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(4/26) 南スーダン便りvol.71 世帯別トイレの建設方法をご紹介します。 [2017年04月26日(Wed)]
2013年12月以降、アフリカに位置する南スーダンでは各地で発生した戦闘がきっかけとなり、国外へ避難する人が後を絶ちません。隣国エチオピアのガンベラ州の難民流入地点には、これまで35万人以上の南スーダン人が押し寄せ、難民となっています(2017.3現在)。現在ADRAは、難民が大勢移送されているテレキディ難民キャンプにおいて、世帯別トイレの建設と衛生啓発活動を行なっています。

今回はADRAが事業の一環として建設を進めいている世帯別トイレの作成方法についてご紹介をしたいと思います。

テレキディ難民キャンプは3年前の2014年5月に開設され、現在69,792人(17,448世帯)が滞在しています。ADRAはこれまでテレキディ難民キャンプに1,900棟の世帯別トイレを建設してきました。

難民キャンプのトイレはキャンプが開設されてからの時間の経過とともに、造りの種類が違うものに移行します。まず、キャンプが開設されると衛生環境を即座に整えるため、ビニールシート製の緊急トイレを建設します。その後、トタン製でより強度のある公共トイレを建設します。キャンプが開設されてから6ヶ月以上が経つと、難民キャンプでの生活の長期化を見越して、家族ごとに使用することができる世帯別トイレの建設を行ないます。


P1050432.jpg
緊急トイレ

<世帯別トイレの造り方>
・穴の掘削と進捗管理
穴の掘削方法についてはADRAから指導を受けた難民がその他の難民の方々に事前に掘削方法を説明し、トイレを使用することになる世帯の難民が掘削を行ないます。穴掘り棒を使い、直径90cm 、深さ250cmまで掘り進めます。掘削するペースは人それぞれですが、早い人だと3日で掘ることができます。穴は深いので熱がこもるので、無理はせず、早朝と夕方の掘削を推奨しています。地盤が固い場合は穴に水を入れ、しばらく置いた後に掘ると地盤が柔らかくなり、掘りやすくなります。掘削途中、あるいは掘削が終了している穴にまだスラブ(コンクリート製の便器)がまだ被せられない場合は、子どもが落下しないよう、穴の周囲に目立つ目印をつけるよう難民に周知しています。 


P1050092.jpg
直径90cm 、深さ250cmまで掘り進めます


・スラブの製作
スラブとは穴の上に設置するコンクリート製の便器を指します。直径は120cm、重さは約150kgあります。ADRAが製作しているスラブには中にワイヤーのメッシュが入っており、スラブの強度を増し、破損率を低くする工夫がなされています。スラブの製作についてはADRAの工事監督がスラブ制作の監督となり、難民がスラブを製作します。まず、スラブの型枠にコンクリートを流し込み、足場や穴を形成します。その後、日陰や日向に置いたり、スラブに水をかけ、一定の湿度を保ちながら10日目になるまで待ちます。この期間は養生期間と呼ばれ、コンクリートの強度を上げるために必要な時間です。


スラブの型枠とワイヤーメッシュ.jpg
スラブの型枠とワイヤーメッシュ

型にはめる.jpg
型にコンクリートを流し込み、成形します


できたてのスラブ.jpg
成形作業が完了したスラブ


養生する.jpg
スラブの養生


・上層構造・スラブの設置
完成したスラブをトラックでトイレ建設現場に運び、掘削した穴に設置します。これで穴に落下する恐れもなく、安全な状態になります。トイレの上部構造(外装)はトタンとユーカリ等の木材を組み合わせて作成します。形は長方形で、公衆電話ボックスのような形です。ADRAの工事監督による指導の下で、大工作業の経験のある難民が上部構造を作成します。


P1150051.jpg
建築経験のある難民が上部構造を設置します


スラブの周りにコンクリートで台を作り、上部構造を組み立て、手洗いタンクを取り付けたらトイレは完成です。引き渡しの際には難民家庭に引き渡し記録台帳にサインしてもらい、維持管理用具としてブラシ、石鹸、南京錠を1世帯1セット渡します。また、トイレには内鍵がついており、女性が安心して使える仕様になっています。


Completed_latrine_-_Tierkidi_Refugee_Camp.jpg
完成した世帯別トイレ



Household_latrines_-_Tierkidi_Refugee_Camp_3.jpg
トイレを使用する世帯の家の近くに設置される


エチオピアには1日あたり約500人の南スーダン難民が現在も流入しています。ADRAは今後も必要とされる支援を行ないます。引き続き皆様の温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

*本事業は皆様からのご支援とジャパン・プラットフォームの助成金で実施しています。

(執筆:マーケティング部 百々久美
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Posted by ADRA Japan at 13:00 | 南スーダン便り | この記事のURL
(9/30)南スーダン便りvol.70 〜急増している難民。緊急支援の現状と課題 [2016年09月30日(Fri)]
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、9月3日から9月21日にかけて、約1万8000人の南スーダン難民がエチオピアのガンベラ州のパガックに流入しました。この事態を受け、ADRA Japanはパガック難民流入地点で緊急支援を行なっています。


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(パガック難民流入地点の様子)


今増えている難民の大多数は、南スーダンの東北部に位置するアッパーナイル州の戦闘の激しい地域から避難してきています。難民の多くは女性と子どもですが、戦火や食糧難を逃れるために住み慣れた土地を離れ、雨の降る中、半月以上かけて170キロ以上の距離を歩き、国境のパガックまで逃れてきました。パガックで緊急の医療支援を行なっている国境なき医師団(MSF)によると、新たに流入している難民の間で、マラリア、下痢、上気道および下気道の感染症、腸内寄生虫、目と皮膚の感染症が確認されています。


また、エチオピアの首都アジスアベバを含め、パガック難民流入地点や難民キャンプがあるガンベラ州の周囲(南スーダン側も含めて)ではコレラの蔓延が確認されています。ガンベラ州に避難している難民への感染を水際で食い止めることが、喫緊の課題となっています。

周囲にコレラが蔓延する中、感染がガンベラ州内にまだおよんでいないのは、2014年8月から9月にかけてこの地で大規模にコレラの予防接種が実施されたからです。

コレラのような伝染病は人から人へとうつることでその範囲を拡大していきます。逆に言えば、たとえ感染者が出たとしても、その周囲の人間が耐性を持っていれば病原菌は封じ込められた状態になり、蔓延することはありません。つまり今のガンベラ州は、コレラ菌の拡散を防ぐ壁に囲まれた状態にあります。しかしながら、予防接種の効果は2年。すなわち、今月あるいは来月がこの「壁」効果を維持できる期限だと考えられています。


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(パガックから難民を移送するバス。テレキディ難民キャンプ付近)


現在ADRAは、(特活)ジャパン・プラットフォームの助成金を得て、パガック難民流入地点、および新規流入難民が大勢移送されているテレキディ難民キャンプにて給水および衛生環境改善のための活動を行なっています。

特にパガックにおいてADRAは最も早い段階で活動を開始したNGOの1つで、UNHCRや世界各国のNGOが参加する会議においても、国連の水衛生担当官からその活動について言及されることがしばしばです。具体的には地下水汲み上げによる難民への飲料水の給水、トイレの建設、水浴び場の設置、衛生啓発活動、また清掃活動を行なっています。いずれも、難民キャンプでコレラやその他の病気の蔓延を防ぐために非常に重要なものです。特に給水は難民の命綱と言っても過言ではありません。

しかしながら、ADRAがこの緊急対応に投入できる資金にも限りがあります。ADRAだけでなく、ガンベラで活動している各国のNGOでも資金不足は深刻で、急増した難民に対応する活動をする上での最大の足枷となっています。国連機関であるUNHCRも例外ではなく、支援のために必要とされている額の僅か10%しか準備ができていません。


こうした状況の中でまずできることとして、ADRAは国連をはじめ各国のNGO、現地政府との連携強化に今まで以上に取り組んでいます。

9月24日には、ADRAはUNHCRから5,000個の固形石鹸を受け取り、9月25日からパガックでの衛生環境改善活動に活用しています。また、25日午後にはUNHCRから800ℓのベンジンが届きました。これで、地下水を汲み上げるのに使っているジェネレーターの燃料を1か月分確保することができました。加えて、Oxfam(イギリスのNGO)の協力で、飲料水を浄化するための塩素を9月24日までに調達することができました。9月25日からタンクに投入しています。また、現地水道局と連携し、もともとパガックにあった井戸1基を修理することができました。これにより、パガックでの水供給量を増やすことができました。


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(給水に使用しているジェネレーター)


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(国連児童基金(UNICEF)による給水タンク


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(給水タンクとつながっている給水所)


また、地下水を貯めておくタンクの容量が限られていることから、追加のタンクを確保する方法を他のNGOと模索しています。まだ修理ができていない井戸については、部品の調達ができ次第、修理に着手する予定です。


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(現地水道局と連携しての手井戸の修理)


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(修理された手井戸で手を洗う子どもたち)


国連、NGO、政府機関と、緊急時にあってこうした心強いパートナーに恵まれていることは大変ありがたいことだと思っています。


南スーダン難民の流入がいつまで続くのかは予測するのが難しいところですが、UNHCRやNGOの中では今後3ヵ月は継続的に流入するという意見が多数を占めています。

今はまだトイレの数が足りていませんので、ADRAとしては、パガックでのトイレの数を、できればあと45基増やしたいと考えています。


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(パガックで設置しているトイレ)


また、日々新たに難民が流入し、先に来た難民は順次近くの難民キャンプにバスで移送されている状況ですから、衛生啓発活動を行なっても、教育を受けた難民は徐々にパガックを後にすることになります。したがって、衛生啓発活動はこれからも継続して行なう必要があります。また、現在は衛生啓発員6人、清掃員21人を配置し、衛生啓発および清掃を行なっていますが、野外排泄物の処理が間に合っていなかったり、水浴び場とトイレの形状が似ているため間違えて水浴び場で用を足してしまう難民もいたりします。そのため、さらに清掃啓発員の人数を増やし、情報の拡散を強化する必要があると考えています。


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(衛生啓発活動の様子)


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(清掃活動の様子:排泄物に石灰をかけている様子)


ADRAの活動を維持、強化するために皆様からのご支援が必要です。額の多少にかかわらず、有効に活用させていただきます。ご寄附は税金控除の対象にもなります。何卒、ご支援をご検討いただきたく、よろしくお願い申し上げます。


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(燃料のベンジンを届けてくれたUNHCRスタッフとADRA Japan現地駐在員の河野)


クレジットカードによるご寄付はこちらからお願いいたします。(【緊急】緊急支援 もしくは【南スーダン】難民支援 をお選びください)
http://www.adrajpn.org/C_Kifu.html


その他のご寄付の方法についてはこちらのページをご覧ください。
http://www.adrajpn.org/C_Kifu.html



(執筆:南スーダン難民支援事業担当 河野雄太)

ADRA Japanのホームページはこちらです



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Posted by ADRA Japan at 16:39 | 南スーダン便り | この記事のURL
(9/20) 南スーダン便りvol.69 〜急激な難民増加により衛生環境が悪化。緊急支援を行なっています。 [2016年09月20日(Tue)]
ADRA Japanはエチオピアで南スーダン難民の支援を行なっています。今月に入ってから難民の数が急増し、衛生環境が急激に悪化しました。人々は、感染症などの新たな危機にさらされています。

エチオピアはアフリカにある国で、南スーダンと国境を接しています。近年の南スーダン国内の情勢悪化に伴い多くの難民がエチオピアに流入し、2016年7月の時点で22万人の南ス―ダン難民がエチオピアで避難生活を送っています。今年に入ってからは、難民の流入はほぼなく、落ち着いた状況が続いていましたが2016年9月以降、新たな難民が続々と押し寄せています。9月8日の時点で、南スーダンとの国境のパガックという地域に辿り着いた難民の数は約1000人でしたが、9月14日には1万3千人に急増しました。

この突然の難民流入の理由は、南スーダン国内の情勢悪化と食料不足です。2016年7月15日以降、パガックから直線距離で約170Km離れたアッパーナイル州内で、政府軍と反政府軍の衝突が続き、砲撃や空爆が頻繁に行なわれています。7月30日には同州ナシール郡の中心部が反乱軍による侵攻を受けました。この事態に多くの人々は住み慣れた地域を後にし、徒歩で避難を始めました。雨季の中、幼い子どもや赤ん坊、老人を連れての旅ですから、そう多くの距離は歩けません。9月になり、ようやくパガックに辿り着くことができたのです。


0914_Assuramseekers outside 2 Pagak_R.JPG
(難民流入地点になっているパガックの様子。人々はここで難民登録を受け、近くの難民キャンプに移送される)


しかし、現在のパガックは難民を受け入れる準備ができていません。かつては多くの南スーダン難民のエチオピアへの玄関口となったパガックですが、徐々にその流入数は少なくなっていました。そのため、2015年末には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やNGOは、パガックでの活動を停止しました。ADRAもかつてこのパガックでトイレの建設や衛生啓発活動を行なっていましたが、同じタイミングでここでの活動を終了しています。

現在パガックの難民の衛生環境は最悪の状態です。トイレが無いため人々は屋外の様々な場所で排泄をしています。また、水浴びをする施設もないので、男性は近くの汚い川で水浴びをし、女性は満足に体を洗うこともできません。

この事態を受け、UNHCRとADRAはパガック難民流入地点において共同調査を行ない、その結果、特に衛生面において緊急に支援が必要な状況であると判断しました。もしも現在の状況のまま支援が遅れた場合、下痢や赤痢、マラリア等の病気が蔓延する可能性が非常に高く、特に乳幼児や老人など脆弱な人々は命を落とす可能性もあります。

この逼迫した状況を受け、ADRAはこれまでの支援に加え、緊急にこの新たに押し寄せている難民に対し、以下の5点の支援の実施を決定しました。

パガック難民流入地点において
@ かつてADRAが建設したトイレの修繕
A 衛生啓発活動
B 清掃活動
C 男女別の水浴び場の設置
これに加え、パガックの難民が移送されるテレキディ難民キャンプでの支援として、
D キャンプの入口および内部でのトイレの設置
以上の5点を迅速に実施します。状況は日々刻々と変化しているため、必要によっては追加の支援も必要となりますが、その際は柔軟に実施します。

この数日間でUNHCRからADRAに対し新しい支援申請が次々と打ち出されており、こうしたニーズはこれからも増えていくことが予想されます。

これらの支援要請に対応するため、ADRA Japanは皆様からの寄付をお待ちしています。トイレを1棟作るのに約25,000円、水浴び場を1箇所作るのに約18,000円がかかります。

今この時も続々と難民が到着しているパガック難民流入地点では、ADRAの他に支援を行なっているNGOはありません。私たちの活動が難民の方々の衛生環境に多大な影響を与えている状況となっています。ADRA Japanへのご寄付は税金の控除の対象にもなります。何卒、皆様のご支援をお願い申し上げます。


0917_Emergency latrine and cleaner2 Pagak_R.JPG
(難民流入地点における集団用トイレ。清掃員を雇い定期的に掃除をしている)

Household latrines - Tierkidi Refugee Camp 3.JPG
(難民キャンプにおける世帯別トイレ)


クレジットカードによるご寄付はこちらからお願いいたします。(【緊急】緊急支援 もしくは【南スーダン】難民支援 をお選びください)
http://www.adrajpn.org/C_Kifu.html

その他のご寄付の方法についてはこちらのページをご覧ください。
http://www.adrajpn.org/C_Kifu.html


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(手を洗う子どもたち。手洗いによって病気を防ぐことができる)


(執筆:南スーダン事業担当 河野雄太)

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Posted by ADRA Japan at 13:12 | 南スーダン便り | この記事のURL
(12/2) 南スーダンブログ Vol.68 〜難民でもありADRAスタッフでもあるクンを紹介します〜 [2015年12月02日(Wed)]

昨今、多くのメディアで見聞きする難民問題。

ADRA Japanは、エチオピアの難民キャンプで南スーダンから流入する難民の支援活動を行なっています。

今回は、エチオピア西部のガンベラ州にあるADRA事務所にて働くスタッフの一人、Kun chuol chagor(以下クン)について紹介したいと思います。


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ADRA の帽子を愛用しているクン


クンは南スーダンのナシールという場所で生まれ、19歳までナシールで家族と共に普通の暮らしを送っていました。しかし、1999年に深刻化した内戦の影響を受け、ケニアのカクマ難民キャンプに4人の兄弟姉妹と避難し、そこで9年間もの長い時間を過ごした後、2008年にナシールに帰還し、ADRA 南スーダン支部で働き始めました。

なぜADRAを就職先に選んだのかとクンに聞いたところ、こう答えてくれました。

「1999年に紛争が起きた時に、国連と共に助けてくれたのがADRAでした。使っていたトイレもADRAが建設したものでした。9年後にナシールに戻った時、僕はADRAのことをよく覚えていました。もし働けるチャンスが僕にもあるなら、僕もADRAで助けを必要としている人の役に立つような仕事をしたいと思っていたのです。」


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難民キャンプで配布する、手洗い用のポリタンクをトラックに積むクン


クンはその後、2008年から2013年までナシールのADRA事務所で働くことになります。

しかし2013年12月、再び南スーダンで起きた内戦により、今度は家族と共にエチオピアに避難することになってしまいました。避難後は他のNGOで働いた時期もありましたが、2014年7月から再びADRAに戻り、エチオピア支部で働くようになって現在に至ります。

彼は主に物資の調達や管理を担っています。非常に責任感が強く、仕事上で急用があると休みの日でもオフィスに駆けつけるほどです。

いつも明るく、オフィスのムードメーカーでもある彼ですが、自身も難民となった経験があるため、難民生活の辛さは身にしみて理解しています。難民キャンプで暮らす人々に貢献する気持ちを心に抱き、一日でも早く彼らが自国へ帰還できることを祈りながら働いていると語ってくれたクン。

こんなに責任感の強いスタッフに恵まれていることは、私にとってとても心強いことです。一人でも多くの方々が少しでも負担の少ない生活ができるよう、難民キャンプの環境作りに貢献するために力を合わせて日々の業務に取り組んでいます。


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仕事中の私とクン


(執筆:南スーダン担当 齊藤吉洋

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Posted by ADRA Japan at 11:06 | 南スーダン便り | この記事のURL
(6/19)  南スーダン便りvol.67 〜6月20日は世界難民の日〜難民とはどういう人?〜 [2015年06月19日(Fri)]
南スーダン事業現地統括としてエチオピアに駐在している前野裕子です。

6月20日は世界難民の日です。
「難民」と聞いて、皆様はどんなことを思い浮かべるでしょうか。
おそらく多くの方がイメージするのは、メディアで見かける「難民キャンプにいる困窮した人々」の姿ではないでしょうか。


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パガック国境地帯の難民一時滞在所の様子


私は2013年11月にADRAに入職し、その翌月の2013年12月に初めて出張で南スーダンを訪れました。ちょうどこの時に、首都ジュバで武力衝突が発生しました。私は当時、ジュバから遠く離れた事業地のアッパーナイル州パガックにいましたが、武力衝突の知らせを聞いた時は、この争いが南スーダン各地に広がり、1年以上にわたって続く紛争の始まりだとは夢にも思いませんでした。

当初は2014年1月から南スーダンに駐在し、その頃ADRAが行なっていた帰還民定住支援事業を担当する予定でしたが、武力衝突によって南スーダンの治安が急激に悪化して元の事業を継続することはできず、一方で多くの人々が難民や国内避難民になったことから、エチオピアに設けられた難民キャンプでの緊急支援に従事することになりました。


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2013年、南スーダンパガック村での栄養改善トレーニングの様子


武力衝突以前、パガックは静かで平和な場所でしたが、国境地帯に位置していることから、武力衝突以降は避難してきた人々の難民としての登録場所、および登録された難民が難民キャンプに移送されるまでの待機場所となりました。

私は2014年1月にいったん現地を離れ、3月に再びエチオピアに出張しましたが、その際に南スーダンとエチオピアの国境をまたいで広がるパガック国境地帯の凄まじい変化に驚きました。たった2カ月ほどの間に、パガックは数万人の避難民で埋め尽くされていたからです。その9割以上は女性と子どもが占め、暑さと食糧不足のために衰弱しきった様子で、シェルター(仮設の住居)もトイレもない不衛生な環境で難民登録と難民キャンプへの移送を待っていました。

2007年から南スーダンで働いていたADRA南スーダンのスタッフらも、その半数以上が難民や国内避難民として支援を受けていました。私はその時、「ある時期までは普通に生活をしていた、いろいろな能力や可能性を持った人々」が一瞬にして不自由な生活を強いられる立場に追いやられてしまうことを知りました。


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現地スタッフHothと息子のTongol


写真に写っているのは、現在一緒に働いている現地スタッフのホス(Hoth)と息子のトンゴル(Tongol)君です。Tongol君は2013年11月にジュバで生まれました。武力衝突が勃発したのは2013年12月なので、Tongol君は南スーダンのことをほとんど知らないことになります。

Hothの家族は義理の姉家族とともにジュバに住んでいましたが、Hoth自身は武力衝突が発生する数日前に仕事でエチオピアに出かけていました。ジュバに残された妻と2歳の娘のニャバン(Nyabhan)ちゃん、生まれたばかりのTongol君、そして義理の姉家族が住んでいた家は、最初に銃撃戦が起きた大統領の護衛兵舎のすぐ近くにありました。

銃撃戦が始まったのは12月15日の23時頃で、Hothは家族から連絡を受けて初めてこのことを知りました。電話の向こうで銃声が鳴り響いていたのを強く記憶しているそうです。

銃撃戦は夜通し続き、翌朝になると首都のいたるところでヌエル族が大量に虐殺され、ヌエル族以外にも多くの民族の人々が巻き添えになりました。Hothの家族と義理の姉家族は家に兵士がやってくることを恐れて、近くの教会に隠れることにしました。多くの人々が虐殺を恐れて逃げ惑う中、義理の姉の10歳に満たない子どもたち2人は行方不明になってしまったそうです。

教会に一泊した次の日、知り合いの軍関係者が国内避難民キャンプのある国際連合南スーダン派遣団(UNMISS)まで、武装した車で送り届けてくれました。幸いにも、はぐれてしまった義理の姉の子どもたちとは数日後にその国内避難民キャンプで再会することができたそうです。

Hothの家族がいた地域はヌエル族が多いところでしたが、ヌエル族と敵対しているとされるディンカ族も少なからずこの地域に住んでいました。Hothの義兄とその友人たちは、ヌエル族の報復を恐れる近所のディンカ族の人たちをディンカ族が多く住む地域に車で送ってあげていましたが、その最中、何者かに殺されてしまいました。義姉は当時出産を間近に控えていましたが、子どもが産まれる前に未亡人になってしまいました。

Hothの家族と義姉家族はUNMISSの国内避難民キャンプに数か月間滞在しましたが、その後、幸いにもアメリカに移住した遠い親戚がお金を送ってくれ、ウガンダに脱出する車を借りることができました。Hothの妻は、携帯電話でヌエル語を話していると狙われる危険があったため、ジュバを出てからウガンダに着くまでは電話の電源を切っていたそうです。

Hothは妻と義姉家族がジュバを脱出しウガンダに着くまでその所在をつかむことができず、安否を心配する日々を送りました。彼の家族は脱出先のウガンダからさらにケニア国境を越え、ケニア北西部にあるカクマ難民キャンプに数日かけてたどり着くことができ、そこで再び数か月間、難民キャンプでの支援を受けました。未亡人となった義姉とその子どもたちはケニアに残りましたが、妻はケニアからエチオピアに陸路で1週間かけて移動し、2014年8月、ようやく夫のHothとの再会を果たしました。武力衝突が起きてから、実に9カ月近くが経っていました。


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Hothはエチオピアで生まれ育ったため、現在は家族とともにエチオピアのガンベラという町で暮らしています。私がHothの家を訪れた時には、Tongol君やNyabhanちゃんが安心した様子で昼寝をしている姿を見かけましたが、そんな子どもたちの姿からは、一度は難民として各地を転々としていたなどということはとても想像できませんでした。

残念ながら南スーダンの和平交渉は進展を見せず、6月に入って国内の衝突はむしろ激化しています。南スーダン人の多くは穏やかな生活を奪われ、家族や親しい友人を亡くし、離れ離れの生活を余儀なくされています。普段接する中では、心に深い傷を負っているなどということはまるで感じさせないほど強くたくましく生きている彼らに、私はいつも勇気付けられています。

エチオピアに流入している南スーダン難民はついに20万人を突破しました。この数字の裏に、一人ひとり異なる事情があり、壮絶な体験があることを忘れてはいけないと思います。

この武力衝突による負の影響は計り知れませんが、少しでも難民一人ひとりの今後の人生にプラスになる何かを残せたらと思い、日々活動に邁進しています。ADRAの活動を通して、一人でも多くの人が健康に生活でき、自分たちで衛生環境を改善できる能力を身につけられるよう今後も頑張りますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします。


(執筆:南スーダン事業担当 前野裕子


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Posted by ADRA Japan at 20:01 | 南スーダン便り | この記事のURL
(6/17) 南スーダン便りvol.66 〜南スーダン難民流入地点パガックでの活動の再開〜 [2015年06月17日(Wed)]
こんにちは。
南スーダン難民支援事業担当、エチオピア駐在の齊藤です。

2013年12月、南スーダン国内で武力衝突が勃発しました。この衝突から逃れ、隣国エチオピアに行き着いた南スーダン難民は2015年5月には20万5000人を超えました。彼らは国境付近の難民流入地点で個人情報を求められ、難民登録が済んでから難民キャンプに移送されます。


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パガックに滞在し、難民登録を待つ人々


エチオピアにたどり着く南スーダン難民の約半数がパガック難民流入地点を経由して難民キャンプに移送されています。現在ここは同国最大の難民流入地点となっています。

武力衝突の勃発から半年程度は断続的に多くの難民が押し寄せました。ADRAは悪化するパガックの衛生環境を改善するため、清掃活動を継続的に行なっていました。2014年の暮れには難民の流入が大方落ち着いたため、ADRAを含めた国際支援団体は、その活動の多くを完了させていました。

しかし、2015年4月末頃から南スーダンの戦闘が激化し、再び難民が雪崩のようにパガックに押し寄せるようになりました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の要請により、ADRAもパガック難民流入地点におけるトイレ建設、衛生啓発活動、清掃活動を再開しました。


Photo1 pagak.JPG
ADRAが建設したトイレ、そこで活動するトイレの状況を確認している清掃員


2015年6月5日現在、約4,400人の難民がパガックで難民キャンプへの移送を待っています。

武力衝突が始まってから早1年半。この戦闘は、未だ終結の見込みが立ちません。

「ひとつの命から世界を変える」というキーワードを胸に、今後もエチオピアでパガック難民流入地点や難民キャンプ内で、皆様の支援を受けて活動を続けていきます。

引き続き、温かいご支援を宜しくお願いいたします。


Photo2 Pagak.JPG
無事に難民登録を終えた少年。難民キャンプでも下痢などにならず元気に過ごしてほしい


(執筆:南スーダン難民支援事業担当 齊藤吉洋)



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Posted by ADRA Japan at 14:04 | 南スーダン便り | この記事のURL
(5/1) 南スーダン便りvol.65 〜洪水とその後の支援〜 [2015年05月01日(Fri)]
皆様こんにちは。南スーダン難民支援事業担当の前野です。

私たちが活動を行なうエチオピア西部のガンベラ地域は乾季に入り、45度を超える暑さが続いています。

以前のブログ(新たな緊急事態発生:難民キャンプでの洪水被害)ではこの地域の洪水被害についてお伝えしましたが、乾季の訪れとともに洪水が収まり水がひいたため、寸断されていた道路が通れるようになりました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やエチオピア政府は洪水が起きてしまったレイチェルとニップニップ難民キャンプの閉鎖を決定し、そこにいる5万人近くの難民を新しいキャンプに移送することにしました。

難民の移送は3月中旬から開始されましたが、一度に5万人の難民を移送することは不可能で、移送だけで3ヶ月ほどかかります。そのため難民の移送が完了し、レイチェルおよびニップニップの両キャンプが閉鎖されるまでは基本的なサービスを確保する必要があります。

ADRA Japan は難民キャンプが閉鎖されるまでの間、緊急トイレの建設と清掃、衛生啓発活動を継続し、衛生環境を保ちながら病気の蔓延を防ぐ活動を続けていく予定です。


southsudan2.jpg
ジェリカン洗浄キャンペーン後の綺麗な容器を持った難民たち


今後も、皆様の心温まるご支援をよろしくお願いいたします。

(執筆:南スーダン事業担当 前野裕子

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Posted by ADRA Japan at 18:00 | 南スーダン便り | この記事のURL
(1/22) 南スーダン便りvol.64 〜難民キャンプに設置したトイレの現状を調査しました〜 [2015年01月22日(Thu)]
ADRA Japanでは昨年4月より、エチオピアのガンベラ州などにおいて水・衛生(「WaSH(Water and Sanitation Hygiene)」とも言う)プロジェクトを実施しています。
(特活)ジャパン・プラットフォーム(JPF)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの資金をもとに、難民キャンプでのトイレの建設や清掃活動を、現地のニーズに沿った方法で展開しています。

難民キャンプの一つであるクレキャンプでは、昨年の8月までに65棟(260基)のトイレを建設しました。今回はスタッフの齊藤が、これらのトイレが現在どんな状態にあるかを確認するためエチオピアを訪問したときの様子をお伝えします。

一日で260基すべてのトイレの現状を把握することは不可能です。そのため、数日かけてキャンプを歩き回り、設備の不具合などを調査しました。一部、トイレのドアが壊れているなど修復が必要なものもあったため、大工や修理工を雇い、その都度修繕を行ないました。


エチオピアトイレ写真1.jpg
8月までに建設した65棟(260基)のトイレの現状を確認


エチオピアトイレ写真2.jpg


これらのトイレのメンテナンスはこの後、ADRA Japanの難民キャンプでの活動拠点が移ることに伴い、他団体に引き継がれることになりましたが、ADRA Japanでは引き続き関連機関と連携しながら、必要とされる支援活動を行なっていきます。

皆さまのご支援とご協力を今後ともよろしくお願いいたします!

(ライティングボランティア:小野寺るりこ)

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Posted by ADRA Japan at 14:12 | 南スーダン便り | この記事のURL
(1/7) 南スーダン便りvol.63〜3枚のビスケット〜 [2015年01月07日(Wed)]
皆様こんにちは。南スーダン難民支援事業担当の前野です。今回は事業から少し離れ、最近あった忘れられない出来事についてご紹介します。

先日、スタッフが体調を崩して病院に入院してしまいました。病院といっても元々この土地にあった施設ではなく、あるNGOがテントとビニールシートを組み合わせて難民キャンプに臨時で開設している施設です。入院している人はそのほとんどが難民キャンプにいる方々で、その症状も栄養失調から重篤な病気まで様々です。テントの中はサウナのような暑さで、扇風機一つでは太刀打ちできません。

私が入院したスタッフのお見舞いに病棟に入った時、彼の横には胃の病気でやせ細っている女性が、その向かいには栄養失調の4歳くらいの子どもが入院していました。栄養失調の子には2人の兄弟がお見舞いに来ていました。3人はとても仲良しで、栄養失調の子は一番年下のようでした。

私は昼食の差し入れとして、入院中のスタッフにご飯やコーラ、水などを持っていきました。朝訪問した時にくらべていくぶん顔色がよく、ご飯も食べてくれたので少し安心しましたが、まだ彼には量が多かったらしく、食べきれずに残してしまいました。残ったご飯を私が持って帰ろうとするとそのスタッフに止められ、他の入院患者にあげたいと言われました。

エチオピアでは一つの皿に料理を盛り付け、それをみんなで手づかみで取って食事するため、病院でも他の入院患者と食事を分け合うことに抵抗がないようでした。隣の女性は嬉しそうにご飯を受け取って食べ始め、目の前にいた子にも渡しました。結局、私が持ってきたものをすべて、そこにいる全員で分け合うことになったのです。

そこで私は、スタッフのために持ってきたビスケットも、みんなに配ることにしました。隣の女性に一枚、向かいの子どもとその兄弟にも一枚ずつ分けると、みんな笑顔で受け取ってくれました。
少し経って、ふと前のベッドにいる子ども達を見ると、さっき私が配ったビスケットを栄養失調の子が全部握りしめていました。2人の兄弟は、私から受け取った食べ物をすべて、入院中の弟に渡していたのです。

ビスケットは嗜好品であり、難民キャンプにいる子どもたちが食べる機会はめったにありません。そんな貴重な物を全て弟にあげ、その子がゆっくり食べるのを嬉しそうに見守っていたのでした。

私はこの光景を見て、何とも言えない気持ちになりました。

自分が彼らの立場だったら、同じことができただろうか。
食べ物が豊富ではない中で、自分に病気の弟がいたら、それを全てあげられるものだろうか。

小さな手に握りしめられた3枚のビスケットが頭から離れなくなってしまいました。両親に褒められるとかそういったことではなく、お兄さん達にとって病気の弟を優先するのが、とても自然な行動のように見えました。
その光景を見ていて、思わず涙が出そうになりました。


「自分が手にしたものは周りの人と分け合う」という行動は、小さな子どもだけではなく、大人も同様です。一緒に働いているスタッフも、1か月分の給与をもらうとすぐに親戚に配ってしまいます。彼らは決して裕福なわけではなく、自分一人が生き抜くことさえ厳しいにも関わらず、決まって誰かと何かを分け合いながら生活しています。

ここでは幼くして亡くなってしまう子どももたくさんいます。毎日、確実にお腹いっぱいになるだけの量の食事が手に入るわけでもなく、生活環境は本当に過酷だと思います。でも同時に、私にはここの人たちの生活がとても豊かに見えるのです。お互いの間に強い絆があり、深い愛がある感じがします。

今回、病棟で見かけた3人の兄弟の3枚のビスケットは、それを象徴しているようでした。「死」というものが身近にあるからこそ、その真逆にある「生」が輝いて見えるのかもしれません。

私は彼らを支援する立場にありますが、彼らの生き方から学ぶことはとても多いです。そんな彼らの近くで働くことができる私は、とても幸せなのだと感じています。

南スーダン 三枚のビスケット1.jpg
クレ難民キャンプにて、お母さんがいない間の子守りも慣れっこな子ども達


南スーダン 三枚のビスケット2.jpg
パガック難民流入地点にて、仲良し姉妹


南スーダン 三枚のビスケット3.jpg
いつも元気で遊び回っている難民キャンプの子ども達


南スーダン 三枚のビスケット4.jpg
ADRAの帽子を気に入って離さない、オフィスの近くに住む子ども


(執筆:南スーダン事業担当 前野裕子
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Posted by ADRA Japan at 16:48 | 南スーダン便り | この記事のURL
(12/24) 南スーダン便りvol.63〜新たな緊急事態発生:難民キャンプでの洪水被害〜 [2014年12月24日(Wed)]
2014年4月からエチオピア西部ガンベラ州の南スーダン難民支援を担当している前野です。

UNHCRによると、2013年12月以降にガンベラ州へ流入した南スーダンからの難民の数は、2014年10月末時点で19万人を突破したということです。ガンベラ州には難民キャンプが6つありますが、そのうち3つは定員に達してしまいました。


エチオピア写真1.jpg
洪水が起こる前のニップニップ難民キャンプ


難民の流入が少し落ち着き始めた8月、新たな緊急事態が起きました。洪水です。ガンベラ州にある川の氾濫により、いくつかのキャンプは水没してしまい、5万人近くの難民が近くの高台への避難を余儀なくされました。

この洪水により難民キャンプは人が住める状況ではなくなり、多くの難民がキャンプ周辺の高台や近隣の町に散らばってしまったため、彼らに必要な支援を届けるのが極めて困難になってしまいました。

整備されつつあったキャンプ内の給水所やトイレの多くも使用できなくなり、住居、学校、医療施設も壊滅的な被害を受けています。さらに、主要都市から難民キャンプまでの道も冠水し、外部から陸路で難民キャンプにアクセスすることができなくなってしまったため、物資の輸送や人の
移動は国連のヘリコプター1機に頼るしかありませんでした。水はまだ引いておらず、状況は11月中旬現在も変わっていません。


エチオピア写真2.jpg
冠水してしまった主要都市から難民キャンプまでの道路を歩く、エチオピア事業担当の前野(左)とUNHCRのスタッフ。キャンプから一番近い町から片道約7.5kmの道のりを毎日歩いてキャンプに向かう


エチオピア写真3.jpg
洪水被害の調査を行うADRA Staff


洪水で水没してしまった難民キャンプのうち、ニップニップ難民キャンプやレイチェル難民キャンプはADRAが支援活動を行なっている場所です。雨が降って洪水被害が広がるにつれ、人がどんどん移動してしまう状況にありますが、ADRAは衛生環境改善のための活動を始めています。

5万人近い人々が洪水からの避難生活を余儀なくされているうえ、トイレなどの衛生施設がない環境では、コレラや赤痢といった衛生環境の悪化に起因した病気が蔓延するリスクが高まります。これを防ぐため、ADRAは簡易トイレを建設してトイレの使用や手洗いを訴えるほか、水の浄化剤や石けんなどの衛生用品を配付しています。


エチオピア写真4.jpg
難民キャンプに建てた仮設トイレ


今後もADRAは現地の状況改善のために全力を尽くします。皆様からのご支援をよろしくお願いいたします。


(執筆:エチオピア事業担当 前野裕子

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Posted by ADRA Japan at 12:22 | 南スーダン便り | この記事のURL
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