラグアイ6,7日目

いろいろめまぐるしくて、記憶の上でも細かい部分があやふや汗

6日目はお昼に同窓会と、夜に妹夫婦主催の、親戚での送別会をしてもらいました。

またしばらく会えないなぁ、と思いつつも、皆がなんにも変っていないので、またすぐ会える気になる。

7日目は、早朝出発でアスンシオンへ。

アスンシオンは、私が学生時代に暮らしていた街なので、懐かしくて行きたくなるんだよね。

私たち夫婦と、妹夫婦、そして両親という、家族旅行に出発です車自動車ダッシュ

途中でチパを買ったり、ウールの民芸品売っているところへ立ち寄ったり

諒仁も気持ちよく寝てくれてます

お昼は、アスンシオンの日本料理店でお食事。

明日帰るのに、日本料理?という感じもあるけど、おいしいのよ。特に、姪っ子がデザートのアイスに大喜びキラキラ

感激のあまり、しばらく食べずに見ている姿が、本当に可愛かった。

ホテルも、リゾート地みたいでしょドキドキ小妹が予約してくれたんだって。感謝感謝

その後も買い物したり、友人に会ったり、楽しく一日を過ごしていたんだけど、楽しいことがありすぎた姪っ子が発熱

遠足の前の日に熱出す子っているけど、そんな感じかしら?かわいそうだったけど、彼女と母がホテルに残り、私たちでパラグアイ料理店へ。

美味しい料理で楽しい夜も更けて行きました。

こんな家族旅行、もうなかなかないかもね笑い


2010年08月03日

パラグアイ5日目

ピラポ移住地には岩手県民が多く、移住の歴史は岩手県人会の歴史でもあるということで、今日は県人会での祝賀会です。

開始時間までの間、父に薬局に連れて行ってもらって、諒仁の咳止め購入。あと、スーパーに行って、食料品なんぞを買っていたら、チパ発見キラキラ

チパは、ポン・デ・ケージョみたいなやつなんだけど、これを父が1`購入。

1`なんて食べられないよ、と思っていたけど、結構食べた。

その後祝賀会へ行ったけど、すごいごちそうを前にしながら、食べられる気がしない困った

こっちの祝賀会も踊りとかがあって、従弟が鬼剣舞踊ってました。

けっこう知り合いの人たちがいて、楽しかった。どんちゃんはお腹壊してたから、けっこうつらそうだったけどね笑顔

明日は、同窓会です。

2010年08月02日

パラグアイ4日目

8月2日は、ピラポ移住地の入植記念日で、慰霊祭が行われます。

で、この日にみんなお墓参りに行くので、私たち一家もお墓参りへ。

お墓参りにはお供えがあるので、パラグアイ人の子供たちが狙ってます。

お参りを終えるや否や、目の前でお供えを奪っていくので、すごく不愉快。仕方ないって言えない。

午後はどんちゃんと父が祝賀会に。

一家から2人だけ出席できるらしく、私は省かれたので家で寝てました。

私はここで一旦休んだので体調も良好だったけど、けっきょくどんちゃんはこの日を境に体調崩し気味汗正露丸と解熱剤の繰り返しになっちゃった。熱は38.5°困った

夕方には私の昔の同級生たちが来てくれたので、一緒に夕飯を食べにレストランへ。

懐かしかったなぁ、皆変わってないような、すごく大人になったような。30超えて子供じゃおかしいけど、皆しっかりしてるなぁ。

どんちゃんの体調が怪しかったので、食事を終えた後は早々に就寝。

明日は岩手県人会のイベントです。

2010年08月01日

パラグアイ3日目

やっぱ帰ってきたからには親せき廻りでしょ車ダッシュ

というわけで、朝から父の実家へ行き、続いて母の実家へ。

今回、なんでまた6ヶ月児を連れて帰ったかっていうと、以前父方の祖父が亡くなった時、私がどうしようもなく落ち込んだので、どんちゃんが

「母方の祖父母がまだ元気なうちに」

と、言ってくれたのがきっかけ。曾孫見せられて、本当に良かったラブ

道中、畑の広がる風景を見て、

「よし、ここで家族3人の写真を撮って行こう!」

と思ったものの、結果的には撮る時間なく終わりましたダメ

父がどんちゃんを連れてあちこち行ってたので、畑の写真だけ↓


午後からは、入植祭の一環で相撲大会が開かれているっていうので、観に行きました。

りっぱな土俵だよね。この写真では人が少ないように見えるけど、逆側はすごい人だかり。

それで、夜は親戚がレストランに一堂に会して食事会。

親戚の中に、1月生まれの赤ちゃんが、諒仁を含めて3人赤ちゃん

一番左のユウゴくんが一番重いって話だったけど、抱いた感じ、ウチのより軽いような…。

帰国した後、保健センターで量ってもらったら、ウチの子の方がやっぱり重かったです。いつの間に8.8キロに!?

ともあれ、楽しい1日でした。

2010年07月31日

パラグアイ2日目

諒仁がすごい回復してました赤ちゃん

シウダ・デル・エステのTiaの家から、ブラジルのフォス・デ・イグアスへ向かいます車

イグアスの滝があるの。車で1時間弱くらいだったかな。Tiaの車で、手作りのサンドイッチ食べながら出発ウインク

国境である友情の橋付近では、バイクのタクシーがうじゃうじゃ。すごい渋滞になるから、結構利用されてるみたい自転車 前に見えるのが全部タクシー。

そんなこんなしているうちに、イグアスの滝到着。

すごい久しぶりに来たけど、やっぱ凄い。

ひとしきり感動した後、シウダ・デル・エステに戻って食事をして、いよいよ地元のピラポへ向かいます車ダッシュ

車で約3時間ほど走って、夕方くらいに到着キラキラやっと着いた…

かわいい姪っ子たちと、母と妹と、猫がお出迎え

いや〜。姪っ子ってかわいいね。

言うこと成すことに大爆笑しながら、2日目も終わりです。

2010年07月30日

パラグアイ初日

パラグアイ到着初日は、Ciudad del Este市に住むTia(叔母)の家にお世話になりましたラブ

荷物を家に置かせてもらって、皆でFoz de Iguazu(ブラジル)の方へ食事に料理

美味しそうなシュラスコを前にらんらんキラキラ…あれ?ぐらぐらするな…。

座っているのに天井が回るこの嫌な感じ困った睡眠不足がたたってメニエールが出たかな?

「サラダ、取ってきたら?」

とTio(叔父)が勧めてくれたけど、吐きそうだし、どうやら倒れる感じがする〓

無理してもしょうがないので、車に戻って寝ることに。

Tioの車は新しいピカピカのベンツキラキラだから、吐いたらどうしようと思って気が気じゃなかったけど、横になってすぐ爆睡でしたZZZ

落ち着いたらお腹がすいてきたので、レストランに戻って食事

久々のアサド、おいし〜笑い

機内ではしんどそうだった諒仁も、みるみる内に顔色が良くなってきて、一安心。

あと、皆が代わる代わる諒仁を抱っこしてくれるもんで楽ちんこの上ないOK

Showも観て、大満足な夜でしたキラキラ

2010年07月29日

しゅっぱーつ

成田空港に着いたら、コンチネンタル航空のチェックインシステムがダウンしてて、すごい行列に並んだ末、ギリギリで搭乗でした飛行機 ん。前途多難を示唆するかのようです。

赤ちゃんは飛行機で耳の空気を抜くことができないから、何か吸わせると良いなんて言われてたけど、何にも口に入れさせてくれない…赤ちゃん

12キロ未満の赤ちゃんはバシネットを使わせてくれるけど、これに入れると泣き出してしまって全然ダメ

ようやくなんとか寝てくれた…

と思ったのもつかの間、CAが近づいてきて

「シートベルトサインが出ている間は、膝で抱くように」

って困った

寝てるところを起こしたら当然泣きだし、なんとかなだめて抱っこして寝かせ、シートベルトのサインが消えるのを待ち続けて11時間。

結局一度も消えることなく、ずーっと膝で抱っこでヒューストンに着陸落ち込み

眠りやすいようにと小児科でお薬を処方してもらって飲ませたので、諒仁は結構寝てはくれたんだけど、私もどんちゃんも気疲れで全然寝れない。

ヒューストン空港では8時間あったので、交代で寝ようとしたんだけど、あんまり眠れるもんじゃない。

それでも、初めは長すぎるだろと思っていた待ち時間も、諒仁を地上で落ち着かせるにはちょうど良かったかも。機内が乾燥しているせいか、何かが合わないのか、随分せき込むようになったので。

次はサンパウロ行きだけど、この機内ではとにかく諒仁の眠りが浅くて、しょっちゅう泣いてました。この飛行機では、シートベルト着用サインが出ても、バシネットのカバーをするだけでいいって言ってくれたけど、もう寝かせようとするだけど大泣きなのでアキラメマシタ。

ひたすら抱っこして、交代で揺らしながら10時間。すごく咳き込むので冷や冷やし、旅行の決断を後悔しながら、やっとサンパウロ空港到着です。

ここで8時間。

諒仁はベビーカーでは寝ないので、せっかくベビーカーも持ってきたけど、圧縮袋に入れて手荷物で持ってきたベビー布団、大活躍キラキラ ちなみに、コンチネンタル航空は手荷物でベビーカーを預かってくれたけど、TAM航空は受託手荷物の扱いで、早々に預けないといけません。その代わり、TAMのベビーカーを貸し出してくれます。

ここでも交代で寝ようとしたけど、どんどん体力を消耗していくわが子を前に、やっぱり全然眠れず〓

ようやく8時間がたって、最後のフライトのTAM航空に。2時間弱遅れた上に直前に搭乗口も変更したくせに、

「さっさと乗れ」

くらいの態度で、疲れも手伝ってイラッ怒とした。前回すごく良かったんだけどな、TAM航空。

んで、2時間わんわん泣かれるのをなだめながらようやくグアラニー空港に到着。

長かった…。

やっぱ遠いわパラグアイ困った

着いた瞬間から、帰路が思いやられる。

2010年06月30日

寝てました。

ワールドカップ、パラグアイVS日本戦…寝てました。

直前にパラグアイにいる両親から電話があって、

「サッカー観るだろ?いやードキドキするなぁ!」

と言われてたけど、我が家には日本人の夫がおりますし。なにより、睡眠不足が一番しんどいこの頃ですから困った

でも、諒仁のミルクで夜中に起きた時、テレビをつけてみたらちょうど試合終了だった。

いい試合したのね〜拍手キラキラ

パラグアイが勝ってほしいけど、かといって日本負けろ!という気持ちには到底なれなかった私としては、いい結果でした。

にしても、子供のころから一大イベントだったワールドカップでとうとうベスト8進出のパラグアイウインク

わくわくしてきます。

2010年06月25日

対戦ですね

決勝トーナメントで、日本がパラグアイと対戦することになって、テレビでにわかに「パラグアイ」という言葉をたくさん聞くようになりましたウインク

アスンシオンの様子なんかも流れたりして、そうとう嬉しいドキドキ大

勝ってほしいなぁ、パラグアイキラキラ

ゴールを入れると、あちこちから花火の音が聞こえてくる雰囲気が懐かし〜い花火

これを機会に、パラグアイのこと知ってもらえるのも嬉しいしキラキラ

もちろん日本も応援するんだけど、やっぱり生まれ育った国に勝ってほしくなるよね。

ウチの両親は、ほとんど日本にいた経験がないのに、よく日本を応援していたけど、その気持ちが何だか分かる気がする。

がんばって!!