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ご支援ありがとうございます〜剱持様(夢の貯金箱をつうじて)〜[2012年02月03日(Fri)]
ベトナム中部高原コントゥム省にあるゴックトゥ地区。112世帯が生活するこの村で人々は主に農業(米、とうもとこし、キャッサバ)で生計をたてています。

この村にあるゴックトゥ小学校ダクトン分校は、2008年に日本財団様ご支援により3教室の校舎が建設されました。現在93名の子どもたちが5名の先生方と学校生活を送っていますが、教室数が足りずに、校舎脇に仮説の小さな小屋を建てて、そこでも児童が学んでいる状態です。


<左:仮設校舎、右:2008日本財団様ご支援の校舎>


そのゴックトゥ小学校ダクトン分校へ、剱持様が新校舎建設のご支援をしてくださることになりました(日本財団夢の貯金箱様経由)。剱持様は長年日本財団の会計監事を任されていらっしゃいます。過去には政府系の支援に関わっていたこともあり、少ない金額でも有効な、意義のあるプロジェクトをしたいとの思いから、今回のご支援を決めてくださいました。



左から:日本財団廣瀬様、剱持様ご夫妻、AEFA理事長谷川


新しい校舎ができることにより、近隣の村からこの分校に通う児童が増える見込みです。子どもたちも天候に左右されずに、勉強に専念できるようになります。また、ゴックトゥ地区では他の3つの分校も支援をしているため、地域全体の教育環境の改善が期待されます。


<右側4人がゴックトゥ小学校の先生方>

写真左から3番目の若い男性が、ゴックトゥ小学校の校長先生。ゴックトゥ地区の本校・分校をまとめています。とても熱意があり、日本の学校との交流にも積極的。2008年建設の校舎も子どもたちが毎日掃除をし、とてもきれいに使われています。


ゴックトゥ小学校の教室の壁に飾られている日本の子どもからの交流作品
今後の交流も楽しみですドキドキ小




ゴックトゥ村のおかあさんとこどもたち笑い


剱持様、あたたかいご支援ありがとうございますキラキラ
建設の経過などまたご報告いたします!
ありがとう!ベトナムの子どもたち!〜福島県飯舘村より〜[2011年11月02日(Wed)]
東日本大震災に寄せて、朝ごはんやおやつを我慢して募金活動をしてくれたベトナム・フートュー小学校の子どもたち

その想いは多くの人の手をリレーし、5月に福島県や飯舘村の子どもたちに届けられました

その飯舘村から、ベトナムの子どもたちへメッセージが送られました。



ベトナムフートュー小学校の先生&こどもたちへ
福島県飯舘村より感謝をこめて

シンチャオ(こんにちは)
 
みなさまからの心あたたまる募金、心より感謝いたします。
 私たちの飯舘村は、日本におけるもっとも美しい村のひとつでした。 わたしたちは「までい(方言で丁寧な、心をこめて)」の言葉のように生活のペースをスローダウンし丁寧に生きようと提唱してきました。しかしながら、福島第一原発の事故により、住民は他の場所への移動を余儀なくされ不安な日々をすごしています。

 私たちは飯舘が元通りの美しい村に戻ることを切望しています。飯舘をめぐる状況は厳しいですが、人々はまでいな方法でいいたての再建にむけてたゆまぬ努力をしているところです。

 みなさんからの心温まるご支援や同封の子どもの写真は私たちに人間同士のつながりの大切さを再確認させ、仕事を続ける励ましとなりました。いつか何かの機会にみなさんとお会いできることを楽しみにしております。

みなさまのご親切”までい”の気持ちに、心から感謝の意を表しつつ。
ありがとうございました。

飯舘村長 菅野典雄
飯舘村教育委員長 広瀬要
2010年度を終えて〜ベトナムの奨学生たち〜[2011年10月21日(Fri)]
ベトナムでは急激な経済成長がすすみ、ハノイ・ホーチミンなどの都市部では急速に都市化がすすんでいます。その一方で、地方では貧困に苦しみ、日々の食べ物すらままならないい子どもたちがいます。

南部にあるチャビン州タンホア地区とアップラン地区。
タンホアA小学校を建設してくださった銀河ネットワークグループ様は、学校建設だけでなく、その後もベトナムの子どもたちの心に寄り添ってくださっており、タンホア地区の子どもたちの奨学金をご支援下さっています。そのあたたかいお気持ちにより、「学校へ行きたい!」という子どもたちの願いがかなえられています。

将来の夢をかなえるために日々勉強にはげんでいる子どもたちから2010年度の学業を終え報告が届きましたので、ご紹介します。



Nguyen Tan Nam君(5年)

将来の夢:警察官になりたいです

両親と2人の兄弟と小さな荒れた家に住んでいます。両親は稲作農場の雇われ労働者として働いています。一生懸命働いているのですが、1日0.8ドルしか稼げません。たくさんの困難に直面していますが、両親は僕と兄弟に良い教育を受けさせるよう努力しています。勉強を続けることが出来るので、この奨学金での支援をとても嬉しく思っています。両親のためにどんな時も最大の努力をしたいと思います。

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Trang Minh Tien君(6年)

将来の夢:お医者さんになりたいです

僕は2人姉弟で、2人とも学校に通っています。7年前に両親は離婚してそれぞれの家族があるので、お姉ちゃんと僕はおじいちゃんおばあちゃんと一緒に小さな壊れそうな家に住んでいます。おじいちゃんおばあちゃんは農地を持っていますがあまり収入はありません。重労働には歳をとりすぎているのですが、僕達を学校へ通わせ続けるため頑張ってくれています。僕達はおじいちゃんおばあちゃんのことが大好きなので、いつか僕達のことを誇りに思ってもらうためにも学校に通い続けて勉強をしたいと思います。将来は医者になり、おじいちゃんおばあちゃんの面倒を見るため、たくさん稼げるようになりたいです。

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Duong Thi Kieu Trinh (4年生)

将来の夢:先生になりたいです


両親は雇われ労働者として他の人の農場で働いていますが、収入がとても低いです、時には誰からも雇ってもらえず仕事がないときもあります。2人兄弟で2人とも小学生です。学校の授業料は両親にとって本当に負担になっていますが、学校に通い続けさせてくれています。私は2年連続で学校の優秀生になりました。でも将来、私を学校に通わせるお金がなくなってしまうのではないかと心配です。誰かが私の夢が叶うことを支援してくれることを願っています。

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Nguyen Thi Tham (5年生)
将来の夢:先生になりたいです


貧しい家に生まれましたが両親はとても愛してくれていますし、「自分達のように無教育にならないためにも よく勉強するように」と励ましてくれます。だから私は将来良い仕事に就けると思います。これからも学校に通い続けることが出来ればいいと思います。将来は先生になりたいです。
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Dang Minh Truc(8年生)

将来の夢:画家になりたいです

雨が降ると雨漏りするような小さなわらぶき屋根の小屋に住んでいます。お父さんは死んでしまったので、お母さんは家族のため一生懸命働かなくてはなりません。水や電気も通っていないし、家には価値のある物は何もありません。家族の負担を少しでも減らすために家事を手伝ったり、勉強をしっかりする事しか僕に出来ることはありません。

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翻訳ボランティアの吉村さんが寄せてくださったコメント:
私たちが日本に生まれたことは幸せなことかもしれないけど、ベトナムの子どもたちのように「勉強したい!」って あそこまで本気で思う日本人っていないですよね。日本人であることは幸せなことなのか、ただ甘えちゃってるだけなのか・・・翻訳をしながらいろいろと考えさせられました。一人でも多くのベトナムの子供たちが 勉強を続けられることを祈るばかりです。


ベトナムの奨学金に関する翻訳は、ボランティアの箭内さん、熊木さん、吉村さん、神澤さんが手伝ってくださいました。ありがとうございました。
ベトナムの子どもたちの想いに心を寄せて[2011年08月18日(Thu)]

今回の東日本大震災に寄せて、ベトナムの子どもたちが朝ごはんやおやつを我慢して49万2500ドン(約2000円)支援してくれたことは、以前のブログで紹介しました。

その想いを受け取った私たちはどうしようかと悩みました。この心のこもったベトナムドンを両替して寄付するのは簡単です。しかし物価の違う日本では、ほんのわずかな金額になってしまいます。それでは一枚一枚の紙幣に籠められたベトナムの子どもたちの心からの想いを伝えきれるのか・・・と。

「ベトナムの子どもたちの心からの想いに、共感してくださる日本のみなさんからの想い(寄付)をプラスして、集まった全額を福島の被災した子どもたちへの義援金として被災地にお届けできないだろうか・・・」

そんなお話を銀河ネットワーク様にさせていただいたところ、ベトナムの子どもたちの想いに非常に共感してくださり、ご寄付を名乗り出てくださいました。

銀河ネットワーク様は、2008年にベトナム南部チャビン省にあるタンホアA小学校を建設。そして、学校を建設するだけでなく、その後も継続的に奨学金のご支援をしてくださったりと、いつもベトナムの子どもたちの「学びたい」という気持ちに寄り添って心からのご支援をしてくださっています。

◆以下銀河ネットワークグループ様社内報より抜粋◆
「ベトナムの子どもたちの募金を知り、私たちが行っている募金もそこに追加していただくことにしました。日本とベトナムは物価の差が大きく、ベトナムの子どもたちの募金(49万2500ドン)は日本円に換算すると2000円ほどになってしまいます。金額の多寡という問題ではなく、ベトナムの子どもたちの思いを、私たちが大きく膨らませるお手伝いをしたい。それが今回の募金提供にこめた私たちの気持ちです。」




AEFAでは秋ぐらいに福島県で出前授業を行いたいと思っており、現在調整をしているところです。頂いたご寄付は、ベトナムの子どもたちの想いとともにその時に被災地の子どもたちに届けたいと考えています。

銀河ネットワーク様、心からの支援をありがとうございますキラキラ

中部高原のハンセン病[2011年06月21日(Tue)]
今日は、ベトナム中部高原のジャライ省で、医療支援をしている山口神父様のお話を聞く機会がありました。
神父様はシャルトル聖パウロ修道会で、日本からハンセン病の薬を届ける活動をされています。

私も中部高原のコントゥム省、ダックラック省の学校をまわる中、フランス、ドイツの支援でできたハンセン病のコロニーをいくつか訪れたことがあります。AEFAで建設したティントゥオン小学校(2007年建設・ダックラック省)は、ハンセン病コロニー内にある学校です。


夕方のミサに出かけるコロニーの人々

ハンセン病はベトナムでは1995年に撲滅しているとされていますが、自己申告であるため、申告できず、まだ今でも新しい患者さんが見つかっています。
中部高原の山岳の少数民族が住む地域では、現在でも薬がない、お医者さんもいない、65km四方に看護婦さんの資格をもったマスール(シスター)が1人いるだけという患者にとっては治療もままならない厳しい状況です。

『ベトナムでもハンセン病患者の置かれている状況はかつての日本と同じでした。罹患が分かると村を追われ、孤独のうちに腐乱していく己の身体を見つめながら、ただ死を待つのみです。
 日本と状況が若干異なるのは、社会的少数者であるマイノリティの民族がハンセン病にかかった場合、外部との接触を一切断たれ、文字通り「ハンセン病村落」として孤立させられてしまう点です。』ベトナム・ハンセン病患者との交流プロジェクト事務局のHPより

プレイクの近郊のジャライ族の村では、1つの村に2,3人のハンセン病患者がいます。
村の人が患者さんにお米を分けているとのことですが、指もない人がお米を炊くことができるでしょうか?どうやってお料理をすることができますか?
1日3食も食べられるわけではありません。
ハンセン病の人が畑で働けたとしても、手足が罹患している場合には、健康な体ではないので沢山の野菜を作れる訳ではありません。そしてハンセン病の人が作ったものだからと言って、買ってもらえないという現実もあります。

ティントゥオン小学校では、ようやく近隣の村人の偏見も緩和され、コロニー外からの生徒も増えてきています。



コロニーの中にできた新しい教室で学ぶ子どもたち ティントゥオン小学校

募金箱の中には・・・[2011年05月31日(Tue)]
フートューC小学校の開校式で手渡された募金箱。

募金箱の中にはくしゃくしゃに折られたベトナムドンがたくさん入っていました。
よく見ると500ドン札(約2円)や、1000ドン札(約4円)がほとんどです。ベトナムの子どもたちが貧しい暮らしの中でも、自分たちのお小遣いの中から気持ちをこめて募金してくれたことがよくわかります。



数えてみると募金箱の中には49万2500ベトナムドンが・・・。
一人1000ドン募金してくれたとしても、500人近くが募金に参加してくれたことになります。日本円にすると1970円位ですが、貧しい暮らしをしているベトナムの子どもたちにとっては大金です。子どもたちの想いの強さに胸が熱くなりました。


<フートュー小学校の子どもからの手紙抜粋>
2011年4月に、私達の校長先生は、日本の学生を助けるために募金するよう皆に呼び掛けました。 多くのベトナムの子どもたちがお小遣いからお金を募金しました。 募金するお金がなかった人は、非常に悲しく、落ち込みました。 何人かの小学一年生は500ベトナムドン(日本円で約2円)を募金しました。みんな日本のために募金することができて幸せに思いました。私たちは この金額がそれほど多くないのを知っています。でも私たちの思いが日本のみなさん、そして子どもたちに届くことを祈っています。


熱血先生再び!〜グエンフーカン小学校プレィオノール分校〜[2011年05月27日(Fri)]
ちょうど一年前のブログで紹介したベトナムの熱血教師フエ先生とコバン先生
今回もその熱血先生達に会いに行ってきました。



<コバン先生のクラス>

私たちが教室の中にお邪魔すると、みんなで起立。礼儀正しく挨拶をしてくれました。コバン先生が何か質問をすると、その子はスクッと立ち上がり「はい、先生!私は○○だと思います」ときちんと答えています。



<今回も教室の外できちんと揃えられているサンダル>
コバン先生の指導が行きわたっています。



グエンフーカン小学校本校の校長先生であるフエ先生
ベトナム語で歌を歌ってくださいました。
なんだか馴染みのあるメロディー。日本では、
「ぐーちょきぱーで、ぐーちょきぱーで なに作ろう〜 なに作ろう〜♪」
という手遊びの歌になっています。
早速手遊びつきで日本語の歌詞で歌ってあげたところ、
「日本語で覚えたいから歌詞を書いて!」とフエ先生。
ローマ字で歌詞を書いてあげました。



<早速練習するフエ先生>

慣れない日本語ながら、ローマ字を追って一生懸命歌ってみています。
新しい事にすぐに挑戦するフエ先生。
まさに熱血です。

フエ先生は片言の英語が話せます。
単語と単語をつなぎ合わせるような本当に片言の英語なので、普通の人なら「話せません」と言ってしまうかもしれません。でもフエ先生は片言の英語を使って、一生懸命私たちとコミュニケーションをとろうとするのです。決してあきらめずに、果敢に挑戦。そして豪快に「ガハハハ」と笑いとばす。その前向きな姿勢がとても印象的でした。

こんな熱血先生たちに教えてもらっている子どもたち。
やっぱりこどもたちの笑顔もキラキラでしたキラキラ

アジアの子どもたちに学校をつくる議員の会総会[2011年05月24日(Tue)]
アジアの子どもたちに学校をつくる議員の会の総会に出席し、ご支援いただいているフートューC小学校開校式の報告をしてまいりました。

今回の開校式は、東日本大震災の対応で議員の方々はご出席できなかったのですが、冒頭安倍晋三会長がご挨拶で、
「海外に学校を作るという取り組みを今後も続けていきたい。今回の震災に際しても今までつながりのあった国々から多くのご支援をいただき大変感謝している」とおっしゃられていました。

以前ブログでもご紹介いたしましたが、今回議員の会のみなさまがご支援してくださったフートューC小学校でも、「私たちの学校をご支援してくださった日本の方々のために何かしたい」と子どもたちが募金活動をしてくれました。

”お互いを思う気持ちがつながっている”

そう感じます。


総会で開校式の報告をする理事長 谷川



先日のブログで紹介した友情の鯉のぼり
議員の会の先生方にも、メッセージを寄せていただきました。



<安倍晋三会長>
「夢を忘れずに」



<遠藤利明議員>



<中山恭子議員>


他にもご出席くださった議員の皆様が、メッセージを寄せてくださいました。


多くの方の思いをのせて・・・
明日、飯舘村に届けたいと思います。
「議員の会」の皆様のご支援によりフートューC小学校が開校しました![2011年05月13日(Fri)]
2011年4月29日、「アジアの子供たちに学校をつくる議員の会」様の第10校目のともだち小学校「フートューC小学校(ベトナム南部チャビン省ティウカン郡)」で開校式が行われました。AEFAとしてご一緒させていただくのは2009年のファイコン小学校に引き続き2校目です。

はりも朽ち、窓も壊れ、柱もひびが入り割れ、トイレもなく、衛生状態も良くない状態だった学校が、明るく風通しのよい瓦屋根の素敵な学校に生まれ変わりました!これまでは2教室しかなかったため、上級生は6km離れた本校に通わなければなりませんでした。新しい校舎ができたおかげで、教室不足も解消され、全学年の授業が全日制で行えるようになりました。教員室もでき、教育の質も高められることも期待されます。

<明るい色の素敵な学校ができました!>



子どもたちも開校式を心待ちにしており、今か今かとゲストの到着を待っています。

当初議員の会所属の国会議員の皆様方がご出席くださる予定でしたが、大震災の対応でご参加が難しく、遠藤利明議員の秘書武田様、議員の会事務局の高橋様が代理でご出席くださいました。武田様より安倍晋三代表の祝辞を代読頂きました。


<「ともだち小学校」のスクールプレート贈呈>

スクールプレート以外にも、こどもたちへの奨学金、綱引きの綱、ボールペンなどを贈呈していただきました。


開校式の後は、AEFA建設の近隣4校(フートューC、フートューA、タンホアA、フーカンB)の子どもたちによるスポーツ大会!議員の会の皆様から贈呈していただいた綱引きを早速みんなで楽しみました!

日本人もベトナム人も、大人も子どもも入り混じってみんなで大はしゃぎです。




最後に新しい校舎をバックにみんなで記念撮影。
新しい校舎ができて、嬉しそうな子どもたちの笑顔がとても心に残る一日でした。


アジアの子供たちに学校をつくる議員の会 のみなさま
ご支援ありがとうございました!
ベトナム南部チャビン省 フートューC小学校開校式 児童代表スピーチ[2011年05月05日(Thu)]
2011年4月29日ベトナム南部チャビン省にてフートューC小学校の開校式が行われました。フートューC小学校はアジアの子供達に学校をつくる議員の会のみなさまにご支援をいただいております。

祝辞や子どもたちからの歌の披露にひきつづき、児童代表の子が一生懸命スピーチを読みあげていました。



フートューC小学校開校式 児童代表スピーチ

みなさんこんにちは。
このようなすばらしい学校で勉強することができとても嬉しいです。日本のみなさんありがとうございます。みなさんの気持ちを裏切らないようがんばって勉強します。

2011年3月の半ば、日本の東北地方のみなさんが地震と津波の被害にあったことをテレビで知りました。被災地のみなさんに心よりお見舞いを申し上げます。

校長先生の呼びかけで、私たちは一生懸命被災地の生徒への支援募金に参加しました。朝食を抜いたり、休み時間に食べるお菓子を我慢して、私たちは被災地のみなさんのためにお金を集めました。学校の生徒を代表し、みなさんの悲しみを分かち、皆さんが一日も早く学校に行けるように願っています。

テレビで日本の被災地の様子をニュースで見て、多くのことを学びました。それは規律正しさ、困難に打ち勝つ精神、優しさ、自己犠牲です。9歳の生徒がこのような大変な時にとった行動は、私たちが立派な大人になるための教訓になりました。

彼は地震の時に体育の時間で校庭にいたそうです。子供たちは先生の誘導で3階のバルコニーに避難しました。彼のお父さんは近くで仕事をしていたので、学校に車で迎えにやってきたそうです。その時津波におそわれて、彼は眼下でお父さんの車が津波に飲み込まれていくのを目撃してしまいました。

知り合いの人がかわいそうに思って、その9歳の子に食べ物の袋をあげました。その子は小さい袋を受け取り、その袋を「食料配給箱」の中にいれて、自分はまた食糧配給を待つ人の列に戻ったそうです。小さい袋を渡した知り合いの人が「せっかくあげたのに、どうして食糧配給箱にいれたの?」と聞いたら、「自分よりもっとお腹がすいている人がいるから、平等にわけてもらえるように(食糧配給箱の中にいれた)」と答えたそうです。

その話を聞いて、私はとても感動しました。9歳、小学校3年生という男の子が最も困難なときに人として立派なことをするということを私たちにおしえてくれました。私にとって自己犠牲の精神という、とても感動的な教訓です。9歳の子が「忍耐」や「人のために犠牲になること」を受け入れる、そのような民族は偉大なる民族に違いありません。この募金箱を先生達に託して日本の被災地の皆さんに送りたいと思います。

ご来賓のみなさま、先生方、そして生徒のみなさんの健康をお祈りしています。

児童代表 5年1組 Le Thi Buu Tien




一生懸命スピーチを読み上げる児童代表。
募金箱、募金の様子の絵、写真を受け取りました




鉛筆で描かれた募金の様子の絵。
左側に募金の様子が、右側に地震と津波の様子が丁寧に描かれています。
メッセージとともに、募金に参加したみんなからのサインが寄せられていました。



「自分たちの学校を支援してくださった日本の危機に対して、何か行動をしたい!」
決して裕福ではないこの地域の子どもたちが日本のためを思い、一生懸命行動してくれました。子どもたちの優しい想いにあふれたこの募金、ベトナムの子どもたちの想いをのせて被災地にお届けしたいと思います。