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AEFAアジア教育友好協会はインドシナ半島での学校建設とその建設した学校と日本の学校の国際交流を推進しています。このブログはアジアの子ども、日本の子どもたちのために活動しているAEFAスタッフの活動日誌です。

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AEFA交流校 福島県矢祭町東舘小[2011年04月28日(Thu)]
福島県矢祭町東舘小学校宍戸校長先生のメッセージが、週刊新潮(4/21号)『窓際OLのすってんころりん日記』〜心に響く言葉〜に掲載されました



Posted by aefa at 23:15 | チームAEFA | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ラオス・ピアラー小開校式〜桂さんのラオス紀行[2011年04月26日(Tue)]
ラオス・ピアラー小開校式

先生方と新しい校舎を背景に


文房具や運動用具、浄水器を贈られる『シルバーアーチ基金』川上様
児童代表のメッセージに耳を傾ける


バーシーの儀式 村人たちに囲まれて



村に入って学校が建つまでに村で使っていたお寺兼学校という建物を見せてもらう。高床式の、トタン屋根の広い家。お寺とだけといわず村の住居は大体こんな感じのものである。雨が降ったらすごい音がしそうなトタン屋根。その中に入って授業を見学させてもらう。

 中にはたくさんの横長の机と小さな黒板がある。男の子と女の子が大体半々ずつ、真面目に授業を受けている。教科はラオ語と算数と生活の三種類があって、それがローテーションしているらしい。父親が黒板を使って「和」の漢字の意味を教えている(後でチョークが大変に書きにくいものだったと教えてくれた)。僕は教室の側面の片隅にいたのだけれど、一人の女の子がまたじっと僕の目を見てくる(これは純粋な好奇心みたいだったので安心した)。とりあえずにこっとしてみる。女の子の方もにこっとしてくれる。なんだかとても幸せな気分になる。

 学校の外に出てみんなで記念写真を撮って、それから我々はこのピアラー小学校を去る。バンに乗って外を見たらみんな手を振ってくれていた。僕達も手を振り返す。それが、ピアラー小学校で起こったことの大体全てである。幸せで、そしてちょっと不思議な時間だった。

Posted by aefa at 23:09 | ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

桂さんのラオス紀行 その4[2011年04月25日(Mon)]



ラオス・ピアラー小の校門にて


ここまでの様子はこちらから太陽


さてここからである。教室に入る前に、金子さんから「バーシー」という儀式の概要は大体聞いていたので次にやることはなんとなく想像がついていた。真ん中の草花から下がっている糸を(本当にたくさん下がっている)村人が旅人の腕に巻きつけてくれるらしいのだが、説明を受けたときはあんまり鮮明なイメージが浮かんでこなかった。まず前の方に座っていたおばあさんが糸のかたまりを手にとって、そのうちの一本を僕達の腕に巻いてくれる。それからあまった糸を後ろへ回して、子供達が次から次へと糸を巻いてくれるわけだがこれはもう本当にすごかった。狭い空間で八十人くらいの人が移動するわけだから、完全にお祭り騒ぎである。


 でも、そこではすごく温かい気持ちになれた。おばあさんが僕の腕に糸を巻きながら満面の笑みで何かラオ語で言ってくれる。僕はとりあえずうんうんと言う感じでうなずく(ほかにどうしようもなかった)。小さい男の子が生き生きした目を輝かせながら糸を腕に巻いてくれる。巻き終わるとふっと僕の顔を見る。なんだか知らないけど僕も自然に顔が綻んでしまう。すると男の子の方もすごく嬉しそうな顔をする。これまた小さな女の子が糸を持って僕の腕に巻いてくれる。結び終えてからその結び目を人差し指で押さえて、手を合わせておじぎをしてにこっと笑ってくれる。そこにはもう、人種とか文化とか言語とか、そういった細かいものを全部とっぱらった交流があった。我々は何か大切なものをここで共有しているのだという確かな手ごたえが感じられた。そんなわけで儀式が終わって昼食を取るときには、僕らの腕にはたくさんの糸がブレスレットのように巻き付いていた。

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Posted by aefa at 22:30 | ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

桂さんのラオス紀行 その3[2011年04月24日(Sun)]



開校式の話。

その1 その2 はこちらから音符
 
 公道を逸れて一本のなんでもない道に入った途端に、舗装された道なんかとはまったく縁がない性格の道になる。よく本やテレビでは「まったくと言っていいほど舗装されてない道」なんて文章が出てくるけど、別に「ふうん」としか思わないし、文章的な知識として頭に入るだけであった。でも実際に自分がその場所にいって、それを体感してみないことにはわからないものだなと思う。このときは何か話すのも舌を切りそうで怖かった。

 そんな道を十分ほど進んだところで車が止まって、小学校に到着する。そこで僕は何だかちょっと考えていたものとは違う雰囲気に満たされている。車の窓越しになんだかすごく大勢の子供達がチラッとだけ目に入った。

ラオス サラワン県ラオガム郡ピアラー小学校


 校門から校舎までずらっと人が並んで日本とラオスの旗を振ってくれているのである。それも村の人たち総出で、である。並び方は年齢順になっているらしく、一番前にいた小さな花束を持った男の子や女の子達が恥ずかしそうに花束を渡してくれて、手を合わせてちょこんとお辞儀してから駆け足で列に戻って行った。子供達はみんな興味津々の目で僕達を見ている。大人の方々はみんな笑顔で迎えてくれる。そこに満ちているのは確かに百パーセントの、直接的でリアルな好意だった。

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Posted by aefa at 22:28 | ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

桂さんのラオス紀行 その2[2011年04月22日(Fri)]

その1はこちらから笑い





早朝のビエンチャン・ワッタイ空港

二日目 (一月三十日)
 朝五時に目を覚ます。特に目覚ましなんかはかけてなかったけれど、とてもはっきりと画面が切り替わるみたいに目を覚ます。ホテルのロビーへの集合までに時間がないので、さっさと服を着替えてベッドを気持ち整えてやるべきことをしっかりやり終えてからエレベーターに向かう。目覚めた直後のあのなんとなく気だるい感じがしないせいかよく眠ったという気はまるでしないけれど、完全に疲れは取れて今日一日なんとかなりそうな気分になってくる。

 

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Posted by aefa at 16:44 | ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

町田市立南大谷小学校訪問[2011年04月18日(Mon)]
4月13日(水)、東京都町田市立南大谷小学校を訪問しましたチューリップ

西岡校長先生、野末副校長先生が笑顔でお出迎えしてくださいました。西岡先生は前任の小山田小学校にいらっしゃた時に、記念すべきAEFAのフレンドシップ校の1校目となってくださった校長先生。西岡先生のお陰でAEFAの交流の歩みが始まったといっても過言ではありません。

小山田小学校では竹炭をつくってご協力をいただいておりましたが、南大谷小学校では校庭のいちょうの木になる「ぎんなん」を売ってワンコイン・スクールプロジェクトへと寄付をしてくださいました!

売上はなんと27,541円!
全校生徒で取り組まれたとのこと。ぎんなんを拾いその場で手でつぶし、中身を取り出してからじゃぶじゃぶ洗ってきれいにしたそうです。ビニール手袋をみんなではめて、くさいにおいを我慢しながらみんなで協力・・・。こどもたちのがまんやがんばりがたくさん詰まったお金だそうです!


南大谷小学校のみなさん、ありがとうございましたキラキラ



<校長先生からお預かりしました。中央:西岡校長先生>




南大谷小の桜は満開でしたキラキラ



Posted by aefa at 11:36 | 活動 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

AEFA交流校〜福島県東舘小学校 宍戸仙助校長先生より[2011年04月16日(Sat)]
 3月18日(金)、19日(土)、福島原発事故から1週間。
収束が見えるどころか被害が深刻さが増しているようにも思える。

 テレビでは、福島原子力発電所の北東方向に、62kmほどもある福島市の放射線の量が高く、20マイクロシーベルトを超えていると放送している。
 「仙台から東京までバスが、運行を開始した。」というニュースとともに家の電話に、妻の携帯に、つぎつぎと連絡が入る。
「あっ、そう。避難するだ。放射能、怖いからね。行った方がいいんじゃない。」
 新潟県に、埼玉県に、東京に。親戚・友人、兄弟姉妹を頼って、近所が避難し、親戚が避難し、友人が避難する。
また、原発から60km離れた郡山で働く長女からは、「仕事も人生も、命があればこそなんだから、お父さんも、東京(次女の勤務先)にでも避難したら。」と、連絡が届く。
「学校の仕事を捨てては行けないでしょ。」
「そんなことを言ってたら。命が危ないんだよ。」
話し合いは平行線だった。

 東京で働く次女からも心配する電話が入った。
バス会社に電話をすると、郡山発東京行きのバスが1席だけ空いているという。
娘たちの心配も考え、妻はしばらくの間、東京の娘のアパートに身を寄せた。
「家族とは、友達とは、仕事とは、人生とは、生きるとは?」
本気で、多くのことを考える機会となる。

 自分は、単身赴任のアパートで、テレビで津波の被災地の様子、避難所での人々の苦しい生活、原発事故の収束の行方を心配しながらも、何もできず、懸命に考えても何の答えも出せず、ただ、悶々として数日を過ごす。
 高濃度の放射線の中、福島第1原発の4号機の使用済み核燃料貯蔵庫に
注水が必要となっていることが報道されている。
建屋の水素爆発で飛び散った高濃度放射線を放出するがれきが、
その作業を阻んでいる。そうした中、万難を排して注水作業が実施された。
東京都消防庁の職員3名とクレーン操作の建築会社の30代職員のテレビインタビューがあった。
 クレーン操作に携わった30代のオペレーターは、
「家族もあり、放射能被曝も心配だったが、
今は、自分がやるしかなかった。何とか日本を守りたかった。」と、話している。
「何とか日本を守りたかった。」何と高貴な、素晴らしい言葉だろう、意識だろう。
可愛い我が子もいて、愛おしい妻がいる。
これから大きな幸せの待つ家庭があるにもかかわらずである。

 さらに、東京都消防庁の方のインタビューでは、
「線量計の警報が鳴りっぱなしでした。」「見えない敵と戦う怖さ・恐ろしさを感じました。」と、語っている。
そして、「ご家族の方は、何とおっしゃっておられましたか。」という問いに、
「妻は、『平成の救世主』になって。と言って送り出してくれました。」と、声を震わせた。
私は、「平成の救世主」、「なんと思い上がった言葉だろう。」と初めは感じた。
しかし、これから高濃度放射線の生死をさまよう現場に向かう、最愛の消防士である夫に、
「行かないで。あなたでなくたって。」と涙ながらに懇願するのがあたりまえの状況で、
不安にさいなまれている夫に向かって、「平成の救世主になって。」と言って、最大限の理解と励ましの言葉で送り出せる、使命感を持った消防士の妻がそこにはいたのです。
まさに、「この妻あって、この夫あり。」なのだと、それぞれの使命感の強さと日頃からそれを支える家族の姿に目頭が熱くなった。
 わたしに東京避難を勧めてくれた長女も、気仙沼の海岸にボランティアに行ってきたという。「海岸には、死臭が漂っていた。」と語る。
 
 今の自分には、何ができるのだろう。
この「大いなる偶然」は、私に何を示唆しているのだろう。
考え続けていた。

宍戸仙助校長先生


 この大災害の中、在校生も来賓もいない会議室での卒業式。少しでも、子どもたちの思い出に残る卒業にしてあげたい。
そんな中、卒業式で卒業生が歌「遙か」を歌う姿と、
避難所に避難する「夢と希望」失いかけた人々との姿が重なった。
「避難所で、卒業生の歌『遙か』を。」



「遙か」 作詞・作曲:GReeeeN うた:GReeeeN

窓から流れる景色 変わらないこの街 旅立つ
春風 舞い散る桜 憧ればかり強くなってく
「どれだけ寂しくても 自分で決めた道信じて、、、」
手紙の最後の行が あいつらしくて笑える
「誰かに嘘をつくような人に なってくれるな」 父の願いと
「傷ついたって 笑い飛ばして 傷つけるより全然いいね」 母の愛
さようなら また会える日まで 不安と期待を背負って
必ず夢を叶えて 笑顔で帰るために
あの空 流れる雲 思い出す あの頃の僕は
人の痛みに気づかず 情けない弱さを隠してた
気づけばいつも誰かに支えられ ここまで歩いた
だから今度は自分が 誰かを支えられるように
「まっすぐにやれ よそ見はするな へたくそでいい」 父の笑顔と
「信じる事は簡単な事 疑うよりも気持ちがいいね」 母の涙

さようなら また会える日まで 不安と期待を背負って
必ず夢を叶えて 笑顔で帰るために
本当の強さ 本当の自由 本当の愛と 本当の優しさ
わからないまま進めないから 「自分探す」と心に決めた
春風 想い届けて 涙を優しく包んで
必ず夢を叶えて 笑顔で帰るために

さようなら しかられる事も少なくなっていくけれど
いつでもそばにいるから 笑顔で帰るから
どれだけ寂しくても 僕らは歩き続ける
必ず帰るから 想いが風に舞う あなたの誇りになる
いざ行こう

Posted by aefa at 14:11 | チームAEFA | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

桂さんのラオス紀行〜その1[2011年04月15日(Fri)]
 
2010年度建設校 ラオス ピアラー小学校をご支援いただいている「シルバーアーチ基金」を代表して、川上様ご一家が開校式に参加されました。
AEFA史上最年少となる、高校1年生(当時)川上桂さん。
瑞々しい感性で、心で・肌で感じた『ラオス』を、紀行文にしてくださいましたキラキラ


両親がラオスに学校を建てるという。

「ふうん」、と僕は思う。

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Posted by aefa at 14:14 | 交流ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

建設が始まりました〜ラオス・カニョンケクナイ小学校[2011年04月14日(Thu)]
株式会社近江兄弟社様の会社創立90周年事業として進められている、ラオス南部サラワン県ラオガム郡カニョンケクナイ小学校の建設が始まりました。

村人達による製材


オラタイ先生、子どもたちの一番の悲願であった、井戸掘削からまずははじめられています。


建設資材も運び込まれ、村人集会も毎日のように開催されています。

今、ラオスはお正月。1年で一番暑い時期です。

新しい季節が、村にも学校にも訪れています。

Posted by aefa at 11:52 | ラオス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

買って被災地への支援協力!!〜紫波町特産フェア[2011年04月13日(Wed)]

ガンバロウ岩手!紫波町特産フェア

日時:4月16日(土)〜4月22日(金)

いわて銀河プラザ(東銀座)にて、紫波町の特産品を販売します。
売上の一部は被災した沿岸市町村を支援するための義援金として寄付します。
紫波町ワイン、地酒、野菜、米、餅、紫波町産の野菜を使ったキッシュ、フルーツジュース、菓子類などを販売いたします。
売上の一部を義援金として寄付し、被災した沿岸市町村を応援します。
(同プラザHPより)


お近くにお寄りの際には、ぜひお運びください!!!


Posted by aefa at 11:48 | チームAEFA | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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