CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 人材募集 | Main | 国内啓発事業»
ADRA Japan団体概要

ADRA Japanさんの画像
最新10記事
<< 2014年04月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
記事カテゴリー
メルマガアイコン.jpg
特選リンク集
http://blog.canpan.info/adrajapan/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/adrajapan/index2_0.xml
タグクラウド
(3/14)【スタッフのつぶやき】食事の順番変えるだけ?! [2014年03月14日(Fri)]
国内事業担当の橋本直樹です。

ちょっとしたきっかけがあり、昨年9月から食事の摂り方を見直してみることになりました。様々な方からのアドバイスや情報を収集した結果、まずは食べる順番を変えてみることにしました。

簡単に言いますと、

@まず野菜を食べる。


Salad.JPG
サラダなど


A(あれば)発酵食品を食べる。


Tohu.jpg
豆腐など


Bタンパク質を食べる。


Niku.jpg
肉・魚など


C最後に炭水化物を食べる。


Gohan.JPG
お米(玄米がおすすめ)


この順番を守るだけです。

すでに「食べる順番ダイエット」として知られていることですが、試した結果、実際に効果がありました。

ではなぜこの順番がいいのかというと、一つにははじめに野菜を食べて食物繊維を摂ることで血糖値の上昇が緩やかになり、脂質の吸収を和らげる効果があるからです。また、満腹感を先に得ることで炭水化物の摂り過ぎを防ぐこともできます。
実際にやってみると、最後にお米などの炭水化物を食べる頃には既に満腹状態にあり、茶碗に1膳を食べ切るのがやっとです。

では、逆に炭水化物を先に食べると何がダメなのか。

炭水化物は血糖値を上げやすいため、空腹の状態で食べると一気に血糖値が上昇します。その血糖値の上昇を抑えるためにインスリンというホルモンが分泌されますが、このインスリンは糖を体内に蓄える働きがあり、この食事スタイルを続けることで太りやすい体質ができあがってしまうのです。
甘いものなどの間食も、空腹の状態で炭水化物や糖質を摂ることになるので、極力控えるようにしました。

昨年9月に始めたこの食事スタイル、現在も継続できていますが、自分の中で今でも格闘している相手がいます。お米です。

食べる順番を変えると、始めたばかりの頃はどうしても肉などのタンパク質と一緒にお米を食べたい衝動にかられます。特に豚肉の生姜焼きや丼物は、お米と一緒に食べてこそのメニューです。が、そこは何とか踏ん張り、途中でお米には手をつけず黙々とメインの料理を食べ切るようにしています。

最初は「苦痛」、「我慢」という感覚が常につきまといましたが、それも徐々に落ち着いてきました。ただ、未だに「好きなものを好きなだけ食べる」という、子どもが見るような夢をよく見ます。
そのようなこともあり、最近は週1回、普通に食べていい日を作り、その日だけは普段控えているとんかつや丼物など、とにかく自分の好きな食べ物を順番に関係なく食べるようにしています。食事でストレスを溜めないためには、こうしたやり方も「あり」のようです。

また、甘いものも時折、無性に食べたくなる衝動にかられます。特に生クリーム系のスイーツは毎日でも食べたいほどですが、ぐっとこらえて月に数回程度に控えています。


こうした「食べる順番」に配慮することに加えて、体幹トレーニングも始めました。
具体的には、

@ 仰向けに寝た状態で両腕を頭の後ろで組み、顎を少し胸側に寄せる。脚を片方ずつ交互に上げ下げする。これを30秒間繰り返す。この時、下げた方の脚はなるべく地面につけないようにする。

A @の方法に上半身のひねりを加え、上げた側の膝を曲げる。これも交互に30秒間繰り返す。この時、ひねった側の肘と曲げた膝がくっつくようにする。

B 横向きに寝て肘を立て、腰を浮かせる。この時、浮かせた方の脇から踵までが一直線に斜めになるようにしっかり浮かせる。その状態から地面に着くまで腰を下げて、また元の状態に戻すという動作を30秒間繰り返す。

C うつ伏せの状態から、肘から手首までを地面につけるようにして両肘を垂直に立て、お腹に力を入れながらお腹・腰・膝までを浮かせた状態で30秒間静止する。顔は前方に向ける。この時、爪先を立て、胸・お腹・膝が一直線に斜めになるようにしっかり浮かせる。

1種目ごとに休まず、4種目を連続で行ないます。これを3セット行い、セットとセットの間は60〜90秒のインターバルをとります。集中してやれば、3セットが10分程度で終わります。

この「食べる順番」と「体幹トレーニング」の組み合わせを2ヶ月ほど続けた結果、まず最初の1ヶ月で体重が6kg減り、その後も少しずつ減って現在までに10kgの減量に成功しました。お腹周りの脂肪も目に見えて無くなり、ウエストがマイナス6cm、ベルトの穴も3つ減りました。

まるで通販番組の謳い文句のようですが、本当です。

始めた当初に比べると食べる量が増えましたが、それでも体型や体重を維持できていることを考えると、太りにくい体質に変わってきているのだと思います。
そして以前ほど、食べたいものや間食を我慢している、という苦痛も感じなくなりました。

とは言うものの・・・。

実は、事務所では日々「絶対に負けられない戦い」に挑んでいます。

それは、


Ev1.JPG
同僚I君が平らげたプリンの容器


Ev2.JPG
同僚Aさんがまさにこれから食べようとしているプリン


私の現在の取り組みを知りつつ至近距離でプリンを食べるという暴挙に出る同僚、約2人の姿が視界に入りながらもじっと耐えるという、かなりハードな戦いです(ちなみに同僚Aさんと同僚I君には突発的に開催される「プリンの日」という日があるらしく、週1回くらいは食べているのを見かけます)。Aさんは私の前、I君は後ろに座っているため、まさに挟み撃ち、進退窮まるとはこのことです。

他にも、Aさんの引き出しから出てくるセサミサブレなどのおやつに目を奪われないようにしたり、I君の「ちょっとぐらい食べちゃいなよ〜」という悪魔の囁きをかわしたりと、いつ何時も気が抜けません。

これからもこのような強豪を相手に闘いながら(そしてたまに負けながら)、健康的な体を維持するため、今の取り組みをできる限り継続していきたいと思います。


(文責:国内事業担当 橋本直樹
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 17:23 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(3/7)【スタッフのつぶやき】国際協力の新しいカタチ [2014年03月07日(Fri)]
事業部の小出です。

2月1日の土曜日、とても寒い朝でしたが、数人の若者たちが東京のとある公園でゴミ拾いをしていました。


Photo1.jpg


同じ頃、近くの団地にある小さなコミュニティ・カフェでは、彼らの仲間たちが料理を作っていました。作っていたのはフィリピン料理です。


Photo2.jpg


彼らは「ADRA Japan Youth」の仲間たちで、この日は彼らが企画した「ワンコインでできること〜Charity for the Philippines〜」の日だったのです。

「町をきれいにしながら小さな国際協力」
みんなで地域の清掃活動を行いながら、ちょっぴり社会貢献活動や国際支援について考えてみませんか^^?

Facebookに掲載された彼らの企画のキャッチコピーです。「ワンコイン」は参加費500円のことです。

自分たちのできることから国際協力を始めたい。
そんな彼らの思いに共感して、僕も参加しました。1時間ほどのゴミ拾いを終えたADRA Japan Youthの仲間たちも、コミュニティ・カフェに集まってきました。


Photo3.jpg


カフェでの話し合いのテーマは「11月に起こったフィリピン台風の被害にあった人たちのために自分たちはどんなことができるのか?」。

まずADRA Japanインターンの早水君が、フィリピン台風被害とADRAの被災者救済事業について説明をしました。


Photo4.jpg


次に、僕のほうから東日本大震災の例を説明して、今回のフィリピンの災害と比較しながら、本当に被災者に必要とされる支援とは何かについて、みんなで考えました。


Photo5.jpg


自然災害が発生した後の状況は日々刻々と変わります。発災直後は食料や水、衣類、避難場所などが必要となりますが、少し時間が経てば被災者の方たちの生活をどう立て直していくかということに焦点は移り、さらにその後は被災地の社会やコミュニティーをどう再建していくかということがより重要になっていきます。

東日本大震災の時には、緊急支援物資が必要とされる時期が過ぎ、被災者が自分で食料や衣類を手に入れられるようになってからも、食べ物や古着などといった物資が一部の被災地には届いていました。この結果、被災地では送られてきた物資を保管する場所の確保と維持のため、莫大な費用や人員を要してしまいました。
こうした問題はあまり大きくは報道されませんでしたが、被災した方々を助けたいという人たちの純粋な善意が、時期をほんの少し逃してしまったがゆえに被災地のニーズと食い違ってしまったという、悲しいケースだと感じています。

ニーズに対するこうした食い違いは、被災地にいる人たちと支援する人たちとの間の「物理的な距離」に加え、「社会的な距離」もあったために生じたとされています。被災地との物理的な距離がある上、目まぐるしく変わっていく被災地の実情や被災者の本当の気持ちなどはマスコミの報道だけではなかなか伝わらないため、お互いの思いの間にはギャップが生まれてしまい、それが「社会的な距離」となっていきます。

この「社会的な距離」を縮めるのも私たちNGOの大切な役割であるということが、東日本大震災の教訓の一つでした。変化し続ける被災地の状況を伝え、そのような人たちを助けたいという支援の思いをより適切なカタチで届けられるように仲介する、という役割です。

東日本と日本各地との「社会的な距離」も大きいものでしたが、日本とフィリピンとの間では現地の様子がなかなか伝わりにくいことからも、その「社会的距離」はさらに大きなものでした。

そんな難しい状況において、私たちにいったい何ができるのか?


Photo6.jpg


日本に住む私たちがフィリピンの人たちに直接できることは、実はとても限られています。フィリピンから遠く離れた日本に住む私たちにまずできることは、限られた中にあってもなお彼らの実情を知り関心を持ち続けることであり、そうした心のありようが、時間はかかっても彼らが本当に必要としている支援の実現につながるのだと思います。



手作りのフィリピン料理を食べながら、気さくな雰囲気の中で行われたイベントでしたが、彼らの話し合いは私にとても大切な気づきを与えてくれました。


身近なことから国際協力を考える。

自分たちのできることを真剣に考え、取り組んでいるADRA Japan Youthの今後の活躍に期待したいと思います。

(文責:東日本事業担当 小出一博

あなたのメールボックスに、ADRAブログの更新情報が届く!
下のリンクをクリック!

メールマガジン「ADRA便り〜ひとつの命から世界を変える〜」を無料購読する
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 16:32 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(3/3)【スタッフのつぶやき】ボスニア・ヘルツェゴビナでの出会い [2014年03月03日(Mon)]
ADRAの南スーダン担当として11月から働いている前野裕子です。
今日は私が体験したボスニア・ヘルツェゴビナでの不思議な出会いについて書かせていただきます。

大学在学中に英国留学をしていた時、休みを使ってヨーロッパ各地をバスや列車で旅しました。その中で、私が国際協力に携わるきっかけになった出会いがありました。出会いとは不思議なもので、私はその人の名前すら覚えていません。きっと一緒にいた時間はものの数時間。でもそれが忘れられない記憶となって、今でもはっきり思い出せるのです。

私がオーストリアから夜行バスでボスニア・ヘルツェゴビナに向かっていたときのことです。ボスニア・ヘルツェゴビナは、ユーゴスラビア紛争にともなうユーゴ解体の動きの中で、90年代初頭から紛争下にあったことは知っていましたが、それ以外の特段の知識もなく、ふらっと向かいました。


1.jpg
サラエボ市内


夜行バスの一番後ろの席でくつろいでいると、いつの間にか寝てしまいました。ふと起きるとどこかに停車し、人が荷物を積み入れているのが見えました。特に気にも止めずぼんやり外を見ていると、恰幅のいいおばさんが乗ってきて後方座席までやってきました。
「膝が悪いから、後ろの席で足を伸ばしたい』というので、私は何席か陣取っていた席を明け渡しました。バスは走り出し、またどこかに止まりました。私はなんせ初めての一人旅で土地勘が全くなかったので、止まるたびにここはどこかと彼女に聞きました。おばさんは「どこまで行くの?」と私に聞き、私がサラエボと答えると、「私もサラエボまで行くから着いたら教えてあげる」と言ってくれました。
少し打ち解けた私たちは、それからお互いの身の上話をしました。


2.jpg
これがそのおばさん


おばさんの話はとても衝撃的でした。
彼女はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の際に難民として逃れ、オーストリア政府から難民認定を受けていました。でも弟は紛争が激化してもサラエボを去らずに住み続けているようで、おばさんは毎年1回サラエボに彼を訪ねに行っているというのです。
おばさんの親戚はその多くが紛争で亡くなり、毎年の訪問のたびにお墓参りに行くのが常だとのこと。サラエボでは綺麗なお花があまりないので、おばさんはわざわざオーストリアで大量の花を調達しバスで運んでいました。大量の花を運ぶと、いつも国境の検問所で文句をいわれ、賄賂を要求されるそうです。サラエボを毎年訪ねるととても悲しくなるから、本当は来たくないとも話してくれました。

一通り話をすると、おばさんはすっと寝てしまいました。私はなんとも言えない思いで、外をしばらく見ていました。祖国を離れて家族とバラバラになるって、一体どんな思いなのだろう。彼女のつらい気持ちは私には到底わからないなぁと思いました。
仮眠を取り、目を覚ますともう外は明るくなっていました。おばさんは「もうすぐサラエボだよ」と教えてくれました。

バスを下りると、おばさんの弟夫妻が車で迎えに来ていました。おばさんは嬉しそうに二人に抱擁すると、せっせと花を積み入れました。私は右も左もわからずその光景を見ていると、「どこまで行くの?」と聞いてくれました。その時はサラエボの通貨を持っていなかったので銀行に行きたいというと、今は朝で開いてないからといって、日本円で1,000円くらいを私に渡し、電車に乗せてくれました。
なんだかとても温かい気持ちになって、何度もお礼を言いました。


3.jpg
お花を車に積んでいるおばさんと弟夫妻。手前は物乞いに来たストリートチルドレン。


サラエボは山に囲まれたとても美しい町で、思っていたよりずっと発展していて町も綺麗でした。モスクや教会、シナゴーグが各所にあり、オリエンタルな雰囲気で気に入りました。
一方、壁には生々しい銃弾の跡があったり、山の上には無数の白いお墓があったりしました。おばさんの親戚も、あのお墓の下に眠っているのかなぁと考えると、とても悲しくなりました。


4.jpg
まだ弾丸の跡が生々しく残っています。


サラエボには数日しか滞在しませんでしたが、思い出深い場所になりました。
その後、人の移動に興味をもち、移民研究をしたり、難民関係のNPOでインターンもしました。紛争と人の移動にずっと興味を持ち続けて、それが今のADRAでの仕事に繋がっています。
想像を絶する世界で生きてきたボスニア・ヘルツェゴビナのおばさんや、南スーダンの裨益者の痛みは私には到底分かりません。それでも少しでも彼らを知って、前に進むお手伝いができたらと思っています。現場に行くといつも私が与えられる物より、与えてもらう物の方が大きい気がします。


5.jpg
サラエボ市内の銅像。Francesco Perilliというイタリア人の作品。


L´uomo multiculturale construira il mondo(多文化の人が世界を作るだろう)と書かれています。

(文責:南スーダン事業担当 前野裕子)
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 17:04 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(2/21)【スタッフのつぶやき】プロボノむっちゃんの簿記講座 [2014年02月21日(Fri)]
皆さん、こんにちは。
管理部の芦田です。
先日は2週連続で雪の週末なりましたね。次の週末こそは雪が降らないことを願っています。
なぜなら、簿記3級の試験があるからです。

昨年10月のある日、ADRA Japan へ1人のボランティアが来てくださいました。
その名もむっちゃんこと六浦雅夫さん。本業は公認会計士です。

六浦さんの公認会計士・税理士事務所

公認会計士と聞いてADRA Japan スタッフは、日ごろ疑問に思っていた会計に関する課題をむっちゃんに尋ねてみました。
むっちゃんは質問に答えてくださるとともに、日本の常識が通用しない現地の会計書類と格闘している私たちを励ましてくださいました。

もっと会計を勉強したいという思いから、むっちゃんにプロボノとして簿記3級勉強会の先生をお願いしたところ快諾してくださり、2月の簿記試験を目指して勉強会を行うことになりました。

「簿記は難しそうだけど、感覚で覚えればいいんです」
「混乱してきたら、仕訳に立ち返りましょう」
「実際に試験の場合には、○○の箇所には〜分以上かけないで次にいきましょう」

むっちゃんの勉強会は常に‘実際の試験で点がとれる’ことが念頭におかれ、教材選びから講義内容までが徹底されていました。


Photo1.jpg
勉強会の様子


勉強会に出ていたスタッフからも、むっちゃんの講義は非常に好評でした。
「生徒」からのコメントをここで少し紹介したいと思います。

前野
「長年簿記の言葉に根拠もない拒否反応を示していました。でもむっちゃんの授業を受けて簿記の面白さに気づけました。とても丁寧に教えていただけたので、ありがたかったです。」

渡辺(陽)
「簿記は一度だけ、大学の授業で勉強しましたが、その時にはさっぱり理解できませんでした。むっちゃん先生の授業では、具体的な例をだしていただき、わかりやすく解説してくださったので、本を読んでわからないところも理解できました。去年から数回にわたる簿記勉強会を開いていただき、本当にありがとうございました。」

芦田
「突然のお願いにもかかわらず、快く簿記の先生を引き受けてくださったむっちゃん。本当にありがとうございました。勉強会の最初には常に簿記の流れを説明してくれて、どこを勉強しているのかが分かり、慣れない言葉に私たちが迷子にならずに理解することができました。電子マネーで路線違いの電車に乗車した場合の電車賃を仕訳けると?など脱線した話も盛り上がり、むっちゃんと楽しく勉強することができました。」

合澤
「むっちゃん先生と数人のスタッフで、一度ランチを食べにいったときに、『NPOで働く人たちと出会って、初めて、職場で共感できる人がいることの喜びを感じた。自分の会計のスキルを、是非そういう分野に生かしたいので事務所を立ち上げた。』とおっしゃっていたのが印象的でした。人のつながりを大切にしていきたい、とおっしゃっていたADRA Japanのプロボノであるむっちゃんに、会計事務所でも是非、大活躍して頂きたいと思っています。ブログを見ながら、応援しています。」

浦島
「むっちゃんが繰り返しておられた言葉が非常に印象的でした。それは『なんとなく、感覚ですね』というもの。数字が苦手な私は、簿記とは一つひとつの規則を頭に叩き込むものであるというイメージを持っていたのですが、それが感覚で良いと言われ、であれば自分にもできるかなという気持ちになることができました。そして実際に感覚で捉えようとすると、教科書にかじりついて記憶ベースで学ぶよりもずっとスムーズに頭に入ってくることが分かりました。すばらしい機会を提供してくださったことを感謝しています。」


Photo2.jpg
仕訳を身振り手振りで解説するむっちゃん


勉強会では常時4〜5名のスタッフが参加し、会計の知識を深めることができました。
全員ではないですが、2月末に行なわれる簿記3級試験を受けるスタッフもいます。


Photo3.jpg
みんなで問題を解いてみる


むっちゃん、本当に本当にありがとうございました。
試験がんばります。

(文責:管理部 芦田望未
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 17:28 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(2/14)【スタッフのつぶやき】その先延ばし癖、直せますよ! [2014年02月14日(Fri)]
皆さまこんにちは、事業部インターンの紺谷です。
普段はインターンとしてADRA Japanの事業のお手伝いをしているので情報発信をする機会があまりないのですが、今回は「スタッフのつぶやき」という形でブログを書く機会をいただきました。

「いつもインターンとして従事している事業とは関係のないことで!」というお題をもらいましたので、私が最近知った、普段の生活で役に立つであろう「あるテクニック」をご披露したいと思います。


そのテクニックとは・・・・

そう、このブログの題名にもある「先延ばし癖の直し方」です!

皆さまの中で、「仕事中に集中が切れてふと自分のフェイスブックのタイムラインをチェックしてしまった・・・」とか、「難しい仕事が降ってきて、どうしようもなく関係ないウェブサイトを見始めてしまい、気がついたらかなり時間が経っていた・・・」なんていう経験をされた方はいらっしゃいませんか?

こんなことをしてしまった結果、仕事の締め切りギリギリまで作業が終わらず・・・と後悔してしまうことが、個人的にはしばしばあります。

そんな私をはじめ、同じような経験をされたことがある方にとって救いとなるかもしれない記事を先日見つけましたので、今回はそちらをご紹介します。


その名も、「先延ばし癖を直すには気分転換の技術に目を向けよ」です。
この記事は、元は英語で書かれたものを日本語で直訳したものなので、日本語だと多少読みにくくなっております。英語がお分かりになる方は、英語版をお読みになることをお薦めします。

それでは早速、内容を簡単にご紹介します。
この記事いわく、先延ばし癖を直すには以下の三つの方法が有効です。

まず一つ目は、「時間旅行」。
時間旅行と言っても、過去や未来へ行くわけではありません。
「今やっている仕事を終わらせた後のことを想像する」ということなのです。
目の前の仕事を先延ばししそうになったら、「今、先延ばしをしてしまったら、後々後悔するだろう。」とか「もう少しで終わる!終わらすことができたら友人とのディナーに間に合う!」などなど、未来のことを思い描き、仕事を投げ出しそうな気持ちを修正するテクニックです。


続いてまいりましょう。二つ目は「とにかく始める」です。
「千里の道も一歩から」とよく言われるように、どんなに大変な仕事でも、まずは始めてみないと終わりません。勇気を持ってとりあえず始めてみる、というのはいい手かもしれません。


そして最後は、「自分を許す」です。
目の前の作業を少し先延ばししてしまった結果、「どうして先延ばしにしてしまったのだ!」と自分を責めてしまう方もいらっしゃるかと思います。
そんな時に必要なのは「先延ばししてしまった自分を許す」ことです。こうすることにより自分への罪悪感をなくし、仕事に対して前向きな気持ちにさせることができるのです。


以上の三つが、今回ご紹介したかったテクニックです。いかがでしたでしょうか?皆さまにとって「目からウロコ」な内容になっていれば幸いです。
英語の原文にはこれらのテクニックについてさらに詳しく解説してありますので、是非ご一読ください。

先延ばし屋の私もこれらのテクニックを駆使して、なんとかこの悪い癖を克服したいなと思っております。

(文責:インターン 紺谷友博)
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 10:00 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(2/7)【スタッフのつぶやき】富岡高校サッカー部のみなさん、感動をありがとう!! [2014年02月07日(Fri)]
東日本復興支援・福島事業担当の会田です。

前回の私のスタッフのつぶやきでもご紹介しましたが、全国高校サッカー選手権大会に福島県代表として出場した富岡高校の最初の試合が昨年の大みそかに行われ、私を含めたADRA Japanスタッフが試合の応援に行ってきました。

試合会場には福島県内外からも1,000人近い応援団が集まっていました。みなさん富岡町にある桜並木をイメージした桜色のポンチョを着て、応援のための気合は十分でした。


1.JPG


2.JPG


試合開始後間もなく、富岡高校3年生の内山選手と高木選手がゴールを立て続けに決め、前半に2点を先制しました!!!


3.jpg
ゴールを狙いボールを追いかける選手たち(富岡高校は青色のユニフォーム)


応援席の私たちも盛り上がり、みんなで立ち上がって喜びあいました。

そして後半、そのまま富岡高校は前半の2点を守り抜き、第2試合進出を決めました。
おめでとうございます!!!


4.JPG
試合後、ADRA応援団も勝利に「やったね!」のポーズ


勢いに乗った富岡高校は次の試合も勝てるのではないか、という予感があったのですが、次の第2試合は互角の勝負となりました。
前半はお互いに点を入れ、1対1のまま後半を迎えました。彼らの背中からは「諦める」という様子は最後まで全く感じられず、試合終了の笛が鳴るまで選手たちは一生懸命にボールを追い、ピッチを走り続けていました。


5.jpg
常に全力でボールを追う選手たち(富岡高校は白いユニフォーム)


そして試合は同点のままPK戦になりました。
結果、残念ながら富岡高校は負けてしまいました。

現在の富岡高校の3年生は東日本大震災の起きた2011年に入学したため、避難指示区域内にある富岡高校のグラウンドを使うことができず、ついに自分たちの母校でプレーをすることはありませんでした。そんな彼らが福島県代表として全国大会に出場し、全国4,166校から勝ち上がった48の代表校の一つとして、それも2回戦でプレーをすることが、どんなに難しく、すごいことなのだろうかと思うと、試合を観戦しながらも熱く込み上げてくるものがありました。そして、そんな彼らを会場で応援できたことへの喜びが湧いてきました。
試合中、選手たちが必死でボールを追いかけ、走り続けていた姿が今でも忘れられません。

来年度の全国大会でも富岡高校サッカー部のプレーが見られるよう、私は応援しています。
富岡高校サッカー部の皆さん、全国大会での感動的なプレーをどうもありがとうございました!!

(文責:東日本事業担当 会田有紀
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 12:39 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(1/31)【スタッフのつぶやき】田邉、ADRAやめるってよ [2014年01月31日(Fri)]
こんにちは、事業部の田邉です。私は、訳あって今年の1月にADRA Japan を退職することになりました。

退職前に最後のブログを書かせてもらえるということで、内部告発をして立つ鳥後を濁そうと思います。

告発の内容ですが、退職前にスタッフやインターンからメッセージ入りの色紙をいただきました。その一部をご紹介します。

まず表紙です。何やら書類が貼ってあります。ちょっと字が小さいですがよく見てみると…


@.jpg


…雇用契約書!?

そして、じっくり見ると細部がおかしい。

例えば、

「契約期間:2012年4月1日〜事業部長が『いい』というまで

「賃金:できる限り低い額で何とか

「備考:イジられキャラであることを自覚し、与えられたポジションを甘受すること

人道支援をしている団体にもかかわらず、非人道的な労働条件が羅列されています。

そして、極めつけは署名欄。もちろん署名をした覚えはありません。


A.jpg


サイン偽造、ダメ、ゼッタイ。

…私の筆跡とは似ても似つかぬ署名があります。雇用者の欄には上司の署名もあり、確信犯的に共謀していたことが伺えます。

そして、色紙の中を見るとスタッフやインターンからの生温かいメッセ―ジが満載でした。


B.jpg


ん? 真ん中の色紙には何やらイラストが。


C.jpg


さらばうわー…!!

これは、大阪府の某遊園地の広告がモチーフになっているようです。


D.jpg


写真の方は2014年の大河ドラマの主役。それを模すなんて、○ャニーズ事務所からのクレームが来たら一体どうするのか。神をも恐れぬ所業です。

そして色紙の裏には、なんと世界中のフットボーラーからの激励のコメントが届いていました。


E.jpg


豪 華 絢 爛。

よく見てみると…


F.jpg


先日移籍したACミランの10番の方からも激励してもらいました!


契約書を偽造し、芸能事務所からのクレームを覚悟し、そして世界中のフットボーラーの肖像権を無視してまでこの色紙を作ってもらったスタッフのみんなには感謝の気持ちを禁じ得ません。


私がADRA Japan に入職したのは、2011年4月。東日本大震災の被災者支援の真っただ中でした。

スタッフ総出で震災対応をする中、私はラオス事業を担当し、少しずつADRAという組織に順応しながら業務をさせてもらいました。

その後、タイの洪水支援で現地に派遣されたり、南スーダンでは駐在員として帰還民定着支援に携わったりました。

特に南スーダン駐在は、生活・仕事環境ともに決して容易ではありませんでした。同僚に迷惑をかけ、上司にスカイプで泣きついたりもしましたが、みんなに辛抱強く見守ってもらいながら仕事を続けることができました。

ADRAで働いてみて痛切に感じることがあります。

それは、働いているスタッフに対して「脆さ」や「弱さ」があるひとりの人間として、一緒に寄り添ってくれる独特の温かさがあることです。

今回の私の退職も、組織としては退職に対して、否定的な反応をすることができたのかもしれません。しかし、ひとりの人間としての生き方を鑑みて気持ちよく送り出してもらえました。



そして、退職前日の1月23日(木)に「いってらっしゃいランチ」を開催してもらいました。


G.jpg


その日の予定表です。「(ADRA長期休業)」と書いてあります。

また戻ってきてもいいよ、というメッセージが込められているようで嬉しいです。


H.jpg


色紙の中にある上司のコメント、「ADRAには退職という言葉はない」と書かれています。


ADRAの面接で初めて東京事務所を訪れたのは、2010年12月。

難しい筆記試験の問題には、「わかりません。ですが恐らく○○が正解だと思います」などと書いて無駄な抵抗をし、答えにくい面接の質問に焦りながらも心の声に従って回答したのを覚えています。

採用された後、初出勤の日に「上司もこっちから呼び出しちゃうようなフラットな職場だから緊張しなくていいよ。」とスタッフに声をかけてもらいました。

しかし、「そんな甘いことを言っておいて油断させる罠に違いない。」と疑心暗鬼は解けず、極度に緊張しながらみんなの前で自己紹介したのは、今となってはいい思い出です。

そして、いつの間にかそんな「油断させる罠」は信じなくなっていました。

…この場を借りて、最後に一言。


田邉、ADRAやめません。


ADRAファミリーとしてこれからも一緒にいさせてほしいです。

幾つかの偶然が重なってADRAで働くことができました、その偶然に感謝しています。

今まで本当にありがとうございました…!

そして、これからも。


I.jpg
2012年ラオスのロン郡で、村の人と一緒に


(文責:田邉宙大)
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 16:50 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(1/24)【スタッフのつぶやき】山元町の美味しいもの [2014年01月24日(Fri)]
事業部の三原です。

今回は、私が2011年4月から駐在している(現在は月の半分くらい駐在)宮城県亘理郡山元町の美味しいものをご紹介します。

山元町は宮城県の最南端に位置し、東北の中でも比較的温暖で雪もあまり積もることはないため、住みやすい気候だと思います。

まず最初にご紹介するのは和風レストラン「田園」。最近まで町の南側にありましたが現在は移転し、山元I.C脇にお店を構えています。


Photo1.jpg


Photo2.jpg
和風レストラン「田園」山元店


こちらでは旬の丼や海鮮丼などがいただけます。なんと言っても亘理名物の“はらこめし”が人気。多少の前後はありますが、はらこめしは例年12月で終わりになります。今は“ほっきめし”のシーズンです。


続いてはレストラン「わか菜」。こちらのお勧めは“オムライス”です。この近辺では数少ない洋食がいただけるレストランで、“オムライス”は温かみを感じる優しいお味です。また、こちらの“はらこめし”の鮭といくらは山元町にある磯浜漁港から水揚げされたものを使用しており、磯浜漁港を応援するためにも食べる価値ありです!


Photo3.jpg
レストラン「わか菜」


続きまして「花膳」。こちらはお昼時になると土木作業員の方や近くでお勤めの方が続々と来店し、あっという間に満席になります。和定食から一品料理、はたまた沖縄そばまで取り揃えています。ちなみに私はここの沖縄そばが大好きです!島唐辛子まで置いてあり、本格的です。


Photo4.jpg
花膳


そしてこちらのお店には“はらこめし”ならぬ“あぶりはらこめし”があります。普通のはらこめしは鮭の出汁と醤油で炊いたご飯の上に、醤油味のしみ込んだ鮭といくらを載せるのですが、“あぶりはらこめし”の鮭は煮付けるのではなくバーナーで炙っているそうです。香ばしい鮭がたまりません。


Photo5.jpg
あぶりはらこめし


さて、ここからは三原が独断で選んだ美味しいものをランキング形式でご紹介します!
まず第3位は!
“ホッキコロッケ”です。


Photo6.jpg
ホッキコロッケ


山元亘理商工会主催で実施されたホッキの創作料理コンクールがきっかけで誕生した“ホッキコロッケ”が、現在「花膳」を含む山元町内のレストラン6店舗で商品化されています。私が“あぶりはらこめし”をいただいているとご主人が「試食だよ〜。」と言って“ホッキコロッケ”を出してくれました。
ホッキコロッケは各お店によってベースにしているものや味付けが異なるのですが、「花膳」のホッキコロッケはじゃがいもがベースになっていてホッキの香りが口の中に広がる、ホッキを満喫できるお味でした。


続いてお勧め第2位は!!
“京子の万能たれ”と“京子の南蛮みそ”です。


Photo7.jpg
京子の万能たれと京子の南蛮みそ


京子の万能たれ”はいわゆる焼肉のたれなのですが、野菜炒めなどに使うととっても美味しいです。“京子の南蛮みそ”はご飯のお供に最適。ボランティアの方の中にはこの南蛮みそが気に入って、山元町に来る度に購入していく方もいるほどです。私も“京子の万能たれ”を実家のお土産にしています。

こちらは山元町農産物直売所「夢いちごの郷」で購入できます。「夢いちごの郷」は震災前は沿岸部にありましたが津波によって流されてしまったため、現在は小さなプレハブを国道6号線沿いに建てて営業しています。こちらでは山元町産の野菜や果物、加工品や手芸品を販売しています。


Photo8.jpg
夢いちごの郷


Photo9.jpg
山元町産のものがたくさん


そして、輝く第1位は!!!
“蜜入りのふじりんご”です。


Photo10.jpg
蜜入りのふじりんご


こちらは山元町内のりんご農家さんで直接買うこともできますが、「夢いちごの郷」でも購入できます。このりんごは皮をむく前に手で持っただけでベトベトするほど蜜がたっぷりで、私が今まで食べてきた中で一番美味しいと思ったりんごです!初めて食べた時には衝撃が走りました!

山元町はホッキ貝に加えていちごとりんごが特産ですが、「夢いちごの郷」ではその両方が販売されています。震災前、沿岸部には約130のいちご農家がありましたが、これも津波によってそのほとんどが流失してしまいました。現在はその6割が復興し、粒が大きくて美味しいいちごが出荷されています。これも最高に美味しいです!いちごは11月下旬〜6月中旬頃まで、早生のりんごは8月中旬から出ますが“蜜入りのふじりんご”は11月下旬〜12月までの販売となります。ふじりんごは5個入り400円(12/6の価格)と、かなりお買い得です。

ちなみに今回のランキングからは外しましたが、こちら“パプリカアイス”もお勧めです。


Photo11.jpg
パプリカアイス


“パプリカアイス”のパプリカも山元町産で、ほんのりパプリカの香りがするさっぱりとしたアイスです。

そしてさらにランキング外、特別賞を差し上げたいのは!!!
「花膳」のご主人です。


Photo12.jpg
ホッキを手にするご主人

私も以前からお世話になっているのですが、時間がある時にはご主人の若い頃のお話や山元町のことなど、面白いお話をたくさんしてくださる方です。先日はキャベツ1玉をいただき、次に訪れた時には畑でとれたパプリカをいただいてしまいました。お店に行くと元気をいただけるご主人です。
皆さんもご主人に会いに行ってみてはいかがでしょうか?きっと明るく迎えてくれるはずです。

今回ご紹介したもの以外にも、山元町には美味しいものがたくさんあります!季節ごとの楽しみもあり、ますます山元町の魅力にはまっている私です。
皆さんも山元町に美味しいものを食べに来ませんか?ADRA Japanでは毎月足湯ボランティアを山元町へ派遣していますので、ぜひご参加ください。

2月派遣 足湯ボランティア募集中

足湯ボランティアで山元町の方々と触れ合った後には、今回ご紹介したような食事も堪能できます。

山元町で美味しいものと共にお待ちしています!


(文責:東日本事業担当 三原千佳
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 11:32 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(1/10)【スタッフのつぶやき】地下迷宮について考える [2014年01月10日(Fri)]
ネパール事業担当の須原です。今回はつぶやきブログということで、事業とほとんど関係ないお話をしたいと思います。

海外事業担当というと、よく「一年のうち、どれぐらい現地に行っているのか」と聞かれます。むしろ「一年のうち、どれぐらい日本に帰ってきているのか」と聞かれることの方が多く、ああ、基本的に日本にいないと思われているのだな、と感じます。
結論から言うと、僕は年に数回しかネパールに行きません。滞在期間をすべて足しても、せいぜい年間で3ヶ月ぐらいといったところです。実施中の母子保健事業では東京側の担当者として資料の作成や取りまとめをするため、必要な時にしか現地に入りません。また、口唇口蓋裂医療チーム派遣事業に至っては、日本国内でやらなければならない作業がたくさんあるため、むしろ現地に滞在し続けると派遣準備に支障が出ます。


photo1.JPG
9月には口唇口蓋裂医療チームの参加者を集めてミーティングをしました


photo2.jpg
ネパールに持ち込む資材の確認も日本にいなければできない仕事のうちの一つ


そんなわけで、一年のうちのほとんどを日本で過ごしています。日本にいるということは、通勤で電車を使うということです。僕は私鉄D線を使っていますが、事務所のある明治神宮前(原宿)駅までには一つの大きな関門があります。それは渋谷駅

今年3月、地上にあった東急東横線のホームが地下に潜って東京メトロ副都心線に接続されたというニュースは、渋谷駅を使わない方でも覚えておられるのではないでしょうか。
僕はD線なのでこのホーム移動の影響はないのですが、毎朝、D線から副都心線への乗換の際に使う通路では警備員さんが数メートルおきに配置され、「左側通行でお願いします!」と叫んでいます。せいぜい100メートルほどの乗換距離でさえこうなのですから、駅全体ではきっと数百人規模の警備員さんが配置され、同様に声を涸らして利用者に注意喚起をしているのでしょう。お疲れさまです。

そしてそんな警備員さんの姿を見るたび、なぜ新しく整備された駅なのに乗り継ぎでこんなに混乱し、人を多く配置しなければならなくなってしまったのだろうと思います。今、思いつく原因としては1,827個ぐらいしか挙げられませんが、それらをさらに大きく分けると、だいたい以下の3つにまとめられます。

(1) 乗り継ぎのことを考えていなかった
渋谷が目的地の人にとっては、渋谷駅での乗り継ぎが不便かどうかはあまり問題ではありません。渋谷駅の設計をした人が全員渋谷に住んでいた、あるいは設計した人の事務所が渋谷駅の真上にあった、などにより、乗り継ぎの混雑ぶりまで計算していなかった可能性はゼロではありません。

(2) 思っていたより人が来るようになってしまった
現在の渋谷駅が設計された頃には、まだ渋谷はそれほど多くの人が集まる場所ではなかった可能性があります。歴史的にはJR渋谷駅が開通したのが明治18年、そして現在のD線が渋谷に接続したのは明治40年です。その頃の人に、今の渋谷の賑わいを想像して駅を設計しろという方が無茶でしょう。

(3) 警備員さんを雇い続けるという固い意思が経営者にある
長らく不況にあえぐ日本。人件費カットを検討する企業も多い中、あえてたくさんの警備員さんを雇用することを選択し、日本経済に少しでも貢献しようという考えを持つ経営者がいるのかもしれません。だとすれば、多少の混乱や混雑もやむなしというところでしょう。

そんな渋谷駅ですが、僕の通勤の場合は構内での乗り継ぎで済んでいるので事態はまだ穏やかです。これが改札を出ていったん地上に出なければならないとなると、話はまた別となり、新たな試練が訪れます。
渋谷駅には東京メトロだけで副都心線、銀座線、半蔵門線の3路線が乗り入れており、副都心線から銀座線に乗り換えるには地下5階から地上3階まで上らなければなりません。ここにさらにJR線が絡むため、渋谷はまさに迷宮の様相を呈しています。
そのカオスぶりは構内図を見れば一目瞭然で、東京メトロのホームページで見られる図は凄いことになっています。


photo3.jpg
カオス。ちなみにここにはJR線のホームは描かれていない


かつて『女神転生』というゲームがありました。現実世界に天使や悪魔が降臨し、ダンジョンと化した渋谷や新宿を主人公たちが探検するゲームです。今の渋谷駅がダンジョンとしてデザインされたら、脱出できないプレーヤーが続出することは必至です。

よく引き合いに出される「迷いやすい駅」としては他に東京駅や新宿駅がありますが、これらは実は面積は広いものの立体的(上下)に複雑ではないため、構内図は思った以上にシンプルだったりします。JRのサイトでこれらの駅の構内図を見ると、渋谷駅の構内図との違いに気づくかと思います。

渋谷駅のこの複雑さ、どこかで見たことがある…と思い、ネットを検索したところ、ピラミッドの内部構造にやや近いものが見られました。


photo4.jpg
地下の広がりと地上への出口の長さが渋谷駅っぽい


また、日本や西洋の城郭の内部構造などにもちょっと似ています。外から来た人を容易には入らせない、そしていったん中に入れたらそうそう簡単には外には出させない、という気概に関しては、城郭も渋谷駅も大した違いはありません。

そんな渋谷駅の構内図を見続けていると、さらにもう一つ、頭に浮かんだものがありました。僕の年代の男性ならば、きっと一度は見たことがあるものです。

はい、そうですね。ガンダムの戦艦です。


photo5.jpg
 

渋谷駅の構内図と見比べると、前に突き出た部分や横に張り出している部分はまさに戦艦のフォルムそのもの(出典:ガンダム情報サイト・ガンダムチャンネル様)

ここまで踏まえると、渋谷駅がこれほどまでに複雑な構造をしていることについて新たな考察ができます。細かく挙げていくと2,481通りぐらいの説明ができますが、大まかに言えばやはり3つぐらいになります。

(1) 設計者は古代遺跡が好きだった
古代遺跡へのあこがれの思いが募るあまり、自分が手がけた渋谷駅を遺跡のような構造にしてみたいという誘惑に抗えなかった可能性があります。この場合、人類の偉大な足跡を辿ろうとした設計者を責めるべきではありません。

(2) 設計者はガンダムが好きだった
子どもの頃にあこがれたガンダム世界への思いが高まるあまり、渋谷駅を主人公たちが搭乗する戦艦のような構造にしてみたいという誘惑に抗えなかった可能性があります。この場合、純真な子どもの頃の想いを抱き続けていた設計者を責めるべきではありません。

(3) 設計者は渋谷駅から外に出てほしくなかった
人の密集地帯となってしまった渋谷。このままではすでに地上にいる人たちの往来に支障が出ると考えた設計者が、渋谷駅で降りる人を地上に出すまいと考えた可能性があります。この場合、渋谷の混雑を力技で解決しようとした設計者を少しは責めるべきですが、強く責めることはできません。


渋谷駅での乗換時の混雑の原因についての考察も、地上に出るまでの困難さについての考察も恐らくどれかは真実を言い当てていると思いますが、それで日々の通勤が楽になるわけでもありません。今は毎朝の通勤時に声を張り上げる警備員さんに敬意を払いつつ、できることなら地下深くから地上に出なければならない用事を作らないようにしようと心に決めています。

それでもどうしても渋谷駅を縦に、あるいは横に歩き続けなければならない時、先月末に帰って来たばかりではあるものの、複雑な地下街や深く潜る地下鉄などまったくないネパールはやっぱり良いな、などと思ってしまいます。この時期は単に「寒い」という理由だけで、ネパールに滞在する意欲は少し減退しますが。

皆さんにも、渋谷の地下迷宮に挑む際はそれなりの覚悟と気合いを持ち合わせていくことをお勧めします。



(文責:ネパール事業担当 須原敦

このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 11:14 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
(12/20)【スタッフのつぶやき】モモを通じた人々とのふれあい [2013年12月20日(Fri)]
こんにちは。管理部パート兼インターンの渡辺陽子です。

前回のスタッフのつぶやきは、大学院生だった昨年、ネパールで行なったインターンシップと調査についてお伝えしました。今回は、食べ物編としてネパールの「モモ」という食べ物を紹介します。

 「モモ」とは蒸した餃子のようなもので、ネパールではおやつとしても人気です。中身はチキン、水牛肉、羊肉からベジタリアン向けの野菜まで様々です。
モモにハマったのは、レストランではなくインターン先の病院の食堂でした。食堂のメニューは、普段はネパールのカレー「ダルバード」ですが、金曜日だけ「フライデーモモ」と呼ばれるモモの日になるのです。

 金曜日、食堂のスタッフはいつもより早く準備にとりかかります。大量のモモの具材は肉をミンチにした後、色々なスパイスを混ぜ込んでつくります。さらに皮生地を作り、具を包んでいきます。
  

写真1.jpg
モモの準備   

     
普段は病院の外のレストランなどでお昼をすます医師もこの日は特別。食堂のカウンター前で集まってモモの出来上がりを待ちます。蒸しあがると、出来立てのモモがカウンターまで運ばれてきます。その瞬間に四方八方からお皿を持った手が伸びてきて、あっという間に蒸し器の中のモモは消えてしまいます。お皿を差し出しながら食べたい数を伝えると、エプロンを着たお姉さんが素早く入れてくれます。


写真2.jpg
出来立て熱々のモモ


聞くところによると、この病院の院長はモモが好きなあまり食堂のスタッフには特別にレストランでモモを作る修行を受けさせているとのこと。病院のモモは、レストランと比べるとサイズは小さいですが肉汁たっぷりでそれはそれは美味しく、15個〜20個はすぐにお腹におさまってしまいます。金曜のモモの日は病院スタッフだけではなく、私のような海外からネパールに来たインターン生にとってもワクワクする日です。金曜の夜は、今日はいくつモモを食べたかと報告し合い、盛り上がることもありました。


写真3.jpg    
ヨーグルトと一緒にモモを食べる


写真4.jpg
食堂のお姉さんにモモの包み方を教わる


モモを食べる時にはピリッと辛いソースをかけて食べます。一方、私が発案したおすすめの食べ方は、このソースに「ダヒ」と呼ばれるヨーグルトを少しずつかけて混ぜながらモモを食べる方法です。まろやかで深い味わいになります。最初、周りのネパール人スタッフは外国人である私が開発した妙な(?)方法を敬遠して試したがりませんでしたが、すすめてみると自らダヒをかけておいしそうに食べていました。

8か月のインターンを終えて日本に帰る頃には、ほぼ毎日通った食堂のスタッフも、インターンのメンターも私の好物がモモであることをよく分かってくれていました。日本に帰国する当日には、いつもの金曜日のように一緒にモモを食べて最後のお別れをしました。 

モモという食べ物を通し、ネパールで色々な人とふれあうことができました。小さなモモの一つ一つには、人を楽しくさせる力があるのかもしれません。
 
(文責:管理部、インターン 渡辺陽子)
このエントリーをはてなブックマークに追加

   ブログトップへ

 ↓ 事業・カテゴリ別記事はコチラ ↓
最新ニュース東日本大震災南スーダンジンバブエアフガニスタンペルーネパールネパール口唇口蓋裂緊急支援イベント情報・報告人材募集ボランティア募集スタッフのつぶやき
Posted by ADRA Japan at 10:00 | スタッフのつぶやき | この記事のURL
| 次へ