CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«ネパール口唇口蓋裂医療チーム派遣(第六報) | Main | 「ドキュメンタリー動画祭」優秀賞受賞»
ADRA Japan団体概要

ADRA Japanさんの画像
最新10記事
<< 2014年07月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
記事カテゴリー
メルマガアイコン.jpg
特選リンク集
http://blog.canpan.info/adrajapan/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/adrajapan/index2_0.xml
タグクラウド
フィリピン水害被災者支援(第十三報) [2009年11月24日(Tue)]
〜元の生活への道〜


ADRA Japanフィリピン事業担当の高橋です。
10月29日から緊急物資配布事業のためにフィリピンに来ています。
事業地の1つであるラグナ州ビニャン町マラバンには現在14箇所の避難所があります。
避難所と呼ばれていますが、実はこれらの建物はもともと小学校や中学校で、いくつかの教室では生徒達が授業を受けています。




現在避難所として使われているマラバン村小学校





避難所といっても、敷地内は汚水で覆われ、皮膚病などの感染の原因となっています。




全ての被災者が避難所に滞在しているわけではありません。
プライバシーのない避難所生活、さらに10家族以外が1つの教室にぎゅうぎゅうひしめく余裕のない生活、それはとても大変なことです。
しかし人々が避難所外で生活する理由はこれだけではありません。
「元の生活に戻りたい気持ち」「自活の意志」がとても強いのです。
これらの被災者達は、自分の家の屋根の上、近所や親戚の家に泊まっています。




近所の家に泊まり、水パンプを使って洗濯ビジネスをする女性。
「ADRAが配布してくれた緊急物資はとても助かりました。感謝しています。でも早く援助に頼らず、元の生活が送れる日が来るといいです。」
彼女は自立の精神を忘れません。




親戚の家に泊まる被災者。
この家には台風の以前2家族が住んでいましたが、現在は4世代、6家族が滞在しています。
 




この4世代の家族の「心」は92歳のロラさんです。(右はスタッフの高橋)



ロラさんは涙を流しながら台風の話をしてくれました。
文句は一切言いませんでした。
逆に、水害の影響で家族の繋がりが強くなったとおっしゃいました。
ご支援下さった日本の皆さんに感謝をし、いつか日本に行ってみたいとも言っていました。
でもロラさんの今一番の希望は、元の生活に戻ることです。


被災者達はそれぞれ避難所、近所、親戚の家に滞在していますが、「自分の家」と呼べる場所が再び持てることを毎日願っています。

ADRA Japanは緊急物資配布を続け、一日でも早く被災者が元の生活に戻れるようを支援していきます。
今後とも引き続き支援の程、宜しくお願いします。

(文責・写真 高橋リサ)



クレジットカードによる寄付はコチラから

郵便振替による寄付はコチラから

銀行振込による寄付はコチラから
Posted by ADRA Japan at 11:38 | フィリピン | この記事のURL