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AEFA理念を支える三本の柱[2011年11月04日(Fri)]

***AEFA理念を支える三本の柱***

AEFA理念図を見ていただきたい。この図には書き込んでないが、三階建て理念を支える三本の柱がある。Passion・Action・Donationである。



@Passion=勉強したい、教えたい、読み書きができる子供なって欲しいという生徒・先生・親たちの情熱であり夢と希望という柱である。そしてそのための学校を建設したいという我々NGOや支援者の熱意=Strong Willでもある。世界はつながっているのだという認識のもと、世界の仲間を助けたいという情熱である。

AAction=関係者すべてが自ら汗を流す覚悟と行動である。議論するだけや情熱だけでは世界は動かない。自らが行動を起こすことである。それぞれの立場で自分ができることを行動に移すのだ。

Bそして、第三の柱Donation=支援金が加わる。資金がなくては何もできない。広く日本国内の寄付者の気持ちを汲み上げ、夢を実現する。戦後、日本は復興のため長期に亘り多大な支援を海外からいただいた。今度は我々が支援するときが来たのだ。

C更にこの建物には4つ目の大切な要素Communicationという屋根が掛かっている。みんなの気持ちがひとつになるにはコミュニケーションが必要、心が通じ合うことが必要である。心が通じ合うことでプロジェクトは半ば達成できたも同然だ。困難は必ず克服できる。


日本財団の支援で創設されたAEFAは第二の創業=理念の進化を目指している。進化とは深化でもある。3つの柱は大きく太くなり、輝きを増す。それぞれが進化するのである。それがAEFA第二の創業の中身であり目差すところであろう。4つの要素が、我々の中で次のように進化するのである。



@情熱は一層の広がりと深まりを増しMission=使命感へ発展する。世界は人間の相互信頼を基礎に前向きに活動すれば平和になる。それぞれが自分の持ち場で全力を尽くす。淡い夢を追うのではなく、志を持つようになる。

A行動はDevotion=献身的活動へと発展する。関係者の心の中で活動の喜びが一層深まり、活動の自覚が自己有用感を高め、より積極的行動・献身的活動へと進化する。

B単なる資金寄附を超えてParticipation=事業の共同推進者としての参加意識を促す。受益者と支援者がお互いの顔が見える関係で結びつき、プロジェクト推進者としての自覚も生まれる。

Cそうした進化を経て、屋根部分は単なるコミュニケーションではなく、理解と思いやりの心=Understandingへと深まる。
こうなると、AEFA事業も本物だ。

学校は、Community=地域社会という土地の上に建てられている。この土地の地盤がしっかりしていないといけない。地域とスクラムを組んだ共同作業である。学校建設事業という枠を超えて、村人が助け合い、村の発展に協力し合う。村自体が自立しないといけない。私たちAEFAが目指すものはこうしたことである。これらが達成できれば、学校はSelf-sustainable School となり、CommunityはStrong and Independent Communityとなる。AEFAが目指すものはこれである。この目標に向かって一層の努力を続けたいものである。
短歌・俳句の交流〜飯舘村と細田中の絆[2011年07月29日(Fri)]

短歌・俳句の交流〜理事長の独り言

7月6日、川俣高校に避難中の、飯舘中学校を訪問した。

高校の看板から少し離れて遠慮がちに、小さな字で「飯舘中学」と手書きで書いた板が張られていた。その矢印に沿っていくと、高校の校舎の一つに中学校への直接の入り口があり、そこがもう教室を転用した教員室となっている。
その部屋をパーティションで仕切ったところが、「保健室」と「会議室」になっていた。
会議室といってもテーブル1つと椅子が4つのみ。。。
この会議室で、遠藤校長と教頭にお会いした。
 持参した「短歌・俳句」を手渡しながら、背景説明を行う。遠藤校長と教頭先生は、本件の意義と子供たちの心を実に的確に理解しておられ、本当にありがたいと思った。
心からの御礼を申し上げた。

 早速、生徒会長を呼んで贈呈式をセットしてくださった。


そしてすぐに、国語科担当の中塚教諭と打合せ。
なんと、その日の午後の国語の授業で俳句指導をしてみたいと言ってくださった。
信じられないくらいの厚意である。

 被災した子供たちは、こうした素晴しい先生たちに支えられているのだと本当に心強く思うとともに、心が揺さぶられる感動を覚えた。
私は改めて「自分たちに出来る支援をとにかくやろう」と決意した。

 国語の授業として本件のような俳句や短歌の制作指導には、古典的な短歌からでは学べないものがあるだろうとのことだ。言葉遣いの技巧を学ぶのではない、短歌・俳句に如何に自然に自分の気持ちを込めるか、表現するか。本当に難しい指導であろうと、中塚先生は言われるのである。
その通りであろう。そうした苦労を経て出来上がってくる「返歌」を是非とも、細田中学にお返ししたいものである。

中塚先生には、次のようなAEFAとしての抱負もお話した。
@今回持参した「色紙短冊」に生徒たちが自筆で返歌を書いてもらう。
私たちは、それらを一度細田中学の生徒たちに手渡した後、11月に予定している「ラオスのドンニャイ中学校の開校式」で、竹飾りに短冊として下げて、皆でお祝いしたい。
A又、本日持参した絵葉書に「飯舘村に義捐金を援助してくださった人たち」にお礼のことはを書いて出すというのはどうだろうか。
Bそうした二つの手法で、お礼の心を伝える飯舘中学校の生徒たちの姿を、全国向けに発信したい。励ましを受けた生徒たちが具体的行動で「感謝の気持ち」を伝える。その大切さを知らせたい。全国から色んな支援の手が差し延べられているが、本件は、支援者・受益者双方の顔が分り、気持ちが分る関係を構築した実例となるだろう。

「ハガキのちから」プロジェクトより届けられた、絵葉書もお渡ししました


以上のような活動を通じて、AEFAとしては今後も、被災した子供たちのために出来ることをしていきたいと思っている。又、飯舘村のみならず今後は、浜通りの被災した学校も訪問して、「励ましの出前授業」をしたいものである。幸いなことに福島県教育委員会からそうした出前授業の「後援」を頂くことが出来た。
有難いことである。


文責/谷川洋
<AEFAの新理念>〜理事長の独り言[2011年07月14日(Thu)]
<AEFAの新理念>

 AEFAの学校の創り方・・・三層理念に加えて、日本の子供たちの徳育を推進したい。
 1つには、岩手・宮城・福島の被災地の学校との交流を推進してみたい。
学校がないアジアの子供たちとの交流に新分野を開拓しよう。非常に手間隙は掛かるだろうが挑戦するだけの価値ある課題だろう。具体的なメニュー作りが必要だ。ボランティアを募って交流推進する。
 大学生たちに、交流の手伝いを依頼をする。何処の学校と交流すれば意味があるのか。夏休みに出来ることは何か。ラオスの子供たちとの心の交流を通じて、元気になってもらう。逞しくなってもらう。人間にとって一番大事なものが何であるのかを考えてもらう。そうした交流メニューを作りたい。
 今一つは3校交流である。ラオス・東北の被災校・東京の学校とのトライアングル交流。子供たちに考える機会・課題が生じる。例えば、夏休みにPTAと一緒に被災地を訪れる。みんなで考えるチャンス。ラオス・ベトナムに感謝の言葉を伝える方法をみんなで考える。
 おこづかいやおやつを我慢して募金を集めてくれた、ベトナム・HieuTuC小学校に日本の子供たちからの感謝の気持ちをどう伝えるか。ボールはこちらに投げかけられたままである。投げ返す責任がある。


(文責:谷川洋)
今年も後半がはじまります〜理事長の独り言[2011年07月13日(Wed)]
 
1年の折り返し地点をすぎて・・・・ 「理事長の独り言」

今年の目標は「自分を磨く」である。
四六時中、己を磨き上げる努力を怠らないこと。本を読み、心を磨き、人間を創り上げる。
立ち居振る舞いに品格を滲ませる努力をする。己を磨き上げる努力。
「老にして学べば、死して朽ちず」この意気で頑張りたい。

 これまでの67年間とは違った意味で生きる。世のため人のためという外面的理由付けは不必要だ。天のため、天を己に取り込むためと自覚する。ここ数日間に読んだ本が私を新しく目覚めさせてくれた。これも天の導きであろう。心むなしくして生きる。何という清々しさであろうか。一切の欲を捨て去れる時がきたように感じる。有難いことだ。

(文責:谷川洋)

<一隅を照らす> 〜 理事長の独り言[2011年07月13日(Wed)]
<一隅を照らす>

 さて、1年も折り返し地点を過ぎ、後半の仕事。
精神をリフレッシュして、今一度サッパリとした気持ちで取り組もう。
資金が出るから何が何でも建設する・・という姿勢は取らないことだ。本当に納得するまで検討する。現場の状況、皆の意見を確かめながら、着実な仕事にしよう。
10年間で150校建設完了を目標にする。逆に言うなら、それ以上にはしないこと。2011年で122校、2012年15校、2013年15校で152校になる。完成ベースで2013年12月13日の数字にしたい。
 一方、日本の教育に対する貢献。これこそが自分のライフワーク。何が出来るのか。
AEFA教材・・熱血校長との対談集。AEFA活動記録。AEFA物語。こぼれ話。ちょっといい話。心に残るエピソード集。何とか作ってみよう。時間を見ながら書き溜めよう。

 2011年のAEFAのあり方を再検討し、必要な調整をする。ベトナム15校。ラオス5校。今年はこれ以上は建設しない。支援者が出てきた場合は来年に繰り越す。タンホアBは12月以後とする。たとえ着工しても2012年度建設扱いにする工夫をする。
 そして、全体の締め直しだ。
理念と夢が先行しすぎているところあり。今年は足踏み・踊り場と言っていたのに、結局走ってしまっている。大いに反省する。 
 私の一隅は何かを、しっかりと認識して生きよ。身の丈を自覚して動け。私の中に燃える火を持て。決して絶やすな。たとえ小さい一隅でも良い。とにかく照らし続けよう。
今やっていることに天命を自覚できた幸せ。有難いことである。この幸せに報いる努力を怠るなかれ。日々の努力を誓う。

(文責:谷川洋)
<志学・而立・不惑・知命・耳順・従心> 〜理事長の独り言[2011年07月13日(Wed)]
<志学・而立・不惑・知命・耳順・従心>

 私は67歳にして「天命を知る」と言うことだろう。遅すぎることはない。
而立と不惑と知命が一時に来たと言うことである。耳順はどうか。これには時間がかかるだろう。


<一隅を照らす> 

 私にとって一隅とは何か。AEFAに関連する全てだ。教育に係る大きな仕事でもある。決して一隅ではない。でも本日唯今の私の活動世界は小さい一隅だ。今日出来ることをする。今を生きる。それこそが人生の生き方の真髄だ。今日死んでも悔いが残らないように、今日を生きる。これしかない。先人たちもこの境地に立てた人が哲人・君子・偉人・大人になっている。
私も、せめて心構えだけは大人になりたい。

(文責:谷川洋)
親の愛情ほど・・・いわき市山崎実さんの誕生日に寄せて〜理事長の独り言[2011年03月09日(Wed)]
親の愛情ほど「純粋で無限で無私で永遠なものはない」、と改めて思い知らされました。

 いわき市の山崎登喜さんが、息子さんの「実さん」を思う愛情の表現を見て、親が子を思うほど深い愛情は存在しない・・と、改めて感動しています。
 実さんが亡くなって、この夏で2年が経とうとしています。彼の誕生日(3月9日)を記念して、お母さまの登喜さんから毎年ラオスの子供達のために寄附を続けて下さることになりました。

 ラオス僻村では、学校を建設しても、行政から派遣される先生の数が不十分な現実があります。複式学級で教えているところが殆どで、折角学校があっても、先生が足りないために子どもたちが学校に通えないこともあります。
一方、教員資格をとったばかりの若手の先生は、2年間無償で教員を務める(ボランティア先生)と、正式な教員となり行政から給与が支給されます。このような「ボランティア先生」には、自弁で勤めたり村人がお米などを提供して支えていますが、貧困度の高い村では、自分たちが食べるだけでも精一杯という、厳しい現状もあります。このような村では先生方は自活するために畑仕事も忙しく、授業を休まざるをえなくなったりすることもあります。
 AEFAでは、このようなボランティア先生の給与を支援することで、学校が真に学びの場となるよう『先生基金』を立ち上げました。山崎さんは、毎年1人の先生の給与を支援してくださっています。実さんが小学生のときに使われていたリコーダーが贈られた、ラオス・ナトゥール小学校のボランティア先生です。


交流校福島県東舘小宍戸校長先生が持参、贈呈した
鍵盤ハモニカを演奏するヴァイ先生


 実さんは、お母様の心の中で「永遠の灯」を燃やし続けているということです。このような深い愛情を捧げあう親子、今も心が通じ合っているに違いない親子のことを、是非AEFAの仲間の皆さんにもお伝えしたいと思います。
 親子とは、一体です。
人間は天地の恵みの中で生まれ、地に育まれ、天に見守られている。
「孝」とは、「地」たる母、「天」たる父へのご恩返しとも言われます。
 その親に対する孝行を貫き通した実さんへの親心=愛情を、こうした形で継続・実現される山崎登喜さんに心からの感謝と敬意を表します。



ナトゥール小のこどもたち


(谷川)
「ドナーは夢の共同推進者」〜理事長の独り言[2010年10月06日(Wed)]

<理事長の独り言> 〜 10/6早朝に帰国予定です!

 折角、事業をご支援くださるドナー様(ご支援者)が見つかったのに、現地の希望や事情が、間に立つ仲介者の理解不足で十分伝わらず、流れてしまう場合もある。仲介者とは、会社の紹介者である場合、その会社の窓口責任者である場合、など色々であるが。

理解不足とは、例えば
@ 雨季乾季の違いにより、建設着工時期と完成時期が大幅に違うことを理解してもらえない。我々のように現場を何度も経験している人間には分るのだが。
たとえば、ラオスの場合、6・7・8・9月は雨季であるため、山岳地域では一切の工事は出来ない。建設資材を運ぶ大型トラックの通行可能となるのは、むしろ10月も半ば過ぎである。この為、4月に支援者と契約できても、具体的工事は10月となる。9月末にどこまで建設が進行したかと、途中経過の報告を要求されても、どうしようもない。こうした事情を予め知って頂かないと、思わぬ誤解を受けかねないのだ。

A ドナーが建設希望する学校の内容が、国により、地域により、学制により、大きく事情が異なり、影響を受けるため、十分の打合せが必要なのである。例えばラオスやベトナムの小学校は5年制であり、タイでは日本と同じ6年制である。行政の関わり方が著しく違う。ベトナムは行政がしっかりしているが、役人たちのでしゃばり度合いも強い。一方ラオスは行政が弱く、折角学校が出来ても、教師の採用派遣数が不足してAEFAで追加雇い入れをする場合もある。

B 現地の通信手段の未整備のため、質問事項が即時回答できないようなことも多いことを理解してもらえない。山の中での建設事業のため、電話などの通信手段もないところであるから、回答に時間がかかる。

Cドナーとしては、資金支払い時期と建設完成時期のバランス(例えば自社の決算期内に支払いと学校完成を希望する)を気にする場合がある。結果を急ぐ場合もある。そうした場合は、残念ながらお断りすることもある。山奥での学校建設であるため、どうしても時間がかかるのだ。無理をして結果としてドナーの信用を失いたくないためである。
 
 こうした事情を理解してもらう為、AEFAは常にドナーとの直接対話を原則としている。
また、ドナーは事業の「共同推進者」と位置づけ、AEFAと一緒に企画段階から参加してもらっている。AEFAが村の情報などを含めた基本的な企画案を提示して、ドナーの「夢」や「アイディア」企画を追加してもらうようなこともある。例えば、ドナーの名前を冠した「図書室」とか「村人集会ホール」の追加などである。或いは古い校舎を移築・改造して「幼稚園」を建設するとか、校庭の一部に幼稚園児用の遊び場を追加するなどである。

 ドナーのちょっとした「遊び心」や「夢」を追加するのである。

「世界に一つしかない学校」を村人と一緒に建設するのだ。
AEFAは命を持っている〜理事長の独り言[2010年10月05日(Tue)]
 
現在、ベトナム出張中のAEFA理事長より、『理事長の独り言』が届きました!

 「何時の頃からか、AEFAはそれ自体が生命を持っていると感じるようになった。実に逞しい生命力なのだ。これまで何度も困難に遭遇してきた。もう、駄目かなと思ったことも一再ならずある。それが、不思議にもちゃんと解決するのだ。ある種の「時が満ちて」条件が整うのだ。実に不思議である。
 スタッフ不足で仕事が回らなくなる限界に来ると、不思議と人に出会う。支援金が不足すると、不思議と新しいドナーが現れる。新しい理念での活動を目指そうとすると、不思議にアイディアが湧いてくる。ただもう、AEFAが独自の力と生命力で、私たちを働かせているとしか言いようがない。私たちはこのことを自覚している。
 こうしてあっという間に6年間が過ぎ、「100校建設記念誌」を作成する時が来た。不思議なものだ。6年間を振り返ると、そこに存在する数多くの出会いと大きな輪=和の広がりを感じることが出来る。日本の子供たちの「求めている何か」を提供出来ていないもどかしさを覚える一方で、数字の上での実績に驚いている。これではいけないと分りつつも、次の一歩を踏み出せないでいる。
 来年1月、「第二の創業期=新5年間計画の開始」を迎えるに当り、この一年間を転換期の踊り場と位置づけ、残りの4ヶ月を事業見直しをしつつ頑張ろうと思う。そして、AEFAの「新たな生命力」を育み、AEFAに付いていこうと思う。」


100校建設記念誌にかける想い〜理事長の独り言[2010年09月17日(Fri)]

 現在、記念誌の作成作業が佳境に入っている。AEFA6周年記念であると同時に、100校建設の節目を記念する。設立以来、多くの人たちとの出会いの中で進展してきたAEFA事業活動。それらの歴史、出会い、実績、仲間の言葉を記念誌として纏めようというのだ。大変な作業である。

 記念誌の巻頭言を纏めようと、私も苦しんだ。言いたいことがうまく表現できないのだ。言いたいことがあり過ぎる。或いは敢えて言葉にしなくとも皆が分っていることなのだ。そして、結局のところ月並みな感謝の言葉に終始してしまった。人の心を掴むような文章を書くのは難しいものである。

 それでも、AEFAが私を突き動かした。ちゃんとした巻頭言を書くようにと夢にまで出て追い立ててきた。締め切りぎりぎりで完成した文章は果たして皆さんに受け入れられるかどうか。それでも自分の気持ちは何とか表すことが出来たように思う。

 AEFA設立のきっかけと私を突き動かしてきた心の背景。奇跡としか言いようのない、AEFA発展の歴史。そうしたことを書いたが、記念誌は大きな輪=和の広がりをしっかりと記録したものになるだろう。AEFAに関わって下さった皆さんとの思い出の共有のための素晴しい記念誌が出来る。有難いことである。

この記念誌は、編集のプロの田中さんがいなければできなかった。田中さんはボランティアでここ2カ月近く記念誌の編集にかかりっきりで、最近は毎晩3時まで追い込みをかけてくれている。もう土日もなし。将にスーパーマン振りを発揮してくれた。

 このような素晴らしい方がいてくれてこそ、6周年記念誌が生まれることができる。

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