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(10/31)【イエメン避難民支援】紛争による深刻な水不足。給水事業を行なっています】 [2016年10月31日(Mon)]
アラビア半島の最南端に位置する国イエメンではこれまでも内戦が続いてきましたが、2015年3月からは周辺国による空爆が始まり、状況が悪化しています。戦乱による死者は6,000人を超え、多くの民間人が犠牲となっています。国民のおよそ10人に1人に当たる、250万人を超える人々が「国内避難民」として厳しい避難生活を続けていて、特にADRA Japanが支援している北部地域では、学校や壊れた公共の建物、空き地などに自力で居住地を設けて生活している人々がいます。多くの公共機関や医療施設は破壊され、人口の8割以上が食糧および水不足に直面し、医療サービスを受けることもできない状況です。


イエメン国内避難民支援_避難生活の様子.jpg


イエメン国内避難民支援_避難生活の様子(キッチン).jpg


ADRA Japanではこのような人道的危機の中、現地支部であるADRA イエメンと協働し、2015年12月よりイエメン北部のアルジャウフ州において国内避難民を主な対象とした食料および衛生用品等の生活物資の配付を行なっています。今回は2016年3月から活動の一つとして加わった給水事業についてご紹介をしたいと思います。


日本では水道の蛇口をひねればすぐに飲める水が出てきますが、降雨量の少ないイエメンでは、深井戸から汲み上げた地下水が頼りです。近年では、給水業者が深井戸からポンプで汲み上げた水を販売し、市民はそれを購入するのが一般的となりました。しかし、長引く戦乱のために石油の輸入が滞り、水を汲み上げるためのポンプの燃料価格も大幅に上昇した結果、水の価格が高くなり、収入のない国内避難民や貧しい住民たちは水を入手することができなくなっています。そのため、飲料に適していない池などの水を利用せざるを得ず、食糧不足と並んで生存に関わる深刻な問題となっています。

そこで、ADRA Japanは5,000ℓの貯水タンクと複数の蛇口からなる簡易給水設備をアルジャウフ州の20か所に設置し、週2回の給水活動を行なっています。また、住民の方も支援を受けるだけでなく、「Water User Committee」(「水利用者管理委員会」)を組織して水の管理などを行ない、積極的に支援活動に携わっています。


イエメン国内避難民支援_給水拠点のタンク設置基礎建設作業.jpg


イエメン国内避難民支援_給水拠点に並ぶ裨益者たち.jpg


イエメン国内避難民支援_給水の順番を待つ兄弟たち.jpg


今回ご紹介した給水事業の他にも、ADRAでは食糧支援事業として2800 世帯へお米や小麦粉、塩、砂糖など約1か月分の食糧の配付を行ないました。また、衛生キット配布事業として、石鹸や下着、ナプキンなどの衛生用品を約1600世帯へ配付しました。

紛争が長引き、人々の生活はますます混迷の度合を増しています。今後もADRA Japanはイエメンの地域住民の方々との信頼関係を維持し、支援活動を行なっていきます。引き続き皆様の温かいご支援・ご理解をよろしくお願いいたします。

(執筆:マーケティング部 百々 久美

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Posted by ADRA Japan at 14:49 | 緊急支援 | この記事のURL
(10/31)【ネパール地震】本来の姿を取り戻せるように「ヘルスポスト」の再建事業を行なっています [2016年10月31日(Mon)]
昨年の2015年4月25日。この日、M 7.8の地震がネパールを襲いました。これにより、多くの家屋が全壊・一部損壊しました。また、医療施設も各地で深刻な被害を受けたと報告されています。このような事態を受け、ADRA Japanは2015年12月より、ネパール中部のカブレ郡において、ADRAネパール支部や現地NGO、建設業者などと協働し、4つの公共医療施設「ヘルスポスト」の再建事業を行なっています。

今回はADRAが行なっている再建への取り組みや、その中で抱えている問題についてご紹介をしたいと思います。ネパールが本来の姿を取り戻せるようにADRAが何を行なっているのか、ご一読いただけると幸いです。

「ヘルスポスト」とは、いわば村の診療所のようなもので、ネパールの公共医療施設です。村の人たちがケガをしたり、体調を崩したりしたときに、最初にアクセスする医療施設として使われています。基本的にネパールでは、1つの村には1つのヘルスポストしかありません。そのため、村における唯一の保健施設として、それぞれのヘルスポストがとても重要な役割を果たしているのです。

ヘルスポストの建設には、日本円で約160万円の費用がかかります。このため、応急処置として村人が敷地内に小屋を作り、活動しているところもあります。

ADRAがヘルスポストの再建事業を行なっている場所は首都カトマンズから東の山間の地域に位置します。村によってはヘルスポストに向かうために山を登ったり降りたりしなければならない場合もあります。また、1〜2時間ほど歩かなければならない場合もあります。


ネパール地震被災者支援_一時的に村人が使用している施設(カブレ郡サルスンカルカ村
一時的に村人が使用している施設(カブレ郡サルスンカルカ村)


ネパール地震被災者支援_保健所の様子_屋根と壁を貼りつけた簡素な建物


ネパール地震被災者支援_保健所の様子_屋根と壁を貼りつけた簡素な建物
屋根と壁を貼りつけた簡素な建物


ネパール地震被災者支援_再建中のヘルスポスト
再建中のヘルスポスト(8月19日訪問時)


また、ADRAではヘルスポストの再建の他、この施設を運営する「保健医療施設管理委員」へのトレーニングも行なっています。管理委員はヘルスポストの運営・維持・管理の他、コミュニティへの保健啓発活動などの役割を担いますが、実は地震が起こる前から機能していない状態にありました。そこで、ADRAは彼らが運営者としての役割を果たすことができるようにトレーニングを実施しています。具体的には、各ヘルスポストで研修を行なった後、それぞれの委員会から年間計画を提出してもらいます。その後、提出された計画に従って活動しているかどうかについて、トレーナーがフォローアップをします。管理委員自身が各施設での問題点を把握し、自らの力で課題を解決できるように支援を行なっています。

一方、この再建事業ではいくつか問題も抱えています。

まず、2015年の12月にはネパールの政府機関として「復興庁」が設置されたのですが、これに伴い復興支援に関わる事業の手続きが以前より複雑になりました。そのため、政府側とのやりとりに多くの時間がかかるようになり、事業の遅れも生じています。

また、4か所のヘルスポストのうち、2か所へは川を渡らなければ行くことができません。雨季に入ると一度の雨ですぐに川の水が溢れ、渡れなくなってしまいまいます。特に今年は雨季が長引いた影響で川を渡ることができず、ここ1か月ほど、ADRA Nepalのスタッフは現地に入ることができていません。現地にいる管理委員と連絡をとることも難しく、トレーニングのフォローアップがなかなか思うように進まないのが現状です。

このような問題も抱えてはいますが、今回の事業を通して今までになかった医療資機材も導入されるということで、管理委員は喜んでいます。

また、再建後には働く医療従事者の数も増える予定のため、現在簡素なヘルスポストで働くスタッフは、完成を楽しみにしていました。


ネパール地震被災者支援_再建中のヘルスポスト


まだまだ時間はかかりますが、ADRAではネパールが本来の姿を取り戻し、自らの力で穏やかに暮らせるよう、これからも支援を続けていきたいと思います。


(執筆:ライティングボランティア 小野寺るりこ)


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Posted by ADRA Japan at 14:08 | 緊急支援 | この記事のURL
(10/19)【岩手・北海道豪雨】緊急支援 台風10号による被害 [2016年10月19日(Wed)]
8月30日に東北地方に上陸した台風10号は、その後温帯低気圧に変わり、東北・北海道地方に記録的な大雨を降らせ、広範囲に渡って甚大な被害をもたらしました。

岩手県では、12の市町村(盛岡市、宮古市、久慈市、遠野市、釜石市など)に、また北海道では、20の市町村(帯広市、空知郡南富良野町、河西郡芽室町、上川郡新得町、上川郡清水町など)に対して、内閣府が災害救助法適用しました。
(情報元:内閣府 平成28年8月31日時点の発表)

台風10号により被害を受けた地域の中で、とりわけ北海道、岩手の被害状況は、以下のようになっています。

.被害状況jpg

【岩手県釜石市、北海道富良野町の現場へ雑巾を届けました】
ADRA Japanは8月31日に岩手県釜石青年会議所からの依頼を受けて、水害用の雑巾360枚を発送しました。また、9月5日には北海道南富良野町災害ボランティアセンターからの依頼を受け、雑巾1,000枚を発送しました。雑巾は、被災された家屋の清掃などに活用されています。

雑巾を運ぶ様子.jpg
ADRAが支援した雑巾が釜石市橋野地区の泥出し作業現場に運ばれている様子
(写真提供:釜石青年会議所)

家屋の様子.jpg
釜石市橋野地区の泥出し作業が行なわれた家屋の様子
(提供:釜石青年会議所)

泥出し作業の様子.jpg
釜石市橋野地区の被災家屋で泥出し作業が行なわれた様子
(写真提供:釜石青年会議所)

被害状況.jpg
北海道南富良野町の被害状況
(写真提供:JVOAD)

【岩手県宮古市災害ボランティアセンターで泥出し作業を行ないました】
9月20日にADRA JapanスタッフとADRAのコーディネートする大学生ボランティア4人と共に、大きな被害が発生した岩手県宮古市の災害ボランティアセンターへ泥出し作業に向かいました。

当日のセンターには、県外からのボランティア、地元の方、連休を利用して帰省した地元出身者、岩手県内及び近隣地域の大学生など計33人が災害ボランティアとして集まり、活動しました。

災害ボランティアセンターでは集まったボランティアがいくつかのチームに分かれて作業を行ないました。当日私たちのチームでは、2件のニーズに対して作業に入ることができ、午前中は、10軒程の住宅が立ち並ぶ道路の側溝の泥出しを行ない、午後は、被災家屋の庭の泥出しを行ないました。

水害の泥出し作業は体力が必要な作業ですがボランティア同士、無理が出ないように声を掛け合って作業に取り組み、また大学生の若者のパワーは、一緒に作業したボランティアの方々にとても喜ばれました。また、作業中も、泥出しに入った民家の住民の方から「あら、うちの孫と同じくらいね。一生懸命作業してもらってありがとう」と話しかけられ、大学生ボランティアが可愛がられていました。

午後に作業をしたお宅は川の近くに建っているため家に泥水が流れ込み、敷地全体に大量の泥が堆積していました。これまでに複数回のボランティア作業で、広い敷地の門から母屋までの泥かきをして道を確保し、作業のために人が通れるようになっていました。この日は約30人で離れ家の周りの泥を重点的に泥出ししましたが、その後も、離れ家の中の泥出しや、建物内の家具の運び出しなどの作業が必要で、このお宅の復旧にはまだしばらくの時間と人手が必要とされるとのことでした。

学生.jpg
堆積して固くなった分厚い泥の層の泥出しを行なう学生の様子

学生2.jpg
堆積した泥を一生懸命かき出す学生の様子

当日一緒に作業に入ったボランティアスタッフの中には、5年半前の東日本大震災の後も宮古へボランティアにかけつけ、同じお宅の泥出し作業をしたという方もいました。この日の大量に堆積した泥を前に、当時の泥出し作業の様子も振り返りながら、泥かきの作業の目安を他のボランティアスタッフに伝える場面もありました。

この日の災害ボランティアセンターでの作業を終えて、川沿いを通る国道106号線を車で走っていると、川の氾濫で崩落した橋の跡が痛々しく残っている様子が目に入りました。


崩落した橋.jpg
国道106号線沿いの崩落した橋

氾濫の跡.jpg
国道106号線沿いの川には、氾濫した跡が生々しく残っている

瓦礫の跡.jpg
国道106号線左手の川が増水し道路の上まで瓦礫等が流れ込んだ跡が見られる

これから現地の復旧・復興が、一日も早く進みますようにお祈り申し上げますと共に、ADRA Japanでは岩手・北海道豪雨の被災地に必要な支援を届けられるよう引き続き活動をしていきます。今後ともご支援の程よろしくお願い申し上げます。

(執筆:国内事業担当 牟田 麻起子)

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Posted by ADRA Japan at 12:00 | 緊急支援 | この記事のURL
(10/12)【熊本地震】 〜避難所でのサロンと見守り活動〜 [2016年10月12日(Wed)]
ADRA Japanは4月19日から熊本地震で被災された方々への支援を始め、現在も支援活動を継続しています。また、5月13日からは、南阿蘇村に活動の拠点を移し、看護師派遣と移動カフェを実施していました。

その後、7月7日から8月26日まで南阿蘇村に現地駐在スタッフを配置し、南阿蘇村社会福祉協議会(社協)と協働して、(※) 一次避難所、(※) 二次避難所サロンの企画・実施と見守り活動等を行ないました。

長引く避難生活の中、住民の皆さんは発災直後から抱えていたストレスが体調に現れる等、仮の生活で積み重なった疲労を感じていらっしゃいました。サロン活動はそのような状況の中で、住民の方々に飲み物を飲みながらくつろぎ、自由におしゃべりしていただける安らぎの場を提供する事を目的に行ないました。

また、サロン実施の際は、社協職員と協力して避難されている方々からの生活相談等も受け付けられようにしました。

1) 避難所内のスペースで開いた移動カフェ形式のサロン

一次避難所、二次避難所に避難されている方向けに、コーヒーや紅茶を飲みながらリラックスしていただける移動カフェ形式のサロンを開きました。


カフェサロン.jpg
(二次避難所内で行なったカフェサロンの様子)


この日のカフェサロンへは、計35名の方々が、ご夫婦やお友達同士で来られ、ゆっくり飲み物を飲みながら思い思いに話をして行かれました。サロンに来られた方からは、「久しぶりにコーヒーが飲めて嬉しい。飲みたくなったらドリップコーヒーを買ってきて自分で淹れるといいんだけど、今後の事を考えると贅沢はできないと思ってしまう」という声も聞かれました。


社協職員.jpg
(サロンに来られた方からの相談を聞く社協職員の様子)


カフェサロン2.jpg
(仮設住宅の鍵渡し前日に開いたサロンの様子)


避難所の中には、行政区長さんのリーダーシップに支えられて、避難直後から皆で夕食を食べた後に今後の事を毎晩話し合ってきたという所もありました。仮設住宅への引っ越しや入居後の心構え等も皆さんで話し合われていたようでした。この二次避難所でのサロンは皆さん気心が知れて安心した雰囲気があり、笑い声も絶えませんでした。

期間中、合計9カ所の避難所で16回のサロンを行ない、述べ187人の住民の皆さんがサロンへ参加されました。


3)ADRA災害対応バス「ゆあしす号」の移動サロン「ゆあしすカフェ」

避難所内でのサロンスペース確保が難しい場合や希望があった場合等には、避難所の駐車場スペースを利用して、ADRA災害対応バス「ゆあしす号」を使った移動サロン「ゆあしすカフェ」を行ないました。


ゆあしす号.jpg
(ADRA災害対応バス「ゆあしす号」)


ゆあしすカフェ.jpg
(二次避難所の駐車場スペースで開いた「ゆあしすカフェ」に参加された皆さんの様子)


サロンに参加された住民の方々からは、「ここ(二次避難所)にいると部屋に籠りがちだが、やっぱりこうやって人と話せる場は大事」「こういうサロンだったら毎日あってもいい」等の感想が聞かれました。


散歩.jpg
(「ゆあしす号」で散歩に出かけた時の様子)

また、長引く避難所生活の中、特に高齢者の方々から「避難所に来てからは(日課だった)畑仕事もできず、体が弱ってきた」「運動不足になっているので散歩したい」等の声があがったため、「ゆあしす号」で移動し、皆で散歩に出かけた事もありました。参加された方からは、「久しぶりにいい運動になってよかった」「今日はリフレッシュできた、懐かしい場所に来て子どもの頃を思い出した」という声も聞かれました。

避難所でのサロン実施合計16回中、9回を「ゆあしす号」を使用した「ゆあしすサロン」で行ないました。


3)二次避難所での見守り活動

さらに二次避難所において、サロンに参加されなかった方々を含めた全世帯の個室を社協職員と一緒に巡回訪問し、避難されている皆さんの生活状況を確認しながら相談を伺う等の見守り活動を行ないました。

例えば、お部屋を訪問した際に「話し相手がいなくて、さみしい。ずっと部屋に閉じこもっている。」と話された高齢者の方には、次回からサロンのある日は部屋まで声掛けに行き、サロンに参加していただいたり、足が痛くて部屋から出たくないというような場合には、スタッフがお茶を持って部屋へ話しかけに行きました。

また、別の避難所では、「仮設への引っ越し日が決まってほっとする反面、これからの生活が心配。隣の人の苗字だけは聞いているが、知っている人だろうか。」と不安を口にされた方に、仮設住宅の入居後も集会所を使ったサロンや社協職員の戸別訪問が行なわれる予定である事を伝え、ほっとされる場面もありました。

このような活動を通して住民の皆さんの声を伺い、様々な思いに触れさせていただきながら、住民の皆さんが本当に必要とされる支援を届けられるよう、活動を継続して行なっていく予定です。

ADRA Japanでは、現在、仮設住宅の集会所備品の支援を中心に南阿蘇村での活動を続けています。今後とも、皆様のご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

最後に、南阿蘇村の被災された皆さんの生活再建と村の復興が、一日も早く進みますよう、心よりお祈りいたします。


(※)一次避難所… 学校や体育館、地区の集会所等の一般の報道で知られているような避難場所を指します。

(※)二次避難所… 南阿蘇村では、震災後に休業となったホテルや旅館等の宿泊施設が多くあったため(観光地であるという特性による)、それらの施設が二次避難所として活用されました。二次避難所では、住民が世帯毎に、個室に避難される例が多く見られました


(執筆:国内事業担当 牟田 麻起子)


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Posted by ADRA Japan at 12:00 | 緊急支援 | この記事のURL
(9/15)【モンゴル緊急支援】ゾド被災者780世帯に食料配付 [2016年09月15日(Thu)]
2015年から2016年にかけて、モンゴルでゾド(寒雪害)の被害が発生しました。国際機関からは、23万人〜97万人が被災する可能性が指摘されました。この状況を受け、ADRA Japanは緊急支援として食料を780世帯に配付しました。家庭を訪問し食料を配付する中で、モンゴルの遊牧民の方々のたくましさに触れる機会がありましたのでご報告します。

ADRA Japanがゾド被害について調査を行なったところ、遊牧民の方々の食料が不足していることや、牧畜を経営するための資金が不足していること、人々の栄養状態が悪化していること、大雪によって道路が遮断していることなど、ゾドによる切実な被害状況が明らかとなりました。4、5月には、備蓄の食料が底をつき、ゾドによる被害が深刻化することが予想されました。
(ゾドの詳しい説明は「(5/24)【モンゴル緊急支援】モンゴルにおけるゾド被災者支援 」をご覧ください)

そのため、ADRA Japanはこの2か月間の食料不足を補えるように、780世帯に対し、食料を配付しました。食料は一世帯につき、お米(20s)、小麦粉(50s)、油(6ℓ)、砂糖(4s)、塩(1s)、乾麺(20s)、お茶などです。
配付の際には、特に乳幼児や妊婦、高齢者など、ゾドの影響を強く受けやすい人々に支援が届くように配慮しました。

対象世帯の多くは雪によりアクセスが難しい地域に居住しており、食料配付の場所まで物資を取りに来ることができない人々もいました。そのため、郡政府・行政機関との調整を行ない、直接届けに行った家族もありました。そのうちの2家族をご紹介します。


1つ目の家族は、お子さんが村の小学校の寮に入っている家族です。お子さんを学校に迎えにいき、家までの案内を頼みました。「そんなに遠くないから」と出発したのですが、舗装された道路から離れて走ること40分以上、ただひたすら原野しかないところに、その子の家(ゲル)はありました。

この子のお父さんに話を聞くと、この冬のゾドで150頭ほどいた家畜のうち、3分の1にあたる50頭を失ってしまったそうです。大きな被害ではありますが、3分の2は守ることができたことになります。その理由を尋ねたところ、以下のように話してくれました。

「家畜の飼い方は、土地の利用の仕方で変わってきます。私はできるだけ、他の世帯から離れたところを選んで家畜を放すようにしています。だから、私の家畜は比較的多くの草を食べることができました。越冬のための草も多少確保できました。全部の家畜には足りませんでしたが、その草を使って、3分の2の家畜を生き延びさせることができました。」

この家に向かう途中、なぜ誰もいない原野の中に敢えて住むのだろうと疑問に思いましたが、それは家畜に草を与えるためだったのです。大地に生きる知恵を見た気がしました。


モンゴルの家族.jpg
<案内してくれた子と家族の写真>


2つ目の家族は、30qほど原野を走った山奥に住んでいました。家には3歳くらいの子どもがいました。上に 3人の兄弟がいるそうですが、学校に通う都合上、分かれて暮らしているそうです。この家庭では、子どもたちの養育費をねん出するため、羊の毛を紡いだブーツや、家畜の乳を利用したヨーグルトやバター、家畜のフンを乾かした燃料などを手作りしてなどを街に運んで売っているそうです。

身のまわりにある資源を「価値」(貨幣に交換できる商品)に変えていく力、そうした手段を複数持つことの強さを見ました。


羊の毛を紡いだ手作りブーツ.jpg
<人気商品の羊の毛を紡いだ手作りブーツ>


食料の配付を通し、モンゴルの遊牧生活を送る人々の生活の知恵や工夫を知ることができました。
今回の支援を通し、そのたくましい生活を下支えすることができましたことを感謝いたします。

今回、ゾドの被災者支援を行なえましたのも、皆様からのご理解とご支援のおかげです。ご協力ありがとうございました。

今後もADRA Japanをどうぞよろしくお願いします。


(執筆:緊急支援担当 小出一博・インターン 高田莉子)

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Posted by ADRA Japan at 13:00 | 緊急支援 | この記事のURL
(8/5)【熊本地震】 〜南阿蘇村福祉避難所への看護師派遣報告〜 [2016年08月04日(Thu)]
ADRA Japanは、熊本地震発生直後より情報収集と関係機関との連絡調整を開始し、5月9日まで熊本市を拠点にして物資配布や看護師による避難所巡回訪問などの支援活動を行ないました。

5月13日からは、南阿蘇村に活動の拠点を移し、看護師派遣と移動カフェを行なっています。

今回のブログでは、南阿蘇村での福祉避難所の運営支援ついてお伝えします。

阿蘇山ADRAJapan熊本緊急支援_R.jpg
南阿蘇村から阿蘇山を望む


南阿蘇村は、高齢化率35.5%で全国平均よりも高齢者の多い地域です。平時からいくつかの福祉事業所が、高齢者の暮らしを支えるために日々活動をしています。

しかし、今回の地震で福祉事業所の職員自身が被災していたり、通常業務に加えて福祉避難所運営の業務が加わったり、地域の交通網の不通によって通勤に長時間がかかるようになってしまっているなど、施設職員の方々にかかる負担がとても大きくなりました。

このような背景を受け、南阿蘇村では、地域の福祉事業所を中心に支援団体も加わった「みなみ阿蘇福祉救援ボランティアネットワーク(MFN)」が立ち上がりました。

ADRA Japanはこのネットワークに参加し、5月15日に急遽開設されることになった南阿蘇村内の一つの福祉避難所の開設から閉鎖までの運営支援を行ないました。

福祉避難所は、介護の必要な高齢者など、一般の避難所では生活に支障を来す方々のための避難所です。24時間体制で利用者の方々を見守る必要があります。通常は、既存の福祉施設内などに開設されることが多いのですが、南阿蘇村内においてもADRA Japanが関わった福祉避難所だけは単独で開設されることになったため、人員不足などが問題になっていました。

現在の国の制度では、福祉避難所は利用者10人あたり1人スタッフを配属できることになっています。しかし、今回のように既存の施設に併設される福祉避難所ではなく、単独で開設される場合は、1人のスタッフで利用者さん全員を24時間態勢で見守ることは出来ません。

そこで、この福祉避難所の運営支援を行なうためADRA Japanが看護師の夜勤スタッフ2人、医療コーディネーター1人を派遣しました。福祉避難所開設中は、同じ医療コーディネーターを配置することによって、全国から入れ替わりで支援してくださる看護師間の情報共有及び利用者サポートの強化を図りました。


福祉避難所の様子をご紹介します。


<福祉避難所の1日の流れ>
06:30 起床(洗面、デイケアサービスへの身支度など)
07:00 朝食
08:00 夜勤スタッフと日勤スタッフの情報引き継ぎ(利用者の状態や特記事項など)
08:30 デイサービスお見送り/夜勤スタッフ帰宅
□□□□掃除・換気・洗濯の時間
10:00 残っている利用者さんとスタッフでラジオ体操
    理学療法士や日勤スタッフによるプログラム
12:00 昼食・食休み
14:00 TV鑑賞「水戸黄門」
15:00 おやつの時間/デイサービスお迎え/洗濯物とり込み
    自由時間/理学療法士や日勤スタッフによるプログラム
16:30 日勤スタッフと夜勤スタッフの情報引き継ぎ(利用者の状態や特記事項など)
17:00 日勤スタッフ帰宅
18:00 夕食
    自由時間
21:00 消灯
   夜勤スタッフが交代で見守り、トイレ介助など
*お風呂はデイサービスに行った際に入ります。


_ADRA japan熊本緊急支援.jpg
朝と夕方のスタッフ入れ替わりの際は、必ず引き継ぎを行ないます。利用者さんの状態や注意事項などを一人ひとりのことを丁寧に引き継いでいきます。


ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
食事は3食とも利用者さんとスタッフが一緒に食べます。
まるで家族のような団らんタイムでもあります。


ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
お掃除は開設当初は、日勤スタッフがしていましたが、途中から利用者さんがお掃除してくれるようになりました。日々の掃除が利用者さんにとっての楽しみになりました。


将棋ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
利用者さんが好きな将棋のお相手をすることもあります。
利用者さんが強すぎるので勝負にならないときも・・・


体操ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
日中は体操もします。


ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
少しでも楽しい部屋にしたいということで、みんなで「輪飾り」などを作りました。


障害トレーニングADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
介護士さんによる嚥下障害予防トレーニングなどもやりました。


ゆあしす号ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
ADRA災害対応バス「ゆあしす号」に乗って、外出もしました。


タクティールケアADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
タクティールケア(*)専門家によるケアなども行なわれました。

(*)タクティールケアは、スウェーデン発祥のケアで、タクティールとは、ラテン語の「タクティリス(Taktilis)」に由来する言葉で、「触れる」という意味があります。その意味が示すように、手を使って10分間程度、相手の背中や手足を「押す」のではなく、やわらかく包み込むように触れることです。(詳しい説明はコチラ→http://jsci.jp/taktil/


利用者の方々は、ヘルパーさんの業務再開に伴ってご自宅に戻られたり、福祉施設に入られたり、子どもたちのいる家に引っ越したりと、徐々に福祉避難所を出て行かれ、福祉避難所は6月30日に閉鎖されました。


見送りADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
最後に出られた利用者さんをスタッフ全員で見送りました。


集合写真ADRA Japan熊本緊急支援_R.jpg
福祉施設責任者、MFNコーディネーター、ADRAスタッフの集合写真


この福祉避難所の閉鎖にあたり、運営元の福祉施設の責任者から次の様なお言葉を頂きました。

「ADRAは、常駐のコーディネーターを中心に組織として支援してくれたので安心して任せることが出来た。福祉避難所滞在中は利用者の笑顔が増えたし、転倒事故なども起きなかったことに感謝している。また、グリーフケアもしっかりやっていただけたことに感謝している。」


また、福祉避難所開設中に継続して運営支援に入った看護師2人の感想を紹介します。

「今回、ご縁をいただき南阿蘇の福祉避難所で夜勤看護師として関わらせていただきました。福祉避難所の利用者さんは、入れ替わりするスタッフにも慣れないままケアをされる環境や、先の見えない現状への不安の中にいました。

そんな中でも利用者さんたちは、被災していても、他人に思いやりを持って、お互いの個性を受け入れながらいつも笑顔で過ごされました。そして全員最後まで、高温多湿で狭い中でも誰も感染症に罹患せず、転倒もしなかった。利用者さんたちだけでなく、私たちスタッフも、だれも事故なく健康で業務にあたることができました。現地の多職種のスタッフ皆さんの支援の力だと思いました。

現地の方や利用者さんたちの元気で前向きな姿に元気をもらって、南阿蘇を離れたスタッフたちも皆楽しかったと言っていました。そんな充実した南阿蘇生活が恋しいです。
また、普段は看護師として病棟で、業務と時間に追われる日々の中で、人への思いやりを欠いてしまいそうになるけれど、私たちが救われることもあることを改めて教わりました。これからも今回のご縁を大切に、支援できることを続けて行こうと思います。」


(南阿蘇村福祉避難所運営支援 看護師 木村)


「ADRAからの要請は、当初福祉避難所の夜勤看護師でしたが、最終的に医療コーディネーターとして関わることになりました。私自身そもそも介護福祉の現場も初めてで、どう動けば良いかもわからず、福祉避難所を運営する福祉施設の職員さんや他の専門職支援者(ボランティア)の方々に助けられて手探りでのスタートでした。

福祉避難所運営支援で目標としていたことは、利用者さんが転倒などの事故を起こさず、体調の異常などが起きた場合は早めに対処する事。そして、生活の場としてゆっくり過ごすことができ、最後は次の移動先へ無事に送り出す事でした。

約1ヶ月半の間、多くの仲間に助けられ、無事に終えることができたことに、ただただ感謝です。」


(南阿蘇村福祉避難所運営支援 医療コーディネーター 中野)


福祉避難所が閉鎖されるまで、ADRA Japanは合計26人の看護師を派遣しました。利用者の皆さんに、事故なく、笑顔で過ごしていただくことができましたのも、看護師の募集に応じて駆けつけてくださった方や、ADRA Japanの活動をご支援いただいた皆様のおかげと感謝しております。

ADRAは、南阿蘇村での支援を継続しています。

現在は、地元社会福祉協議会や他団体と協力して、二次避難所などでADRA災害対応バス「ゆあしす号」を利用した移動カフェを中心に活動を展開しています。

引き続き皆様のご支援をよろしくお願い致します。


(執筆: 国内事業担当マネージャー 渡辺日出夫


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Posted by ADRA Japan at 11:55 | 緊急支援 | この記事のURL
(7/20)【熊本地震】〜心休まる時間を。ゆあしすカフェの運営〜 [2016年07月20日(Wed)]
ADRA Japanは4月19日から熊本地震で被災された方々への支援を始め、現在も支援活動を継続しています。

前回は、南阿蘇村で行なっている福祉避難所への看護師派遣についてお伝えしました。


今回のブログでは、5月29日、30日の2日間にわたって福祉避難所の方々を対象に行なったカフェ活動についてお伝えします。

ADRA災害対応バス「ゆあしす号」_ADRA Japan熊本地震緊急支援.jpg
(ゆあしす号)

ADRA Japanは4月19日から熊本市を中心に支援物資の配布を行ない、その後、看護師チームを熊本市内の4つの避難所に派遣しました。5月13日からは活動拠点を南阿蘇村に移し、福祉避難所への看護師等の派遣を行なっています。
避難生活が長引くにつれ、避難生活を続けている方にも、その方々をケアする方々にも心身の疲労がたまってきていることが課題となっていました。

そのため、今なお避難所生活を続けている利用者の方々や、震災が起こってからほとんど休みなく働き続けているスタッフの方々、スタッフのお子さんなどにホッとした時間を過ごしていただけるように「ゆあしすカフェ」をオープンしました。

「ゆあしすカフェ」とは、ADRA災害対応バス「ゆあしす号」を用い、温かい飲み物などを提供する活動です。今回は、高齢者福祉施設が集まっている地域で開催しました。

「ゆあしす号」の中でくつろぐ被災者の方々_ADRA Japan熊本地震緊急支援.jpg
(「ゆあしす号」の中でお茶を飲みながら談笑する高齢者福祉施設の利用者さんと介護の方々)

「ゆあしす号」の中でくつろぐADRA Japanスタッフと看護師の方々_ADRA Japan熊本地震緊急支援.jpg
(「ゆあしす号」の中で談笑する、ADRA Japanスタッフと看護師の方々)

「ゆあしすカフェ」を開催した駐車場まで来られない方々には、ポットにコーヒー、紅茶などを入れてお届けしました。

ADRAが支援する副詞避難所_ADRA Japan熊本地震緊急支援.jpg
(ADRAが支援している福祉避難所にて)

2日間開催した「ゆあしすカフェ」には、高齢者福祉施設の利用者さん、スタッフの方々、支援に来られている専門職支援者や子どもたち、約50名の方々にお越しいただきました。

カフェでは、高齢者の方々だけでなく、日頃休む間もなく高齢者の方々にお世話を親身になってされているスタッフの方々がリラックスしている様子を見ることができました。
「久しぶりにちゃんとドリップされたコーヒーを飲んだ」「リラックスできてよかった」などの声が聞かれました。
また、集まった子どもたちが楽しそうに過ごしている様子には、こちらも笑顔をもらいました。

また、カフェ活動を通して、被災された方々の声を直接聞くことができました。
福祉施設を利用している方々やスタッフの方々は、今もなお余震に怯えながら生活していること。その一方で、地元の南阿蘇や熊本を大切に思っていること。リラックスした雰囲気の中だからこそ、お話しいただけたことだったかもしれません。


ADRA Japanは、引き続き、熊本地震で被災された方々への支援を継続していきます。今後とも、皆様の温かいご支援のほど、どうぞよろしくお願い致します。

(執筆: 事業部 インターン 水谷友紀)

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Posted by ADRA Japan at 21:00 | 緊急支援 | この記事のURL
(6/14)【熊本地震】〜避難所への看護師チームの派遣〜 [2016年06月14日(Tue)]
ADRA Japanは、4月19日(火)から被災地熊本での支援活動を開始しました。活動を始めてから約2週間は、熊本市内を中心に、水や食料などの配付を行ないました。(ブログ記事「【熊本地震】〜被災者の方々への物資配付〜」)

物資配付と並行して、避難所などでの調査や、行政や他の支援団体と協議を重ねました。その中で、避難所で暮らす方々の健康管理が大きな課題としてあがりました。そこで、4月23日(土)からは物資支援も行ないながら、協力関係のある病院の医療チームと要請のあった避難所を巡回しました。4月27日(水)からは、専門職ボランティア派遣として、看護師の派遣を始め、5月8日(日)まで毎日、熊本市中央区の4つの避難所に看護師チームを派遣しました。


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(避難所で血圧を測るボランティアの看護師)


看護師チーム派遣では、1日あたり3〜5人の看護師に熊本市中央区内の避難所4カ所を巡回してもらい、避難者の体調変化を聞きながら血圧測定を行ないました。同時に、罹災証明の手続きは済んでいるか、自宅の被災状況や片づけの進み具合はどうかなど、一人ひとりにお話を伺いました。訪問を始めた当初は、避難者と看護師の間に緊張がありましたが、毎日、決まった時間に避難所を訪問することで緊張は少しずつほぐれ、避難者の身体的な変化だけでなく心理的変化に気づけるようになりました。

看護師チームの派遣期間中は毎日、避難所に常駐している行政の避難所担当者や巡回している医療班、また地域包括支援センターと情報共有を行ないました。この情報共有によって、支援を特に必要としている方々(高齢者の方や障がいがある方など)へのケアについて相談ができ、地域包括支援センターから行政担当部署や、他の地区の地域包括支援センターなどの他機関と連携して、避難所で暮らす方々の生活をサポートすることができました。


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(避難所巡回後の包括支援センターとの情報共有)


地域包括支援センターからは、
「毎日看護師チームが避難所を回って、被災者の方々の健康や抱える課題などを聞き取り共有してくれたので、包括支援センターとして支援を特に必要としている方々に、それぞれの状況あった支援を行なうことができとても助かった。」
「ADRAの看護師チームから引き継いだ情報を活かして、避難所閉鎖後に自宅に戻られた方々への調査やケアを迅速に行なうことができた」
などのお言葉をいただきました。


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(避難所での「地域包括支援センター」との情報共有)


また、避難所で暮らされていた高齢者の方は、「毎日、様子を見に来てくれたので安心して、いろいろと不安に思っていることを話すことができた。」と話されていました。


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(避難所で暮らす方のお話を聞くボランティアの看護師)


避難所の運営を担っていた町内会の方からは、「いろいろな医療チームが来てくれたが、大抵1回きりで、健康に問題があっても、その後のケアに繋がらなかったり、毎回、同じことを説明したりしなくてはならなかった。ADRAの看護師チームは毎日来てくれて、避難者一人ひとりの記録をチーム内できちんと共有してくれていたので信頼できた。」とのお言葉をいただきました。

チームの派遣を始めた頃は、4つの避難所で合計約540人の方々が暮らされていましたが、派遣を終えた5月8日(日)には、約30人まで減りました。派遣を始めてから約2週間のうちに多くの方々が自宅に戻られたり、新しい住居や別の避難所へ移られました。


この活動を通して、避難されている方々、そして避難されている方々を支えている方々のお役に立つことができ、とても嬉しく思います。熊本での緊急支援活動を支えてくださっている皆様のおかげです。心より感謝いたします。
特に、看護師チームの派遣を力強く支えてくださった熊本市中央区の地域包括支援センター「ささえりあ帯山」様、そしてボランティアとして参加してくださった計12名の看護師および薬剤師の皆様、本当にありがとうございました。


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(看護師チームの参加者)


次回のブログでは、現在南阿蘇村で行なっている福祉避難所への支援についてお伝えいたします。

ADRA Japanは被災地での支援活動を継続して参ります。今後とも、ADRA Japanへのご支援、ご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します。

(執筆:事業部 前川 龍太

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Posted by ADRA Japan at 16:47 | 緊急支援 | この記事のURL
(5/25)【熊本地震】被災者の方々への物資配付 [2016年05月25日(Wed)]
2016年4月14日、16日に熊本県を中心に大規模な地震が発生しました。ADRA Japanは、4月19日に現地にスタッフを派遣し、それ以降、被災状況とニーズの調査、そして被災者の方々への支援を行なっています。

今回は、支援活動の一つである物資配付についてお話させていただきます。


ADRA Japanが事務所として使わせていただいていたセブンスデー・アドベンチスト熊本キリスト教会_熊本緊急支援.jpg
(ADRA Japanが事務所として使わせていただいていたセブンスデー・アドベンチスト熊本キリスト教会)


ADRA Japanは、被害の大きかった熊本市内で活動を始め、すぐに物資配付を行ないました。水や食料、生活必需品などを東京からトラックで運び、4月20日から被災者の方々に届けました。配布したもの内訳は、水、ポリタンク、ビタミンやカルウシムなどを素早く補うことのできるジュース、大豆でできたハンバーグやミートボールなどです。配付を始めて約2週間で、4つの避難所(阿蘇市も含む)と避難所外に生活する約100世帯の方々に物資を届けることができした。


東京から熊本へ運び入れられた物資_ADRA Japan熊本緊急支援.jpg
(東京から運び入れられた物資)


配付を始めた当初は、断水が続く地域が多く、水はとても貴重で、必要とされていました。飲み水だけでなく、トイレの水を流すための生活用水も非常に不足していました。ADRA Japanは、ペットボトル入りの水とは別に、東京で20Lのポリタンクに水道水を詰めて被災者の方々に届けました。4月21日の朝、雨の中、配付場所まで水を取りに来られた女性から、「トイレの水が流せなくて困っていました。テレビで聞いたように、使い終わったトイレットペーパーはゴミ袋に入れたり、便槽の中にストッキングを入れて汚物を溜めたりしていましたが、それでも水は必要で、水をいただけてとても助かります。」と話されていました。


水道水の入ったポリタンクを被災者に配付_ADRA Japan熊本緊急支援.jpg
(水道水の入ったポリタンク)


また、食料も被災者の方々の生活改善に役立ちました。大豆のハンバーグを受け取った高齢者の方からは、「被災してから、毎日カップ麺ばかり食べていました。さすがに、毎日カップ麺ばかり食べていると辛く、ハンバーグのようなおかずになるものをいただけてとても嬉しいです。」と話されていました。


配付食料を受け取りに来た被災者の親子_ADRA Japan熊本緊急支援.jpg
(配付食料を受け取りに来た被災者の親子)


水と食料の配付は、始めてから約2週間でひと段落しました。物資を受け取った後、被災者の方々が少しほっとした顔をされていたのが、とても印象的でした。

また、食料配付と並行して、被災者の方々のニーズ調査を進めました。その結果、熊本市内の地域支援包括支援センターと連携して避難所での看護師の巡回を行なうことになりました。それについては、次回のブログでお話させていただきたいと思います。


食料の配付を手伝ってくださったボランティアさんとADRA Japanスタッフ_ADRA Japan熊本緊急支援.jpg
(食料の配付を手伝ってくださったボランティアさんとADRA Japanスタッフ)


被災者への方々への支援活動に、ご支援、ご協力いただき、誠にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。

ADRA Japanは引き続き被災者の方々への支援活動を続けて参ります。今後とも、皆様の温かいご支援のほど、どうぞよろしくお願い致します。

(執筆:事業部 前川龍太

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Posted by ADRA Japan at 10:50 | 緊急支援 | この記事のURL
(5/24)【モンゴル緊急支援】モンゴルにおけるゾド被災者支援 [2016年05月24日(Tue)]
みなさん、「ゾド(Dzud)」をご存知でしょうか。

聞きなれない方が多い言葉かもしれませんが「ゾド(Dzud)」(以下、ゾド)はモンゴル語で「厳冬の災害」という意味です。モンゴルでは現在、このゾドが遊牧民の生活に大きな影響を与えています。

ゾドが発生すると、夏の雨量が極端に減少し、家畜の餌となる牧草の成長が妨げられます。また、冬には雨量・雪量が著しく増え、-40℃から-50℃の厳しい寒さが続きます。そのため、モンゴルでは多くの遊牧民が家畜のための餌を十分に確保することができず、厳しい寒さのなかで財産である家畜を失ってしまいます。モンゴルでは1999年〜2002年と2009年〜2010年にもゾドが発生し、家畜の大量死など大きな被害がありました。

160524 Blog モンゴルの厳しい冬と家畜(ADRA Japan モンゴルにおけるゾド被災者支援).JPG

近年モンゴルでは、多くの遊牧民がゾドによる被害を最小限に抑えるための自衛手段を取っています。例えば、夏の間にできる限り牧草を蓄え、冬に備えます。また、確保できた牧草の量によって冬の間に餌が足りなくなる家畜を秋頃に売却し、現金に換えています。しかし、ゾドが発生すると多くの遊牧民が同時期に家畜を売却するため、市場に一度に大量の肉が集まり、値段が急落してしまいます。その結果、生活をするために必要なお金を得ることすら難しくなると言われています。

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(家畜をとさつし、売る様子)

2016年1月、モンゴル国家危機管理局は、国土の90%が厳しい低温状態にあることを発表しました。国連人道問題調整事務所(OCHA)は、モンゴル全遊牧民の41%にあたる約23万人、国際赤十字・席新月社連盟(IFRC)は、97万人が被災する可能性を指摘しました。

この状況を受け、ADRA JapanはADRAモンゴル支部との連携のもと、2016年1月から2月にかけてバヤンホンゴル県の状況を調査しました。バヤンホンゴル県は、モンゴルの中南部に位置し、ゴビ砂漠と隣接した乾燥地帯です。そのため、夏季には干ばつの被害が特に深刻になります。食肉の消費が盛んな首都ウランバートルからも遠く離れているため、家畜の売却も難しく、経済的に厳しい状況にある地域です。調査の結果、遊牧民の方々の食料が不足していることや、牧畜を経営するための資金が不足していること、人々の栄養状態が悪化していること、大雪によって道路が遮断していることなど、ゾドによる切実な被害状況が明らかとなりました。

この調査結果をもとに、ADRA Japanは2016年3月、遊牧民世帯の方々がゾドによる被害が深刻化する4、5月を乗り切れるようにするための緊急食料配付を開始しました。配付する食料は、対象地域の遊牧民の方々が既に確保している食料を考慮し、一世帯に、お米(20s)、小麦粉(50s)、油(6ℓ)、砂糖(4s)、塩(1s)、乾麺(20s)、お茶など、2か月分の食料です。配付の際には、特に乳幼児や妊婦、高齢者など、ゾドの影響を強く受けやすい人々に支援が届くように配慮しています。また、対象世帯の多くは雪によりアクセスが難しい地域に居住しているため、郡政府・行政機関との調整を行ないながら活動しています。

ゾドの被害を最小限に抑えるために、必要とされる支援を続けます。


(写真:モンゴル緊急支援担当スタッフ 小出一博



(執筆:ライティングボランティア 小森詩織)

※この活動は皆様からのご寄付と、(特活)ジャパン・プラットフォームからの助成を受けて実施しています。

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Posted by ADRA Japan at 11:20 | 緊急支援 | この記事のURL
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