(1/7) 南スーダン便りvol.63〜3枚のビスケット〜 [2015年01月07日(Wed)]
皆様こんにちは。南スーダン難民支援事業担当の前野です。今回は事業から少し離れ、最近あった忘れられない出来事についてご紹介します。
先日、スタッフが体調を崩して病院に入院してしまいました。病院といっても元々この土地にあった施設ではなく、あるNGOがテントとビニールシートを組み合わせて難民キャンプに臨時で開設している施設です。入院している人はそのほとんどが難民キャンプにいる方々で、その症状も栄養失調から重篤な病気まで様々です。テントの中はサウナのような暑さで、扇風機一つでは太刀打ちできません。 私が入院したスタッフのお見舞いに病棟に入った時、彼の横には胃の病気でやせ細っている女性が、その向かいには栄養失調の4歳くらいの子どもが入院していました。栄養失調の子には2人の兄弟がお見舞いに来ていました。3人はとても仲良しで、栄養失調の子は一番年下のようでした。 私は昼食の差し入れとして、入院中のスタッフにご飯やコーラ、水などを持っていきました。朝訪問した時にくらべていくぶん顔色がよく、ご飯も食べてくれたので少し安心しましたが、まだ彼には量が多かったらしく、食べきれずに残してしまいました。残ったご飯を私が持って帰ろうとするとそのスタッフに止められ、他の入院患者にあげたいと言われました。 エチオピアでは一つの皿に料理を盛り付け、それをみんなで手づかみで取って食事するため、病院でも他の入院患者と食事を分け合うことに抵抗がないようでした。隣の女性は嬉しそうにご飯を受け取って食べ始め、目の前にいた子にも渡しました。結局、私が持ってきたものをすべて、そこにいる全員で分け合うことになったのです。 そこで私は、スタッフのために持ってきたビスケットも、みんなに配ることにしました。隣の女性に一枚、向かいの子どもとその兄弟にも一枚ずつ分けると、みんな笑顔で受け取ってくれました。 少し経って、ふと前のベッドにいる子ども達を見ると、さっき私が配ったビスケットを栄養失調の子が全部握りしめていました。2人の兄弟は、私から受け取った食べ物をすべて、入院中の弟に渡していたのです。 ビスケットは嗜好品であり、難民キャンプにいる子どもたちが食べる機会はめったにありません。そんな貴重な物を全て弟にあげ、その子がゆっくり食べるのを嬉しそうに見守っていたのでした。 私はこの光景を見て、何とも言えない気持ちになりました。 自分が彼らの立場だったら、同じことができただろうか。 食べ物が豊富ではない中で、自分に病気の弟がいたら、それを全てあげられるものだろうか。 小さな手に握りしめられた3枚のビスケットが頭から離れなくなってしまいました。両親に褒められるとかそういったことではなく、お兄さん達にとって病気の弟を優先するのが、とても自然な行動のように見えました。 その光景を見ていて、思わず涙が出そうになりました。 「自分が手にしたものは周りの人と分け合う」という行動は、小さな子どもだけではなく、大人も同様です。一緒に働いているスタッフも、1か月分の給与をもらうとすぐに親戚に配ってしまいます。彼らは決して裕福なわけではなく、自分一人が生き抜くことさえ厳しいにも関わらず、決まって誰かと何かを分け合いながら生活しています。 ここでは幼くして亡くなってしまう子どももたくさんいます。毎日、確実にお腹いっぱいになるだけの量の食事が手に入るわけでもなく、生活環境は本当に過酷だと思います。でも同時に、私にはここの人たちの生活がとても豊かに見えるのです。お互いの間に強い絆があり、深い愛がある感じがします。 今回、病棟で見かけた3人の兄弟の3枚のビスケットは、それを象徴しているようでした。「死」というものが身近にあるからこそ、その真逆にある「生」が輝いて見えるのかもしれません。 私は彼らを支援する立場にありますが、彼らの生き方から学ぶことはとても多いです。そんな彼らの近くで働くことができる私は、とても幸せなのだと感じています。 クレ難民キャンプにて、お母さんがいない間の子守りも慣れっこな子ども達 パガック難民流入地点にて、仲良し姉妹 いつも元気で遊び回っている難民キャンプの子ども達 ADRAの帽子を気に入って離さない、オフィスの近くに住む子ども (執筆:南スーダン事業担当 前野裕子) |