(3/19) 町のねずみと田舎のねずみ [2012年03月19日(Mon)]
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事業部の寺脇です。
私は子どもの頃から絵本が大好きで、大人になってからも手元に置いておきたい絵本というのもたくさんあります。今日は、その中の1つ「町のねずみと田舎のねずみ」という童話についてご紹介したいと思います。 そのあらすじは… 町に住むねずみが、田舎のねずみの家に遊びに来ます。お客さんのために田舎のねずみは畑から収穫したばかりの新鮮な野菜や果物を振る舞います。 しかし、豪華な食事や音楽やイルミネーションに慣れている町のねずみにとって、田舎のねずみが振る舞ってくれた料理は物足りないものでした。 翌日、町のねずみは田舎のねずみを町に誘い、レストランの料理やふかふかのソファーのある世界へと導きます。しかし、華やかな世界が広がる町には、危険もたくさん。猫がやってきたり、人に追い払われたりするので、落ち着いて食事もできません。そんな生活に、田舎のねずみは「毎日どきどきして暮らさなくちゃけない生活なんて」と田舎に戻っていきます。 私は、「町のねずみと田舎のねずみ、自分はどっちに近いかなぁ」と考えたりします。 千葉県出身ですが、東京都内への通学や通勤がほとんどで、親戚の多くも千葉県にいるので、「田舎のおばあちゃんの家」というものがなかった私は、田舎の生活を経験したことはありませんでした。 ADRAに入り、南スーダンに駐在して初めて「田舎の生活」というものを垣間見ることができました。特に、事業地のあるパガックやナシールに入ると、レストランもカフェもなければ、水道も公共電力もありません。でも、井戸の新鮮な水や川で捕ったばかりの魚、畑から収穫したばかりのとうもろこしやオクラといった食材は、まさに「ご馳走」です。日差しは強く、炎天下を歩いていると汗は止まらず暑さのせいで頭がクラクラしてくることもありますが、エアコンの効いた建物の中やビルの地下で1日を過ごすよりも、自然を存分に味わっている気がしたものでした。 南スーダンの駐在を終えて日本に帰ってから1年以上が経ちますが、通勤ラッシュと闘いながら出勤し、地下にある事務所で1日を過ごし、コンクリート舗装された道を歩く日々に、たまに物足りなさを感じることがあります。それでも、24時間電気も水もお湯もある生活は、本当に有難く、毎晩温かいお風呂に入れることや、夜遅くまで本を読むことができることを幸せだなぁと感じます。 それでも、まだ土埃が舞っていない早朝の新鮮な空気を感じ、じりじりと照りつける太陽を浴び、土の上を歩き、自生しているアボカドやマンゴーを食べ、1日の終わりに真っ赤に熟した果実のような夕日や、真っ暗な夜空に煌めく星を眺める。運が良ければ、流れ星を見つける。電気がなければろうそくを灯し、テレビ等の娯楽もないのでお茶を飲みながら同僚や友人とのおしゃべりを楽しむ。週末には、青空の下で洗濯をする。そんな南スーダンでの生活が、今ではとても恋しく思います。 そう考えると、私は田舎のねずみに近いのかもしれません。 マーケットで美味しそうなアボカドを見定める もちろん、日本にだって自然はたくさんあります。都心であっても、ADRAの事務所から歩いていける明治神宮は都会のオアシスですし、他にも都心でありながら緑溢れる公園はたくさんあります。また、日本国内でも町と田舎の生活の葛藤があると思います。どうしても町の暮らしが良いと田舎を離れる若い世代もいます。他方、「これまでは田舎に住んでいたのに、震災のために都会に避難してきたところ、電車もバスも走っていて24時間コンビニが開いている便利な都会の生活に戸惑っている」という声を、避難生活を送る方から聞くこともあります。 どちらが良いという問題ではなく、どちらにも良さがあるのだと思います。 田舎には田舎の過ごし方があり、町には町の楽しみ方があります。 「田舎のおばあちゃんの家」に縁がなかった私でも、こうして田舎の生活と町の生活を味わい、どちらの生活にも幸せを感じることができるようになりました。 田舎を知らずに育つ若い世代も増えていると思いますが、都会の生活だけしか知らないのは、もったいないような気がします。遠く離れたアフリカの田舎の生活を体験するのは大変なので、まずは日本の田舎の生活を体験してみてはいかがでしょうか。 (文責:事業部 寺脇麻衣) |
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