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(8/7)【スタッフのつぶやき】緊急時に家族と連絡を取る練習をしてみたら…。 [2015年08月07日(Fri)]
管理部の渡辺です。

ADRAでは毎月1日もしくは15日にBCP訓練が行われています。
BCPとはBusiness Continuity Planの頭文字を取ったもので、災害などが発生したときに、ADRAの業務が中断しないようにするための活動計画や指針のことです。

BCPには「家で被災したら」、「海外駐在スタッフが東京事務所と連絡が取れなくなったら」、「東京事務所が使えなくなったら」…など、いろいろ想定して、その対処法が書かれています。

その中の1つに、スタッフはスタッフの家族の安否を確認すること、という項目があります。家族の安否を確認することで、安心してADRAの業務を果たすことができるからです。

先月6月1日のBCP訓練が、緊急時における家族との連絡方法を具体的に考え、家族と話し合って、実際にやってみる、というものでした。

渡辺家で考えた連絡方法は、まずSNSの活用。
東京が壊滅しない限り、Facebook、Twitter、LINE、メールなどにとにかく情報を流せばどうにか連絡は取れるのではないかと思い、連絡方法の1つに挙げました。

東日本大震災の時はSNSが強かったですが、一気にユーザーが増えた現在では、実際の所どうなのかは分からないのが怖いところではあります。

連絡方法は複数考えましょうということだったので、次の方法は災害伝言ダイヤルにしました。同居している義理の母はSNSをやっていないので、災害伝言ダイヤル171を覚えてもらうことにしました。

毎月1日と15日は災害伝言ダイヤルを試しに使うことができます。
6月1日、まずは母1人でチャレンジしてもらおうと思い、災害伝言ダイヤルにメッセージを入れ、義母には災害伝言ダイヤル171でメッセージを聞いてみてくださいねと連絡をいれました。

仕事を終え、家に帰って、義母にできたかどうかを聞いてみた所、「171だったか184だったか分からなくなっちゃったのよ。どっちだっけって考えているうちに、忙しくなっちゃって、まだやってないのー」とのこと。

課題1:災害伝言ダイヤルの番号を覚えてもらわなくちゃいけない!


photo1.jpg
(こんなコアラのマーチを見つけました。災害伝言ダイヤル171は「いない」と覚えます。)


じゃあ、一緒にやってみましょうと、付き添いながらやってみたところ、「連絡を取りたい方の電話番号を入力してください」の所で、市外局番を入れ忘れ、入れ忘れたことに気がついたらプチパニックになり、電話を切ってしまいました。

課題2:連絡を取る電話番号を目に見える形にしておいたほうがいい!

そして、再度チャレンジ。電話の向こうから次々と言われる、「〜の場合は1を、〜の場合は2を押して下さい」「伝言が終わりましたら9#を押して下さい」などの指示がよく分からないと言いながらも、録音をすることができました。

良かったこと:録音するなら1を押すという所と、電話番号を入れる所をクリアすれば、録音はできるらしい。

そして義母が録音した内容は「無事です」の一言でした。それを横で聞いていて、もしもの時は「今どこにいるのか、これからどうするのかも一緒に録音してくださいね」とお願いしました。

課題3:何を録音するのか事前に決めておく!

実際にやってみることで、そんなに簡単ではないことが判明しました。これが本当に大地震の後だったら、171の番号も確信が持てず、どこの電話番号でメッセージを入れるのかの約束も自信が持てなくなり、大事なことを録音できずに終わってしまうかもしれません。これは、これからも繰り返すことで、義母には覚えてもらおうねと家族で話し合っています。


phoro2.jpg
(NTTで配布しています。3つ折りにするとカードサイズなので、お財布に入れておくといいかも。)


皆さんも「実際に」やってみてはいかがでしょうか。お子様と、ご家族と、遠方にいるご親戚と…。今、備えられることから取り組むことで、「その時」が来た時に、1つでも不安を減らし立ち向かえるようになるのではないでしょうか。

(執筆:管理部 渡辺千里

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Posted by ADRA Japan at 12:00 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(7/31)【スタッフのつぶやき】戦後70年、祖母に聞く戦争の話 [2015年07月31日(Fri)]
事業部の三原です。
すっかり夏ですね。体調を崩されていませんか?

さて、今年で戦後70年を迎えます。テレビなどのメディアでも特集が組まれており、私自身も改めて戦争について考える機会になっています。先日、実の祖母に彼女が経験した戦争の話を聞きました。今回はそのお話をしたいと思います。

祖母は昭和4年生まれ、現在85歳です。昭和14年に戦争が始まった時には小学校3年生でした。祖母の家は、茨城県沿岸部のとある町にありました。

祖母の話は小学校3年生の頃から始まりました。
祖母「戦争はね、ばーちゃんが3年生の時に始まったんだよ。空襲は昼間だけだった気がするね。学校にいる時に空襲があると、みんなで一緒に裏山へ逃げたんだよ。浜のほうの家はぜーんぶ焼かれて丸裸になっちゃった。」

祖母が子どもの頃に住んでいた家は現在の家とは違う場所にありましたが、どちらも同じ町内のため私にも馴染みのある場所です。“浜の方”という言葉で容易に場所の想像がつきましたし、私自身も子どもの頃によく海水浴に行っていたところでした。

私「ばーちゃんちは大丈夫だったの?」

祖母「ばーちゃんちは焼かれなかったの。」

私「焼かれた浜の方へは見に行ったことあった?」

祖母「ばーちゃんは1回も行かなかった。嫌だったから。」

私「戦時中は食料が不足していたと思うんだけど、ばーちゃんたちはどうしてたの?」

祖母「学校へはお弁当持って行ってたよ。ご飯と梅干と魚。」


私は日の丸弁当を想像していたので魚が入っていたことに驚きました。町が沿岸部にあったため、魚は食べることができていたそうです。また、家で農業もしていたため、お米にもあまり困らなかったそうです。

祖母「農業していない人が着物をうちに持ってきて米と交換していったりしたよ。みんな物々交換。」

その後祖母は中学校へ行き、女学校へ入学しました。女学校へ通っていた頃、日によって工場へ行かされ、機械でセメントを作るような仕事をしていたと言います。

祖母「いつだったか、ばーちゃんは工場に行かないで学校にいたんだけど、その時に空爆があって工場を直撃したんだ。友達死んじゃった。」

祖母はただ、その時の事実を短い言葉で話しました。


戦争の話を含め、昔あったことの多くを語らない祖母ですが、私はずっと聞きたいと思っていました。しかし改まって聞こうとすると身内のためか照れがでて、なかなか聞くことができませんでした。
今回、「職場のブログを書きたいから話を聞かせてくれる?」という口実を作って聞くことができ、長年心に留めてあったつかえがとれたような気がしました。(自己満足のようですみません)

世界では今なお戦争や内戦が絶えることがありません。過去に数えきれない方が亡くなり、悲しみを抱いたにも関わらず、今もなおその悲劇を繰り返しています。

子どもの頃、誰が言っていたか思い出せないのですがこんなことを聞きました。
「兄弟って不思議でしょ。とても仲が良い兄弟もいれば年を取るにつれて仲が悪くなって疎遠になったりいがみあったりする兄弟もいる。お互いのことをとても理解しているようでそうではなかったり、逆に他人には分からないことを本人同士だけが深く分かっていたりする。戦争もそういうものでしょ。」

これを聞いてハッとしたのと同時に、妙に納得したことを覚えています。近くに住んでいる民族や隣国同士での争いは絶えませんよね。

皆さんのまわりにも戦争を経験した方がいらっしゃるかと思います。戦争を経験した方の高齢化が進む中、もしまだ話を聞いたことがない方がおられるようなら、戦後70年のこの機会に聞いてみてはいかがでしょうか。新しい学びがあるかもしれません。


(執筆:東日本事業担当 三原千佳

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Posted by ADRA Japan at 18:10 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(5/15)【スタッフのつぶやき】今を大切に生きる [2015年05月15日(Fri)]
管理部の渡辺です。

昨年、父が膀胱がんと診断され、その後闘病生活を続けてきましたが、今年の1月11日に、眠りにつきました。

これまでに、祖父母の告別式に参列したことはありましたが、こんなに近い家族を亡くすというのは初めての経験でした。

父が治療を望まなかった時点で、この日が来ると分かっていたのに十分な準備をすることができなかった、もしくはもっとしてあげられることがあったのではないかという心残りがあります。

特に私が三女ということもあり、父の中にはいつまでも幼いというイメージがあるのか、私には弱いところは見せず、また大事な話をしてくれることもありませんでした。

今、振り返ると、父が何を思い、何を大事にして生きてきたのか、もっと話を聞きたかったと思います。

母から聞ければいいのですが、すでに認知症を患い、正しい情報を聞くことができないのも、後悔に拍車をかけている原因かもしれません。


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山登りが好きだった父と富士登山。孫も頂上まで連れて行ってくれました


くしくも11日という日が、父の月命日となりました。

父の「その時」を迎えるのに数か月の猶予があったのに、こんなにいろいろと思うところがある自分を見つめる中、4年前に「その時」が突然襲ってきた東日本大震災の事を思うと、改めて胸が締め付けられます。

あのような大災害の前では、意味がないのかもしれませんが、「エンディングノート」を購入してみました。家族のためにというよりは、自分のために…という思いがあります。


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自分の考えをまとめること、情報を集約すること、今の生き方を見つめ、これからどうしていくのかを知ることができればと思っています。もし大事な事を家族に伝える機会を失ったとしても、このノートが残っていれば代弁してくれると思います。もちろんノートが残らない状況もあるので、今伝えなければならないことを伝える努力は惜しんではいけないとは思っています。

名言・格言が好きなのですが、最近出会った言葉を1つ。
「どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。今、現在に最善を尽くすことである」(松下幸之助氏の言葉)

11日という、多くの方が思いを馳せるその日に私も加えていただいて、限りある命をどの様に生きていくのかを、真摯に問うていきたいと思っています。

(執筆:管理部 渡辺千里

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Posted by ADRA Japan at 21:55 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(3/6)【スタッフのつぶやき】アラブの夜の憩い [2015年03月06日(Fri)]
事業部の杉本です。先日、ドバイへ出張しました。

これまでドバイは飛行機のトランジット(乗り換え)でしか降りたことがなかったのですが、今回はこの地で会議を行ないました。連日、朝から夜まで会議続きで、会議室の外に出たのは食事の時だけです。
ランチは簡単に済ませることが多かったのですが、夕食の後はちょっとだけ周辺を散策しました。そこで見つけたのが、フレッシュジュースの店。

地元のファーストフード店もフレッシュジュースを売っていますが、発見したのはフレッシュジュースの専門店。その名もJuice Worldです。


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<夜も煌々と輝く店>


サウジアラビア発祥の店で、ドバイでも人気店です。
遅くまで(夜中の2時か3時ごろ)開いているということもあり、夜も店内は人でいっぱい。
ジュースの種類は言うまでもなく豊富にあり、その他にもスムージー、ミルクシェーク、カットフルーツなど、フルーツをアレンジしたメニューが150種類以上もあり、バラエティーに富んでいます。


アラブ2.jpg
<地元の人も外国人も並んでいる>


メニューの種類が多いので何を注文するか迷いに迷い、列に並んでからも時間がかってしまいます。
私もドバイ滞在中、夕食後に何度か足を運び、ちょっと変わったアボカドジュースを試してみました。アボカドをジュースにして飲んだことはなかったのですが、濃厚かつクリーミィーな(ミルク)シェークのようなものでした。他に試したジュース類もどれも美味しかったです。

 
アラブ3.jpgアラブ4.jpg
<20数ページもあるメニュー>


この店で面白いのは、フルーツを使って店内をデコレーションしているところです。


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<パイナップル、オレンジ、リンゴ、アボカド、マンゴーなどを使ったオブジェ>


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<写真を撮るお客さん>


注文してからジュースを用意するので、待ち時間を利用して店内のフルーツのオブジェと一緒に写真撮影する人を多々見かけます。


アラブ7.jpg


この後、これらのフルーツはどうなるのだろう。。。と気になりつつ、確認できないまま帰国してしまいました。


(執筆:事業部 杉本亜季)


ADRA Japan(アドラ・ジャパン)
は、途上国や災害被災地において開発支援や緊急支援活動を行なうNGOです。
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Posted by ADRA Japan at 17:34 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(1/30)【スタッフのつぶやき】違法でミステリアスな芸術家 [2015年01月30日(Fri)]
事業部の松川です。
みなさんは、写真や絵画などの芸術作品は好きですか?
「古典派」や「印象派」などと言われてしまうと私もちんぷんかんぷんですが、美術館などで写真や絵、展示を観るのは好きです。芸術の秋と題するにはやや季節外れですが、今回は、柄にもなく芸術をテーマに、私の「スタッフのつぶやき」の初陣を飾りたいと思います。

私が紹介したいのは、バンクシー(Banksy)というイギリスのアーティストです。イギリスではとても有名なアーティストで、知っている方もいるかもしれません。
知らない方のために彼の写真をお見せします、と言いたいのですが、ごめんなさい、彼の写真はありません。決して私が面倒臭がって探さなかったのではなく、彼の写真はないのです。つまり、誰もバンクシーの素顔を知らないのです。本名や生年月日なども含め、彼のプロフィールのほとんどが謎に包まれています。

こうなると、せめて彼の作品だけでも見たくなりませんか?どこの美術館で彼の作品を鑑賞することができるのでしょうか?
残念ながら、彼の作品はどこの美術館にも展示されていません。なぜなら、彼のキャンバスは街の壁だからです。

バンクシーは公共の場所にある壁にスプレーペイントやステンシルという手法を用いて子ども、動物、社会問題をテーマにした風刺画を多く描いています。昨日まで何もなかった壁に、朝起きたら絵が描かれている。ただの落書きではなく、メッセージ性のあるストリートアートの突然の出現に人々は驚くのです。

もちろん、公共の壁に絵を描くことは違法です。イギリスにおいて許可なく公共の場所に描かれた絵は、通常は消されてしまいます。ただ、彼の絵は多くの市民から愛されており、例外的に消さずに残している市もあります。それどころか、オークションにかけられ、巨額の値が付いて落札されるほどです。でも、みなさんは間違っても「じゃあ、自分も壁に絵を描いてみたら案外イケるんじゃないか」などと思わないでくださいね。

名前も姿も一切不明のミステリアスなストリートアーティストバンクシー。かつてはその正体は何一つ明らかになっていませんでしたが、2011年、バンクシーについてのドキュメンタリー映画が制作され、ついにその姿を表しました。しかし、映画の中でインタビューを受けていても、彼の声や顔は隠されたまま。姿は見せましたがその素性は謎のままでした。
この映画はアカデミー賞にノミネートされました。通常、ノミネートされれば出演者や監督はアカデミー賞の祭典に訪れますが、もちろん彼は現れず、現在もバンクシーの神秘性は健在です。

私たちは未知のものに恐怖心を抱く一方で、強く興味を持つことがあります。「女は秘密を着飾って美しくなる」などという言葉もどこかで聞いたことがありますが、ミステリアスであるということは人を惹きつける不思議な力があるようです。

バンクシーの持つその不思議な力に、世界中の多くの人が魅了されています。ここまでお話ししたように、バンクシーの最大の魅力はミステリアスであること。インターネットで調べれば彼の作品を見ることはできるのですが、彼のそのミステリアスな印象を損なわないよう、このブログでは作品を掲載しませんでした。そのため、写真もなく文章だけの無味乾燥な記事になってしまいましたが、彼の作品が気になる方は調べてみてくださいね。あなたの心を惹きつける作品がきっとあるはずです。

彼は何者で、次の作品はどこに現れるのでしょうか。それらを推測することもバンクシーというアーティストの楽しみ方の一つなのかもしれないですね。

(執筆:事業部 松川聡)

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Posted by ADRA Japan at 12:46 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(1/23) 【スタッフのつぶやき】モロッコ食いしん坊の旅 [2015年01月23日(Fri)]
事業部の三原です。

9月末にお休みをいただき、モロッコへ行ってきました。
モロッコはアフリカ大陸の北側、ジブラルタル海峡を渡ればそこはスペイン!という所に位置しています。


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(モロッコの位置)


モロッコに興味を持ったきっかけは、学生時代に読んだ本です。その本の著者はご自分の旅の様子を綴った本を何冊も出されていて、私はそのほとんどを読んでいます。行く先々で現地の方と仲良くなり、いつも笑いのネタで溢れている旅の様子が伝わってくるところが好きです。

中でも、その当時の私にとって身近ではなかったイスラムの世界と昔からそこに住んでいるベルベル人という方々が気になり、いつかモロッコへ行ってみたいなーと思っていました。

実際に行ってみると、モロッコはいろいろな顔を持っていました。

スーク(日本語で「市場」の意。衣類や雑貨を販売するお店を指す)や屋台が立ち並び、大道芸人が集まり朝方まで賑やかな場所もあれば、伝統と物づくりを大切にする迷宮のような古都もあります。南部にはサハラ砂漠があると思えば、冬には「雪が降り積もるスイス」とたとえられる避暑地もあります。そうそう、エアーズロックのような景色にも出会いました。電車や車での移動中、窓から見える景色がコロコロと変わり、何とも不思議な印象でした。


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(マラケシュの広場)


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(突然現れるオアシスのまわりに建つ家々)


さて、海外旅行へ行く時の楽しみと言えば、その国の料理を味わうこと!
私が今回の旅でいただいたモロッコ料理の一部をご紹介します。

まずは朝食。


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(パンには数種類のジャム、バター、チーズがついてくる)


モロッコのホテルでの朝食はパンとパンケーキが基本です。パンケーキは日本のものより固めで素朴な味。バターと蜂蜜をつけるのがモロッコ流のようで、マネをしてみましたが、はい、間違いない味でした。また、必ず搾りたての100%オレンジジュースを出してくれます。贅沢ですよね。

モロッコでは市場などにもフレッシュジュース屋さんがいて、1杯約50円で飲むことができます!物価が日本とさほど変わらないモロッコではお得ですし、それだけモロッコの人々の生活に根付いているようです。

続いてはコチラ。


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(Photo5 右上から時計回りにモロカンサラダ、ホブス(パン)、オリーブ、オムレツ)


モロッコのサラダは、角切りのトマトや玉ねぎがドレッシングで和えてあるのが一般的ですが、その他にもひよこ豆やナスのサラダなどもあり、種類は豊富です。私が食べた、この写真に写っているサラダはさっぱりとしていて私好みの味でした。オリーブは国内で栽培されているので、どこのお店に行ってもサービスで出てきました。

そして、こちらはモロッコの代表料理と言っても過言ではないでしょう。タジンです。


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(肉だんごと卵のタジン)


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(野菜のタジン)


タジンは日本でも知られるようになってきましたよね。野菜やお肉の入ったタジン鍋をじっくり火にかけるので具がとても柔らかくなり、旨味がギュっとつまって美味しいです。具の種類も、野菜だけのものやラム肉が入ったもの、プルーンやオリーブが入ったものなど、非常に豊富で飽きません。

数あるモロッコ料理の中で、私が一番好きだったのがこれです。


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(ベルベルオムレツ)


ベルベル人に伝わるオムレツです。具はトマト、玉ねぎ、卵ととてもシンプルなのですが、クミンの香りと塩味が効いていて、一緒に出てくるパンともとても良く合い、まさに絶品でした。

マラケシュでは、屋台でご飯を食べました。屋台のご飯って、なんでどこに行っても美味しいんでしょう。ケバブ屋さんやエスカルゴ屋さんなどいろいろあって、見ているだけでも楽しい!私は魚のフライ屋さんで食事をしました。


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(ナス料理やフライドポテトもある)


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(魚介類のフライミックスを注文)


また、モロッコではミントティーが欠かせません。ホテルやお店でも最初のおもてなしとしてフレッシュミントが入ったミントティーを出してくれます。甘くて疲れがとれる味です。はまります。


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(ミントティー)


おまけ。


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(アボカドジュース)


濃厚なアボカドジュースは意外にも飲みやすかったです。

食べることは人間にとって欠かせないことですよね。私は食事を囲んで楽しそうに会話をしていたり、美味しそうに食べている人を見るのが好きです。それは日本でも海外でも変わらず、人々の内側に漲るエネルギーを感じることができるからかもしれません。


あ〜。ご飯のことを考えていたらお腹が空いてきました。


(執筆:東日本事業担当 三原千佳)
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Posted by ADRA Japan at 18:38 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(10/24)【スタッフのつぶやき】ネパール海外研修で学んだこと [2014年10月24日(Fri)]
私はADRA Japan でボランティアをさせていただいている大学3年の梅垣です。
8月3日から15日にかけ、ネパールでの海外研修に参加させていただきました。
この海外研修を通してネパールの医療体制や学校の状況、国際開発活動において必要なことなど、たくさんのことを肌で感じてきました。その中から、今回は言語の重要性についてお話しします。

私は英語に自信がなく、TOEICを受けたこともありません。
「ボディランゲージさえあれば、言語ができなくてもコミュニケーションができる。英語を勉強する必要なんてない」。そんな考えを持った状態でネパールに向かいました。

海外研修中にヴィレッジステイをする機会がありました。これは、1泊2日でネパールの村の生活を体験しようというものでした。


329.JPG
(民家にいる水牛)


私を受け入れてくれたのは60代くらいのご夫婦で、お父さんはネパール語と英語を少し話せて、お母さんはネパール語のみ話せるようでした。

私はネパール語のハンドブックと下手な英語と表情とジェスチャーでコミュニケーションを図りました。このご夫婦がやさしい方だったこともあり、楽しい雰囲気で過ごすことができました。

用意してもらったごちそうを現地スタイルの右手で食べ、「おいしい」と言いながら親指を立ててグッドサインをしたら、お母さんが笑顔で「オイシイ」と返してくれたのが印象的でした。

たった2日間を過ごしただけですが、最後はもっと一緒にいたい、離れたくないと思うほど別れがたい気持ちになりました。

ヴィレッジステイは現地の暮らしを体験することはもちろんのこと、言語が通じなくても楽しくコミュニケーションができることを実感する機会にもなりました。

しかし、一方で気づいたことがあります。

今回の研修ではネパールの病院や学校などに行き、現地の人に話を聞く機会が多くありました。その時、ADRA Japan のネパール駐在スタッフでネパール語が話せる小川さんに通訳をしていただき、話を聞いたり、質問したりすることができました。小川さんのおかげでネパールのことを多く学ぶことができました。

この時、ふと「もし小川さんがいなければ、学べることは少なくなってしまうのでは」と考えました。

このことから、その国で使われている言語でのコミュニケーションがとれなければ、それができる人よりも学びは稀薄なものになってしまう、そんな当たり前なことに気づきました。もし英語ができない自分が英語圏の国に旅行したときには、英語ができないためにたくさんの学びのチャンスを逃してしまうということです。

そんなことがないように言語を勉強して、たくさんのことに気づけるようになりたいと思うようになりました。

ぜひ、みなさんも語学を習得した上で、海外に飛び出して、深い学びをしてみてください。
きっともっと世界について知りたくなると思います。


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<写真 研修集合写真>


(執筆:ボランティア 梅垣郁也)


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Posted by ADRA Japan at 17:30 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(10/10)【スタッフのつぶやき】猫の素晴らしさについて考えてみる [2014年10月10日(Fri)]
ネパール事業担当の須原です。

突然ですが、いわゆる「ペット」になる動物の中では猫が一番好きです。親が「情の移る生き物は飼わない」という方針だったので飼ったことこそないですが、猫好きの方々の末席にひっそりと名を連ねています。

ADRAにも猫好きスタッフはけっこういますが、たいてい彼(彼女)らはかつて猫を飼った経験があるか、現在飼っているかのどちらかです。つまり好きな時に好きなだけ、猫と一緒に遊ぶチャンスがある訳です。羨ましい限りです。

飼っていない人間が猫に触れる機会があるとすれば、ご近所トラブルに発展しない程度にそこらの野良猫を餌づけするか、猫カフェに行くかぐらいです。しかしご近所様との諍いは可能な限り避けたいうえ、それなりに年を重ね30代も折り返した大人(男)が「お一人さま猫カフェ」を敢行できる度胸もありません。
しかし私の場合、パートナーも猫好きなので時々は一緒に猫カフェに行って癒される時間を過ごすことができます。ありがたい限りです。今回は、数週間前に行った猫カフェの様子を写真とともに少しご紹介したいと思います。


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王道の可愛らしさです。私の現在の仕事用PCの壁紙は、この猫が飾っています。
好きですが、猫の種類は分かりません。


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猫と言えば猫じゃらし。短い手を使って必死で掴もうとする姿は見ていて飽きません。むしろ、同じものによく飽きずにいつまでもじゃれてくれるもんだと感心します。


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寝ているだけで、これほどまでに人を癒せる動物が他にいるでしょうか。
いないと断言しても差し支えないでしょう。


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近寄ってきたと思ったら、シャツの内側に潜りこみ、すり寄ってから寝るという技を披露してきました。オリンピックで金メダルを取り、その仕草と魅力から一部では「あざと可愛い」と話題になった、フィギュアスケートの羽生選手に比肩しうる行動です。


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そんな仲間たちを見守る他の猫の視線に気づくのも、猫カフェの面白いところです。この表情、まるで暖簾をくぐって店に入ってくるお父さんのようです。
この顔で「まだやってる?」と聞かれたら、あと30分ぐらいは店を開けよう、と思ってしまう店主が続出でしょう。


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遊ぶ仲間たちを横目に、冷めた目をしていたり、うっすら悟りかけていたりするのもいます。諦めの境地に至っているかのような表情です。


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かと思うと、いつの間にか背後に忍び寄ってきてこちらを見つめていたりします。ビックリ顔ですが、足音もなく近寄ってくるため、どちらかというとこちらがビックリです。
この写真、何度見てもこの猫の表情と全体的な寸法の妙に笑ってしまいます。


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先ほどの猫の数分後の姿です。このまま微動だにしませんでした。何かを諦めたか落ちこんだか。
なぜ、この猫はここまで面白いのでしょうか。


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猫の王様と呼ばれているらしい、メインクーンという種類もいました。写真では分かりにくいですがかなり大きく、頭から尾の先までは1メートルぐらいはあったようです。


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メニューを教えてくれる猫もいますが、注文は取ってくれません。ただただ、メニューを死守するのみです。

猫カフェのご紹介はこれぐらいにして、猫と人との関わりについても考えてみます。

猫はただ可愛らしいだけでなく、古くから人間にとって欠かせないパートナーでした。穀物を荒らすネズミをヤマネコが獲ってくれたことから人との繋がりが始まり、現在に至ったと言われています。犬が狩りに使われたのと同様、猫は食物を守ることが仕事だったのです。
ちなみにイギリスの首相官邸には20世紀初頭から、ネズミ退治のために猫が代々飼われているそうです。100年近くに渡って猫に役割を与えているイギリス首相官邸は凄いです。

人の生活に深く関わる以上、時代ごとの信仰や土地の風習において、好かれたり忌み嫌われたりすることも当然の成り行きです。
エジプト神話の「バステト」や日本の「招き猫」などは猫を良いものとしていますが、一方で黒猫が不幸の象徴であるという迷信は古くからあったようですし、中世ヨーロッパでは猫に対する様々な行いにより、不吉なことが起こると信じられていました。

ちなみに私が業務で関わっているネパールでも、猫はあまり良いイメージを持たれていません。ネパールで広く信仰されているヒンドゥー教は多神教で、頭が象だったり鳥だったり猿だったりする神様がいますが、猫の頭の神様はいません。猫の自由奔放さを考えると、神話の時代の猫は神様への貢献を怠ったため、仲間に入れてもらえなかったのだということが容易に想像できます。
また、ヒンドゥー教の最高神の一人であるシヴァ神によると、猫は9回生きて初めて至福に到達できる、とのこと。欧米でも、いろいろと危なっかしい真似をする猫は「9つの命を持っていないと生きていけない」と言われていたようですが、なぜヒンドゥー教の猫はそんなに生きないと幸せになれないのでしょうか。いろいろ考えた結果、私の意見としては猫たちのシヴァ神へのアピール力が足りなかったため、現代のヒンドゥー世界の全猫類が過酷な環境に追い込まれてしまったのかと思っています。

文学の世界でも、猫は古くからモチーフにされています。一番有名なのは恐らく夏目漱石の『吾輩は猫である』でしょう。世相を論破する軽妙な落語調の文体はいつ読んでも面白く、一方で最後のオチの部分の強烈なインパクトは一度読んだら忘れられません。ちょっと厚めの本ですが、未読の方はぜひ手に取っていただきたいものです。


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これ以外にも、タイトルに「猫」と入っているだけでつい買ってしまった本が自宅の本棚にはいくつもあります。ポーの『黒猫』は主人公の破滅を招く黒猫の話、『旅猫三昧』は著者が世界各国で出会った猫の話、『ちょっとネコぼけ』は動物写真家の岩井光昭さんの本です。
また、下の写真の『猫町』は詩人の萩原朔太郎が発表した文章に現代の写真家が猫の写真を織り交ぜて再構成した本で、写真を見ながら文章を辿ると、戦前の文章なのにあたかも現代の町を描いているかのように新鮮に読めてしまいます。隣の『猫』も、1950年代に刊行された随筆集が装い新たに再刊行されたものです。

私の厳しい懐事情を考えると、世の中の作家が「猫好きの人はタイトルに『猫』と書いてあればとりあえず買う率が高い」という真理に気づかないでいてくれることを祈る日々です。

世の中の犬派の方を置き去りにしてしまった今回のつぶやきブログですが、猫派の方の目の保養になっていれば、猫好き冥利に尽きるというものです。
また一人の本好きとしても、今回ご紹介した本の中から、皆様がどれかの本の背表紙をどこかの本屋さんか図書館の棚からしゅっと抜き出し、ぱらぱらめくってふふっと笑っていただけるようであれば、やはり嬉しい限りです。


(執筆:ネパール事業担当 須原敦

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Posted by ADRA Japan at 18:10 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(9/5)【スタッフのつぶやき】ADRAスタッフの子育て〜中1次女の夏休みの宿題〜 [2014年09月05日(Fri)]
管理部の渡辺です。

私には娘が二人います。長女は1歳半になった時から保育園に預け、私はADRAの職員として働き始めました。それまではボランティアとしてADRAに子連れでお邪魔していました。次女は生後11か月で保育園に預けるまで、私と一緒にADRAに出勤していました。子ども達はADRAスタッフに育ててもらったといっても過言ではないと思っています。

子ども達もADRAが好きで、ニュースの発送の手伝いやイベント時の売り子やパネル持ちをはじめ、東日本大震災発災時は事務所での荷造りのほか現地でのボランティアにも参加し、私の仕事が長引いて家になかなか帰れない時も留守番を我慢強くしてくれるなど、私自身、家族に支えてもらっていることで仕事が続けられています。

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(長女8歳、次女3歳。ADRAチャリティーバザーで、自分のスーパーボールや友達に呼びかけたスーパーボールを集めて【スーパーボールすくい】を企画し店番している様子)


そんな子ども達もすっかり成長して、ただ楽しいだけではなく、ADRAの活動から何かを学ぼうとするようになりました。

今回、中学1年生になった次女の社会の宿題が「○○国の××について」というものでした。例えば、「韓国の食文化について」「エジプトのピラミッドについて」などです。

次女が選んだのは「ネパールの教育制度について」です。ADRAはネパールでスポンサーシップの支援をしています。担当者のスタッフにインタビューする形で、日本の教育とネパールの教育の違いについて学びました。


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写真:photo03
(インタビューの様子)


日本の学校で当たり前だなと思うことについて、ネパールの学校では同じなのか違うのかを聞いていました。質問とその回答(ネパールの学校の様子)をいくつかご紹介します。

・日本ではお昼になると給食がでる。
⇒軽食を持ってきて食べる。給食はない。持ってこられない人は売店などで買う。

・日本の公立の登校時間は8:00過ぎ、下校時間は15:30頃。
⇒ネパールは学校開始が10:00、終了時間が16:00。毎日2時間近くかけて険しい山道を越えて学校に来る子どももいるため、授業開始が遅い!

・中休みと昼休みがある。
⇒休みはご飯を食べる時間と放課後しかない。ぶっ続けで授業!

・学校内にプールやコンピューター室などの施設がある。
⇒コンピューター室のある学校もある。プール、体育館、図書館はない。

・運動会や学芸会などの学校のイベントがある。
⇒運動会はないが、ダンス大会、歌のコンクール、スピーチ大会などがある。

・小、中は義務教育だからみんな学校へ行く。
⇒首都カトマンズ近くの子ども達はほとんど行っているが、田舎の子ども達は家の手伝い、お金がないなどの理由で行ってない子もいる。

感想として「…日本は恵まれているんだなと改めて感じることができました。学校までの道のりや食べ物のことなど私の今の生活からは考えられない不自由がたくさんありました。ですが、その中で『勉強が楽しい』『友達と遊べる』という気持ちで学校に通っていると聞き驚きました…」と書いていました。


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(完成したレポート)


これからますます視野が広がり、世界の中の日本、日本人としての自分などを感じていくようになると思います。そんな時に、一つひとつの命が大事であること、生まれた場所によって不遇な生活を送らなければいけない人達を忘れないこと、どのような場所でもどのように生きていくかが大事であることを一緒に感じ、学んでいきたいと思います。


(執筆:管理部 渡辺千里

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Posted by ADRA Japan at 19:30 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(8/26)【スタッフのつぶやき】インターンシップで1ヶ月お世話になります [2014年08月26日(Tue)]
みなさま、残暑厳しい毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。

8月11日から約1か月、ADRA Japan 東京事務所でインターン生として、広報のお仕事をしています、神戸市外国語大学の八木のぞみです。

わたしがADRA Japanを選んだ理由は、貧困問題のある地域に将来自ら赴き、支援したいと感じたからです。そしてそのためにはまず、日本で基礎的な情報収集をすると同時に、情報提供の仕方も学び、知識や経験を身に付けたほうがいいと感じたので、この団体で経験を積ませてもらうことに決めました。

わたしは幼少時代から高校を卒業するまで、アメリカというボランティア活動が根付いている地域で育ちました。アメリカは所得や生活水準の格差が日本よりも大きい国で、その問題意識を常に持っていました。さまざまな文化や異なる価値観を持つ人々と毎日触れ合い、交流してきたその経験をうまく利用していたいと思います。

ADRA Japan での初日は、新しい環境のなか、緊張と不安でいっぱいでしたが、スタッフの皆さんはとても明るく、ニックネームで呼び合うほど家族のように仲良しで、非常に居心地が良く、賑やかでアットホームな職場環境だと感じました。

初めてのお仕事は、視覚障害をお持ちの方のためにアドラニュースをテキスト化することでした。今はADRA Japan 事務所の前に設置してある自動販売機(売り上げの一部がADRA Japan への寄付になります)の広告を考えたり、ホームページをどうしたら見やすくできるかを話し合ったり、小学生向けに難民ゲームを作ったりしています。

そして、この社会経験を機に、人間として成長できたら、と考えています。


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インターン仲間(左)と肩を並べて仕事をする楽しみも


ADRA Japanでインターンシップ、大切な時間の使い方のひとつの候補として、考えてみてはいかがでしょうか。


(執筆:インターン 八木のぞみ)

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Posted by ADRA Japan at 15:57 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
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