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タイ山岳地帯の小さな小学校〜サムソップの子どもたち[2010年01月30日(Sat)]

サムソップ小学校全景



校門
AEFAスタッフがカメラや資料を入れた大きなバッグを持っていたところ、「荷物をもちましょうか?」と声をかけてくれた女の子。だいじょぶだよ〜、と言うと、笑顔で友だちと走って行った。



はみがき中の幼稚園生。



カレン族の伝統的な家。
民族文化を伝えるために学校内に建てられており、中には、民族の織機等がある。
葉っぱの屋根の葺き方は、とても細かい作業が施してあった。
学校に行くまでに通り抜けた村々でも、家族総出で家を作っている景色を見かけた。


教室の扉。
タイの先生方は、このように美しい切り紙の飾りやイラストで
学校を飾ることがとても得意!
2005年度建設校〜タイ サムソップ小学校訪問[2010年01月30日(Sat)]

2005年度建設校 サムソップ小学校を訪問しました。

サムソップへ行くには、舗装道路をはずれ、山道をぐんぐん上っていく
この斜面に、子どもたちが整備した自然遊歩道がある



終礼の様子


現在の生徒数:幼稚園 20名 / 小学生 50名 (小6 10名)うち寮生17名

中学校は、生徒数が2008年に20人に満たなくなったため閉鎖(国の基準)。
そのため、中学生は村の教育センターで勉強し、中卒の資格をとるようにしている。
現在、小6は10人しかいないが、その年の子どもの出生数にもよるので、今後児童数が増える可能性もある。親たちも、遠くの村へは子どもを行かせたくないので、サムソップ小は継続して欲しい。

先生の数: 政府派遣による教員 5名  
        カレン語を話せるボランティア先生 2名 
        (カレン族のアイデンティティを確立し、民族に誇りを持てるように)

先生方とのインタビュー:
 「学習環境が整い、子供たちの勉強に対しての心構え・姿勢が向上した。
  目に見えて設備がよくなり教員もふえたことで、保護者の教育に対する考えや意識が高くなり、子供をきちんと通わせるようになった。これまでは、学校に対する保護者の関心も低く、欠席が多かったが、今では畑仕事があっても、親の方で学校へ行きなさいという。」

 
 教員室には、表彰状が多く並んでいた。
セパタクロー、バレーボール、ソムタム作り、花輪作り(小学生)、粘土作り(幼稚園)、小5児童のタイの国と王様の絵は、チェンマイ県第6地区で銀賞を受賞。

銀賞受賞作品

平地の子に劣らないよう、教科・授業・スポーツアクティビティーに力を入れている。

 校長先生が現在、チェンマイの大学院に通っているため、女性の先生しかいない。そのため、学校菜園、自然遊歩道などのアクティビティーは十分に活動しきれていないようだった。

・中学校が昨年閉鎖したため、寮で小さい子どもの面倒を見る生徒がいなくなってしまい、現在寮生は17名しかいない。AEFAが作った寮が3年でこのような状態になっているのは残念。

サムソップ寮。2005年には、子どもであふれていた。
 設備は整ったが・・・


先生と子どもたち。
日本の友だちからの手作りおもちゃを手に・・


・AEFAの建設の成果は、子供の勉強への意欲、親の教育への意識変化を促している。学校がいいという評判で、今後生徒が増える可能が大きい。

メマロウ小学校ピクン先生[2010年01月15日(Fri)]

2009/12/16、メマロウ小学校を訪問しました。

「地球の歩き方」様から1年分の給与をご支援いただいた、ピクン先生に会ってきました。

教壇のピクン先生


 ピクン先生は、地元のメーナジョーン地区出身。メーチャム高校を卒業。Chiang Mai Rajabhat大学の3回生で、教育を専攻しています。大学への通学は主に金曜夜および土日。平日は住み込みで、メマロウ小学校に勤務しています。日々の生活の忙しさをものともせず、大学では優秀な成績(成績表では、半分がA、あとはB+およびB)を修めており、教育への強い熱意が伝わってきます。
 家族は、夫と7歳の娘。基本的に平日は学校に住み込み、週末は大学通学のためチェンマイ市内に滞在する。自分の家に戻って家族と過ごせるのは、日曜日の夜および、時たま早く仕事からあがれた水曜日の夜のみ。
 現在は、主に幼稚園年長のクラスと、1年生のクラスを担任。ほかにも、一般事務や、児童への衛生指導、朝礼の取り仕切り(タイの学校では一般的に毎日朝礼を行う)、給食づくりなどの業務があり、忙しい毎日です。
 ピクン先生の住みこんでいる家は、先生たちの中で一番学校に近いので、月曜日は一番最初に出勤して、校舎の鍵を開け、ほかの先生の食事も作っています。
 難しいと思うことは、子どもたちは山岳少数民族カレン族で、自分はタイ人のため、言葉での意思疎通。(基本的に、タイの学校では公用語のタイ語のみ使用。)特に幼稚園と小学1年生は、まだタイ語を習得しきれていないため、最初は苦労したとのことでした。

ピクン先生メッセージ
「私はタイ人ですが、山岳少数民族の子どもたちのための教え方・勉強の仕方を工夫しています。コミュニケーションが難しいこともありますが、お互いに言葉を教えあっています。
子どもたちには、“自立できる子ども”になってほしい。タイ語をしっかり勉強させて、成長してからタイ語をしっかりしゃべれるようになって、タイの社会でやっていけるよう、自分の意見を話せるようにしたい。
学校生活で特に大変なことはありません。子どもたちはかわいいですし、同僚の先生方もすばらしい方ばかりです。
ただ、家族と離れて暮らしていることが、さびしいと感じるときがあります。
将来は、大学を卒業し先生の資格を取り、国家公務員になりたいです。ここで、山岳少数民族の子供のための教え方を学んだので、この経験を活かして今後もこのような地域で働きたいと考えております。」



ピクン先生手作りの教材


Mr.ブンソーン・ピングーン校長先生は、赴任してまだ5日目ですが、日本との交流についても大いに理解してくださり、積極的に考えてくださっているようです。

左)ピクン先生 右)校長先生


校長先生からのメッセージ
「瑞穂第一小のみなさんと交流できてうれしいです。お互いに、色々な文化紹介をしていけたらと思います。タイの友だちに見せたいものがあれば、ぜひ送ってください。こちらからも、送ります。今、学校ではPCを学んでいます(学校運営委員会の話し合いで、購入)。短いメッセージでも、直接子ども同士メールのやりとりができたらいいなと思います。
メマロウの印象は、雰囲気もとてもよく、子どもたちもかわいいです。とても素晴らしい学校なので、教師として義務を果たしたい。子どもたちを、成長させたい。
AEFAの交流もとてもいいことだと思うので、一生懸命に取り組みたいと思います。」


瑞穂第一小でも、4年生が中心となり、図工の時間に絵を描き、日本のことを知らせる作品を作っているとのことでした。
作品は、来週には届く予定です。
これからの交流も、楽しみです!


美しいメマロウ村



山の上で、大つなひき大会!〜タイ ファイコン小開校式[2010年01月13日(Wed)]

ファイコン小開校式では、子どもたちと交流綱引き大会も行われました!

この大きな贈り物も、先生方が日本から運んでくださいました。


恥ずかしがり屋さんのファイコンの子どもたち。



手加減ぬき!
力いっぱい引っ張ります!!






馬の背のように狭い敷地を活かして作られたファイコンの運動場。
球技をするときは、ボールが転がり落ちないようネットを四方にはりめぐらせます。
でも、綱引きなら大丈夫!
「スポーツ基本法」を立案されたり、「スポーツ立国ニッポン」を推進される遠藤先生ならではの、子どもたちの歓声と笑顔がはじける大綱引き大会でした。

手作りのコーヒーと庭園〜タイ・ファイコン[2010年01月13日(Wed)]
2009/12/15に行われたファイコン小の開校式は、まさに手作りの開校式でした。
日本からのゲストをもてなすために、中学生が中心となり、子どもたちも一生懸命準備に参加しました。

学校で出されたコーヒーは、ファイコン村で栽培されたもの。
一粒ずつ手摘みされ、乾かします。



また、テープカットでゲストたちをびっくりさせたタイ-日本友情の庭園も、この日のために作られました。
タイの先生方は、このような箱庭で美しく学校を飾ることがとても得意です。

子どもたちが草や土を、リレー方式で斜面の下から運び上げます。





21:30を過ぎて、やっと完成!!



 司会を担当した先生も、前の晩何回も式次第の清書をくりかえし(何回も書き直したために、文字を写し間違えて、日本からのゲストの名前の発音が微妙に変わってしまったハプニング・・!!!)深夜までかかって準備したとの事でした。

より多くの人たちを幸せにできるように〜ファイコン小学校開校式[2010年01月12日(Tue)]

アジアの子どもたちに学校をつくる議員の会様の、第9校目建設校となる「ファイコンともだち小学校」(タイ北部チェンマイ県オムコイ郡ファイコン村)が完成、開校式が2009/12/15に行われました。

ファイコンともだち小学校 校舎


 同「議員の会」安倍晋三会長、遠藤利明会長代行、山谷えり子参院議員、チェンマイ総領事横田順子氏ほか一行が、列席されました。
 ファイコンには、チェンマイから車で4時間ほどかかります。早朝にチェンマイを出発、タイの人でさえ「そんな遠いところへ行くんですか!!??」と驚かれるほどの僻村。タイ最高峰であるドイインタノン山を望みながら山へ山へと登ってゆきます。

 最後の1時間は、山岳地帯の細い急斜面の道をゆきます。
畑へ行くカレンの人々とすれ違ったり、斜面を使って作られた高価値栽培物であるキャベツやトマトの畑をのぞきこみながら、車列は進みます。
後続車両が見えなくなるほどの砂埃、悪路に激しく揺られていたみなさんでしたが、「車に長く乗るのは慣れていますから!!」(山谷先生談)と、終始笑顔でした。
(さすが〜!!!と、AEFAスタッフは先生方のタフさにびっくり!!)


「ファイコンともだち小学校」贈呈式 式辞

ファイコン小学校の皆さん、こんにちは。
 
私たちは、日本の国会議員でつくる『アジアの子供たちに学校をつくる議員の会』の一員です。私は、会長をつとめている安倍晋三です。本日は、「ともだち小学校」の新しい校舎が完成し、それを皆さんに贈呈するために日本からやってきました。

皆さんのお父さんやお母さん、そしてラックス・タイ財団(The Racks Thai Foundation)からも協力をいただいて立派な学校が完成し、そして本日は関係者の皆さんのご出席をいただき、贈呈式が出来ましたことを私たちは大変うれしく思います。

今日、この新しい校舎を見学させていただきました。すでに、みなさんはこの校舎を使っていて、楽しく勉強しているとうかがい、嬉しく思います。
皆さんがこの校舎で元気一杯勉強している姿を見、またこうして大変な歓迎をいただき、あらためて学校を贈呈できて良かったと思い、またタイ国と日本がもっと仲良くお付き合いできるようさらに努力したいと考えています。

私たちは「国づくり地域づくりは教育から」と考え、行動している日本の国会議員の集まりです。1人でも多くのアジアの子どもが、いい環境で勉強できるように、私たち国会議員にできることはないかと、その思いで、議員の会を作りました。
1997年自民党の若手国会議員が集まりこの会を結成し、1998年にカンボジアのダムコーに最初の「ともだち小学校」を贈呈して以来、本日ここに9校目の「ともだち小学校」を贈呈することになりました。

 我が国が、第2次大戦後の混乱で、大変厳しい貧しい期間がありました。
その間、世界の人々から私たちの生活に対し、大きな支援をしていただきました。
タイのみなさんにも、日本の兵士を治療していただいたり、助けていただいたり、あるいは亡くなった兵士を手厚く弔っていただきました。そうしたタイのみなさんに対して、私もご恩返しをしたい。そういう気持ちであります。
 日本も、世界の人たちから支援をしていただき、そして教育に力をいれた結果、今日の繁栄がある、この考えの下、私たちはより多くの世界の子どもたちが教育の機会を得られるように活動しております。

保護者や教育関係者の皆さん、また学校建設についてご協力をいただいたラックス・タイ財団、更に、地元の皆さんに心から感謝申し上げます。この事業を通じて、皆さんの国と私たちの間に大きな絆が繋がり始めて来ていると感じています。またこの学校で長い時間を過ごした子供たちが日本という国を理解し、親しみと信頼を持ってくれることと信じており、こうした積み重ねにより、両国の友好関係が一層発展することを期待しております。

 
 将来、みなさんの夢を実現していただきたいと思います。この学校での教育を通じて、みなさん自身が幸せになっていただきたい、そしてより多くの人たちをみなさんが幸せにできるようになっていただきたいと思います。

 ファイコン小学校・中学校が、この地域の中核的な教育の場として大いに発展していくことを祈念いたしまして、お祝いの言葉とさせていただきます。
本日は誠におめでとうございました。


2009年12月15日
アジアの子供たちに学校をつくる会 会長
元内閣総理大臣・衆議院議員 安倍晋三」

子どもたちと校舎の前で



プレート 新校舎に掲示されます

アジアの子どもたちに学校を作る議員の会会長代行 遠藤利明衆議院議員 [2010年01月11日(Mon)]


タイ北部 チェンマイ県山岳地帯 ファイコンの子どもたちの笑顔に囲まれる、遠藤利明会長代行。

「アジアの子供たちに学校をつくり送り続ける・・・」このように地道な活動を積み上げていくことが、私たちの幸せな未来に大切なのだと思います。」(えんどう利明オフィシャルサイトより)との思いから、会の中心となって活動されています。

同議員の子女が、建設中のファイコンを訪問、子どもたちとサッカーや将棋をして交流。ふだんお米にインスタントラーメンを混ぜてうすくのばしたような食事をしている子どもたちのために、同会からのご支援で食料を買い込んで運び込み、ランチを提供くださいました。

そのような経緯があるだけに、遠藤議員の笑顔はひときわやさしく、子どもたちの輪の中にすっと入り込まれていました。
それまで、緊張しきって後ずさりするほどだった子どもたちの表情が、やっと明るくはじけた瞬間でもありました。



『議員の会』銘板を教育長(右端)に贈呈



また、一行は翌日にはタイ・ビルマ方面戦病没者追悼の碑(同チェンマイ県メーワン郡バンガードウィターヤーコム校内)をお参りに行かれたとのことでした。
このファイコン小学校にも、タイ・ビルマ国境の山岳地帯に残った日本人のDNAを持つ子どもがいるのかもしれません。。。

日本とタイ-アジアを結ぶのみならず、日本人としてのつながりをも、タイの山奥で改めて実感する機会を得たAEFAスタッフでした。




ファイコン開校式祝辞を頂戴しました〜在チェンマイ横田順子総領事[2010年01月10日(Sun)]


 アジアの子供たちに学校をつくる議員の会
 「ファイコン小学校建設プロジェクト」贈呈式における横田総領事スピーチ

2009年12月15日
  

                     
「アジアの子供たちに学校をつくる議員の会」会長をされておられる
安倍元内閣総理大臣、
同会会員の遠藤利明衆議院議員、山谷えりこ参議院議員、アジア教育友好協会及びラック・タイ財団関係者の皆様、ファイコン学校校長並びにご列席の皆様

本日は日本から安倍元総理大臣を始め、「アジアの子供たちに学校をつくる議員の会」の議員先生をお迎えして、このようにファイコン小学校の新校舎贈呈式を開催することができ、本当におめでとうございます。

タイ人であれ、日本人であれ、人の能力にさほど差はありません。あるのは与えられる教育のレベルの差であります。この差をなくそうと安倍先生をはじめ、日本の国会議員の先生方が自ら行動をおこされ、資金を集め、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーそしてタイに学校を建設されてこられました。教育の重要性は誰もが認識しておりますが、それを自ら行動に移しておられる日本の議員先生が存在すること、そして本日このような遠隔地にも自ら足を運んでくださっていることに対し、日本人として誇りに思うと同時に、心より感謝申し上げます。

日本総領事館としましても、2004年の開設以来、28件の草の根無償資金協力を北部タイに実施してまいりました。草の根無償資金協力を実施するに当たり、4つの重点分野、即ち基礎教育支援、社会的弱者支援、環境対策、感染症対策を対象としておりますが、山岳地・遠隔地の基礎教育支援はその中で最も重点的に実施し、すでに13件の学校に支援を行いました。

これらの学校支援で校舎建設以上に大事なことはその運営であります。校長先生を始めとする教師の皆様、父兄の皆様、教育委員会の皆様の連携により、325名の生徒の皆さんがファイコン学校の卒業生であることを誇りに思えるような、素晴らしい学校としてくださることを心より期待しております。最後に、本年は日メコン交流年でありますところ、ご一行の今回の交流はこの交流年の意義に最も適ったものであり、日本とタイ、そしてメコン流域の諸国とのあらゆるレベルの交流が一層増進されることを願って私の挨拶とさせていただきます。






この日のために、先生と子どもたちが寝る時間を削って作った池と花壇
看板には、日本とタイ 友好ともだち学校 と書かれています


テープカットをすると、日タイの国旗がさっと開く仕掛けに!!


タイ 山岳少数民族カレン族の子どもたちの学校〜ファイコン小学校[2010年01月09日(Sat)]
山岳少数民族カレン族の村、タイ北部 チェンマイ県オムコイ郡 ファイコン小学校が完成、開校式が2009/12/15行われました。

ファイコン小は、「アジアの子どもたちに学校をつくる議員の会」様による学校建設プロジェクトが入り、それがきっかけとなり政府による中学校建設支援も決まりました。建設会社も行きたがらないほど山奥で、悪い道路状況でしたが、これらPJにより細い急坂など特に悪い部分が、部分的であっても舗装され、改善されていました。

ファイコン小学校 / Huay(小川) Kong(カーブしている) 

夕礼の様子
後ろ側の建物が、寮


・生徒数  398人  寮生 270人+30人(教会の寮) 
・先生の数 14人+用務員+校長先生 >2010年度に先生が2人増え、16人+用務員+校長先生となる予定。
・教会の寮は、運営費不足から教会で運営できなくなり、30人ぐらいだけが生活している。
そのため、学校寮に子どもが増えており、女子寮では、横向きに寝なければならないくらい混みあっている。(特に一番端の女子寮が混んでいる)
各寮に40人以上の子どもがおり、小さい子供の寮は50人近いところもある。
・中学校1年生も増えている。
・2010年度の入学希望者は、周辺6か村から90人。
(生徒の募集は40人までにする予定だが、希望が出た場合は受け入れざるを得ない。ファイコンに来れば、中学校まで進学できるので、ドンドン希望者が増えている。)


寮を視察される一行

北部にあり、なおかつ山の上にあるため乾季の夜はとても寒くなります。
当該地は冷害(凍死者もでるほど)もありますが、
こんなマットで寝ている子どもも・・・


政府からの支援は、体操服やスカウトの制服など使途が決まっているため、いくら緊急度が高くても、マットや毛布用に流用することはできないとのこと。(校長先生談)

その現状を見て、

「ぜひ、今すぐマットレスを支援してください」と、
安倍会長からその場で追加ご支援を頂戴しました。



ご支援、ありがとうございます!!



ナンプア小学校での交流授業[2009年10月09日(Fri)]
翌日は交流授業を行った。7時過ぎには登校してくる子ども達は、幼稚舎の中のテントで寝ていた私たちに興味津々。

8時過ぎからは校舎前の校庭で鶏が駆け回る中、朝礼が始まった。先生抜きでほとんど子ども達が進行するようだ。前に数人の子ども達が並んで順番に拡声器を使ってなにやら唱え、それを生徒全員が後から繰り返していた。幼稚園の子どもは途中しゃがみこんでしまったりしていたが、それを見守る先生は昨晩のきさくな若者とはまた違った先生の表情だった。



その後は一段下にあるグランドで交流授業開始。まず昨晩先生からリクエストされたドラえもんの歌を歌ってみる。が、無反応。そうだ、この子達テレビは見ていないんだ。気を取り直して、タイでもお馴染みの「幸せなら手を叩こう」を歌った。子ども達もタイ語で参加してくれて、まずまず成功だった。その後は日本という国がどっちの方向にどれくらい離れたところにあるのかを説明。みんな私の大袈裟な飛行機ジェスチャーに大爆笑だった。やはり笑いは万国共通。

教室では、日本の文化やフレンドシップ校の辰水小学校の紹介をし、習字体験をした。子ども達は墨と筆を使って、半紙に自分の名前をカタカナで元気に書いてくれた。絵の具を使い慣れているためか、なかなかの筆遣いだ。カタカナの作品はそのままプレゼントし、次にタイ語で自分の名前を書いてもらった。これは日本の子どもへのお土産。


上手に書けました◎


ナンプア小学校の子ども達からはお返しに、学校ではやっている遊びを教えてもらった。小石を5こほど使って、ひとつ放り投げている間に他の小石を拾い上げたり、全部を宙に投げて手の甲でキャッチし、またそれを投げて今度は手のひらで受けたりする。手馴れた様子で次々と技を披露してくれた女の子は将来お医者さんになりたいというカーンちゃん。



みんなの一番好きな遊びは縄跳びということで、再び下のグラウンドへ行き大縄をした。縄といっても何かのつるで一本で10メートルほどもあり、何回地を打っても足が引っかかっても大丈夫。その横で男の子たちはセパタクロウを披露してくれた。遊ぶときには全力で遊ぶ。日本から遠く離れたタイの山あいのこの学校でも、子どもの笑顔はやっぱり同じだった。





あっという間に時間が過ぎ、帰る時間になった。廊下にずらりと並んで「ありがとう」と日本語で言ってくれた子ども達を前になんだか涙がでそうだった。たった1日でも実際に現地で一緒に過ごせたことで、彼らのことをより身近に感じられるようになり、本当に貴重な経験となった。今回のスタディーツアーのような体験を今後も多くの先生方を対象に続けられれば素晴らしいと思う。そして、私も今回の経験を活かして、今後もより伝わる交流について考えてゆきたい。

文:吉田さくら