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アジアで学校を創る
AEFAアジア教育友好協会はインドシナ半島での学校建設とその建設した学校と日本の学校の国際交流を推進しています。このブログはアジアの子ども、日本の子どもたちのために活動しているAEFAスタッフの活動日誌です。
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「子どもたちのために」[2007年04月20日(金)]

2007/04/20(金)

AEFAの仕事始めから1週間。
津市立南が丘小学校の子どもたちから離れて、「少し寂しいなあ」と思う間もなく、
AEFA活動の中にドドドーッと入ってしまいました。オリエンテーションから始まり、事務所の皆さんやボランティアの方々との懇談会、そして学校回りなどなど。

 事務所スタッフは少数精鋭。生き生きとした前向きの仕事振りから、まさに「寺子屋事務所」というイメージがピッタリです。

(今は、こんなスタイルで仕事をしています)



学校運営とAEFA活動の共通キーワードは、「子どもたちのために」です。
未来を担う子どもたちに必要な支援を続けていくことは、私たちの大きな使命。

そこで、「児童を支援する」という基本姿勢から、このコーナーを「援童(遠藤)の自由帳」とし、活動の中で発見したことや、その時々の思いを発信していきたいと思います。
これから、どうぞよろしくお願いいたします。


AEFA事務局長 遠藤 正芳 (前・南が丘小校長)
 < 茫々たる高原地帯の自然と少数民族の子供達の貧困〜ベトナム・中部高原>[2007年04月20日(金)]

 3月10日。
ベトナム・中部高原のプレイクー空港からコンツム省コンツム市に向う、茫々たる高原地帯を車で走ると、無数の、それこそ無数の黄色の蝶が飛び交っていた。
春である。
この蝶の乱舞は、私の心を無限の喜びで満たした。
ああ、春だ。自然はこのように素晴らしい営みを繰り返している。

最初、この黄色い花びらが無数に舞っている風景が、一体何の光景であるのか理解できなかった。余りに鮮やかでそして巨大な春の風景。道路の両側に広がる広大な潅木の平原。その潅木に咲き乱れている花、花、花。そして青き空。写真に撮ろうにも、この光景は、あまりに巨きく収まりきらない。そして余りにも悠然としている。
心満たされる光景である。

 車窓から広がるこの風景を飽きもせず眺めやっているうちに、コンツム市に到着した。ホテルにチェックインして直ぐ、昼食。政府役人達と一緒に、打合せをしながら昼食である。昨年6月、9月に来たときに会った人はいなかった。初対面である役人達と、トラン氏(AEFAパートナーNGO、HealthEdのトップ)が話し合うのを耳にしながら、(ベトナム語で話すので全然理解できない)、ただ黙々と口に食物を運ぶのみ。

 昼食後、Kroongi村を訪れる。省都であるコンツム市内からたった40分しか離れていないというのに、そこはもう僻地だった。コンツムがいかに貧しい省であるかが一目瞭然である。散在する村の家々は、それこそ5メートル四方の小屋の様なものである。家の中には一切の調度品はないのであろう。

 学校に行った。というより、”小さな学校らしきもの”が建っている。2つの教室があるだけだ。屋根は相当に傷んでおり、雨が降ると多分雨漏りがするだろう。床はたたきの土床。窓も開閉が自由でないほど傷んでいる。教室の一つでは、25人ほどの6歳児の子供達が学んでいた。ぼろぼろの机の上には、何もない。ノートも教科書もえんぴつも何もない。
唯、先生が書く黒板の文字を見ながら発音の練習をしている。子供たちは少数民族ゆえに、ベトナム語を早くから教える必要がある。母国語のベトナム語を覚えないと社会に入っていけないのだ。私達が教室に入っていったら、食い入るような涼やかな瞳が私を迎えた。こちらが笑顔で「こんにちわ!」といっても恥ずかしそうに、小さな微笑を浮かべるだけ。何という可愛らしい子供達であろうか。

 学校の敷地内の、校舎から少し離れたところに、村の集会所がある。通称「ホーンハウス」と言われる、この地域の少数民族の伝統的建築様式で作られた建物である。屋根がとがって高くそびえる建築様式である。風通しもよく、素晴らしい建築だと思う。教室数が足りないため、このホーンハウスを借りて教室として使っている。全部で3教室の学校である。
 この集会所も相当に痛んでいる。今のうちに上手く修理しないと、折角の伝統的建物が使い物にならなくなると思った。この学校の建設を決心した。3教室と先生の部屋。トイレと井戸。ホーンハウスの修理。合計2万5千ドルで出来るだろう。集会所を教室として使わせる村人の意識と熱意があれば、村人参加型の建設は可能と判断する。
 


(こちらは、本格的な民族伝統建築様式のホーンハウス)


 この次に来るときは村人達と積極的話し合いをしよう。そしてどのような学校作りをするか熱心に話し合おうと決心した。学校の周りに果樹を植えて生垣を作ろう。ホーンハウスの南側の空き地を学校菜園にしよう・・・・などと夢が広がった。
その後、4日間あちこちの学校を訪問、合計9校を訪問した。帰国して、今年度の予定校候補地を絞り込み作業に入った。総予算との兼ね合いで、現在のところ、中部高原で6校、北部少数民族の為に1校を建設予定している。