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AEFAアジア教育友好協会はインドシナ半島での学校建設とその建設した学校と日本の学校の国際交流を推進しています。このブログはアジアの子ども、日本の子どもたちのために活動しているAEFAスタッフの活動日誌です。
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おなじだね。(^o^) [2007年03月29日(木)]
相模原市立藤野南小学校の5年生は、ベトナムのタンタイン小学校と交流しています。
去年秋にタンタインの子ども達から届いた自己紹介カードやビデオレターを見て、子ども達から「お返事を書こう!」という声があがりました。

3/28、担任の遠田先生が「タンタイン小学校の友だちへ」と題した、写真&イラストつきのお便りを持ってAEFA事務所に来所されました


佐藤さんは、レー・ティー・ラムさんと文通しています。ラムさんの似顔絵を描きました。「ラムさんと私と、手伝うことや好きな遊びが似ていることがわかりました。ラムさんの手紙に”友だち”って書いてあったことがうれしかったです。」



串田さんは、日本とベトナムの民族衣装のイラストを描きました。
「リエンさんは、先生になることが夢なんですよね!私は看護師になることです。人を助けるということが似ていますよね!それと、”千羽鶴”の本を読んだんですよね。私も読んで感動しました。リエンさんの好きな本はなんですか?教えてください。」



斉藤さんは、Dangさんの名前をベトナム語で書きました。
「私は将来舞台女優になるのが夢で、同じ夢をもっている人に会えてこうえいです。
私は他の国の人と手紙を交換したのは初めてだったので、Dangさんに手紙を書くのをいつも楽しみにしています。今度一緒に会えるといいですね。そうしたら舞台女優の話で盛り上がりそうですね」


まるでベトナムに本当のお友だちが出来たみたいですね!
AEFA交流を通して、南小のみんながもっともっとベトナムのことを知ってくれたらうれしいナとAEFAスタッフは思います。
次回、男の子からのお手紙も紹介していきます

静岡英和ボランティアツアー<2> [2007年03月28日(水)]
また、村での活動としてチェックダム作りやサインメイキングをして何度か山に足を踏み入れました。その度に森の大切さについて学ぶことができました。雨季になって川が氾濫しないように、また川での生物たちの住処のためや、動物たちの飲み水のために、チェックダムを作っていました。現地スタッフの方が、人々や動物などの平和のために森にはすごく必要なもので、大切にしなければならない、と教えてくれたとき、私はなんだか申し訳ない気持ちになりました。こうして高い自然との共存意識を持って、それを大切にし、守っていこうとしているのに、私達は私欲の為に、いとも容易く壊していっているのです。自然が無くなってしまえば人間だって生きてはいけません。だからもっと自然と共存してくという意識を持って、生活の在り方について真剣に考える必要があると思いました。




現地での生活を通して、日々の生活や自然の大切さ、また人や物や事に対する態度や考えについて多くを学びました。現地で出会った人々、学校の先生方や子供達、スタッフの皆さん。全ての人がとにかく親切で、おだやかでした。村全体が家族の様にあたたかくて、言葉の通じない国から来た私達もすぐその家族の一員になれた様な、そんな安心感がありました。
ホームステイ先では、お父さんとお母さんとは、まともにコミュニケーションをとる事はできませんでしたが、お母さんはいつも私たちに笑いかけてくれて、お父さんは最後の日の朝食の時に、「また来年もおいで」と言ってくれました。その家にいた14歳のティムという女の子は、すごくしっかり者で、私達にタイ語を教えてくれて、時には英語で助けてくれて、家に居るときも、学校に居るときも、活動中も食事中も、いつも笑いかけてくれるので、私はいつもその笑顔に安心させられました。村で出会った人々はいつも心の底から幸せそうに笑っていました。そして彼らは私たちの幸せを祈ってくれました。彼らは常に、他の人々の幸せと願っていました。私達は彼らよりも多く便利な物を持っています。でも自分が幸せだと思って心の底から笑っている人はどれくらいいるのだろう。他の人の幸せを願える人はどれくらいいるのだろう。多くの人がそうではないと思います。私は彼らの生きる姿勢を見て、自分の目の前に溢れていたたくさんの幸せに気付くことができました。




長い道のりをかけて行ったその村で過ごした4日間で、私はすごく大切な事を学びました。それはきっとこれからの私の将来や、思考、意識に大きな影響を与えると思います。私は多くの大切なことを学び、得る事ができましたが、一体私は彼らに何をしてあげられたのでしょうか。何もしてあげられなかったと思います。貧しい国へと行って、物やお金をあげるだけのボランティアには疑問を感じました。しかし私に何が出来るのか、今の私にはわかりません。それが何かを知る為に、勉強したいと強く思いました。彼らが私達の幸せを祈り、そして多くの幸せを与えてくれたように、私も人々の幸せと平和の為に勉強し、少しでも役立てたらと思いました。この4日間で得たもの、感じたもの、思ったものは、きっと一生忘れないと思います。


静岡英和タイボランティアツアー [2007年03月27日(火)]
今年も3月7日〜14日の8日間、静岡英和女学院高校ではタイ・ボランティアツアーを開催し、フレンドシップ校のポカロン、ファイヤー小学校を18名の生徒さん、卒業生が訪問し、ファイヤー村では、ホームステイを体験しました。その感想文を紹介します。

「気付いたこと、知ったこと、学んだこと」
杉山麻美さん

私は国際ボランティアに興味がありました。そして本、テレビ、インターネットなどから得られる情報ではなく、実際にこの目で見て感じたいと思いました。これが私のタイボランティアツアーへの参加理由です。約十回に及ぶ事前研修を重ね、学校とタイボランティアツアーの準備で忙しかった期間は日々とても充実していて、毎日がとても楽しかったです。
そうしてスタートしたタイボランティアツアー。




2日目の朝にチェンマイのホテルを出発し、途中ポカロンという小さな村を訪ね、昼食を頂き、村の学校の新校舎式に参加し、英和で集めた献品もプレゼントしてきました。学校は3つの教室が並んだもので、日本の学校のイメージとは大きく違っていました。1つの教室の中に4つの学年が机を並べ、それぞれの授業を行うらしく、時にはたった一人の教師がその4つの学年を教えることもあるらしく、改めて日本での恵まれた学校の環境を考えさせられました。



その日の夕方に滞在先であるファイヤー村に着きました。村での生活は全てが強烈でした。ホームステイ先の高床式の家は隙間だらけで、食事を摂った建物は、床の下を鶏や犬、猫などが動くのが見えるほどでした。自分で水を汲んで流すトイレも、川での水浴びも、村の中での移動手段として小型トラックの荷台に大人数で乗り込み、でこぼこ道を走ったことも。夜の7時くらいを過ぎると、日本では経験できないほど辺りは真っ暗になり、夜は明り取りの為に木の窓を開け放って眠り、朝には凍えるほど寒くて、また明け方には近所の鶏、豚、牛など家畜の鳴き声で目を覚ましました。
全てが新鮮で、でも少しも苦痛ではありませんでした。全ての瞬間を楽しめました。



気付けばそんな生活に慣れていて、不都合や不便さは少しも感じず、居心地の良さまで感じるほどでした。おかしな事に、私は日本にいるときの方が不都合や不便だと考える事が多い事に気付きました。あきらかに日本での生活の方が発達していて、便利なものがたくさんあります。日本にいると、ついそれらがないといけない物だと思い込んでしまうけれど、そうした便利な物は全てが必要不可欠ではないと思いました。
ポカロンの教室に貼ってあった生徒が書いた村の地図には、『村は人や物でごちゃごちゃしていなくて、おだやかに生活している。物がたくさんあると不便になる』という内容のメッセージが書かれていました。日本にはあまりに多くのものがありすぎて、またそれが当たり前になってしまっているせいで、次から次へと新しいものを求め、満たされないと不便、不都合と感じてしまいます。でも本当に不都合、不便なものは1つもないのではないかと考えさせられました。



続く
いのちとしての緑〜マリアズ・ベビーズ・ソサエティ [2007年03月26日(月)]
 マリアズ・ベビーズ・ソサエティとラオスの学校との交流は、植物学の先生が担当される「緑の時間」(月1回)で取り組まれることになります。
年間計画がしっかりと考えられており、年2回のAEFA交流(作品作成)も盛り込まれた正式プログラムがまもなく完成予定です。

 5月には、「ケナフについての講義」が、松岡園長先生の「日本語の時間」に予定されています。
実際に本物のケナフに触れ、感じるため、”ケナフの紙漉き”が、関さんの協力で行われます。

 ラオスとの緑の交流では、「ラオス土着・自生の身近な植物」「日本の自生植物〜観察日記、押し花、日本画、和歌・万葉集の中の植物」をテーマにしたいとのこと。
ラオスからは、学校果樹園や身近な植物の絵を描いたり、その植物と村人・子どもたちとのかかわりを伝えてもらえたら・・・・と考えています。

「AEFA交流は、クラスだけでなく、保護者を含め園全体のプログラムに関連させたい」と語る松岡園長先生。

こどもたちが育てている球根

生命としての緑との触れ合いを子ども達に与えたい・・・との理念で進められる「緑の時間」。
今年の注目交流プログラムになりそうです!!!
神田校長先生、おかえりなさい! [2007年03月25日(日)]
2月にベトナムとラオスを訪問した、岡山県津山市鶴山小学校の神田校長先生が、AEFA事務所に楽しかった思い出を語りにいらっしゃいました!第一声は・・・


「バナナがおいしかったよ〜〜!」

この表情からも、どんなに楽しかったかが伺えます!
「もう日本のバナナなんて、食べられなくなっちゃったよ〜」
(ほんとにバナナがお気に入りになったんですね、先生!!(^o^;;))



ラオスでは、早速市場に突撃!!
いったん入り込んだら帰ってこ〜な〜い〜 
呼んでも引っ張っても帰ってこない〜〜。
一体何をしているのやらと見てみると・・・早速試食中!
50年前からこの市場にいるよな馴染み方です・・


      閑話休題。

フレンドシップ校である、ラオス/イルン村の子ども達に、津山の小・中・高校から寄付されたピアニカを贈呈。津山から何十台ものピアニカを手分けして運びました。
子ども達は、そんな思いのこもったピアニカを胸に抱えたまま、決して離さなかったそうです。


早速吹いてみました・・!



お菓子もプレゼント。
めったに食べられないお菓子をもらって、子ども達の笑顔のうれしそうなこと・・・!!!


神田校長先生の旅日記、まだまだ続きます・・・

上平沢小から作品が届きました [2007年03月23日(金)]
岩手県紫波町上平沢小学校から、作品が届きました。


子ども達からの自己紹介カード、

学校生活の様子を紹介した写真や絵、紙飛行機など盛りだくさん!

フレンドシップ校のベトナム・ヴァンフォン小の子ども達のもとに届けられます。

花篭校長先生からは、日本文化を紹介する手作りのトトロの折り紙や鶴が届きました。
また、折り紙やカラーペンなどの文房具のご寄付も同封されていました。

ヴァンフォンの子ども達も、これを使って紙飛行機を作ったり、お返事を書くのを楽しみにしていることでしょう!
ぎんなん募金〜品川区立杜松小学校 [2007年03月22日(木)]
校庭を囲むようにそびえる、見事な大銀杏のある杜松(としょう)小学校。
開校126年を迎える歴史ある学校です。


 昭和40年代、第17代校長先生の時代から、児童の代表委員会が中心となって校庭の銀杏の実を販売、ユニセフ等に寄付する活動を続けています。
平成14年には、品川区児童・生徒教育長表彰を受賞。
1-2年が実を拾い、3-6年が皮をむき、3-4年が販売する・・と分業して活動しています。
現在は、少子化の影響で、全校生徒90名しかいないため、寒い晩秋にこれらの作業をするのはとても大変なことです。でも、近所の方は毎年楽しみにしています。

「子ども達が苦労して作ったぎんなんを、AEFA交流に寄付することで、より身近な形・目に見える形にしたい。特にアジアは今後、身近になる地域。仲間意識をもってほしい。」(山岸一良校長先生談)

3/22(木)の修了式の前に、谷川理事長が参加して贈呈式が行われました。
児童の代表が、ぎんなんの売上と使い道を報告。

AEFA谷川理事長に目録が手渡されました。

谷川理事長からは、ラオスのこどもたちの話や、学校事情をわかりやすく説明。
持参したラオスの手彫りの枕や手織りのバッグを紹介しました。



ラオス・クアンシー小学校(2007年度建設校)のフレンドシップ校にも決定!
1から始める小さな学校と、交流が始まります。

人々の善意を生かす〜理事長の独り言 [2007年03月20日(火)]
AEFA友の会は何故必要なのか
< 学校建設事業の現実・・人々の善意を生かす >

 AEFAの活動の第一の目的は、アジアの山岳僻地の少数民族の為に小学校を建設することです。
 校舎建設資金は日本財団からの助成金でカバーします。しかし、地域の特殊事情に応じて、建設以外の派生要素が種々生まれてきます。建設事業以外の派生事業費用には、日本財団助成金は使えないのです。この為、別途の資金確保が必要となります。

では、こうした派生事業はどうして生じるのでしょうか?

 派生要素の生まれる背景には、現地での需要(要望)が多岐に亘るという状況があります。他方で、日本のドナーの方からの善意も多様です。

先ず、現地のニーズ(需要)を中心に説明します。

(1)小学校建設には、次のような要素が含まれます。
@土地を村(或いは国)から提供を受け、土地造成をする
A校舎(3−5教室と教師室)を建設する
Bトイレ(通常は別棟)、井戸、タンクを建設する
C学校備品・・主として机・椅子・黒板など・・を揃える
しかし、これだけでは、山岳僻地の学校では十分ではありません
D山岳地帯では小さな村が2−5キロも離れて散在するため、他の村からの子供を預かる寄宿舎が必要です。
E山奥には先生の住むところがない為、先生の家を建設する必要も生じます
F寄宿舎の子供や先生の食べ物も必要となり、学校菜園や豚・ニワトリ小屋を作ります。

(2)建設に当たっては、村人の参加・労働奉仕を要求します。その労働奉仕或いは資材提供相当分が、建設資金の余裕を生み出します。その余裕資金を貯蓄してスクール・ファンドと名付け、このファンドで次のようなことをします。
@ 学校の持続的運営資金確保のため、営利事業を立ち上げます。
  ・豚・鶏・山羊・或いは養魚池を作って「なまず」を飼育します。
  ・学校菜園を作り、野菜・とうもろこし・マッシュルームなどを栽培します。
A残ったお金や営利事業で得た利益をスクール・ファンドとして貯金します。
Bこの資金を、
・学校の修繕費・・窓が壊れたり、トイレが壊れたりしたときのメンテナンス
・子供達のノート・紙・鉛筆などの文具・絵本などの購入・・絶対的な不足状態です
・課外活動のための先生への給与補助・・学校の先生は極めて薄給(月給30−50ドル)で、都市部ならばバイトも出来ますが、山奥の学校ではバイトもなく、且つ寄宿舎の子供の面倒を見たり、学校菜園などの管理支援・指導も必要で、先生の仕事は過重です。
C更には、この資金を使って、日本のフレンドシップ校と交流をします。
・日本からフレンドシップ校の先生が訪問する場合、山奥まで車や通訳の手配に費用が掛かります。←この費用の一部をAEFAが負担します。
・又、社会主義の国であるため、簡単には山奥に入れません。必ず政府役人が同行しますが、この役人の車代や食費や出張日当を払わねばなりません。概ね日当は5ドルから10ドルです。
・山奥には、郵便が行き渡っていません。フレンドシップ校からのプレゼントは、全てAEFAやパートナーNGOの人が運ぶしか方法はありません。

 学校建設にかかる費用以外に、こうした費用がかかる訳です。しかしこうした需要をスクール・ファンドだけでは到底賄いきれません。そこで「友の会資金」で支援する必要が出てくるのです。
 こうして、友の会事業が立ち上がりました。
建設ウラ話〜高校生が総動員!〜理事長旅日記 [2007年03月19日(月)]
パチュドン小学校の出来るまで−その3
<木材の伐採禁止・・8km離れたところへ・・高校生を総動員

 さて、引き続き、パチュドンのお話をしましょう。
VFIと契約が確定したのは2005年3月も終わりごろでした。いよいよ建設開始となったのですが、現場はもう雨季が始まります。急がなければなりません。村人が役割を決めて、学校の周りの土地整備を開始しました。3つの村が絡むので、なかなかうまくいきません。遠くの村の人たちは、自分達の村に建設するのではない為、たとえ自分の村の子供達を引き受けてくれると分っていても、労働奉仕に消極的です。このことが後で悲劇を生むのですが・・

 4月後半から、土地の整備が始まりました。全くのブッシュ地帯を整備するのですから大変です。潅木を根っこから引き抜き、草を刈り、地ならしをして、学校菜園の場所作ります。学校建設の場所も、新たに土を盛ったりしながら整地するのです。幸いにも学校建設用地は道路に面しているので、全体計画としては立てやすい利点がありました。
 こうして、8月には学校の基礎部分が出来上がり、いよいよ柱を立てるときになりました。
しかし、なんということでしょう。木の伐採許可が下りないのです。
許可が下りそうなパチュジュン村は、非協力的でした。木材がないと、柱どころか、壁、窓、机も椅子も出来ません。VFIも村の人たちも困り果てました。

 その時、漸く村から8キロも離れた森での木材切り出し許可が出ました。もう最後の手段です。そこで木材を切り出し、その場所で柱や板に加工して、運びやすいようにしました。問題は如何にして、建設現場まで運んで来るか・・・・です。
 VFIは悩みました。知恵を振り絞りました。結論は、タオイ村にある高校の生徒120名の総動員です。生徒達に「美味しい弁当(?)をたっぷり弾むから」、「皆の村の学校のためだから」と説得しました。
 成果は大成功!
120名の高校生達が、山の中に入っていきます。皆それぞれに板や垂木を担いだり、太い柱を交代で背負ったりして、8kmの山道を運び出し、無事、木材の調達は完了したそうです。(その時の映像がないのが残念で堪りません)。

 パチュドン小学校は、こうした素晴らしい人たちの「汗と善意」の協力のおかげで建設できたのです。
 

 一方、悲しい話もあります。3つの村は、お互いが境を接しているため、村の境界線問題が長い間燻ぶっています。平和に木の実を採取していた昔は、お互いに厳密な境界線問題はなかったのですが、ベトナム戦争後、急速に発展する近隣諸国からの木材需要が、こうした山奥にも影響を及ぼし始めました。つまり、太い立派な木材を買い付けに、主としてベトナム資本が入り込み始めたのです。そうなると境界線近くの樹木が一体どちらの村の所有なのか、もめたりします。そもそもこれがパチュドン村とパチュジュン村の諍いの始まりでした。
 VFIはこうした問題を抱えた村に入って、森林保護・村の境界線設定の仲立ちもしてきました。近隣の村の青年達をセンターに集めて研修会などを催してきました。残念ながら、この2つの村の境界線については、未だにいさかいが耐えないということです。この為、折角出来た学校には、パチュジュン村からの子供は受入れていません。VFIや先生達の説得にも拘らず、どうしても仲直りしないそうです。可哀そうなのは、子供達です。
 私は、2006年11月27日の最終完成式の後にこの話を聞いたので、間に合いませんでしたが、、、、、、今年現地を訪れるときは、何としても仲直り手打ち式を行いたいと思います。ノンちゃんの話では、パチュドンは受入れる気になっているけれど、それなりの挨拶が欲しいと言っている。一方パチュジュンは、詫びを入れるような形式で面子を失いたくない。

 私の考えは次のようなものです。ノンちゃんのアドバイスを参考にしました。
@パチュジュンから、山羊か鶏か何らかの贈り物をする。但し、送り先はパチュドン村ではなく、小学校宛てにする。
Aパチュジュン村の子供達を学校に受入れる。
B双方の村長が手打ち式をする。場所は学校。
C上記を条件に、AEFAは寄宿舎のベッド整備資金1500ドルを支援する。

この手打ち式のため、4月には現地に行こうと考えています。うまくいったらバンザイですね。
平章小から作品が届きました! [2007年03月16日(金)]
福井県平章小学校から、版画の作品が届きました!

「絶対に勝つぞ!!」

”一瞬”を切り取った気迫がつたわってきます。



「真剣勝負」

見ている人も、キャッチャーの視線で、ボールのうなりが今にも聞こえてきそうです。



「将棋をするぞ」

俯瞰図で将棋の板が描かれています。大好きな将棋、勝ったかな・・?




これからも、届いた作品を、たくさん紹介していきたいと思います
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