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AEFAアジア教育友好協会はインドシナ半島での学校建設とその建設した学校と日本の学校の国際交流を推進しています。このブログはアジアの子ども、日本の子どもたちのために活動しているAEFAスタッフの活動日誌です。

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ラオス コッマイ小&ピアラー小から作品がとどきました!〜伊東ヌニーさんのご協力で[2012年07月31日(Tue)]
ラオス コッマイ小&ピアラー小から届いた、交流作品リボン

ラオス語から日本語へ、ラオス・ビエンチャン出身の伊東ヌニーさんが翻訳をご協力くださいました。

nuni.JPG
左)AEFA楠山 右)ヌニーさん


ヌニーさん自身、ラオス南部サラワン県の僻村〜AEFAの現場の様子を初めて知り、「ラオスにこんなところがあるんですね・・・」と驚かれていました。
「これからも、できることは、わたしもお手伝いします!」と、ラオスと日本との交流や、作品の翻訳にご協力いただけることになりましたぴかぴか(新しい)

(ヌニーさんは、西原珠四さまの御紹介です。)

沢山の方の手を経て、また御協力をいただいて、交流作品を届けることができます!ぴかぴか(新しい)



コッマイ校 5年生からの作品 〜 品川区立会小学校

畑の世話や鳥の世話などお手伝いの様子や、日本とラオスの国旗を描きました。


「ラオスと日本 たくさん ともだち」

e3.JPG

「コッマイのともだちをわすれないでね。 会いたいです」

e2.JPG

「日本のともだち 立会小学校 こんにちは

井戸で水をくみます。
水を運びます。
畑で水をやります。

ゲウチャンタブリーより」


e1.JPG

e.JPG



ピアラー校 〜 津市高野尾小学校

お花や動物の絵のほかに、メッセージを寄せ書きしました。
先生方からのメッセージも。

philart.JPG


nunisan.JPG
ピアラーの作品を手に ヌニーさん


ピアラー校のガウポーン先生からのお便り

「わたしはガウポーン、23歳です。
みなさま お元気ですか?
わたしは元気です。
日本のみなさまよりお便りをいただき、うれしいです。
それで、お返事を書いています。このようにやりとりができて嬉しいです。
ピアラーでは新しい学校が建てられて、子どもたちが勉強できるようになりましたこと、心からうれしく感謝しています。子どもが勉強できることは、国のためになります。
日本の皆様の健康をお祈りします。どうもありがとうございました。」

teacher.JPG

ガウポーン先生
2011年度から赴任した、新しい先生です。
まだラオス語を書くのもおぼつかない子どもたちを指導し、交流作品を仕上げました!




Posted by aefa at 16:52 | 交流ラオス | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)

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今年2月、サラワン県の教員養成所を訪問させていただく機会がありました。日本の少年自然の家の屋外炊事場よりも劣悪な環境での食事作り、幅90cmのマットレスもない「ござ」だけの敷かれたベッドに二人で寝泊まりする宿泊施設、そうした環境で、故郷の村々の子ども達に教える内容・方法・技術を精一杯学ぶ若い男女の先生方、この教員養成所の環境改善を支援することこそ、東南アジアの一員としての日本の役割ではないかと感じました。心ある先生方と、そんな支援ができたら幸せと思っています。このブログのピアラー小学校のガウボーン先生も、そうした環境で学んできた若き先生なのだと思います。

Posted by:宍戸仙助  at 2012年08月05日(Sun) 20:53