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(10/29) レバノン事業スタッフインタビュー『ADRAでの仕事が好きです!』 [2018年10月29日(Mon)]

ADRAはレバノンにて、シリア難民の子どもを対象に学習教室を運営しています。

今回は、学習教室で働くスタッフを紹介します。
シリア人女性スタッフのファティマは、自身も難民でありながら、コミュニティー・モビライザーとして私たちの活動に関わってくれています。

コミュニティー・モビライザーは、難民の家庭を訪問して生活の状況を聴き取ったり、支援に関する必要な情報を提供したりといった業務を行っています。

また、支援を求めて学習教室にやってくる家族の対応等もしています。

今回はインタビューの中で、ファティマが自身のバックグラウンドや仕事について話してくれました。


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いつシリアからレバノンへ来ましたか?

―2013年の初めにイドリブというシリアの都市からベイルート郊外に避難してきました。


イドリブからベイルートまでおよそ300キロの距離(*Google Mapより抜粋).png
<ファティマの出身地(イドリブ:黒)から今住んでいるところ(ベイルート郊外:緑)までおよそ300キロの距離(*Google Mapより抜粋)>



シリアではどのような生活をしていましたか?

―シリアでは小学校で先生として働いていました。算数の授業をしていた時、学校の校舎に爆弾が落ちてきて、校舎が崩れてしまいました。私たちは生徒と一緒に近くの山の穴に逃げ込みました。村の人もみんな山へ逃げていました。その時に、すでに夫が働いていたレバノンへ逃げることを決めました。6か月の長男に授乳していましたが、緊張や不安から母乳が出なくなることもありました。



家族について教えてください。

―夫と6歳の息子、4歳の娘がいます。夫は、結婚前はシリアで綿会社に勤めていました。シリアは物価が安いですが、給料も安いため、結婚後に夫はレバノンで働き始めました。今夫は電気屋さんで働いています。娘はレバノンで産まれました。子ども2人は今レバノンの学校に通っています。



レバノンの生活で最も困難なことはなんですか?

―レバノン人とのコミュニケーションです。レバノン人もシリア人ももっとお互いに優しく接することができるようになると良いと思います。



ADRAとの出会いはどのようなものでしたか?

―ADRAを知ったのはレバノンに住み始めてからです。子どもをADRAの学習教室に通わせている近所の人が、私がシリアで先生をしていたことを知り、ADRAのことを紹介してくれました。後日ADRAに行くと、コミュニティー・モビライザーとしての仕事を紹介してもらいました。



ADRAのコミュニティー・モビライザーとして、仕事はどのようなことをしていますか?

―難民家族の家庭訪問、家族のデータ収集や整理、支援物資の配布、アラビア語と英語の通訳、学習教室に来る訪問者の対応、学習教室の子どもや保護者への対応、など様々です。


難民が多く住む地域を訪問する様子.JPG
<難民が多く住む地域を訪問する様子>


水色のスカーフを着用しているのがファティマ.JPG
<水色のスカーフを着用しているのがファティマ。家庭訪問では、難民の家庭を一件ずつ訪問して、家庭環境や生活状況を調査します>


ADRAでの仕事は何が好きですか?

―ADRAでのすべての仕事が好きです。ADRAで働き始めたときは、英語の通訳がいないと一緒に働く外国人スタッフとコミュニケーションが取れませんでした。シリアでも英語は勉強しましたが、英語でのコミュニケーションは苦手でした。ADRAで仕事をするにつれ、英語でのコミュニケーションにも慣れてきて、今では私が外国人スタッフの通訳をするまでになりました。
ADRAの仕事を通して様々な家族と出会ったため、週末などに家族で外出すると、今まで接したことがある子どもや家族が話しかけてくれます。家庭訪問で家族の状況を把握しているため、生活の悩みも打ち明けてくれます。
また、日々の仕事が自分の学びや成長に繋がっていることや、自分が人の助けになれていることを実感する時に喜びを感じます。



学習教室の今後についてどう考えていますか?

―学習教室の活動がさらに充実したものになるといいと思います。難民として生活する上で大変なこともありますが、その中でも保護者や子どもたちが学習教室に来ることで、幸せを感じてくれたら嬉しいです。


学習教室に通う子どもと保護者とファティマ(右).JPG
<学習教室に通う子どもと保護者とファティマ(右)>

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ファティマは、学習教室において難民家庭との大切な窓口となっています。
保護者からも、親身に話を聞いてくれて嬉しいと評判です。

また、過去に紹介した保護者や子どもたちへのインタビューは、ファティマが通訳をしてくれるなど、日本人スタッフのサポートもしてくれます。

一緒に働くスタッフが、仕事にやりがいをもって働いていることは私たちにとっても励みになります。


今後も、ファティマをはじめとした現地スタッフのサポートを受けながら、ADRAは子どもたちと家族への支援を続けていきます。

ご支援をよろしくお願い致します。


*この事業はジャパン・プラットフォームからの助成金および皆さまからのご支援によって、実施されています。



(執筆:海外事業課 柳澤ちさと)


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Posted by ADRA Japan at 13:17 | シリア難民支援 | この記事のURL