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(6/6) スーダン便りVol.38 〜MAFの宅急便〜 [2011年06月06日(Mon)]
南部スーダンの事業地パガックとナシールがあるアッパーナイル州は1年のうちの半分は雨季に見舞われるため、南部スーダンの中でも特に事業運営が難しいと言われている地域のひとつです。
そもそも移動が難しくなり陸の孤島となります。
詳細は昨年雨季にパガック軟禁状態にあった当時の私の嘆き をご覧ください。


アッパーナイル州には州都でさえ1つしか銀行がなく、事業地にはプロジェクトで使用する物資を購入できる店もなく現地で調達できる物資が限られるため、全ては自分たちで首都ジュバなどから運ばなくてはなりません。
迅速に事業資金や物資を運ぶことが円滑な支援活動に不可欠です。


そんな大変なアッパーナイル州で活動するスタッフの合言葉は、

「No MAF, No Upper Nile Operation」、

MAFなくして、アッパーナイルでの活動は成り立たない!という意味です。


MAF(Mission Aviation Fellowship)とはキリスト教系の非営利組織であり、世界各国においてチャーター機を所有し、遠隔地における人道支援を可能とするため運航サービスを提供する団体です。
私たちは特に雨季は毎月のようにMAFの機体を借り上げ、支援に必要な物資を空輸します。
彼らは、ADRAのように僻地で活動する団体にとって事業運営のための大切な協働パートナーです。

MAFが持つ小型飛行機は乗客・荷物を合わせて最大1トン程度まで運ぶことができ、約10名程度の乗客を乗せることができます。
私たちはスタッフの移動や物資の輸送が必要な時に機体を一台貸し切ります。
通常は朝首都ジュバから出発し、2か所、もしくは3か所の事業地を回り同日中にジュバに戻ります。



チャーターした小型飛行機、パガック滑走路にて撮影




このMAFのフライトはどのように運航されるのでしょうか?
まず、ジュバからどこの事業地へ、どの順番に、どこからどこへ何を運ぶのか、乗客の名前と荷物のリストをMAFへ提出しフライトの予約をします。
借り上げ料金は積載重量に関わらず経由地の数と距離で決まるため、一度になるべくたくさんの荷物を運ぶ事ができるよう、機体を借り上げる日程に合わせて物資購入のスケジュールを組みます。

購入後、輸送する荷物を段ボール箱などに梱包し、フライトの前日までにMAFの事務所へ搬入します。
数を確認しながら綺麗に梱包する必要があるため、機体の借り上げがある前日は梱包と搬入でほとんど一日が終わります。
普段事務作業が多いジュバ駐在員ですが、この時ばかりは炎天下での力仕事です。
また事業地は野菜や米などの食糧が手に入らない時もあるのでスタッフの食糧も運びます。
スタッフの食糧である米や小麦、トウモロコシの粉などは50キロの袋ごと積むので、搬入の作業が終わると体が小麦だらけになります。



MAFのトラックに荷物を積み込む



経由地で燃料補給、パイロット自ら給油中




チャーター機の利点のひとつは、借り上げなので事業地の滑走路での機体の待機時間についても柔軟に対応してくれることです。
例えば事業地でインターネットが壊れた時、国連機関が運行する定期便ならば週に1便しかないので、インターネットを直す技術者をジュバから派遣すると、ほんの数時間で仕事を終えてもこの技術者は次の定期便を待つ必要があり、1週間事業地に足止めとなります。
しかしMAFは滑走路で機体を止めて待ってくれるため、技術者も作業を終えて同日にジュバに帰ることができるのです。

そして何よりありがたいのが、このチャーター機のパイロットは雨のために土の滑走路が少しぐらいぬかるんでいても、安全を確保しつつ着陸を試みてくれることです。
国連機の場合着陸の条件を満たすルールが厳しいので、上空から見て少しでも滑走路に水たまりがあったりぬかるんでいたりするとそのまますぐに引き返してしまいます。
その一方で、MAFのパイロットは滑走路ギリギリの低空飛行で地面の状況を確認した後一度は上空へあがり、旋回して2度目、3度目の挑戦で着陸をしてくれることもあります。
私は事業地に入る際、滑走路が着陸可能か微妙な時はいつも機内でこのパイロットに着陸を懇願します。
着陸できずまた2時間かけてジュバまで大量の荷物を持ち帰る事になれば、私もがっくりですが、事業に必要な物資、食糧やその月のお給料を待つ事業地スタッフはもっとがっくりです。


低空飛行で滑走路の状況を確認、機内より撮影


村人に蚊帳と薬をお届け



ADRAが南部スーダンで活動するにはこのMAFのような裏方のサポートがあってこそ。今年の雨季も支援の行き届かない場所へのアクセスを支援するパートナーと一緒に雨に負けずに頑張りますので引き続きのご支援を宜しくお願いします。

(文責:緊急事業担当 内田順子)



*この事業は、(特活)ジャパンプラットフォームの助成も受けて実施しています。


スーダン南部難民支援事業についてはコチラから

クレジットカードによる寄付はコチラから


<銀行振込>
銀行: 三菱東京UFJ銀行 表参道支店
口座: 普通1956381
口座名: トクヒ)アドラジャパン
*お振込される際に、お名前の前に「スーダン」とご入力ください。
   例)スーダン イシイミツオ
*銀行振込によるご寄付の場合、ご住所がわかりません。
領収書をご希望の方は、お振込み日、金額、お名前、ご住所、
電話番号をADRA事務局までご連絡ください。

<郵便振替>
口座番号:00290-2-34169
加入者名:(特活)ADRA Japan
通信欄に「スーダン」または「緊急支援」とご記入ください。
*振替払込請求書兼受領証にて領収証と代えさせていただきます。
領収証が必要な場合は、必ず「領収証:要」と通信欄にご記入下さい。
Posted by ADRA Japan at 06:52 | 南スーダン便り | この記事のURL
(5/20) スーダン便りVol.37 2010年度の洋裁訓練 [2011年05月20日(Fri)]
2010年度、スーダン南部の事業地パガックでは、3つの職業訓練を実施しました。そのうちの一つ、洋裁訓練では15名の訓練生が卒業して行きました。
訓練中は、先生の人柄の良さも手伝い、笑顔の絶えない素敵なクラスでした。今日は洋裁訓練生へのインタビューと、訓練終了後に行なったアンケート結果についてご紹介したいと思います。



ニャデング ポウチ ラムさん(33歳)

「このトレーニングについてですか?そりゃもちろん、とても好きです。 

私は今まで、何かの訓練を受けるチャンスになんて恵まれなかったので、この訓練が初めてなんです。それだけで私にとっては特別で、素晴らしい授業に、素晴らしい先生に出会えて、本当に良かったです。

私は2007年に帰還民としてエチオピアの難民キャンプからスーダンのパガック村に戻ってきました。しかし、パガック村では何も仕事がなく、こちらに戻ってきて以来、お金を稼ぐということはしたことがありませんでした。

なので、何かの技術を身につけることができ、その技術を元にお金を稼げるようになるなんて、思ってもみませんでした。

私の今後の目標は、洋裁の店を開くことです。
布などの材料はここから一番近い大きな町、とは言っても歩けば8時間くらいかかりますけど、エチオピアのガンベラまで買いに行って揃えます。

本音を言えば、訓練を受けた訓練生に一人一台ずつミシンを寄付してくれたら、家で続けられるので助かるんですけどね。」






マルサ ニャカンツッツさん(38歳)


「まさか自分が洋裁の技術を、ここ、パガックで身につけられるなんて思ってもみなかったので、とても嬉しく思っています。

私は今までずっと家の中のことしかやってきておらず、自分でお金を稼ぐすべなんてなかったし、自分で稼ごうとも思っていませんでした。家はとても貧しく、夫の収入が途絶えることもしばしばで、そんな中で何とか生きてきました。

でも今は違います。私でも働いてお金を稼ぐことが出来ると分かったんですもの。

私はすでに訓練中に作った服を売り、ある程度のお金を手に入れることができました。もし、それでミシンを買えるようだったら、洋裁店を始めます。もし、お金が足りなさそうなら、小さな雑貨店を開こうと思っています。

この訓練では、洋裁技術の習得はもちろん、こんな私でも働けるということを学びました。これからは子どもたちのために、頑張ってお金を稼ぎます。」




次に、訓練終了後に行なったアンケート結果をご紹介します。

Q1. ADRAの洋裁訓練はどうでしたか?

大変満足 ・・・ 6人
満足    ・・・ 5人
ふつう   ・・・ 1人
やや不満 ・・・ 3人
大変不満 ・・・ 0人

Q2. 訓練の成果は役に立っていますか?

とても役に立っている  ・・・ 9人
役に立っている     ・・・ 4人
役に立っていない   ・・・ 0人
全く役に立っていない ・・・ 0人

Q3.訓練で学んだことをどのように活用していきますか?(複数回答可)

家で活用する          ・・・ 0人
近所の人や親せきに教える ・・・ 5人
ビジネスを始める        ・・・ 15人



修了式に販売された子ども用制服を購入しその場で子どもに着せていた、とあるお母さん

Q4.洋裁訓練に関するコメントをどうぞ

- ADRA Japanがこの様なトレーニングを実施してくれてとても感謝しています
- ADRAがこの訓練をしてくれる前、私はミシンの使い方や洋服の作り方を知らなかったので、このトレーニングは本当に素晴らしいと思います
- このトレーニングは女性のキャパシティ・ビルディング(能力強化)をしてくれていますし、それまで何も知らなかった私に技術を身につけさせてくれ、ADRAには感謝をしています。
- トレーニングはとてもよかったです
- ADRAがパガック村の女性を対象にトレーニングを行ってくれた事、私たちに働くチャンスをくれた事に感謝すると共に、女性のキャパビルに貢献してくれている事に感謝しています
- ADRAが私にとても良い技術を教えてくれ、それが将来の収入源に繋がる事に感謝をしています
- このようなトレーニングを実施してくれてADRAには感謝しています。来年も続けてほしいです
- ADRAの訓練に参加し、技術と知識を得る事が出来て私はとても幸運です
- ADRAにはとても感謝していますが、出来れば来年、私たちが作業を続けられるように場所と、5台のミシンを貸し出してほしいです
- 私に職業訓練に参加する機会を与えてくれたADRAに感謝します。私はADRAがミシンをくれれば嬉しいです
- できれば、来年度もトレーニングを続けたいです
(以上、訓練生からのコメントの和訳)


ADRAが行なっている職業訓練が、地域住民のためになっているのは嬉しいことです。
一方、インタビューやアンケートからは「ミシンが欲しい」という声が聞かれますが、個人では管理や維持が難しいという事情もあり、訓練修了生に対して個別にミシンを買い与えることはしていません。しかし、こうした要望に応えるため、ADRAでは一時滞在センターにあるミシンを卒業した訓練生に開放しており、彼らがそこで洋服を作って売り、自分で稼いだお金で将来的にミシンが購入できるように支援しています。
近い将来、彼らが習得した技術を基にお店を開くことができるように、今後も自立支援を行なっていきます。



昨年、ADRAの日本支部長とスーダン南部支部長が視察に来た時の様子


今後とも皆様の温かいご支援を宜しくお願い致します。

(文責:緊急事業担当 横山雅子)



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Posted by ADRA Japan at 14:13 | 南スーダン便り | この記事のURL
スーダン便りVol.36 WFPより食糧が届きました! [2011年04月07日(Thu)]

この度、東北関東大震災で被災されました皆様に心からお見舞いを申し上げます。
一日も早く復旧、復興されますよう、お祈りいたします。

ADRA Japanでは東北関東大震災被災者支援を続けておりますが、他の事業も支援を継続しております。他事業の支援状況の報告も再開させて頂きます。




スーダン南部の事業地パガックでは、毎年11〜5月ごろが乾季となります。
雨季の間は、集中的に降る雨によって道路が川のようになり、移動が困難になるこの地では、乾季の間に事業実施に関する1年分の物資調達や建設作業を済ませなければなりません。
特に、乾季真っ盛りで、2010年度の事業が終わり、2011年度の事業を迎える2〜4月は、事業活動の準備で大忙しです。
この期間、ADRA Japanは現地に駐在する日本人スタッフを増やして対応しています。
今回はそんなパガックより、WFP(世界食糧計画)からの736トンにも及ぶ食糧受け入れの様子をお伝えします。

現在ADRAはWFPのパートナーとして、パガックで2つのWFP食糧庫を管理しています。
ここで保管される食糧の一部は、ADRAが実施している学校給食や職業訓練生への配布に使われます。
また、洪水や干ばつなどの影響で農作物の出来が悪く食糧事情が良くないときや、大勢の難民・避難民が帰還してきたときなどにも、WFPによって食糧がパガックとパガック近郊の人々や帰還民に配布されます。



今年は、2月最後の10日間、隣国エチオピアより、パガックの人々の生活を支える2011年度分の食糧(ソルガム、油、塩、砂糖)が届きました。
ADRA現地スタッフの立会いの下、日雇い労働者のみんなが食糧袋を運び入れます。
下の写真の男性が運んでいるソルガム(スーダン南部の人々が主食とする穀物)は1袋50kgで、私1人では1袋も運び入れることができないほど重いです。
日雇い労働者のみんなは、肩で背負ったり頭に乗せたり、それぞれの方法で黙々と運び入れ作業を続けます。




食糧庫に運び込まれた袋は、山のようにうずたかく積まれていきます。
総量736トンに及ぶ食糧袋の山が崩れでもしたら大きな事故になりかねません。
そのため、1つ1つ丁寧に積み上げていきます。
暑いパガックでも食糧の傷みを防げるように、掃除がしやすいように、換気が行き渡るように、工夫をしながら積み上げます。



私にとっても初めての食糧受け入れ。
はじめはトラックで運ばれてきた食糧袋をとにかく食糧庫に入れること、と単純に考えていましたが、実際に立ち会ってみると、とても奥が深いものでした。

食糧袋を積み上げていくときに、山と山の間にはどのくらいのスペースを設けるのか、
山崩れを防ぐためにはどのような向きで食糧袋を置いていくとよいのか、
輸送中に穴が開いてしまった食糧袋はどのように保管すればよいのか、
いろいろと考える必要があります。

加えて、1日8時間の換気を行なっても、パガックの灼熱の太陽は手ごわく、食糧庫の中はとても蒸し暑いです。
そのような過酷な環境の中、朝早くから日が落ちるまで食糧受け入れに張り付きで立ち会ってくれた現地スタッフ、そして村の人々のために一生懸命働いてくれた日雇い労働者のみんなに感謝しています。

ADRA現地スタッフで食糧庫管理人のモーゼス(Moses)。どのトラックから降ろされた食糧袋なのか、記録をつけています。



(文責:幸村真希

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Posted by ADRA Japan at 19:07 | 南スーダン便り | この記事のURL
スーダン便りvol35 パガック村での余暇 [2011年03月29日(Tue)]
この度、東北関東大震災で被災されました皆様に心からお見舞いを申し上げます。
一日も早く復旧、復興されますよう、お祈りいたします。

ADRA Japanでは東北関東大震災被災者支援を続けておりますが、他の事業も支援を継続しております。他事業の支援状況の報告も再開させて頂きます。





南部スーダン、アッパーナイル州のパガックはこんな感じの村です。
電気も水道も、公共交通機関も、もちろん繁華街もありません。

こんな場所での駐在ですから、休暇の過ごし方や息抜きの方法、そして何もなく友達もいない所で自分自身を奮い立たせ、頑張れる原動力は何か、とよく尋ねられます。

正直、遊びに行ける場所があるわけでもないので、週末も仕事をすることが多いのですが、それでもなるべく土日のうち、いずれかは仕事から一切離れてリフレッシュするようにしています。

そこで今回は私のパガック村でのリフレッシュ方法を紹介いたします。


〜その一:料理&掃除スタッフの作業見物〜

事務所兼住居であるコンパウンドには掃除、水汲み、料理を手伝ってくれているスタッフがいます。日頃はなかなか仕事ぶりを観察できないので、ここぞとばかりに色々質問しながら見物(邪魔?)しています。

水汲みについて。
コンパウンドの正面玄関を出たすぐ横にADRAが掘り、地元住民に開放している井戸があります。
彼女たちはここで水を汲み上げ、シャワー、手洗い、炊事、そして飲み水用として家に運びます。
この井戸、実は結構な力を入れないと汲み上げられないのですが、それくらいなら私もたまにお手伝いすることができます。
しかし、汲み上げたこの水を運ぶのはもっと大変で、20L(20KG相当)もの水を女性たちは頭に乗せて家まで運びます。 これにも私は挑戦しましたが、頭まで持ち上げられず断念しました・・・。


井戸で汲み上げた水をシャワールームに運ぶADRAスタッフ


そして、料理ですが、入手できる食材が限られていますし、一緒に住み、食事を共にするスタッフはスーダン人なので、滅多に自分で日本食を作る事が出来ないのですが、それでもたまに簡単な物を作ると、スタッフたちは皆、興味深そうに眺めています。
また、スタッフに作ってもらう時はその作業を眺めながら、「水ってヌエル語でなんて言うの?」
などと質問しながらヌエル語の勉強です。 実際に目に映っている物、事を聞きながら学ぶと、私の場合、どうやら早く覚えられるようで、料理&清掃スタッフは私のヌエル語の先生でもあります。


〜その二:村をぶらぶら歩き〜

唯一、パガックで出来る私の趣味は、「写真」です。
村をブラブラ歩きしながら撮影しつつ、地元の人々と触れ合いを楽しんでいます。

実はパガック村の人々は写真に写る事が大好きで、こちらが撮影許可を取らずとも、向こうから「写真撮って。」とやって来てくれます。特に子どもたちの前では大人気、即席カメラマンに変身です。 
男の子たちの間ではファイティングポーズで写真に写る事がカッコいいらしく、本当は、子どもたちの自然な姿や笑顔を撮りたい即席カメラマンとしては残念ですが、子どもたちの希望に応えています。

さらに村を歩くと、お母さんたちが脱穀やら、トウモロコシをすり潰して粉状にしている所に遭遇です。 





ここでもすかさず、やらせてもらいます。
写真の様に長い棒を振り上げ、下ろすだけの作業ですが、棒は重いですし、狭い臼に正確に、そして力いっぱい降り下ろすのは中々大変です。
また、女の子の子どもがいる家庭ではその子も一生懸命料理のお手伝いをしています。

さらに先に歩くと、子どもたちがサッカーボールとはとても思えないボロボロのボールで、元気よくサッカーをしています。




足元を見て下さい。 なんと裸足です。
しかし裸足だからといってあなどってはいけません。これが上手なんです。
何でも参加したがる私の事、勿論、子どもに交じって一緒にサッカーを何度かしましたが、一度ボールを相手に取られたら最後、奪い返そうと足を出しても、子どもたちの素早い足さばきでかわされてしまいます。


〜その三:他のNGOスタッフ訪問〜

パガック村にはADRAを含め、5つの国際NGOが事務所を構えています。
その中でもある団体の、私と同じような立場の女性と、時にお互いを行き来し、仕事の事、家族の事、たわいのない事など色々な話をします。特に仕事については同じような立場と言う事で、共有できる部分が沢山あり、私にとっては良き相談相手です。
また、その団体さんも多くのスタッフを抱えており、近々、団体対抗スポーツ大会でもやろうか、等と話が弾みます。


〜その四:木陰でお喋り&読書〜

何より至福はコンパウンドの大きな木の下で、一緒に住むスタッフとお喋りをしたり、本を読んで過ごす時です。

そしてこの私のお気に入りの場所は、例えば休暇に出たスタッフがジュバからパガックに戻って来る時などは、女性スタッフ用に大量の服をジュバから購入して持ってくるので、ファッションショー及び即売会場にもなり、盛り上がります。
みんな我先にと色々な服を手に取り、その場で試着です。 貧しい国とはいえ、そこは女性です。みんなでサイズがどうの、色がどうのなど言い合いながら次々に試着していきます。
この様子を見ているだけでも楽しいのですが、私だって例外ではありません。
そうです、同じくファッションショーに参加し、体型の違いで服が着こなせていなかったりすると大爆笑で会場は更に大盛り上がりです。


ファッションショーに参加中の内田(中央)



紹介してきました通り、何もないパガック村でも、私は存分に余暇を楽しむ事が出来ています。
しかしみなさんもお気づきかもしれませんが、私はパガック村の人々やスタッフ、そして同じく頑張っている他のNGOスタッフなど多くの人に支えられて毎日楽しく過ごす事が出来ているのです。

私たちの仕事はよく、「支援をしてあげている」と捉えられがちですが、実はその裏で私たち自身、「元気や勇気をもらっている = 支援してもらっている」のです。

お互い持ちつ持たれつの関係の中、今日も一緒にそれぞれの立場で、場所で、復興を目指しています!


(文責:緊急事業担当 横山 雅子


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Posted by ADRA Japan at 17:57 | 南スーダン便り | この記事のURL
(2/24) スーダン便りVol.34 洋裁トレーナー フローレンス先生 [2011年02月24日(Thu)]

彼女の名前は フローレンス エノサ(Florence Enosa)。
いつも元気で明るく、パガックスタッフ全員のお母さん的な存在です。
前回に引き続き、もう1人の職業訓練トレーナー、フローレンス先生を紹介します。


「私は西エクアトリア州、アンザラ(Anzara)で生まれました。
父は地元で縫製工場を営んでいました。 

10歳になった頃、父が政府の農業部門で働くことになり、西エクアトリア州、ルイ(Lui)に引っ越しました。
私はムンドゥリ(Mundri)にある寄宿舎学校に通い、
小学校2年生から中学校3年生までの教育をアラビア語で7年間受けた後、
ルイ(Lui)女子高等学校に2年間通いました。

高校の卒業試験が迫ったある日、試験を受ける受験票に写真をつけなくてはいけない事を知り、
当時唯一写真館があったジュバに写真を撮りに行くため、一人出発しました。

しかし戦火はもうそこまで来ていて、道路は所々で寸断され、試験日までにルイに戻る事が出来ず、ジュバで立ち往生してしまいました。

私はジュバにいた叔母の家でお世話になっていましたが、内戦の激化に伴い、
1992年、叔母と共にハルツームに逃げました。

私、今でも小型飛行機が近づいてくる音には凄く敏感なんですよ。
どうしてか分かりますか?
そう、空襲をいち早く察知するため、当時は自分たちの耳だけが頼りだったんです。
プロペラの音が聞こえると皆、ただ溝を掘っただけの簡易防空壕に逃げ込んだものです。

そうして1992年から2000年まで、ハルツームで商売をしている従兄のもとで暮らしていましたが、
仕事は全く見つかりませんでした。
1995年にハルツームに駐屯していたSPLA(スーダン人民解放軍)の兵士と結婚しましたが、彼は軍人で、移動が多く、ほとんど別居生活でした。
そんな時、お世話になっていた従兄が、
「これから生きていくには英語が必要だ。 お金は出すからウガンダで、英語を学び、手に職を身につけるトレーニングを受けたらどうか。」
と、言ってくれたのです。

私はすぐにウガンダに行き、洋裁学校に入学しました。
なぜ洋裁を選んだかですって?
だって私、縫製工場の娘ですもの。 父の背中を見て育った、と言う事かな。



洋裁訓練風景 (一番左がフローレンス先生)



ですが私はそれまで、英語を使った事がなければ、聞いた事もなく、
最初は、全て英語で行われる授業について行けませんでした。
また、生徒のほとんどが既に英語を習得しているウガンダ人で、
英語の喋れない私は多少、いじめられもしましたが、それをバネに頑張り、6カ月で英語を習得し、
その後は友人も沢山でき、無事2年間で修了する事が出来ました。

その後、一緒に卒業した友人たちとウガンダで小さな洋品店を持ちました。
嬉しい事に2005年、夫が高等教育を受ける為、ウガンダに来たので、久しぶりに一緒に住む事が出来ました。 
そして1年後、彼の勉強が終わったので、一緒に南部スーダン、ジュバに戻って来たのです。

多少生活が落ち着いてきた2007年、日本の国際協力機構(JICA)の基礎的技能・職業訓練強化プロジェクトで、アラビア語の話せる洋裁の先生を探しているとのお話を頂き、2009年まで働きました。
その後、カトリック教会が運営する職業訓練校で教えていましたが、今度はADRAが英語の話せる洋裁の先生を探している、との事で、ADRAで働くことになりました。

パガックの第一印象ですか?
「ああ、私はこんな原始的な生活、絶対無理!」って思いました(笑)。
今は一緒に暮らしている仲間もいるし、ヌエル語も上達してきたので、パガックが大好きです。

トレーニングですか?
順調です。 
私のカリキュラム通りに進める事が出来て満足ですし、訓練生も皆、頑張ってくれましたよ。

しかし残念な事はパガックでは基礎教育を受けた女性が少ない、と言う事です。
洋服を作るには、採寸したり、簡単な算数が必須です。
この簡単な算数すら分からない訓練生が大勢いました。

来年は、職業訓練の前に基礎教育を提供できればいいな、と思っています。

でもパガックでの洋裁訓練は未来があると私は思っています。
それは、洋服を作ると飛ぶように売れていくからです。
マーケットには多少服は出回ってますが、種類も数も多くありません。
女性はどんなに貧しくてもおしゃれが好きなんです。
なので、私の訓練を受けた訓練生が早くお店を持って自立してくれる事を願っています。」


フローレンス先生はいつも、誰に対しても笑顔で、気さくに話しかけるので、
みんなから愛され、パガック村で彼女を知らない人はいません。



日本と南部スーダンの支部長によるモニタリングで訓練の説明をするフローレンス先生



そして彼女はスーダン人の自立支援に大きな関心を寄せ、
大変力を注いでいる一人でもあるのです。

パガック村民の多くは、紛争時、エチオピアに逃げ、
難民キャンプで長らく援助を受けてきた避難民であるので、
人道的援助・支援を受ける事が当たり前に感じている人がいます。

最後に、そんな状況を良く分かっているフローレンス先生の、
修了式での訓練生に向けたメッセージを紹介します。


修了式にて



「私たちは20年以上もの辛い内戦を経験しました。
その後、私たちは様々な支援を受けてきました。 私だってそうです。
でも、支援を受け続けるだけでいいのですか?

南部スーダンが独立をし、新たな国として動き出そうとしている今、
私たちは何もせず、又、誰かが助けてくれるのを待つのですか?

いえ、今こそ私たちは自分の足で立ち上がらねばならないのです。
ADRAが提供している職業訓練は、
私たち南部スーダン人が自分自身で自立するきっかけを与えてくれているのです。

さあみなさん、援助に頼らず、自分で作ったものを自分で売って、
そしてそのお金で生活を出来るなんて、素晴らしいと思いませんか?

みなさんは、でも、家にはオーブンもミシンもないから続けられない。
ADRAがそれぞれの家庭に買ってくれればいいのに、って思っているかもしれません。

でもみなさん、果たしてそれでいいのですか?
この職業訓練で作った成果物を売ったそのお金でミシンやオーブンを買って、
また商品を作って売って、こうして初めて私たちは自分たちで「生活している」と言えるのです。

支援を受ける時代はもう終わったのです。 もう私たちは十分支援を受けて来たでしょう。
今度は私たちが受けた恩恵を、南部スーダンに返していく時なのです。

子どもたちが笑顔でいられる未来を、私たちの手で作っていきたいとは思いませんか。

訓練生の皆さん。
今度はあなた方が先生です。 
どうぞ近所の人や親せきの人に、あなたが学んだ技術を教えてあげて下さい。

そして南部スーダン人として誇りを持って生きて行こうではありませんか! 」



訓練生が縫った作品を確認するフローレンス先生



南部スーダンでは、北部からの独立の是非を問う住民投票が1月に実施され、
2月7日、投票結果の発表をもって、南部スーダンの独立が正式に決定しました。
CPA(Comprehensive Peace Agreement、包括的和平合意)履行期限の切れる今年7月以降、南部スーダンは新たな国として再出発し、国づくりが始まります。


ADRA Japanは、(特活)ジャパン・プラットフォーム、WFP(国連世界食糧計画)との協働のもと、これからも変わらず南部スーダン支援を継続していきます。
(文責:緊急事業担当 横山 雅子)

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(2/7) スーダン便りVol.33 食品加工トレーナー、ヘレン先生 [2011年02月07日(Mon)]

彼女の名前は ヘレン アチャヨ オケチ(Hellen Achayo Okecth)。
パガックスタッフの中では最年少、23歳です。



今日はADRAがパガックで現地の人々の技能習得を目指して実施している食品加工トレーニングのトレーナーである彼女へのインタビューを紹介します。


「私は東エクアトリア州、トリット(Torit)で生まれました。
父は首都ハルツームで働いており、母と兄弟たちと一緒にトリットで暮らしていましたが、
6歳になる頃には南北紛争がトリットで激化し、私は母に連れられ、
隣国ウガンダに逃げたのです。 

その時の事は今でもよく覚えています。

迫って来る戦火の中、
母は私に
「何があっても後ろは振り返らず、とにかく走りなさい。銃声が聞こえなくなるまで、とにかく走るのよ。」
と言いました。 
私はまだ小さく、何が起こっているのか良く分かりませんでしたし、不安でいっぱいでしたが、
母に言われた通り、一生懸命走りました。 

走って、走って、そしてしばらくして私は周りに兄や母の姿がない事に気がつきました。 
それでも母に言われた言葉を思い出し、ただひたすらに前に向かって走りました。

何日走ったか覚えていません、気づいた時、私はもう動くことができずその場に座り込んでしまいました。 
そんな私に気付いた一人の男性が
「もう少しで国境だからそこまで行こう。きっと国境を越えれば、助かるよ。」と声を掛け、
手を差し伸べてくれました。
こうして私は何とか国境を越え、ウガンダに逃げる事が出来ました。 
そして幸運な事にウガンダの難民キャンプで母と兄、そして妹にも再会する事が出来たのです。

私たちは1993年〜2008年までの15年間をウガンダの難民キャンプで過ごしました。 
そこでの生活は大変厳しいものでしたが、一点だけ良かった事があります。 
それは難民キャンプに収容されたおかげで小学校に通う事が出来たと言う事です。
そこで私は通常の科目は勿論、英語を身につける事が出来ました。 
そしてここでの勉強が今の私の仕事に大いに役立っている事は言うまでもありません。

また、難民キャンプでの生活中、私は同じ難民キャンプで生活していたスーダン人男性と出会い、
恋に落ち、結婚をし、2007年には男の子を生みました。
私は自分の子ども、トーマス(Thomas)を愛していますし、彼がいるから今もこうして頑張っていられるのですが、でも、たまに思うんです。 あの時、性交渉だとか、避妊だとかもっと良く知っていればなって。。
私はトーマスを宿したので、小学校へ行くことを止めてしまい、結局卒業はできませんでした。
もし、あの時子どもが出来ていなければきっと勉強を続けられたのになって。。

そうです。
アフリカでは女性の教育水準は大変低いですし、
多くの女性はこういった保健や病気に関する知識をほとんど持っていません。 
だからHIV/AIDSも容易に蔓延してしまったのだと思います。
多くの女性が正しい保健や公衆衛生、病気に関する知識を身につける事が出来る環境づくりを
早く進めてほしいと私は願っています。





食品加工の訓練を行うヘレン先生(左から3人目)



2008年に入り、スーダン情勢が落ち着いてきたのを見計らい、多くのスーダン難民が帰国し始めました。 その波に乗り、私たちも生まれ故郷である東エクアトリア州、トリット(Torit)に戻りました。
しかし戻ったものの、生活は難民キャンプ時代より苛酷でした。 いくら探しても仕事がないのです。
スーダンに戻って6カ月が経った頃、
ハルツームで働いていた父から南部スーダンの首都ジュバに来るようにとの連絡を受けました。 
15年もの間、父の消息が分からなかったので、父が無事である事に家族で喜び、
いそいで父がいるジュバに、家族全員で向かいました。

ジュバで、家族全員で暮らし始めたものの、生計を立てる手段は依然としてありません。
そんな時、父が食品加工の職業訓練に無料で参加できる、という情報をどこからか得てきました。
次の日、私は父と共にその職業訓練を行っている地元のNGO、ソッポ(SOPPO)の事務所に出向き、
その場で訓練を受けたいと応募しました。
実はこの職業訓練、日本の国際協力機構(JICA)の基礎的技能・職業訓練強化プロジェクトの一環なんですよ。

さて、この食品加工訓練は9カ月に渡りパンやクッキー、ケーキの作り方を学ぶもので、
ここでの授業は楽しくて私は一度も遅刻も欠席もせず通い、
今度はちゃんと修了証を受取る事が出来ました。
そして私の働きが認められ、訓練終了後、SOPPOからアシスタントとして働かないか、と誘って頂きました。 私はとても嬉しくて、勿論すぐに働き始めました。

働き始めて2ヶ月目、SOPPOから、ADRAが食品加工の先生を探しているから応募してみてはどうか、と声を掛けてもらい、応募し、今、こうしてADRAで働いています。
こうやって日本のお陰で身に着いた技術を、今度は日本のNGOを通してスーダン人に還元できるなんて凄いと思いませんか? 本当に感謝しています。


正直に言うと初めてパガックに来た時は、「帰りたい」と思いました。
私にとっては家族と離れて生活するのもほぼ初めてですし、
ましてや息子をジュバの両親の元に預けていたので、
息子の事がとても心配ですぐにホームシックになってしまいました。
また、ジュバと違ってパガックでは舗装された道はないし、雨になると道はぬかるんで歩く事も困難になり
「こんな所で生活できない」と思いました。

しかし今は違います。 こうやってフィールドコーディネーターや洋裁訓練の先生との共同生活は本当に楽しく、いつも助けられています。





焼きあがったスポンジケーキと共に


さて、パガックでは15名に2か月の食品加工訓練を行うサイクルを3回、計45名に行ってきましたが、訓練生たちはみんな熱心で、楽しく教える事が出来たと思っています。
しかし大変な事もありました。 それはオーブンの使い方です。
私がジュバで訓練を受けていた時使用していたオーブンは電気オーブンです。
しかし、パガックでは電気はありませんから薪で火を起こすオーブンを使います。 
このオーブン、少し大きすぎるうえに、雨期の時は空気も薪もオーブンも常に湿っているのでなかなか暖まらないので、大変苦労しました。
来期は小型の鉄で出来た熱伝導率の良いオーブンを作ったら良いと思います。

また、個人的な感想を言わせてもらうと2カ月は少し短かったと思います。 
もう少し長く教えることができれば、完璧なパン屋さんになってくれると思います。」





初めてヘレン先生に会った時、彼女はとても恥ずかしがり屋さんで、内気で、何事にも自信がなさそうで、先生なのに大丈夫かな、と思っていました。

しかし、ひとたび教室に入ると彼女は変わります。 
自信に充ち溢れ、訓練生に的確に指示を出し、そしてみんなと仲良くクラスを盛り上げています。
そして昨年12月に行われた職業訓練の修了式の時、ヘレン先生が訓練生に一言メッセージを述べる為に立ちあがった時、一人の訓練生が席を立ち、ヘレン先生のためにお礼の歌を歌い始めました。
この歌はヘレン先生を驚かすため、他の食品加工の訓練生たちと話し合って決めた、先生へのプレゼントだそうです。


突然歌いだした訓練生とそれを聞くヘレン先生(黄色ポロシャツの後ろ姿)



私はこのプレゼントを聞き、ヘレン先生はみんなに愛されていたんだなと、実感しました。

ヘレン先生は静かにこう言います。
「女性は教育が大切よ。 
もっともっと女性が教育や自由に生きる権利を手に入れられる社会に早くなって欲しい。
もし、私が食品加工を教える事で、パガック女性の今後の生活の礎になるならそれは凄く嬉しいわ。」



ヘレン先生、あなたは既にパガック村の女性の意識を、女性でも技術を身につければ稼げるんだと、大きく変えてくれました。


尚、ヘレン先生の意見を取り入れ、来期のトレーニングは2ヵ月ではなく3ヵ月で計画を立てています。

ヘレン先生、どうもありがとう。


修了証をもらった訓練生と共に

(文責:横山 雅子)
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Posted by ADRA Japan at 10:34 | 南スーダン便り | この記事のURL
(1/26) スーダン便りVol. 32 「ヌエル人の名前」 [2011年01月26日(Wed)]
ADRAJapanの事業地であるパガックとナシールにはたくさんのヌエル人が住んでいます。
ヌエル人は南部スーダンにおいてディンカ人に次ぐ2番目に多い民族です。

ヌエル人の外見の特徴として背が高いこと、体が細い、頭が小さいことがあります。ほとんどの人が八頭身です。また南部スーダン人の中でもヌエル人は特に黒く、笑顔からこぼれる白い歯が印象的です。

そして男性は額に6本の切り傷のような横線や、女性は顔全体に水玉模様があったりします。これは全ての人にあるマークではありませんが、15歳くらいの時に成人になった証しとして行われる儀式により刻まれるものです。


パガックスタッフ Thing(シン):神を崇拝する場所という意味。


ナシールスタッフ Nyalam(ニャラム):コミュニティーの長老が神に祈祷したことにより生まれた女の子という意味。



現地に駐在し生活する上で、コミュニティーの人々との交流は楽しみのひとつです。
どんな所でも、交流にはお互いの名前を覚えることが第一歩。
今日はヌエル人の名前について紹介します。


ヌエル人はだいたい3つの名前を使っています。
日本人のような名字という概念はありません。

最初の名前がクリスチャンネーム、2番目がヌエル語の自分の名前、3番目がヌエル語の父親の名前です。
クリスチャンネームを使用
しない人は、最初がヌエル語の自分の名前、2番目がヌエル語の父親の名前、3番目がヌエル語の祖父の名前です。

ヌエル語の名前には意味があります。
たくさんの人の名前を覚えるのは大変なのですが、意味と結びつけて覚えたり出生の話を聞いたりすることで名前を記憶していくようにしています。


私が気付いたヌエル人の名前の特徴の1つ目は、女性は必ず名前の初めに「ニャ(Nya)」が付くことです。
これは日本で女の子の名前の最後に「子」が付く子供が多かったというレベルではなく100%女性全員につきます。
Nyaが付くことで女性であるということを示します。


2つ目の特徴は男女ともに生まれた時の状況や場所などを名前に使う人が多いこと。
日曜日に生まれた子、雨が降っている時に生まれた子、農作業中に生まれた子、牛の放牧キャンプで生まれた子などなど。
昨年4月の選挙の投票日に生まれたパガック事務所のあるスタッフの息子は「選挙」君だそうです。


3つ目は男女ともに同じ名前が多いこと。
例えば男性の名前に多いChuol(チョール)や、Deng(デン)などは3人に1人くらいいます。
よくある名前のスタッフを呼ぶ時はみんなが同時に返事をしないように、最初と2番目の名の両方を呼ぶようにしています。



以下はヌエル人に人気な名前とそのヌエル語の意味です。

まずは男性編。
Chuol(チョール): 第一子が死亡した後に生まれた子が男の子だった場合につける名前
Deng(デン): 神
Kier(キール): 川
Bol(ボル): 双子で後から生まれた男の子
Khat (キャット): 鳥の爪
Koang(コアン): 地酒
Dobuol(ドボール): お祝いで使われる太鼓
Tut(トゥットゥ): 牛の角



続いては女性編。
Nyachuol(ニャチョール): 第一子が死亡した後に生まれた子が女の子だった場合につける名前
Nyabil(ニャビル):トゥクルという伝統的なヌエル人の家(人間用)
Nyaluak(ニャルアク): トゥクル(家畜の牛用)
Nyathak(ニャターク):雄牛
Nyahoah(ニャホア):牛の大群
Nyawich(ニャウィーチ):牛の放牧キャンプで生まれた子供
Nyakhor(ニャコール):戦争
Nyamal(ニャマル):平和


トゥクル





スーダンでは30年以上に渡り200万人の犠牲者を出したとされる内戦が2005年に終結しました。
人々は戦争の終わりを喜び、永続する平和を願い、この年に生まれた女の子の多くはニャマル(平和)と名付けられたようです。


2011年1月9日、南部スーダンでは分離独立の是非を問う住民投票が開始しました。
今年生まれてくる子供たちが幸せに暮らせるスーダンの国づくりに、少しでも貢献できるよう今年もADRAスタッフは一丸となって帰還民への支援活動を続けます。
引き続きのご支援を宜しくお願いします。



ヌエル名物? 授乳の二刀流
(文責:内田順子)

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Posted by ADRA Japan at 08:03 | 南スーダン便り | この記事のURL
(1/17) スーダン便り Vol.31 平和への一票を投じた日 [2011年01月17日(Mon)]
2011年1月9日、南部スーダンの分離独立を問う住民投票が開始しました。
投票は1月9日〜1月15日の7日間行われました。


初日には、開所する朝8時の時点ですでにたくさんの人々が列を作って待っていました。
列の一番先頭の人は、夜中の2時から並んでいたと言います。
人々の意気込みが伝わってきますね。

各投票所には2日間のトレーニングを受けたスーダン人が、
投票所のスタッフとして5人程度配置されています。
まさに、南部スーダン人の南部スーダン人による南部スーダン人のための住民投票です。


投票時間が終わり、残りの投票用紙の枚数を確認する投票所スタッフ



1月11日、パガックで一時滞在センターのマネジャー(Way Station Manager)として勤務しているマークの投票に同行しました。

午後4時40分、投票所になっている自宅の近くの小学校に到着。
まだ投票3日目ですが、多くの住民はすでに投票を終えているようで、
列に並ぶ人はおらず、閑散としていました。
マークは登録カードを持って小学校の教室へ。

登録カードと投票所にある登録簿を照合し、登録簿に拇印を押します。




登録カードに投票済みであることを示す穴を開けてもらい、投票用紙をもらい、
投票の仕方について説明を受けます。

投票ブースへ移り、独立か統一のいずれかのスペースに拇印を押し、
その投票用紙を2回折って投票箱へ入れます。


投票ブース
最後に、人差し指に投票済みの印となるインクをつけて、投票完了です。



このインクは水で洗っても数日間消えないもので、二重投票を防ぐため、途上国の選挙などでよく用いられています。



インクをつけた指を嬉しそうに見せるマーク



投票を終えたマークにどんな気持ちか聞いてみました。

「ようやく一票を投じたよ!実は4月の総選挙では僕は投票できなかったんだ。家庭の事情で投票の最終日まで忙しくしていて閉所までに遠く離れた自宅からジュバの投票所にたどり着くことができなかったんだ。だから、今回が僕にとって生まれて初めての投票になるんだ。南部スーダンの平和のための一票さ。」


この住民投票は、国内外のメディアも注目していますし、監視団も派遣されています。
しかし、投票プロセスは全てスーダン人によって運営されており、投票所スタッフも地元の長老に推薦されたり、自ら応募した志気の高い人ばかりです。

投票所で登録カードの照合を担当するスタッフはこう言っています。

「僕はジュバ大学で統計学と人口学を勉強しています。今回投票所のスタッフに応募したのは、スーダンの国民として歴史的なプロセスに貢献したいと考えたからです。村にいる両親も、僕がこうして投票所で働いていることを喜んでいます。」


老若男女、それぞれの平和や祖国に対する想いが、国づくりへつながるんだと、今、まさに住民投票が行われている南部スーダンで感じています。

(文責:寺脇麻衣)
※現在寺脇は、内閣府による「南部スーダン住民投票監視団の一員」として現地スーダンに派遣されています。
Posted by ADRA Japan at 16:19 | 南スーダン便り | この記事のURL
(12/21) スーダン便り Vol.30 [2010年12月21日(Tue)]
〜2011年1月9日〜


2010年も残りわずかとなりました。
残念ながら、ハイチ地震、チリ地震、インドネシアの火山噴火や地震、
パキスタンの水害をはじめ、世界各地では今年も多くの災害が起こった1年でした。

2011年はどんな1年が待っているのでしょうか?

新年早々、私たちが活動をしているスーダンでは、歴史的な出来事が予定されています。
2011年1月9日、南部スーダンの分離独立を問う住民投票が実施されることになっているのです。

スーダンでは、20年以上もの間、南北間で紛争が続いていました。
200万人以上の死者・40万人以上の難民を出した紛争も、
2005年に南北包括和平合意が結ばれ、終結しました。
それ以降、紛争によって住んでいた地域を離れざるを得なかった難民や国内避難民が
故郷へ帰ってきたり、学校が建てられたり、井戸が掘られたり、
武器の代わりに農具を手に取り畑を耕すようになったり、と復興が進んでいます。

紛争の原因のひとつは、北部に多いアラブ系住民と南部のアフリカ系黒人住民との間の
民族や宗教・政治的な意見の違いであるとされています。


分離独立を問う住民投票。
これが何を指すか、皆さん想像がつきますでしょうか?


これまでスーダン共和国の自治政府として認められてきた南部スーダン政府ですが、
住民投票では、南部スーダンがこれからもスーダン共和国の一部に帰属するのか、
新しい国として共和国から分離独立をするのか、南部スーダン人自身が
どちらかに投票することになります。

その住民投票のための有権者登録手続きが、11月15日〜12月8日に実施され、
スーダンの現地スタッフも、登録手続きを済ませました。

登録方法は、まず投票したい地域の登録所に行き、フルネーム・住所・性別・年齢を伝えます。
この時、フルネームを正しく伝えなくてはいけないのですが、先祖から受け継いでいる4つの
名前を全て言う必要があるようです。
拇印を押し、ラミネートしてもらったら登録カードの完成です。

3週間の登録期間中に、18歳以上の南部スーダン人320万人余りが有権者登録をしたそうです。




地方の登録所の様子







ガルアック・タグラス・ビル・クオッチュ(Gatluack Takglath Bil Kuoch)さんの登録カード


2010年4月には、24年ぶりの総選挙が行われました。
これも歴史的な出来事のひとつだったに違いありません。
そしてまた、年明け2011年1月9日も、南部スーダン人にとって忘れられない1日となるでしょう。

南部スーダンが分離独立するにせよ、しないにせよ、スーダン人が自分の国を誇りに思い、
国の発展のためにひとりひとりが努力を重ねることは、とても大切なことです。
彼らの努力を支えるため、ADRA Japanでは帰還民の再定着支援を継続していきます。

本年もスーダン南部における帰還民再定着事業をご支援頂き、
誠にありがとうございました。

2011年も、少しでも多くの人々に笑顔があふれるよう、
引き続き皆さまからのご支援・ご協力よろしくお願いいたします。

(文責:寺脇麻衣)
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(12/13) スーダン便りVol. 29 [2010年12月13日(Mon)]
〜 巣立ちの時 〜


12月10日金曜日。
果たして私は何回「ありがとう」をもらったことでしょう。
私がもらった数えられないくらいの「ありがとう」に、
私も数えきれないくらいの「ありがとう」をみなさんにお返ししたいと思います。


12月10日、私たちがパガック村で実施している職業訓練の修了式を執り行ないました。
今年度は帰還民とコミュニティー向けに、農業、洋裁、食品加工の職業訓練を半年に渡り行い、
それぞれ、30名、15名、45名の訓練生が巣立っていきました。

式はまず地元の幼稚園児たちが披露してくれた歌から始まりました。
その後、訓練生からのスピーチへと続き、洋裁トレーニングの女性訓練生はこう言います。



「ADRAが私たちに与えてくれたものは何だかわかりますか? 
技術、知識、友情は勿論です。
でもADRAが私たちに与えてくれた最大の物、それは「希望」なんです。 

私はこれまで自分の力でお金を稼いだ事がありませんでした。 お金を稼ぐ術を知らなかったからです。
ADRAがパガックで初めて洋裁訓練を実施すると聞いた時、私は希望の光をみました。
やってみたい、参加してみたい、と強く思ったのです。

みなさん、信じられますか?
半年前まで計算ができなくて、ミシンなんて見た事もなかった私が、
今では立派に採寸から裁断、そしてミシン縫いまで一人で洋服が作れるのです。

私は今、夢があります。 
それはお金を貯めて自分のミシンを買い、将来洋服屋さんを始める事です。
半年前まで自分でお金が稼げるようになるなんて思ってもみなかったのに、
今は将来への自信に満ちています。

私はとても嬉しい気持ちでいっぱいで、ADRAとフィールドコーディネーターに、
本当に、本当に感謝しています。 どうもありがとう。」



修了式





次は郡都であるマイウートから招いた招待客からの祝辞を頂きました。
マイウート郡政府 高官 サイモン ドゥアニー ドゥアチ(Executive Director, Mr. Simon Duany Duach)氏


「ADRAは2007年からパガックで帰還民の支援を行なっています。 
パガックで一時滞在センターを運営してくれたからこそ、
エチオピアに避難していた多くのスーダン人は安心して戻って来る事が出来たのです。 
見て下さい。 ここに住む多くの人々がADRAの一時滞在センターを利用した帰還民です。 

この2007年から現在に続くADRAの一貫した私たちへの支援に私は感謝の念に堪えません。
そして近年継続して行われている職業訓練ですが、見て下さい、訓練生たちの顔を。
彼らが訓練を受ける前、果たしてこんなに生き生きとした顔だったでしょうか。
いえ、違います。 
この彼らの晴れがましい顔は、
ADRAが実施してくれた訓練によって得た知識と技術と自信のお陰なのです。

来年もこんな素敵な顔の訓練生たちに会えるよう、
ADRAには来年以降も是非事業を続けて欲しいと願っています。

改めて郡政府からADRAに感謝します。 本当にありがとう。」




こんな素敵な言葉をもらえるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょう。
そして私は改めて、ADRAが実施している事業が地元住民に与える影響力の大きさを
ひしひしと重く受け止めました。


この他にもパガック村の行政の方、トレーナー、他の訓練生から沢山の賛辞を頂戴し、
私はとても感動しました。

最後に、各訓練の代表者3名ずつに修了証を渡し、式は無事に終了です。


修了証授与




修了式の後は彼らが作った作品の数々の展示販売へと続きます。

食品加工訓練生は、実は式の途中、
出席者全員に彼らが作ったマンダジ(スーダン風ドーナッツ)、クッキー、パン、スポンジケーキを配り、
試食してもらっていました。
これが功を奏したのか、展示販売終了時にはほぼ完売していました。

農業訓練生は朝取ってきたばかりの新鮮なオクラ、ナス、緑野菜などを販売します。
ここには野菜に飢えている他のNGO団体が買い付けに来てくれたようです。 (スーダン便りVol.19参照


野菜を売る農業訓練生





洋裁訓練生たち。
彼らが作った洋服は飛ぶように売れて行きます。
なかには日本のセールさながらに2名の女性が1つの洋服を奪い合う姿も見られ、こちらも盛況でした。


飛ぶように売れる洋服に満足の洋裁訓練生



そしてこの展示販売中も多くの訓練生が「ありがとう」「ありがとう」と声を掛けてくれます。
もちろん私も現地語であるヌエル語で、「ありがとう」「ありがとう」と返します。


電気もガスも水道も車もない片田舎のパガック村で、
自画自賛になりますがこんなに愛されているADRAは凄いと思いました。


無事訓練を終えた訓練生たちですが、大切なのはこれからです。
彼女たちはまだ、自立への一歩を踏み出そうとしているに過ぎません。
ADRAは今後もそんな彼女たちを支えていけたらと思っています。


今回、私はフィールドコーディネーターとしての特権で
パガック村のみなさんから「ありがとう」を代理で受取りました。


これらの「ありがとう」に私からの「ありがとう」を加え、皆さんに今、お渡しします。
いつもADRA Japan及びスーダン南部事業を支えて下さって本当にありがとうございます。


日本からは遠い遠いアフリカの、小さな小さなパガック村で、
皆さまからのご支援に感謝している人々が沢山いる事を心にとめておいて頂けると幸いです。


修了証を手にした食品加工訓練生たちと




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(文責:横山 雅子)

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