神田校長先生、おかえりなさい!![2007年02月28日(水)]
2月9日に、フレンドシップ校(ラオス・イルン小学校)を訪問された、岡山県津山市鶴山小学校長の神田先生が、元気に無事帰国されました!
「帰りました。
たいへんお世話になりました。
イルン村の訪問は、たいへんよかったです。
村でご馳走になりました。
でも、十分な交流ができなくて残念です。
せっかくピアニカやリコーダを持っていったにもかかわらず、教えることができませ
んでした。
学校建設が完了し、黒板、机、椅子、棚、教師用の机、書籍いれなどの設置がこれから必要です。
学校ができた後、必要なのは電気でしょう。水道や池も急を要すると思います。
学校建設が完了してないため、ピアニカやリコーダが早すぎたようです。
子ども達へ教えに、また機会があれば行ってみたいものです。
現地の人で日本語の通訳がいれば最高です。
現地の人で日本語を1年ほどで、特別に集中して教え込むことができれば、よいのですが・・・。
ラオス語と日本語ができる人がいれば草の根活動も可能になりそうです。
NGO団体アイユーゴー-途上国の人と共に-で支援している、サイホンソン村では、日本語のできるビエンチャン出身の人がいました。
その方を通じて交流を深め、村の必要な支援を検討し、実践していました。
学校支援だけでなく、学校を拠点にしながら、村全体、地域全体を見ての支援が必要だと感じました。」(神田校長先生談)
神田校長先生一行は、きちんとしたスーツ姿で村を訪問されました。
イルン村へは、幹線道路からはずれて、バナナのプランテーション畑の中のでこぼこ道を進みます。車は、4駆のトラック1台のみ。先生達は荷台につかまり、木の枝にほほを叩かれながら、赤土だらけになって村に到着したそうです。
VFIスタッフ・ノンさんは非常に恐縮していたそうですが、先生は「いや〜 スーツはクリーニングにだしたらきれいになるしねえ。私はユンボも乗るしねえ。」と、いつもの飄々とした微笑をすずやかに浮かべていらっしゃいました。
同時期に、AEFAプロジェクトの視察でラオス入りしていた、日本財団国際部の萩原リーダーも、元気に帰国!!
「ラオスって・・・・ のどかな国ですね。
村人が1つになって学校作りをしているのを、見ることが出来ました。
山奥のパチュドンへ行ったときは、あまりの悪路に、同乗していたVFIスタッフ本部の広報の女性が、車の天井に頭をぶつけて脳震盪をおこしたり・・・、大変でしたよ〜。」
(でも、その表情は、すっかりラオフリークになられたようですね!!??)
先生達の訪問の様子は、また写真つきでご紹介する予定です。
なお、津山市役所でも、3/12よりイルン村やラオス訪問の写真パネルが展示されるとのことです。

「帰りました。
たいへんお世話になりました。
イルン村の訪問は、たいへんよかったです。
村でご馳走になりました。
でも、十分な交流ができなくて残念です。
せっかくピアニカやリコーダを持っていったにもかかわらず、教えることができませ
んでした。
学校建設が完了し、黒板、机、椅子、棚、教師用の机、書籍いれなどの設置がこれから必要です。
学校ができた後、必要なのは電気でしょう。水道や池も急を要すると思います。
学校建設が完了してないため、ピアニカやリコーダが早すぎたようです。
子ども達へ教えに、また機会があれば行ってみたいものです。
現地の人で日本語の通訳がいれば最高です。
現地の人で日本語を1年ほどで、特別に集中して教え込むことができれば、よいのですが・・・。
ラオス語と日本語ができる人がいれば草の根活動も可能になりそうです。
NGO団体アイユーゴー-途上国の人と共に-で支援している、サイホンソン村では、日本語のできるビエンチャン出身の人がいました。
その方を通じて交流を深め、村の必要な支援を検討し、実践していました。
学校支援だけでなく、学校を拠点にしながら、村全体、地域全体を見ての支援が必要だと感じました。」(神田校長先生談)
神田校長先生一行は、きちんとしたスーツ姿で村を訪問されました。
イルン村へは、幹線道路からはずれて、バナナのプランテーション畑の中のでこぼこ道を進みます。車は、4駆のトラック1台のみ。先生達は荷台につかまり、木の枝にほほを叩かれながら、赤土だらけになって村に到着したそうです。
VFIスタッフ・ノンさんは非常に恐縮していたそうですが、先生は「いや〜 スーツはクリーニングにだしたらきれいになるしねえ。私はユンボも乗るしねえ。」と、いつもの飄々とした微笑をすずやかに浮かべていらっしゃいました。
同時期に、AEFAプロジェクトの視察でラオス入りしていた、日本財団国際部の萩原リーダーも、元気に帰国!!

「ラオスって・・・・ のどかな国ですね。
村人が1つになって学校作りをしているのを、見ることが出来ました。
山奥のパチュドンへ行ったときは、あまりの悪路に、同乗していたVFIスタッフ本部の広報の女性が、車の天井に頭をぶつけて脳震盪をおこしたり・・・、大変でしたよ〜。」
(でも、その表情は、すっかりラオフリークになられたようですね!!??)
先生達の訪問の様子は、また写真つきでご紹介する予定です。
なお、津山市役所でも、3/12よりイルン村やラオス訪問の写真パネルが展示されるとのことです。














この川を渡ると後はひたすら山道です。ただただひたすら走り続ける。途中、『賽の河原道』と私が名付けた、石ころ道があります。旧ホーチミン・ルートです。VFIスタッフのJennyが名付けたのは「5キロメートル・マウンテン」。5kmに亘って、石ころで舗装した道を走ります。丸石の石畳道と思えば、当たらずとも遠からず。上下左右に車は揺られ、お尻と胃が痛くなります。しかし雨季にもなると、この道が救いです。泥沼化しないからです。 雨季(6−11月)には、これらの山道は「まるでスープのようになります」とは、VFIのRick代表の言葉。




」とNongちゃんに聞くと、嬉しそうに「食べたい?
」と聞かれました。私はこれも勢いで「イエス!
ラオスの山奥でそうした思い出を語ることになろうとは、まことに懐かしく、7年前に亡くした妻を思い出したことでした。




です。だから生徒達も、教室に入るときは靴を脱ぎます。日本の学校ではトイレまで子供達が掃除するのですと教えて、ラオスの学校の生徒さんたちにも、掃除を習慣づけています。


降りようとしたら、その子の靴がありません。「どうしたの?」と聞くと「車内がきれいなので、靴を脱いで乗った」と言うのです。